とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
絶対能力者編 姉妹喧嘩
とある小学校
「あー、つまらないわねぇ……」
御坂美琴はつまらなさそうに窓から空に流れる雲を眺めていた。
小学5年生の美琴は、今までの努力の積み重ねのおかげで、全てにおいて他を圧倒する成績を収めており、能力も学園都市で最高の発電能力者の地位を築いており、もうすぐLevel5入りするであろうと期待されていた。
そのせいか、教師は特別扱いし、生徒には崇められていた。
なので、誰も美琴と気安く接する者は一人もおらず、クラスの中で美琴は孤立していた。
(早く放課後にならないかなぁ。……放課後になれば詩歌さんに会いに行けるのに……)
そんな美琴の楽しみは、別の学校に通っている一つ上の幼馴染、上条詩歌と過ごす時間だった。
神童と持て囃される自分に姉のように接してくれ、一緒に遊んでくれたり、物事や勉強を教えてくれ、能力を指導してくれる。そして、孤独を優しく包み込んでくれる。
約束はしていない為、詩歌にいつも会えるという訳ではないが、それでも放課後になると美琴は詩歌のいる学校へ走り出す。
休日は、詩歌のいる寮にまで遊びに行く。
そんな毎日を美琴は過ごしていた。
(はぁー…何で日曜に授業参観なんてあるんだろう。……なければ、今頃……)
今日は日曜ではあるが、授業参観の為、美琴は学校に登校しなければならなかった。
さらに、去年なら、久々に母、美鈴に会えるので少しは楽しみにしていたが、今年は、前日に急に来られなくなったと美鈴から連絡があったので、美琴にとってはいつもの退屈な授業と何ら変わらない。
いや、いつもよりも少し心細かった。
後ろには、大きな声で立ち話に興ずる母親達や、名刺を交わして挨拶する父親達。
その誰もが自分を見に来てくれたものはいない。
時々、こちらに視線を向けるが、子供たちの理想的な模範として見られている。
彼らにとって、美琴は動物園に展示されている珍獣と何ら変わらない。
「はぁ…―――え?」
溜息を吐きながら、雲に向けていた視線を下げると校庭にいるはずのない一人の少女がいた。
その少女は授業参観に来た大人達の群れの中に溺れているので、顔を確認する事は出来ないが、ここまで届く少女の存在感はいつも美琴を包み込んでくれているものと同じだった。
(嘘!? まさか……)
そして、5分もしないうちに、その少女が美琴の教室に入ってきた。
学生としてではなく、保護者として。
「詩歌さんっ!? どうしてここに?」
その少女は、美琴の幼馴染、そして、姉のような人物、上条詩歌だった。
「美琴さーん、頑張ってくださいねー」
大人達の中にいるため、明らかに浮いており、周囲からの視線を独り占めしていたが、詩歌はそのことを全く気にせず、暢気に美琴に声援を送っていた。
すぐに事情を問いただしたかったが、チャイムが鳴ってしまった為、おとなしく席に座るしかなかった。
「ねえ見た! あのかわいい女の子、御坂さんに声かけていたよ」
「うん! すっごく優しい微笑みもしてた! でも、誰なんだろう? 御坂さんとは似てないし、お姉さんって訳じゃないよね?」
「すっげぇかわいい。……あとで写真撮ろう」
「あの清楚な立ち振る舞い……お名前だけでも知りてぇ……」
授業が始まったというのに、クラスメイトの何人かはちらちらと後ろを、詩歌の事を見ており、2,3人の男子はすでに授業そっちのけで詩歌の事をガン見している。
だが、詩歌はそれでも気にせず、美琴の事をじっと見守っている。
(も~、恥ずかしい! ……一体、何で詩歌さんが……!?)
その後も大変だった。
『この問題がわかる奴がいるか』と教師が言うたびに、教室の後ろにいる詩歌が『美琴さん、ファイト!』と応援するので、いつもは授業にあまり参加していない美琴だが、今回ばかりは沈黙を通すわけにはいかなかった。
そして、手をあげて正解を答えるたびに、詩歌が大きな拍手をし『流石、美琴さん、よくできました!』と褒めるので、周りの人達の失笑を買っていた。
当然、美琴は恥ずかしく、顔を俯けるが、先ほど感じていた……心細さは全くなくなり、どこか嬉しかった。
美琴にとって、今の授業レベルの問題は正解して当然で、教師ですら褒めるなんて事なんてしない。
だからなのか、誰よりも尊敬する姉に褒めてもらえる事で美琴は久々に授業が楽しいと感じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「授業参観は終わりです。保護者の方はこの後、説明会がありますので体育館までお越しください」
結局、授業は美琴の独壇場で終わった。
そして、終わるや否や、美琴は詩歌の手を引き、誰もいない屋上まで駆けあがる。
「はぁ、はぁ、はぁ……どうして、詩歌さんがこの学校に?」
無人の屋上に辿り着くと、美琴は授業が始まる前に聞き出せなかった事を問いただす。
「ふふふ、昨夜、美鈴さんからお電話をいただき、美琴さんの授業参観にでてくれないかと頼まれたんですよ。もちろん、すぐに了承しました。普段、美琴さんがどのように授業を受けているか、姉としてとっても気になりましたしね!」
(あ・の・母~~ッ!! どうして、私にそのこと連絡しないのよッ!!)
美琴の頭の中が、美鈴への文句で破裂しそうになった。
「それに美琴さんのクラスメイトの方達とお近づきになりたかったですし……ほら、クッキーも作ってきました。皆さん、気に入っていただけると嬉しいです」
絶対にやめて欲しい、と美琴は切実に思う。
これ以上、辱められたら、しばらく学校に来れなくなりそうだ。
それに、すでにクラスの男子全員が色めき立っているので、そんなことされたら後始末がとても面倒だ。
しかし、結局、詩歌に逆らえない美琴はその行動を止める事ができなかった。
「ふふふ、どうやら美鈴さんから知らされていなかったようですね。……まあ、そんなことはどうでもいいとして、美琴さん」
美琴にとって、この美鈴サプライズは看過できるものではないので、そう簡単に流さないでほしい。
「全問正解するとは流石、美琴さんです。姉として、とても鼻が高いですよ。ご褒美に私にできる事なら何でも言う事を聞いてあげます」
「何でもですか……」
その時、美琴の中に一つの願いが浮かび上がった。
いや、その願いはずっと前から胸の内に秘められていた。
姉と一緒の学校を通いたい。
「なら、詩歌さん。私と一緒に常盤台中学で――――」
公園
後頭部の柔らかい感触と、前頭部の優しい感触。
その二つに挟まれた、心の底から温かくなるようなこの感じ。
この感覚を知っている。
幼い頃、いつも傍にいてくれたこの感覚を。
(……やっぱり、……お姉ちゃんだ)
目を覚ました美琴の視界に入ったのは、日が昇り始めている青空と、
「ようやく目を覚ましたようですね」
いつもの姉の、詩歌の優しい微笑みだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「………詩歌さんがいるってことは、やっぱり……」
「ええ、美琴さんが考えている通りだと思いますよ」
あの時、拠点に行こうとした美琴を気絶させたのは詩歌である。
「………どうして、私を助けたんですか?」
美琴は顔を腕で覆いながら、詩歌に問い掛ける。
すれば、彼女は当然の事のように応える。
「それは、もちろん美琴さんが私の妹だからですよ」
その答えを聞いた時、美琴の口元が悲しそうに笑う。
「それと、この計画は<樹形図の設計者>のお墨付き。施設を潰しても効果は薄いでしょう。だから――――」
「止めてください」
詩歌がこれからのことについて説明しようとした時、割り込む声が入る。
その声の主は悲痛な顔をした美琴だった。
美琴は起きあがると、詩歌を睨みつける。
「いいかげんにしてください! 私を、いつもいつも! まるで自分の所有物か何かのように扱って……っ!!」
誰に向かって、何を言っているのか。
美琴の突然過ぎる態度の変化に詩歌は困惑するばかりである。
「美琴さん?」
「馴れ馴れしく呼ばないでください。自分がいなきゃ私には何もできないと思っているんでしょう?」
美琴が次々と吐きだす言葉は耳に入っても、詩歌の頭の中でぐるぐると回り理解する事ができない。
「そんな事思ったことありませんし、私は嫌がることに美琴さんを―――」
「嘘だ!」
美琴が唇を歪めて笑う。
「いつも、強引に私を引っ張って……嫌だなんて……言わせてくれなかったじゃないですか」
頭が真っ白になった。
返す言葉が見つからない。
美琴の冷たい言葉に、詩歌は涙が込み上げてくる。
目の前にいるのが本当に美琴なのかと疑いたくなる。
しかし、目も、鼻も、口も、手も、胸も、足も、全て詩歌の知っている美琴だった。
まるで、その内側だけ、詩歌の知らないところで、何かに変質してしまったかのように……
「それから、詩歌さんに頼らなくても、私には最後の秘策があります。……私にしかできない最後の秘策が……―――それにはあなたは邪魔なんです」
サラリ、と明確に区切るように美琴の唇が動く。
動揺を抑えつけようと、感情を制御している詩歌とは対照的な様子だった。
「私はLevel5。……足手纏いはもう必要ないんです」
突き刺すような言葉。
血は繋がっていないが、それでも姉妹だった。
にも拘らず、美琴は躊躇なく、
「だから、もう来ないで」
破裂音が響き、詩歌の頭頂に向かって放電が走る。
「ッ!?」
右の指先でパチパチと音を立てる電子の火花。
今の詩歌の<幻想投影>は幸いに<超電磁砲>を宿しており、咄嗟に干渉し弾いたのだ。
しかしそれでも美琴の放った電圧の性能を完全に殺しきることはできず、超える電気量が右腕を痺れさせる。
これは、防げなかったら気絶程度では済まされない……詩歌がかつてお願いした約束を明らかに違反していた。
「美琴さん、これは―――」
「やっぱり電撃じゃダメみたいね。でも、それなら手段を変えるだけ」
美琴の周囲の砂が巻き上がり、黒い砂鉄の剣を幾重にも束ねた大蛇が生まれる。
詩歌は感情的に何かを言おうとし、口を開けるがそれだけで言葉を出せずに呑み込み、無理矢理に平常に固定させる。
それに美琴の顔色が一瞬、歪むも、
「アンタなんて、私のお姉ちゃんじゃない」
詩歌は眩暈を覚えた。
はっきりと。
今の彼女は冷静さを失っているかもしれないが、それにしてもこの言葉は、辛過ぎた。
そうだ。
これと同じ言葉を、かつて自分が愚兄に言ってしまったが、受けて改めて、その鋭さを思い知らされる。
そうして、黒い感情をも加算させた砂鉄の大蛇は大口を開けて襲い掛かる。
詩歌はそれに対し、同じく砂鉄で、幾重にも防壁を作るも、間に合わず、そのパワーに強引に押し切られ、足元の地面に突撃。
衝撃波に詩歌の身体は吹っ飛ばされる。
「全然駄目ですね。……第1位は、こんなの簡単に防げましたよ」
詩歌が美琴より<超電磁砲>を扱えると考えているのは6割までだ。
それに加えて、一方通行戦、麦野沈利戦とのダメージがまだ癒えていない。
自覚症状はないようだが、詩歌の身体はもう限界に近かった。
そして、何より今の詩歌に冷静な判断はできない。
「くっ……!」
詩歌自身もそれは分かっている。
口惜しそうな声を漏らし―――けれど、諦めない。
何故ならここで美琴を逃せば―――――
「だからもう大人しく寝ててください」
空間を掌握する。
電磁力の支配領域を強化し、この公園のあらゆる金属に干渉する。
掃除ロボット、ベンチ、ゴミ箱、マンホールの蓋………それらが浮き上がり、目にも止まらぬスピードで飛び去った。
地面すれすれに弧を描き、回避できぬように360度を囲む。
「甘い!」
流れを、読み解く。
<異能察知>を装着してはいないが、今の<超電磁砲>を投影した状態なら、美琴の幻想と『共鳴』できる。
視覚的にではなく、感覚的にその動きを捉える。
そして、見切った瞬間に、真横に跳んだ。
紙一重の所で、弾けるように真横へ跳躍。
そのまま無造作に腕を振るう―――と見えるが、それは美琴と繋がる磁力線に『干渉』し、断ち切った。
力を失ったそれらは呆気なく、飛翔力を失って地に墜ちる。
「それはこっちの台詞ですよ!」
それでも電磁力の干渉力は美琴の方が上なのだ。
如何にテクニックが勝ろうが、スピードとパワーで強引に再び制御権を奪い取る。
「っ!!」
もう飛ぶというよりは、泳ぐに近い。
空を泳ぐ金属片は詩歌を逃がさず、まるで将棋の盤上に他駒のない王将に、絶えず王手をかけ、詰めていくように追いつめていき―――
「あっ―――」
脚の限界。
詩歌の動きが止まる。
流れが読めても、自分の身体が動かない。
美琴はすかさず王手に―――
「―――!?」
一瞬、頭が真っ白になった。
思考が停止し、電磁力の手綱が離れてしまう。
詩歌を追い詰めるに集中し過ぎて気付かなかったが、美琴は息切れをしていており、この鼻につく、鋭い異臭に気付かなかった。
(まさか、オゾンを!?)
空気中の酸素――O2は電気により分解できる。
O2はO分子2つで成り立つものだが、一度二つに分解されたOは、三つに結合しオゾン――O3を作る性質がある。
そして、O2とO3は別物であり、呼吸しても肺が満たされる事はない。
さらに、O3の用途は除菌・殺菌である事から予想できる通り、有毒。
つまり、今の美琴は演算が困難なほどに酸欠になりかかっている。
彼女は攻撃を回避しながらも、密かにこちらの王将に詰めようとしていたのだ。
しかし、詩歌の方もその代償にもう体が動けない。
一手、足りない。
詩歌は思った。
美琴を絶対に止める、と。
美琴は思った。
詩歌を全力で倒す、と。
そして2人は、気力を振り絞って同時に叫んだ。
「止める―――」 「―――倒す」
2つの閃光が空中で衝突。
眩い濃い金色が美琴と詩歌を結んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『詩歌お姉ちゃん』
上条詩歌にとって御坂美琴は妹のような存在だ。
今でこそいつも微笑みを絶やさないでいるが、当麻が学園都市に行ってから2カ月の間は笑うどころか、泣き虫であった。
だが、必ず人前では泣くような真似をせず、偽の笑顔を振りまいていた。
そして、一人になるといつも泣いていた。
そのことを知っているのは親の詩菜と刀夜以外は誰もいなかった。
『ねぇ、どうしたの?』
そんな時に出会ったのが、美琴である。
美琴は出会ってすぐに、詩歌が泣いている事に気がついた。
笑顔で年下の子達の面倒を見ていた詩歌を見て、何故泣いているのか? と聞いてきた。
他の子達は美琴の事をおかしいと言い囃したが、それでも、美琴は自分の主張を変えなかった。
『ねぇねぇ詩歌お姉ちゃん! あっちに綺麗なお花を見つけたよ! ほらこれ!』
そして、懸命に詩歌を笑わそうと四六時中詩歌に付きまとい、色んな事を話しかけてきた。
当然、1人になる時間は少なくなり、泣く時間も少なくなる。
『ねぇねぇ詩歌お姉ちゃん。今日お家に遊び行っても良い?』
1週間後、家が近所だった事もあってか、今度は家の中でも付きまとう。
当然、ますます1人になる時間は少なくなり、泣く時間もますます少なくなる。
『美琴さん、どうして泣いているんですか?』
『詩歌お姉ちゃ~ん、お人形さんが~』
『ありゃ? 指が取れちゃってますね。でも、これくらいなら簡単に治りますよ』
『え! ホント! サンタさんが直しに来てくれるの?』
『ふふふ、この程度サンタさんにお願いしなくても、毎日修業している詩歌お姉ちゃんの裁縫テクニックでちょちょいのちょいで解決です』
やがて、互いの家族同士の中も深まり、二人は姉妹のような仲になった。
その時には、もう詩歌は1人になっても泣かなくなり、本物の笑みを浮かべるようになっていた。
詩歌に本物の笑顔を取り戻させたのは美琴である。
『来年は美琴ちゃんのことよろしくね、詩歌ちゃん』
『はい、おまかせください、美鈴さん』
だから、詩歌は姉として、美琴の笑顔を守り抜くと心に誓った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「もう……止めてっ……止めてよ……」
決着は一分も経たない内についた。
かつて2発の超電磁砲を1発の超電磁砲で相殺した時を思い浮かべれば良いが、まともに真っ向からぶつかればどちらに軍配が上がるかなど互いに分かり切っていた。
押し合いに負け、吹っ飛んだ身体はベンチに受け止められ、全身が痺れて動けない詩歌に美琴は告げる。
「私にお姉ちゃんなんていらない!! だから、もう余計な手出しをするのは止めて!!!」
最後にそういうと、美琴は後ろを振り向きこの場から去ろうとする。
「待っ…て……みこ…と……」
痺れる舌をどうにか動かし制止の声をかけるが美琴は振り向かない。
「ッ!?」
そして、立ち上がろうとするが、身体全体に激痛が走り、動けない。
元々、すぐに病院に行かずに、公園で休んでいたのは意識のない美琴を運ぶのが不可能なほど詩歌の身体がボロボロだったからだ。
無断でいなくなった手前、病院に連絡するわけにもいかず、美琴の意識が覚めるのを待っていた。
「まって…くだ…さい……」
だが、それだけではない。
今の詩歌は美琴の言葉に張り付けられている。
今の詩歌には美琴に逆らえるだけの気力がなかった。
「私が…美琴さんを追い詰めたんですか……」
美琴がいなくなった後、詩歌は自分自身の不甲斐なさを噛み締めていた。
「……おそらく、このままだと…美琴さんは…でも……」
詩歌は美琴の秘策とやらを見抜いていた。
しかし、その策は………
だが、これ以上、詩歌は美琴を助ける事ができない。
姉としての立場が崩れ去ってしまった詩歌は何をしたらいいのかがわからない。
「詩歌!!」
そんなとき、詩歌の目の前にヒーローが現れた。
詩歌にとって、誰よりも頼りになるヒーローが
つづく