とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 天災

御使堕し編 天災

 

 

 

わだつみ

 

 

 

世界が変わる。

 

いや、元通りになっていく。

 

ぼんやりと霞みながら、インデックスの姿が別の女性へ変わっていく。

 

自分達の母、上条詩菜の姿へと戻っていく。

 

入れ替わりが解けていく。

 

<御使堕し>が解けていく。

 

 

「つ、ち、みかど?」

 

 

返事はない。

 

その身を犠牲にして、この世界を元に戻した功労者、土御門元春は血の海の中で沈んでいる。

 

ピクリとも動かない。

 

土御門は、当麻の日常を守ろうとしたみたいだけど。

 

たった1人欠けてしまった世界が、日常と呼べるとおもっていたんだろうか。

 

決して戻る事の出来ない日常に対する慟哭のように吠えようとした、

 

 

「間に合いませんでしたか……」

 

 

その時、悲壮な顔をした詩歌が現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「詩歌、土御門が……」

 

 

闖入者が現れた事に当麻は驚きもしない。

 

ただ呆然と救いを求めるように詩歌の顔を見る。

 

 

「分かっています。魔術を使ったのでしょう。全く、昨日、Level1に目覚めたばかりとはいえ無茶し過ぎです。肉体は再生しても苦痛までは消えないと言うのに。全くもう。1日1回は問題なしとは言いましたが早速使うなんて困った人ですね」

 

 

プリプリ、と擬音が頭上に浮かびつつ詩歌は土御門の容態を見る。

 

悲壮に見えた顔は錯覚だったのか。

 

今の詩歌の顔はまるでやんちゃ坊主がまた怪我した時の母親みたいだ。

 

 

「え……詩歌、助かるのか?」

 

 

「はい。ほっといても後数分で目が覚めると思います。言ってませんでしたっけ、土御門さん、私見ですが昨日昇格して<肉体再生>のLevel1の能力者です。ほら、見てください」

 

 

そう言って指し示す傷の個所がかなりゆっくりではあるが小さくなっていく。

 

そういえば、詩歌が火野のナイフに刺された時、傷が早送りのように再生してた。

 

という事は、それと同じように……

 

 

「という事は何だ……あの演出は嘘だったとでも言うのか? 魔術を使うと死んじゃう体とか何とか色々説明してたのは一体何だったんだ」

 

 

「まあ、確かに能力者が魔術を使うのは非常に危険で命に関わりますが、土御門さんの場合は多用するのは危険ですけど、単発での使用なら死ぬ事はないと思います」

 

 

でも、とそこで詩歌は微笑みの質を真剣なものに変える。

 

 

「危険なのは変わりありません。たとえ一回でも拒絶反応に身を蝕まされてしまいます。なので、土御門さんの言う事は大袈裟ではありますが嘘ではありません」

 

 

土御門の容態を見て、とりあえず、命の別条がないとわかると、ほっと一息をつく。

 

 

「全く、当麻さんと偽って私を騙そうとするなんて、たとえどんな意図があろうと許しません、と言いたいところですが、この蝙蝠さんは舞夏さんの大切な義兄です。今回だけは許してあげます」

 

 

そう言うと詩歌は土御門の体に手を置き、スゥー、と深呼吸する。

 

すると碧色の淡い光が浸透していき、傷が塞がり血色も良くなっていく。

 

癒しの光に当麻はしばらく目を奪われる。

 

 

生命力(マナ)の補充と傷の治療が終わりました。もう大丈夫です」

 

 

詩歌ってこんな事まで出来たっけ? と思いつつ、も息を吐き、

 

 

「大丈夫か……良かった。……無事で良かった」

 

 

これで終わり、そう思った当麻その場でへたり込んでしまう。

 

 

「無事…ですか……」

 

 

その時、詩歌の顔に一瞬悲嘆の色が浮かんだのを当麻は気付かなかった。

 

 

 

 

 

海辺

 

 

 

<御使堕し>が解除された瞬間、世界を騒がせていた入れ替わりが元に戻っていく。

 

卵の中で眠っていたミーシャの姿も繭に溶け込むように消えていった。

 

つまり、世界を滅ぼす力を持った<天使>が元の位へ戻っていったということである。

 

これで終わり。

 

そうこの事件に気付いていた者は思ったはずだ。

 

たった1人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたか……」

 

 

ミーシャが消え去ったのを見て神裂はほっと溜息を吐く。

 

途中、危ないのが何度かあったが無事に終わった。

 

詩歌が叩き潰された時など、心が張り裂けそうになった。

 

でも終わった。

 

 

(あの兄妹には本当にお世話になりました。あの子の事だけでも借りがあると言うのに、今回の件でまた大きな借りができてしまいました)

 

 

入れ替わりが終わったと言う事は、当麻が<御使堕し>を解除したのだろう。

 

そして、<天使>を抑え込んだのは目の前にいる少女、詩歌のおかげだ。

 

自分だけでは足止めすらも命懸けだったと言うのに、詩歌と協力しただけで無傷で<天使>を封じ込められた。

 

しかも、後半のほとんどは詩歌一人だ。

 

当麻のどんな異能も殺す<幻想殺し>でさえも意味不明だと言うのに、詩歌のどんな異能も生かす<幻想投影>なんてものがあるなんて、夢でも見ているようだ。

 

でも、夢ではない。

 

<幻想殺し>はあの子の<竜王の吐息>を打ち消し、世界最高の錬金術士、アウレオルス=イザードの<黄金練成>も打ち消した。

 

そして、<幻想投影>は<聖人>の自分に更なる高みを見せてくれて、<神の力>の力でさえも生かした。

 

考えてみれば、あの兄妹の力は対極だ。

 

殺す力と生かす力なんて、真逆もいいとこだ。

 

でも、だからこそ、あの兄妹には相応しいのかもしれない。

 

互いに足りないものを補い合うあの兄妹なら……

 

 

「火織さん」

 

 

考え事していた神裂は突然詩歌に声を掛けられて驚く。

 

 

「はい、何ですか、詩歌」

 

 

「今すぐ離れてもらえませんか? 巻き込まれると危ないので」

 

 

申し訳なさそうに微笑みながら神裂の体に手を置く。

 

 

「え? な―――」

 

 

瞬間、不意を突かれた神裂は反応すらできずに吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

わだつみ

 

 

 

疲労困憊の当麻に背中から抱きつく。

 

 

「ん? いきなり、何だ。あ、そういえば、詩歌。今までどこにいたんだ?」

 

 

当麻は振り返ろうとするが、詩歌は物凄い力で当麻の頭にしがみ付いていて、振り返る事ができなかった。

 

 

(……汗?)

 

 

熱い雫がぼたりぼたりと当麻のうなじを濡らす。

 

 

「私は火織さんと一緒にミーシャさんの相手をしてました。火織さん1人では危なかったですからね。なので、<御使堕し>を後回しにして、まずは火織さんに加勢し、ミーシャさんを封じ込める事にしました。色々と無茶をした結果、ミーシャさんは無事、に…無力化でき…まし…た」

 

 

熱い雫がうなじだけでなく背中全体をぼたりぼたりと、ぼたぼたと。

 

何か何やらわからない。

 

当麻は振り向けないから分からないが、何故か嫌な予感がした。

 

そして、今、後ろにいる詩歌に右手で触れてはいけないような気がした。

 

 

「でも…無茶したつけなのかな…? 私、<天使>と…なってしまい…ました。たぶん、このまま…だと、人魚姫みたい…に泡となって…しまうかと…ふふふ、泡となる…覚悟は決めてい…たのですが、本…当に泡となるなん…て、思って…もいませ…んでした」

 

 

ノイズが入っているように所々言葉が途切れる。

 

そして、ぼとり、と詩歌の左腕が床に落ち、水風船のように破裂した。

 

 

「詩歌!? 詩歌!! 左腕が……!! 泡になるとか一体何なんだ!!?」

 

 

振り向きたいが詩歌の右腕に力強く頭を抱えられ、振り向けない。

 

でも、当麻に抱き締めるその右腕は、青く透き通っており、少しずつ溶けかかっている。

 

溶けかかっている右腕、詩歌の辛そうな息遣いで、詩歌が大変な事になっている事は理解できた。

 

 

「ふふふ…心配……しないで…ください…今、当麻さんの…後ろにいる……のは偽物です…でも……時間切れ…かな…」

 

 

この分身は、土御門を治療する為に来たのではない。

 

当麻にお別れを言いに来たのだ。

 

詩歌は冷静に状況を判断していた。

 

このままいけば、異能そのものと化し、神のプログラム通りに動く<天使>になる事も分かっていた。

 

だから、最後に………遺言を届けに来た。

 

 

「私は……もう消えちゃう…本当は……まだまだ当麻さんを…助け……てあげた…かったけど……もう……これ…以上は無理みたい……私がいな……くなっても…不幸に……負けない…でね……これから何が……あっても…精一…杯……生きて……あと……私…当麻さんの事…」

 

 

そこで止まってしまい。

 

 

「……ダメ…だ……やっぱり………言えない……これ…言ったら…不幸に……なる」

 

 

結局、その秘めたる思いを伝える事はなかった。

 

詩歌は最後の最後まで迷いはしたものの“声”を取り戻そうとはしなかった。

 

 

「嘘なんだろ!? 消えるなんて嘘なんだろ!! これも演出なんだろ! 性質の悪い冗談なんだろ! 何これで最期みたいな事言ってんだ!! 頼むからこれ以上からかうな!!」

 

 

「ふ、ふふ…もう…行くから……この手を、離すね……痛かった…でしょう…? …ぎゅっとしてて、……ゴメンね……」

 

 

「行くな!! 頼むから行かないでくれ!!」

 

 

「全く……折角……当麻さんは………そんなにお願いされたら………私だって…消えたくない…このまま…お別れだ……なんて……いやだよ…――――」

 

 

妹の腕が…するりと…後ろに消える。

 

背後の気配も段々と薄くなってきている。

 

拘束が解かれた瞬間、当麻は後ろを振り向く。

 

 

「……し、……詩歌………ぁ、ぅ、…ど、どこへ……」

 

 

当麻の後ろには大きな水溜りがあった。

 

大きな、大きな水溜り。

 

まるで人間一人分が溶けてできたかのような大きさだ。

 

その水溜まりも蒸発していくように徐々に消え去っていく。

 

そして、完全に消える瞬間、微かな声が聞こえた。

 

風に飛ばされるくらいに微かだが、当麻は聞こえた。

 

確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

―――――助けて、お兄ちゃん―――――

 

 

 

 

 

と、妹の助けが確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

海辺

 

 

 

「もうそろそろ時間切れですか……」

 

 

時間が経つにつれ積み重なっていく優しい睡魔が深い眠りへ誘おうとするのを必死に堪えていた時、<天使>を封じ込めるのに緊張していた意識が途切れた。

 

それは、自我を取り留めていた一つの要因が消えたということである。

 

支えていた複数の糸の中一つが切れたので、その分、他の糸に負担が掛かり始めた。

 

その前に助けを呼べば良かった、と思うのだが、少しでも気を緩めば<神の力>の執念に自我を奪われてしまいそうで、最後に当麻への遺言を届ける分身を作り出すので精一杯だった。

 

そして、解き放たれた<神の力>は詩歌を<天使>とするべく最終段階に入る。

 

周囲のありとあらゆる力を取り込み始め、そして、誰にも邪魔されないように周囲に水晶の刃の竜巻を展開。

 

何人たりとも近づけさせぬ人の魂を<天使>へと浄化させる聖域を作りあげる。

 

その中で。ありとあらゆる力を呑み込み、記憶、人格、感情、そして、想いを奪われながら詩歌は少しずつ天上へと昇っていく。

 

 

 

そう……『人魚姫』の末路は――――泡沫となって消える。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

通常、人間は、どんなに優れた力を持っていようと結局の所、『己』しか描けない。

 

人間はこの世に生まれ落ちたその時から、肉体や精神に絵を書き続ける。

 

生きた分だけ肉体に線を引き、生きた分だけ精神に色を塗り―――そして、死んだ時に『己』という絵を完成させる。

 

書き方の選択肢は無数にあれど、書き進めば進むほどそれ以外の完成形は見えなくなり、その終着はその人そのものなのだ。

 

しかし、その肉体や精神が、この世にあるかも分からないような幻想のように空で無だとするのならば、人間としての枠が際限がない、周囲との境界線がない、つまり、それは『世界』とも繋がっている。

 

ありとあらゆる信念も常識も人格も知識も、それを構成するに至った全ての原因さえも『世界』には用意されており、『死生(しいか)』により線を引き、色を塗り、絵を完成させてできる唯一でさえも、大全には内包されている。

 

故にそれは最初から既に『世界』の『死生』を投影し、森羅万象の可能性を秘めている。

 

新しい世界の線を引き、古い世界を塗り潰すことなど造作もなく、この世の法則すらも凌駕する幻想さえも生み出す。

 

だけど、それは人間の領分を大きく逸脱した『神の子』すらも超えた『神上』であり、『死生』とは唯一である事がこの世の法則であり、『世界』は2つも存在してはならない。

 

『世界』を破滅させないために、無形であり、無限である『神上死生』は存在してはならず、自分から夢幻となって消え、生まれ落ちたと同時に、死んでしまう。

 

それがその幻想の運命であった―――その手に殺されて生まれ変わり、その存在にバクのような感情が芽生えなければ。

 

 

『………母さん、身体の具合は? それから経過も良好かい?』

 

 

『母子共に健康ですよ、刀夜さん。このまま順調にいけば、予定日通り明日に出産です』

 

 

『おおーっ! それは良かった。それで名前はもう考えたかい? 女の子だから、母さんが名前を』

 

 

『はい。私から一文字を取って、詩を歌う、と書いて詩歌です。この子の名前は上条詩歌です』

 

 

『うんうん! 良い名前だ! きっと母さんみたいな美人さんになるのは間違いない! うん。当麻、母さんのお腹にいるのがお前の妹だぞ。当麻はお兄ちゃんになるんだ』

 

 

『おにーちゃん?』

 

 

『そうだ。お兄ちゃんだ。お兄ちゃんは弟や妹を守るために先に生まれてきたんだ。私達の自慢の息子だ。当麻ならきっと詩歌を守れる立派なお兄ちゃんになれる』

 

 

『いもーと、まもる。 とーま、おにーちゃんだから』

 

 

『ほら、母さんのお腹を触ってみて。ここに当麻さんの妹、詩歌さんがいるんですよ』

 

 

『しーか、よしよし』

 

 

『お、動きました。詩歌さんもお兄ちゃんに撫でられて嬉し―――うぅっ……!? お腹がい…たい!?』

 

 

『母さん!? 大丈夫かっ!?』

 

 

『はぁあっ……刀夜、さん……も……産まれ……ます』

 

 

 

 

 

 

 

微睡みながら、現状について冷静に分析する。

 

 

(……私の中のナニカが……おそらく、<幻想投影>の暴走……<神の力>がなくなる気配が全くありません)

 

 

今の詩歌は異能の力の塊。

 

 

(それに徐々に意識が……)

 

 

薄皮を1枚ずつ剥ぎ取られるように、詩歌の意識は徐々に<神の力>に喰われていく。

 

喰われないように、自己を保とうと全神経を集中しているが、<神の力>は人の力ではどうしても抗えない。

 

抵抗する意思すらも千々にちぎられていく。

 

さらに、<天使>となるべく、味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の五感が曖昧にされ、記憶、思い出を希薄にされていく。

 

今にも人格すらも分解されそうだ。

 

観測不能な最小レベルにまで詩歌が粉砕されていく。

 

このまま<神の力>が消えなければ、やがては、神の書いたプログラムの通りに行動するだけのロボットと化す。

 

 

「詩歌あああぁっ!!」

 

 

自我を失う直前、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

 

海辺

 

 

 

巨大で天上を貫く青い巨塔。

 

とてもじゃないがこの世の光景とは思えない。

 

むしろ、その光景はこの世の終わりを示す終焉を表しているのかもしれない。

 

まるで地球そのものが振動しているかのような地鳴りまでわき上がっている。

 

激しい烈風が吹き荒れる中、その終焉の中心とも言える巨塔へ1人の少年が決死の覚悟で挑もうとしている。

 

その少年の腕を1人の女性が引き止める。

 

 

「手を放せ、神裂」

 

 

神裂火織は後悔していた。

 

命を削る激闘を繰り広げ、それがようやく終わったのだ。

 

気が抜けてしまっても仕方がない。

 

共に戦った少女の異変に気付かなくても仕方がない。

 

神裂はそう考える事ができない。

 

1度ならず2度までも自分は少女を救えなかった。

 

あの中心がどうなっているかは分からない。

 

けれど、圧倒的な力の奔流を前に本能が明確な答えを導き出す。

 

あれは天災、人の手に負えるものではない。

 

あの中の少女は助からない、と。

 

だからこそこれ以上犠牲者を出したくない。

 

もうこれ以上自分の前で不幸な被害者は見たくない。

 

 

「駄目です! これに立ち向かってはいけません!」

 

 

まだ呼吸も整わない。

 

足元もおぼつかない。

 

拳に力が入らない。

 

体中から非難の大合唱。

 

もう動くな、と当麻に警告する。

 

でも、前に進む。

 

 

「……どけ、神裂」

 

 

「ッ!!」

 

 

当麻を中心に渦巻く途方もなく濃密な覇気。

 

そして、こちらを射抜く凄まじい眼力。

 

<聖人>の神裂でさえ数秒も合わせられそうにない視線。

 

その迫力に息を呑みながらも、その瞳はどこか詩歌と似ている、と神裂は思った。

 

 

「詩歌を助ける。だから、どけ」

 

 

詩歌が言った。『本気になった当麻さんは私よりも強い』、と。

 

納得だ。

 

きっと、今見せているのがこの男、『神浄討魔』の本気なのだろう。

 

あの時、<竜王の吐息>の純白の羽が舞い降りる時、命懸けで当麻を助けようとした詩歌を抑えたのは神裂だ。

 

その神裂でさえ、今の当麻を止める方法が見当たらない。

 

止めなくてはいけないのに、身体に力が入らない。

 

 

「ごめんな、神裂」

 

 

結局、神裂は当麻を止める事ができなかった。

 

あまりに無謀な挑戦だと言うのに、止められなかった。

 

人が“天災”に勝てる訳がない。

 

だが……同じ“天災”ならどうだろう。

 

そう、上条当麻はあらゆる異能の天敵で、学園都市、230万分の1の“天災”である。

 

本気の“天災”の愚兄と暴走した“天才”の賢妹。

 

2人の壮絶な兄妹喧嘩が火蓋を切った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

天上を貫く、ほとんど物理的なまでの壮絶な<天使の力>の奔流。

 

それは周囲の力を取り込みながら徐々に膨れ上がっていく。

 

その中心を守るように、周囲に無数の鋭く研ぎ澄まされた水晶の刃の嵐が吹き荒れている。

 

もし、その中心へと近づこうとするなら全身を切り刻まれてしまうだろう。

 

そして、その中心に触れようというなら全てを溶かされてしまうかもしれない。

 

それでも、上条当麻は右手の小指を、巻き込むように折り曲げる。

 

薬指を、意思を確かめるように折り曲げる。

 

中指を、立っている足元を見定めるように折り曲げる。

 

人差し指を、もう2度と誓いが揺るがぬように折り曲げる。

 

最後に、親指を、上条当麻という兄のありようをまとめるように曲げ、4本の指をしっかりと押さえつける。

 

そして、前方を睨みつける。

 

この中心に詩歌がいる。

 

 

「詩歌……ちょっと待ってろよ」

 

 

<幻想殺し>はあらゆる異能を打ち消す。

 

たとえ元が人間でも、今の詩歌は異能そのものと化している。

 

下手すれば、詩歌を……

 

だが、当麻は<幻想殺し>が詩歌自身を打ち消さない、いや、絶対に殺させない。

 

自分にはそれができる、と確信していた。

 

理由はわからない。

 

でも、もう失った過去の記憶か、産まれた時からずっと彼女を、この右手で戻してきた、と。

 

自分の中のナニカが詩歌を殺さないと告げていた。

 

当麻のナニカが、詩歌のナニカと共鳴している。

 

詩歌を救い出す力は備わっている。

 

だから、あとは覚悟だけだ。

 

 

「つーか、すっげーな、こりゃ!? ……―――だが、この程度で俺が負けるとでも思ってんのか?」

 

 

当麻は“不幸”だ。

 

ほぼ毎日、“不幸”と言うキーワードを叫んでいる。

 

そのおかげで耐性ができ、もうある程度の不幸なら余裕で許容できる。

 

もし神が目の前に現れても、愚痴は言うが、“不幸”を恨んで殴るつもりはない。

 

しかし、詩歌が連れていかれようとしている。

 

神が当麻から詩歌を奪おうとしている。

 

その“不幸”は絶対に許すことはできない。

 

そして――――

 

 

『助けて、お兄ちゃん』

 

 

妹が助けて、と呼んだ。

 

それだけで、命を賭けてその中心に向かう理由は十分だ。

 

 

「約束したよな。お前のためなら神だって殺してやるって。詩歌、テメェのお兄ちゃんが最強だって、証明してやる!」

 

 

当麻は右手を盾にして嵐の中心へと突貫する。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!!」

 

 

<神の力>は<幻想殺し>の許容範囲を超えたのか、当麻の右手を押している。

 

消している。

 

でも、消される前に当麻を圧倒する。

 

 

「負けるかあああぁぁっ!!!」

 

 

でも、諦めない。

 

どんなに強かろうと絶対に諦めず真っ直ぐ前に突き進む。

 

干渉。

 

詩歌の干渉とは少し違うが、<幻想殺し>で一瞬で打ち消す事ができない程の莫大な力に対して、『消せない』というデメリットを逆手にとって、その力を掴んで自在に『捻じ曲げる』。

 

捻じ曲げて、安全地帯を作る。

 

それだけではない。

 

前兆の感知。

 

地震の前兆となる小さな揺れを感じ取るように、異能の前兆となる波動を感知する。

 

強力な力になるほどその余波は大きく、その次の動きを予測しやすい。

 

元々、美琴の電撃に、その感知能力が無意識に働くことで反応し、右手を盾にして打ち消せている。

 

本気となった当麻は、干渉と前兆の感知といった力の2つの使い、莫大な力を掴みとり、掻き分けて、徐々に前へ、前へ、ひたすら前へ、詩歌の元へ進んでいく。

 

 

「ああ、あああああ!」

 

 

血を吐き、全身から血霧を拭きながらも前に進む。

 

 

神様(テメェ)詩歌(俺の妹)を奪おうってんなら――――」

 

 

不幸だ。だが、歯を食いしばれる。

 

不幸だ。だが、強くなれる。

 

不幸だ。だが、ほんの一時でも恐怖に打ち克てる。

 

不幸だ。だが、前に進める。

 

不幸だ。だが――――

 

 

「――――まずは、その幻想をぶち殺す!!」

 

 

――――誓いを守れる。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

堕ちてゆく。

 

<神の力>に詩歌の心が蝕まれ、意識が暗黒に呑み込まれていく。

 

 

(お…に……い……ん)

 

 

大切な人々の顔が、大好きな人々と過ごした日々の記憶が、<神の力>に喰われ、形を失っていく。

 

 

(い……や…だ………よ)

 

 

抗いようのない力が、詩歌の心と記憶を暗闇の奥底へと引き摺り、

 

 

(た…すけ――)

 

 

そして――――

 

 

(―――)

 

 

完全に出口を見失った。

 

瞳の輝きが消え、詩歌から、表情が消えた。

 

神のロボット、<天使>と化す。

 

だが、身体が消える寸前――――

 

 

「うおぉおおおぉおおおっ!!」

 

 

1人の少年が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ッ!」

 

 

身体に宿る<神の力>が震えだす。

 

目の前の得体の知れないナニカを天敵と恐れて震えだす。

 

 

「連れて行かすかよ!」

 

 

少年の双眸が、詩歌を映す。

 

全身を鮮血に染め、今にも倒れそうなほど疲弊しているはずなのに、少年の眼差しは微塵も弱ってはいない。

 

あまりに力強い視線が、詩歌の人格を幽閉する暗い海に波紋を生む。

 

 

「詩歌っ!」

 

 

<天使>は目を見開く。

 

詩歌。

 

上条詩歌。

 

その名前は、神のプログラム通りに動く<天使>のものではない。

 

少年の叫び声が、暗闇に沈んでいた詩歌の意識を引っ張り上げる。

 

 

「詩歌は俺のだ! 俺の妹だ!! 誰にも渡さねぇ!!」

 

 

呼んでいる。

 

いつもそばにいてくれた頼もしい兄が名前を呼んでいる。

 

<神の力>によって閉じ込められた忘我の海から、詩歌は浮上していく。

 

 

「絶対に(テメェ)のものになんかさせるかあああぁっ!!!」

 

 

少年の右手が詩歌を握りしめた。

 

その右手によって、詩歌の意識が暗闇から引き上げられる。

 

そして、幻想によって、喰われた記憶が、魔法をかけられたように、形を取り戻していく。

 

産まれたての赤子のように透き通る肌にうっすらと赤みが帯び、そして、詩歌の瞳が碧色の輝きを放ち、やがて、元の黒曜石のような綺麗な色が宿り始める。

 

色を取り戻した世界で、視界に入ってきたのは、

 

 

 

―――何があろうと大切な妹を守ってみせる。

 

 

 

自身に課した誓いを守り、賢妹をこの世界へ呼び戻してくれた愚兄の姿だった。

 

 

 

つづく

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