とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想御手編 薄幸

幻想御手編 薄幸

 

 

 

鉄橋

 

 

 不幸だ。

 

 

 今の状況を一言で表すならそれに尽きる。

 今日は妹が後輩の面倒や師匠と崇める人物と組み手をするハードスケジュールらしく、夕飯をたまには外で食べるようとファミレスに来たところ、十数人の<スキルアウト>達が1人の女子中学生が絡まれているのを目撃。

 どうにかして助けようと思い、穏便に彼らに声をかけてみたところ説得に失敗し追われることになってしまった。

 おかげで、頼んだ苦瓜(ゴーヤ)蝸牛(エスカルゴ)の地獄ラザニアが来る前に店を飛び出し、さらには食い逃げ扱いさせられてしまった。これは後で店に清算しなければ、今度妹と外食に来たとき兄の尊厳がズタズタになるに違いない。

 早く忘れない内に、出来れば今日中に何とかしないと……

 詩歌という自慢の妹を守るために普段から鍛えていたおかげでファミレスから離れ、細い路地裏に誘い込み1人ずつ相手し、<スキルアウト>達の半数を大怪我をさせることなく気絶させることができた。

 しかし、いつ増援を呼んだのかは分からないが、後からぞろぞろと仲間がやってきてしまい、これ以上の喧嘩を避けるために上条当麻は今逃げている最中である。

 

「あーもう何なんですかこの不幸は!? やっぱ詩歌がいないからか!?」

 

 ぐぎゃあ! と頭を掻き毟りながら当麻は路地裏から表通りへ一気に飛び出す。

 

 昔から妹が側にいるとそれだけで不幸がなくなるとまでは言わないが半減。まあ、その分、キレた時は精神的にも半殺しさせられるが……

 そんな事を考えていると、ふと周囲の様子を視界が捉える。月明かりの降りる学園都市は東京都の3分の1ほどの大きさを持つにも関わらず、どこもかしこもびっしりとカップルだらけだ。

 独身貴族の当麻にとってこの光景は目に毒だ。

 身近に妹がいるのだが、恋人はいない。バレンタインデーも家族、妹にしか貰った事がない。

 悲しい。ものすごく負け組になった気がする。

 

 詩歌はすごく美人で嫁にしたい女の子第1位ではあるが―――妹だ。

 

 自分の事を兄と慕っており、とても懐いてはいるが―――妹だ。

 

 彼女を妹に持つ事は、ある意味世界で一番不幸な事なのかもしれない。

 『いい加減、カミやんもこちら側に来るにゃー』と彼女を恋人として扱うなどというクラスメイトのシスコン軍曹のように当麻は暗黒面(ダークサイド)に落ちるつもりはない。

 その点で当麻は彼とは意見が合わない。しかし、このカップルの中に妹の姿がなくて心底安堵する。

 もしいたとするならば、良い雰囲気だろうが、2人だけの世界を作っていようが、その幻想をぶち殺してやる。

 当麻はカップル達を引き裂くように夜の街を走る。

 

「うう、不幸だーっ!」

 

 このまま相手がバイクとか乗り物がなければ逃げ切れる。逃げる事ならこの上条当麻、誰にも負ける気はしない。

 なんせ天使のようで悪魔な妹の相手を受け続けてきたのだから。アレから逃げ回るのと比べれば、酒と煙草で身体を壊している<スキルアウト>から逃れることなんて、なんと容易い事。

 ……何だかまた悲しくなってきた。

 とにかく、このまま上条当麻という『エサ』をちらつかせて相手を走らせ疲れさせれば喧嘩する気も失くすだろう。

 当麻の目的はあくまで『人助け』。不良達を倒す事ではない。相手を振り切って諦めさせれば『勝ち』なのだ。

 

「ち、ちくしょう……何だって俺はこんな事に青春をかけなきゃなんねーんだよう!」

 

 当麻は走る。青春の汗と涙を流しながら……

 

 

 

 都市部を離れ、大きな川の上に跨る鉄橋の上に到達。<スキルアウト>達の姿はない。

 人気のなく、ライトアップもされていない無骨な鉄橋は、夜の闇のような不気味な暗闇に塗り潰されている。

 

「追手がいなくなった? やっと撒いたか――ッ!?」

 

 その闇を切り裂く稲妻が後ろからいきなり襲いかかる。

 当麻は咄嗟に振り向き、その右手、<幻想殺し>で打ち消す。

 これは明らかに自分を狙ったもの。しかしこれは先ほどの<スキルアウト>達の攻撃ではない。

 

「何やってんのよアンタ。不良を守って善人気取りか、熱血教師ですかぁ?」

 

 先ほど不良達に絡まれていた女子中学生からの攻撃だ。

 その女子中学生は詩歌の妹分でLevel5、常盤台のエースである。

 そう、当麻が助けようと思ったのは絡んでいた<スキルアウト>達の方である。

 おそらくあのままこのビリビリ電撃姫といれば、彼らは間違いなく黒焦げにされてしまっていただろう。

 

「後ろの連中が追ってこないのは……」

 

「うん、めんどいから私が焼いといた」

 

 バチッ、と。

 

 彼女は手に電撃を出す。

 どうやら当麻の青春も空しく、無に帰した。今頃、真っ黒焦げの不良が道端に転がっているだろう。

 

「人がせっかく……」

 

「馬鹿にしないで、私はLevel5なのよ? 詩歌さんにも注意されてるし穏便に片付けたわよ」

 

 当麻は不良達が黒焦げにならないように穏便に片付けようとしたのだ。

 うわぁ、と当麻が溜息をつくのも無理はない。美琴はそれを気にせずに髪をかき上げる。

 

「ったく、アンタのせいで情報取り逃がしちゃったじゃない」

 

 ふん、と美琴は鼻息を鳴らす。

 

「情報?」

 

「才能の不足をズルして補う裏技の噂があってねー」

 

「何だそりゃ」

 

 美琴は口の端を歪めて、

 

「頭の開発を時間割り(カリキュラム)に組み込んでいる学園都市には『神様の頭脳』の副産物がたくさんあるのよ」

 

 『人間に神様の計算は出来ない。ならばまずは人間を超えた神様の体を手にしなければ神様の答えには辿り着けない』……これが学園都市が『神様の頭脳』―――Level6を作る目的。

 能力は所詮副産物。スプーンを曲げるならペンチを使えば良いし、火が欲しければ100円ライターを買えば良いし、遠くの人と話したければ携帯を使えば良い。

 代用が効くのだ。と、当麻は思うが、妹の詩歌は能力を副産物ではなく、その人自身の『色』―――可能性と見ており、代用の効かないその人自身の『絵』を見せてくれると信じている。

 もちろん、『神様の頭脳』にも興味があるようだが、詩歌はその『色』を利用して、“不幸”を失くす事に日夜努力している。

 

「例えば、私のDNAマップを元に開発された軍用クローン、通称<妹達>がどこかの研究室で製造されてるとかね」

 

 と、言ってもそれらは根も葉もない噂話に過ぎない。もし本当なら法や倫理を無視している。

 学園都市の中にはそう言ったのを平気で行う狂気に囚われた科学者たちもいると聞いてはいるが……

 

「はあ、よくわかんねーけどお前も大変なんだな」

 

 高位能力者には高位能力者の悩みがあるのか、と。

 当麻はじゃあ、と帰ろうとしたが美琴の電撃に阻まれてしまう。

 

「まったく、私の電撃を無力化するような力を持ちながら不良相手に逃げたりして、強者の余裕ってヤツかしら?」

 

「だから俺はLevel0で――――」

 

「うそつけっ」

 

 ズドンッ、と。

 

 美琴は当麻のいうことを遮り電撃を放つ。

 

「何がLevel0よ。電撃の槍も砂鉄の剣も効かない。超電磁砲も打ち消しといて。そんな230万分の1の天災が何を言ってるのよっ!!」

 

 美琴は当麻に何度も電撃の槍を放つが右手に全て打ち消されてしまう。

 

「……何て言うか、不幸っつーか……ついてねーよな」

(死ぬ! ホントに死ぬ! ホントに死ぬかと思った! キャーッ!!)

 

 当麻は内心を悟らせないように顔を引きつらせながらも余裕綽々の態度を取り繕う。美琴の電撃は確かに恐ろしいが、詩歌の制裁のほうがもっと恐ろしいので、どうにか表情から内心を悟られることがないようにすることができた。

 

「何ですって?」

 

「いくらやってもお前の攻撃は俺には効かないんだ。これ以上続けても不毛なだけじゃねーか。だから……こんな無意味なことはやめてもっと若者らしく青春を謳歌しないか? 詩歌にだってちくったりはしねーから」

 

 確かに、美琴の攻撃はすべて<幻想殺し>で防がれてしまうので、当麻の意見は尤もである。この右手、異能であるなら無意識に反応する。

 ただし、異能にだけでそれ以外にはまったくのただの右手だ。

 能力の火の玉は防げるが、火の玉で砕いたコンクリートの破片までは防げない。美琴のビリビリは防げるが、詩歌の鉄拳制裁は防げない。

 

「らしく……………そうね、私が間違ってたのかもしれないわね」

 

 御坂美琴。

 学園都市Level5第3位で、負けず嫌いでちょっと気の強い女の子。でも、相手の気持ちになれるほどとっても優しい―――そう詩歌から聞いている。きっと話せば分かってくれるはず。

 

「わかってくれたか」

 

 これで帰れるか、と当麻は息を吐く。

 だが、それは当麻の早とちりで、

 

「ええ。詩歌さんに言われてずっと心のどこかにブレーキをかけてたのかもね……」

 

 空に雷雲が現れる。

 

「私の全てを出し切った全身全霊の攻撃……」

 

「雷…雲?」

 

 当麻は空を見て茫然とする。

 まさか、彼女はこれを―――

 

「人間相手にさすがにこれは……とか躊躇するなんて本っ当!! 私らしくなかったわ」

 

 今度、詩歌にあったらお前の評価は激甘だと言っておこう。

 目の前の少女は“ちょっと”ではなく“相当”気が強く、当麻の気持ちを“分かってくれない”全くもって“優しくない”我儘な少女だと。

 

「いや、そうじゃなくて……つうかそんなもんブチかましたら周辺の電気機器が…―――」

 

 振り切れたのか美琴は当麻に自身の最大の電圧の雷を当麻の頭上に落した。

 

 

 ドォォォン!!!!!

 

 

「不幸だぁー!!」

 

 

 その後、第七学区周辺に大規模な停電が起きた。

 

 

道中

 

 

 太陽が顔を覗かせ、爽やかな風が吹く。

 その中を可憐な少女が、腰の辺りでまとめた後ろ髪を犬の尻尾のようにフリフリしながら走り抜ける。

 彼女の顔は、恋する乙女のそれ。

 まだ早朝で通りには人は少ないが、彼女に追い抜かれたランニングをしていた少年は擦れ違いざまに彼女の顔に見惚れてしまう。

 少女はそれに気付かず先へ行く。自身を待つ兄の元へと。

 

 

「ふふふ、待っていてくださいね。当麻さん」

 

 

とある学生寮

 

 

 今日から夏休み。

 だけど当麻さんは補習があるらしく夏休みを学校に行かなくてはなりません。

 それは大変だろうから私は当麻さんの世話をするつもりです。本当に世話がかかりますね。

 あんなにテスト勉強に付き合ってあげたのに……まあ、テストとは全く関係ない人の記憶について教えていましたが……

 決して夏休みの間も朝から当麻さんの部屋に行きたいからではないですよ。

 “うっかり”テスト範囲を間違ってしまったんです………ニヤリ。

 とにかく、私は夏休みも朝早く当麻さんの部屋に行かなくてはなりません。しかし、昨日の夜に起きた大規模な停電により目覚まし時計が壊れてしまいました。

 なので今日はいつもよりも起きたのが遅くなってしまい、一刻も早く当麻さんに会うために急いで身支度を整えて全速力で当麻さんの部屋に向かっています。

 早く当麻さんの部屋に行って朝食の準備をしなくては。

 

「ふふふ」

 

 詩歌は、エレベーターにも乗らず階段で一気に当麻がいる7階まで駆け上がる。

 昨夜、学園都市中を逃げ回った兄と同様、彼女もどうやら並々ならぬ健脚の持ち主だ。常盤台の学生寮からここまで完走したというのに息が切れていない。

 これが兄を想う妹の力なのか。

 そして、当麻の部屋の前に立ち止まり、

 

「髪オッケー。服オッケー。笑顔もバッチリオッケー!」

 

 と、いつものチェックを終わらせると詩歌は当麻の部屋に合鍵で開けてドアノブを捻った―――――ら、

 

 

「おはよう、ござ、い……ます?」

 

 

 素っ裸な長い銀髪の幼い女の子が出迎えてくれた。

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 思考がフリーズ。

 詩歌は一度ドアを閉めて部屋の番号を見る。

 うん、間違いなくここは兄の部屋であるはずだ。

 と、なると先ほどのは自分が見た幻想。確かに一瞬ではあったが、彼女は妖精さんのように可愛らしかった。

 ふむ、と強引に自分を納得させてもう一度、ドアを開ける。

 

 

「――――」

 

 

 だが、もう一度フリーズする。

 何故なら先ほどの光景と変わらず、素っ裸の妖精さんがそこにいたから。

 ギギ、と妖精さんから視線を横に向けると、

 

「お、おはよう、今日も良い朝でせうね、詩歌さん」

 

 妖精さんの隣で自分を見て固まっている兄がいた。

 その声でフリーズが解凍し、詩歌のスーパーコンピューター並みの頭脳が慌ただしく唸りを上げ熱を出しながら再起動。

 

 『夏休み+タイミングが悪いとばかりに気拙い顔をする兄+見知らぬ銀髪で幼い裸の妖精』という足し算から導き出された答えはやはり、壊滅的なものに違いなかった。

 

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……

 

 

 答えを出した詩歌はにっこりと、“とても威圧感のある”笑みを浮かべる。

 

「あらあら、当麻さんは女の子を部屋に連れ込み素っ裸にしてしまう鬼畜なのかしら。しかも、こんなに幼い子を……当麻さんはロリコンでしたのね……知りませんでした。当麻さんは大人女性が好きだと思っていたんですけどね。……フフフ、だから私に欲情しなかったんですか……」

 

 長い黒髪にリボンを結んだ妹は、今日も浮世離れして可愛らしく、まるで仮面のように詩歌の口は全く動いていない。

 だが、声は聞こえる。魂まで震わせるような妖艶で冷たい声が。

 ざわざわと黒髪が蠢き、急速に瞳孔が開き底無し沼のようになってる。

 当麻よりも7cmも背が低いはずの詩歌が、足元の影からとてつもなく真っ黒でドロドロと溢れてくるモノのせいで体が大きく見える。

 容姿が整っているため、昨夜の不良のメンチよりも遥かに怖かった、

 

「い、いや、違うんだ! 誤解だ! 詩歌。と、とにかく落ち着け! 最後は何言ってるのかお兄ちゃんは良く分からない! そして、この状況もわからん! 魔術とか言うオカルトパワーがかかってるから包丁刺さっても大丈夫とかバカなことを言うから、おさえようと修道服に触ったら突然ほどけて……ってムリだよ! こんなの説明ムリがあるに決まってるじゃねーか! でも」

 

 まずは落ち着いて話を……、と。

 

 せめて、お前だけは俺の話を聞いてくれ……、と。

 

 そんな当麻の説得もむなしく詩歌はまわりに黒いオーラを経ち込めながら歩いてくる。その一歩一歩を踏み締めるたび寮全体が揺れる。

 そして、その表情は陰ってしまい窺い知ることができない。

 

「せっかく、父さんを反面教師にして今まで調教してきたのに……」

 

 詩歌は何かを呟きながら2人の元に迫りくる。

 当麻の眼は涙でうるみ、全身から汗が噴き出していた。

 で、

 

「ひぃっ!!?」

 

 『まさか刺客!? 魔道書は渡さないんだよ!』と最初は強がったが女の子すら、そのあまりに異様な圧力に女の子は全裸であることを忘れ、すぐ隣にいる当麻に抱きつく。

 

「ちょ、おま!?」

 

 少女の体が密着したことで思わず当麻の顔が赤くなる。

 

 だが、それは止めだ…………上条当麻の。

 

 それを見た瞬間、詩歌のナニカが弾けた。

 

「qwens当麻jdcjnm去勢apomすeu」

 

 最早人語を用いたコミュニケーションが不可能な詩歌を目の前にして、これ以上の交渉は無理であるということを当麻は悟り、辞世の句を残す。

 

 

「不幸だ……」

 

 

 と。

 

 

「……このくらいにしておきましょう」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「当麻さんは今すぐ部屋の外へ出て行って下さい」

 

 

 顔面スレスレに寸止めされ、途中、伸びた人差し指が当麻の頬をぐいっと押す。

 

「良心が痛むなら、そのまま<警備員(アンチスキル)>の部署に駆け込んでも構いません。<風紀委員(ジャッジメント)>の第177支部なら顔見知りがいるのでそちらの方が都合がいいかもしれません」

 

「それって避難……じゃねぇ! お兄ちゃんに自首しろって事かよ!?」

 

「10学区の少年院の面会室に通い詰めになりそうです」

 

「そのまえに病院送りにさせられそうになった気がするが」

 

「10学区の墓地の方へ通い詰めになりそうです」

 

「死んだ!? 当麻さん死んじゃった!?」

 

「とにかく、ここに当麻さんがいては邪魔です」

 

 妹と合わさった目が真っ直ぐ、己の顔が映り込み―――あっちむいてほいでもするように顔を横に向けられる。

 上条当麻が、最も頼りにするのは誰かと問われれば、上条詩歌と答えるだろう。

 それにはもちろん彼女自身の性能の高さもあるだろうが、家族だからというのもある。

 家族相手ならば、信頼や優しさ、可能不可能をさしおいて、無条件で手を差し伸べるし、遠慮なく頼れる。

 家族というのは、理由を必要とせず、不幸を分かち合える相手だ。

 

「悪い、任せた」

 

 兄退場。妹の意図を察したのか。当麻は急いで玄関へと走る。

 

「あ、あれ? <必要悪の教会(ネセサリウス)>の尋問官も真っ青な気配は……」

 

 地獄から生還した瞬間にほっと息を吐くかのように零れた一言は、小さいながらも良く通る鈴のようだった。

 口調というものには思いのほかたくさんの情報が含まれるもので、たった一言でもそれは変わらない。声の感じから体格や顔の形がある程度わかり、発音の癖でどこの出身のどういう育ちにあるのかが大体分かる。もちろん喋り方からの調子から、きつい性格か穏やかな性格かもわかり、付き合いが長くなれば機嫌の良し悪しまでわかるようになるだろう。

 それらから考え合わせれば、この妖精のような少女は、声の感じから推し量るそのままの姿だった。

 ただそれでもわからないことがあるとすれば、なぜ彼女は兄の部屋にいたのかだ。

 さきほど思わず狂化した詩歌だが、きちんと当麻の弁明は聞いていたし、見るべきものは見ていた。

 入る時にカギが締まっていたことから、少女が勝手に部屋に入ったわけでもないだろうし、そもそもここは男子寮だ。何の目的も知り合いもなく女の子がここに来るとは考えにくい。

 またその床に落ちた修道服からしてこの学園都市には珍しい宗教勧誘かとも考えたが、だったら玄関口で話すだろう。不幸でなんどか詐欺に遭ってきた兄なら怪しい勧誘はすぐにお断りするはず。『可愛い娘だし、部屋に上げてちょっといかがわしいことでもしようか』もない。……一応、兄が自主的に犯罪を行うことはない信頼している。

 無論、偶然による事故(ラッキーイベント)――身包みを剥がされたのは兄の手によるものだという可能性がゼロになったとは思わないが。

 そこはあとで時間がある時に聴くとしよう。

 

「はぁ……困ったものです」

 

 詩歌は額に手を当てて、軽く息を漏らした。

 結局は、おそらくいつものように、“不幸”にも何かに巻き込まれただけなのだろう。

 と、なるとだ。迷子になった少女を保護したのが妥当だ。

 

 さて、色々と訊き出す前にやることがある。

 

「初めまして、私は、上条詩歌といいます。……一応、さっきの変態の妹です。色々とご迷惑をかけたようで、不肖な兄に代わって謝罪します」

 

 『お前は俺のおふくろか!』と玄関扉の向こうから声が聞こえてきたが気にしない。

 自己紹介をするも、未だに警戒――素っ裸にした身内なのだから仕方がない(狂化も影響がないとはいわないがそこは棚上げ)――し、牽制するようにこちらを見つめる少女。

 敵意ではなく、この感じはどちらかというと気遣いでこちらを警戒する。

 詩歌は部屋の箪笥の一段引き、そこには何故か男子部屋なのに女の子の服――別に、これらはこの部屋の主が女装趣味だとか女の子の服を収拾するとか人には言えない趣味のある変態ではなく、妹のものだ(兄の部屋に下着などを預けているのが問題かはさておき)

 

「詩歌さんの私服です。サイズが大きめですが、裸でいるのは問題です」

 

「う、うん。でも、わたしはひとりで着替えられるから」

 

「ダメです。一秒でも早く服を着てもらわないと、風邪ひくかもしれません。それは大問題です。ええ、小さくて可愛い妖精ちゃんの柔肌に触れる大チャンスです。ぐへへ」

 

「むむ!? 何だか疾しい気配がするんだよ!」

 

 逃げようとするも、裸のままでは外にも出られず、玄関では心配性な兄が聞き耳を立ててるだろう。軽く追い込んで、自分へと伸ばされる詩歌の手に少女はギョッとしたが、躱すことを、詩歌の手はそれを許さない。

 彼女は幼いころから面倒を見ていた幼馴染がおり、年下の子の扱いには慣れている。少女が抵抗する前に服を着せて手早くボタンを嵌めると、詩歌は朗らかな笑みを浮かべた。

 

「はい、できましたよ」

 

「……あ、ありがとう」

 

「いえいえ。こちらも色々とありがとうございますです」

 

 裸の子に服を着せるとなれば、当然その際に、彼女の体に触れる。

 <幻想投影>は、触れた相手の力を理解することができる。さりげなくだが、危険な能力を秘めていないかと簡単なボディチェックをさせてもらった。

 

「うん。こちらの服も綺麗に解けてますし、ちょっと時間をいただければ直せますよ」

 

「ホントに!」

 

「ええ、もちろん。当麻さんは、女の子には破廉恥な行いをする常習犯で。ホント、ごめんなさいね。でも、決してわざとじゃないんです。女の子を泣かせるような兄ではないと今まで兄を見てきた上条詩歌が保証します」

 

「ううん。こっちも色々と挑発しちゃったし………まさか、本当に<歩く教会>が破壊されるなんて」

 

 少女が驚いているということは、この服装に何らかの力が働いていたのか?

 床に落ちた修道服も手に取ったが、愚兄の右手に触れたあとということもあって何も感じ取れない。

 

「あ、私の名前は、インデックスっていうんだよ。魔法名はDedicatus545だね」

 

 見た目は子供で、体も華奢、まだ幼さゆえの硬さが残ってるけれども、とても良く均整がとれていたし、硬さの中にもしなやかな感じがあった。

 また本物の白銀とたがわぬ色合いの髪の毛には浄な気配、その作り物めいた緑色の目はひどく理知的で、本物の匂いがする。

 それでもこうして見知らぬ男の部屋で初めて見る自分に笑顔を返されるだけの信を勝ち得たのは、詩歌の元からの気質もあっただろうが、当麻の不幸おかげもあるのだろう。

 人心掌握方法の基礎の基礎。

 1人が相手に無礼を働けば、もう1人は逆に親しくなり易くなる。それも尻に敷いているのならなおさら。兄妹関係上、普通は逆だろうと言われるかもしれないがそれはさておき。

 これは事故なんだろうが、何事も最初が肝心であり、利用するなら何でもする。また同情して共感させ、最後にフォローを入れれば愚兄の印象はいくらか回復するだろう。

 

(インデックス、って目次ですが、それにマホウメイ?)

 

 何とも気になる自己紹介だ。

 遠慮の硬さがなくなったのはいいことだが、相手は何の気なしに専門用語を語られては会話が成り立たない。

 意思疎通の波長を合わせるためにももっと話を。ここはもう少し後押しできるよう何か懐柔を……

 と、その時、好都合なことにチャンスは訪れる。

 

 きゅるる~……と、可愛らしく小さな音。少女の顔がまた赤くなる。

 

 それに、ぷっと人物観察していた賢妹は吹き出してしまい、口に手を隠し覆いながら、

 

「うん、そうですね。何事にも食事が大事。ご飯にしましょうか」

 

「ッ!!!!!!」

 

「インデックスさん、腹ペコメータは満タンで?」

 

「うん!!! とっっってもおなかへってるんだよ、このままだと倒れ死んじゃうかも!!!」

 

 初対面で、詩歌への好感度(パラメーター)が一気にゲージいっぱいまで突き抜けた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 台所から、あかるい表情で、詩歌が当麻を呼んだ。

 

「当麻さん、取り皿とスプーンをおねがいです」

 

「あいよー」

 

 あれから部屋に入った当麻が、いつものように応じると、テーブルに客用の分も含めて取り皿とスプーンを並べていた。

 日々の営みは、着々と進行中

 出来上がり運ぼうと持つと、大皿に載せられた多々の具材を内包したビックオムライスにかかったトマトソースのいいにおいが、鼻をくすぐった。

 

「おー、何か朝から豪勢だな」

 

「お客さんがいますから、気合が入るんです。それに、インデックスさんがお箸使えなくともスプーンなら。あと、大停電で冷蔵庫が切れてますから、夏の暑さに危なそうな食材はダメになる前に調理しないと」

 

「あー……」

 

 当麻は微妙な表情で視線を遠くにそらす。

 一方、インデックスは、

 

「っ~~~!!」

 

 そわそわそわそわ。

 正座しながら美味しそうな匂いの発信源である台所に上体を右に左に伸ばして様子を窺う。

 修道院で誓わされること。

 従順、純潔。

 そして、清貧。

 それでもバターととかされたとろける卵と、新鮮なトマトのソースの暴力的な香りが我慢をすることを許さない。

 ぱぱっと食前のお祈りを済ませると、スプーンを握って今か今かとスタンバっている。

 ガラステーブルの食卓にドンと置かれた途端

 

「わあ―――」

 

 インデックスは、その量の多さに目を見張る。オムライスだけではなく、野菜炒めを載せた大皿もほとんど山盛りであった。

 詩歌が他にも在庫処理のバーゲンセールとばかりに電源切れの冷蔵庫の中から選別した食材を調理しながら、和やかかつ満足げな笑みと共に言う。

 

「し、しいか! もう待てないかも!」

 

「ん。じゃあ、先に食べちゃってもいいですよ。自分の分を取り皿に分けちゃってくださいな」

 

「みんなの分だから、残しても構わないから無理して」

 

 と、兄妹の視線の先では、華奢でひ弱にしか見えない修道女が、四分の一のやや多めを取り皿にとり、

 

「これが、とうまの分で、こっちがしいかの分」

 

 また、四分の一を取り皿に取り、

 

「おいおい……」

 

「あらら……」

 

 最後に残った“大皿の半分”を自分の食べる分に。

 そうして、最後のおかずを運んできた上条兄弟が着席し。

 いただきます! と儀式を終えると、急き立てられるような勢いで料理を掻き込み始めた。

 

「んまーい☆☆☆☆☆」

 

 一心不乱に食欲の化身となった少女は、勢いを段々と加速させていき……

 

「でね、<歩く教会>の神の恵み(ラッキー)を消しちゃった<幻想殺し>が本物なら、神様のご加護とか、運命の赤い糸とかオカルト全部消しちゃってるかもね。空気に触れるだけでバンバン幸運がなくなっていく」

 

「何!? 幸運だの不幸だのって言葉は、確率や統計のお話じゃねーのかッ!」

 

「でも、そう言われると納得しますね。……赤い糸がないのは残念かどうかはっきりしませんが」

 

「それでしいかの<幻想投影>は見たことがないけど、神の恵みを全身に受け取ってくんだから、すっごく神様に愛されてるかも。優しいし、ご飯もおいしいし、周りの人を幸せにするような聖母になれるんだよ」

 

「ふふふ、そう言われるとうれしいですね」

 

「待て! っつうことは、運命の赤い糸も野郎と触れ合うたびに巻きついってることなのか! いや、ここは右手で小指を握れば……」

 

「どうだろうね? でも、こんなに力が対極な兄妹は私も初めて見るよ」

 

自分の分のオムライスを三分の一までお腹の中におさめて他のおかずにも手を伸ばし始めたところで、詩歌がティッシュで口元のケチャップを拭き―――お話を再開する。

 

「ねえ、インデックスさんは何で当麻さんの部屋にいたのですか?」

 

 

 

 落ちたんだよ。

 ホントは屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど………

 これはとうまにも言ったけど私がもっている10万3000冊の魔道書を狙って魔術結社に追われてるの………

 とうまの右手で<歩く教会>で粉砕されてしまったことは探査術式ですでに敵に知られているんだよ………

 だからもうすぐここに魔術師がやってくる………

 でも大丈夫。私はすぐにここから出て行くからね。

 

「ねえしいか、教会がどこにあるかって知らない?」

 

「んー。宗教関連は第12学区でしょうか。そのイギリス清教の教会があるかはわかりませんが」

 

 詩歌は自分の分のお茶を飲みながら、ちらりと同じように食後の一服にお茶を飲むインデックスを見る。

 同じ食卓につく、という慣用句があるが、相手を少なからず信用する、という意味の言葉だ。現に、彼女は自分が置かれている現状を話してくれるまで信頼を勝ち得ている。

 だが、詩歌はインデックスが説明している間、ほとんどなにも言葉を発することができなかった。

 詩歌が言葉を発したのは最後の質問の答えくらいだ。

 インデックスの雰囲気から嘘は言ってないことは分かる。

 嘘は言ってないから本当だとは限らない。

 けど詩歌にはそれが本当かどうかの判断をすることができない。

 それもそのはず詩歌はまったく魔術について知らない。

 ここは学園都市。

 その技術は少女の記憶を弄くり、本当のことだと思い込まされることも可能。

 そう見れば、命令にだけはどこまでも忠実に、どこか狂信めいたものを少し感じ取れる。ただ、不動の信仰心に使命感はそれだけ素直であるということである。

 詩歌が自分の中にむくむくと湧くのを感じたのは、保護欲だ。誰かが守らないとまずいと、そう思わせるに足るあどけなさがあった。

 しかし詩歌が思索を深めているうちに直した修道服に身を包んだインデックスは既に玄関にいた。

 

「しいか、ご飯おいしかったんだよ」

 

 行かせてはいけない、詩歌はそう感じた。

 でも、インデックスは1人で行ってしまう。

 もし、先ほどのことが本当だったら恐ろしい追手がいる。

 彼女はきっと襲われてしまうだろう。

 助けたいとは思う。

 だが、それには生半可な覚悟が必要だ。

 彼女の意思を無視して地獄にまで付いていく強い覚悟が。

 詩歌はついさっき会ったばかりの相手のために本当かどうかわからないことに命を懸けることができるほどの覚悟はない。

 それにもし覚悟があろうとも自分は彼女のために何ができるのだろうか。

 自分の力には自信がある。

 彼女のために何か力になれるかもしれない。

 だが、そうなると当麻を巻き込む。

 この未知の世界に大切な人を巻き込んでしまう。

 

 駄目だ。

 

 結論を出すには、時間も情報も足りな過ぎる。

 

「待って下さい、インデックスさん。その教会の道順、言葉だけではよく分からないでしょう? 案内してあげますよ」

 

「いやいいよ、しいか。私、一度聞いた事は絶対に忘れないから。それに―――」

 

 にっこりとした笑顔。

 

「―――しいかを地獄の底に巻き込む訳にはいかないから」

 

 それはあまりにもつらそうな笑顔で、詩歌は一瞬言葉を失った

 インデックスは、優しい言葉を使って暗にこう言っているのだ。

 

 こっちに来るな、と。

 

 詩歌は迷う。

 賢いが故、あらゆる可能性を模索してしまうため、迷う。

 もう一度彼女に声をかけるには、覚悟がいる。

 地獄についていく覚悟が。

 その覚悟を決めるための答えを出す時間が、今の詩歌には与えられていない。

 だから、詩歌にはもう1度、インデックスに声を掛けることができなかった。迷っているこちらとは裏腹に彼女はとっくに覚悟を決めている。

 しかし、詩歌が思っているような命を顧みないような狂信者ではない。

 英国式の教会でなければ、彼女は受け入れられない。

 何度も門前払いされたインデックスが、やっと休めたこの場を去る。

 それがどんなことなのか。わかっているのだ。

 今だって、その唇の端が震えているのだから。

 

「しいかは“本物”だよ。会ってすぐにわかる」

 

 困ったような笑顔なのは、本当に困っているからだろう。

 見れば、見られる。

 詩歌がインデックスを見ていたように、インデックスも詩歌を見たのだろう。

 見捨てられない。自分を守ろうとしている。

 

「だから、呪われた私なんかに使っちゃだめ。私は大丈夫だから」

 

 少しずつ、インデックスの顔から笑みが消えていく。

 感情のさざ波すら顔に出さない。

 わずかであってもぶれて欲しくない。ほんの少しでもずれて欲しくない。

 <禁書目録>は、存在そのものが罪で、不浄の源なのだから。

 そうして、インデックスは振り向かず、詩歌が答えを出す前にドアを開け、出て行こうとする。

 

 その時――――

 

 

「おい! ……何か困ったことがあったら、また来ても良いからな」

 

 

 いつのまに詩歌の前に当麻が立っていた。

 何も言えず立ち竦んでいた詩歌の代わりに力になると宣言する。

 上条当麻は愚者だ。

 愚者故に迷わない。

 たとえどんな理由があろうとも決して他人の不幸が見過ごせない。

 

(流石、当麻さんです)

 

 兄の様に勇気をもらった詩歌もインデックスさんに声を掛ける。

 

「そうですよ、インデックスさん。私たちが力になりますからね」

 

 止めることはできなかったが力になると声を掛けることができた。

 

「うん。お腹が減ったら、また来る。ありがと、とうま、しいか」

 

 ひまわりみたいな笑顔で、それは完璧な笑顔だった。

 詩歌もそれに応えるように温かな笑みを返す。

 そしてインデックスは去って行った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「なあ、詩歌……本当に魔術ってあると思うか」

 

「わかりません。……でも外部で学園都市と同じように超能力を魔術と教えている施設があるとしたら。もしかしたらインデックスさんはそこから脱走してきたのかもしれません」

 

「そうか……」

 

 神様だって殺せる男に、神様だってなれる女。

 2人は、インデックスが離れた後、彼女について論争を深める。

 と言っても、当麻が質問し、詩歌がそれに答えると言った形なのだが。

 それでもある程度の結論は出せた。

 詩歌の答えに当麻は遠くを見つめる。

 当麻はおそらくインデックスの力になってあげようとするだろう。

 詩歌もそれに協力したいのだが、急に携帯が鳴り美琴さんから至急病院に来てくれと頼まれてしまった。

 インデックスの件も見過ごす事ができないが、美琴の件も詩歌を呼ぶというのは相当大きな事件なのだろう。

 だから、

 

「詩歌はそっちに行ってやれ。インデックスのことなら俺に任せろ。俺が絶対インデックスを救ってやるから」

 

「でも……」

 

 詩歌は躊躇う。

 詩歌はインデックスのことはもちろん、何よりも大切な当麻のことが心配でなかなか決断することができない。

 そんな詩歌の内心を悟ったのか当麻は頭を撫でながら優しく悟りかける。

 

「大丈夫だ、詩歌。俺が絶対にインデックスを助ける。お兄ちゃんを信じろ。お兄ちゃんが今まで詩歌との約束を破った事がないだろ。だから詩歌は後輩を助けてやれ。俺の自慢の妹なら絶対に助けてやれることができるはずだ」

 

 そんなこと言われたら当麻のこと信じなくてはいけない。

 当麻は自分との約束をどんな些細なことでも、どんな不幸があろうとも守ってくれる。

 だから、詩歌も彼の信頼を裏切るような真似は出来ないのだ。

 何時如何なる時であろうと彼の誇りでいたいから。

 

「それじゃあ、これ。インデックスさんの忘れ物です。“機会”があれば返してください」

 

 当麻の手に、“うっかり渡し忘れた”修道服のフードをのせる。

 これは、インデックスの繋がりになるだろう。

 

「ったく、ただでかえさなかったなやっぱり」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

 詩歌は、すっ、と右手の小指を差し出す。

 

「でも、2つだけ約束してください。……今日、絶対にインデックスさんと無事に帰ってくること。何かあったらすぐに私に連絡をしてくれること―――この2つです。わかりましたね、当麻さん、絶対ですよ」

 

 当麻は、フッ、と笑みを零すと自身の小指を詩歌のと絡める。

 そして、数秒、ぎゅ、と互いの指と相手の指を固く結びつけ、離す。

 

 しかし――――

 

 

 ――――この約束は守られなかった。

 

 

「ああ、わかったよ、詩歌」

 

 上条詩歌は家族で、妹だ。誰よりも頼りになり、頼られたい―――そして、守りたい。

 矛盾を抱えているが、そうなのだ。

 上条当麻は、本当に危険な自身の“不幸”に上条詩歌がどんなに強くても絶対に自分から巻き込もうとはしない。

 そのことを失念した詩歌は、その後一生後悔することになる。

 それに気づいていればあんなことにならなかった……

 

 そして、これが―――――前の兄と妹との最後の会話だった。

 

 

つづく

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