第十話になります。祝!十話です!
遅くなってしまった理由は後書きにて報告致します。
「……気が進まないな……」
俺は鍛冶屋の入り口で、扉を開けるべきか否か悩んでいた。
武器を作ることは百歩譲って良しとしよう。だが装備を作ったところで装備できないし、武器を作るのにも金が要るのだろう。結局のところ売った方が俺の合った装備や防具を整えられると思うのだが。
兎にも角にも聞くだけ聞いてみよう。もしかしたら買い取ってくれるかもしれない。老人には悪いが身の丈に合った装備を買おう。
俺は気乗りしない気持ちをなんとかポジティブに変えつつ、扉を開けた。
店内は思っていたよりも広かったが、夜も相まって中は暗かった。壁には多種多様な武器と防具が飾られていたが、僅かな照明灯の明かりだけで煌びやかな店とは言えなかった。
カウンターまで近づき、あたりをキョロキョロと見渡すが店内には誰もおらず、仕方なく「すいませーん」と声を上げると、奥の扉から「少しまってくれー」と返事が返ってきた。
あぁ、作業中かと察した俺は暫く店内の装備を見ながら待っていると、体中ススだらけの男が「いやぁお待たせしてすまない」とお詫びをしつつ扉から出てきた。見た目は三十代ぐらいだろうか。無精髭が特徴的な渋い男性だった。
見た目から察するに鍛冶屋の主人だなと判断した俺は、さっそく属性結晶について話を聞く事にした。
「すまない、属性結晶を手に入れたんだがこの店で買い取ってもらうことはできないか?」
「へぇ……あんた見たところビギナーのようだが……よくそんな珍しいもの持っているな。それで属性は?」
「あぁ、俺はよくわからないんだが、氷属性らしい」
俺はメニュー画面を開き、そのまま鍛冶屋の主人に見えるよう反転して見せた。すると道具屋の老人とは違い、落ち着いた目でメニュー画面を確認した主人は冷静な表情で口を開いた。
「……すまないが、買い取ることはできない」
「いや、言い値でいいんだ。高く売りつけるつもりはないよ」
「嬉しい申し出だがそれでも無理なんだ。買い取ったとしても俺の技術じゃこの素材で装備品を作ることができない」
「そんなに扱いが難しい素材なのか?」
「ああ、スミス系のアビリティをかなり上げていなければまず無理だろう。俺の営利目的は装備修繕と武器の強化だけなんだ。簡易装備も作れるがそこまでの素材だとさすがに手がつけられない……すまないな」
そこまで扱いが難しい素材なのか。さて困ったな。これじゃあ売ることも武器を作る事もできない。
俺はとりあえず作れる人を探してみようと主人に尋ねる。
「そうか、なら知り合いの鍛冶屋で作れる人を知らないか?」
主人は眉をひそめ「うーん……そうだなぁ……」と腕を組みながら考えていると、入り口のドアが勢いよく開き、元気な女性の声が店内に響いた。
「おっじさぁーん!! 頼んどいた武器、もう終わってるー!?」
どきり、と心臓の鼓動がでかくなる。
雷に打たれたように目を大きく開き、体の中に異様な緊張が満ち溢れる。
そう、振り向かずともこの元気な声の主である女性が誰なのか、俺はわかってしまった。
その女性はテクテクと歩きながらカウンターに近づいてきた。主人はその女性の質問に対して、少し愚痴るように返答をしつつも彼女を歓迎した。
「よう絶剣。とっくに終わってるよ。てっきり昨日受け取りに来るかと思って待ってたんだがな」
「えへへー……ごめんね、ちょっと色々あってさ」
近づいてくる足音に耐え切れなかった俺はつい顔を下に向けて表情を悟られないようにしてしまった。僅かな時間の中で俺はどう切り抜けるか必死に脳をフル回転させた。
――落ち着け、店内は暗いから俺が誰なのかは近づかれるまでわからないはずだ。このまま俯いたまま店を出るか? いや駄目だ、扉は1つしかない。このまますれ違ったら絶対にバレてしまう。そうだ、鍛冶屋の奥の扉に入らせてもらうか。トイレを借りたいと装って駆け込めば……いや、そもそもALOに排泄できるシステムなんてない。詰んだか、詰んだのか。いや諦めるな、まだ慌てるようなあわあわあわわわわ
そこで俺の思考回路は停止した。
ユウキはカウンターの前に立つと武器の修繕費用と思われる代金をカウンターに置き、それを受け取った主人は「少し待っててくれ。今持ってくる」と奥の扉へ戻って行った。
――大丈夫、バレやしないさ。
俺は俯いたままカウンターに寄りかかり、ユウキを背にして悟られないようただただ必死に顔を隠すことしかできなかった。汗の滴る感覚が嫌に冷たく感じる。
――……あれー。なんだろこの人。随分不恰好な防具着てるなぁ。なんで背中向けてるんだろ……あれ……?……この変なポニーテール……どこかで……――あ、
「ボクを助けてくれた……人……?」
ユウキは自然と言葉にしていた。
その言葉を受けて、俺はどう返答すればいいかわからなかった。だが無視するわけにはいかなかったので、ユウキに背を向けたまま「……さぁ、人違いじゃないか?」と答えた。
これでいい、変に関わるわけにはいかない。どうしたって彼女の人生をこれ以上狂わせるのはごめんだ。申し訳ないが人違いで通そう。
自分に言い聞かせるように次の言い訳を考えていた俺は、背中越しでユウキが次にどう言葉を返してくるのか待っていた。しかし、ユウキが発したのは俺の予想とは大きくはずれた、しゃくり上げの声を漏らす、嗚咽の声だった。
「――あ、あれ……? ボク……どうして……」
俺は嗚咽の声が聞こえると同時につい振り向いてしまった。ユウキの表情を見ると、自分でもどうして泣いているのかわからないとでも言うような、驚きと困惑が入り混じった顔をしていた。大きく見開いた目と頬はほのかに赤く染まり、細い涙が止め処なくあふれ出ている。ごしごしとユウキは拭っていたが、中々とまらない涙に自分でもどうしてよいかわからなくなっていた。
その表情を見て俺は思い出した。アスナが病院で言っていた、あの言葉を。
『逃げないで聞いてあげて』
俺はとっさにユウキの腕を掴み「ちょっとこい」と引っ張った。ユウキは「えっ」と驚いた声を上げていたが、俺はお構いなしにユウキを連れて店を出て、そのまま近くのカフェに向かって歩いた。
「あっ……ボ……ボク……」
「いいから、少し話そう」
――……あ……この人の手……あったかい……
ユウキは触れられた腕に伝わる温もりに、過去にもこの人に触られた事があるような、そんな感覚を思い出す。
俺は歩きながら先ほどの行為を自問自答していた。
――……俺自身なぜこのような行為をしたのか自分でもわからない。ただ、アスナの言葉を思い出したら勝手に体が動いてしまったような、突発的な行動に移ってしまった。いや、そうでもないかもしれない。
一つだけわかっていることは、泣いてるユウキを無視してこれ以上嘘を突き通したり、逃げてしまうことは俺にはできなかった……
カフェに到着した俺たちは、ユウキを先に座らせ、ホットココアとコーヒーを注文した。会話をする間もなく、すぐに運ばれたホットココアをユウキに差し出し、コーヒーは自分の方へ寄せた。
ユウキは既に泣き止んでいたが、頬はまだ少し熱を帯びたように赤くなり、目も充血していた。暫く鼻をすすりながらじーっとココアを見つめていたが、俺が「飲みな」と勧めつつ自分のコーヒーを口にすると、ユウキも両手でカップを持ち、少しだけすするように飲んだ。
ユウキの表情が落ち着き始めたのを確認した俺は、ゆっくりとした口調で彼女に話しかけた。
「もう、大丈夫なのか?」
「――……えっ……あ……その……えと……うん……」
「そうか」
どう話していいかわからなかった俺は、会話を切るように返事をしてしまった。自分でしまったと思いつつ、どう話そうか考えながらコーヒーを口にしたが、その瞬間ユウキの方から口を開いた。
「――飴……」
俺はその一言が耳に入ると同時にブッとコーヒーを噴出してしまった。
「やっぱり……あの時のおにーさん……なんだね……」
慌てふためいた表情で俺は「え? え?」としか言い返せなかった。嘘をつくわけにもいかず、違うと言ったらまた彼女が涙を流す気がしてならなかった。そもそも関わるとしてもALO内だけだと思っていたのだが、まさか現実世界で繋がりができてしまうとは予測できなかった。俺はなぜわかったのかと尋ねることしかできなかった。
「俺……言ったっけ……?」
「うん。言ってた」
「……なんて?」
俺が聞き返すとユウキの表情は少し笑みを浮かべ、ココアをスプーンでかき回しながらポツリと呟くように答えた。
「徘徊すんなよー……って」
「言ったっけ……」
「うん、宿屋で……」
まったく覚えていない。だが言ったと言われればそうなのだろう。あの時の俺は冷静じゃなかったし、もしバレたとするならば先日の事件での中でしかまともにユウキと接触していないあの時以外考えられない。恐らくその時に宿屋でつい言ってしまったのだろう。
もはや何を言っても逃げられないと観念した俺は、とにかく言わなければいけないことを先に伝えた。
「すまない……」
「……え?」
頭を下げ、謝罪の言葉を述べた俺を見て、ユウキは困惑しているような様子だったが、俺は構わず続けた。
「泣かせてしまったな……俺が――」
「ちっ……違うよ!」
ガタンッと椅子から立ち上がり、俺の言葉を遮るようにユウキは否定した。
「ボク……お礼がいいたくて!……ログアウトしてから、助けてくれたのがおにーさんだったことに気がついて……ボク……その……」
何か最後に言いだけだったが、言葉に詰まったユウキは熱が冷めたかのようにしゅんとなり、そのまま椅子に座りなおすと、悲しげな表情でユウキの方から謝罪の言葉を口にした。
「……二回も迷惑かけちゃって……ごめんなさい」
ユウキはお礼ではなく、謝罪をした。
予想とは反した言葉に、俺は胸元が締め木にかけられたように苦しい感覚に陥った。
本来謝るべきなのは俺のほうだ。一体彼女にどれだけの嘘をついたのか。決して許されるような嘘ではないし、そもそも彼女をあんな目に遭わせたのは俺のせいだ。自分の身勝手な、偽善にも似た正義で彼女の人生を狂わせてしまった。あの時、彼女を安らかに眠らせておけばこんなに辛い目にも遭うことはなかった。
生きていてほしい、そう願えば願うほどユウキの幸せが遠のいていく……
やはり俺は彼女の傍にいるべきじゃない。俺が関わってしまうとユウキが不幸になるだけだ。
罪を重ねすぎた俺は今更後戻りなんてできない。だけど、せめて自分が言える範囲で正直な気持ちをユウキに伝えよう――
「……俺は君を迷惑だと思ったことなんてないよ……それに……」
「……それに……?」
――これは、嘘じゃない。自信をもって、胸を張って言うんだ。
「――……それに俺は君に憧れ、羨ましいと思っている。どうしたら君のように強い心を持てるのか……俺には根性もないし度胸もない。だけど君は、俺にはもっていない強さを持っている。君のようになりたかったけど俺はなれなかった……
そんな憧れていた君を救うことができて俺は本当によかった。だから、謝らないでほしい」
ユウキは少し驚いたような表情を見せたが、徐々に頬がみるみる紅潮し、恥ずかしさのあまり頬が赤くなった表情を隠すように俯き、もじもじしながら答えた。
「ぁ……あの……強く……なんて……そんなこと……ない……ョ……」
そんなユウキの表情を見て、俺は少し馬鹿正直に話しすぎたかと反省した。
表情も柔らかくなり、すっかり泣き止んだユウキはココアを飲みつつ、俺の不恰好な装備と髪型をからかうような雑談をかわした。
そんなやりとりをしている内にちょうどお互いに飲み物も飲み終わり、落ち着きを取り戻したユウキと俺はすっかり忘れていた鍛冶屋の件を思い出した。
「あぁー! 鍛冶屋に預けてた装備とりにいかなくちゃ!!」
「しまった、俺も話の途中だった。すまない、無理やり連れてきてしまって……」
「ううん、大丈夫だよ! はやくもどろー!」
俺とユウキは二人で鍛冶屋に戻り機嫌を損ねた鍛冶屋にお詫びをした後、無事用事を済ませた。結局鍛冶屋は仲間に属性結晶から武器を生産できる人はいなかったという。ユウキは武器を受け取り、主人にお礼を伝えた後二人は鍛冶屋を後にした。
「じゃあまたな。今度は気をつけろよ」
「うん……え?……あの……いっちゃうの?」
「あぁ、とりあえず用は済んだしな」
「あの……あのさ!もし良かったら……何かお礼したいなぁ……なんて……」
「いや、いいよ。元気な姿が見れただけでそれで十分だ」
それに、これ以上一緒にいたら不幸にさせてしまう。
そんなのはもう、たくさんだ。
俺はユウキに背を向け、武器屋に行って素材の買取りを相談してみようと歩きだした。
「ま……まって!!」
後ろから腕を捕まれ、動きを制止されてしまった。振り向くとユウキが何か言いたげな表情をしつつ、目線を逸らして唇を噛んでいた。
「ど……どうした?」
「――……やだ」
「え?」
「やだ!!」
どこか聞き覚えのある拒否発言だ。
「えっ……と……何が……?」
「ボクだけ何もしないまま助けられて、いっちゃうなんてヤダ!」
こんの小娘。
「別に俺が勝手にやったことなんだからいいだろう!」
「じゃあボクも勝手に助けるからいいもん!!」
「いや別に困ってないし、お前に助けてもらうようなこともないっての!」
「――!!……ぅ……ふぇ……」
あ、まずい。
ユウキは刀霞の言葉にショックを受け、顔をくしゃっと歪めて泣きそうな顔になってしまった。
俺は女性と付き合ったことも好きになったこともなかったため、女性の扱いに酷く疎い。特に泣かれようものならいったいどうしていいのわからない。
ユウキの歪んだ表情を見るやいなや、とにかく泣かせまいと、必死に宥めてみた。もとい宥めることしかできなかった。
「あ、いや、ほら、気持ちは凄く嬉しいんだ! 別に助けてもらいたくないわけじゃないくて……いや本当に!!」
「……どうせ……ボクなんて……いらないんだ……」
「いやいやいや!! そ、そうだ! 腕のいい鍛冶屋を探しているんだが、心当たりはないか!?」
「……困ってるの……?」
「もう凄く困ってる!! 困り果ててる!!」
「……助けてほしいの……?」
「助けてくれ!! いやもうホント助けて下さい!! 助けてほしくて仕方がないんだ!!」
するとユウキは先ほどの泣きそうな顔からうってかわって、あっという間に笑顔に戻り、「しょうがないなぁー!!」と胸を張って強気な態度をとって見せた。俺は一瞬にして変化したユウキの表情に放心してしまった。
「お……おまえ……嘘泣きだったのか……」
「にひひ、おにーさんってけっこー女の涙ってやつに弱い感じぃ?」
ニシシと不敵な笑みを浮かべながら嫌な弱点を悟られてしまい、俺は酷く疲れがどっと出てきてしまった。
俺は深いため息をついてニコニコ笑っているユウキに真面目な話を振って無理に恩を返す必要はないことを改めて説得を試みる。
「……俺と一緒にいてもきっと君は不幸になるだけだ。今みたいに本気ではないといえ、無意識のうちに君を傷つけてしまうことがあるかもしれないし、この先俺が原因で君が辛い目に遭うこともたくさんある。だから俺はこれ以上お前と一緒に行動することはできないんだ……だからすまないが……」
そういうとユウキは笑顔で俺の説得を一蹴するような軽い口調で答えた。
「だいじょーぶ。そーゆー時は、ちゃんと嫌いになるから! 確かに嫌なこともあったし、おにーさんとか関係なくまた辛いこともたくさんあると思う。でも、ボクはおにーさんに会えて良かったと思ってるよ? それに……また危ない目にあってもおにーさんが助けてくれるでしょ?」
俺は心の内側に小さな波が立つような衝撃を受けた。
――……ちゃんと嫌いになる……か。
そうか、そうだな。確かにその通りだ。いっその事本人から嫌いと言われるほうがいいのかもしれない。一緒にいたらいやでもそうなるだろう。それに目の届かないところで危険な目にあっていたら助けられなかった時にきっと後悔する。
そもそも延命させた俺にも責任がある。それならできる限り彼女の傍にいて守ることが、俺の義務なのかもしれない。まぁ所詮嫌われるまでの間だけだが。
「まったく……他力本願なやつめ……どうなっても知らないからな」
「えへへ、ボクはユウキ。 宜しくね!」
「トウカだ、宜しくな、無許可徘徊のユウキさん」
「えー!! なんでそんなこというのさー!!」
からかわれた仕返しにと一言愚痴を添えて返すと、ユウキは顔を膨らませ、俺の背中をポカポカと叩いてきた。痛くはないがそうなんども叩かれては敵わないため、俺は「あー無許可の次は暴力かー」と挑発するように逃げると、ユウキは「ひどいよー!!」と怒りながらもどこか楽しげな表情で追いかけてくる。俺はそんなやりとりが、少し幸せに感じてしまった。
今回も閲覧いただき、本当にありがとうございます。
遅くなってしまい大変申し訳ありません。
ニコ生でゲーム配信ばっかりしててすっかり遅くなってしまいました……
息抜き程度でやっていたのですがいつの間にかのめり込んでしまいました……申し訳ありません。
UA総合3000突破、お気に入り登録者数50名突破しました。
ここまで読んでいただけるとは思っていませんでした。次も頑張ります。
投稿予定日は……二日以内を目安に……目安に!!