wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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 第十三話になります。
 ちょっとリズと採取しにいく前にユウキ成分をいれました。
 話の展開としては、みんなと自己紹介を済ませた翌日の話になります。


13

 メディキュボイドの被験者としてこの病院で生活を始めてから約二週間が経つ。必要なものは支給してくれるし、ゲームをしているだけで給与まで頂けている。残り余命が僅かとはいえ、順風満帆な生活と言えるだろう。

 だがそんな俺にも一点だけストレスを感じているものがある。

 

 それが何かと言うと――

 

 

 

 

「んー……」

 

 俺は病院から提供された病食を、ぼんやりと無気力な顔で食べていた。

 決して病食の味に不服を感じているわけではない。――ないが、元の世界では牛丼やハンバーガー、ラーメンなど所謂ジャンクフードを食べていたことが多かっただけに、二週間も病食生活を続けているとやはり恋しく感じてしまうものだ。

 

「あら、霧ヶ峰さん美味しくありませんか?」

 

 看護師さんが気遣うように、俺の表情を伺いながら心配そうに尋ねてくる。

 やってしまった。そんな表情を隠し切れず、慌てて言葉を返す。

 

「あ、いえっ……美味しいですよ」

「――もしかして……飽きてます?」

「いや、そんなことは……」

 

 看護士さんはクスッと笑みを浮かべ、

 

「霧ヶ峰さんって、嘘…へたですねぇ」

 

 ほっといてくれ。

 返せない言葉に俺は少し気分を落とすものの、それを察した看護師さんが俺にある提案を示す。それは、主治医である倉橋先生が許可を出したら外食をしても良いとのこと。

 本来であれば、できる限り延命を補助するためにも健康的な食事を取ることが被験者としての努めの一つでもあるのだが、俺の場合、エイズの症状が未だに人体に影響を及ぼしていないため、症状が明るみに出ていない現状であれば、好きなものを食べてもいいのではと看護士は言う。

 俺はその助言を聞き入れ、さっそく倉橋先生に許可を貰おうと彼の居場所を尋ねたのだが、今は木綿季の病室にいるらしい。

 

 

「この前木綿季にも遊びに行くと約束したし、行ってみるか……ありがとうございます」

「構いませんよー。木綿季さん最近貴方のことばかり話してましたから、早く行ってあげてください」

「俺のことを……?」

「ええ、あんな楽しそうな木綿季さんを見るのは……意識が回復してから初めてかもしれませんね」

「そうですか……」

 

 いったい何を話しているのか疑問に思う部分はあるが、木綿季が日が経つにつれて元気になってくれていることに関しては、俺自身嬉しかった。俺は、「これからも木綿季のことをお願いします」と看護士さんにお願いを申し入れ、木綿季の病室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「あ、改めて入るとなると緊張するな……」

 

 俺の部屋の入り口とほぼ同じ、それなりに強固な風格を漂わせる扉が眼前にあった。

 入り口には『紺野木綿季』という名前が表記されてあるネームプレートが設置されており、すぐ真下にはカードを認証するであろう機材が確認できた。

以前までは、主治医である倉橋先生と担当の看護士しか出入りできないのだが、現在は木綿季曰く、ノックをすれば内側から開けてもらうことができるという。一つ大きく深呼吸をした後、扉をコンコンと軽くノックをしてみる。

 すると、内側から「はい、今開けますね」と聞き慣れた男性の声が聞こえると共にドアが自動的に開いた。「失礼します」と言いながら入ると、「わーわー!! 入ってきちゃだめー!!」と木綿季が声を上げて俺を制止した。

 開けてくれたのに入ってくるなとはどういうことだ? からかっているのかと思った俺はそのまま木綿季の言葉を無視して一言文句言ってやろうと思っていたのだが、そんな考えは次の瞬間、一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「なんだ、来いって言ったのはお前……だ……ぞ……」

 

 思わず最後の言葉を飲み込む。そして見てしまった。

 木綿季の胸部に聴診器を当てている倉橋先生と、柔肌を晒している木綿季の姿を。

 これまで見たこともない光景が眼前に展開されるみたいに、息を呑んだまま唖然となってしまった。それは、ほとんどまばたきするほどの時間だったが、停止したフィルムの場面の中にいるような感覚に陥っていた。

 

「……あ……あ……」

 

 木綿季は驚愕のため喘ぐような呼吸になりつつ、羞恥の念で耳たぶまで真っ赤に染まり、頬がみるみる紅潮していく。

 

「……失礼致しましたぁぁっ!」

 

 これを言うのが精一杯だった。

 俺自身も身の置き所のない羞恥に駆られ、一目散に入り口を飛び出し、荒れる呼吸を強引に落ち着かせようと、必死に深呼吸を繰り返した。暫くすると、倉橋先生が「いやぁ申し訳ない。てっきり看護師さんかと」と頭を掻きながら笑顔で出てきたのだが、もはや怒る気になるほどの気力は残っていなかった。

 

「勘弁してくださいよ……」

「ははは、どうもすいません。さ、紺野さんがお待ちですよ」

 

 お待ちですよって……入りづらいにもほどがある……。

 俺は扉越しから「だ、大丈夫か?」と不器用ながらに話しかけてみると、「う、うん。どうぞ」と似たような口調で返答があった。いつもの調子で顔を出そうにも、さきほどの光景が頭から消えずに残っていたためか、こっそりと顔を覗かせると、木綿季が気まずそうな顔で俺見ながら、先ほどの光景に関して問い詰めてきた。

 

「――み……みた……?」

「お、おなかだけ……ちらっと……」

「……む…むねとか、見てないよね……?」

「あ、あぁ……先生で隠れていたから……」

「……ほんとに……?」

「ち、誓うよ、嘘じゃないって」

「……なら、いいけど……」

 

 その後の会話がまったく続かない。

 よくよく考えてみれば木綿季はまだ十五歳の少女だ。主治医である倉橋先生には慣れているとはいえ、他人に見せられる余裕なんてあるはずがない。俺の無神経が原因で彼女を傷つけてしまったことに罪悪感を抱いてしまった。

 なんとか淀んだ空気を払拭しようと俺からある程度の話題を振ったのだが、木綿季は「うん」とか「そっか」など二つ返事しか返ってこない。特に怒っている様子ではないのだが、俺は見てはいけないものを、そして木綿季は見られてはいけないものを目の当たりにしたことによって、どうもお互いの顔を見ながら会話を続けることができなかった。

 暫く気まずい空気が部屋を包み込んでいたのだが、「いやいや、先ほどは失礼致しました」と倉橋先生が戻ってきたので、俺は無理やり話題を作るように、当初の目的でもあった外食の件を確かめることにした。

 

「倉橋先生、俺って外食しても大丈夫なんでしょうか」

「えぇ、構いませんよ。特に制限しているものはありませんので」

「あれ…そんな軽くOK出してもいいんですか?」

「問題ありませんよ。症状が現れてからまた考えましょう」

 

 どうやら現状はそこまで切羽詰っているわけではないらしい。俺は倉橋先生の一言に一安心した俺は、こんな状況で会話をしても木綿季は楽しめないだろうと判断した俺は、外食するために木綿季の部屋から立ち去ることにした。

 

「じゃあ木綿季、また今度来るよ。さっきはすまなかった」

「え……あっ……どこいくの……?」

「外でご飯でも食べようかと

「ボクも行く!」

「いや、さすがに外食は駄目だろ……」

 

 と、言いつつ横目で倉橋先生を見たのだが、「刀霞さんがご一緒であれば構いませんよ」とあっさり許可を出してしまった。木綿季は先ほどのことを忘れてしまったかのように「やったやった!」と喜んでいたのだが、そんな彼女を尻目に俺は倉橋先生に木綿季の期待に背くような返答をした。

 

「先生、申し訳ありませんが、連れてはいけません」

「えぇー!」

「おや、それはまたどうしてです?」

 

 笑顔になったかと思えば俺の返答で表情が一変し、不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げてしまったが俺は構わず続けた。

 

「公園とは違って人が多いところを歩きますし、木綿季の安全を保障できません。それに外食すると行ってもここの近辺は私もよく知らないので決められた時間に帰れるかどうか……」

「そうですか…確かに危険な目に遭わせるわけにはいけませんね……」

「ボクなら平気だってば!絶対我侭言わないから、ボクも行かせて!」

「だめだ。何かあったらアスナたちに顔向けできない」

「でもでも……!」

「だめだ」

 

 木綿季はしおれた花のように首を垂れる。

 当たり前だ。怪我させるわけにはいかない。なんの保障もなく軽い考えで彼女を連れて行って、万が一取り返しのつかないことしてみろ。アスナたちの信頼を裏切るばかりか俺が俺を許せなくなる。それには俺も耐えられない。今回は申し訳ないが……。

 俺は木綿季のベットの端に腰掛け、そっと頭に触れる。

 

「元気になったら一緒に行こう。大丈夫、約束するから……な?」

 

 木綿季は俯いたまま反応がない。多少の罪悪間を覚えながらも「じゃあ、またな」と腰掛けたベットから下りようとした瞬間――。

 体が急にピタリと止まり、何かに制止された感覚を覚えた。違和感を頼りに、ふと振り返ってみると、木綿季が俺の服の裾を、親指と人差し指だけで挟むように、ぎゅっと掴んでいた。

 それは病み上がりの少女とは思えないほどの力強さで、表情は俯いたままで確認することはできなかったが、木綿季は何も言わずただ裾を掴むだけで、それ以上のことは何もしなかった。

 ……なんとなくだが、それが彼女の最後の抵抗のように見えた。

 いくらでもやりようはある。倉橋先生に頼んで説得してもらい、離してもらうこともできれば、俺が直接叱って振り払うこともできる。これは彼女の我侭だ。身勝手な行動で他人を困らせている、良くないことだ。ここは心を鬼にして、大人としてしっかり正さなければいけない。

 

 そうしなければ、いけない。

 

――……俺は大人失格だな。

 

「倉橋先生、ここから一番近い食事処ってどのくらいかかりますか?」

「そうですね……ここからですと、通常のファミレスになってしまいますが、十分ほど歩けばありますよ」

「わかりました、ありがとうございます」

 

「ほら、早く支度しないと一人で行っちまうぞ」

 

 萎れた頭をぽんぽんと軽く叩くと、木綿季は頭を上げ「いいの……?」と不安そうな面持ちを見せた。

 そういえば、初めて木綿季と屋上に行こうとしたときもこんな顔してたな、と思い出しつつも、倉橋先生に「すいません、できるだけ早く戻りますので…」と言うと、「ええ、あそこまでの道中でしたら人も少ないので安全でしょうから、楽しんできて下さい」と返してくれた。

 そんなやりとりを見た木綿季は雲がかった表情が一気に晴れ、にんまりと嬉しそうな顔をほころばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして刀霞は木綿季とファミレスへ食事にいくこととなった。

 刀霞と木綿季は数分後に病院の入り口へ待ち合わせすることになり、刀霞は一度自室に戻り、私服に着替えながら自分の甘さを咎めていた。

 何故あの時木綿季を無理やりにでも抑えることができなかったのだろうか。

 木綿季の我侭を受け入れることが正しいことはでないことぐらい俺自身理解している。なぜなら、それを助長してしまえば彼女が益々我侭になってしまうからだ。

体調も良くなり、久しぶりに外出したい気持ちはよくわかる。だが『他人』に迷惑をかけるようなことは決して許されるようなことではない。

 

――他人? 他人って誰だ。

 

 他人とは、俺のことか?

 

 俺が迷惑しているのか? 木綿季の我侭に?

 

 ――――――。

 

 俺はそれ以上考えるのをやめた。この先自問自答をし続けても自分が納得するような答えはでてこないと無理やり結論付けてしまった。まるで、自分の求めていない答えが出てくるような気がしてならないのを強引に押さえ込むように。

 身なりも整え、木綿季と待ち合わせ場所に向かう。

 待ち合わせ場所の近くには、来院している患者やお見舞いに来ているであろう人たちがたくさんいて混んでいたのだが、キョロキョロとあたりを見回していると、木綿季と思われる少女が手を振っている姿を俺は目の端で捉えることができた。

 俺は答えるように手を振り返し、彼女の元へ歩み寄ったのだが、行きかう人が少なくなり、木綿季の姿が鮮明になると、普段とは違う、少女の私服姿につい体が固まってしまった。

 

「え……えっと……変じゃ……ないかな……?」

 

 木綿季は鼻をむず痒そうに掻きながら、頬を赤らめる。

 上はふわふわの白いセーター、下は細い足を隠すためか淡いピンク色のロングスカートを履いていた。膝上には寒さを凌ぐためか、小熊の絵が描かれている茶色のブランケットがかけられ、その上には猫のような形をした小さいポシェットがちょこんと置かれていた。

 普段見ることのない木綿季の私服姿に、俺は思わず凝視する。

 

「と……とうか……?」

「――……あ、あぁ、よく似合ってる。一瞬誰だかわからなかった」

 

 木綿季の言葉で我に返り、つい思ったままの意見を述べてしまったものの、「えへへ、ありがと」と素直な笑顔を見せてくれた。

 

「それじゃ、いこうか」

「しゅっぱぁーつ!」

 

 木綿季の掛け声と共に、俺は車椅子を押して病院を後にした。

 

 

 

 

 何事もなくファミレスについた俺たちは、店員に案内され無事に席につく。

 お冷とメニューを受け取り、木綿季から先に選ばせのだが――

 

「えっと、えっとね! カルボナーラとー、から揚げとー、ミラノ風ドリア、それとグラタンでしょ。後はイチゴパフェと、チーズケーキ、桃のタルトに、デザートにプリンアラモードかな!」

「まて、それはおかしい」

「あはは、刀霞もそう思う? デザートはやっぱり生チョコケーキだよねー! ボクあの口の中でとろける感じ好きなんだぁ」

「あぁ、とろけてるのはお前の頭の中だ」

 

 色々突っ込みどころはあるのだが、中盤はほとんどデザートなのにもかかわらず最後にデザートと言っているのが一番疑問だ。いやそんなことよりも、

 

「木綿季、お前それ全部食べきれないだろ」

「あったりまえじゃん! こんなに食べきれるわけないよー」

「……なら残ったのはどうするつもりだ」

「刀霞が全部食べるんだよ?」

「よしわかった。自分が食べきれるものだけにしろ」

「えー!!」

「ここは譲らないぞ、俺も全部は食べきれない。また来ればいいだろう」

「……けち!」

「聞こえないな」

「刀霞のけちけち! ボクの裸みたくせに! べー!」

「な――ッ」

「おねーさん注文おねがいしまーす!!」

 

 弁明する前に木綿季が早々と呼び出し鈴を押す。

 

「お前……覚えてろよ……」

「いいもん、アスナに言っちゃうから」

「それは本当に勘弁してください……」

 

 不可抗力とは言え、アスナにバレでもしたら俺は現実世界でリメインライトしてしまうだろう。一生リスポーンすることはできない。

 嫌な弱みを握られてしまったが、今回は木綿季も感謝してくれているせいか、自分が食べきれるようなメニューだけを頼んでくれたので、それに続くように俺も注文を済ませた。

 暫くお待ち下さいと店員が告げ、料理が来るまでの間、しばらく俺と木綿季は雑談を楽しんだ。

 程なくして、「おまたせ致しました」と店員が運んできたものは、木綿季が頼んだカルボナーラだった。木綿季は久々に見るパスタに目を輝かせ、今にも涎を垂らしそうだったため、俺は「先に食べてていいよ」と催促したのだが、「ううん、一緒に食べる!」と言い、待ってくれた。

 その後、待つ間もなく自分が注文したドリアが来たので、お互い手を合わせ食事を始める。

 初めて木綿季が食事をする姿を見たが、なんとも楽しそうに食べるなぁと関心してしまった。しばらく見ていたのだが、口の周りについていたパスタのソースが気になってしまい、

 

「木綿季」

「へ? むぐっ」

 

 ナプキンで口の周りを拭き、

 

「もう少し落ち着いて食べろ」

「えへへ、だって楽しいんだもん」

 

 楽しい? 美味しいではなくて?

 

「どういうことだ?」

「なんでもないよー」

 

 おかしな奴だなと思いながらも、もしかして木綿季は俺の今の気持ちと同じなのかと考えてしまった。つまるところ木綿季と食事をするのが楽しいのだ。からかわれたりもしたが、一人で自室で食事するよりも遥かに楽しい。そういう意味で言ってくれのだとしたら、俺はつい嬉しく思ってしまう。

 

「そーいえばさ、みんなと自己紹介済ませた?」

「あぁ、みんな優しくしてくれたよ。いい人たちだ」

「だよねー、ボクもそう思う!それで、リズに話したの?」

 

 俺は手を止めて、飲み物を一口飲んで今後の事を話した。

 

「作るにはシヴァ鉱石ってやつが必要らしい」

「あの洞窟に行くの!?」

「あぁ、でもハイドポーションとやらで二人で採りにいけるらしい」

「あー……あれなら、そうだね。いけるかも! ……ってふたり?」

 

 木綿季も話を聞きながら、俺と同じように飲み物をストローで飲んでいたのだが、途中、俺の言葉に反応するように一瞬体がピタリと止まった。

 

「そうだよ、ハイドポーションは二人以内じゃないと発動できないからな」

「それは知ってるけど……誰といくの?」

「そりゃあ、リズとだけど……」

 

 木綿季は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が一瞬ギシッと軋むような感覚を覚えた。

 

「あれ……なんだろ……今の……」

 

 つい反射的に胸を押さえてしまった。それを見た刀霞は心配するように「大丈夫か?」と声をかけたが、木綿季は「うん……」としか返せなかった。

 

――なんか、やだな……

 

 何がどう嫌なのかは木綿季自身もわからなかった。

 ただその話を聞いただけで、木綿季の心は森の中の井戸に落っこちたような、寂しい気持ちになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季はその会話以降、不機嫌になってしまったようで、あまり口を利いてくれなくなった。

 会計を済ませ、帰りの道中に話しかけてもまったく会話をしてくれない。食事中に何か機嫌を損ねるようなことをしたのか思い返してみたのだが、まったく心当たりがなかったので、どう考えても、やはり部屋での一件が原因としか考えられなかった。

 

「なぁ、木綿季……悪かったよ……」

「……なにがー」

「本当に態とじゃないんだ」

「……わかってるよ」

「そうか……」

 

 木綿季自身、何故このような態度をとってしまったのかわからない。

 ただ、何かが気に入らなかった。だが何が気に入らないのかもわからない。そんなもやもやした感覚に耐え切れず、木綿季はつい刀霞にあたってしまった。 

 程なくして、病院に到着した刀霞は、入り口で待っていた看護士さんにそのまま木綿季を託した。

 刀霞は少し用事があるからと、木綿季と同じエレベーターに乗り込むことなく、彼女を見送った。

 木綿季はエレベーターが閉まる際、ふと刀霞の顔を見てみると、それは何とも言い表せないほどの悲痛で、悲しげな笑顔だった。そんな刀霞の無理に繕ったような、切ない表情を見てしまった木綿季は、先ほどのレストランでも体験した、ギシッと軋むような感覚に再び陥ってしまう。

 

――あれ……また……

 

 ほんの僅かの出来事であったが、先ほどと同じように、木綿季は反射的に胸を押さえ、最後に見た刀霞の悲しい表情を思い出すのであった。




 今回も閲覧していただいてありがとうございます。
 総合UA4700突破、お気に入り登録者数が68名になりました。
 嬉しくて泣きそうです。
 続きも頑張って書きます。
 コメントしていただいた方ありがとうございました。
 またしていただけると失血します。

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