wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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 あけましておめでとうございます。
 今年も宜しくお願い致します。 
 投稿が非常に遅くなってしまい、申し訳ありません。
 多忙が重なり思ったよりも時間がかかってしまいました。
 失踪はしませんので、これからも生暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。


18

「えっと……ここがこうなって……こうなるからー……」

「そうそう、あと少しだよ」

 

 ホログラムに映し出された数式を、気難しい顔をしながら凝視しているユウキの隣で、アスナはヒントを与えつつも彼女が自力で解けるように静かに見守る。

 やがて、ユウキは「わかった! こうでしょ!?」と得意げにアスナに突き出すと、

 

「うーん、最後の計算がちょっと……」

「うぇーまたぁ!?」

 

 アスナが指先で間違えている場所を指定する。そこは先程再計算したにも関わらず間違えている様子で、これで五回目の計算ミスに、ユウキはとうとう力尽きるように項垂れて、机に伏してしまった。

 

「えっくすいこーるとか、るーとわいとか、どうも英語は駄目だなぁ……」

「数学だよユウキ……」

 

 ユウキは今、アインクラッド二十二層の、アスナとキリトが住んでいるログハウスにてアスナに勉強の教えを受けている最中である。

 病状は完治とも言っていいほど良好に回復し、現在は肉体的な回復を図るため日々リハビリを続けているユウキであったが、トウカに出会うまでは助かる見込みがないことを前提に生活していたため、学問をまったくといっていいほど修めていなかった。

 以前に女子全員で宿題をする機会があったので、アスナがユウキを誘い、リズベット、シリカ、シノン、リーファで女子会兼勉強会を開いたのだが、その日はユウキにとって、とても苦い思い出となってしまった。

 アスナは学校に通えないユウキのために、年齢相応に合う自作した宿題をプレゼントしたのだが、これが彼女にとっては相当な難題の連続であったようで、結果的にユウキは知恵熱を出してしまうほどの状況に見舞われてしまった。

 しかし解けないのも無理はなく、長く闘病生活を続けていたせいもあってか、年齢相応の問題とはいえ長らく学校に通っていない彼女にとっては、中学三年生の数式や英文は未知の領域でしかない。そもそも、学校は大好きであったが勉強が苦手であるユウキは、得意科目以外の勉強を積極的にすることをしなかった。

 それを見かねたアスナが、『退院したら学校に通うことになるんだから、少しでも予習しておかないと、私のいる学校に入学させてもらえないかもしれないよ?』と発破をかけ、最初こそごねられたものの、あることを条件に渋々承諾して今に至る。

 

 

「あーもう無理だよぉー……」

「でもここまでよく頑張ったね。ちょっと休憩しよっか」

 

 

 ぐったりと今にも溶けそうな顔で意気消沈しているユウキを見て、これ以上続けるのは難しいと悟ったのか、アスナは立ち上がるとキッチンへ向かい、片手にはティーポットを、もう片方には生クリームがたっぷりとデコレーションされたケーキを持ち、ユウキが伏している机の前へ置いた。

 ユウキの隣へ腰を掛けなおし、純白のティーカップへゆっくりと紅茶を注ぐと穂のかな甘い匂いがたちこめる。

 

「わぁ、いい匂い……」

「先日解放された階層で見つけた茶葉なの」

 

 アスナに手渡されたティーカップを受け取ったユウキは、甘い香りを堪能した後一口だけ口に含める。すると優しい甘さが口の中へ広がり、紅茶独特の苦味を僅かに感じる。呑み込むと体の芯が温まるような感覚になり、茶葉の香りが鼻へ抜けていくのがわかった。

 

「ふわぁ……これ凄く美味しい!」

「でしょ? 疲れた気持ちが癒されるのよ。私もキリト君もお気に入りなの」

 

 そんな言葉を聞いたユウキはなんとなく、ちらりとアスナの顔を見てしまった。

 その時のアスナはティーカップに注がれた紅茶を愛しむように眺めていただけであったが、きっとキリトの事を考えているのだろうなとユウキは察することができた。

 

――恋人、かぁ……

 

 ユウキは部屋をつい見回す。

 

――アスナとキリトは一体どんな苦難を乗り越えてこの家を買うに至ったのだろう。……アスナはどうしてキリトを好きになって、キリトはアスナを好きになったのだろう。

 

「……ユウキ、どうしたの? 大丈夫?」

 

 呆然と考え事をしているユウキに気がついたアスナは心配そうに尋ねるのだが、ユウキは「へ?」と聞きそびれたように呆けた返事をする。

 

「何か悩み事? 私で良かったら相談に乗るよ……?」

「やー……そのー……えっと……」

 

 相談したいと思っていたのだが、うまく話を切り出すことができない。言葉が詰まるだけでうまく返答できないユウキは誤魔化すように紅茶を飲み、目線を逸らす。

 アスナはそんな彼女の落ち着かない姿を見ると、そっとユウキの膝の上に手を置き、まっすぐな視線を向けて想いを投げかけた。

 

「無理しないで……? 話せば楽になるかもしれないし、いつだって私はユウキの力になるよ……?」

 

 アスナの嫌なもの全てを包み込んでくれるような優しい笑顔。

 そんな表情が姉の姿と重なって見えてしまう。

 

――いつもボクの力になってくれる大切な人。挫けそうになった時も、傷ついて苦しくなった時も、アスナはいつもボクを支えてくれた。こんなにもボクを心配してくれる人がいるなんて、なんて幸せなことなんだろう。迷うことなんてなかったんだ。……だってボクも、アスナを信頼しているんだから。

 

「アスナ……」

「なぁに……?」

「――キリトを好きになった時って、どんな気持ちだった……?」

「え……?」

 

 アスナは予想外の言葉に一瞬戸惑う。ユウキが何故そのようなことを聞くのか意図を汲み取ろうとするが、アスナが言葉を返す前にユウキは言葉を付け加えるように続けた。

 

「あのね。ボク、好きな人できちゃったみたい」

 

 たはは、と後ろ頭を掻いて恥じらいを隠すように苦笑いを作る。

 

「――……トウカのこと?」

「へっ……?」

 

 アスナはユウキの尋ねた理由を理解しても決して驚くことはなかった。なんとなくユウキが好きな人を直感的に察していたアスナは紅茶を一口飲み、一息いれた直後、その直感が正しいのか、予感していた名前をユウキに告げた。

 その言葉を聞いて結果的に驚いてしまったのはユウキの方だった。好きな人が刀霞だとは一言も言っていないにも関わらず、アスナはさも事前に知っていたかのように聞き返された。

 遠まわしに言ってもアスナには全てわかってしまう。そんな事実に観念したように手足を大きく伸ばし、ユウキは悔しそうな口調で重い空気を払拭した。

 

「あーあ! アスナは何でもわかっちゃうんだねー!」

「わかるよー。私はユウキの親友だもん」

「……ありがとアスナ。でもね、本当に好きなのか実はよくわからないんだよねー。人を本当の意味で好きになったことがないから、この気持ちが本当なのか確かめたくって。だから男の人を好きになる気持ちってやつをアスナに聞きたいなーなんて……」

「……そんなに難しいことじゃないよ?」

「そ、そうなの……?」

 

 アスナはクスッと笑みを溢すと、静かに天井を見上げ、物思いにふけるように眼を閉じてキリトの姿を思い描きながら彼に寄せる気持ちを素直に言葉にしてユウキに告げる。

 

「ずっと傍に居てほしくて、守ってほしくて……そんな人の傍に居たくて、そして守りたい。そう想えたら、それは好きってことだと思うな」

「……傍に居たくて、居てほしい……」

「ユウキは、トウカと一緒にいて楽しい?」

「……うん。喧嘩したりもするし、嫌いなところもあるけど……」

「私もだよ?」

「アスナも……?」

「もちろん喧嘩もするし、直してほしいところもあるけど、本当に好きな気持ちってそんなことぐらいで変わらないと思うな……。なーんて、ちょっと恥ずかしいな……」

 

 ほのかに顔を赤らめつつも、気持ちに嘘はないためか表情は終始穏やかだった。

 そんな表情を、ユウキはとても羨ましく感じてしまった。好きという感覚に絶対的な自信を持ち、嘘偽りなく好きな人への気持ちを誰かに伝えることができる。おそらくキリトも同じ気持ちなのだと思えるほど、アスナの信じるキリトへの恋愛感情は本物だった。

 アスナの話を聞いているうちに、徐々にユウキの心中にあるトウカに対する想いが確信へと変わっていく。

 

 トウカの傍にいたい。できることなら、傍に居てほしいし、傍に居たい。――でも、トウカはボクのことなんて……。

 

 そんな一抹の不安と淡い恐怖が入り混じり、ユウキの表情が次第に暗くなる。胸の奥が雲がかったようなザワザワするような嫌な感覚に見舞われるが、そんな様子を見たアスナが、そっとユウキを抱きしめた。

 

「大丈夫だよ。トウカはきっとユウキの想いに応えてくれるよ。だってトウカはユウキのこと嫌いにならないって言ってたじゃない。それに……」

「……それに?」

 

――トウカは貴方のために命を懸けてくれた人なんだから……。

 

「――……ユウキは可愛いんだから、トウカが振り向かないわけがないよ!」

「あはは……ありがとアスナ。うん……ボク、頑張ってみる」

 

 胸中にある想いとは違う言葉を告げてしまったアスナであったが、それは刀霞に口止めされている内容であったため、どうしても言うことができなかった。

 しかし言葉は違えどトウカは誰よりもユウキのことを考えて、想ってくれている。

 きっとユウキの気持ちにも応えてくれるだろうとアスナは信じていた。

 ユウキの気持ちが落ち着くまで、アスナは暫く抱きとめていたのだがその最中、沈黙を破るようにフレンドからメールが届いたことを通知する音が部屋に鳴り響いた。

 アスナとユウキは密着していたため、どちらから届いたのかわからなかった。お互いに顔を見合わせ、ほぼ同時にメニュー画面を開いてお知らせを確認すると「あ、キリト君からだ」とアスナが先に反応する。

 

「今から家に戻るけど……トウカも食事に誘っていいかな……って……」

「え……えぇぇー!?」

 

 ユウキは椅子から立ち上がり、慌てながら「どどどうしよう!?」とアスナに言うのだが、アスナは「お、落ち着いてユウキ。大丈夫だから」と宥めながらこの後のことについて話し合う。

 実は、勉強が終わった後ご褒美としてアスナの手料理を振舞うことになっていたのだ。キリトとユイは用事で外出していたため、帰ってきてから四人で食事にしようという計画になっていたのだが、ここでトウカが来るということは二人にとっても想定外のことだった。

 そんな突然の状況にユウキは心の整理がつくはずもなく、とにかく逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

「あ……あの……ボク……実はこの後用事が……」

「あるわけないよねー? 私たちと食事する約束してたもんねー?」

「な、なんかお腹が痛くなってきちゃって……」

「状態異常のアイコンは見えないけど?」

「あ、あぁー……急に具合が……なんか病状が悪化してきたかも……」

 

 汗だくで焦点が合わず、必死に理由を作ろうとしているユウキを見たアスナは、大きなため息をついてとユウキの手を握った。

 

「ユウキ……今さっき頑張るって言ったばかりじゃない……」

「だ、だって……二日前から変にトウカのこと意識しちゃって……だから……その……全然会話してなくて……」

「いい機会じゃない。このままずっと長引けばもっと会話できなくなると思うよ?」

「で、でもでも……心の準備が……それに何話せばいいのかわからないよぉ……」

「大丈夫、私がちゃんとサポートするから!」

 

 アスナはニッコリと微笑む。

 ユウキには、その笑顔がどこか恐ろしく怖く見えて――。

 

「ぼ、ボク……やっぱり今日は帰るー!」

 

 逃げ出そうと玄関に向かって脱走を試みる。が、アスナに手をつかまれ逃げることができない。片手でユウキを捕まえつつ、アスナは「大丈夫だよ、楽しみにしててね……っと」と、もう片方の手でメール返信を済ませた後、ユウキに一つの提案を示す。

 

「ユウキ、私にいい考えがあるの。会話をするきっかけにもなるし、きっとトウカも喜んでくれると思うわ」

「な……なぁに……?」

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、数時間前。

 

「うーむ……黒色を選ぶとはいいとして、なんかなぁ……」

「ほっとけ」

 

 キリトが俺の着流しをまじまじと見つめ、やはり妖精というコンセプトから離れているせいかどうも納得がいかない様子でぶつぶつと呟いている。そんな様子をキリトの肩に座っていたユイが、「私はかっこいいと思いますよ!」俺をフォローしてくれた。

 

「ほらな、わかる子にはわかるんだって」

「でも、パパが一番かっこいいです!」

「さすが俺の自慢の娘だ」

 

 親子で結託されたら敵うはずもなく、俺の着物に関してはそれ以つっこまれることはなかったが何故か敗北感にも似たような感覚を味わうハメになってしまった。

 今日はリズに依頼しておいた刀を受け取るために彼女が営む鍛冶屋へ向かう予定だ。

 一人で行く予定だったのだが、キリトが強い武器ができるのではという好奇心を抑えられず、どうしてもその武器のステータスが気になるから同行したいという連絡を昨日受けたため、ユグドラシルシティで待ち合わせする形となった。

 当日になって合流すると、ユイも面白そうだからとついてきてしまったようだが、別に困ることはなかったので快諾し、結局三人で鍛冶屋へ行くこととなった。

 

「あぁ、ここだな」

 

 キリトの言葉につられ、足を止めて店先の看板を見ると《リズベット武具店》と大きな文字で書かれているのが確認できた。決して大きな店ではなかったがインプ領の武具屋に比べれば上等な店構えに見える。ドアノブには《closed》と表記された板がぶらさがっていたが、俺はお構いなしに扉を叩き、「リズー。俺だ、トウカだ」と扉越しに呼ぶと、微かな声で「鍵は開けてるから入ってきてー!」と返す言葉が聞こえた。

 試しにドアノブを捻ってみると、確かに鍵は開いており、そのまま扉を開けて看板を潜る。

 

「リズー? キリトとユイちゃんもきたぞー」

「あれー。何しに来たのよ二人とも」

 

 言葉が聞こえると同時に奥の扉が開き、布で手を拭きながら出てくるリズの姿が見える。キリトは「武器のステータスが気になって……」応えるとリズは「あんたも物好きねー」と呆れたように言葉を返した。

 

「ユイちゃんいらっしゃい。何にもないとこだけどゆっくりしてね」

「とってもカッコいい装備がいっぱいです! 見学させていただきますね」

 

 ユイは羽を広げるとキリトの肩から飛び立ち、リズが今まで作成したのであろう展示されている装備を飛び回りながら見始める。

 リズは「ちょっとまっててね。今持ってくるから」と言い残し、奥の部屋へと再び消えていった。

 

「氷属性の刀か。なんだかわくわくするな」

「お前ほんと好きなのな……」

「今まで見たことないからな。同じ近接職としてチェックはすべきだろ?」

「エクスキャリバー持ってるじゃないか。あれってレジェンダリーウェポンなんだから流石にあれより強いってことはないと思うが」

「確かに強いけどレジェンダリーは強化もできないし属性付与もできないからな。基礎ステータスは高いけど属性がない分相性次第では尖った性能をもっている武器の方が強い時もあるのさ」

「なるほどね……」

 

 そんな会話をしている内に、リズが「おまたせー」といいながら一本の白鞘袋を持ってきた。カウンターの上に置くと、リズに促されて、俺は丁寧に結び目を解いて白鞘袋をストンと下げる。

 すると、透き通るような真っ白な鞘と柄が姿を現した。

 鞘には雪の結晶のような模様が施されており、柄は絹糸を使用したような綺麗な艶が伺える。まるで綺麗な素肌をもつ女性のような美しい形状に、俺は見蕩れてしまっていた。

 

「抜いてみて」

「あ、あぁ」

 

 リズに言われるがまま、慎重に鞘から引き抜いてみると、綺麗な直刃をもつ刀身が顔を見せた。刀身からは氷属性の特徴ともいえる冷気を仄かに漂わせ、そっと触れてみると冷たい感覚が手に伝わる。

 

「……これは凄いな」

「この刀の名前は、霧氷(むひょう)よ」

「ステータス自体はそこまで高くないな……。属性値はまぁまぁか」

「性能は鍛冶屋のステータスに反映されるからね……。ごめんねトウカ……せっかく頑張って採取したのに……」

「いや、俺は性能なんて求めてないよ。いい刀だし、色もデザインも俺の好みだ。リズに任せて正解だったよ。本当にありがとう、大事に使わせてもらうよ」

 

 何かお礼ができるといったわけでもなく、その場で出来る精一杯の感謝を込めて、俺はリズの頭を撫でる。

 リズは俯いたままで表情まではわからなかったが「別にいいわよ……私も楽しかったし……」と小声で返してくれたのが確かに聞こえた。

 とりあえず今柄を持つと手が震えてしまうのがバレてしまうため、装備をするのはまた今度にしようとアイテム欄へ武器を収める。

 

「そうだ、この後ログハウスで食事するんだけど、二人とも来るかい?」

「俺は別に構わないが……」

「私はパス。まだ請け負った武器のメンテナンス終わってないから、また今度お願いね」

「そうか、そしたらまた次の機会に誘わせてもらうよ」

「あまり無理しないようにな。体調崩したら元も子もないぞ」

「うん。ありがとトウカ、もう少ししたらちゃんと休むから」

「じゃあ、またな。ユイ、そろそろ行こうか」

「はーい!」

 

 無事に刀を受け取り、リズベット武具店を後にした俺とキリトはそのままの足でキリトたちの家へ向かうことになった。その道中、よくよく考えてみれば家族で食事するのに俺が邪魔していいのか疑問に感じたため、本当に行っても大丈夫なのかとキリトに尋ねると、

 

「別に構わないさ。それに、アスナの料理を食べるのは初めてだろう?」

「それはそうだが……」

「きっと驚くぞ。アスナの料理はアインクラッドのどの料理よりも美味しいからな」

「それはそれは……。さぞ幸せな家庭なんでしょうな……」

「パパもママも大好きです。料理も美味しくて幸せです」

「俺もユイが娘で凄く幸せだよ」

 

 羨ましくないと言えば嘘になる。愛すべき人がいて、愛してくれる人がいるというのは、俺も含め誰だって望んでいる。元の世界へいた頃の俺ならば彼女がほしいと思うこともしばしばあった。だけど今は……。

 

「トウカは彼女とかいないのか?」

「……いないよ。今後もできることはないし、ほしいとも思わない……わかるだろ?」

「……すまない。無粋だったな」

「どうしたんです? パパ」

「いや、なんでもないよ。ユイ」

 

 その後暫く会話をすることはなかった。

 俺がそう思う理由をキリトは十分理解している。無論、それは一部分でしかない。しかし内容が内容なだけに、少し重い空気になってしまった。だが俺は別に怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなかった。やがてログハウスまでもう少しというところまで来た時に、キリトがなにやら腕を組んで考え事をしている様子だった。

 きっと先ほどのことで変に気を使おうとしているのだろうと察した俺は自らキリトに声をかける。

 

「キリト、どうしたんだ?」

「うーん……何か忘れているような……」

「ん……なにか買い物とかあったのか?」

「いや、そういうことではないと思う……」

「おいおい、大丈夫か……?」

「まぁ、たいしたことではないよ。ほら、着いたぞ」

 

 ログハウスの近くへ降り立った俺は、キリトの後ろをついていくように玄関へと向かう。

 キリトが玄関を開け、「ただいまアスナ」と帰りを告げるとアスナが奥の方から姿を現し、「お帰りキリト君、トウカもいらっしゃい。ほら入って入って」と招き入れてくれた。

 

「何か悪いな……。邪魔したみたいで……」

「え? どうして?」

「いや、家族水入らずで食事するところに俺が来てしまって申し訳ないなと……」

 

 アスナは俺の言葉聞くと同時に、表情が少しずつ強張り始め、キリトの方へ視線を向けて少し怒りが混じったような口調でキリトに詰め寄る。

 

「キリト君……もしかして……言ってないの……?」

「――あっ」

 

 キリトは何かを思い出したかのようにハッとした顔を俺に見せるが、その時は一体何が起きているのか、キリトが何を思い出したのかまったく理解できていなかった。

 

「あーすなー。隣の部屋からお皿もってきたよー」

 

 奥の部屋から聞き慣れた女性の声が聞こえると共に、その女性は俺の眼前へ姿を現す。

 

「「あ……っ」」

 

 お互いの声が重なり、俺はその場で硬直する。

 まさかこんな所で二日ぶりにユウキと再会するとは思わなかった俺としては、困惑を隠しきれず「よ、よう……」と挨拶することかできなかった。しかし、ユウキは比較的落ち着いている様子で、「い……いらっしゃいトウカ」と詰まりながらも言葉を返す。

 

――な……なんでユウキがここに……?

 

 俺は状況が飲み込めないまま、アスナに「まぁまぁ! いいからいいから!」と背中をぐいぐいと押され、強引に家の中へと押し込まれてしまったのだった。




 今回も閲覧していただき、本当にありがとうございます。
 今後は少しずつ木綿季の恋が進展していけたらと思います。
 ストーリー構成を考え直している部分がありますので、過去の内容を変更したいと思っているのですが、やりたい事が多くてあまり修正できていません。
 まるで部屋を掃除しようと思ったら、片付けているつもりが余計散らかしてしまったような感覚です……
 お気に入り登録、投票していただいた方、本当にありがとうございました。凄く嬉しいです。低評価でも高評価でも評価していただける時点で感謝に極みです。これからも少しずつ更新してまいりますので、今後とも宜しくお願い致します。
 コメントもしていただけると嬉しいです。とても励みになります。

 重ねて宜しくお願い致します。

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