wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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大変お待たせ致しました。二十九話です。ごめんなさい編です。


29

「解離性同一性障害」

「か、かいり……?」

 

 シノンの口にする聞き覚えのない病名にトウカは首を傾げた。

 

「ま、平たく言うと――」

「多重人格」

「そーゆーこと」

 

 向かい席にいるキリトが、聞き馴染みのある単語に要約する。しかしどこか晴れない表情で眼前にある卓上にあるコップを一点に見つめ、その隣にいるシノンはテーブルに頬杖をついてストローを咥えたまま、冷ややかな目でその病名に該当するであろう人物を睨みつけていた。

 

 そして似たような面持ちの女性がもう一人――

 

「あんた、もしかして『今まで引き篭もってたのは俺じゃなくて、俺の中に住むもう一人の別人格だったんだ!』なんて言うつもりじゃないでしょうね」

 

 眉間にしわを寄せ、濃い溜息をつく桃髪のレプラコーンが気難しい面持ちを一層際立たせて咎めるような視線をトウカへ投げる。

 そのジロリと目を細くさせるリズベットの面持ちに、トウカは言い訳をすることもなくその場で立ち上がり、改めて深々と頭を下げると精一杯の謝罪を口にした。

 

「いや、それは間違いなく俺の意志で起こしたものだ。本当にすまなかった」

 

 今に至るまでどれほどみんなに心配をかけさせてしまったのかはトウカが一番良く自覚している。大切な仲間を一度裏切ったのだ。それ故に許してもらいたいとおこがましい言葉はとてもでは言えない。今のトウカにできることは深く反省し、心を込めて謝ることだけだった。

 

「ま、今回の一件に関しちゃ庇う余地はねぇぜ、トウの字」

 

 少し離れたところにあるロッキングチェアに揺れながら、クラインは情状酌量の余地なしと両手を頭にまわして天井を仰く。

 クラインは終始不機嫌な様子。というのも無理はなく、元ギルドのリーダーでもある彼は仲間の信頼や友情を人一倍意識している。今回のトウカの起こした騒動にはさすがのクラインも怫然とした態度を露にしており、恐らくメンバーの中で最もトウカに対して業を煮やしている人物だろう。

 

 そんなクラインの冷たく放たれた一言が、トウカの心中をチクリと刺す。

 当然だ、何を言われても仕方のない罪を彼は犯したのだから。

 

「……あぁ、わかってる」

「――――ッ」

 

 その言葉が、クラインの何かに触れた。

 

「わかってねぇよ!」

 

 トウカのか細く返した一言に、クラインが声を張り上げる。

 直後、憤然として乱暴に席を立つとクラインは今まで抱えていた行き場のない激しい怒りをトウカにぶつけた。

 

「お前なぁ、みんながどれだけ心配したと思ってんだよ!」

「…………」

「なぁ、トウカよう!」

「…………」

「俺らダチじゃねぇのかよ!? もっと信用してくれたって――ッ」

「クラインさん!!」

 

 澄んだ声がピシャリと室内に響き渡る。

 その場にいる全員が声の主へ視線が集まるも、彼女は構わず続けた。

 

「その話はもう終わったはずです。もういいじゃないですか、ちゃんと謝ってくれたんですから……」

「だ、だってよう……」

「私も、そう思います」

 

 シリカは、リーファの手にそっと触れ、

 

「今こうして私たちに悩みを打ち明けてくれてるんですよ? 信じてる証拠じゃないですか」

 

 リーファの意見にシリカが同調する。それはこの二人がトウカを許したことを意味していた。が、この場を設けた時点でほぼ全員がトウカを許していたのだ。

 

 実は、この場にいるリズベット、シノン、リーファ、シリカ、クラインを招いたのはトウカ本人である。昨日、謝罪する場所を設けたいとキリトとアスナに相談したところ、二人は自身が所有しているログハウスにみんなを集めようと心よく受け入れてくれたのだ。

 

 そうして今から一時間前、全員が集まると同時に、トウカは「本当に申し訳ないことをした」と粛々と頭を下げた。その直後、シノンとリズベットにおもっいきり頭をど突かれ「本当に心配したんだから」と瞳に涙を浮かべていたものの、最終的にはリーファやシリカと同じように「おかえりなさい」と、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 クラインに関しては皆の手前、怒るに怒れなかった様子で現在に至るまで釈然としない表情を見せていた。特にトウカへかける言葉もなく、ただ静かにトウカの謝罪に耳を傾けていたものの、落ち着いた状況を見計らってようやく自身の抱えていたトウカへの怒りをぶちまけた次第である。

 

「いいんだリーファ。俺が悪いことには違いない」

「でも……」

 

 トウカの肯定に、リーファはいたたまれない感情に見舞われる。

 しかしそんな不安をよそに、トウカはクラインを真っ直ぐ見据え、

 

「クライン」

「な、なんだよ……」

「もう俺は仲間を信じて疑わない。それを示すために今日みんなを集めたんだ」

「……さっきの多重人格ってやつが何か関係してんのかよ?」

 

 トウカは、首を小さく縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は倉橋医師に相談したところから始まる。

 

『もう一人の人格、ですか。確かに心当たりはありますが専門ではないので、確定的に病名を告げるわけにはいきません。ですが、幸いこの病院には精神科の専門医もいますので事情を説明してカウンセリングしてもらいましょう。私の方でも詳しく調べてみますので、少しだけ時間をいただけませんか? あと、もし宜しければ朝田さんにも相談してみるといいかもしれませんよ。彼女はそういうことに詳しいですから』

 

 そんな倉橋医師の提案を受けたものの、トウカの意向としてはあまり気はすすまないようにも感じた。

 何故なら彼女のトラウマに触れてしまう可能性があるからである。《PTSD》を患っている彼女にとってこういう事情を持ち出すということは、少なからず辛い過去を思い出させしまう引き金になりかねない。ならばできるだけシノンの負担になるようなことは避けるべきだ。

 

 ――という心中を本日、馬鹿正直に直接シノンへ打ち明けてみたところ、「馬鹿ね」と笑顔を綻ばせながらデコピンされてしまったのが冒頭の始まりである。

 以前のトウカであれば決して打ち明けることはしなかっただろう。『自身の抱えている問題は自身で解決すべきだ』という信念は今でも失われているわけではないが、その考えを酷く固着させてしまったが故に引き篭ってしまったのだ。もう、二度とあのような過ちを犯すわけにはいかない。だからこそ敢えて打ち明けた。

 

 そう、これがトウカの考える新たな罪滅ぼしの第一歩。

 

 共に悩み、共に考える。

 友と悩み、友と考える。

 

 それが、今のトウカが想う仲間の在り方。

 

 

 

 

「実は昨日、ユウキと決闘したんだ」

「はぁ!?」

 

 トウカの一言で、リズベットは驚きのあまり床を蹴るように席を立つ。

 

「それは俺も初耳なんだが……」

 

 キリトも唖然と目を丸くさせた。

 

「あ、あれ。言ってなかったか?」

「俺が聞いたのはお前のトラウマと余――」

 

 キリトはハッと咄嗟に口を紡ぐ。

 

「『よ』? よってなによ」

「い、いや。なんでもないよ」

「お兄ちゃん目が泳いでる」

「へぇ……」

 

 シノン、リズベット、リーファがジットリとした目線でキリトを見る。徐々にキリトが小さく縮こまっていく姿に耐えかねたトウカは「大丈夫、俺が順を追って全部話すよ」とその場を納め、そして静かに語りだした。

 

 ユウキに憧れていたこと、自身のトラウマのこと、克服するための努力が報われなかったこと、自暴自棄になってユウキに八つ当たりしたこと、それが原因で引き篭ったこと、靄華に救われたこと。

 

 トウカは想い咎めていた過去の残響を全て吐き出した。伝えていないことと言えば、別世界から来たことぐらいだろうか。それに関しては今言う必要はない。今回の件に関連性がないと言えば嘘になるが、本質はそこにない。確かに引き篭った理由の一つにユウキを救ったことに負い目を感じていた部分が含まれている。だがそれは友を裏切った理由とは関係がない。そして信じる信じないに関わらず場を混乱させて話しの本筋が反れてしまうのが落ちだと悟った。

 

 一通りの話を終え、「何か聞きたいことがあるか?」とトウカが皆に尋ねるとシリカが手を挙げ、

 

「あの、その鬼っていうのがいきなり出てきて私たちを襲ってくる可能性は……」

「多分大丈夫だと思う。うまく言えないが、少なからず敵意を抱いた相手にしか今まで出てきてない。みんなを敵視することはないから安心してほしい」

「よ、よかったです……」

 

 ホッと胸を撫で下ろすシリカ。そして次にリズが手を上げて、

 

「で、結局どっちが勝ったのよ。ていうかそもそも決闘した理由ってなんなの?」

「理由に関しては、ごめん。深く掘り下げるとユウキの過去に触れることになるから俺の一存で話すわけにはいかないんだ。だけど、まぁ、平たく言えば仲直りするための口実で喧嘩したようなもんさ。もちろん負けたよ。そりゃもう、ボッコボコにね」

 

 苦笑いを溢すトウカを見たリズベットは「ま、キリトでさえ勝てなかった相手なんだからとーぜんだわね」と肩を竦めた。

 

「蒸し返すようで悪いんだけど……」

 

 疚しいとは自覚しつつも、シノンは恐る恐る尋ねる。

 

「その……今は両親とうまくやってるの……?」

「いや、家を出てそれっきりさ。情を捨てろとか御託並べて犬や猫を平気で斬り殺す親に好かれたいなんて思わなかったからな。もう何年も会ってないよ」

「そんな……」

 

 冷たく言い放つトウカの言葉に、シリカはつい小竜ピナを強く抱きしめる。

 

「トウカ、すまねぇ……俺……」

「いいんだクライン。みんなに話せてなんだかスッキリしたよ」

「私も……ごめんなさい」

「なんでシノンが謝るんだよ。寧ろこれから謝るのは俺の方なのに」

 

 全員のキョトンとした顔がトウカに集まる。いや、一人を除いて――

 

「キリト、どうしたの?」

「…………」

「……キリト?」

 

 キリトとアスナだけが知っていて、他はまだ知らない。

 

 それは、昨日宣告された無慈悲な現実。

 

「三ヶ月――」

「三ヶ月?」

 

 リズベットが首を傾げ、なんのことやらと顔を顰める。

 

 

「俺の、余命さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲の時間が停止した。

 

 彼が何を言っているのか理解できない。全員がそう混乱してしまうほどに、トウカの一言は――

 

「あ、あはは。嘘でしょ? あんたこの後に及んで……」

 

 リズベットは不意打ちに遭ったような驚愕の色が見えるも、受け入れがたい現実のあまり口角が上がる。

 

「倉橋先生に聞いたんだ。長くても半年だそうだ」

「あは、あはは。そういうの、もういいから……ほんと……」

「リズ、これは嘘じゃ――」

「ふざけんなぁ!!」

 

 リズベットは怒鳴り吼えると同時にトウカへ掴みかかり、

 

「確かに入院してるって聞いた時は驚いたわよ! でも命に関わることじゃないってあんた言ってたじゃない!!」

「――あぁ、確かに言った」

「――――ッ このぉ……ッ」

「リズ、落ち着いて……ッ」

 

 リズベットが怒りと動揺に我を忘れ勢いのあまり拳を振り上げた瞬間、隣にいたシノンが慌てて抑えこみトウカから引き離す。トウカはといえば、特に慌てる様子もなくただその場で立ち尽くしていた。

 そして、今まで黙りこくって俯いていたキリトが静かに口を開く。

 

「トウカの言っていることは本当だ」

「どうして!? ちゃんと説明して!!」

「…………」

 

 とてもではないがキリトの口からは言えなかった。ユウキを救うために病気を肩代わりしたなど信じてもらえるわけがないし、信じてもらえたとしてもそれはまるでユウキのせいでトウカが死んでしまうような言い方になる。

 

「実は、俺もエイズでな」

「な…………ッ」

 

 キリトを含む、全員が硬直した。

 

「引き篭ってた時に不貞腐れて飯食わなくてさ。栄養失調で免疫力が低下してウイルスの進行が早まったらしい」

「じゃ、じゃあユウキさんみたいに幼い頃から……」

「いやいや」

 

 シリカの発言にトウカは手をひらひらと横に振り、

 

「入院したのはほんの数ヶ月前さ。倉橋先生のおかげて病気が発覚してさ、それからメディキュボイドの被験者として治療させてもらってたんだ」

「トウの字……絶剣の嬢ちゃんはそのことを……」

「ああ、余命のことまでは知らない。だからユウキには黙っておいてほしいんだ」

「そんなことできるわけ……ッ」

 

 リズベットは歯を食いしばり、肩を震わせる。

 辛い思いをしているのは皆同じ。だが、その中でも一番辛いのはユウキである他ない。彼女がトウカのために身を削り努力していたことはアスナから聞いている。

 それを黙っていることなどできるわけがない。しかし、トウカはそれを百も承知で頼んでいた。

 

「ユウキの人生はこれからなんだ。これ以上重荷を背負わせるようなことはしたくないんだよ」

「だけどいつか、かならず知られる日が来る」

「確かにそうだ。だけどな、シノン。俺はまだ諦めたわけじゃない。一日でも、一秒でも長く生きてアイツが成長するのを見守りたい」

「…………」

「ま、その時が来たらかならず俺から伝えるさ。大丈夫、ユウキだって分かってくれる。アイツは強い子だから」

「トウカ……」

「――と、思ってたんだけどなぁ……はぁ……」

 

 トウカは意気揚々と語るが次第に言葉弱々しくなり、そして最後には大きな溜息を吐くと、

 

「昨日仲直りしたばっかなのに、数分もしないうちにまた怒らせちゃったみたいでさ……」

 

 椅子にどすんと腰を落とし、ぽりぽりと頭を掻くと、酷く落ち込み参った様子を見せた。

 

「な、なにをしたんですか?」

「いやな、昨日ユウキの誕生日だったからさ、全財産はたいてユウキが住んでた土地の権利証をプレゼントしたんだが、床に叩きつけられちまってさ……何がいけなかったんだか……」

 

 リーファの敢えて踏み込んだ質問にトウカは意気消沈しながらも正直に答える。

 

「俺はいいプレゼントだと思ったんだけどな……」とぼそっと吐いたキリトの言葉にクラインはうんうんと頷きながら、

 

「俺もそう思うぜ。退院したら学校にも通うだろうし、帰る家があるってのはありがてぇもんだよな」

「だろ? だろ? 誕生日プレゼントに家だぞ家。大喜びしてくれると思ってたんだけどなぁ。最近の女の子は何貰ったら嬉しいのかねぇ……」

「そりゃやっぱりブランド物のバッグとか服っきゃねぇよなぁ。女性は着飾ってなんぼだって誰かが言ってたぜ?」

「そ、そうなのか……やっぱりアスナもそういうのが好きなのかなあ……」

「ばっかだなぁキリの字! アスナさんが着飾る必要なんてあるもんかよ。あの美貌だぜ? それよりも超レアアイテムとかプレゼントした方が喜ぶって。俺もそうだし」

「いや、クラインの好みは聞いてないから」

「ああ、いいなそれ。ユウキもそっちの方が喜びそうだな」

 

 男三人でワイワイと会話が盛り上がる。最早当初の論点とは大きくズレて、最終的には『男がカッコいいと思う装備』などと意味のわからない話題にまで膨れ上がっている。

 

「やっぱり二刀流だな」

「刀の美しさを知らないとは、キリの字もお子様だなぁ」

「別にかっこ悪いとは思ってないよ。ずっと使い慣れてるから好きなだけさ」

「それを言ったら俺もトウカも刀一筋だもんな。なぁ、トウの字?」

「俺、正直刀よりも魔法とかの方がカッコいいと思う」

「トウの字!?」

 

――と、ふと気がつけば、いつのまにやら女性陣がワナワナと肩を震わせていることにトウカは気がつく。

 

「ん、みんなどうしたんだ? 寒いのか?」

「…………ば」

「ば?」

 

 

 

「「「「馬鹿はお前らだあああああッ」」」」

 

 

 トウカ()()の余命が終わりを告げようとしていた。(物理的に)

 

 

 




 今回も閲覧していただき、ありがとうございました。

 二週間もお待たせして申し訳ありません。近況報告しましたとおり岩手でお葬式してきました。
 次回の更新も遅れてしまかもしれませんが、息抜きで載せているハンターハンターの二次創作の続編を先に投稿しようと考えています。あちらは大分ストックがあるので修正を重ねれば早く載せることができるので、暇つぶし程度に読んでいただけると嬉しいです。
 そして何故かメインの方よりも好評のようでちょっと驚いています。

 総合UA33000 お気に入り登録数333名になりました。

 こんなに読んでいただけて本当に嬉しいです。次回も頑張ります。
 更新は下記ツイッターにて報告しております。フォローしていただければこちらの方からもフォロバさせていただきます。

 https://twitter.com/ricecake_land

 後たまにニコ生もしてますです。宜しければ遊びにきてください。

 http://com.nicovideo.jp/community/co1869865

 今後とも宜しくお願い致します。


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