wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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第三十話になります。


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 この世界に来る前から不安に思っていることがあった。

 

 この世界の住人は所詮、架空の登場人物で本の中で語られている、偽られた物語の切れ端に過ぎないのではないかと。

 俺が知っているのはあくまでも《ソードアート・オンライン》の中に登場する彼らであって、それ以外の事は何も知らない。

 作者には失礼極まりないが、小説とは言ってしまえば綺麗毎だらけの御都合主義に基づいた、俺の生きていた現実の世界とはまったく正反対の、所謂『偽者の世界』でしかないのだ。星が手の届かない距離にあるから綺麗で美しいのと同じように、だからこそ俺はそんな世界観に引き込まれた。

 

 本当の彼らはもっと違っていて、例えばユウキやキリトがまったく別の性格を持った人間なのではないか?

 裏ではスリーピング・ナイツのメンバーは悉く病死していて、もっと言えばそもそも《ソードアート・オンライン》自体を未だに攻略できていないではないか?

 

 そんな不安を幾度も過ぎらせながら、夢の中でひたすらあの暗闇を歩き続けた。

 

 そして、俺は今。その世界の中心に立っている。

 

 思い返せば、あの時と考え方が随分変わったと思う。

 

 当初はユウキを救えればそれでいいと思っていた。

 結局は自己満足なのだから、どんな罪を背負おうとも最後まで毅然として生きようと。どんな選択をしても後悔することはないと。

 

 それが今はどうだ。俺はこうして、仲間の前で膝をつき、頭を下げている。

 

 まぁ、俺だけではないのだが……

 

 

 

 

「トウカさん、何か言うことは?」

「ありません」

「キリトくん?」

「あ、ありません……」

「クラインは?」

「いやぁ、俺はただ……」

「は?」

「ありません!!」

 

 リズの目力がいつしか二人で進入した洞窟に出てきた神話級のボスとまったく同じに見える。いや、リズだけじゃない。シリカも、リーファも、シノンも、全員が殺意の波動に目覚めたような、危機迫る眼光を放っていた。

 

――これは下手に発言しないほうがよさそうだ……

 

「これだから男って奴は駄目なのよ! 乙女心ってのがまったくわかってないんだから!」

「まぁ、少なくともここにいる三人には無理な話ね」

 

 呆れるように頭を抱えるリズと、冷ややかな目で見下すシノン。

 そう言われる理由はわからないが、どうやら俺たちは説教されているらしい。

 

「トウカさんの目。何で叱られているかわかってない目ですね……」

 

 シリカさん、貴方は読唇術かなにか会得しているのでしょうか。

 

「あ、お兄ちゃん! 目逸らしても駄目だからね!」

「いや、俺は別に……」

「そんなこと言って、都合が悪くなったら見計らってログアウトするつもりなんでしょ! 絶対に逃がさないから!」

「おうキリの字! 仲間置いて逃げるのは関心しねぇな!」

「そんなことしないって!」

 

 もうめちゃくちゃだ。とりあえずクラインの一言がさりげなく俺の心にチクリと刺さったのは伏せておくとして、ここは一先ず、一歩下がって穏便に――

 

「と、とにかく、何か気に障ったなら謝る」

「そうやって謝れば済むと思って! あんたねぇ、なんでユウキが怒ったのかほんっとにわからないの!?」

「だ、だからそれは……」

 

 お金で買えないものとか、何かしらの手作りとか、そういう目に見えない何かが足りなかったとでも言えばいいのだろうか。

 クラインの言うところの高級なバッグやネックレスはユウキには無縁な気もするが、それを察しろというのは無理がある。俺はそういう経験があまりにも乏しい。生まれてこの方女性に贈り物なんてしたことがないのだ。

 

「その、真心的な、あれがだな」

「はぁ……」

 

 シノンの溜息が決定打になった。これ以上俺の心がもちそうにない。

 冷や汗びっしょりな俺を全員が哀れな目で見下ろしているところから察するに、俺の言い訳は根本的にズレていることはわかった。

 しかし、それでも何故ユウキがあのような態度をとったのか未だに理解できない。そんな自分に少しばかり嫌になりかけていたその時、リズが静かに口を開いた。

 

「……誰もいないじゃない」

「え……?」

「ユウキの帰りを待ってくれている人……誰も、いないじゃない……」

「…………あ」

 

 失念だった。

 

 ユウキの家族は全員亡くなっている。両親も、そして姉である紺野藍子も。ユウキがあの家に帰ったところで、台所で料理を作っている母や、テレビを見ながら新聞を読んでいる父や、玄関先で迎えてくれる姉の姿はどこにもいない。

 外見は立派そのもので四人の家族が暮す分には最高の家なのだろう。何一つ不自由なく生活できるし、誰から見ても幸せに生活できる一軒家だ。

 

 だが、あの家は偽りの箱でしかなく、どこにも、どこにも家族がいない。

 

 だけど、今の彼女は――

 

 今の彼女なら――

 

「でも、今のユウキなら――」

「大丈夫だなんて言うつもりじゃないでしょうね」

「…………」

 

 シノンから発せられた言葉の中に、本当の意味で怒りが含まれていることを俺は感じた。そして、それを感じ取れたが故に返す言葉もなく、ただ沈黙という名の肯定を晒すことかできなかった。

 

「ゲームと現実は違うの。いくら絶剣だからといって、実際はまだ十五歳の女の子なのよ? 確かに根も強いし前向きな子だけれど、これから先ずっと耐えていけると思う?」

 

 正論だ。反論の余地もなく、シノンの言ったことは何一つ間違っていない。

 普通の別居暮らしとは訳が違うことぐらいはわかっている。苦難があることも理解している。

 

 そして、今のユウキは決して一人ではないことも。

 

「……明日奈やスリーピング・ナイツ、それにここにいる皆がいる。家族がいなくても、代わりをしてくれる仲間がいるさ。他力本願で無茶苦茶な言い分なのはわかってる。だけど、いつかユウキが誰かを好きになって、結婚して、幸せになってくれる場所が必要だと思うんだ。そう考えたらやっぱり、あの家が一番だろう?」

「その意見には俺も賛成したんだ。トウカなりにユウキが幸せになる方法を考えて、それを俺に頼んでくれた。ユウキが退院した時、やっぱり帰れる場所はあったほうがいいと思う」

「それに、他力本願だとは思ってないぜトウの字。絶剣の嬢ちゃんは一人なんかじゃねぇ。俺らだって支えていく覚悟はとっくにできてるぜ?」

 

 キリトとクラインが俺の考えに同調してくれた。別に庇ったわけではなく、ただ本当にそう思ってくれたのだろう。二人は俺に賛同の意を込めて微笑みを投げかけてくれたのだが、

 

「……どこにいるんですか?」

 

 リーファの一言が空気を一片させた。

 

「トウカさんは、どこにいるんですか?」

「どこにって……」

「帰るべき場所にも、支えてくれる仲間の中にも、トウカさんがいないじゃないですか……」

「――――」

「シノンさんが言った、『耐えていけるのか』って言葉の意味……あれは『一人で生活していく上で耐えられるのか』とかじゃなくて……」

 

「トウカさんのいない場所で耐えられるのかって意味ですよ……?」

「…………!」

 

 驚愕、としか言いようがなかった。

 

「きっと、わかったんだと思います。トウカさんが助からないこと……」

 

 シリカがピナを抱きしめながら、ぽつりと呟く。

 

「自分の病室でそのプレゼントを渡したんですよね……?」

「あ、あぁ……」

「当事者であるユウキさんだからこそ、一目で気づいたんだと思います……何年も、何年もその病気と闘ってきたんですから……」

「…………」

 

 気づいていたのだとしたら、どうしてあの時、何も言わなかったのだろう。

 権利証を渡したその直後、ユウキはそれを叩きつけ、泣き崩れて、怒鳴り散らし、疲れ果てて眠ってしまった。

 怒鳴り散らした内容は嗚咽交じりだっただけに全ては聞き取れなかったが、唯一『嫌だ』という言葉だけは聞き取れた。

 もしかして、あの嫌だという言葉はプレゼント内容に不服を感じていたわけではなく、俺の残りの余命を悟った上で……

 

「男だったらねぇ、一緒に暮そうぐらいの一言ぐらい言ってみなさいよ!」

「や、それはいくらなんでも……」

「ユウキのこと好きなんでしょ!?」

「ば、馬鹿言うな! 好きとか嫌いとか、そういう感情で贈ったわけじゃない!」

「はぁ!?」

「俺はただ、あいつが幸せになってくれればそれでいいんだ。それ以上でもそれ以下でも――」

「ばっかみたい!」

 

 リズの声が一層高まる。それは口論と言うにはあまりにも幼く、ただの感情のぶつけ合いでしかなかった。

 贈ったものに関しては、俺は間違ったことをしたつもりはない。本当にユウキにとって無くてはならないなもので、例えアイツが俺の死を悟っていたとしても何かが変わるわけでもなく、だからそうわかっていても自分の選んだ道筋を否定されたことが、悔しくてならなかった。

 

「なんで好きって素直に言えないの!? 幸せになってくれればとか、好き嫌いじゃないとか、ふざけんじゃないわよ!」

「リズ……」

 

 変な理屈を立てて、それを口実に避けているのは紛れもない事実だ。

 だけど、仮にそれを言ったところでどうなると言うのだろう。生い先短く、余命三ヶ月で、今もにも息絶えかねないような死に掛けの男が年端も行かない十五歳の少女に好きだなんて言えるだろうか。

 ……口が裂けても言えるものではない。しかも今まで散々我侭を重ねてきた俺がこれ以上の身勝手な感情を彼女に押し付けるわけにはいかない。

 

 生きている限り、彼女の傍にいれればそれでいい。

 それ以上のことは何も求めないし、それだけで俺は報われるのだから。

 

「……これ以上彼女の重荷にはなれない。仲直りもできたし、みんなに謝ることもできた。月並みの言葉だけど、俺的には思い残すことはなにもない。時には諦めることも必要なことは、リズ。お前ならわかるだろう?」

「そ、それは……」

 

 彼女も以前、一つの恋を諦めた。

 キリトを諦め、明日奈を支え、そして仲間として共に歩むことをリズは選んだ。それはとても苦痛なことで、時には傷つくこともあっただろう。だけどその選択は間違っていない。想い悩み、苦しみ、泣きながら導き出した一つの答え。その行き着く果てを知っていたからこそ、リズは自分と同じ道を歩んでほしくないと訴えてくれたのだろう。

 

「別に、前みたいに避けているわけじゃないさ。意地もとっくに捨てた。残りの人生はユウキのため、仲間のために使いたいんだ」

「でも……それじゃトウカが……」

「だから、簡単に死ぬつもりはないって。まだ時間はあるんだ。のんびりいこうぜ」

「……本当に……本当にそれでいいんですか?」

「いいんだよ。俺はそれで十分幸せなんだ」

 

 シリカの問いに、俺は即答する。

 無論、昔のような自己犠牲を伴う発想とはもう違う。病気が治ればそれに越したことはないし、簡単に死ぬつもりもない。足掻き、這いずりながら、一日でも長く行き続ける。それが今の俺ができる、唯一の償い――。

 

 いや、違う。

 

 それが、俺自ら望む、唯一のやりたいことなのだから。

 

「――それで、そのユウキは今どこにいるの?」

 

 シノンは眉を細め、雲がかった表情を晒したまま、俺に尋ねる。

 察するに、シノンも俺の言い分には納得していないのだろう。物言いだけに口を尖らせていた。

 

「……わからない。昨日の一件からまだ会ってないんだ」

「ユウキなら《ロンバール》の、いつもの酒場にいるよ。アスナたちと一緒にね」

 

 キリトが間を置くこともなく答える。

 

「『たち』ってまさか……」

「あぁ、いつものメンバーさ。因みに、ユイも同行してる」

「昨日言ってた用事ってそのことか……」

「ごめん、隠すつもりはなかったんだ。事情は、その、アスナから聞いてたからさ」

「いや、事の発端は俺が原因なんだ。俺の方こそすまない」

 

 どうやらユウキからアスナへ、アスナからキリトへと話が流れたようだ。敢えて彼が言わなかったのは、今日の謝罪の機会を設けた上でのキリトなりの配慮なのだろう。事前に知っていたら、きっと俺は心残りで燻らせたまま、純粋に頭を下げることができなかったと思う。だけど、こうして皆が受け入れてくれたことで、気持ちに少し余裕ができた。俺は、本当に仲間に恵まれていると改めて感じていた。

 

 そんな、謝罪を述べながらも感傷的な気分に浸りつつあった最中、シノンが唐突な一言を口にする。

 

「行きなさい」

「……え?」

 

 俺は目を丸くした。

 

「行くって……その、俺が? ロンバールに?」

「そう。あんたが。ロンバールに」

「それはつまり、今すぐ会いにいけと……」

「当然でしょ」

「あの……私も行ったほうがいいと思います」

「シ、シリカ?」

「私も行くべきだと思います」

「リーファまで……」

 

 次々と挙手が上がり、あっという間に多勢に無勢といった有様で、終にはキリトやクラインまでもが「そうしたほうがいい」と口を揃える始末。

 これが四面楚歌というものか。いや諦めるな、まだ慌てるような時間じゃない。徐々に追い詰められていく現状に、俺は苦し紛れの説得を試みる。

 

「い、いやいや! もちろん何れではあるが、スリーピング・ナイツの皆にも謝りに行きたいと思ってはいる! だが、ユウキの仲介もなしにいきなり会いに行くってのは図々しくないか!? ……それに、どんな顔して会い行けっていうんだ。と、とりあえずもう少し時間を置いてだな……」

「ああもう! ごちゃごちゃうっさいわね! そんな行ってから考えなさいよ!」

「い、いててて! 痛いって!」

 

 リズに鼻を摘まれ、半ば強引ながらも早く行ってこいと促される。

 こうなると言葉での解決では難しい。キリトやクラインはともかく、女性陣側は結束力が高いが故に引き止めてくれる人が誰もいない。たが、俺としてはなんとかこの場を収めて日を改めたい。そんな考えが捨てきれず鼻がもげそうな痛みに耐えながら必死に言い訳を考えていたのだが、ふとシノンの方に目をやると、俺の心中を察しているような、それはもう恐ろしい笑みを含ませながら歩み寄ってくるではないか。

 

 ああ、そうだとも。きっと彼女は俺に更なる苦痛を伴わせるつもりなのだ。

 

 だが舐めてもらっては困る。仮にも俺は大人だ。暴力に屈するような弱い心を持ち合わせているつもりは――

 

 つ、つもりは……

 

「……行ってきます」

「宜しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが……」

 

 眼前に広がっていたのは先ほどまで皆といたような、陽気のいい燦燦とした世界とは間逆なものだった。

 アインクラッド27層は常闇の国だ。外周の開口部は極端に少なく、昼間でも差し込む陽光はないに等しい。内部はごつごつとした岩山がいくつも上層の底まで伸び、そのそこかしこから生えた巨大な水晶の六角柱がぼんやりとした青い光を放っていた。

 俺はキリトに言われた通りのルートを辿り、道中の飛行モンスターの索敵範囲を避けながら岩山の間を飛翔していく。

 やがて前方に出現する深い谷に飛び込み、尚も低速で一分ばかり飛ぶと円形に開けた谷底に張り付く小さな街が見えた。

 

「あれか?」

 

 まるで岩の塊から丸ごと掘り出したようなその街は細い階段やら路地やらが複雑に絡み合っていて、それらをオレンジ色の灯りが照らし出している。寒々とした夜の底にぽつりと燃える焚き火のように、どこかほっとする光景だ。

 入り口もわからないような複雑な街並みに混乱した俺は、とりあえず目についた、街の中心であろうと思われる円形広場目指してゆっくりと降下していく。

 

 街区圏内に入った証である穏やかなBGMが耳に届き、靴底がすとんと石畳を叩く頃には、俺は既に街の情景に魅入ってしまっていた。

 ロンバールという街は夜の精霊たちの街、というコンセプトに添っているらしく、大きな建物はひとつも存在しない。青みがかった岩作りの小さな工房や商店、宿屋がぎっしりと軒を連ね、それをオレンジ色のランプが照らし出す光景は幻想的な美しさと夜祭り的な賑わいを同居させている。そう意味では着流しを着ている俺はうまくこの街に溶け込んでいるようにも思える。

 

「凄いな……」

 

 さすがVRMMOといったところか。目を見張るような光景に、感動のあまりうわ言がつい洩れてしまう。

 あたりを見渡すと多くのプレイヤーたちが装備を鳴らして闊歩しているのが伺える。明らかにひと癖もふた癖もあるような古強者めいたオーラを漂わせ、まるで自分だけが浮いているようにも感じていたのだが、問題そこではなくこの後だ。

 

「どこにあるんだ……?」

 

 仮に自分が街の中心にいるとして、そこからユウキたちのいる酒場にたどり着くためにはどうすればいいのか、今のところ手段が思い浮かばない。

 ここへ向かう道中、酒場の場所を確認するためキリトにメッセージを送ったものの、一向に返事が返ってくる様子もなく、どうやらログアウトしているようだ。リーファもログアウトしているところから察するに恐らく説教という名の牢獄から脱獄したのだろう。アスナに聞くことも一考したのだが、近くにユウキがいるだけにバレる可能性がある。そうなるとログアウトされてしまうかもしれないだけに聞くわけにはいかない。まぁ、会いに行ったところでログアウトされる可能性も否めないわけではあるが、今更考えても仕方がない。その時はその時だ。

 

 とはいえ、とにもかくにもこれでは埒が明かない。自分の勘を頼りにまずは足を動かそう。

 

 

 

 

 十分程歩いただろうか。見渡す限り店、店、店。

 確か原作では『宿舎とおぼしき店』と『居眠りする白髭のNPC店主』と書いてあった。それを頼りに探してはいるのだが、この街の出店率といったら仰天するほどの数で、表に出ているだけでも数百件以上はあるだろう。そして路地裏から地下店も含めれば一日中探したところで見つかる気がしない。

 痺れを切らした俺は片っ端からプレイヤーに声をかけてみたものの、

 

『白髭の店主? そういう店は至るところにあるからなぁ……』

『宿舎だって? 馬鹿いうなよ。どこも同じなんだからいちいち覚えてないって』

『知らん。他をあたってくれ』

『絶剣? もちろん知っているよ! ALOで彼女を知らない人物はいないくらいだからね! え、なんだって!? 絶剣がこの街にいるのかい!?』

『うーん、居眠りする店主ねぇ……ごめんなさい。心当たりがありすぎてキリがないの。力になれそうにもないわ』

『スリーピング・ナイツか。ここいらでは有名なギルドだけど、溜まり場までは知らないなぁ』

 

 これと有力な情報が何一つ得られない。

 どうやらこの街は隠れた名店というものが多いらしく、その店を独占したいギルドが多いためか口コミがなあまり広がらないようだ。

 当たり前か。絶剣があの店にいるなんて広まってしまったらあっというまに人が押し寄せてくるに違いない。あまり本人は自覚していないのだろうが、そういう根回しをメンバーの誰かがしてくれているのだろう。

 

「とは言ってもなぁ……これじゃあお手上げだ……」

 

 行き交う人の流れを目で追いはするものの、まさかそんな都合よく知っている人物に出くわすわけでもなく、ただただ時間が過ぎてゆくばかり。

 店を探し始めてからかれこれ三十分近くが経っている。ここは一旦諦めて、また次の機会にすべきなのだろうか。

 進展のない現状に疲れを感じつつあった俺は、近くにあったベンチに腰掛け、背もたれに首を預け空を仰ぐ。

 

「――――」

 

 特に何を想うでもなく、とき偶に飛び交うプレイヤーが眼前を通過していくのを何気なくぼーっと見ていた。

 そんな時だった。

 

「なぁなぁ、にーちゃん。なんか困りごとかイ?」

 

 暗闇広がる空色が、突如現れた大きなフードを被った少女の顔に払拭されたのだ。

 

「うぉ!?」

 

 あまりの距離感に驚いた俺は身体が跳ね上がり、思わず後方へ飛び退く。それに対し声の主はと言えば特に驚く様子もなく、何か良からぬことを企んでいるような笑みを含まながら、俺を観察するようにまじまじと見つめていた。

 

「君は……?」

「オマエ、この街は初めてだロ?」

 

 あれ、この口調どこかで……

 

「知りたい情報があるならオイラが売ってやってもいいゼ?」

 

 少女はヘヘンと鼻を擦りながら、にやりと微笑を浮かべている。

 黄色のショートヘア。頬に両頬に描かれた三本の線。ケットシー特有のゆらゆらと揺れる長い尻尾。

 男勝りなその口調といい、情報を生業としているような発言といい、間違いない。

 

 ――俺は彼女を知っている。

 

 

「あ、あるご……?」

 




 今回も閲覧していただき、ありがとうございます。

 かなり遅くなってしまいました。本当に申し訳ありません。
 色々と理由はあるのですが、体調を崩していた部分が長かったので非常に時間がかかってしまいました。
 次回はここまで時間はかからないと思いますが、気長に待っていただけると幸いです。

 今後も宜しくお願い致します。

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