少し短めです。ご了承下さい。
「なんだ。オレっちのこと知ってるのカ」
「あ、いや……」
唐突に口ずさんでしまった彼女の名前に、俺はどう言い訳したものかと困惑の色を隠し切れずにいた。
「んー……? なんかお前、あやしいナ……」
アルゴは眉を細め、じろりと俺の顔を覗き込む。そんな威圧的な視線にたじろぎながらも、脳内で必死に釈明を取り繕うが冷静が欠いてうまくまとまらない。彼女がここで現れるなど想定の範囲外だ。
そう、彼女は原作に登場する人物の一人――そして、SAO事件の被害者でもある。
「そ、そうだ。君は確か情報屋だろう? 噂で聞いたんだ。君と同じ見た目をした情報屋がいるって。その時名前も小耳に挟んだからつい、な」
「ふーん……」
噂で聞いた、なんて常套句だがそれ以外の言い訳が見つからない。冗談でも『君がSAO事件の生き残りだと知っているから』だなんて言える筈もなく、下手に情報を洩らしてしまったら情報屋の彼女のことだ、きっと俺のことを徹底的に調べるに違いない。適当に第三者を装っておけば俺に対する興味も薄れるはずだ。
「ま、いいけどナ。それより、お前みたいな初心者がなんでこんな所にいるんダ?」
「どうして俺が初心者だとわかる? 一言もそう言った覚えはないが……」
そう言うと、アルゴは腕を組みながら鼻で笑い、
「オイオイ、ここは27層だゾ? この街に来る奴らは基本複数人か屈強なソロプレイヤーだけだからナ。こんな入り組んだ街に初心者が一人で来るはずねーだロ」
「なるほどな。じゃあ何故俺がその屈強なソロプレイヤーじゃないと?」
「簡単なことサ。オマエ、さっきからずっと道に迷ってたダロ」
「な……」
「悪いけど、後をつけさせてもらったヨ」
「……何が目的だ?」
まさか既に尾行されていたとは……
どうやら鼠の異名は伊達ではないらしい。
それにしても、初心者だと知りつつ自ら話しかけてくるのは彼女としては珍しい行為と言える。基本情報屋から話しかけてくることはあまりない。何故なら必要以上に接触を許してしまったら、自分の情報が洩れてしまうからだ。必要であれば自分のステータスですら売る彼女にとって、情報に金銭的な価値あるとみているだけに見知らぬ誰かに話しかけ、盗まれてしまう可能性を踏まえると非常にリスキーなはず。それ程までに俺のような新参者が価値のある情報を抱えているとは思えないが……。
「オマエが腰に差しているソレ」
アルゴが興味津々な様子で白い鞘を指差す。
「その武器に関する情報をオイラに売ってくれないカ?」
「――あぁ、そういうことか」
なるほど。目的は俺ではなくこの刀らしい。
確かに、この武器である素材はインプ領の鍛冶屋やリズたちも珍しいものだと唸っていた。察するに、この刀の素材である属性結晶のことだろう。
――これは千載一遇のチャンスかもしれない。
「いいだろう。ただし、売買ではなく、交換という条件でどうだ?」
「交換……?」
「いや、本当は無償提供してやってもいいくらいだ。別に独占するつもりはないし、既に友人には教えている情報だ。いつか知れ渡る情報を今の内にお金で売るなんて他のプレイヤーがフェアじゃない。だけど君は情報屋としてのプライドがある。だから売買じゃなくて、交換。これなら損得も無いし公平だろ?」
「――――」
今のアルゴの表情を一言で言うなら、『唖然』だ。茫然自失放心状態。これを俗に言う『開いた口がふさがらない』とでも言うのだろうか。
――もしかして、俺は間の抜けた提案をしてしまったのだろうか。まさか、いつか知れ渡るぐらいなら、別に今知らなくてもいいとでも言われてしまうではなかろうか。もしそうだとしたらとんだ墓穴を掘ってしまった。今更やっぱ売るなんて言っても買い取ってくれるとは思えない。後の祭りだ。
「だ、大丈夫か?」
「ぷっ……あははははっ。オマエ面白いナ! いいぜ、交渉成立ダ!」
「……君の表情で肝を冷やしたよ」
「アルゴでいいヨ。オマエの名前は……『Touka』……トウカって言うんだナ」
「ああ、宜しくアルゴ」
「こちらこそ、お侍さン」
*
「うーン……」
アルゴはぶつぶつと呟きつつ、あとからあとから湧いてくる思想に押されでもするかのように、俺の顔をじろじろ見ながら目の前を往ったり来たりしている。
理由は言わずもがな……
「――とまあ、これで全部だ」
「…………」
じぃっと睨むような、アルゴの鋭い視線が突き刺さる。
――正直、自分で説明しておきながらこう言うのもなんたが、荒唐無稽と言われたら返す言葉がない。
今思い返してみれば、自分が得ている情報といっても結局その時の状況を語ることぐらいしか話すことがなかったのだ。意図して討伐していたわけではないし、そもそも属性結晶の存在でさえ知らなかったのだから。
とりあえず今回提供した情報は、所謂《TPO》みたいなもので、当時のステータスや所持品の全て、所持金から身に着けていた装備まで事細かく説明した。初心者のステータースなど所詮水増しの域を超えない情報でしかないが、俺から提供できる材料がこれしかない。
「……解せないナ」
「まぁ、そうだよな……。だけど、本当に俺の知っていることは全て話したつもりだ」
「違う違ウ。オレっちが言いたいのは――」
アルゴは組んだ腕を解き、ずかずかと歩み寄ると「お前のことダ」と俺の胸に指を突き立てる。
「お、俺……?」
「他に誰がいるんダヨ」
そんな彼女の迫るような剣幕に圧され、思わずベンチの背もたれがギシリと軋む。
「属性結晶の入手方法はある程度知ってたサ。お前の情報はオイラの前持った情報と辻褄が合うし納得もできル。だけど、どうしてその初心者であるお前がその武器を装備できるんダ? それにソレを作るには高価な素材が他にも必要なはずだロ。お前みたいな初心者が一人で集められるとは思えナイ」
「い、いやそれはだな……」
「まぁいいさ。とにかく有益な情報はもらえたンダ、これ以上タダで聞くつもりはなイヨ。それで、トウカの知りたい情報はなンダ?」
「あぁ、ここの街にスリーピング・ナイツが拠点にしている酒場があるって聞いたんだ。知っていたら教えてほしい」
「――――」
俺の要望が耳に入るや否や、アルゴは目を丸くした。その直後、先ほどまでの真剣な表情とは打って変わって、頬にこわばった枠を作りながら眉間にシワを徐々に寄せ、
「す、スリーピング・ナイツ……って、あの絶剣が所属しているギルドのことカ?」
「そうだけど」
返す言葉により確信を得たのだろうか、アルゴは身体の内から込み上げてくるものに対し、口元を抑え必死に肩を震わせながら何かに耐えている。
「あの、最強の剣士がいるギルドで間違いないんだヨナ? ここの階層のボスをたった七人で討伐したあのスリーピング・ナイツでいいんだヨナ?」
「……そうだけど」
アルゴの問いに俺は首を縦に振る。すると――
「……ぷっ、あははは! 無理無理、絶対に無理! やめときナ!」
するとアルゴは隻が切れたように頬の内にあるものを拭き溢すと腹を抱えてケタケタと笑い出したのだ。
まるで脇を擽られた子供のように無邪気に笑うその姿は自称『オネーサン』を改めて疑わせるものだった。まぁ、原作では知り得なかった彼女の一面を垣間見れたことはある意味嬉しいことはではあるのだが、それを今この状況で浸るような浮かれた気分にはなれない。
「何か誤解しているみたいだが……」
「へっ? お前も絶剣に決闘を申し込むつもりなんダロ?」
「違う違う。ただ、その。少しだけ話しをだな」
「まぁまぁ、気持ちはわかるサ。いいよ、こっちだ。ついてキナ」
「だから誤解だって」
片腹を押さえ、浮かべた涙を掬いながらアルゴは歩き出す。軽く扱われているような彼女の失礼な態度に俺はほんの少しだけ眉を顰めるのだが、まぁ案内してもらえるだけでも良しすべきかと大きな溜息を一つ溢し、渋々後を追いかけた。
「なぁアルゴ、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ。情報がほしいなら次からは金をとるゾ」
「いや、さっき決闘うんぬんの話をした際に、『お前も』って言ったよな? 俺の他にもスリーピング・ナイツの居場所を知りたい奴は多いのか?」
「あー……それぐらいなら別にいいカ。ギルドの場所というよりも、絶剣の居場所を知りたい輩が多いだけサ。ま、全員返り討ちにされるのが落ちだけどナ」
「そうか……あいつも大変だな……」
「なんだ。トウカは絶剣と知り合いなのカ」
「まぁそんなところ」
「ふーん……」
アルゴはニヤリと微笑を含ませる。その不敵な笑みから伺える薄気味悪さのあまり、俺は彼女から半歩程距離を空ける。
そしてこの先の展開が一体どうなるものか、彼女の笑顔で大体予想がついてしまう。なんといってもアルゴは情報屋。そして俺がユウキ、もとい絶剣と知り合いと分かれば――
そんな嫌な予感を幾層に過ぎらせながらも、その笑みの意味の真意について敢えて尋ねてみる。
「な、なんだよ」
「お前に少し興味が湧いてきタ」
ほうらやっぱりだ。
これは俺にとっても、ユウキたちにとっても良くない展開だ。俺だけの情報ならともかく、ユウキの情報から鼠算的にスリーピング・ナイツのメンバーたちの情報も抜かれてしまう。そうなれば信用を失うどころか敵対視されかねない。仮にバレなかったとしても事の発端が俺だという事実は受け入れがたいものだ。
なんとか、阻止できないものか……。
「なぁアルゴ、あまり友達に迷惑かけたくないんだ。頼むよ」
「絶剣の情報を欲しがってる奴はたくさんいるんダ。情報屋に目をつけられたのが運尽きサ」
「そうは言ってもだな……」
「強さにもそれ相応のリスクがあるんだヨ。小島の一件から絶剣は有名になりすぎたんダ。今じゃ特徴や弱点に至るまで秘密を探りたい情報屋は他にもいるくらいだからナ。それだけに需要と価値があるのサ、絶剣の情報にはネ」
ALOというゲームは元々プレイヤーキル推奨仕様だ。
それだけに最強の称号を持つ絶剣という名のブランドは伊達ではないらしい。それを決定付けたのがキリトとの決闘だった。
かつての英雄である彼を全損はいかずとも窮地に追い込み、結果的に勝利した。当時『絶剣』対『英雄』との対決はALOの歴史に必ず刻まれるに違いないとまで言われた、それ程までに全プレイヤーが注目するほどのマッチメイクだったというわけだ。
そしてその最強の称号をより明確なものとした彼女を打倒すべく、他の猛者たちが我先にと挑む者がここ最近後を絶たないのだとアルゴは言う。
それ故に絶剣の情報は情報屋の中では今現在でもレートがうなぎのぼりに上がっているらしい。スリーピング・ナイツの情報もまた然りだ。
……確かに、勝ちに徹するのであれば相手の弱点を探ることは決して悪いことではない。寧ろゲームを楽しむための要素の一つでもあると言えるだろう。プライベートはともかく、ゲーム内での行動を監視することは規約に反しているわけではないのだから過去の不良三人組の騒動に比べれば遥かに良心的だ。
だが、それでも身近な友人を探られるのは気分がいいことではない。もっと言ってしまえば絶剣が負ける姿など俺は見たくない。
――そう思うことは、俺の我侭なのだろうか。
「どうしても、引いてはくれないのか?」
「くどいナ。ボロを出したのはお前だゾ。盗まれる方が悪いのサ」
「…………」
「人に恨まれる家業だってことは理解しているヨ」
「……そうか」
そういう覚悟を持っているのなら、仕方がない。
それならば、俺もそういう覚悟を持って対応するしかないようだ。
「なぁ、アルゴ」
「なんだヨ。何言ってもオイラは引かないぞ」
「いや、君の実力を見込んで改めて依頼したいことがある。たしか君はメッセンジャーの仕事も請け負ってると聞いたんだが」
「ああ、場所と距離で別途料金を頂くけドナ。目的地はどこダ?」
「中都アルン」
「はァ?」
すいすいと歩くアルゴの足がピタリと止る。
「何で態々誰でもいけるようなところに行かなくちゃならないんダ? お前も行ったことあるだロ?」
「ああ、あるよ」
「……お前、馬鹿にしてんのカ?」
フードを被っていても表情が引き攣っているのがよくわかる。それは紛れもなく怒りを顕にし、好戦的な視線が俺の瞳を貫いていた。
腰の据えてある短剣に手をかけるところから、この先の言葉は選ぶ必要がある。アルゴもSAO事件の生き残りだ。実力もあるし俊敏性も恐らく俺より上だろう。
「実はな、俺にはちょっとした夢があってな」
「…………」
「全ての街に犬を放して、自由に生活させてあげたいんだよ」
「なっ……」
「だから一番大きなペットショップがある中都アルンにテイム用のアイテムを大量に仕入れたいことを主人に伝えてきてほしいんだ」
「な、なんデ……」
「あ、もちろん極秘で頼むよ。まぁ金を払う以上言うまでもなく客なわけだから、あの《鼠のアルゴ》が洩らすようなことをするとは思えないが」
「なんで犬なんだよォ!?」
先ほどまで警戒心を尖らせていたアルゴが明らかな動揺を見せた。いや、動揺と言うより怯えに近い。
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「そそそ、そんなことする必要どこにもないだロ!!」
「おかしなこと言うな? 君は客の言伝に干渉するのかね?」
「そ……そうじゃなイ! オイラが言いたいのは、街に放す必要がどこにあるんだって言ってるんダ!」
「そりゃもちろん犬に触れたいプレイヤーもいるだろうし、何より癒されるからな。いて困るようなものじゃないだろう?」
「ぐ……ッ」
俺はアルゴの唯一の弱点を知っている。
――それは、大の犬嫌いであること。触れるどころか、近づくことさえ彼女はできない。
恐らくこの弱点を知っているのはキリトだけだろうが、原作を知っている俺からすれば、ほぼ全員の弱点を把握していると言ってもいい。もちろん誰かに暴露したり脅しの種にする気など毛頭ない。
「なぁ、アルゴ。 犬、お前も大好きだよな?」
毛頭ないが――
「抱きたくて、触りたくて、たまらないよな?」
彼女が恨まれる覚悟でいるのなら、
「なぁ、アルゴ?」
俺も恨まれる覚悟で挑まなければ、同じ土俵には立てない。
「う、うぅぅ……ッ」
涙目で、歯を食いしばる彼女の姿がどこか痛々しい。
妙な罪悪感が俺の心中を劈くこの状況に、俺は耐えがたい苦痛を感じていた。元より本意ではないのだ。ただ俺は、守りたいものを守れればそれでいい。本当に、ただそれだけだ。
いや本当だって。
「俺の言いたいこと、わかるだろ? 別にアルゴが嫌いで言っているわじゃないんだ。ただ、絶剣からは手を引いてほしい。それだけなんだ」
「なんで……どうしてお前なんかニ……」
「君にだって気にかけている人はいるだろう? 俺も同じさ」
「…………」
彼女は決して無節操なハイエナではない。自分なりのルールをもって活動している。
その内の一つに、SAO事件当時では、トラブルの元であるβテスター出身者についての情報も取り扱うことはなかったし、クリア後もキリトを何かと気にかけていることも知っている。
自己の利益だけを追い求めていない彼女だからこそ、絶剣を攻略したいプレイヤーのために献上すべく情報を集めていることは重々承知している。
だけど、今のユウキに心の余裕はない。そんな不完全な状態で勝負を挑まれるのはとても心苦しい。
まぁ、俺が原因なのは否めないが……
「少なくとも、今だけはそっとしておいてくれないか? あいつも色々と疲れてるんだ。休ませてあげたいんだよ」
「……なら、一つだけ教えてくレ」
「絶剣に関わること以外なら」
「――お前は一体何者なんダ……?」
「…………」
不安を交えながも、アルゴは恐る恐る尋ねてくる。覗き込むような視線の奥には興味と警戒心が折り重なっていた。
彼女だけが知り得ている膨大な情報のどれにも当てはまらない俺は異様な存在としか見えないだろう。
敵視されているわけではないようだが、かといって無害のようにも見えない。
そんな不穏が募る空気の中、俺は足を止め、うっすらと微笑を浮かべてこう言った。
「ただの死にかけのオニーサン、かな?」
今回も最後まで閲覧していただき、ありがとうございます。
いつも遅くなって申し訳ありません。次回も不定期ですが、再来週までには投稿できるように頑張ります。
挿絵を描いてみたくなりましたので、近々絵を描く練習をしようと思います。
お気に入り登録が500名を突破しました。駄作にも関わらず読んでいただいて嬉しい限りです。
今後とも宜しくお願い致します。