wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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第三十三話です。

少し短めです。ごめんなさい。


33

「いいですか? 好意というものは大きくわけて二つあるのです!」

「し、シウネー……?」

 

 シウネーは机をガタンと鳴らし、興奮冷めあらぬ様相をユウキに向けた。

 

「人として好きなのか、異性として好きなのか。それをハッキリさせない限り、ユウキはいつまで経っても子供のままです! そもそも恋愛というものは互いの信頼を得て初めて成立する、言わば心の一体化! ああなんて素晴らしい……。アスナさんなら分かっていただけますよね!? キリトさんと愛を享受し、分かちあっているアスナさんなら!」

「ひゃあい!?」

 

 予想だにしなかったシウネーの力説。その矛先が突如としてアスナへと変わる。

 シウネーに手を強く握られ、動揺のあまり素っ頓狂な声を上げたアスナはどう答えればいいのかわからず、つい頷いてしまった。

 

「やっぱり! 恋と愛は表裏一体なのですね! 私もいつか……ハッ」

 

 我に返った直後、瞳に飛び込んできたものは「あ、アハハハ……」と苦笑いを溢すアスナと温度差のある周囲の空気。シウネーの顔はみるみるうちに赤面へと変わり、恥ずかしさのあまりつい顔を覆い隠した。

 

「ご、ごめんなさい。私ったら……」

「いえ、シウネーさんは恋愛話がお好きなんですね」

「はい……。色恋沙汰となると自分を抑えきれなくって……」

「ボク、シウネーのあんな姿初めてみたよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 食事が始まって一時間程が経過し、宴も酣になってきた頃。それぞれが会話で盛り上がっている、そんな最中――

 

「ねぇねぇ、ユウキ」

 

 突然ノリがユウキの隣の席へと座り、脇腹を肩肘で小突きながら小声で囁く。

 彼女のニヤけ具合から察するにまたよからぬ事を考えていそうだと、そんな予感はしつつも、ユウキ飲み物を注がれたジョッキを口に含みながら「んー……?」と呆けた返事を返す。

 

「ホントのところ、どうなのよ」

「もう、ノリったら。あんまりしつこいと嫌われるよー?」

「だって気になって仕方ないだもーん」

「どうしてそんなに知りたいの?」

 

 ユウキの問いに、ノリの笑みは寂しさを交えたような表情へと変わっていく。

 そして手元にある飲み物を一口飲むと、目の前にはない何かを見るようにポツリと言った。

 

「……本音を言うとね、すっごく心配なんだ」

「ボクのことが……?」

「もちろん。そして、そのトウカって人ことも」

「……トウカはいい人だよ?」

「うん、ユウキが言うならそうなんだろうね。でも、やっぱり不安なの。あたしたちにとって、彼がどんな人なのかはまだわからない。知ってるのはユウキを救ってくれた人でもり、そして苦しめた人だってこと」

「それは――」

「わかってる。色々事情とか、理由とかあんだよね。だからこそユウキが大切にしている人って一体どんな人なんだろうって知りたくなるのさ」

 

 それは、ユウキを想っての言葉だった。

 彼を助けることに異議があるわけじゃない。むしろユウキが助けたいと思える人が現れたことは喜ばしいことだ。

 しかし、どんな事情であれユウキの心を追い詰めた過去があるだけに、なんの迷いもなしにユウキを任せられる程ノリはお人好しではない。もちろんそれはメンバー全員にも言えることだ。

 だからこそ、彼がどんな人で、ユウキをどう思っているか確かめたい。

 そういう想いが積み重なったことで、ノリを一際不安にさせてしまっている現状にユウキは心を軋ませた。

 

「こら、そんな顔しないの」

「あぅ」

 

 ついそれが表情に表れ、ノリにこつんと頭を小突かれる。

 

「ま、彼に対して怒ってないって言ったら嘘になるけど、それと同時に感謝もしてるんだから。なんせ何の恥ずかしげもなく、『ボクの大切な人をー』って言わせる程好かれてるわけなんだからねぇ~」

「あー! そういう言い方はずるいよー!」

「あはは、ごめんごめん!」

 

 ノリの笑い声とユウキのむくれた顔が周囲の笑顔を誘った。

 会話の内容は定かではないが、またノリがユウキをからかったのだろう。

 一同の笑声が部屋中に広がった――

 

 そんな時だった。

 

 

「だから何度も言ってるだろう!」

「そんなんで納得できるカ!」

 

 

 宿舎と酒場の入り口、計二枚の扉を挟んでいるのにも関わらず、突然聞こえてきた外の叫声。

 

「な、なんだなんだ?」

 

 ジュンが慌てた様子で椅子から立ち上がり、その声にいち早く反応する。それに続きタルケンも立ち上がるが、少しおどおどした様子で、顔を強張らせながら言った。

 

「喧嘩ですかね……」

「何怖気づいてんのよタル。ここじゃアンタだって強いんだからシャキっとしなさい!」

 

 また始まったと言わんばかりに、ノリがタルケンの肩をバチンと叩く。

 痛がるタルケンを他所に、近くにいたアスナとシウネーは静止を促すよう人差し指を口元にあて、静かに扉に近づく。

 そして耳を扉にピタリと充てがい、静かに外の声に集中する。すると――

 

「どこで知って――から聞いた――!」

「それを――ったら――言ったも同然――!」

「だから全部――って――んダ!」

「誰が――か!」

 

 声色から察するに若い男女の痴話喧嘩だろうか。扉越しだけに具体的な会話の内容はクリアに聞き取れないがあまり良い状況とは考え難い。

 シウネーは自身の頭の上で同じく聞き耳を立てているアスナに、確認がてら聞いてみる。

 

「……本当に喧嘩のようですね。何かあったのでしょうか?」

「うーん、うまく聞きとれないけど、大分白熱してるみたいだね」

 

 ノリが「どんな感じよ?」とアスナたちに尋ねる。

 シウネーが「内容まではわからないけど、痴話喧嘩みたい」と言ったとたん、ノリは大きな溜息を溢し、ドカッと乱暴に椅子に座ると声を荒げた。

 

「もう! せっかく人が楽しく食事してるってのに、迷惑ったらありゃしないよ!」

「まぁまぁ、いずれどこかへ行くさ。関わらないほうがいい」

 

 ノリが怒るのも無理はないと悟りつつも、タルケンはのんびりとした口調でノリを宥める。

 そして好奇心旺盛な一人の少女が「ボクも聞きたい!」と紫色の髪を揺らしながらシウネーとアスナの間に体を飛び込ませた。

 

「もう、お行儀悪いよユウキ」

「アスナだって聞いたんだから、これでおあいこだよー」

「も、もう少し左に……中々聞こえ辛くって……」

 

 三人の女性がドアの前でもぞもぞしている、なんとも言えないようなシュールな光景に男性陣は苦味のある表情を溢す。

 

「ここって人通り少ないはずなのにね」

「なんだか怪しいよねー!」

「あの、もう少し静かに……」

 

 いや、一番怪しいのは君たちだから。と言いたいジュンたちではあったが、シウネーは特に興奮冷めあらぬといったあり様で、目をギラつかせながら外の声に集中している。そんなに彼女を今引きとめようものなら、何を論されるかわかったものではない。

 俺たちは何も見ていない。そういうことにしておこう。ジュンがそんな目をタルケンとテッチに向ける。そして目が合った二人はその意味を汲み取るかのように静かに頷いた。

 

「ここまで――のは――のおかげだと――んダ!」

「それは――取引で――だろう!」

 

 そんな三人の覚悟を他所に、外では捲くし立てるような言い争いが続く。

 徐々に会話がヒートアップしていく中で、自然と声量も上がってきたせいか、アスナとユウキはある事に気がつき始める。

 

「あれぇ……私この声どっかで聞いたことあるような……」

「ボクもなんか聞き覚えがある感じが……」

 

 どこか耳にしたことがあるような声なのに、どうもピンとこない。二人は首を傾げながら眉を細めていた、その直後――

 

「あーもー! もう我慢の限界!!」

 

 ドカンッとジョッキを机に叩きつける音が部屋中に響いた。

 驚いたアスナ、ユウキ、シウネーが振り返ると、そこには袖で口を拭いながら恐ろしい剣幕でずかずかとこちらに歩み寄るノリの姿が。

 

「一言文句いってやる!」

「ちょ、ちょっとノリ!?」

 

 アスナが制止するように両手で待ったをかけるも、かまうもんかと酒場の扉をバカンッと勢いよく開ける。

 そしてそのまま宿舎の扉まで一直線に突き進むのだが、ユウキは慌てて追従しながらなんとかノリを引きとめようと試みる。

 

「ねぇノリってばぁ! やっぱりやめとこうよー!」

「こっちは宴の邪魔されてアタマにきてんのよ! 一言言ってやらないとあたしの気が収まらないっつーの!」

 

 こうなってしまうと、もうノリは止らない。

 猪突猛進と言える程の性格ではないのだが、彼女は無節操な人や便宜的な人には一切容赦がない。相手がどんな人間であれ、言いたいことがあればハッキリというノリの性格なだけに、寧ろ今までよく我慢した方だと言えるだろう。

 ある意味ノリのいいところでもあるし、迷惑していたことは事実なだけに、だからこそ誰も彼女を引き止めることができなかった。

 

「――って言ってるだろうが!」

「知るカ! ――はこっちの方ダ!」

 

 尚も止らない外の叫喚にノリの堪忍袋を順調に膨らませる。

 

「ったく! ぎゃーぎゃー喚き散らかして!」

「ええほんとに! しっかり注意しないといけませんね! それはもうしっかりと!」

 

 緊迫した緊張感が漂う中、ノリの愚痴にシウネーが便乗するように後押しをかける。

 しかし、シウネーはそんな怒り心頭な言葉を口にしたにも関わらず、ノリの背中に向かって小さくサムズアップした瞬間をアスナは見逃さなかった。

 それは近所迷惑なカップルに対しての憤りを代弁してくれることによる、敬意の表れなのか、それともただ単純にカップルに接触を持てるきっかけを作ってくれたことに対してのグッジョブなのか。

 その答えは彼女の燦爛たる眼差しが既に物語っていた。

 

 そして、いよいよその時が訪れる――

 

 初めて彼が、彼らと会う瞬間。いや、正確には二度目だろうか。

 

 その出会いはあまりにも劇的で、予想とは反した巡り合い。

 

 ノリは宿舎の扉を八つ当たりするかのようにバカンッと開けると、男女の姿を捉える間もなく、勢いに身を任せ咆哮する。

 

「さっきからうるさいのよあんたら!! 喧嘩するなら他いきなさい!」

 

 その声に男女の喧嘩がピタリと止り、ノリの方へと視線が向けられる。

 

 

「「あっ」」 

 

 

 眼前にいる二人の口から同じ言葉がぽろりと零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどとは間逆の、しんと静まり返ったとある一室。

 そこは酒場と言うにはあまりにも活気がなく、重苦しい情調がじっとりと空間を支配していた。

 

「で?」

 

 その一言だけで、彼女がいかに怒気を身に纏っているかがよくわかる。

 

「いや……あの……」

 

 その言葉に対して何を言えばいいのか、何を返せばいいのか。というか、今のこの状況がトウカの口により圧力をかけ、決してそれを許さなかった。

 何故なら、正座をしているトウカを中心に、屈強な猛者たちが取り囲んでいたからだ。

 ユウキを散々振り回した、あのトウカという人物が突如目の前に現れた。その予期せぬ出来事にスリーピング・ナイツたちの感情は大きく揺さぶられ、さすがのシウネーもすっかりと熱が引いていた。

 それぞれの面持ちは様々で、困惑や失念、憤怒など、それはもう顔が上げられないほどの痛い視線がトウカの全身を突き刺す、そんな中――

 

「まず、その子とどういう関係?」

 

 正面に仁王立ちしていたノリが、指を指しながらムスッとした顔をトウカに近づける。

 

「えっと、それはですね……」

「ただの取引相手だヨ。それ以上でもそれ以下でもないサ」

 

 壁に寄りかかっていたアルゴがちらりとノリを見ながら代弁する。

 そんなアルゴの言葉にノリは納得がいかない様子で、さらにトウカに詰め寄った。

 

「それで、何しにここに来たわけ?」

「…………」

 

 結局のところ、皆が気になっている理由はそこだけだった。アスナのフォローもあってアルゴという人物についての説明や、ここに来るまでの経緯を全て話しても、全員が困惑の色が晴れることはなかった。

 

 どう言えば納得してもらえるのか。どう伝えれば理解してもらえるのか。

 この街に降り立つまでの間、トウカはずっと考えていた。

 散々ユウキを傷つけてしまったのだ。罵声や辱めを受けることになったとしても、それは仕方がない。そういう覚悟はとっくにできている。

 それを踏まえた上でも、どんな言葉を口にすればいいのか、今だにみつからない。

 ただ漠然と会いに行って、頭を下げるだけでは償いにはならない。許して貰うための努力を尽くし、受け入れられて初めて謝罪として成立する。

 

 ならば――

 

――ならば、俺が今できること。ユウキのため、皆のために霧ヶ峰刀霞としてすべきこと。

 

 トウカは顔上げ、ノリの瞳をまっすぐ見て言った。

 

「――聞いてほしいんだ」

「……何を?」

「俺のことを」

「……誰に?」

「ここにいる、皆に」

「…………」

 

 トウカの言葉を聞いて、ノリは腕を組み、静かに瞼を閉じた。

 彼女が何を想い、何を考えているのかは定かではない。――が、やがてその目を開き、小さな深呼吸を一度してから、

 

「いいよ、聞いてあげる。みんなもそれでいい?」

  

 見渡したノリの視線に合わせ、スリーピング・ナイツのメンバー全員がコクリと頷く。

 

 ただ一人を除いて――。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 慌ててトウカとノリの間に割って入ったユウキが、庇うように両手を広げる。

 

「もうやめようよ……。怒る必要なんて、どこにも……」

 

 ユウキの咄嗟の行動に、ノリは不意をつかれたように一瞬瞠目する。しかし、すぐに彼女の行為を察したのか、ユウキの肩をポンと叩くと、先ほどとは違う柔らかな微笑を浮かべながら言った。

 

「違うよ、ユウキ。あの人の目、見てごらん」

「え……」

 

 振り向いた、ユウキの瞳に映るトウカの目。

 ひたむきで、ただ真っ直ぐに。

 揺れることもなく、ただ一直線に。

 その目を見ただけで、トウカの覚悟がひしひしと感じる。それは、ユウキの両の手を下ろすに十分たる理由となりえた。

 

「本当に、本当にいいの……?」

「……いいもなにも、皆には散々迷惑かけてきたんだ。知る権利ぐらいあるさ」

「でも……トウカのあんな辛い顔、もう見たくないよ……」

「皆の方が辛い思いしてる。そうさせた原因も俺だ」

「違うよ! 元はと言えばボクがトウカに酷いこと……いっぱい、いっぱい言ったから……ッ」

「ばか言うな」

 

 トウカはゆっくり立ち上がる。

 そして今にも泣きそうなユウキの頭をぽんぽんと撫でながら、困窮が入り混じるような顔を綻ばせ、続けて言った。

 

 

「償わせてほしいんだ。今の俺が、俺であるために……」

 

 




今回も閲覧していただき、ありがとうございます。

次回はハンターハンターの続きを投稿してから、こちらの方を更新していこうと思います。

不定期で大変恐縮ですが、かならず更新を続けて参りますので、引き続き宜しくお願い致します!

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