wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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第三十四話になります。

ちょっと長めです。


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 丸テーブルを中心に並べられた椅子に、アスナを含むスリーピング・ナイツたちは改めて腰を掛け、トウカに注目する。

 ユウキはトウカの服の裾を掴み、寄り添おうとするのだがトウカは何を語ることもなく、首を左右に振った。

 『心配いらない、大丈夫さ』そんな面持ちを見せるトウカの表情に、ユウキは後ろめたさを煮やしながらも、渋々自分の席へと戻っていく。

 何も原因はトウカだけということではない。自分だって散々我侭を積み重ねてきた。こんなのうのうと傍観してていいはずがないのに。

 そんな自己嫌悪にも似た罪悪感が、無意識にユウキの表情を曇らせた。

 

「――俺は、自分の弱さを盾にしている卑怯者だ」

 

 静まり返った空間に、独り言のような言葉がぽつりと零れる。

 先ほどまで俯いていたユウキも、彼の声に体が反応し、自然と顔が上がる。

 

「嫌な事から逃げて、辛い事から避けて、その度に言い訳を積み重ね続けながらずっと生きてきた」

 

 その言葉に、ユウキは震える唇を噛み締める。

 彼がそんな人間ではないということは自分が一番よく知っている。もし本当に卑怯者であるならば、不良に絡まれたあの時、身を挺して自分を助けてくれるはずがない。

 ユウキは真っ向から「違う」と声を大にして叫びたかった。だが、結果的に思い留まった。

 彼が自分で言ったのだ。心配いらないと。今はその言葉を信じるべきだと、否定したい気持ちをぐっと抑え、静かに耳を傾けた。

 

「逃げ続けた果てにどんな結末が待っていたとしても、それを選択したのは俺自身で、後悔するのもまた俺だけだと、そう思い続けてきた」

 

 それは、目の前にいる人たちとは対象的な生き方でもあった。

 生き残るため、一心不乱に戦い続けてきたアスナとも、生き続けるため、不撓不屈に闘病生活を続けてきたユウキたちとも違う。

 きっと志半ばで倒れていたらいずれも後悔していたはずだろう。ところが、トウカの場合はまったく逆の発想で、またそれが自分にとって正しいことだと悟っている。

 そんなトウカの生き方に、全員が納得できるわけでもなく、ノリやジュンがその言葉を聞いて眉を細めた。

 トウカはその表情を汲み取ったのか――ふと腰に据えてある白鞘を引き抜くと、丸テーブルの中央に置く。

 ノリはその意図が汲み取れず、首を傾げて言った。 

 

「……刀?」

「――これが、そう思い至った俺の根源。理由のひとつだ」

 

 眼前にある一本の刀。それが思想理念の起源点だと彼は言う。

 皆その真意を考える。その武器が彼にとって何を意味するのかを。

 

「失礼を承知の上でお尋ねしますが、それはリアルでのお話し……ですよね?」

 

 シウネーの発言にトウカはこくりと頷く。

 ネットゲームにおいて相手プレイヤーのリアルに干渉することはマナー違反だと言われている。当然プライバシーを侵害する行為でもあるし、誰にでも知られたくない事情なんて一つや二つはあるというもの。特にスリーピング・ナイツのメンバーはそれぞれが重い事情を抱えていただけに、この刀がトウカにとってどんな意味をもつのか、リアルを追求することに皆が躊躇っていた。

 そんな湿っぽい空気が流れているような、淡い沈黙を唐突に放たれた、トウカのある一言が真っ二つに切り裂いた。

 

 

「『躊躇なく人を殺せるような、立派な人間になれ』」

 

 

 誰もが言葉を失った。

 

「親父から一番最初に教えられた言葉が、確かそんなだった気がする」

「ちょ、ちょっと待って下さい……」

 

 タルケンが夢から覚めたような面持ちで、慌てて椅子から立ち上がる。

 

「えっと……あれ……? リアル……リアルでの話……ですよね?」

「もちろん」

「は、ははは……それはいくらなんでも……」

 

 あまりにも非現実的で観念的な言の葉。いくらなんでも冗談が過ぎる。そうわかっていながらも、タルケンは笑顔とは言えない歪んだ顔を綻ばせてしまった。

 無理もない。普通そんな言葉を子供に説く親など存在しない。だが、その時のトウカはいたって真面目で、決してふざけているように見えない。アスナとユウキもまた、深い悲しみの色を眉の間に漲らしている。

 現実味の帯びないトウカの言葉、そしてユウキたちの表情が物語っている受け入れ難いこの真実に、ジュンはつい「マジか……」と小言を口走る。

 

「……もう少し詳しく聞かせて」

 

 ノリはそれぞれの心中を代弁する。そうしなければ先には進めないと悟ったからだ。深刻な内容であることは間違いないだろうが、それを聞かなければトウカという男の人物像に辿りつくことができない。

 

 ――彼は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。

 

 先ほどの父親の言葉。それを起点に少し考えただけでもぞっとする。

 張られた弦のような緊迫感がシウネーたちの身体に纏わりく。皆の顔が徐々に強張り、自然と咎めるような厳しい目つきへと変わってゆく。

 そんな四方から圧し縮まってくるような重圧に息苦しさを覚えたトウカは、一際鋭い眼光を放っていたノリに、肩を縮こませて、ぼそりと言った。

 

「あ、あの……ちょっと……」

「なによ」

「そんなに睨まないでくれると有り難いんだが……」

「べっ……別に睨んでないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 トウカは語る。

 

 霧ヶ峰家の慣わし、ユウキとの出会いから今に至るまで。

 別世界から来たことを除き、嘘偽りなく、包み隠さず全てを明かした。その内容が聞く側にとってどのような解釈になるのか、トウカは大体の想像がついていたが、それでも敢えて話した。

 いや、正確には『話したかった』の方が正しいかもしれない。

 これ以上ユウキの周りにいる人たちに余計な不安を抱かせたくないという自責の心が耐えられなかったのもそうだが、なによりトウカ自身がこれ以上偽り続けることに対して、壮大な疲労感を抱いていた。

 トウカは懺悔するかのように淡々と話す。その言葉に皆は終始聞き入っていた。

 やがて一通り話し終え、数秒の沈黙が流れる。そしてトウカが予感していた通り――

 

「信じられません……」

 

 黙々と聞いていたシウネーが開口一番に言い放つ。

 誰もがそう感じていた。それが全員の視線で伝わるだけにトウカは頭をわしわしと掻いて、

 

「ま、そうだよな……」

「いくら家系による伝統的習慣とはいえ、非人道であるならば世間の目につくはずですし、そうなれば警察だって……」

「世間の目なんてどうにでもなるさ。由緒ある伝統を受け継ぐためとか、日本男児としての嗜みとか、そんな感じの綺麗事ならべてうまく誑かしてるよ。家族はこの技術を伝承することは美徳だと考えているから外に洩れることはないし、なにより……親父は警察と癒着してる」

「そんな……」

 

 トウカの父親は警察が定めている《術科特別訓練》の一環である剣道において、名誉師範を務めている。本人曰く「剣道など所詮はお遊びだ」と冷笑しているものの、既に段級位制の最高位である八段を取得し、終には範士の名も獲得していた。

 本来であれば、その名を汚すまいと心身を鍛錬し人間形成を目指す、手本となるべき存在にならなければいけないのだが、なんと彼はその真意に対して唾を吐いた。

 

『興味がない』

 

 言葉の通り彼はその身分をうまく利用し、一部官僚や警視との関係を経て、霧ヶ峰家の地位をより確固たるものへと上り詰めるための、手段として用いたのだ。

 名誉師範も、段位も、範士も。彼にとっては全て、人を殺めるための口実を作っていただけに過ぎない。

 

 仮に内情を悟られたとしても、最早介入はできないだろう。トウカは重々しい口調でそう言った。

 

「で、でもさ。実際に誰かを殺したわけじゃ……」

「……俺が知っているだけでも三人は斬ってる」

「うっそだろ……」

 

 ジュンは開いた口が塞がらず、唖然とした表情を見せる。タルケンやテッチも衝撃的な発言に動揺を隠せないでいた。

 ゲームや仮想世界とは訳が違う。怪我をすれば痛みが生じ、血が流れれば死に至る現実世界の出来事。仮想世界に身を置きすぎた彼らにとってそれは非常に受け入れ難く、それだけに、認めるにトウカの過去は飛躍しすぎていた。

 

「正当防衛、事故死、自殺。理由なんていくらでもこじつけられる。親父が罪に問われない立場になって……それからだな。俺が逃げ出したのは……」

「暴力に耐えかねて……とは聞きましたが、他にも何かあったんですか……?」

「…………」

「……トウカさん……?」

 

 シウネーの問いに、トウカはきゅっと口をつぐみ、どこか悲しげな面持ちと、揺れる瞳をユウキに向ける。

 

「大丈夫……?」

 

 トウカの物悲しい眼差しに不安を抱いたユウキは、心がかりに言葉を投げかける。

 その言葉を聞いたトウカは、何を想ったのか――身も世もないといった風に肩を落とし、一言だけ「すまない……」と低いくたびれたような声で呟いた。

 

「なんで……? どうして謝るの……?」

「隠していたわけじゃないんだ……」

「どういうこと……?」

「ユウキの前では言いたくない……言ってしまったら、きっと酷く傷つく……」

「…………」

 

 それは、思い出すのも嫌になるほどの過去の中で最も辛く、最も苦しい記憶。

 父親の過激な指導に耐えかねて逃げ出したという話は決して嘘ではない。しかし、所詮は動機の一つであって端緒ではなかった。

 言うこと自体は吝かではない。ただ、それを言ってしまったらユウキの心に深手を負わせてしまうかもしれない。家族がいない彼女にとって、今から言わんとしている言葉にはそれほどまでに劣悪な重みがあった。

 

「……無理に言わなくてもいいよ。誰にだって話したくないことぐらいあるわよ。私たちだってアスナに隠し事してたわけなんだしさ」

「そうですね。そこまで問い詰める必要もありませんし……」

 

 トウカは萎れた花のように頭を下げる。ノリとシウネーが態々気遣うように一歩引いてくれたとはいえ、ここで自分の我侭を圧し通すことがどれだけ傲慢なことなのかをトウカは恥じていた。確かにスリーピング・ナイツはアスナに対して全員が病人であることを隠していたが別に悪意があったわけではない。

 それに対しトウカは背負うべき罪を棚に上げ、告白することを放棄した。自身が傷つくのは構わないがユウキだけは傷つけたくない。そんな我侭を圧し通す立場ではないことを承知している。それでも自ら進んで吐露することに踏み切れなかった自分の弱さが堪らなく恨めしい。

 そんな強い恥と自責の念がトウカの肩をずしりと落とし、か細い謝罪を言わしめる。

 

「本当にすまない……意見するような立場なんかじゃないのに……」

「いいってば! それより重い話ばっかりで息苦しいったらありゃしないよ。少し話題変えて空気入れ替えない?」

「それ、賛成」

「ぼ、ボクも!」

 

 ノリと意見にジュンが素早く挙手をした後、ユウキも慌てて手を上げた。

 ジュンは疲労の色が目に見えているからともかくとして、ユウキは気を利かせてくれたに違いない。今のトウカの姿を見たらいてもたってもいられなかったのだろう。

 

――ありがとな……

 

 心の中で深く感謝したトウカは、ユウキに対して小さな微笑みを送る。するとユウキもまた、胸のつっかえがとれたように、髪の毛を僅かに掻き揚げ、にっこり微笑んだ。

 おかげで心に少しばかりの余裕ができたところで「俺に答えられる範囲でよければ」と自ら乗り出すと、ぐいっと太い眉ときりりとした両目をしたスプリガンがひょいっと手を挙げる。

 

「まずあたしから。といっても自己紹介がまだ済んでなかったね。あたしはノリ。普通にノリって呼んでくれて構わないよ。今更だけど宜しくね、トウカさん」

「俺もトウカで構わない。こちらこそ宜しく、ノリ」

 

 ノリにとっては初対面故、トウカは無難な言葉使いで丁寧に挨拶を交わす。

 トウカは原作を知っているだけに面識はなくても彼女の性格を把握している。ユウキに勝るとも劣らない威勢のよさと、強気で少々強引気味な一面もあるが、誰に対しても性別年齢種族問わず、毅然とした態度で接することがきる、スリーピング・ナイツいちの豪放磊落な性格の持ち主だ。

 そんなノリがトウカに対して尋ねた質問は、至極単純な疑問で、シンプルなものだった。

 片肘を突き、テーブルの中央に置いてある刀を指差して、

 

「それだけ悲惨な目にあってるのに、どうして今でもこれを使ってるわけ?」

「い、いきなりド直球な質問だな……」

「え、なんかまずかった?」

「いや、そんなことはない。――まぁ、嫌いなものを使ってでも守りたいものができただけのことさ」

 

 なんの恥ずかしげもなく、トウカは答える。

 紆余曲折を経てやっと決心しただけに、一点の曇りもなく告げた彼の勢いに圧され、ノリは堪らず頬を染め、口を両手で覆った。

 『守りたいもの』がなんなのかは聞かずとも何が無しにあれとわかる。全員が察し、ついその『守りたいもの』へと目を向けると、

 

「あ……あぅ……」

 

 ぷしゅーっと湯気立ったその少女剣士は、耳たぶまで真っ赤に染めて俯いた。

  

「聞いたことある。あれ、誑しって言うんだよな」

「や、それはちょっと違うと思うけど……」

「でもまぁ、そういうことをハッキリと言える人はめったにいないよ」

「俺が聞こえないところで話してくれ……」

 

 テッチ、タルケン、ジュンがこそこそと話す会話がだだ漏れなことに溜息を洩らしたところで、見計らうように「私からも一つ宜しいでしょうか?」と穏やかな濃紺の瞳を輝かせ、ぴしっと手を挙げる。

 すっと長く通った鼻梁に小さな唇。ウンディーネの特徴でもあるアクアブルーの髪を両肩に長く垂らし、年齢はトウカと同じかもしくは上だろう。華奢なその姿は正に水妖精族のイメージにぴったりとも言える。

 トウカが「もちろんです」と答えると、その女性は立ち上がり、落ち着いたウェットな声で自己紹介した。

 

「私はシウネーと言います。先ほどは失礼なことをお聞きして申し訳ありませんでした……」

 

 まさか頭を下げてくるとはトウカも思っておらず、慌てて起立して畏まるように言葉を返す。

 

「いえ、こちらこそ数え切れない程の迷惑をかけていますから。どうか謝らないで下さい」

「ありがとうございます。それで、その……トウカさんのご容態のことをご家族は……」

「……いえ、知りません」

「……そう、ですか……」

 

 シウネーたちはトウカの容態をユウキから聞いている。それだけに彼が生死の境を彷徨っていることは少なからず家族の耳に入っているのではないかと考えていたシウネーの思惑は外れてしまった。

 できることならば、家族と共に残された時間を過ごしてほしい。――そう願うことはおかしなことなのだろうか。身内に看取られることなく生涯を終えていく……。それはまるでかつてのユウキのようで、ただ悲しさだけがシウネーを暗くしていた。

 それ以上多くを語ることなく、静かに腰を下ろしたシウネーに何を察したのか――。

 トウカは付け加えるように言った。

 

「俺には、大切な仲間がいますから」

 

 照れながら頬掻くその表情は、本当に澄んでいて、純粋にそう思っていることが見て取れる。シウネーは一瞬、寂しそうな顔を見せながらも最後には「そうですね」と笑顔を綻ばせた。

 

「あの……僕も一つお尋ねしたいことが……」

 

 次に手を上げたのは、ひょろりと痩せたレプラコーンの少年。鉄ブチの丸メガネときちんと分けた黄銅色の髪が特徴的な、いかにもインドア派といったような見た目だ。

 

「あ……僕はタルケンといいます。よ、宜しくお願いします……イタッ!!」

 

 語尾に悲鳴が被る。

 若干強張りながら丁寧にお辞儀をする同時にノリが向うずねを蹴飛ばしたのだ。

 

「男の前でも緊張しちゃってどーすんのよ! しっかりしなさいよね!」

「だ、だって皆が見てるから……」 

 

――これどっかで見たな……

 

 自分が経験したわけでもないデジャヴに見舞われながら、トウカは「こちらこそ宜しく」と軽く会釈を済ませ、続けて「それで、聞きたいことって……」と話しの腰を折ると、「ああそうでした」とオホンと咳払いをしてタルケンは話しを続ける。

 

「質問というより、ちょっとした質問な疑問なのですが……その刀《エンシェントウェポン》ですよね? しかも属性付きの。一体どうやって手に入れたんですか……?」

「あぁ、これはリズが作ってくれたんだ」

「へぇ……リズさんが……」

 

 タルケンは難しい顔をしながらメガネを持ち上げ、白鞘に納められた刀をまじまじと見つめる。

 レプラコーンは武器生産及び各種細工を生産することに特化した種族。そしてタルケンはスリーピング・ナイツの装備全般の整備を担っているだけに、武器に対しての興味が人一倍強いようだ。

 

「少し拝見しても……?」

「ああ、構わないよ」

 

 トウカが二つ返事で許可すると、タルケンは白鞘から慎重に刀を引き抜き、頭上から降り注ぐ灯りに刃をあてがうと、片目でじぃっと見つめ始めた。

 皆が注目している中、上がり性の彼がここまで真剣な表情をしているのは作中でもあまり見たことがない。

 暫くの沈黙が続いた後、タルケンは目を見張りながら一言呟いた。

 

「凄い……」

「どのへんが? あたしにはちょっと強そうな刀にしか見えないけど」

「持ってみればわかるよ……」

 

 タルケンが刀を反転させて、柄の部分をノリに向ける。

 持てばって言われてもねぇ。

 そう言いかけるも、手に持った瞬間「うわっ、ナニこれ!」と驚きの表情を露にさせた。

 

「軽いなんてもんじゃないよ! 空気掴んでるみたい!」

「俺にも俺にも!」

「わ、私もいいかな!?」

「ボクにも触らせて!」

 

 ジュン、アスナ、ユウキが目をキラキラさせながら興味心身な様子でノリに詰め寄る。代わる代わる武器を手に取るといずれも反応は皆、口を揃えて「軽い!」と驚愕していた。

 そうなれば当然一つの疑問が浮かんでくるというもの。それを先に口にしたのは大柄で筋骨隆々とした容姿をもつテッチだった。

 

「自分はテッチと言います。それにしても、何故こんなに軽いものを? 装備も見たところ軽装ですし……耐久力のある敵や重装備のプレイヤーを相手にするには非常に不向きだと思うのですが……」

 

 テッチは武器が軽いことによって生じる問題を的確に説明する。

 防具の重要性、武器の重さによるメリットとデメリットはチームの盾役として活躍している彼が一番よく知っている。

 彼が問題視しているのは、刀という近接特化の武器であるにも関わらず、何故物理防御力の高い装備を身につけていないのか。斬り合いになることは必須であるこのゲームの世界において、それはいくらなんでも軽装すぎる。

 そして、ビーストテイマーであるシリカが使用している、短剣のようなサブウェポンとしてならともかく、何故メインウェポンとして使用しているのか。

 これでは近接武器特有のスキルである《弾き防御》やその他ソードスキルの効果が薄れてしまう。特に武器の重量は威力としてそのまま相手プレイヤーへのダメージに反映されるため、いくら他の武器より軽めな刀といえど多少の重たさを得ていた方が利点に繋がる。

 あのクラインでさえもプレート系の甲冑とそれなりに重量のある刀を愛用しているだけに、普通の刀使いのプレイヤーと比較しても、どう考えてもデメリット見当たらない彼の現状に、テッチは疑問を過ぎらせていた。

 ただ、彼がそんなことまで知らないようなプレイヤーだとは思えない。

 

――ALOを始めて間もないとはいえ、あの英雄であるキリトさんやアスナさんたちとお知り合いなのだから、きっと緻密に計算された、自分たちの考えが及ばないような、深い理由があるに違いない……!

 

 そんなテッチの鋭い思惑は、いとも簡単に覆される。 

 

「いやぁ、軽いほうがいいんだよなぁ」

「えっ」

「それに暑苦しいの苦手だし」

「えぇ!?」

「ほら、よく言うじゃないか。身軽言微って。初心者なんだからこれぐらいでちょうどいいのさ」

「いやでも、ソードスキルとか……」

「俺使えないんだよ。ソードスキル」

「はぁ!? 使えないってことないでしょ!」

 

 トウカの何気ない一言にノリがたまらず会話に割り込む。

 

「いや、本当なんだって。このゲームを始めた当時にキリトやアスナに散々教えられたけど結局何一つ使えなかったんだ」

「そ、そんなわけ――ッ」

「そーいえば、ボクとデュエルした時も、一度も使ってなかったね」

「でゅえるぅ!?」

「え、ちょっとまって! ユウキ。トウカといつデュエルしたの!?」

 

 次々と飛び出てくる発言に、ノリは驚きのあまり椅子から転げ落ち、そしてアスナも寝起きの顔へ水をかけられたような顔を見せ、ゼンマイ仕掛けの人形みたいに立ち上がった。

 

「えっと……ボクの誕生日の日だけど……あれ、言ってなかったけ?」

「全然聞いてないよ!? OSS(オリジナルソードスキル)を返してって聞いた時は何かあるのかなとは思ってたけど……」

「俺も今日、みんなに話したら頭をド突かれた」

「トウカは黙ってて!」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いんだよー! びゅーんってきたらしゃきーんってなって!」

「う、うん」

「それでさ、ずざざーって下がったらどこーんって飛ばされちゃって!」

「うん……」

「ボクがとりゃーってやろうとしたら、トウカにうおーっ、かきーんってされてさ!」

「わ、わかった。ユウキ、ちょっと……」

「最後にえーいってしたらトウカが『ハハハ』って」

「おいまて、そこの声だけ忠実に再現するな」

「何よ今の気持ち悪い笑い声……」

 

 ユウキが興奮しながら身振り手振りで一夜の大決闘についての全容を演じる。

 熱は伝わるが如何せん御座なり気味な演説に一同は混乱を極め、必死に理解しようとすればする程次々とわけの分からない効果音が脳内に飛び込んでくる。

 最初こそは皆わくわくしながら聞いていたものの、やがて観念したようにジュンが頭を抱え、手を挙げた。

 

「ごめん、ちょっと解り難い」

「えー! 迫真の演技だったじゃん!」

「『ハハハ』だけしかわかんねぇよ!」

 

 頬を膨らませるユウキに、ジュンが机を叩きながらつっこむが、こればっかりはジュンの意見に賛同せざるを得ない。

 とはいえ、彼との決闘がいかに激しいものだったのかはなんとなく伝わった。あのユウキがこれ程まで興奮しているのは初めてかもしれない。それだけにトウカの実力がどれ程のものなのか知りたいという好奇心は少なからず湧いているのも事実だ。

 だが、今確かめるわけにもいかないし、この場で争うけにもいかないだろう。

 そんな抑圧をそれぞれが押し殺していたものの、やっぱりというか、案の定耐えられない人物一人――トウカに向けて、口を開く。

 

「なぁ、トウカさん。その剣術ってやつ、少しだけ見せてくれないか?」

 

 悪戯っぽく好奇心に溢れた目でトウカを煽る、小柄なサラマンダー。

 頭の後ろで小さなシッポを結んだオレンジ色の髪を揺らしながらトウカに近づき、先ほどまで持っていた白鞘を胸に突きつける。

 それに対し、トウカは事を荒立てないよう両手で遮りながら、

 

「や、それはちょっと……」

「別に戦いたいわけじゃないんだ。なんかこう、技的なものを一つだけ見せてくれれば!」

「ううん……」

 

 トウカは当惑の眉をひそめる。

 人に見せるような技術でもなければ、魅せるような器量があるわけでもない。

 が、頑なに拒否を示しても知的好奇心旺盛な彼のことだ。こちらが諦めない限り食い下がるのが目に見えている。誰かに助けを請うのも考えたが……。

 全員の目がキラキラしている。

 よく言ったジュン! と言わんばかりのサムズアップが机の下でやりとりされていたのを見逃さなかったことは黙っておくとして、頼りのアスナですら引きとめようとしてくれない。

 ユウキはと言えば、むふーっと鼻腔を広げながら小刻みに飛び跳ね、期待の眼差しを送っている。

 

「……わかったよ」

 

 トウカは観念したように大きなため息をひとつつく。

 そして、少しだけ腰を落とし、鞘を胸元まで運ぶと、柄を逆手で持つ構えを見せた。

 

「うお……」

 

 ただそれだけのことで、瞬く間にピシッとした緊張感がこの場を支配し、近くにいたジュンは思わず数歩引き下がる。

 そんな最中、ユウキの中で雪に埋もれた地面から芽が出るように、ぽつりと疑問が現われた。

 

――あれ……いつもと違う……?

 

 決闘で見せた、あの時の抜刀する体勢とはまったく違う。

 少し窮屈なようで、前のような鋭い殺気のようなものは感じられないが、堂に入っているようにも見える。

 

――なんか、かっこいい……

 

 いつもと違う彼の姿。

 

 自然と頬が火照り、胸が弾む。 

 

 高鳴る心臓の音がはっきり自分で聞き取れる。

 

「ユウキ大丈夫? 顔赤いよ?」

「……えへ」

 

 アスナが顔を覗きこむと、ユウキはにんまりと嬉しそうに微笑んだ。

 意図はわからないが、とても幸せそうなユウキの表情にアスナも釣られて微笑を溢す。 

 

 瞬間――。

 

 

「…………え?」




今回も最後まで閲覧していただき、ありがとうございます。

スリーピング・ナイツとのやりとりはもう少しだけ続きます。
いつも長らくお待たせして申し訳ありません。次回も不定期ですが必ず投稿しますので、今後とも宜しくお願い致します。

また、私事ではございますが、ペンタブを買いました。まともに描けるようになったら挿絵をいれてみたいと考えています。いつになるかわかりませんが、気長待っていただければと思います。

お気に入り登録700名。総合評価1000ptに達しました。ありがとうございます!

色々な方に読んでいただけて幸せです。今後も頑張ります!

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