wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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第三十五話です。

少し短めです。


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 今日は散々な目にあった。

 シノンたちに半ば強引に家を追い出され、

 街に到着しても宿舎の場所もわからず、道行く人々に尋ねても分からず終い。

 アルゴに会えたかと思えば結局情報を根こそぎたかられて、

 スリーピング・ナイツとのファーストコンタクトがまさかの叱咤。

 挙句の果てには――――。

 

 いや、まぁ自分が蒔いた種なのだから仕方がない。何度もそう言い聞かせてはいるのだが、さすがに今回は色々ありすぎて肉体的にも精神的にも参っている。

 こんな時には熱いお湯の張った浴槽にお気に入りの薬用入浴剤を一つ放り込み、温泉気分を味わいながらじっくりと体を解して、若干のぼせ気味な体を夜風に当たらせながら、眠気に誘われるまでのんびりと布団中で時を過ごしたいものだ。

 それが、かつての日常生活では最高の極楽だった。

 

 しかし、それも今は叶わない。

 

 朝起きて歯を磨くことも、朝食を食べながらテレビを見ることも、昼に気分転換がてら散歩をすることも、夜風呂に入ることも――。

 

 今の俺にとっての現実は、もうここ(仮想世界)だ。

 

 あの感覚を二度と体験することができないと思うと少し寂しい気もするが、それでも仮想世界の中であればなんら変わらない生活を送ることができる。

 その魁の第一歩として、ALO内での睡眠を試みようとしたのだが……。

 

「えへ」

「なんで、お前がいるんだよ……」

 

 

 

 

「あー、ユウキくん。そこへ座りなさい」

「らじゃー!」

 

 ベッドの上で礼儀正しく座る俺を真似ながら、ユウキはビシッと敬礼する。

 俺は一つ咳払いを溢してから、言った。

 

「ええと、君は何故ここにいるのかね?」

「トウカたいちょーが寝るって言ったからであります!」

 

 なるほど。さっぱりわからん。

 

「よしユウキ隊員、順を追って確認しよう。たしか宿舎で解散した後、スリーピング・ナイツの皆がログアウトしてから、ユウキ隊員とアスナ隊員が順次ログアウト、そして俺はそのまま宿舎のじーさんから部屋を借りて、二階の寝室へと向かった。ここまではいいな?」

「いえっさー!」

「使い方が違うが、まぁ今はいい。確かに俺は空き部屋を借りたはずだ。なのにどういうわけか、さっきログアウトしたお前がベッドで寝転んでいる。これは一体なんの冗談だ?」

「わーお、さぷらーいず!」

「――……よし、頭を出せ」

「うわぁ! 痛いのはやだよー!」

 

 俺の固く握られた拳を見た途端、ユウキは慌てて両手で頭部を覆うと、俺に背を向けてカタカタと体を震わせた。

 いや、そこまで本気で拳骨するつもりはまったくないのだが……。

 仮に鉄拳制裁をお見舞いしたとしても《ペイン・アブソーバー》がある故に痛覚を感じることはない。それを知らないわけでもないだろうに。

 何か深い事情でもあるのか、それともただ端に遊んでほしかっただけなのか。

 

「怒らないから言ってみろよ。何か用があるんだろ?」

「…………」

 

 ギシリ、とベットに腰掛けて言葉をかけると、ユウキは萎縮するように身を丸めた。

 そして、先程までの勢いはいったいどこへいってしまったのか――背を向けたまま、ちらちらと尻目で俺の様子を伺いながら細い声でぽつりと呟いた。

 

「だって……」

 

 達磨がつつかれたように丸めた体を揺すりながら、沈黙を続けるユウキ。

 何かもの言いたげな仕草を見せてはいるものの、続く言葉が中々出てこない。

 思い当たる節はたくさんある。プレゼントの件、余命の件、アルゴの件。例を挙げたらキリがない。それはこちらからも言い出しにくい内容のものばかりで、それだけになんと語りかけていいのかわからなかった。

 

 そんな沈黙が幾数分流れて――

 

「……少し、話してもいいか?」

「……うん」

 

 結局俺は、自ら歩み寄るを選んだ。

 ここでユウキに現れた事は、実は好都合なのかもしれない。

 ちゃんと話してみよう。逃げずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――案の定、バレていた。

 俺の余命については一目見て察したらしい。考え直してみれば当然か。当の本人が何年も経験している病気なのだから、隠し通せるわけがない。ユウキに心配かけまいと振舞っていた数々の行動が、透けるように伝わっていた。

 今だからこそ言えるが、まるで自分自身の生き写しのようで、鏡を見ている気分だったとユウキは言う。

 ……正に本末転倒だ。十五歳の少女に負担をかけまいと必死に取り繕っていた行為の数々を完全に見透かされていたというわけだ。

 

「でも……凄く嬉しかった」

「……そうなのか?」

「だって、一生懸命ボクのこと考えてくれてるんだもん」

「それは……」

「いいの。ボクがそう思ったことなんだから」

 

 とは言うものの、結局は功を奏していない。良かれと思っている全ての行動が裏目、裏目、裏目。結局のところ、最終的にはユウキの想いを裏切っている。

 

 そんな俺が、今言えることがあるとすれば……。

 せめてもの償いとして――。

 ありったけの気持ちを込めて――。

 

「……すまな――」

「だめ」

 

 燻っていた心の懺悔を口にしようとした瞬間、ユウキに鼻を摘まれ遮られる。そして真っ直ぐな瞳を俺に向けて、彼女は言った。

 

「そういうの、もう言っちゃだめ」

「だけど……」

「ボクがだめって言ったの。だから、だめ」

「……わかったよ」

 

 無茶苦茶な言い分だ。

 だけど、そう言われたならそうするしかない。俺の気持ちを他所にとか、そんなことを言える立場ではないのだから。――とか口にしたらまた怒られそうだ。

 あれだけ病院を勝手に徘徊するなとか、我侭言うなとか散々注意してきた二十歳のいい大人が、今では目の前に少女に頭が上がらないのだからとんだ笑い話だ。

 

「あ、今笑った……」

「ちょっとした思い出し笑いさ」  

「トウカの笑顔、久しぶりに見た気がする……」

「そうか?」

「うん。これ以来かも」

「こら。それはやりすぎだ」

 

 両目を吊りながらおどけるユウキに、こつんと頭を小突く。

 そんなやり取りに、俺とユウキはやがて耐えかねたように、声を立てて笑った。

 

「ユウキの泣き顔も中々のものだったぞ」

「え~? どんな感じ?」

「こんな感じ」

「ぷっ……あはははっ、なにそれへんなのー!」

「お互い様だ」

 

 可笑しくて、馬鹿馬鹿しくて、でもそんな無駄な時間が本当に愉快で堪らない。

 ――いや、無駄なんてことはない。こういう時間こそが今の俺には必要なのだろう。今まで散々思いつめながら日々を過ごしてきたのだ。少しぐらい息抜きしたっていい頃だ。きっとそれは、ユウキも同じように思ってくれている。

 

 ――だから、

 

「なぁ、ユウキ」

「なぁに?」

「――今日は、このままずっと一緒にいたい」

「……うん!」

 

 ――その瞬間、俺の眼前に、今までにないくらいの、とびっきりの笑顔が咲いた。

 屋上でお菓子を食べていた時よりも、いつしか公園で散歩をした時よりも、レストランで食事をした時よりも――。

 その眩しい程の笑顔が視界に飛び込んできたとき、俺の中で何かがふっきれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーいえばさ、あれってどうやったのー?」

 

 ベッドに寝転がりながら、足をぱたぱたさせるユウキ。

 コーヒーカップを片手に啜りながら「さっきのアレか?」と聞き返すと、

 この音だけは聞こえたんだよねぇ、と呟きながらいつの間にか手にしていた俺の愛刀を何度も抜き差し繰り返しながら、ユウキは確かめるように鍔鳴りの音を反芻させた。

 言わずもがな、数刻前に見せた居合いのことだ。

 

「きぎょーひみつだって言って結局誰にも教えてくれなかったし……ジュンへそまげてたよ?」

「ちょっと悪いことしたかな……」

 

 別になんてことはない。目の前にあった木製のジョッキを真っ二つに斬っただけだ。

 ――まぁ、見る側の視点からは、何もしていないように見えたかもしれないが。

 

「ねーねー、教えてよー」

「んー……」

「ねーねーとぉーかってばぁー」

「こら。埃が舞うからやめなさい」

 

 意味もなく布団をごろごろと転がりながら強請るその姿は子供のそれだ。

 あざとい上目遣いに若干心を擽られたことは認めよう。

 

 だが、それでも気が進まない。

 

 理由は簡単だ。いくら綺麗事を並べて『守る』ためにこの剣術を使うと言っても、結局は人殺しの技に変わりはしないのだ。

 俺の体に染み付いているのはあくまでも殺人剣であって、活人剣ではない。そもそもおいそれと簡単に見せていいものではない。

 だから、『人を殺すため』の技術をペラペラと話すわけにもいかないだろう。

 

――――って安直に説明したらまた空気が重くなりそうだなぁ……。

 

 ユウキのことだ。また無神経だったーとか、ボクが悪いーとか言って自分を責めるに違いない。そうじゃなくても、今のこの楽しい一時が湿っぽくなってしまうのだけは御免だ。

 俺は飲み終えたカップを机に置くと、ベッドで寝転がるユウキの傍へおもむろに腰を下ろし、頭を撫でながら言った。

 

「ま、いずれな」

「むぅ……またそうやってすーぐ誤魔化すんだから……」

「おっとこれは失礼。才色兼備な絶剣様にはご不要でしたか」

「誰も要らないとは言ってない!」

「うおっ」

 

 咄嗟に繰り出されたユウキの頭突きに、俺はひょうきんな声を上げつつも胸中に飛び込んできた小さな頭を受け止めて、そのまま仰向けに倒れこむ。

 俺の腹上で顔を膨らませながら、じぃっと睨み続ける十五歳の少女。

 ――この状況は以前にも経験がある。確かあの時も不機嫌ながらに頭を突き出され、有無を言わさず要求されたような……。

 

「――なぁ、これって……」

「んーっ! ん゛ーっ!」

「わ、わかった! わかったから顎に頭を捻じ込むな!」

 

 結局は、こうなる。

 頭を撫でるとユウキは幸せそうに、にんまりと笑顔を滲ませて恍惚にそれを受け入れた。

 ……こうして見るとただの甘えん坊な子供にしか見えない。本当に《アルヴヘイム・オンライン》史上最強の剣士なのだろうか。無邪気な素顔はまるで普通の女の子そのものだ。

 

――あれ、これまずくないか?

 

 満足そうに顔を埋めてくれるのは、俺にとっても大変幸せなことではあるのだが、よくよく考えてみたらベッドの上で未成年の少女と折り重なっているこの状況――非常に濃い犯罪臭が漂っている。

 いや、俺から何をするわけでもないが、やはりここは大人として多少の節度は守らねばなるまい。

 

「ほら、もう遅いし、今日はこのへんにしよう」

 

 撫でる手を一旦止め、ユウキを退かそうと体を起こした瞬間――

 

「やだぁ!!」

「ぬおぉ!?」

 

 少女の頭部が、絶剣の頭部が、ユウキの頭部が俺の鳩尾に機鋒のごとくめり込む。

 そう、俺は押し倒されたのだ。

 やがて込み上げてくる吐き気を抑えながら、咽返る酸素に目を白黒させていると、必死に縋りつく紫色の小さな頭が大きく吼えた。

 

「今日はこのまま一緒に寝るんだから、絶対離さないからね!」

「ばっ……お前これシングルベッドだぞ!?」

「こうやってくっついて寝れば平気だもん!」

「あほか! 一緒にいるって言ったって限度というものが――ッ」

「あほでいいよ! 今日は絶対一緒に寝る! 寝るったら寝るー!」

 

 離れまいと必死に抱きつく姿は、駄々をこねる子供のようだ。いや、まぁ子供なのだが。こうなるとユウキは絶対に引かない。もちろん俺も。

 ここで一喝して引き剥がすことは容易いかもしれないが、それは喧嘩になること必至だ。そしてそれはスリーピング・ナイツに再び迷惑をかけることと同義だ。

 できることなら避けたい。というか、喧嘩なんてしたくないしできることなら俺だって……。

 

――節度を守るか、一線を越えるか……。

 

「……なぁ、ユウキ。未成年の女の子が、成人男性に抱きついたまま一夜を過ごすっていうのは凄く如何わしいことだと思わないか……?」

「思わない」

「……もし俺に下心があって、寝込みに襲われたらどうするつもりだ?」

「トウカはそんなことしないよ」

「それはそうだが……」

「アスナが言ってた。お互いに求めているものが一緒なら、それ以上の理由はいらないって。ボクはトウカと一緒にいたい。トウカもそう言ってくれた。だから、それでいいんだよ」

「…………」

「それに、ボク……トウカなら……いい、よ……?」

「……ませがきめ」

「あぅ」

 

 額にデコピン一発。

 

「恥ずかしいなら最初から言うな」

「だって……」

「俺寝相悪いからな。どうなっても知らないぞ」

「……ん」

 

 ごしごしと額を抑えながらも、ユウキはこくりと頷く。

 先程の発言のせいか、ユウキの頬はすっかり紅潮していた。

 本当に、まったくもってけしからん。俺がそんな無節操な人間なわけないだろう。寝込みを襲うなんてまるで犯罪者じゃないか。

 俺は自制が利かないような性欲丸出しな人間では断じてない。ましてやこんな未成熟な少女に性的興奮なんて感じるわけがない。

 いや、決してユウキに魅力がないわけじゃない。可愛いのは認めるしこうしてまじまじと見てみると、十五歳にしてはなかなかどうして……。

 

 ――いや違う。落ち着け、馬鹿か俺は。

 

「どしたの……?」

「い、いや! なんでもない。のーぷろぶれむだ」

 

 そうだ。何も問題はない。

 

 余裕で乗り越えられるさ。

 

 ……多分。恐らく。きっと。




今回も閲覧していただき、ありがとうございます。

ようやく書けましたイチャラブ展開。個人的には満足です。
次はもっとイチャイチャします。良くも悪くも。

次回更新も不定期になりそうです。予定としては今月中に投稿できたらいいなと思います。

今後も宜しくお願い致します。

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