一人称と三人称の切り替えがうまくできていません。
伝わりにくいかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
刀霞は心地良い暖かさに包まれていた。
やがてゆっくりと意識が回復し、目を覚ます。重い体を起こして周囲を確認すると自分がまだ小島にいることに気がつく。
――あれ。俺、何してたんだっけ……あぁそうだ……ユウキの……。
刀霞はその場で胡坐をかく。しばらく風で茂っている大木を見つめていたが、ふと先程までの出来事を思い返し、彼女に触れた右手をじっと見つめる。
――俺、死んじまったのかな。特に痛くも苦しくもなかったけど……。
ここが天国か地獄かなど刀霞には然程興味はなかった。
今一番気がかりにしていることは、木綿季の生死。
刀霞の頭の中は、彼女のことでいっぱいだった。
「……ユウキ、無事だといいな」
そう口にした瞬間。ふと、後ろから自然を感じる。
刀霞は何気なく振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
「……君は……?」
刀霞には見覚えがない人物だった。黒髪の長髪に白いワンピース。目は前髪で隠れていて口元しかわからなかったが、雰囲気はどこかアスナに似ている。
刀霞は立ち上がってしばらく彼女を凝視するも、駄目だ、やっぱり見覚えがないという結論に至る。お互いにそれなりの距離があったが刀霞も彼女も近づくことはしなかった。
二人の間には花吹雪が吹き荒れるように舞い、互いの視界を少し遮る。
――花吹雪が次第に落ち着くと、彼女は刀霞にたいしてゆっくりと丁寧にお辞儀をした。刀霞はそれに答えるように「あ、どうも」と慌しく頭を下げる。
その直後、彼女は何かを伝えるようにそっと口を開く。
「――――」
その声は何かに遮られているわけでもないのに、何故か刀霞の耳に入らない。
「――――」
「す、すまない、もう一度言ってくれ!」
何度も耳を澄ましても、それでも聞こえない。
と、また後ろから別の声が聞こえる。今度は男性の声だ。それもかなり大きな声。
さすがの刀霞も吃驚しながら後ろを振り向くが、誰もいない。姿は見えないが、男性の声が大きさが、どんどん増していく。
男性の声がする方向をしばらく直視していると、耳元からささやくように女性の声が聞こえた。
「――あの子を……木綿季をお願いします」
刀霞は驚いて振り向いたが、彼女の姿はそこになかった。
いったい誰だったのか――でも確かに聞き取れた。木綿季をお願いします、と。
もしかして彼女は、と思考しようとするが、男性の声が頭に響くぐらい大きな声となって刀霞の頭を刺激する。
刀霞はぎゅっと目をつむり、刺激される頭を両手で抑えながら暗い視界の中で痛みに耐えることで精一杯だった。
*
「――ますか?」
うるさい。
「――えますかー?」
うるさいって。静かにしてくれよ。
「もしもーし。聞こえますかー?」
俺は頭に響くような声に導かれるように自然と瞼が開いた。
「あ、覚ましましたね」
声の聞こえる方へ視線を合わせる。視線の先には眼鏡をかけた細身の男性が見えた。
どうやら俺はベットの上にいるらしい。左手に違和感を覚え、何気なく見てみると点滴のような物が施されているのが目に止まる。
「やぁ、ここがどこだかわかるかい?」
「……いえ」
寝起きのような意識で、若干朦朧とはしていたものの、自分がどこにいるのかわからないぐらいの判断は何となくだができる。
眼鏡をかけた男性は返事を聞くと、ニッコリと微笑み、近くの椅子を腰をかけた。
「ここは病院です。君はウチの病院の前で倒れていたんですよ」
とうとう夢遊病者にでもなったらしい。
無理もない。あんな夢を見せられたら誰だって……。
――いや、もしかしたらまだ夢の中なのかもしれない。夢と現実が混同して自分が何故ここにいるのか、どうして倒れているのかも思い出せない。
「自分の名前はどうかな。わかりますか?」
「刀霞……霧ヶ峰刀霞です……」
名前だけは覚えている。たが、それだけだ。
体を起こそうとするが、疲労が溜まっている様子で、体の自由が中々利かない。それを見た男性が「まだ休んでいなさいと」俺を支え、優しく布団をかける。
「……あの、貴方は……」
「あぁ、自己紹介が遅れてすいません。僕は倉橋といいます。ここの病院の医者で、貴方の第一発見者です」
――倉橋……? どこかで聞いた名前だ。
どうにか思い出そうと頭を捻るが、今までの記憶が断片すぎてうまく思い出せない。自分の記憶力のポンコツさに嫌気がさす。
「貴方は一週間もの間、眠っていたんですよ。まだ相当疲労が残っているようだから、とにかく今は休みましょう。念のため、後で精密検査を受けてみましょうか」
その言葉を聞いて体がビクンと反応する。一週間寝ていた事ではなく《精密検査》という言葉に。
仮にここがまだ夢の中だとして、だ。俺は木綿季の病気を吸収したはず。と、いうことは今現在俺の体内にはエイズやそれに類するものが潜伏している。ここで精密検査なんて受けてしまったら、一発アウトどころか隔離されて一生入院生活を余儀なくされるだろう。
どうせ死ぬなら二次創作中に過労死で生涯を終えたい。どうにかやり過ごせないものか……。
「い、いえ、暫く休んだら良くなります。ちょっと過労気味で倒れたんだと思います。それになんか熱っぽいし……ただの風邪ですよ。ごほっ……ごほっ……」
慣れない嘘で必死で誤魔化すが、誰から見ても嘘だと思われてしまうだろう。それに、長期入院は木綿季の闘病生活を把握していたので嫌というほど理解している。死ぬまでベッド生活だなんてとてもじゃないが、無理だ。木綿季のように耐えられる根性なんて、俺には持ち合わせていない。少し寝たら早く帰ろう。
「とりあえず、少し様子を見てみましょう。決して無理をしてはいけませんよ」
「はい、助けて下さってありがとうございます」
倉橋と名乗る医者はお礼に応えるようにニッコリと微笑むと俺の安否を気遣うように肩をポンと軽くたたき、病室を後にした。
一人になった俺は、どうにかその場をやり過ごせたことに安堵し、大きなため息をついた。状況を把握するため、周囲を見渡すが自分以外の患者が見当たらない。どうやらここの病室には俺しかいないようだ。
そして、天井を見つめたまま俺は心の中で自問自答をする。
自身の犯した罪について――。
きっと木綿季は俺を恨んでいることだろう。先に旅立ってしまった姉、
後悔と自責の念で心が砕けそうになる。
――もう寝よう……。
あんなにも眠ったのに、未だに酷く眠い。寝て起きたら、とにかく家に帰りたい。夢遊していたとしても、そこまで遠くには行っていないだろう。後日お礼に伺って、診察費も支払わないと。
家についたら夢での経験をネタに、新しい二次創作を執筆したい。
俺はそれ以上考えるのやめ、ゆっくりと目を閉じる。すっかり疲弊しきっていた俺は、夢でおきた出来事をまとめることもせず、そのまま深い眠りについたのだった。
*
――遡る事五日前。木綿季が最後に瞼を閉じた直後の話である。
心電図を通して、心肺停止を告げる音が病室内に響き渡る。
木綿季の主治医である倉橋は自分の腕時計を確認すると、重々しく死亡宣告を口にした。
「……三月二十三日、午後十七時時四十分、ご臨終です……」
倉橋と周囲の看護師は俯いたまま、彼女の姿を静かに見つめていた。
本当にこの子は良く頑張った。十五年間必死で生き抜いた彼女にはたくさんの事を教えられた。彼女が与えてくれた様々な《メディキュボイド》の治験結果は後の医療に役立つことだろう。
――いや、絶対に役立てねばならない。
倉橋は強い想いを胸に抱いたまま、看護士に後の処置を託した後ユウキの診断書を記録するため、病室から出て行った。
「紺野さん、今までお疲れ様でした……本当によく頑張ったね……」
看護師が優しい口調で語りかけ、そっと彼女の手を握り、彼女の体に繋がれている電極を取りはずそうとした、その瞬間――
ピッピッピッ
と、心電図の音が静かに一定のリズムを刻みはじめた。
看護師は驚いた表情で心電図を確認する。見間違いなどではない。かなり弱い脈拍だが、彼女の心音が次第に強くなっていく。看護師が今にも転びそうな勢いで病室を飛び出し、廊下をとぼとぼと歩く倉橋に状況を報告する。
「倉橋先生!! 木綿季さんの……木綿季さんの脈に反応が……!」
「なんだって!?」
倉橋は一目散に彼女の元へ向かう。ユウキのいる病室に入ると倉橋は目を疑った。心電図とバイタルサインが強い数値を示しているのがすぐにわかった。
「すぐに集中治療室へ!!」
倉橋が彼女の頭部から《メディキュボイド》を強制シャットダウンさせ、看護士たちがユウキをベッドごと、集中治療室へ急いで搬送させる。それと同時に隣の部屋からアスナが飛び出し、倉橋に何が起きたのかを尋ねた。
「先生!! 木綿季が……木綿季は……!」
「話は後です!」
倉橋もアスナも動揺を隠せなかった。倉橋からしてみれば前例のない異常な例だった。一度心肺停止した彼女をなんとか蘇生させた所までは良かった。しかし、一回目以降心停止した場合、木綿季の容態から察して、蘇生する可能性はないだろうと覚悟をしていたのだ。
しかし、倉橋の覚悟とは裏腹に措置をするどころか死亡確認後からの脈拍自立回復。倉橋はこの状況を奇跡としか判断できなかった。
アスナは集中治療室へ搬送するユウキの手を握り、熱を込める。
「神様……どうか、どうか木綿季を助けて下さい……!」
バンッと治療室の扉が開かれ、ユウキの姿を最後まで見送るアスナ。手術中のランプがつくとアスナはその場に崩れ落ち、涙でくしゃくしゃになった顔を両手で覆った。
「お願い木綿季……もう一度、もう一度だけでいいからあなたの笑顔を見せて……」
*
「あれぇ?」
ふと気がつくと、木綿季は立っていた。
あたりをきょろきょろと見渡すと、真っ先に視界に飛び込んできたのは、見慣れた大きな木。中都アルンの中心に聳え立つ世界樹をモチーフにしたような、立派なその木に木綿季はつい声を洩らす。
「僕、ここで死んじゃったんだ……」
木綿季はその場にペタンと腰を下ろして大木を見上げながら思いに耽る。アスナのこと。みんなのこと。思い出すだけでユウキの表情には自然と笑顔が溢れていた。
――楽しかったなぁ……。
と、その時。
後ろから誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。木綿季はその音に察し、パッと振り向くと、そこには良く知る女性が立っていた。
木綿季思わず立ち上がり、目を丸くして彼女に話しかける。
「ねぇ……ちゃん?」
視線の先には木綿季の姉、紺野藍子が優しい笑顔で木綿季を見つめていた。
――見間違えるわけない。姉ちゃんだ……! 姉ちゃんだ……!!
木綿季はくしゃっと顔を歪ませたまま、彼女の元へと走った。
涙を流し、躓きながらも、姉の胸に飛び込む。溢れる涙で顔がくしゃくしゃになる木綿季。それを藍子は優しく受け止め、最愛の妹の頭をそっと撫でた。
「姉ちゃん……! ボク……ボク一生懸命生きた……! みんなのおかげで、精一杯生きたよ……!」
その言葉を聞いた藍子はそっと頭を撫でたまま、木綿季の瞳に視線を合わせ、うんうんと静かに頷いた。その優しい笑顔につられて、木綿季もつい笑顔になる。
「あ、そうだ。姉ちゃん! いっぱい、いっぱい話したいことあるんだぁ!」
藍子はその言葉を聞いたとたん、少し困ったような表情でフルフルと顔を横に振る。
それを見た木綿季は動揺した。
「えぇ!? なんでさ! 僕たち、これからはずっと一緒なんでしょ!?」
藍子は何も応えなかった。ただ、困惑した木綿季の顔を愛しむように見つめているだけだけで――
その直後、何の前触れもなく、木綿季の体がふわっと宙に浮く。
「うわぁっ」
少しずつ、少しずつ体が浮き上がる。木綿季はと驚きつつも姉から離れまいと藍子の手を掴んで必死に抵抗する。
「なんで! どうして!? 僕を一人にしないで姉ちゃん!! やだ! こんなのやだよー!!」
ジタバタと足を動かすと、木綿季の視界がくるんと逆転し、逆立ちするような状態になる。構わず必死に抵抗を続けるも虚しく、見る見るうちに浮き上がる。
木綿季は藍子の手を離そうとしなかったが、自然と藍子の体が徐々に透け始め、ついには手が離れてしまった。
そして、藍子はそのまま浮き上がる木綿季の顔にそっと手を添え、宥めるように耳元で囁いた。
「――ちゃんと、待ってるから……もう少し……もう少しだけ、頑張りなさい……」
「や……やだっ!」
木綿季は藍子の言葉を聞き入れたくなかった。
本当に待ってくれるのかなんて分からない。後どれだけ頑張ればいいのかなんて分かりたくもない。せっかく会えたのにこんな形で別れてしまうなんて。とにかく木綿季は拒否したくて、否定したくて仕方がなかった。
「やだやだやだやだああああっ――――!!」
駄々を捏ねるように抵抗を重ねるが、ついには藍子の姿が見えなくなるほど空高く浮かび上がる。
木綿季は彼女を視界で捉えられなくなると同時にガクリと肩を落として、涙を流した。咽び泣く子供のように体を丸め、しゃっくりをあげながら。
「姉ちゃん……姉ちゃん……」
泣き疲れてしまったせいか、次第に少しずつ意識が遠のいていく。やがて木綿季は光の粒子となり、手の平で溶ける雪結晶のように消えていった。
藍子は木綿季の姿が見えなくなるまで彼女の姿を見送っていた。
やがて何も見えなくなると「さて」と藍子は振り向いて歩き出そうとする。
その時――
藍子の鼻にぽつりと一粒の雫が降り注ぐ。
ふと空を見上げると、上から木綿季の涙が雫となってゆっくりと藍子の前に降り注いだ。藍子はその雫を両手で受け止めると、その場にペタンとへたり込んでしまう。
藍子は木綿季には見せまいと我慢していた感情が溢れ、静かに涙を流す。木綿季の涙を胸に納め、大切に大切に心にしまいこんだ。
――……次に会う時は、私よりもずっとずっと大人になってるかな。今度はちゃんと聞かせてね。木綿季が見たもの、感じたもの、いつかめぐり合う彼との話を……。
気持ちのいい風が藍子の髪をそっと撫でる。
空高く舞い上がる花吹雪が、二人の再会を祝福してくれたように感じた。
閲覧していただき、ありがとうございます。
今後ストーリーの展開として、主人公視点での話が多くなるかもしれません。
いずれALOだけでなくGGOを含む別のVRMMOも書けたらいいなと思います。
コメントいただけると励みになります。今後も宜しくお願いします。