wake up knights 一周年記念SS スピンオフ作品になります。
読みきりのくせに大して長くはありませんが、楽しんでいただけたらと思います。
おもち。
「ねーねー行こうよー。トウカってばぁ~」
「あ、こら。動かすなって」
慣れないホロキーボードに苦戦中のところに、ユウキが粘っこい駄々をこねながら、背後から俺の首元に手を回す。唯でさえタイピングミスが目立つというのに、体を揺さぶられてはまともに作業が捗るはずもなく、繰り返されるちょっかいにとうとう耐えかねた俺はユウキの頬を軽くつまんで、言った。
「もう少し静かに待てないのかお前は。これが終わったら話を聞いてやるから大人しく座ってろ」
「むぅー……だってそう言ってからもう三十分も経ってるじゃーん……」
「仕方ないだろう。
先ほどから俺が何に四苦八苦しているのかと言うと、月に一度の《メディキュボイド》被験者による定期報告書の作成だ。自慢ではないが二次創作が趣味なだけにタイピングに自信はあるのだが、どういうわけかこのホロキーボードというやつはプッシュした感覚がない上にキーの配置が若干異なっている。たかが二、三枚程度のレポートであれば十分くらいで終わると高をくくっていたのがとんだ墓穴を掘ってしまった。
「ほらユウキ、邪魔したら余計終わらなくなっちゃうよ? それにユウキはもう終わったの?」
向かい側のソファーに座っていたアスナが、子をしつける母親のように促す。するとユウキはえっへんと胸を張りながら、鼻高々に言った。
「ボクはもう終わってるよ! 何年も前から提出してるレポートだから、五分もあればあっという間でぇす」
「ドヤ顔で俺を見るんじゃない」
「まぁ、そういう意味ではユウキの方が先輩だしな」
そこで、明日奈の隣に座っていたキリトが紅茶を口に含みながら割って入った。
「せっかくだからユウキにレポートの書き方を教えてもらったらどうだ? その方が作業効率も上がるし楽だと思うけど」
「それはまぁ、そうだが……」
ごもっとも。確かにそのほうが早く終わるだろう。
だが、それでも俺は下手に出るわけにはいかんのだ。何故ならこの自称先輩は――
「えーなになにー? トウカくんはこの紺野先輩に何を教えてほしいのかなー?」
ごらんの有様だ。俺が下手にでると悪乗りする、ユウキの悪い癖だ。といっても、俺以外の人にはここまでからかうような振る舞いはなかなか見せない。俺が本気で怒ることはないと信頼されているのか、もしくは単純に絡みやすいと思ってくれているのか。一度注意してやろうとも考えたことがあるが、別に誰かに迷惑をかけているわけではないし、俺自身そこまで不快に感じているわけでもない。今回は、どうやらその『先輩』というフレーズが気に入ったらしい。
ユウキは未だに中学校に登校したことが一度もない。――いや、確かアスナに何回か連れて行ってもらってはいるのか。とはいえ、上下関係を意識するほどの交流を図るにはあまりにも日が浅い。そういう意味ではその単語には新鮮な響きを感じているのだろう。だが、今それを譲歩するわけにはいかない。何故なら提出日が間近に迫っているからだ。大の大人が提出期限が守れないなんてことはあってはならない。もし遅れようものならユウキに馬鹿にされるだけでなく、水霧さんの仕事にも支障が生じてしまう。
だから俺は、毅然としてこう答える。
「なにもないよ。だから安心して、静かに座っててくれ」
「まったまたぁ! やせ我慢しちゃってトウカってば可愛いんだからぁ。この
ニヤニヤと意地の悪そうな目つきで言い寄ってくるその顔に、俺はほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
だから、その、つい。ぽろっと言ってしまった。
「こんなちんちくりんな先輩がいてたまるか」
「あー! 言ったなぁ!!」
Round One Fight
背後にいたユウキが、再び俺の首に手を回し、意識を断たんとばかりにギリギリと音をたてて締め上げる。確かに若干の息苦しさは感じるが、病み上がり少女のチョークスリーパーでは俺の意識を刈り取るには力が軟弱すぎる。本来ならばここで俺が『ぐぇー! 許してください絶剣様ー!』と、おれてやってもいいのだが、今は時間が惜しい。
「どーだまいったかー!」
「あー苦しい苦しい。助けてくれー」
俺は意に介さず淡々と作業を進める。
悪いなユウキ、首絞めでのKOは無理だ。残念ながらタイムアップでお互いノーダメージの引き分けといこうじゃないか。
……あれ、なんだか絞まる力が強まってきているような。いや、気のせいか。
「謝るなら今のうちだよー!」
「謝ってもらうようなことはあっても、謝ることはないな」
「まだ言うかこのぉ!」
「ははは。所詮は小娘の児戯よ。出直してくるがいい」
「トウカ……あ、謝っといたほうがいいかも……」
正面にいたアスナが、なにやら引きつった表情で合いの手を入れてくる。
「俺もそう思う……」
キリトに関しては、敢えて見てみぬ振りをしているかのように、目を背けている。一体どうしたというのだろうか。
――それにしても絞まりがどんどん強くなっているような気がする。いや、これは気のせいなどではない。さては今の今までは本気ではなかったということか。さすが絶剣といったところか。まだ耐えられない程ではないが、このままでは作業ができそうにもない。かといって負けは認めたくはない。我ながら意地っ張りと自覚はしつつも、俺は「いい加減に諦めろ」と振り向いてユウキに目を向ける。
すると、ユウキの口に何か小さい小瓶を咥えているのが見えた。
少々嫌な予感を漂わせつつも、それが何の小瓶なのか、俺は恐る恐る尋ねる。
「……何をお飲みになられたのでしょうか」
「ぱわーあっぷぽーしょん」
俺、即効タップ。ぐぇー、許してください絶剣様。
「ハロウィン限定クエスト?」
「そ! 央都アルンから少し北へいったところに、大きな洋館ができたんだって! そこをクリアすると限定アイテムが貰えるらしいんだよー!」
「限定アイテムねぇ……」
「戦闘は一切ないんだってさ。聞くところによると、そこの洋館のどこかにある鍵を見つけることがクリアの条件だとか!」
過去のイベントから遡っても、今までで一番楽で簡単かもしれないとキリトは言う。周回や難しいノルマはなく、ただの探索系のイベントだから、時間をかければ誰でもクリアできるらしく、イベント開始初日から制覇したプレイヤーも少なくないようだ。
「ただ、参加するにあたっていくつか条件がある」
「条件?」
キリトはおもむろに指をスライドして、ホロウインドウを表示させると反転して俺に見せた。そこには《クリア済みクエスト一覧》と表示されており、一番上の項目には《隔離された呪いの洋館》というクエストが表記されていた。クエストの概要欄を目で追っていくと、《クエスト受注条件》というところで目がとまる。そしてそこにはこう書かれていた。
その1、イベントに対応したアバターを装備すること。
その2、最低二人以上のパーティを組むこと。
その3、このクエストを一度もクリアしていないこと。
なるほど、クリアは簡単だが参加条件がある程度縛られているというわけか。そして、一度クリアしてしまえば以降受注することができないと。
「このイベントに対応したアバターってのはなんだ?」
「仮装みたいなもんさ。一応ハロウィン仕様だからな。非戦闘タイプのアバターであればなんでもいい」
「なるほどな……。――ってあれ、キリトはもうこのクエスト終わらせたのか」
「ああ。つい昨日みんなとね」
「なんだよつれないな。俺も誘ってくれればいいのに」
「いや誘っただろ! その時お前、報告書に集中しててまったく聞いてなかったじゃないか……」
「そ、そうだっけ。すまん、まったく記憶にない」
「まったく……」
とりあえず頭を掻いて誤魔化すが、思い返してみてもやはり記憶にない。ここのところ報告書に没頭していたから人の話に耳を傾けるほどの余裕がなかったんだ。すまないキリト。この埋め合わせは何れどこかで精神的に。
と、ここで不意に疑問が浮かび上がる。
「そういえば、どうしてユウキは一緒に行かなかったんだ?」
「本当はスリーピング・ナイツのみんなと一緒に行く計画だったんだけど、全員が揃うような予定が、なかなか合わなくってさ……」
隣に座っていたユウキの横顔が、しゅんと萎れる。
「それは――まぁ、仕方がないな……」
みんなと一緒に行けるに越したことはない。こういうイベントは仲間たちと参加するのが醍醐味でもあるし、ユウキも楽しみにしていたのだろう。残念ながらイベント自体には興味はないが、そんな顔をされてしまっては拒否なんてできるわけがない。それに、せっかくの楽しみを無碍にさせたくはないしな。
……なにより、ユウキの喜ぶ顔を、俺は見たい。
「わかったよ。ユウキ、一緒に行こう」
「ほんと!?」
瞬間、ユウキの顔がぱぁっと明るくなって、目がキラキラと輝いた。
「ああ、でも大丈夫なのか? お化け屋敷だぞ? 怖いの苦手なんだろ?」
「うん……でも、トウカが傍にいてくれるなら、多分平気……かな?」
「そ、そうか」
頬を赤らめながら、ちらちらとこちら見てくるユウキ。俺はその表情に妙な緊張感を覚えつつも、心のどこかではそれが悪くない感覚だと気づいている。そんな彼女の表情に、そんな彼女の面持ちに、ある種の嬉しさを身に沁みこませながら、頬を少し掻き、態と彼女から目を背けることでなんとか誤魔化す。
かくして俺たちはその《隔離された呪いの洋館》へと向かうことになった。プレイヤーやモンスターとの戦闘もないし、それほど危険もないだろう。とにかく安全に無事にクリアできることを静かに祈るとしよう。
何事もなければいいのだが……。
*
「ここがそうか」
「う、うん……」
既にぷるぷると身を震わせながら、服の端をつまむユウキ。理由は眼前に映るこの光景だ。
中都アルンから数キロ飛行して移動したら、なんの前触れもなしに空が暗転したのだ。雲一つない快晴から、急に湿り気を帯びた真っ暗な世界に変貌を遂げ、カラスが鳴きだしたり生暖かい風が吹いたりと正にホラー要素満載な環境に仕上げてきている。極めつけはこの洋館のでかさだ。俺はてっきり学校の体育館程度の大きさだと思っていたが、実際はあの某ネズミーランドにあるお城を彷彿とさせる。いや、この際大きさの表現の下手さにはどうか突っ込まないでほしい。東京ドーム何個分とまではいかないし、俺が人生の中で最も大きな建築物といえばあそこのお城ぐらいしか思い浮かばないんだ。
「それにしてもユウキ、その格好は……」
「あ……ど、どうかな……? 変じゃない、かな?」
ユウキが今回用意したコスプレ――もとい、仮装用のアバターは所謂学生服というやつだ。色は爽やかなセーラーカラーではなく落ち着いた紺色のもので、ユウキがくるりと回転すると、膝よりも少し丈を短くしたスカートがふんわりと浮き上がる。おそらく先日の先輩というキーワードに感化を受けてしまったのだろう。
普段の彼女とは大きく異なるその姿に、少しばかり緊張しつつも、求められた感想に対して、不器用ながらに応える。
「まぁ、その、なんだ。悪くないと思うぞ」
「えー……もう少し、なんかこう、具体的にさぁ……」
具体的にってなんだよ。
「……凄く似合ってる?」
「なんで質問口調なのさ……」
俺に何を言わせたいんだこの小娘は。
「あー……まぁ、あれだ。可愛い、ぞ」
「へぇ、可愛いんだボク」
ユウキがニンマリと俺の顔を覗き込む。これは何か良からぬ事を考えている顔だ。
「ねぇねぇ、ボクのどこが可愛いのー? 教えてよとーかぁ」
「も、もういいだろ。さっさと行くぞ」
「やーだよー。ボクのどこが可愛いのか教えてくれるまで絶対入らないもんねー」
「ほう。――なら、こうするしかないな」
「へ? わ、わわわっ」
俺の周りをくるくるスキップしながら急かしてくるユウキの体を、俺はひょいと抱えて持ち上げる。所謂お姫様抱っこというやつだ。
その華奢な体は、なんの抵抗もなくふわりと俺の腕を受け入れて、ユウキはひょうきんな声をあげながら、目をぱちくりと丸くする。
「言うこと聞かないやつは無理やり連れて行ってやる」
「あ、あう……っ」
「どこが可愛いか言ってほしいんだっけ?」
「も、もういいよぉ……」
洋館の入り口はマホガニー色の重厚な両扉で、その扉を開いた先には薄暗い大きなホールとなっていた。吹き抜けの天井に垂れ下がる大きなシャンデリア。真正面には幅五メートルはあるであろう二階へと続く階段と、そこへ続く真っ赤な絨毯。壁には髑髏をモチーフにしたような絵画がいくつもかけられ、左右には入り口と同じような大きな扉が一枚ずつ。そして一番目立つのはそのホールの中央にいる、執事のような格好をしたNPCだ。白髪の老人で齢六十歳といったところか。背もかなり高く、優に二メートル近くはある。体系はひょろりとしていてカイゼル髭が特徴的なその男は、俺たちにゆっくりと近づくと丁寧をお辞儀を一つして、こんなことを口にした。
「私はこの館にお仕えしている執事でございます。この度は我が屋敷へご足労いただき、感謝の極みでございます。さっそく我が主様からのご挨拶を……と、いきたいところではございますが、真に残念ながら先日、ご病気で息を引き取られてしまいまして……。何分お独り身であるが故に、この館を引き継がれるご子息もおらず、後数日で取り壊されてしまうのです。私も間もなくこの館を去ることになりましょう……。ですが、一つ心残りがあるのです。主様が亡くなられる直前に、この宝箱をお預かりさせていただいたのですが、結局鍵の在り処を話すこともなくこの世を去ってしまわれまして……。この屋敷のどこかにその鍵があるのですが、未だに見つからないのです。どうか貴方たちの力をお借りすることはできないでしょうか……。もちろん、報酬はお約束致します」
つまり要約するとこういうことだ。屋敷のどこかに鍵があるから探してこい、と。
俺たちがそれを承諾すると、執事からこの屋敷の見取り図を手渡された。執事曰く、自分はこの一階のホールにいるから見つけたら声をかけてくれのこと。ただし、制限時間は二時間。それを過ぎてしまうと執事を迎えに来る馬車が到着し、クエスト失敗とみなされ、屋敷から追い出されてしまうらしい。まぁ、受注し直せば何回でも受けられるのだが。
「えっと、つまりその時間内に鍵を見つけることができれば、クエストクリアってことだね!」
「まぁ、この部屋の広さから察するに、二時間じゃ足らない気もするが……」
「よぉーし! 片っ端からどんどん調べていこー!」
「あ、おい。勝手に――」
ユウキが意気揚々と一階の左側の扉を開けた瞬間、雷のような鋭い音が全身を叩いた。ユウキは「うひゃぁ!」と飛び退いて、倒れそうになったところを俺が寸でのところで支え、なんとか尻餅をつくことは回避できたものの、目の前に映るその光景と先程の雷鳴に、ユウキはすっかり足が竦んでしまい――
「ととととーか! とーかぁ!」
「お前お化け屋敷だってこと一瞬忘れてただろ」
「も、もう帰ろ! こんなの無理だよぉ!」
「誘ったのはユウキじゃないか。せっかくここまで来たんだし、とりあえずこの二時間は頑張ってみようぜ」
「あうぅ……」
これも一種の演出なのだろう。ユウキが扉を開けた瞬間、雷雨が降り出した。雨粒が轟々とガラス張りの大きな窓を叩き、雷に反射して見える一本の長い廊下は先が見えないほど続いている。右に目を向けるといくつものの扉が並んでいて、一つ一つが異様な雰囲気を漂わせていた。
ユウキがコアラのようにしがみついていることに関しては、ひとまず置いといて、いかに効率良くこの屋敷を探索できるか考えてみよう。理想は散開しての捜索だが、それはまぁ無理だろう。今にも泣きそうなこの最強の剣士の技も、今回ばかりは役に立ちそうもない。やはりここは一つの部屋を手分けして探すしかないようだ。何かひっかかる部分があるのは確かだが、まだなんともいえない。とりあえず探しながら推理してみるとしよう。
「とりあえず、この部屋から調べてみるか」
「とーか……とーかぁ……」
「はいはい……」
背中の裾をぐいぐいと引っ張るユウキに、俺はそっと手を差し伸べる。こうして見ると可愛いものだ。あの絶剣がクエスト一つでこんなにも弱気になってしまうとは。こういう汐らしい姿も悪くない。まぁ、端から見れば学生服を着た女の子と大人が手を繋ぐ時点で事案と疑われても否めないが。因みに俺はいつもの着流しだ。元々非戦闘向きのアバターだけに特に困ることはなかった。そういう意味では年中仮装しているようで少し複雑な気分だが、ユウキが似合ってると言ってくれたものだし、個人的にも気に入っている。
ドアプレートには『客室』と書かれている。隣のプレートも、その先のプレートも確認してみたが、どうやらここにある扉全てが客室のようだ。とりあえず最初に手をかけた、一番手前の扉を開けてみると、そこは外とは違ってえらく落着いた雰囲気の部屋となっていた。ベッドと机が二つずつ。ベッドを挟んだ小さな本棚には『呪術の薦め』や『白い女』などいかにもなタイトルな本が並べられて、その上に今時珍しいダイヤル式の洋風な白い電話が一つ。特に薄暗くもなく、これといって怪しいものは見当たらない、普通の部屋に見える。
「あれ? 結構普通だね。てっきり血だらけの壁とか首吊りの死体とかあるのかと……」
「これはこれで違和感はあるけどな。とりあえず探してみよう」
「いえっさー!」
びしっと敬礼したユウキは一目散にベッドへダイブすると、何をトチ狂ったのか楽しそうにぴょんぴょんと飛び跳ね始めてしまった。
この子全然いえっさーじゃない。
――が、まあしかし。怯えて泣きそうな姿よりもそっちのほうが俺としては嬉しい。気を紛らせてやるにはこうやって遊ばさせる方がちょうどいいのかもしれない。
俺は机に備え付けてある引き出しに手をかけ、物色を始める。中にある物はメモ用紙や白紙のノート。特にこれといった、怪しいものはない。いきなり鍵で出てきたらそれはそれで驚くが、そんな簡単に見つかるはずもなく、その後本を手にとったりベッドの下を覗いたりと粗方探してみたものの、何も手がかりになるようなものは見つからなかった。
「んー、一部屋探し終えるのに約十分か。二階も含めてとてもじゃないが間に合わないな……」
「何か見つかったー?」
「パンツが見えてる女の子ぐらいしか見つからんかった」
「へ? ……あっ」
暫しの沈黙の後、ユウキは何かに気づいたようにスカートの裾を抑えると、無言で俺の背中をばちんと音を立てて、何度もひっぱたたいてきた。
「ちょ、ユウキ。痛い、痛いって!」
「なんですぐ言ってくれないのさぁ!」
「仕方がないだろう。時間が限られているんだ。そもそも探さずにいつまでも飛び跳ねてるお前が悪い」
「だ、だって……」
「ま、いつもとは違う装備だしな。次からは気をつけろよ。何かあるたびに水色の縞々が見えてたら俺も目のやり場に困る」
「~~~~ッ」
ユウキが再び、大きく手を振りかぶった、その瞬間――
ジリリリリリッ
と、警報のような音が室内に響いた。音のする方へ目を向けると、そこにはあのダイヤル式の電話が。
一番近いユウキが恐る恐る受話器を手に取り「も、もしもし……?」とか細い声で返事をする。すると、
「……………………」
「あの……もしもーし?」
「……………………」
「なにも聞こえないよ……?」
帰ってくる音はプツプツと切れるようなノイズのみで、一向に言葉が返ってこない。ユウキは首を傾げて受話器を切ると、数秒もしないうちに再び黒電話が音を鳴らす。
再びユウキが受話器を取って、送話口に語りかける。
「えっと、もしもし……?」
「……………………」
「あの、どちらさまですか……?」
「……………………」
「あのう…………」
「……………………」
いくら話しかけて返事が返ってくる気配がない。俺が代わりに取ってみても同様の現象だ。とりあえず受話器を切って、再度かかってくるか待ってはみたものの、それ以降かかってくることはなかった。が、気味の悪い現象はその後も続く。
そろそろ次の部屋へ行こうかと思っていた矢先、今度はコンコンと扉を叩く音が耳に入る。風や気のせいなのではなく、明らかに外から誰かが叩いてるように、一定の間隔を刻んでいた。ユウキはなぜか布団に包まって蹲り、少し顔を覗かせてからトウカが出てよと言わんばかりの表情でじっと俺を見つめる。仕方なく俺が扉の前に立ち、返事をしてみるが外からの反応はない。
もう一度返事をする。それでも反応はない。
致し方なく扉を少し開けると、生暖かい風が室内に入ってくるだけで人の気配を感じない。扉から顔を出し、廊下を見渡しても人らしい姿はどこに見当たらなかった。
「……誰もいないな」
「ほんと……?」
「ああ。さっきの電話といい、なんだろうな」
「なんだか気味が悪いね……」
兎にも角にもこの部屋に留まっていても埒が開かない。不安気に胸を押さえるユウキを引っ張りながら、俺たちは一室ずつ部屋見て周るのだった。
「おい、大丈夫か?」
「うん……」
クエストを始めてから一時間と三十分。とりあえず一階の部屋の六割程度は探し終えたが、ユウキはすっかり疲弊しきっている。それも致し方なく、各部屋を周る毎に謎の怪奇現象が発生し、そのたびにユウキは悲鳴を上げたり体を強張らせたりと、終始神経を尖らせっぱなしの状況だ。いきなり停電したり、女性の影が横切ったり、誰かの悲鳴が聞こえたり。とにかく間接的に怖がらせてくる。
今俺たちは一階の客室にいる。この部屋が最後の客室のようだ。最初に調べた部屋と違ってここは一人用で、シングルベッドと机が一つずつあるだけでその他に調べられるようなものはない。本来であれば次の部屋へと向かいたいところではあるのだが、ユウキの現状から考えるとこれ以上は無理そうだ。
「ユウキ、もうやめとこう」
「…………」
「これ以上探しても見つかるとは思えない。時間切れまでこの部屋で休んでいこう」
「……ごめんね」
ユウキはベッドの上で膝を抱え、縮こまりながら目に悲哀の色を深く漂わせていた。
「ボクが怖がってばっかりで、全然力になれなくて……」
「何言ってんだよ。一生懸命探してたじゃないか。それに、ここまで引っ張りまわしたのは俺だぞ。謝るのは俺の方だって」
「そんなことない……。ボク、トウカに迷惑かけてばっかりだ……」
「…………」
自分の膝に顔を埋め、ひたすらに自傷を吐露している。その姿はまるで、かつての俺のようだった。殻に閉じこもり、自分を傷つけて、ただ独りでひたすらに。誰かの言葉に耳を傾ける余裕もなく、深々と己の無力さに嘆いて……。
――そんな、お前の姿なんて俺は見たくない。
俺はベッドに上がり、ゆっくりとユウキの横へ腰を降ろしてから、彼女の名を呼んだ。
「ユウキ」
「…………」
もう一度。
「ユウキ」
「…………」
少しだけ、ユウキの顔が浮く。それを見て、俺は手を差し伸ばし、続けて言った。
「おいで」
ほんの少しの沈黙が流れた後、ユウキは何を語ることもなく、そっと俺の手に触れる。それを肯定と受け取った俺は、そのまま彼女を引き寄せ、胸の中へと誘い、包み込むように抱きしめた。
「お前が俺に迷惑かけてくれる程、嬉しいことなんてないよ」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」
「ほんとに……ほんと……?」
「本当に、本当だ」
俺がそう頷くと、胸の中にすっぽりと収まっていたユウキは、ひょっこり顔を出す。そして僅かに頬を染めながらも俺の目を見据えて、懇願した。
「……じゃあ、今だけ……今だけでいいから、とーかに甘えても、いい……?」
「遠慮すんな。どんとこい」
その懇願に俺が小さな微笑で返すと、ユウキもまた俺の背中に手を回して、強く、強く抱きしめ返す。あまりの力に行き場を失った俺の体は、仰向けのまま押し倒されるような形になり、その上にユウキが折り重なるような体勢へと変わる。俺の胸の中に顔を埋め、しばらく固まっていたユウキは、唐突に俺の右手を掴むと、ぽとりと自分の頭へと落とす。俺はそのまま彼女の頭を優しく撫でなると、惚けた表情を溢しながら、まじまじと俺の顔を見つめ、呟いた。
「ボク、今凄く幸せ……」
「それはなにより」
「とーか、凄くいい匂いがする……。アスナはお日様の匂いがして、ぽかぽかする感じだったけど、トウカの匂いは心臓がどきどきして、胸がきゅーってなるの……」
「そうか……? 自分で嗅いでもはそんな気持ちにならないけどなぁ……」
「ね、ボクのも嗅いでみて……?」
「い、いいのか?」
「うん……とーかなら、いいよ……」
俺は誘われるがまま、ユウキの頭に顔を近づけて匂いを嗅いでみる。女の子の甘い香りと、シャンプーの微かな清涼感が鼻からぬけて、なんともいえない心地良さが体全体に広がっていくのが分かる。これを幸せと詠うならば、俺は今幸福の真っ只中にいるわけだ。
それにしても、ああこれは……まずいかもしれない。
「……どう、かな?」
「……足らない」
「へ……? ひゃう……っ」
俺はユウキを抱きしめたまま、ひたすらにユウキの頭部を堪能した。嗅げば嗅ぐほど脳裏を刺激するこの芳醇な香りは、一種の麻薬のようなもので、それは俺の理性を簡単に崩してしまうほどのものだった。
「あっ……とーか……とーかってばぁ……」
「ごめん……俺……止まんなくて……」
「あぅ……そ、そんなに嗅いじゃだめだよぉ……」
「これ、堪んないな……」
「えへへ……どきどきして、きゅーってなった……?」
「ああ、なった。俺も今、幸せになれた気がする」
「やったぁ。一緒に幸せになれて、ボク嬉しいよ……」
「そうだな。俺も、ユウキと幸せになれて嬉しいよ」
そうやって、またお互いの顔を見つめ合って、幸せそうに笑い合う。残り二十分もの間、俺たちは時間の許される限り抱き合っていた。
できることならずっとこうしていたいとユウキは言う。お前がそう望むのなら、俺はそれを受け入れたい。……なら、俺はどうだ? 俺はユウキとずっとこうしていたと思っているのか?
――それを考えるのは無粋というものだ。何故なら俺にはそれができない。それをするには、あまりにも余生が短いからだ。きっといつか、遠い先の未来まで、ユウキを受け入れてくれる人がきっと現れる。その人物がどんな人間なのかはわからない。だが、その人は本当の意味でユウキを幸せにしてくれる。俺は今この時だけ、幸せを与えられればそれでいい。少しでもユウキを笑顔にすることができるなら、俺はそれだけで御の字というものだ。
まぁ、だからこそ、このクエストもクリアして、ユウキの喜ぶ顔が見たかったのだが、この広さではどうも二人だけではな……。
「それにしても、キリトの奴。簡単だと言っていたくせに難解にも程があるぞ」
「やっぱり答え聞いといたほうが良かったね……」
「いや、それはユウキが正しいよ」
実はクエストを受注する前にキリトから、なんなら答えや報酬の中身を教えようかと持ちかけてくれたのだが、敢えて断った。挑戦する前から答えを知ってしまっては楽しめないというユウキの冒険心には共感できるし、今こそ後悔しているものの、知らなかったからこそ今のこの状況が生まれているのだから、俺としては感謝している。
「あと五分かぁ。なんだか悔しいなぁ……」
「まぁ、仮に七人パーティだとしても見つかるとは思えないな。手分けしてもこの部屋の数じゃあな……」
そう、この部屋数ではとてもではないが……いや、待てよ……?
「そうだねー……キリトたちよく見つけられたよね」
「…………」
――何か、見落としている気がする。
「……とーか?」
「そういえば、NPCから見取り図もらったよな? ちょっと貸してくれないか?」
「いいけど……どしたの?」
先程から腑に落ちない点がいくつかある。
例えばクエストの受注条件についてだ。最低二人以上とあるが、俺たちが一時間半かけて探索できたのは一階の部屋だけでたったの六割。急ぎ早に調べたとしても一階だけで精一杯だろう。だが、最低二人ということは、少なくとも二人だけでもクリアが可能だと捉えてもいいはずだ。
ユウキを膝の上に置いたまま、見取り図を広げてみる。ボロボロで色褪せてはいるものの、屋敷の全体像が詳細に描かれ、そして過剰とも言える程の部屋数が記されていた。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「多すぎるんだよ、部屋の数が。くっそ……そういうことかよ。やってくれたな……最初から見取り図全部確認しておけば良かった」
「え? え? どういうこと?」
ユウキは、ぽすんと頭を俺に預けて、しかめっ面で顔を見上げる。
「クエストの受注条件に二人以上ってあっただろ? ってことは最低二人でもクリアできるってことだ。なのにこの屋敷の部屋数は全部で75部屋もある。一人一つの部屋を調べるのに約十分。二人じゃ確実に時間が足らない。七人でもギリギリだ。人数が多い方がクリアしやすいのは理解できるが、これじゃあまりにも不公平だとは思わないか?」
「た、確かに……」
「それにあの怪奇現象も今思えばおかしい。どうして間接的に驚かせることしかしないんだ? 仮想世界ならもっと迫力があって、恐ろしい演出にもできるだろうに」
「それはそれで怖いから嫌だけど……」
「リタイアさせる程でもなく、かといってスムーズに探索させない程度に怖がらせる。俺にはそれが時間稼ぎとしか思えない」
「時間稼ぎってなんのために? 鍵の場所を探らせないようにってこと?」
「いや、より長く楽しんでもらえるようにってとこだろうな。ほら、いくぞ」
ユウキの頭をぽんぽんと叩いて促すと、ユウキは目を丸くして、
「ほぇ? 行くって、どこに?」
「あの執事のところさ」
「え、え、ちょっと待って。鍵は? 場所がわかったの!?」
「ああ、全部わかった。だけど説明してる時間がない。とにかく早く行こう」
「あ、あの……でも……ボク……」
「どうした?」
「…………」
「……ユウキ?」
そう言葉を区切ったまま、ユウキは合わせていた目を背けて、先程のように膝を抱えて身を丸める。
何か言いたげな様子ではあるが、言葉が出てこない。その束の間の重苦しい空気に気まずくなってしまったのか、ついにユウキは萎れた花のように俯いてしまった。
ユウキは背を向けたまま、何も語らない。しかし、俺は気づいてしまった。ユウキの肩が小刻みに震えていることに。
「……怖いのか?」
撫でるようにユウキの背中に触れてみる。先程まで感じていたあの温もりが、まるで白湯のように冷えきってしまっていた。
そう。ユウキは今、怯えている。
この部屋は廊下の突き当たりで、戻るにはあの長い廊下を歩いていかなければならない。俺たちはこの部屋にたどり着くまでに、幾度も心霊現象に襲われた。地鳴りを伴うほどの大きな雷。背後から忍び寄る謎の足音。布を裂くような女の悲鳴。絵画が勝手に動くポルスターガイスト。例を挙げたらキリがない。そんな体験をもう一度味わうのかと思うと、ユウキが怯えてしまうのも無理はない。
残り時間、後三分。俺としてはユウキを怖がらせてまでクリアする必要もないと思っている。だがしかし、このままリタイアしてしまったらユウキはまた自分を責めてしまうだろう。それだけはできるだけ避けたい。
俺は、ユウキの頬を両手ではさみ、こちらの方へ向かせてから、言った。
「俺が連れてってやる」
「……トウカが……?」
「ああ、俺がユウキを抱えて運んでやる。だから、ユウキは俺だけを見てろ」
「トウカ、だけ……」
「他は何も見なくていい。聞かなくていい。俺だけを見て、俺だけの声に耳を傾けてくれ」
「…………」
「できるか……?」
じっと、俺はユウキの瞳を見つめ続けた。そしてユウキもまた、揺れる瞳に俺を重ねて――
「……うん。ボク、頑張ってみるよ!」
力強い返事と共に、ユウキは大きく頷いた。
――そうだ。それでこそ絶剣だ。どんな困難な状況にでも果敢に立ち向かい、決して諦めず、疑わず、決然たる強さを見せてくれる。
そんな猛々しくて、時折見せる眩しい笑顔に、俺は……。
「残り二分。さっさとクリアしてみんなの所へ帰ろう」
「うん……」
ユウキを抱えて、俺は廊下を歩き出す。案の定、男の悲痛な叫び声や、通りかかる扉から、蹴破ってくるかのような勢いで音を立てて、俺たちの恐怖心を煽ってくる。やはり恐ろしくなってしまったのか、ユウキはぎゅっと目を瞑り、唇を噛み締めながら、しがみついて必死に耐えていた。俺は「大丈夫。すぐ着くさ」「心配すんな、俺がついてる」などと声をかけながら、足早に歩を進める。
と、あと少しといったところでユウキが、今にも泣きそうな声で、
「トウカは怖くないの……?」
「まぁ、多少はな」
「どうしてそんなに平気いられるの……」
平気なわけじゃない。正直怖いと思うし、できることなら早々に出たい。だけど俺はそれ以上に、あるものが失われてしまうことを酷く恐れている。それが何なのかは直接伝えることはできないけれど、俺はいつだって頼れる存在でありたい。
だから――
「――お前の前でくらい、かっこつけさせてくれよ」
「――――」
ユウキはそれ以上語ることはなかった。少し俯いて、ただそれだけで時間は過ぎていった。
やがて執事のいるホールへと到着し、ユウキを下ろすと同時に、また俯きながらも俺の服の裾を少し摘む。ほんの少しだけ見えたその頬には薄紅を浮かべて、より近くに。俺の傍らへと寄り添う。
互いに歩幅を合わせながら、執事元へと歩み寄る。後、一分――。
「おや、鍵は見つかりましたかな?」
俺たちの姿を捉えた執事は微笑を浮かべるも、その中に潜む何かを隠すように確固として正しい姿勢を崩さない。
「トウカ、ほんとに大丈夫……?」
「ああ、多分な」
そう言って俺は執事に歩み寄り、執事に指を突きつけて、
「鍵、持ってるはあんただろ?」
「え、えぇ!?」
執事が反応する前に、ユウキが驚きに目を見開いた。
「……ほぉ。理由をお尋ねしても?」
「――あんた言ってたよな? 『この屋敷のどこかにその鍵がある』って。どうしてそれが言い切れる? 主さんは鍵の場所を言う前に亡くなったのなら、その鍵がこの屋敷にある保障なんてどこにもないじゃないか。それに、その宝箱に鍵がかかっているとはあんたは一言も言ってない。この屋敷の広さに対して時間制限という矛盾といい、あの足止めを狙ったような、あからさまな時間稼ぎといい……二人だろうが七人だろうが、どう考えたって見つけられるわけがない」
「……それが、答えですかな?」
「そう言われたら自信はないが……まぁ、手応えならあるかな」
「…………」
時間にしてほんの数秒程度の沈黙が続き、険しい面持ちをした執事が俺に歩み寄ると、俺の肩に触れて――
「――ご名答! 見事だ!」
執事がホールに反響する程の大きな声で叫喚した瞬間、突如として天井のシャンデリアが盛大なクラッカー音と共に煌き輝いた。
「うおぉ!?」
「うひゃあ!?」
今までの湿っぽさを含ませた薄暗い世界観が卒然と逆転したことで、俺たちはかんしゃく玉を噛み砕いたような衝撃に襲われ、ひょうきんな声を上げて飛び上がってしまった。
「やぁやぁすまない! 気味の推察通り、実はこの宝箱に鍵なんてかかっていないんだ! まさか初見でクリアされるとはね! 君たちが初めてだ! 本当におめでとう!」
先程の丁寧な言葉遣いとは一転して、そのNPCはなんとも気安いノリと口調で俺の肩をバンバンと叩いて労うのだが、まったく頭に入ってこない。眼前にはにこやかに笑うおっさん。周りは燦燦とした明かりが上空から降り注ぎ、キラキラと紙吹雪が舞っている。ユウキはといえば、ぽかーんと口をあけたまま、ただすひたすらに目を丸くしていた。
「君は中々に素晴らしい洞察力を持っているねぇ! や、実はこの屋敷の主は私なんだ。他人を驚かせるのが趣味なんだけど、場所が場所だけに誰も寄り付かなくてねぇ! 偶に客人が来ては、こうして執事の格好をして、時間いっぱいまで怖がらせるのがもう楽しいのなんのって!」
「そ、そうですか……」
この人がNPCで本当に良かったと思う。仮に攻撃できる対象だったら俺のとなりにいる最強の剣士が貴方を細切れに斬り刻んでいたことでしょう。
「本来の達成報酬なら、この《パンプキン・ネックレス》だけなのだが、初見でクリアした君たちには特別にこれをあげよう!」
「はぁ、どうも……」
「ボク、なんだか凄く疲れちゃったよ……」
そう言って差し出したのは最初に見せてくれたあの宝箱。俺たちはそれを受け取ると、自動で央都アルンへと転送されてしまったのだった。
*
後日談、というか今回のオチ。
「ね、ね! 早く開けようよー!」
「そう急かすなって」
とある酒場で、俺たちは食事をしながら、先程貰ったあの宝箱を開けると、そこには一つフォトデータが入っていた。
「写真……? これどうやってみるんだ?」
「うんとね、これはね、こうしてファイルを読み込んで、それから………ふぎゃあ!」
「なんだなんだ。猫が尻尾踏まれたような声だして」
「ああぁ! 見ちゃだめ! 絶対に見ちゃだめぇ!」
ユウキがあたふたと自分のホロ画面を隠すが、残念ながらこのデータは共有ファイルなんだ。そして見ちゃだめと言われたら見たくなるのが性というものよ。
自分で指をスライドさせてから、転送されたフォトファイルを開いてみる。するとそこに映されていたのは……。
「これ……全部ユウキがビックリしてる写真だな」
「だ、だから見ないでって言ったのにぃ!」
どうやら、あの屋敷の中で起きた様々なギミックに対してのプレイヤーのリアクションを収めた写真集のようだ。この場合驚いていたのはユウキだけだったから、全ての写真にユウキが写っていて、それはもう絶妙な角度から撮られたものばかりで、ついつい、
「あ、とーか今笑ったでしょ!」
「いや……でも……これは……ちょっと……ブフゥッ」
駄目だ。俺の服の中に顔だけ突っ込んでる写真なんて見たら、我慢なんてできるわけがない。
「酷いよー! ボクだって頑張ったのにー!」
「ご、ごめんごめん。あ、ほらこれは普通のだから……っておおい!?」
予想外の一枚に、つい椅子から立ち上がってしまった。
「へ? なになに? あ! さてはボクの知らないところでトウカもビックリしてたんでしょ!?」
「いや! 全然違うがこれは駄目だ! 絶対見るな!」
「そんなこと言われたら見たくなるのが性ってもんだよトウカくーん! えーっとどれどれー……あっ……」
「…………」
「…………」
そりゃ互いに言葉を失うのも無理はない。
何故なら、それ以降の写真には、俺とユウキが抱き合っていたり、互いの匂いを嗅いでいたりしていた時の姿が幾枚も写っていたのだから。
今回も閲覧していただき、ありがとうございます。
内容も薄く、表現に乏しい点がいくつもありますが、少しでも楽しんでいただけたら本当に嬉しい限りです。
おかげさまで無事一周年を迎えることができました。投稿予定日が不定期であるにも関わらず、お気に入りに登録者が800名以上もいることに驚きを隠せません。
ここまで来られたのはこの作品を見ていただける方々のお力添えがあるからこそです。本当に、本当にありがとうございます。
今後も、wake up knightsをどうか宜しくお願い致します。未だに完結する目処はたっていませんが、できれば二周年を迎えてまた皆様と一緒に楽しむことができたらいいなと感じております。
最後に、このネタを提供して下さった閲覧者様、そしてwake up knightsを読んでいただいた全ての皆様に、改めてお礼を申し上げます。
本当に、ありがとうございました!
そして、来年もまた宜しくお願い致します!
おもち。