wake up knights   作:すーぱーおもちらんど

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wake up knights ニ周年記念SSになります。

もともと完成していたものなので、本編よりも先に投稿する形となってしまいました。

短いですが楽しんでいただけたらなによりです。

おもち。


二周年記念

 『拝啓、紺野藍子様。お元気ですか? ボクは、とても元気です』

 

 ……なんかしっくりこないなぁ。

 

 『やっほー姉ちゃん! 元気にしてるー?』

 

 うーん、これも違う気がする。

 

 『姉ちゃん。ボクは――』

 

 …………。

 

 『まだ慣れないや。姉ちゃんが向こうの世界へ旅立ってから、毎週書いてるのに。なんでだろうね? ――なーんて、本当はわかってたり。

 きっと、わざわざ文字で書き起こさなくたって、ボクたちは言いたいことが言い合える程仲良しで、言えなかったこが一つもないくらい。ずっと一緒にいたんだよね。

 こうやってじーっと画面を見ていると、『ランがログインしました』ってお知らせが今にも来るんじゃいないかって、時々思っちゃうんだ。変だよね。もう随分経つのにさ。

 それでね、また泣いちゃったんだ。今でも偶にアスナのこと姉ちゃんって言っちゃたり、ちょっとでも寂しいなって感じたら無意識に涙が出ちゃったり……。

 ボク、姉ちゃんみたいに大人っぽくなれないかも。嫌なことは嫌だし、泣きたくなったら泣いちゃう。いつまでもアスナたちやスリーピング・ナイツのみんなに甘えてばっかりじゃ良くないって分かってるんだけど……。

 こんな時、姉ちゃんならどうしてたのかな。また怒ってくれるのかな。

 ……きっとダメだよね。今のままじゃ。

 早く大人になって、皆が安心してくれるように頑張るよ!

 またね、姉ちゃん。

 

 いざ生きめやも、どうか健やかに。』

 

 

「そーしん、っと……。はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすれば大人に、ですか?」

 

 薄紅色の小花が描かれた、白色のティーカップを片手に、シウネーはきょとんと首を傾げた。

 その隣にいるアスナもまた同様に目を丸くしている。

 へんてこな表情になるのも頷ける。だってこんな幼稚な質問に対して、ボクは至って真剣なのだから。

 

「ボクもアスナやシウネーみたいに大人っぽい女性になりたいなって」

「うーん……シウネーはともかく、私は大人っぽくなんてないと思うけどな」

「そんなことないよ。少なくともボクが知っている人の中では十分大人っぽいと思う」

 

 手をぱたぱたと否定するアスナに対して、ボクはすかさず擁護する。だって本当にそう思うんだもん。少しずるいって思うくらいに。

 同性のボクが見とれちゃうくらいナイスバディだし、性格や考えもしっかりしてる。ないすばでぃ以外姉ちゃんと本当にそっくり。ないすばでぃ以外。

 今、一瞬背中がゾクッとした。なんでだろ。

 

「どうしてまた急に? また、その……喧嘩しちゃった?」

「ううん! そうじゃなくて、ただ単純にそう思っただけ! ほら、ボクって基本ワガママでしょ? そういう女性になれたら皆から見るイメージも変わるのかなーなんて!」

 

 心配そうに伺うアスナに、露骨に手を振って苦々しい笑顔を返す。シウネーも心配そうに見つめるけど、言葉尻にウィンクして、どうにかお茶を濁した。

 ちょっと大げさすぎたかな。でも、こうでも言わないと二人はボクを心の底から心配してくれて、一生懸命正そうとしてくれるから、これぐらいが丁度いいのかも。

 そうなったらボクは多分、心が折れちゃうと思う。こんなにボクの事を考えてくれているのなら、きっとそれは正しいことなんだって。無理に自分を変えようとしなくてもいいんだって考えちゃう。

 アスナもシウネーもきっと、間違ってない道に引っ張ってくれる。だけど、それをずっと繰り返してたら、ボクは自分で選択することを放棄する。これじゃ姉ちゃんがいた時となんにも変わってない。なにより、それは良くない事だって教えてくれたのは姉ちゃんだから。

 

「大人……大人かー……」

「そうですね。歳を重ねれば大人になる、という単純な話ではないようですし……」

 

 二人は腕を組んだり、眉を細めて指を口に当てたり、難しそうに考え込んでいる。

 悩みがある、と相談を持ちかけてみたものの、二人にとっては拍子抜けだったのかもしれない。これじゃあ悩みというよりただの子供の背伸びだ。

 それでも快く受け入れてくれた二人にはすごく、すごーく感謝してる。アスナが家に招いてくれたことだって、きっと誰にも知られたくないような問題を抱えているのだろうと気遣ってくれたんだと思う。

 ボクだったら絶対そこまで考えてないだろうなぁ。そういう心優しい所も大人っぽさを感じるよね。

 

「あ、シウネーみたいに、口調をお淑やかにしたりとか、どうかな!?」

 

 アスナが閃いたように手を合わせて、シウネーに目を向ける。

 

「わ、私の、ですか?」

 

 目をぱちくりとさせたシウネーが自分を指差すと、アスナはうんうんと頷く。

 

「な、なるほど……!」

 

 確かにシウネーの口調はおっとりしていて、正に大人って感じがする!

 ボクみたいに騒いだり喚いたりすることもないし……。恋愛話の時のシウネーは別人みたいだったけど。

 ともかく、そういうことであれば二人には確かな共通点がある。それは二人とも基本的には『お淑やか』というところだ。

 性格も落ち着いてるし、口調も丁寧でボクとは大違いだ。ボクなんて始めてアスナと会った時、友達そっちのけで連れ回した挙句、内容も録に話さずに手を貸してほしいなんて頼んじゃったもんね。

 そういえばこの前アスナが貸してくれた、大人向けのファッション誌。大きいサングラスをかけた、派手な服を着飾った女性がカッコいいポーズをキメて『体はHOTに、心はCOOLに』なんて書いてあったっけ。かじゅあるとれんどでぐらますぼでぃにすてっぷあっぷ! よくわかんないけど!

 

「私の場合、地味と言いますか……質素な性格も相まって自然とそうなってしまっただけなので、お淑やかとは違うような気もしますが……」

「そんなことないよ! そういうのは地味じゃなくて、慎ましやかって言うんじゃないかな。クラインも素敵な人だよなーって言ってたよ?」

「そ、そうですか……? なんだか照れますね……」

 

 アスナの励ましに口に手を当てて、控えめに微笑むシウネーの姿はまさにお淑やかな女性の理想像だと思った。

 こういう人になりたい。なってみたい。そうすれば少しは子供っぽさが抜けて、しっかりしたよなーとか思われたり。大人になったねって認めてもらえるかもしれない。それはボクにとって、大きな前進に繋がる気がする。

 やる気に背中を押されたボクは、蹴るように椅子から立ち上がって、大きく鼻息を鳴らした。 ふんす!

 

「よ、よし! やってみるよボク!」

「その意気だよユウキ! さっそく会話して、色々試してみようよ!」

「うん! シウネーも色々教えて!」

「ええ、まずは落ち着いてゆっくり話してみましょう」

 

 

 

 

 シウネーたちと通称『お淑や会話』を始めて一時間。

 使い慣れない敬語に四苦八苦。喉もやけに渇いて、その度に紅茶をお代わりして。ついでに椅子に腰掛ける際の膝の閉じ方だとか、手の置き方も教えてもらったり。一人称も無理やり変えて、アスナからは女性としての立ち振る舞いを。シウネーからは言葉の使い方を教わって、あれこれ試して、ようやく――。

 

「凄い! 上出来だよユウキ!」

「そ、そうでしょうか。勿体ないお言葉です」

 

 アスナがキラキラとした眼差しを送ってくれるのだけれど、さっきからずっと背中がむず痒くてしょうがない。

 脚は、膝とかかとをつけて一直線に魅せる。そうすることで、脚が長く上品に表現できるんだとか。腰掛はないものと考えて、背筋を伸ばして正しく座る。ぐったりと寄りかかると気品さに欠けてだらしなくなる。肩はリラックスして、少し撫でるように魅せると細い印象を受けてくれるらしい。アスナが頭からつま先まで一つずつ丁寧に教えてくれた。やっぱりアスナって凄いや。だけど、それと同時に厳しい家庭なんだなって、ほんの少しだけ寂しい気持ちにもなった。アスナは楽しそうに振舞ってくれたけど、きっとこれを身に着けるために苦しい努力を重ねて来たんだなって……。たった数分で顔が引きつっちゃう程、ボクには物凄く窮屈に感じた。

 

「言葉遣いも間違っていませんし、大人っぽさも出ていると思います。より素敵な女性に見えますよ」

「恐れ入ります。今後も、えっと……精進致します」

「素晴らしいです。はい、では一旦ここで区切りましょうか」

「――も、もう大丈夫……?」

 

 アスナとシウネーが深く頷くと同時に、かちこちに強張った体の力がすぅっと抜ける。ボクはさっき教えてもらったばかりの作法を投げ捨てるかのように「ぼへぇー! 疲れたー!」と体を大きく伸ばした。

 

「お疲れ様。それだけできれば十分だよ」

「そうですね。徐々に慣れていけば、自然と疲れることもなくなりますよ」

「うん、二人ともありがとー……」

 

 ふわふわのソファーに疲れきった心身をどろどろと溶かしながら、怠けた返事を返す。

 これがまだVRの中だから良かったものの、実際に試したらきっと数秒も持たないだろうなぁ。もっと体力つけないと……。あと集中力も。

 と、呆けたボクの姿を見たアスナが傍に置いてあるティーカップを手にとり、もの悲しげな表情を漂わせて、紅茶を注ぎながら言った。

 

「でもね。これは作法であって、マナーじゃないの。寧ろ知らない大人が殆どだと思うな。大人っぽく見えても、実際に話してみたら内面は子供だったなんて人も珍しくないよ?」

「そうですね……良く魅せるための所作ですから、本来の自分を偽らせることになりますし……。自分を押し殺して、表現することが大人になることなのか問われると、考えるものがありますね……」

 

 透き通るような、オレンジ色のハーブティーの香りに誘われて、溶けた体を起こしてカップを受け取る。

 ハーブティーの水面に反射した自分の顔は、全然大人っぽくなくて。だけど、飲んでみたらほろ苦さが残る大人っぽい味で。なんだかアスナたちの言葉を表現してくれているみたいだった。

 たった一時間程度の努力で大人になれるとは思っていなかったけど、大人になるためにはそれこそ色々な努力が必要だと知ることができた。知れたからこそ、改めて悟った。ボクは、一生大人にはなれないかもしれない。

 きっとこれは必要ことなんだよね。大人になる上で身に着けなきゃいけないことなんだ。そうやって色々我慢して、辛い事に耐えて、そんなことをずっと繰り返すんだ。そう思ったら、自然と苦痛に感じて、悲しい気持ちになった。

 

「大人になるって、大変だね……」

 

 自然と口から零れ出る。

 だって、今までの痛みとはまるで違うだもん。病気の苦しみとか、リハビリの痛みとかも大変だったけど、いくらでも耐えられた。上手く言い表せないけど、少なくとも皆の力があってこそ、ボクは今まで笑顔でいられることができたんだ。

 そんなボクが、これから誰にも頼らず生きていくことができるのかなって思うと、自信が沸いてこない。逆に恐怖すら感じる。誰にも甘えず、一人で生きていくことがこんなに辛いことだなんて。

 無理無理。絶対無理だよ……。

 ……大人になんかなりたくない。

 

「――聞いてみてはどうでしょう?」

 

 不意に、シウネーのおっとりとした声が、俯きかけた顔を上げさせた。

 

「聞いてみるって……何を?」

「大人になれる方法を」

「……誰に?」

「貴方が大切にしている人、貴方を大切に想っている人に」

「…………」

 

 本当は聞かなくても、分かってた。

 実は二人に相談するよりも、先に相談してみようかなって考えたりもした。

 だけど……。

 

「笑われないかな……」

 

 言うと、シウネーがボクの左手にそっと手を重ねて、

 

「かもしれませんね、けれど、彼なら私たちよりも明確に答えてくれると思いますよ?」

「……からかわれるよ、きっと」

 

 言うと、アスナがボクの右手にそっと手を重ねて、

 

「そうかもね。だけど、それでもあの人は、誰よりもユウキの力になりたいって思ってるよ」

「…………」

 

 本当は恥ずかしくて、言いたくないだけ。

 会って、顔見て相談したら、色々考えすぎて脱線しちゃいそうで、凄く怖い。

 こんなお子様よりも、大人の女性の方が好みなのかな。

 少しでも大人びた方が好きになってもらえるのかな。

 成長したボクをみたら、喜んでくれるのかな……?

 ――違う違う! そういうことじゃなくて!

 ……こんな幼稚な悩みに、あの人ならどう答えてくれるんだろう。

 アスナたちは絶対からかったりしないって分かってるから、安心して相談できるけど、相手は異性なわけだし、歳の差も離れてるから真剣味も伝わりづらいだろうし……。

 でも、会いたいな。相談とか関係なく、会いたい。

 

「――ボク、行ってくる!」

「ん、いってらっしゃい」

「二人ともありがと! 大好き!」

 

 出る前に、二人の間に飛び込んで、ぎゅーっと抱きしめた。

 アスナもシウネーもビックリしてたけど、笑顔で抱きしめ返してくれて、凄くいい香りがした。

 ぽかぽかしてて、あったかくて。

 大人になっても、こういう気持ちは忘れたくないなぁ。

 そんな事を想いながら、ボクはアスナの家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何度目になるのかな。あの小島へ向かうのは。

 のんびり過ごしたい時。なんとなく寂しくなった時。傍にいてほしい時。

 ほんとは、決闘場にちょうど良くて、ただそれだけの場所だったのに、今ではすっかりボクのお気に入りの場所になっている。

 いつもと同じように、今まで飛んできた道をなぞるようにして風を切る。日も少しずつ沈み始めて、綺麗な夕日が湖に反射している情景がいつ見ても綺麗だ。そして、あの小島が近づくにつれて、ボクの心臓は次第に昂ぶっていく。

 あの人が、既にそこで待ってくれているって分かっているから。

 いつもボクより先に待っていてくれていて、遠めから手を振ったら、優しい笑顔で振り返してくれる。それがとっても。とっても心地よくて、我慢できなくてついその人の胸の中へ飛び込んでしまう。すると、彼はボクの頭を優しく撫でながら「危ないぞ」って叱ってくれるんだ。

 

 霧のような雲を掻き分けて、遠めに目を凝らすと、小島の中心に黒っぽいシルエットが見える。彼がいた。いつもの着流しの姿だ。

 

「と――か――!!」

 

 他に誰かがいてもお構いなし。ボクはお腹に力を込めて、できる限りの声でその人の名前を叫んだ。

 すると、トウカはいつものように優しい笑顔を向けて、手を振ってくれた。

 ――ああ、ダメだ。やっぱり胸が高鳴って、自分を抑えられなくなってしまう。自然と表情が綻んで、分かっててもニヤけちゃう。

 早く会いたい。会って、飛び込んで、たくさん撫でてほしい。早く。早く。はやく――。

 

 ――――。

 

 ――……大人はそんなことしないかな。

 大人になったら、誰かに甘えたりすることも、こんな風に考えたりするのもダメなのかな。

 もし、トウカに「いい加減にしろ」って言われちゃったら、どうしたらいいんだろう。

 そう思うと、自然と飛行するスピードは落ちていって、やがてトウカの前にふわりと着地してしまった。

 

「おう、来たか」

「う、うん! お待たせ!」

「珍しいな。いつもならミサイルみたいに突っ込んでくるのに」

「や、そういうのはもう止めた方がいいのかなーなんて……」

 

 いずれトウカに嫌がられてしまうのなら、自分から卒業した方がずっと良い。

 大人になる以上にトウカに嫌われてしまう方が、ずっとずっと辛い。

 さっきまでこみ上げてきた、あの嬉しさの塊が、瞬く間にズキンと響くような痛みに変わる。きっと、大人はこういう気持ちも押し殺して、強くなっていくしかないんだろうな。……慣れたくないなぁ、この痛み。

 その疼きを誤魔化すように頭を掻いて、たははーって笑って見せると、トウカは不思議そうに首を傾げて、

 

「なんだか今日は随分と大人しいな。何かあったのか?」

「失礼だなぁ。ボクだって、日々成長するんだよ? さっきもアスナたちに大人のマナーを教えてもらったし、言葉遣いもお淑やかにしなきゃって思ってるんだよ。どう? 偉いでしょ!」

 

 胸を張って、えっへんと威張ってみる。その時点で子供っぽさが露呈しちゃったわけだけど、まだ初日だしそこらへんは割愛ってことで。

 その時、ボクはちょっとぐらい褒めてくれるかなって思った。「凄いなぁ」とか「偉いなぁ」とか。それかおもいっきり笑われて「お前にはまだ早いよ」とか。そんな事言ったら、お腹にぐーぱんちするけど。

 でも、どれも違った。

 

「そっか。寂しくなるなぁ」

「――へ……?」

 

 予想外の反応に、ボクは困惑の色を隠せなかった。

 だって、そんな風に思っちゃいけないのが大人でしょ? そういうのを我慢しなきゃいけないのが大人になるってことなんでしょ?

 心配かけないように欲を抑えて、嫌なことも辛いことも受け入れて進むのが大人になるってことでしょ?

 ……違うの? 

 何かがボクの内側で弾けて、後はもう、無意識のうちに口にしていた。

 

「なんで、なんで寂しいの……? ボクが大人になったら、嬉しくないの……?」 

「難しい質問だな……よっと」

「わ、わぅ……っ」

 

 トウカはそう言うと、ボクをひょいっと抱えて、膝の上にストンと落とした。

 景色を眺める時は、いつもこの格好だ。胡坐のなかにボクを置いて、後ろからトウカが優しく支えてくれる。トウカがずっと触れてくれてるから、凄く安心する。元々はボクが我侭言って、毎回この形になっちゃうんだけど、今日は珍しくトウカの方からしてくれた。

 きっと、こういうことも何れできなくなっちゃう。そう思うと、嬉しかったけど素直に喜べなかった。

 ほんの少しの沈黙があった後、トウカが綺麗に燃え靡く夕日を見つめながら、ぽつりと言った。

 

「ユウキは大人になりたいのか?」

「……うん」

「どうして?」

「いつまでも甘えられるわけじゃないから……。大人になれば、皆も安心してくれるだろうし、心配かけなくて済むから……」

「おお、ご立派」

 

 後ろから、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。

 すると、トウカは後ろに手をついて、其れと無しに夕空を見上げた。自然と体が傾いて、ボクの背中がトウカの胸へ寄りかかる。

 見上げるトウカのを顔を、仰ぐように見つめると、ほんの少しだけ悲しい面持ちになっているのが見てとれた。

 

「嬉しくない……?」

「……めでたい事ではある。けど、な。大人ってのはさ。なりたくてなったわけじゃなくて、ただ単に子供でいられなくなっただけなんだよ」

「…………」

「アスナたちに色々教えてもらった時、どうだった?」

「大変だった……」

「窮屈に感じたろ」

「うん……」

「俺もそう思う」

「でも、我慢しなきゃ――」

 

 そこまで言いかけると同時に、不意にトウカが「やかましい」と言って、ボクの頬を両手でつまんだ。

 

「誰がそんなこと言った? アスナか? 俺か? 他の誰かか?」

「あうあうあう……」

「白状しろ。しなきゃ言うまで続けるぞ」

「ふぁ、ふぁぃー……もふれふ(ぼくです)ぅー……」

 

 観念したボクは手を上げてトウカの腕にタップすると「やっぱりお前か」と言って、手を離した。

 ボクは振り向いて、トウカの正面へ向き直る。顔を睨みつけて、反論してやるんだ。

 

「だ、だって、必要なことでしょ? トウカも色々我慢してきたでしょ? キリトやアスナだって……。皆そうやって自分のしたいことを我慢して、そうすればボクも皆が認めてくれるような大人に――」

「なれないな」

「な、なんで――ッ」

「俺がそうだったから」

「…………!!」

「俺だけじゃないよ。キリトやアスナもそうさ。皆どこかで挫折して、どこかで諦めて、それをずっと繰り返してる。大人でいたいと思える大人なんて一人もいない。だから、今すぐなる必要なんてない。それに――」

「……それに?」

 

 ふと、アスナとは違う優しさが、トウカの表情から伝わってくる。その手が微かにボクの頬に触れて、ぬくぬくとした温かさが、まるで夕日が境界線に溶け込むように浸っていった。

 そして、慈しむような眼差しで、トウカはボクに言った。

 

「今までたくさん我慢してきたろ? 人一倍甘えたって、罰は当たらないさ」

「…………」

 

 ボクは、トウカをありったけの力で抱きしめた。

 トウカも、静かにそれを受け入れてくれた。

 ボクはこの世に生を受けた。やがて病気になり、両親を失って、姉ちゃんもこの世から去って……。それでもボクは負けるわけにはいかないと、強くあるべきだと必死に言い聞かせて、ずっと頑張ってきたんだ。

 膝から崩れ落ちて、泣きたくなる日もあった。でも、無理やり明るく振舞って乗り越えてきた。何度も。何度も。何度も。

 今まで笑って生きてこられたのは仲間の支えがあったから。それは分かってる。分かってるけど――。

 何処かで褒めてほしかった。慰めてほしかった。よく頑張ったな。偉いな。凄いなって。

 一生懸命耐えてきたんだなって。

 ずっと辛かったんだよなって。

 

「よしよし。今までよく頑張ってきたな。それだけで十分大人だよ、お前は」

「うん……うん……ッ」

 

 こんな近くにいてくれた。

 一番褒めてほしかった人に、一番誇りたかった人に、気づいてくれた。

 それだけでボクは、嬉しくて。本当に嬉しくて。

 たくさん、たくさん涙を流した。

 

 

 『お姉ちゃん、今日はとてもいいことがありました。

 今までの人生が報われたような。それぐらい、とっても素敵なことです。

 なんだと思いますか? ……残念、今は秘密です。大人の女性に秘密はつきものです。

 ――なんて、少しだけ背伸びしちゃった。 やっぱり、ボクにはまだ早かったみたい。

 今日はね、アスナとシウネーに女性のマナーを教えてもらったんだ。椅子の座り方とか、会話の作法とか、そういうの。いつか姉ちゃんに会えたら、ボクがちゃんと教えてあげるね。何せ、今はボクの方がお姉ちゃんなわけだし!

 ……でも、ごめんね。もう少し、もう少しだけ、子供でいさせてほしいんだ。子供でいられなくなる、その時まで。

 それでいいって言ってくれたんだ。ボクの大好きな人が、その方がいいって。

 だから、ボクは今のまま、ありのままを生きていくよ。これから先、辛い事が山ほどあると思うけど……。

 姉ちゃんもそっちのほうがいいって、思ってくれるよね……?

 

 それじゃ、またね姉ちゃん。姉ちゃんも大好きだよ。

 

 いざ生きめやも、どうか健やかに』

 

「そーしんっと……。よし、そろそろ寝ようっと!」

 

 あ、皆にお休みって言う前にログアウトしちゃった。

 まぁ後でLINEで言えばいっか。

 

「あ、そーだ。にひひ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 終わり。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

投稿が滞っている状態が続いておりますが、なんだかんだで二周年です。

UAも10万を突破し、数ある二次創作の中から私の作品を見ていただけることはとても光栄でなことで、感謝の一言に尽きる次第です。

相も変わらず不定期な状況が続いておりますが、今後も末永くお付き合いしていただけると嬉しいです。

次回も宜しくお願い致します。

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