記念日の時だけは投稿するという謎のプライド。
「好きな女性のタイプ?」
「おうよ」
口をへの字にして、俺の顔を覗き込むクライン。
真剣な面持ちの割には質問の内容が中学生レベルであることに肩透かしを食らった俺は「お前なぁ……」とため息をついた。
「真面目な相談があると聞いて来てみたらこれか……」
「ばっかおめぇ、俺はいたって真剣なんだっつの!」
「そもそも質問の意図がつかめない。俺の好みを聞いてどうするんだ?」
「そこがお前とキリの字の差よ。大親友であるキリの字は俺の意図を汲み取った上で、察してくれてるもんなぁ? なぁ、キリの字……」
クラインが隣の席にいるキリトの肩をバシバシと叩いて、飲み込み顔を反転させる。彼の心中には「当たり前じゃないか。俺たちは親友だろう?」的な微笑みとサムズアップな期待を抱いていたのだろう。
だが俺は知っている。冒頭の質問からキリトはじっとりと冷めきった瞳で哀れみと軽蔑の線を送っていた事を。
「帰っていいか……?」
「うぉぉぉん! そりゃないぜキリの字よぅ!」
泣いて抱き着く様は三人の中で一番年上のものとは思えない。
そんな彼が態々俺たち二人を呼び出して相談を持ち掛けたのはつい三日前の事だ。いつも剽軽な彼とは違う、神妙な顔で「
デリカシーには欠けるが人柄は良く信頼も厚い。そういう意味で言えば彼は仲間の中で一番情に長ける男だ。解決できない悩みがあるのなら俺だって力になりたい。
――そう思っていたのだが。
「お前たちはいいよな。好いて好かれる人がいてよ。俺なんか刻々と歳が経っていくばかりで恋人なんてできやしない……」
「や、キリトはともかく俺は――」
「うるせえうるせえ! 俺は知ってんだぞ! ユウキと手繋いで歩いたり、クレープをあーんって……あーんってしている所を俺は見たんだ!」
「ぶふぅ!?」
口に含んだ飲み物を盛大に吹く。
いつ? どこで?
いや、そんな事をしていないと嘘を吐くつもりはないが、仲間とは鉢合わせし難い時間であったり、それなりに場所も考えてデ……もとい、散歩していたのだが。
それを聞いたキリトが一変、含むような微笑を浮かべて、
「へぇ、トウカもなんだかんだ言いながら――」
「や、違うんだ。断るとユウキの奴が泣いて我儘をだな!」
「そうかそうか。 トウカは嫌々付き合ってるのか。本音は断りたくて――」
「好きな女性のタイプだったな!? なんでも俺たちに相談しろよクライン!
「……はいはい」
その後、時折見せるキリトのにまにまとした表情が癪に障りながらも、俺たちはクラインの愚痴を三時間も聞いてやった。
俺だって可愛い彼女がほしい。いや、別に可愛くなくたって、俺を愛してくれる人がほしい。
そんな失恋ソング宜しく彼女がいた経験があるわけでもなし、いい大人が泣きだから話す姿を見て、なんだか哀れで仕方がなかった。
クラインは別段何が悪いというわけではない思う。やる時はやる男だし、義に篤い部分は男女関わらず惹かれている。もう少し大人としての落ち着いた佇まいを身に着けていれば、女性に持て囃されても不思議ではない。まぁ、そんな彼なんて見たくはないが。
誰かを紹介しようにも俺自身女性に疎い。どうにか力になってやりたいが、さてどうしたものか……。
*
「――ってなことがあってさ」
「ふぅん」
ずずずっとストローを啜る音が、然程興味の無さを表している、ような気がする。
あれから、それなりに考えてみた。
結局の所、俺は紹介できる女性は誰もいない。どうしたって、繋がりのある人物は大抵クラインとも繋がりがあるからだ。
リズ、シリカ、リーファ、シノン。今更紹介した所で進展は期待できそうにない。というか、寧ろ好感度が下がりかねない。紹介した俺も含めて。
それを踏まえ、昨日の出来事を一部伏せた上で昼食ついでに、ユウキへ持ち掛けてみた。本来、年下の女の子にそんな話を持ち込むのはナンセンスなのだろう。ぶっちゃけると、別段解決してもらいたいわけではないのだ。ただ、彼の人柄を女性視点でどう思っているのかとか、そういうのが聞きたいわけで。
ユウキは悩に眉を顰め、肩肘をつく。
「うーん……。いい人だとは思うんだけどねー」
「節操がないというか、なんというか……」
「うん……」
碁盤に向ったときのように腕組みをし、眉を八字によせて考えこむ。
ふと、俺は何気なしに思い至る。
「思うんだけどさ」
「うん」
「クラインは今まで誰かに本当の意味で好かれた事があるのかね」
「付き合った経験は一度もないって言ってたよね」
「ああ。例えばなんだけどさ、誰かに好かれて、真剣にお付き合いできる機会があったとしたら、あいつの女好きは収まると思うか?」
「うん」
ユウキは間をおかずコクリと頷いた。
同調するように俺も相槌をうつ。
「だよな。ナンパ気質な所はあるが、誰かを裏切ったり見捨てるような奴ではない――と、思う」
「あ、ちょっと不安そう」
「あいつに恋人ができるという展開が想像できなくてな……」
「……あのさ、あのさ」
何やらモジモジとした様子で、ユウキは両手の人差し指をくりくりさせ、目を細めて言った。
「ボクが誰かにナンパされたら、やだ?」
「……さあな」
「えー。ボクが他の人の所へついて行っちゃってもいいのー……?」
「こんなちんちくりんをナンパする奴なんていない」
「あー! 言ったなこのぉー!!」
「あでででで!?」
腹を立てたユウキが、突如としてテーブルに身を乗り出し、俺の両頬を引っ張り上げる。
堪らずタップするが、頭からもうもうと湯気を立てるユウキは「トウカのバカ! おたんこなす!」と憤慨し、引き千切らんばかりのピンチ力を込めながら、小学生並みの罵声を浴びせた。
店員が慌てて止めに入り、その場はなんとか収める事ができたが、あれ以上止めに入るのが遅れていたら、俺の頬が餅のように伸び切っていたに違いない。
お店を追い出されても尚、道中ユウキは不機嫌で俺に対しそっぽを向いていた。
「ふーんだ!」
頬を膨らませてぷりぷりと怒る様はまさに子供のそれだ。
そんながきんちょをナンパする奴なんて一部例外を除いているわけがない。いたとして、ユウキがそれについて行くほど脳足りんな奴でもない。何を言わせたかったのか俺にはさっぱりだ。
「まだ怒ってのんか」
「どーせボクはちんちくりんだよ!」
「クレープでも食べに行くか?」
「行かない!」
いつもなら、霧が晴れたように明るくなって嬉しそうに乗ってくれるのだが、今回はそうもいかないようだ。先ほどの件がよほど気に入らないらしい。
「俺は食べたいけどな。クレープ」
「どうせちんちくりんな子供と食べても楽しくないでしょ」
「そんなことないって。俺はユウキと食べたいけどな」
ずしずしと歩いていたユウキの足がぴたりと止まる。
刺々しい言葉が、少しだけ潮らしさを帯びて、覇気を透いてゆく。
「……ボクはボクをナンパしてくれる人じゃないと行かない」
「ナンパって……。そんな見ず知らずな奴の――」
――あぁ、そうか。そういうことか。
単純に、こいつは――。
「ユウキ」
「なぁに……――ぅひゃあッ」
俺は咄嗟にユウキを抱きかかえ、羽を広げて大地を蹴った。
できるだけ空高く飛翔し、驚きに身を丸めるユウキを優しく体を持ちながら、雲を突き抜け蒼天の空を仰ぐ。
ぱちくりと目を丸めるユウキを他所に、俺は力いっぱい羽を伸ばし、滑空する。
「な、なに? どしたの急に……」
「…………」
「どこ行くの……?」
「クレープ屋」
「くれーぷ……」
別に飛ばなくともある程度歩いたら辿り着く距離だ。
そんなことはわかっている。
「俺は、お前と一緒に食べたいんだ」
「――もしかして、ボクをナンパしてる……?」
「うぐ……」
仕方ないだろう。俺はクラインのように口達者ではないんだ。
飛んだ理由だって、問われたら答えようがない。自分でもわからない。わからないが、こうでもしないと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。叫べるものなら叫びたい気分だ。
「えへへ……ふへへぇ」
「な、なんだよ」
「そんなにボクと食べたかったの?」
「――ああそうだよ。お前と食べたかったんだ」
「いひひー。トウカにナンパされちゃった」
「うっせ」
ユウキがとろんした表情で俺の懐へ顔を埋める。
そこだけが熱くなって、心の奥へ奥へと熱が浸透した。
ナンパされて他の所行くだって? 冗談じゃない。そんな事は絶対にさせない。以前の俺ならユウキがそうしたいならそうすればいいとか、俺に引き留める権利はないとか、また意中に反した言葉を紡いだのだろう。独占欲ともとれる感情がきっと、今の俺を仕立て上げたのだろうか。だとしても、それはきっと正しい。こんな子供の言葉に一つに振り回されている状況が少しだけ癪でもあるが、それ以上に幸せそうにはにかむユウキの笑顔を見れたのだから、それはそれで良しとしよう。
俺が折れてやったんだ。ユウキのために、仕方なくだ。そこを勘違いしないように。
*
「コ、コノタビハ! オヒガラモヨク! ワ、ワタクシノタメニ――ッ」
「固い。クライン固いって」
静観な街の入り口に向かって、足のつま先から頭の先までびしりと姿勢を正したサラマンダーが叫換する。緊張のあまり声も裏返り、冷や汗も滴り強張った様子に、俺は笑いそうになるのを、口の中を奥歯で嚙むようにし堪える。
「お、おい! 笑うなよな!」
「悪い悪い」
「あははははは!! クライン緊張してるー!!」
「ああひでぇ! 絶剣の嬢ちゃんまで……」
クラインの姿を見たユウキは腹を抱え、けたけたと笑い転げた。
それを見た一人の青く艶やかな長髪のウンディーネが、白水のような声でそれを諫める。
「いけませんよ。人を見て笑うのは決して……ふふっ」
「シウネーだって笑ってるよー!」
「ああ……皆してひでぇや……」
「悪かったってクライン。ほら、早く行こうぜ」
肩を落とすクラインの背を押しながら、俺たちは門を潜り、先日新しく開放されたばかりの街へと歩を進める。
今回はいつもの探索とは少し違う。面子は俺とクライン、ユウキとシウネーの四人だ。まぁ、探索とは名ばかりのただのショッピング件マッピングだが、これは所謂きっかけ作りに過ぎない。
事の始まりはこうだ。
初対面の女性に対し、いきなりナンパをふっかけるような奴が、スリーピング・ナイツの女性陣には全く手を出さない事を俺は常々疑問に思っていた。
クラインの相談から翌日、改めて聞いてみると、なんでも彼女たちは例外なんだと。
『確かにシウネーさんはお美しいし、ノリさんも素敵な人だぜ? お話もしたいし酒だって飲み交わしてぇよ。けど病み上がりの女性を狙う程俺は屑じゃねぇ。あの二人――いや、皆にはこれからやりたい事、楽しい事が沢山待ってるんだよ。そういう時間を俺ぁ邪魔したくねーのさ』
『それによ、絶剣の嬢ちゃんの面子だってある。俺も曲がりなりにもギルドの頭張ってんだ。絶剣の知り合いが、メンバーに迷惑かけるよう事は絶対あっちゃならねぇ。特に、あの人たちにはな』
その言葉を聞いて、俺は心から打ち震えた。
クラインがそこまで考えているとは思っていなかったのだ。
普段は無節操に女性をひっかけるような奴だが、心の奥底には芯があり、本当に彼女たちの幸せを考えている。それが俺には嬉しくてならない。
その話をユウキに伝えると、同様になるほど素晴らしいと感銘を受けた。
実の所、クラインがどこまで女性に対し欲を持て余しているのかはわからないが、その言葉を真だと捉えると、きっと心に決めた人であるならば問題ないだろうと信じ、俺とユウキがシウネーに頼み込んだ次第だ。
彼女は彼女で恋愛に興味があるとはいえ、意外にも二つ返事で快く受け入れてくれた。
シウネーはクラインの事を良くも悪くも思っていないらしい。出会った当初は自己紹介や軽く話しただけのようだし、女好きという部分は聞いてはいたが、自分やユウキ、ノリにそう言った話題を振ってこないが故に疑っている点もあったようだ。
歳も近いようだから、これをきっかけに仲良くなることができたら、或いは……。
――クラインが本当に、彼女に対し、心から幸せを願っているのなら、そういう関係もあっていいのかもしれない。
「し、シウネーさんは、とてもお美しいですネ!」
「ふふ、ありがとうございます」
「い、いい天気ですねぇホントに! いやー晴れてよかったな!」
「そうですね。お出かけには良い陽気です」
いつもとは違う、初々しい態度に違和感があるものの、雰囲気は悪くない。
……上手くいくといいが。
「ねぇねぇトウカ!」
「うん?」
「ボクはー!? ボクもお美しい感じー!?」
「はいはい、美しい美しい」
「ボクの気分も陽気でぽかぽかだよ! トウカもぽかぽか?」
「はいはい。ぽかぽかぽかぽか」
「ぽかぽかー!」
「お゛ん゛っ!?」
満面の笑みで腹をグーでぽかぽかされた。
こっちは上手くいきそうにない。
続く?
続編は後日改めて投稿予定です(投稿するとは言ってない)
最後まで書き上げようとすると間に合わないので、とりあえず分けて投稿させていただきます。後ほど編集して最後まで書き上げたいと思うので、気長にお待ちいただけたらと思います。
ほぼ更新は休止状態ではありますが、死んではいないのでモチベが上がり次第投稿を続けていけたらいいなと。それまではVRchatで女の子になります。
更新情報や執筆状況等はツイッターにて随時報告致します。
後は単純に絡んでいただけると嬉しいです。ユウキ誕生日おめでとー! おもちーっ
@Ricecake_Land