少しずつ物語が進展してきた気がします。
今回も少し短めになってしまいます。申し訳ありません。
『アルヴヘイム・オンラインへようこそ!』
女性の声が聞こえるとともに俺はハッと我に返る。気がつくと何やら見たこともない空間に飛ばされていた。どうやら無事にフルダイブできたらしい。
「これが……《VRMMO》……」
俺はしばらく慣れない感覚に戸惑っていた。意識はハッキリしているし、頬をつねっても痛みは感じないが触れている感覚はわかる。とてもゲームの世界とは思えない状況に困惑を隠せなかった。
「よし、とにかくキャラクターを作成しないとな」
ある程度落ち着いた俺は、どうすればいいのかわからず周囲を見渡していたところ、効果音が鳴ると同時に、透明のキーボードのような端末が表示された。
『最初にキャラクターの名前を入力してください』
「なるほど、これで入力すればいいのか……」
俺はキャラクターの名前をどうする考える。
――そういや霧ヶ峰刀霞だから、俺もある意味キリトなんだよな。いや、同じ名前にしてどうする。キリトやアスナでもわかりやすいように本名でいいか。この世界で俺の個人情報なんて意味ないしな。
キーボード端末を不器用ながらに《Touka》と入力した。エンターキーを押すと同時に、目の前に3Dビジョンのように九種類の種族が表示される。
『それでは、種族を決めましょう。九つの種族から一つ、選択して下さい』
「おー。実際に見てみると色々あるんだな」
そう呟きつつも、当初の予定通り、インプを選択する。
『インプ、ですね。キャラクターの容姿はランダムで生成されます。宜しいですか?』
「そういえばランダムか……まぁ仕方ないな」
現れたYes or NOに対して、躊躇いなくタッチする。
『それでは、インプ領のホームタウンに転送します。幸運を祈ります』
「え? 転送って?」
そう聞きこうとした時には既に遅く、光に包まれたかと思えば、気づけば俺は真っ逆さまに落ちていた。
「なぁぁぁぁ!?」
真下にはインプ領であろうと思われる大きな山岳地帯が確認できたが、今はそれどころではなかった。どうやって飛べばいいのか、着地すればいいのかもわからない俺はなすすべもなく地面に激突し、大きな煙を巻き上げる。
――もう引退したい……
幸先が悪すぎた俺は若干後悔しつつも、痛みがなかっただけマシとするかと自分に言い聞かせ、体を起こす。
しかしそこで、視界に黒い何かが、俺の視界の一部を遮った。
「ん……なんだこれ……」
困惑しながら自分の頭をぺたぺたと触り、髪の毛の長さを確認すると、何故か無駄に長いことに気がつく。
「筋骨隆々ではないけど……さすがにこれは……」
長さ的には背中の半分くらいか。とにかく首筋がむず痒くて仕方ない。それに華奢な体のわりには服装がゴツゴツしてて落ち着かない。
とにかく髪を結ぶものが欲しかった俺は、インプ領内にあると思われる道具屋を探すことにした。
ここ、《インプ領》は暗闇に包まれた山河地帯に首都、領地を持ち、中央の環状山脈と接している。山岳地域のため、日光等が入りにくく首都は常に闇の中であるが、インプは暗視ができる為自由に行き来をすることが可能だ。
入り口から入るとそこは本当に暗い世界だった。明かりなどは灯っているが、常に夜といった感じで、なんだか時間軸が狂いそうな場所に感じた。しかし周りの人たちは何の違和感もなく普段の生活のように出歩いていた。
「あぁ……後ろが落ち着かないな……とにかく道具屋にいこう……そういえば俺って所持金いくらあるんだろう……」
メニュー画面の開き方がわからない俺は歩いている人たちをチラチラと見るように、人間観察をしてみた。しばらくすると、目の前のプレイヤーが左手の指先で空間をなぞるように縦にスライドしている姿を視覚に捉えたので、俺は見様見真似で同じ動作をすると、効果音と共にメニュー画面一覧が表示された。
「なるほど……こうやってやるのか……それで俺の所持金はー……千ユルド。初期金額ってことか」
とにかく道具屋を探そうと、近くの人に片っ端から道を尋ねる。幸いにもすぐ目の前にあることがわかり、親切に教えてくれたプレイヤーに対し一言お礼をしたあと、道具屋の扉を開けた。
「いらっしゃい! ゆっくりしてってくんな!」
部屋の奥には元気な老人が手を合わせて俺を歓迎するような笑顔が見える。そして近くには後ろ姿しか見えないが、プレイヤーであろう髪の長い女性が一人。
俺はとにかく髪の違和感が気になって仕方がなかったので、その女性に目もくれず、老人の元まで歩み寄り、髪を縛るようなものがないか尋ねた。
「あぁ! それならこれでどうだい!素早さも上がるしお勧めだよ!」
「なになに……《エア・スプリング》……げ。八万ユルド……すまないが、とりあえず一時しのぎで結べるだけでいいんだ。もっと安いのはないか?」
「……っち。じゃあこれだね。七百ユルドだよ」
今舌打ちしたぞこのじじい。
「あ、あぁ。これでいいよ。ありがとう」
こうして俺は、何の効果もない普通のヘアゴムバンドを購入し、雑なポニーテールだが髪を整えることができた。毛先が首筋にあたって少し痒いが随分と楽になった。
――後はこの動きにくい服装を変えたいな。相場だけでも確認しておくか。
「じいさん。すまないが、防具屋はどこにあるか知ってるかい?」
「あぁ、それならこの店を出てすぐ隣の店だよ」
「そうか。ありがとう。次来る時はその装備買うよ」
「おっ。約束だぜにーさん!」
老人の期待に答えるように背中越しで手をヒラヒラさせて店を出た直後、「ねぇねぇ! このお菓子いくらー!?」と何かなつかしい言葉を聞いたように感じた。俺は一瞬振り返り、閉まる扉を凝視したが、まさかな、と思いつつ隣の防具屋へ足を運び、しばらく観光を楽しんだ。
それからかれこれ装備品を見たり、町を探索すること三十分。欲しい物の目星が大体済んだので、キリトとアスナが合流するまで近くのベンチに座って待機していた。
なんとなく行きかう人々の姿や装備を観察していると、どうやらインプ族の男性は図体が大きく、両手剣や斧などの大柄な装備をしている人が多い事に気づいた。
それに比べて俺はなぜ華奢な体で女のような姿なのだろう。ステータスで肉体が変化でもするのか。少し他のインプと違うことに若干疎外感を感じてしまった。
そんなこともあったが、しばらく待機していると、キリトとアスナが合流してきた。最初俺だとわからなかったらしく、開口一番に見た目につっこまれてしまった。
「刀霞……なんだその髪型と体系に不釣り合いな防具は……」
「俺が教えてほしいくらいだ。なんで俺だけこんな姿にならなきゃいかんのだ」
「ま、まぁかっこいいよ! うん、いいと思う!」
「アスナ……無理に慰めないでくれ。凄く惨めだ」
若干落ち込みかけたが、とにかく服装を変えたかった俺は、さっそくキリトにモンスターの倒し方を教えてもらおうとしたのだが、キリト曰く、「まずは飛び方を覚えた方がいい」という提案を受けて、インプ領の少し離れた山岳地帯で練習を開始した。
最初こそ飛び上がる段階でかなり苦労したが、二時間ほどの練習で、大体の飛び方をマスターしてしまった。これにはキリトやアスナも驚いていた様子で、普通ならばシリカのように半年ほど時間がかかるものだと感心していた。まぁキリトは三十分もしないうちに覚えたらしいが。
そして、いよいよモンスターの倒し方を教えてもらうことになった。
「トウカはどの武器で戦うつもりなんだ?」
「え? 特に決めてないけど……」
「とりあえず得意な武器を1つは決めておいた方がいいぞ。各武器にはスキルがあって、熟練度が上がるほど新しいソードスキルを覚えることができるんだ。つまり熟練度次第で強い技や装備を身につけることができるってことさ、まぁ見ててくれ」
そう言うとキリトは二種類の剣を両手に持ち。独特の構えをする。
「はぁぁっ!!」
咆哮と共に目では全く追いきれないスピードで突進したキリトは、一瞬にしてあの巨大なゴーレムを一刀両断した。
「お、おぉ……」
俺はあまりのスピードに、愕然としてしまう。
「まぁ、この場所の敵はそんなに強くはないからトウカでもすぐ倒せるよ」
「……とんでもない速さだな……キリトは二刀流か、それでアスナは魔法兼、刺突系の武器だったか」
「うん、そうだよ。私の場合は攻撃支援も視野にいれてるから」
キリトが小声で「さすが《バーサク・ヒーラー》」とボソッ呟くと、「怒るよキリトくん?」と引きつった笑顔で返すアスナ。
俺はそんな姿を見て本当に仲いいんだな、と苦笑いを溢した。
*
――得意な武器……
嫌な思い出が蘇る。本当に思い出したくない、辛い過去が。
「――……トウカ……?」
ハッと我に返った俺は、キリトの呼びかけに「あぁ、すまない。ちょっとな」と返答し、自分の頬をパンッと両手で叩いて気合を入れなおしてから、今すべきことをキリトに確認した。
「当分はこの初期装備で頑張るさ。お金をためないことには何も買えないからな」
「それもそうだな。とりあえずここのゴーレムを倒してみようか」
「回復は私にまかせて、思いっきりやってみて!」
俺はアスナとキリトに「わかった」と一言言い残し、初期装備である大剣を振りかざしてゴーレムに闇雲に突っ込んでいった。
しかし、結果的に惨敗の連続。
大剣は確かに一撃はあるのだが、一発一発のスキが大きく、扱いこなすには相当の時間が必要だと覚悟した。最終的に自力で狩れた数は一時間かけてたったの三匹。
「俺、才能ないなぁ……」
がっくりと肩を落とす俺にキリトとアスナが「最初はみんなこんなものさ」と肩を叩いてくれたが、年下に慰められているかと思うと余計に情けなく感じてしまう。
「慣れるまで時間の問題さ。さて、そろそろ俺たちは帰るよ。続きは家に帰ってからだな」
「そうか、たしか病院のアミュスフィアでリンクしてたんだっけな」
「そうだ、トウカ。私たちとフレンド登録しようよ!」
「あぁ、もちろん。宜しく頼むよ」
キリトとアスナに友達申請を送った後、その場で承認してもらい、はれて俺はキリトたちのフレンドとなった。その場でログアウトしたキリトとアスナを見届けた後、暫く一人でゴーレムと戦っていた。
*
それから約1時間後。
「はぁ……」
俺はインプ領内にあるカフェで一時休息をとることにした。あれから1人でなんとか倒せることはできたのだが、逃げたり死にかけたりと満身創痍で、決して余裕のある戦いとは言えなかった。
溜息をつきながら飲む一杯のコーヒーが何故だかとても美味しく感じる。今だけは、このコーヒーが俺の唯一の心の拠り所になっていた。
VRMMOの中では空腹を満たしたりすることはできないが、味覚はしっかりと感じることができ、喉の渇きを潤すには十分な感覚だった。
「それにしてもなんだあの様は……意気揚々とつっこんだらあっけなくやられたなぁ……」
ブツブツと愚痴を溢す自分に、余計苛立ってしまう。自分の中ではもう少しまともに戦えると思っていた。
どうやらここでは本当にプレイヤースキルが試される。ステータスや武器も大事だが、基本的にはデフォルト技が一番重要であるということが身に染みるように理解できた。
俺はコーヒーカップを手に取り一口含むと、自分には何が合うのか改めて考える。近接アタッカー、防御特化、中距離攻撃、魔法支援。やれることは様々だが、どれもやりたいと思えるような武器とプレイスタイルではなかった。
「――……得意な武器かぁ……」
ないわけじゃない。あるにはあるのだが、使うのはもの凄く抵抗を感じる。
決していい思い出ではない。トラウマでもあるその思い出と武器は直結していて、その武器を使う度に、思い出す度に辛い過去が脳裏に過ってくる。
本来であれば、使わずに済めばそれに越したことはないのだ。
ただ、みんなに迷惑をかけるのが嫌なのもまた事実。
「……くそっ」
うだうだと決められずに葛藤していた俺は、結局決断できない自分に嫌気が差し、コーヒーを一気飲みして、カフェを後にした。
周りを見ると煌びやかな装備をしている人たちばかりだ。おそらく上級者なのだろう。自信に満ち溢れた顔と堂々たる姿をしている。
――……俺は自分の装備すらまとも決められないのか……
その後、腕を組みながら物思いにふけるようにメインストリートを散歩していた俺は、いつのまにか武器屋の前に立っていた。
「うーむ……」
――……未だに一歩が踏み出せない。手持ちは3万ユルド近くある。決して強くはないだろうが、おそらくあの武器なら買えるだろう。だけどあんな思いをしてまで使う必要があるのか……でも足引っ張るのだけは嫌だしなぁ……
しばらく店の前をいったりきたりしていると、突然、後方の方角から男の遠い叫び声が聞こえた。
「絶剣ちゃんかんわぃぃぃ!!」
――あぁ、なんだ。絶剣か。………絶剣!?
一瞬耳を疑った。あいつはたしか《レネゲイド》のはずでは。穏やかには聞こえない声と、言葉の意味に一気に不安な感情が湧いて、俺の顔を曇らせる。
嫌な息苦しさを押さえつけるように、俺は男の声のする方へ全力で走った。
*
遡ること3時間ほど前。
「ねぇねぇ! このお菓子いくらー!?」
「あぁ、そりゃ三万ユルドだな」
「えー!? たっかいよー! 三千ユルドにまけてー!」
「お嬢ちゃん無理言うな! なかなか手に入らない《クラウン・ラビット》のマシュマロだぞ!? これでも安い方なんだ。ダメダメ、1ユルドもまけられないよ!」
「ちぇー……わかったよケチ! これください!」
「へいまいど! またきなよお嬢ちゃん」
「考えとくよーだ」
「わぁやったやった!! すっごく珍しいお菓子手に入れちゃったよー!」
ボクはたまに、こっそりインプ領に流通する貴重なお菓子を買いに来る。実はちょっとした贅沢であって、この事はアスナや《スリーピング・ナイツ》のメンバーの誰も知らない。
元々は、耐久の落ちた武器を鍛冶屋に預けている間の暇つぶしだったんだけど、いつの間にかこっちメインになってしまった。あ、今日はちゃんと預けたんだけどね。
道具屋を出て、お菓子を食べながら歩いていると後ろから男の人に声をかけられた。
「あのー……もしかして絶剣さんですか……?」
後ろを振り向くと、そこには三人のサラマンダーが立っていた。三人とも男性で、図体はでかくて、ちょっとチャラそうな見た目だったけど、表情はすごくおっとりしていた。
「うーんと……一応そうだけど?」
「わぁー。本物だぁ! 俺大ファンなんです、握手してください!」
「あ、うん。握手ぐらいなら……」
本来であれば、異性に触れるとハラスメントコードが発動し、相手を監獄送りにできるのだけれど、ちょっと怪しかったとはいえ、人を見かけで判断するのは失礼だし、一時的にコードを解除した僕はそのまま握手に応じた。
「うわぁ、ありがとうございます! それで、絶剣さん……大変失礼なお願いとは承知の上で、お頼みしたいことがあるのですが……もし宜しければ少しだけで構いませんので、私たちとデュエルしていただけませんか……? いえ、もちろん無理でしたら本当に断っていただいて大丈夫なのですが……」
――うわー、見た目とは違って凄く謙虚な人だなぁ。
「あー……ごめんねー。ボクいま戦える武器もってないんだぁ。鍛冶屋に預けちゃってさ」
「――……そう、ですか。鍛冶屋に……」
「うん、だからまた違う日に声かけてくれれば、次はちゃんと戦うからさ!」
「……えぇ、そうですね! ではまた次の機会にお願いします」
「本当にごめんね! それじゃ、ボクはこれでー」
そう言って、僕は三人に背を向けてマシュマロを一口食べながら再び歩き出した。
――ちょっと悪い事しちゃったかなぁ……それにしてもあの人たち……どこかでみたよーな……
「あ、絶剣さん! 一つお聞きしたいことが!」
――あれ、なんだろう。まだ何かあるのかな。
「ぅん? なに――ッ、がッ……ぁ……」
振り向いた時にはもう遅かった。その場に倒れた僕は、体が痺れてまったく動かない。
僕は倒れたまま、左上に表示されている自分のHPゲージを目で確認すると、痺れているマークが表示されている。どうやら僕はスタンにかけられたらしい。首筋に針のようなものが刺さっているのがわかる。
「俺たちのこと、覚えてねーだろう。ねーよなぁ、ぜっけんちゃーん?」
ケラケラと笑う声にどこか聞き覚えがあった僕は、記憶の片隅に残っていたことを思い出した。
「お……まえ……たち……こじ、ま……で……ぼ……くに……」
「ぁんれぇー? 覚えててくれたんだぁ。やっべ、超うれしぃなぁ!!」
「てっきりザコにはまったく興味ねーと思ってたんだけどなぁ?」
「へっへっへっ。そう言ってやるなよ、今じゃ絶剣ちゃんがザコ扱いだからねぇー?」
「ちげーねーや!! うひゃひゃひゃひゃ!!」
その後、下品にボクをあざ笑った男は、僕を抱えて人気のない小さな路地に連れていかれた。
「こ……の……はな……して……!」
「おっとぉ。ハラスメントコードは解除させてもらうねぇ」
そのまま別の男が僕の左手を手に取り、強制的にメニュー画面を表示させてハラスメントコードを解除してしまった。
「ぼ……くに……なに……する……つもり……なの……」
「まったまたぁ。絶剣ちゃんもわかってるくせにぃ。聞いてくるとか超へんたいじゃーん!!」
三人は声を上げて高笑いしている。
その声を最後に、恐怖と不安と痺れに耐え切れず、僕は気を失ってしまった。
今回も閲覧していただき、ありがとうございました。
次回は早めにアップできるようにしたいと思います。
お気に入り登録が30名突破しました。
感激しすぎて涙が出ました。耳から。
いずれ刀霞のイメージ画像を挿絵としてアップできたらいいなと思います。
いつになるかわかりませんが、今後も頑張ります。
コメントしていただき、本当にありがとうございます。かならず返信いたしますので、今後もしていただけると嬉しいです。また、次回も宜しくお願い致します。