生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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意外と怪物祭編が終わらない...



#8

「あの、小娘...!」

 オラリオ市内バベル最上階。

 街全体を見渡せるその部屋の主、フレイヤは苛立ちを隠せないでいた。

「......」

 彼女の傍に遣えているのは、身長が2m(メドル)を越える猪人(ボアズ)の男だ。

 彼は機嫌の悪い主に特に反応もせず、黙ってその傍に立っていた。

「...剣姫。たしかロキの所の子よね」

「はい。アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最強の剣士と呼ばれております」

 フレイヤは只、視線を外の風景へ向けていた。

 それに対し、遣えている男は、表情変えずに答えた。

 フレイヤが怒っている理由は、アイズ・ヴァレンシュタインが、彼が倒すべきモンスター達を並々倒してしまったことにあった。

 故に彼女が見たかったものが、見れなかったのだ。

「最強の剣士、ね...ふふふふっ。面白いわね...あの程度(・・・・)でそう呼ばれているなんて...」

 それを聞くと、先程とうって変わって、フレイヤは上機嫌で笑いだした。

 それに対し、やはり男は眉一つも動かさない。

「...そうね。このままじゃ面白くないわ。更にもう一手打ちましょうか」

 不適な笑みを浮かべるフレイヤ。

 男は表情一つ変えずに彼女の言葉をただじっと待った。

 

 

 

 

 

「はっ!」

 ティオナは突然地中から現れた蛇のようなモンスターへ、渾身の拳打を放った。

「かったっ...!? 何なの、こいつ!?」

 現在、オラリオ市街で、戦闘行動が行われていた。

 ティオナの右手は皮が破れている有り様で、その痛みを紛らわすように振っていた。

 本来なら武器を使って戦うのが、彼女のスタイルではある。

 しかし、今の今まで怪物祭という祭りが開かれていたのだ。

 そんなイベント中に武器を持ってくる者など、よっぽどのことが無い限り、居ないであろう。

 そして、問題なのは彼女程の実力者が素手とは言え、ダメージを与えるどころか、ダメージを負ってしまったことにあった。

 第一級冒険者であるティオナの拳は、並みのモンスターを容易に粉砕することが出来る。

 それなのに、眼前のモンスターはそれを許さない程に強固であったのだ。

「新種、かしら...」

 同じく渾身の蹴りを叩き込んだティオネがそう呟いた。

 彼女も、蹴りを放った右足を痛みを誤魔化すようにぷらぷらと振っていた。

「打撃じゃ、埒があかない

わね...!」

 ティオネは続いて拳打を繰り出すものの、モンスターの強固な皮膚に、弾き返されてしまう。

『________!』

 モンスターはその攻撃で堪えかねたのか、ティオナとティオネの両者へ向けて、鞭のように身体をうねらせた。

「ちょっ!?」

「ティオナっ!」

 ティオネはすぐに攻撃に反応し、回避した。

 しかし、ティオナはその攻撃への反応が少し遅れてしまった。

「危なかったぁ...」

 寸でのところで、ティオナはその攻撃を、横に跳ぶことで、回避することに成功した。

 攻撃が放たれた場所を見てみれば、まるで岩石が落下したかのような、傷痕が残っていた。

 もし、間に合っていなかったと思うとティオナは少しゾッとした。

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 そして、レフィーヤは、二人が稼いでくれている時間を使い、魔法詠唱を試みていた。

 速さに重きを置いた短文速詠唱だ。

 これにより、威力は大分落ちてしまうものの、直ぐに放てるのが利点であった。

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】」

 魔力収束は既に完了し、後は放つだけ、そうなった時であった。

 急激に身体の向きをティオナ達から、今まで歯牙にも掛けていなかったレフィーヤへ向けたのだ。

「レフィーヤ!!」

 ティオナが叫ぶ。

 それと同時にレフィーヤは脳裏に走った直感に従い、回避体勢を取ろうとしたが、間に合う筈もない。

 地面から生え出でた触手に、レフィーヤは腹部を打ち抜かれたのだった。

 

 

 

 

 

「ハーフエルフ君! こっちに人はいないみたいだよ!」

「はい、こっちも大丈夫です!」

 ベルの向かった方とは逆のストリートで、ヘスティアとエイナは、逃げ遅れている人達がいないかの確認作業を終えていた。

 流石にあれだけ騒ぎになっていれば、自ずと安全圏へ逃げ出してしまうだろう、人は藻抜けの殻であった。

「あとはベル君と合流して、私達も逃げましょう」

 エイナの心配は、既にベルの方へと向かっていた。

 逃げ遅れている人達を探す中で、エイナの頭の片隅には常にベルのことがあった。

 もしかしたら、誰よりも心配していたかもしれない。

 それ程までにエイナはベルのことを思っていたのだ。

「そうだね。取り敢えず、さっきの場所に向かおうか」

 もしかしたら見終わって引き返してるかもしれないし、ヘスティアはそう言うとエイナと共に来た道を戻り始める。

「...あれ?」

 歩き始めて十数分、ヘスティアは足を止め、首を傾げた。

「どうしたんですか? って...えっ?」

 すると、エイナはヘスティアが首を傾げてしまった理由に気付いた。

 いや、この場合はヘスティアが気付いたことにより、気付けるようになったというのが正しいのか。

「...ここ、また通ってますね」

 この騒ぎで、人々で賑わうストリートも全く人の気配はない。

 

 

 しかし、この光景を見たのは一体何度目なのか。

 

 

 本来ならヘスティア達がいた場所から歩けば、ストリート自体から出るのには数分も掛からない距離なのだが、一向にその風景が変わることはなかった。

「何なんでしょう...?」

「...魔法? でも、これは...」

 ヘスティアは超越存在(デウス・デア)、所謂、神である。

 力の大半を失ってしまっているとはいえ、地上の人々では感じられない微細な()の変化は感じ取ることが出来るのだ。

 故にヘスティアは今起きている現象と、この場所の異変に気付けたのであった。

「ベル君...」

 エイナは心配そうに呟くと、何か決めたように歩き始めた。

「ハーフエルフ君!? ちょっと待ってくれって!」

 スタスタと歩き始めたエイナを、ヘスティアは急いで追い掛けた。

「今は動かない方が得策だと思うんだよ!」

「でも、ベル君が...!」

 エイナがここまで取り乱しているのは珍しいことであった。

 現状を省みれば、動かない方が良いと言うのは、当たり前だろう。

 それこそ、エイナのような冷静な女性が、分からないはずではなかった。

「落ち着きたまえ、ハーフエルフ君! ベル君ならきっと大丈夫だ! 彼は君が思っているよりも強い(・・)はずだよ!」

 ヘスティアはエイナを腕を掴み、その歩みを強制的に止めた。

 ヘスティアがベルときちんと関わったのは、今日が初めてではあるが、それとなく理解していた。

 ベル・クラネルという少年が只の一般市民ではないということに。

 違和感を感じていた。

 理由は分からないが、とにかく彼が簡単に死ぬような存在ではないと、ヘスティアは思っていたのだ。

「放して下さい! 私はベル君を探しに行くんです!」

「ちょっと! ...話を聞いてないね、ハーフエルフ君!」

 ヘスティアの言葉を無視して、エイナは走り出した。

 ベルと関わった時間的に言えば、エイナが圧倒的に上であった。

 この街に来たときから面倒を見ていたのだ。

 エイナからしてみれば、ヘスティアに、ベルは大丈夫などという不確定的な言葉は言って欲しくなかったのだ。

 

 

(ベル君のことは私が一番分かっている...!)

 

 

 それがエイナの思いであった。

 エイナからしてみれば、少し頼りないところもあるが、とても優しい良い子というのが印象だ。

 故に、冒険者でもないベルが強い(・・)などということは思ってもいないことだった。

 それに対し、ヘスティアは、どんだけ好かれてるんだベル君はと、心の中で呟きながら、エイナを急いで追い掛け始めた。

 

 

 

 

 

「何なんだろう、一体...」

 ベルは足を止め、そう呟いていた。

「ループしてるな、これ」

 現在、ベルがこの壊れた街並みを見るのは五回目であった。

「...結界、か」

 恐らくこの辺一体に張っているであろう、誰か(・・)が仕掛けたものだ。

「...やろうと思えば(・・・・・・・)出来るけど」

 問題なのは、結界を破壊した瞬間に何が起きるかだ。

 この手の輩の手法はかなり厭らしいのだ。

 解除されたとしても、只では起きない。

 それをスイッチに都市が消滅することだって、有り得るかもしれないのだ。

「下手にするのは不味いかな...」

 まずは術者を見つけないと、ベルはそう呟いて向かっていた道とは逆方向へ向かおうとする。

 

 

「...見つけたぞ」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、ベルが行ったのは身体を横に反らしたことだった。

 ブンッという空気を切る音と共に、ベルの背後には直剣が突き刺さっていた。

「...あなたですか? これを発動させたのは」

 ベルは極めて冷静に、剣を投擲した人物が居る家の屋根の上を見据えた。

「...さあな。俺かもしれないし、他の者かもしれないな」

 答える気がないのか、そう言い放ったのは異色な存在であった。

 全身を黒いコートで身を包み、背中には先程投擲されたものと同じ直剣が。

 顔には骸の仮面をつけ、声も曇っており、明らかに正体を隠していた。

 骨格や身長で男だと判断しかけたが、相手はそういう輩(・・・・・)だ、全て偽りだってありえてしまうのだ。

 しかし、ベルは直感的に目の前の人物が男だと理解していた。

「...僕を殺しに来たんですか?」

「いや、違う...」

 シュンッという空気を切る音と、建物の屋根が砕け散る音と共に黒いコートの人物が姿を消した。

 

 

「..."殺し合い"をしに来たんだ」

 

 

 ゾクリという悪寒と共に、ベルは背後に突き刺さっていた直剣を引き抜き、そのまま黒いコートの人物の横薙ぎの一閃を迎撃した。

「っ...!」

 しかし、圧倒的なまでの膂力の違いか、ベルはその攻撃を受けた次の瞬間には、既に真横に吹き飛ばされてしまっていた。

「ぐっ...!」 

 ベルはそのままストリートを転がるようにしていったが、すぐさま直剣を地面へ突き刺し、止まることに成功する。

 そして、男は、剣を握り締め、地面を陥没させながら一歩を踏み出すと、体勢を建て直し切れていないベルの所へ向かう。

 縮地、というべきか。

 踏み出した瞬間には、既にベルの眼前に男は現れていた。

「つっ...!」

 最早声をあげる暇もない。

 ベルは喘ぎながら、只々直剣で男の攻撃を受け止めることしか出来なかった。

「軽すぎる...」

 その呟きと共にベルは真後ろへ吹き飛ばされ、それと同時に直剣は折れてしまっていた。

 例え、相手の攻撃に反応し、剣で迎えたとしても、膂力がここまで違えば受け止めることは不可能だ。

 更に言えば、受け流すということも許してくれそうにない。

 ベルより力の強い者は五万といる。

 ベルはそれらの者に対抗するために受け流すということを覚えていた。

 受け流すことに力は要らず、只反らせばいい(・・・・・ )だけだ。

 ベルは相手の攻撃を反らし続けることで、打ち合いに似たようなことは出来てしまうのだ。

 しかし、今の相手にはそれすら通じない程に剛力で、尚且つ剣技も研ぎ澄まされている。

 剣には多少の自信を持っているベルではあったが、その剣も相手の方が上であった。

 つまり、まともな打ち合いは出来ないということなる。

「はははっ、ここまで差があるなんて...!」

 今度はどうにか受け身を取ることに成功し、ベルは先程よりも早く立て直した。

 しかし、ベルの顔は笑っていた。

「...俺の剣を二度も受けて、生きていたのは、お前で二人目だ」

 男は、驚いたように声をあげていた。

「それはどうも、光栄ですね...」

 相手を見る限り全くの本気ではないということは一目瞭然であった。

「反応速度と体術が桁違いらしいな。出なければお前の首は今頃その辺に転がっていたところだ...」

 面白い、男の呟きはベルの耳には届かなかった。

「本気を出せ。出なければ俺が出向いた意味がない」

 男は剣をこちらへ向けて、そう言い放つ。

「おかしなことを言いますね。僕は本気ですよ...」

 そう、ベルは本気で戦っている(・・・・・・・・)のだ。

 その上でのこの実力差、最早笑いしかでない。

 ベル・クラネルはこの人物には勝てない。

「そうか...本気を出す理由が無いのなら、出させるしかないようだな」

 そう言うと、男はコートの袖から何かを取り出した。

「っ...!?」

「見覚えはあるみたいだな」

 ベルが目にしたのは血の着いた鈍色の髪の束であった。

 そう、彼がよく行っている店の従業員のものと同じだ。

「...それが、本物という可能性は低いんじゃないですかね」

「そうか? 殺す際にベルという名前を叫んでいたが、それはお前のことではないのか?」

 そう平然と言ってのける男に、ベルに苛立ちを隠せない。

「証拠が無いですよ...それが彼女のものっていうね」

「そうだな。これ以外は微塵も残さず消し去ってしまってな。お前の言う証拠はない」

 男はそう言って、持っていた髪の束を捨て、足で踏み潰した。

「..."女を見捨てて逃げる男など死んでもいい"か...全く持ってその通りだ、お前の祖父の言うことは」

 それを聞いた瞬間、ベルは目を見開き、固まった。

 なぜ、その言葉を知っている、ベルはそう思っていた。

「今のお前のしている行動は何だ? 予期せね形だとしても、お前は彼女を救えなかった。見捨てたと言っても同じことだろう?」

 

 

_______そんなお前は、死ぬべきだ。

 

 

 男の口は、はっきりとベルへそう告げた。

「...人間相手にこれは使いたくなかったんですけど。仕方ないですね」

 ベルは俯いていて表情を見せない。

 しかし、それでもベルの逆鱗に触れていたことは分かった。

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらいますよ」

 ベルは眼鏡を外すと、胸元のポケットに入れ、男を睨み付けた。

「_______あなたが死ね」

 ベルの瞳の虹彩が、蒼に染まった。

 折れた直剣を逆手(リバースハンド)に持ち変えると、そのまま疾走を開始する。

 いや、既に終わっていた(・・・・・・・・)

「____ほう」

「...これでお仕舞い」

 ベルは男の喉元に折れた直剣の刃を当て、そのまま振り抜いた。

 足元には男の首が転がっており、主を失った胴体からは大量の鮮血が噴き出していた。

「...だから使いたくなかったんですよ」

 簡単に終わってしまうから、ベルはそう呟いた。

「本当、つまらない...」

 そう言って、ベルは背後を確認した。

「えっ...」

 そこにあるはずの死体がなかった。

 飛び散った鮮血も綺麗に消えていた。

「_______はははっ、距離すら"殺す"か...」

 横を見れば、10M程離れた場所に男は立っていた。

 全くの無傷であった。

「まさか、殺されるとは思わなかった(・・・・・・・・・・・・)

「...化け物ですか、貴方は」

 確かに見えづらかった(・・・・・・・)が、それでも間違いなく殺したはずだ。

 それなのに、何故生きている?

「化け物はお互い様だろう?」

 男はそう言うと、背中に剣を納刀した。

 もう戦う意思はないのだろうか、ベルは折れた直剣を下ろした。

「...貴方は命をたくさんストックでもしているんですか?」

「お前こそ、モノの死が見えているみたいだが」

 両者は睨み合った。

 例え戦意が無くなろうとも、敵であることに変わりはない。

 戦場において、一時の油断もならないのだ。

「正体は明かしてくれないんですかね」

 でないと次会ったときに殺せないから、ベルの目は男へそう語っていた。

「悪いな。俺もそうしてやりたいところだが、此方にも色々あるのだ」

 それに用件は済んだところだ、男はそう言うと懐から何かを取り出し、ベルへ投げた。

「これは?」

 受け取ったのは何かの液体が入った黄金色の瓶。

 ベルには高そうということ以外何も分からなかったが。

「エリクサーだ。この先で、お前の知り合いがモンスターと交戦中だ。その中に重症を負っている者がいる」

 助けたいのなら使えと、ぶっきらぼうに男はそう言った。

「はぁ...意味を理解しかねますけど。まあ、取り敢えず貰っておきますね」

 この男は一体何が目的なのかは分からないが、そんな事はどうでもよかった。

 殺しがいのある人が漸く現れてくれた、それが一番ベルにとっては重要なことであった。

「次会ったら貴方は必ず殺します」

「やってみろ、小僧。俺もお前を殺してやる」

 歩いてきたベルと男が交差する瞬間、両者は互いを一瞥すると、そのまま歩き去っていく。

 そして、男は次の瞬間にはいなくなっていた。

「...そうだ」

 ベルは歩きながら、持っていた折れた直剣を真上に投げた。

 すると、パリンッという硝子が割れるような音とともに結界が砕け散った。




直死の魔眼の設定って、やっぱ色々言われるんですね。
魔眼や魔眼以外の他の設定も、まだ始まったばかりなので、そこら辺は気長に待ってくれたら嬉しいです。

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