生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
『オオオオオオオオオ!!』
凄まじい咆哮が、この場全員の耳をつんざいた。
蛇のようなモンスターは顔のないのっぺらぼうのような、どちらかと言えばミミズのような見た目をしていた。
しかし、先のレフィーヤの魔法攻撃に反応した直後、このモンスターは変化をいや、本来の姿へ戻っていた。
「まさか、花!?」
ティオナはその姿を見て、驚愕していた。
顔だと思われていた部分は、真ん中から割れ、そこからは多数の花弁。
そして、ギザギザと並ぶ鋭い牙からは、紫色の粘液が滴り落ちており、その液体が垂れた地面は蒸気をあげて融解していた。
「レフィーヤ!」
「あぁ!! もう邪魔!!」
ティオナとティオネは、倒れ伏すレフィーヤの元へ駆けようとする。
しかし、地面から突如生えたモンスターの触手に阻まれ、進むことが出来ないでいた。
「っ...!」
レフィーヤの右側腹部は触手の鋭い一撃により、完全に抉られていた。
出血量もかなり多く、それを押さえる手は血の色一色に染まっていた。
蛇のようなモンスター_______食人花は、先程レフィーヤが放とうとした魔法に反応した。
そして現在、標的を絞った食人花は、地中から更に触手を出して、レフィーヤへと向かわせていたのだ。
「立ちなさい! レフィーヤ!」
ティオネはぐったりと倒れているレフィーヤへ声をあげた。
間違いなく、このまま動かないでいたら、レフィーヤは死んでしまう。
眼前には、食人花の攻撃が迫っている。
直撃すれば、無惨な肉片と化すか、粘液にドロドロに溶かされてしまうか、もしくは捕食されてしまうだろう。
何にせよ、レフィーヤは死の一歩手前まで足を伸ばしていたのだ。
「...っっっ!」
しかし、レフィーヤの身体は動かなかった。
右腹部を抉られるという重傷だ。
そこから動ける方がおかしいのだ。
回復系の魔法も、これ程の重傷に果たしてどれ程効果があると言えるか。
それに回復している間に食人花の攻撃は、間違いなくレフィーヤを襲うだろう。
最早、レフィーヤに助かる術はなかった。
どうして、こうなってしまうのか。
レフィーヤの脳内はそれで埋め尽くされていた。
レフィーヤには目指すべき存在がいた。
ヒューマンでありながら、オラリオ最強と呼ばれるまでになった女性冒険者を、彼女は目指していた。
自分はまだ彼女に比べたらとても弱い。
故に、レフィーヤは強くなろうと、彼女を目指そうと必死に努力していた。
それが今、ここで潰えようとしている。
(死にたく、ない...!)
まだ、レフィーヤは彼女の足元にも及んでいない。
それなのに、こんなところで死んでしまってもいいのか。
(それだけは、絶対に嫌...!)
レフィーヤは、必死に身体を動かそうとした。
しかし、無常にもそれは叶わない。
常人ならショック死してもおかしくない怪我だ。
まだ生きているのはレフィーヤの精神力の高さが要因だろう。
それほどまでにレフィーヤは今ここで、こんなところで、死ぬわけにはいかなかったのだ。
『オオオオオオオオオ!!!』
眼前には食人花の触手が、レフィーヤへ迫っていた。
(お願い、誰か、助けて...!)
死を目前にレフィーヤは只の少女になる。
誰かへ助けを求めようとするごく普通の少女にだ。
「洒落になってないですね...」
そして、それに応えたのもごく
「洒落になってないですね...」
思わずベルの口から出たのはその一言だった。
目の前には巨大な食人花のモンスター、そのモンスターと戦っているティオネとティオナ、そして瀕死の重傷を負っているレフィーヤ。
あの男の言葉は本当だったのかと、ベルは納得した。
「取り敢えず、失せろ」
ベルはそう言うと、ポケットから果物ナイフを取り出した。
ここに来る前に、人の居なくなった果物屋から拝借させてもらったものだ。
勿論、後でこっそり返しにいく予定である。
ベルは果物ナイフを
瞬間、ぶつ切りにされた肉の如く、ごとごとと、触手の破片が地面へ落ちていく。
「意識はありますか、ウィリデスさん」
果物ナイフをしまうと、そう言って、レフィーヤの元へ寄り、肩を本当に軽く叩いた。
確かエルフは認めた異姓以外に触れられるのを酷く嫌がるというのを、聞いたのを思い出した。
しかし、今はそんなことを言ってられない事態だから見逃してもらおうとベルは思っていた。
「っ...」
喋ろうとするものの、声に出ないレフィーヤを見て、良かった、意識はあると少しだけ安堵した。
「ごめんなさい、ちょっと失礼します」
ベルはそう言って、レフィーヤへ謝ると、顎を上げ、口を手で少し開けた。
「エリクサーっていう薬だそうです」
そう言うと、レフィーヤが一瞬目を見開いて驚いた様子だったが、ベルは無視して、口の中に、エリクサーをゆっくりと流し込んだ。
エリクサーはどんな重傷だろうと死ぬ前であれば、治せてしまう程の効果がある薬だ。
勿論、ベルはそんな効力などあるのは知らない。
しかし、現状レフィーヤを助ける手段が無いのを考えれば、手元にあるこれを飲ませるしかベルには選択肢が無かったのだ。
「うわ、凄い...」
抉られていた右腹部が完全に再生していた。
ベルの使い方が良かったのだろう。
エリクサーは外傷に関してはそこにかけるだけで、作用する。
しかし、今回レフィーヤの傷は内側もかなり損傷していた。
ベルがエリクサーを飲み薬だと判断し、飲ませたことにより、内側の傷もほとんど完治し、生命維持に支障はまったく出なくなっていた。
「ウィリデスさん...って、気絶してますね...」
薬の効能か、疲労なのか、精神的に安心したのか、レフィーヤは目を瞑って気絶していた。
「まあ、こっちの方が都合がいいか」
そう言うと、ベルは気絶したレフィーヤを抱き上げる、所謂お姫様だっこを実行した。
『オオオオオオオオオ!!』
すると、背後には触手を切断されたことに激怒している食人花が、先程の倍の数の触手を地面から出して、こちらへ向かわせていた。
「取り敢えずウィリデスさんを安全な場所に移動させないと」
そう言った瞬間、食人花の触手が、ベルとレフィーヤの元へ殺到し、容赦なく串刺しにしようとする。
「よっと...」
しかし、ベルはそれを危なげなく、横にジャンプすることで回避した。
「何本あるんだよ、この触手...」
そう言いながら、涼しい顔で、絶え間無い触手の連撃を、軽やかに避け続けるベル。
勿論、この間、レフィーヤには一切負担が掛からないように配慮をしていた。
「白うさぎ君!?」
すると、こちらの姿を確認したティオナが、驚いたように声をあげた。
傍にいたティオネも同じ表情でこちらを見ていた。
妨害していた触手が、全てベル達への攻撃に回ったためティオナとティオネは、不思議に思っていたのである。
「あ、ティオナさんにティオネさん。どうもです」
暢気に挨拶をするベルであったが、食人花の猛攻を受けながらのそれであったので、端から見たらかなり異常な光景であった。
全く掠りもしていないのである。
「うざったいな...」
流石にこのままでは埒が明かない、ベルはそう思い始めていた。
避けることは簡単だが、早くレフィーヤを安全圏に移動させたかった。
故に、そろそろどうにかしなければ、そう思った時であった。
「【吹き荒れろ(テンペスト)】」
瞬間、とてつもない暴風がベル達を襲っていた触手をズタズタに切り裂いていった。
「...大丈夫?」
暴風の発生源、つまり放たれた方向の建物の屋根の上を見てみると、金髪を靡かせた女剣士、アイズ・ヴァレンシュタインであった。
「...助かりました。ヴァレンシュタインさん」
触手の連撃が止まり、ベルはふうと一息吐いて、アイズへそう言った。
「アイズ!」
ティオナが声をあげ、ティオネと共にやってくる。
「レフィーヤは無事なの!?」
ティオネがまず最初にそれを確認してきた。
当たり前だろう、目の前で貫かれるところを見たのだから。
ティオナも同じように心配そうな表情をしていた。
「はい、エリクサーっていう薬を飲ませましたので、もう大丈夫だと思います」
『エリクサー!?』
ベルがそう言った瞬間、ティオナとティオネが声を出して驚いていた。
アイズも、二人に比べれば本当に少しの変化ではあるが驚いている様子であった。
「えっと...何で、驚いているか知りませんけど、ウィリデスさんを安全な場所に連れてかないと」
ベルは不思議そうな表情を浮かべるが、驚いてしまうのは当たり前であって。
エリクサーは現在存在する回復アイテムの中で最高峰のものだ。
その回復力から分かるように他の回復アイテムとは隔絶した差がある。
そして、圧倒的なのは回復力だけではない。
価格も圧倒的である500000ヴァリス。
何とじゃが丸くんの店で最も高い、ゴールデンゴージャスじゃが丸くん(略してGGJ)の5000倍である。
それをベルに説明したら、恐らく白目を剥いて卒倒するだろう。
それくらいにエリクサーは高価なのである。
『オオオオオオオオオ!!!』
アイズの魔法による暴風で、大分ダメージを受けていた食人花が、怯み状態から回復した。
そのまま狙いをアイズに定め、触手を叩き込んできた。
アイズと近くにいた気絶したレフィーヤを含めた三人は、横に跳ぶことでそれを回避した。
「エアリアル」
アイズは魔法により、風を身に纏うと、食人花へ疾風の如く剣閃を放とうとする。
______ピキッ。
何かが罅割れる音がすると、次の瞬間には、アイズの持っていたレイピアの刀身が粉砕してしまったのであった。
「_____」
「アイズ!」
咄嗟にティオナは叫ぶが、アイズは壊れたレイピアの柄の部分で、そのまま攻撃を叩き込んだ。
しかし、それではいくら魔法を使っていたとしても威力が大きく減衰してしまうのは当然で、食人花には一切の傷を負わせられないでいた。
「このっ!」
ティオナが渾身の蹴りを放つ。
食人花の皮膚が僅かばかりに凹むだけで効果は殆どなかったが、ティオナの狙いはダメージを与えることではない。
狙いを分散させることにあった。
今のアイズは武器を失ってしまっている。
その状態で、あの多数の触手に襲われてしまえば、lv:5であるアイズと言えど人溜まりもないだろう。
『オオオオオオオオオ!!』
しかし、その狙いは外れしまう。
食人花は一行に狙いをアイズに絞ったまま、攻撃を続けていた。
まるで路傍の石ころのように見向きもしないのである。
「どうして!?」
「まさか...アイズ! 魔法を解除しなさい! 多分こいつは魔法に反応してる!」
ティオネはそう考察して、アイズへ叫んだ。
先程、全く目向きもされないでいたレフィーヤが、攻撃をしようとしたら突然狙いを変更し、襲われた。
それと今のアイズの現状を読んでの判断であった。
「...!」
ふと、アイズは食人花の攻撃を避け続ける中で気付いてしまった。
倒壊した屋台の陰に怯えるように隠れている獣人の女の子がいたのだ。
もし、このままこの方向へ回避し続ければ、間違いなく子供の隠れている屋台へ食人花の攻撃が届いてしまう。
故に、アイズは連撃の最中、攻撃の向きを変えようと一か八か、食人花へ突撃を敢行しようとした。
「ヴァレンシュタインさん! 馬鹿なことはしないでください!」
そうアイズへ呼び掛ける声がする。
食人花の猛攻の最中、一瞬だけ、その声のした方向へ目を向けた。
「ちょっと揺れるけど我慢してね」
「うっ、ぐすっ...!」
そこにはいつの間にか子供を助けに入っているベルの姿があった。
「なるほど、魔法に反応してるのか...」
ティオネの言葉に納得しているベル。
腕の中には気絶しているレフィーヤの姿がある。
「安全な場所って言ってもなぁ...」
既にここら一体が食人花の戦闘領域になっている可能性がある。
下手にそこら辺の陰に移動させて、触手の猛攻にでも巻き込まれたら意味がない。
「って、ちょっと待ってよ...!」
ベルは気付いてしまった。
倒壊した屋台の陰に隠れている獣人の女の子がいることに。
この騒ぎで親とはぐれてしまったのだろうか。
その身体は不安と恐怖で震えていた。
「ベル君!」
すると、こんな戦場で自身を呼ぶ声がする。
そちらを見れば、走ってくるエイナとそれを追い掛けているヘスティアがいた。
「エイナさんに、ヘスティア様?」
何故、ここに来ている、そう問い掛けたかったベルであったが、一刻の猶予もない。
「ベル君、心配し_____」
「すいません、この人をお願いします」
心配そうに駆け寄るエイナの言葉を遮り、ベルは抱えているレフィーヤをゆっくりと地面へ下ろした。
「ちょっと、ベル君!?」
「一体どこに行くんだい!?」
驚いたように声をあげるエイナとヘスティアに、ベルは人助けですと、言ってそのまま走り出す。
エイナ達も追いかけようとしたが、半ば強引に任された気絶しているエルフの少女がいるので、それも出来ないでいた。
「君、大丈夫?」
「うぅっ...ぐすっ...」
最短ルートを見出だして、それを疾走し、ものの数秒で着くと、ベルは子供の所へ駆け寄った。
怖がらせないように、しゃがんで、目線をきちんと合わせての対応だ。
「お、お父さんと、お母さんが...ぐすっ...」
女の子の顔は、涙でくしゃくしゃになっており、目元も真っ赤になっていた。
「もう大丈夫だから安心して、ね?」
目から涙を拭ってあげると、女の子をそのまま抱き上げ、立ち上がるベル。
「...? ヴァレンシュタインさん?」
ふと、向こうで、食人花の攻撃を避け続けているアイズに目を向けた。
よく見れば、持っている剣が完全に折れてしまっていた。
更にその回避の動きもどこかぎこちない。
まるで、何かを決めかねているような、そんな言動だ。
「まさか...」
あの状態で突っ込もうとしているのではないか、ベルはそう思った。
現状、あの食人花の猛攻を止めるにはあれの撃破しかない。
しかし、冒険者の中でもトップクラスの三人の攻撃を受けても、全くやられる気配ない。
このままではじり貧だ。
あれを止めなければ、被害は更に大きくなってしまう。
故に、アイズは決着を着けようと、武器が損傷状態のまま食人花へ突貫という無謀なことをしようとしているのか。
「ヴァレンシュタインさん! 馬鹿なことはしないでください!」
ベルは自殺行為とも言えるそれを止めるべく声をあげた。
それに対しアイズは、目を見開いて驚いた様子であった。
「ちょっと揺れるけど我慢してね」
取り敢えず、アイズを止めることに成功したベルは、抱き抱えている少女に優しい声色でそう言うと、すぐに走り出した。
「エイナさん! ヘスティア様!」
「ベル君って、その子どうしたの!?」
泣いている子供を抱き抱え走ってきたベルにエイナは驚くも、すぐに状況を察知した。
「怪我はないのかい? その子」
「はい、怪我は無いみたいです。只、親御さんとはぐれてしまったみたいで...」
ベルはそう言いながら、子供を下ろした。
しかし、その女の子はすぐにベルの腰に抱き付いて離れなくなってしまった。
「...もう大丈夫だから。すぐにお父さんお母さんに会わせてあげるから」
ベルは女の子の頭を優しく撫でながらそう言った。
女の子は撫でられると少しビクッとした後に、ベルへ顔を見上げた。
「...ほ、本当?」
「うん、本当だよ。きっとお父さんとお母さんも君のことを必死に探しているだろうしね」
子供というのは人の感情に敏感だ。
故にベルは微笑みかけながら、安心させるようにそう言った。
「すいません、この子を頼みます」
「頼みますって、ベル君はどうするの...?」
「あそこで戦っている三人を助けに行きます」
「助けに行くって、何を行ってるの!? ベル君は冒険者じゃないんだよ!?」
当たり前のエイナの反応に、ベルは苦笑いする。
「でも、あのままだと三人は押し負けます。間違いなく」
はっきりとベルはそう告げた。
向こうでは、アイズとティオナとティオネが、食人花の攻撃を避けながらも反撃を試みていた。
しかし、状況は芳しくなく、いつあの猛攻に三人が耐えきれなくなってもおかしくはなかった。
「...ヘスティア様。あなたのファミリアに、まだ空きはありますかね」
「ちょっと待って、ベル君、まさか...!」
「...うん、ちょうど募集していたところなんだ」
「ヘスティア様!?」
ベルはこの状況を、不謹慎ではあるが、利用出来ると思っていた。
冒険者ではない自分が、lv:1という嘘をついた辻褄を合わせるのに。
そして、自身の力を更に高めるために。
先程の戦いで、今のままでは、あの男には叶わないというのは嫌でも実感してしまった。
例え能力を使ったとしても、あの男は対応してくるだろう。
あの男の膂力は、常人のそれを遥かに越えており、間違いなく冒険者のそれであった。
殺すためには同じく冒険者にならなければ、いけない。
そもそもの土台が違うのである。
しかし、その土台をしっかりと固めれば、あの男は間違いなく殺せるとベルは確信していた。
故に、ベルは選択をした。
「ヘスティア様、僕を冒険者にしてください」
冒険者になるという道を。
アイマスマストソングス楽しいです。