生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
目の前のこの光景は一体何なのだろうか。
ティオナ・ヒリュテは只々そう思っていた。
「やっぱり、呆気ないなぁ...」
食人花、いや食人花だったものの上で、少年は一人立っていた。
既にバラバラに解体され、只の不細工な肉塊と化したそれは、死んで間もないためか、まだ血肉がどくどくと流動していた。
「一体何者なのよ、あの子は...」
ティオネは先程まで繰り広げられていた圧倒的な蹂躙虐殺を思い出し寒気を感じていた。
その光景は気弱そうな見た目をしているあの少年からは到底考えられないようなものであった。
「ベル...」
アイズは一人残骸の上に立つベルを、ただじっと見つめていた。
その内に複雑な心情を生じさせて。
「えっ...」
ふと、ティオナは自身の身体が酷く高揚しているのに気付いた。
「どうして...?」
熱い、ひたすらに熱い。
まるで何かに体内を焼かれているかのようだ。
頭や胸、子宮の奥から焦がれるように熱かった。
「ベル・クラネル...」
頬を赤く蒸気させながら、ティオナは虚ろな目でそう呟いた。
「えっ...嘘...」
気が付けば下腹部が我慢出来ない程に熱い。
ティオナは自身のそこを見てみると、胎内から蜜が零れそうにになっており、咄嗟にしゃがみこんでしまった。
「なんなの...?」
頭がくらくらする。
酒を飲んでもここまで、なったことはない。
不快感の無い、寧ろ逆の感情ばかりが溢れていた。
「これが、そうなの...?」
ティオナは気付いてしまった。
目の前で只の死骸に成り下がった、それを冷酷な目で見下ろす彼、ベル・クラネルのことを_______いや。
「君が、欲しい...」
女としての欲として、彼女は純粋に彼を欲した。
恋愛感情や一目惚れ、そんな甘いものではなかった。
圧倒的に蹂躙し、虐殺を彷彿とさせる容赦の無さ。
無慈悲とも言える程のそれは、ティオナのアマゾネスとしての本能、強い者に惹かれるというそれに酷く合致していた。
只、強い者ならたくさんいる。
しかし、ベル・クラネルはそれ以外にも何か魔性とも言える何かを内包していた。
故に、ティオナはその毒牙にすっかり掛かってしまっていたのだ。
今のティオナは、ベルが求めるのなら、何だってするだろう。
子供が欲しいと言えば、その行為だって、何ら抵抗はない。
それほどまでの強烈な感情をベルに感じていたのだ。
「皆さん、無事ですか?」
無邪気そうな笑顔でその場で固まっている三人へ声をかけるベル。
しかし、その表情はまるで仮面を被っているかの如く、冷たかった。
ゾクゾクとティオナの中で、何かが震えた気がした。
彼に見られているだけで、おかしくなってしまう。
いや、それよりも彼にこんな姿、こんなおかしい、
「...君は、本当に冒険者なの?」
アイズは、意を決したように恐る恐るそう、投げ掛けた。
それはまるで、神経質な獣の気に触れないような、デリケートなものであった。
「はい、そうですよ。______あ、そう言えば、僕の所属しているファミリアをまだ言っていませんでしたね」
ベルはそう言うと、
「______ヘスティア・ファミリア所属、ベル・クラネルです。改めてよろしくお願いしますね。ロキ・ファミリアの皆さん」
ヘスティア・ファミリア総長ベル・クラネルが、ここに君臨した。
「...これは」
ヘスティアは契約を終えて、ベルの背中を見ると、酷く驚いていた。
ベル・クラネル
Lv:1
力: I 0 耐久: I 0 器用: I 0 敏捷: I 0 魔力: I 0
《魔法》【】
《スキル》【
・早熟する。
・自身の追い求めるものがある限り効果持続。
・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。
《※※※》【※※※】
「どうかしました?」
後ろで、ヘスティアが唸っているのを感じたのか、ベルは振り向いてクエスチョンを浮かべる。
「いや、なんでないよ...」
ヘスティアはベルの疑念には応えられず、曖昧にそう言うだけであった。
「...け、結構鍛えてるんだね」
エイナが顔を赤くして、半裸となったベルの上半身を見ていた。
顔を反らしてはいるのだが、チラチラと目線を向けては反らすの繰り返しをしていた。
「はい。僕のアルバイトって体力勝負ですから」
重い荷物を長い距離移動して運ぶのだ。
鍛えなければ、途中でダウンしてしまうだろう。
「...うん、これで君も立派な冒険者だよ」
何やら少し気難しそうな顔をしていたヘスティアだったが、それに対しベルが質問しても何でもないと答えるばかりであった。
「...ベル君。本当に行くの? 君が行っても_______」
「Lv:1の成り立てじゃ、戦力にもならないって言いたいんですよね」
ベルがエイナの言葉を遮ってそう言うと、エイナは気まずそうな表情を浮かべた。
確かに、まだなったばかりの新米冒険者が、Lv:5の冒険者が苦戦するような、モンスターに立ち向かうのは自殺行為だ。
加勢に入っても足手纏いにしかならないだろう。
しかし、それは只の新米冒険者に限ることだ。
「それが分かってるなら...!」
「ですけど。目の前で戦っている女の子が居るのに男がそれを放って逃げたら駄目でしょう?」
ベル・クラネルは、祖父から"女を見捨てて逃げる男なんぞ、死んでもいいだろ?"、そう教わっている。
故に逃げることなど彼にとっては論外だ。
これはベルにとっては鉄則のようなものだった。
「死んでしまうのは生きていれば仕方がないことですが、"男"として死ぬのだけは絶対に嫌ですから」
そう言いながら、ベルは上の服を着ると、歩き始める。
「ベル君...」
エイナはそう名前を呼ぶことしか出来なかった。
追い掛けて腕を掴み、引き留めることは可能だろう。
しかし、既にエイナはもうそれが出来なくなっていた。
ベルの背中は、エイナの知っている頼りない少年のそれではなかったのだ。
エイナの知らない"男"の背中、それを見せられてしまったら彼女には只見送ることしか出来ない。
「ベル君!」
そう呼ばれ、ベルは後ろを振り返ると、ヘスティアがこちらを見ていた。
先程から唸って何かを考えていたが、既にその表情は無くなっていた。
「ベル君、ちゃんと帰ってくるんだよ。やっとファミリアが出来たんだ。いきなり失うだなんて、ボクは絶対に嫌だからね!」
その顔は、子を心配する親の表情であった。
神は地上の人々を自身の子供のように見ているのだろう。
神からしてみれば、人はとても弱い存在だ。
心配するのは当然だった。
「...大丈夫ですよ。そんなことはさせません」
ベルはそんなヘスティアを見て、少しだけ嬉しそうに笑った。
ヘファイストス様にも同じ事を言われたなと、呟くとまた歩き出す。
未だ猛威を振るっている食人花の元へ。
「それに、何事にも例外はあります」
『オオオオオオオ!!!』
ズドンッと、突如地面が砕け散る。
そこから現れたのは食人花の分体であった。
恐らく此方にも狙いを定めに来たのだろう。
花弁が開くと、そこから鋭利な牙、そして強酸性の溶解液が流れ出していた。
『ベル君!』
ヘスティアとエイナの叫びがシンクロする。
食人花は、ベルを補食しようとその首を伸ばして襲い掛かった。
「...僕みたいに、殺すことしか能の無い存在も居るってことですよ」
ベルは持っていた果物ナイフを食人花の口腔内へ投擲した。
「これは純粋な僕の実力」
そう言った瞬間、食人花は核である魔石を破壊され、無残に砕け散った。
「これからは、雑魚相手に
直後、ベルは食人花の本体へ疾走した。
眼鏡を掛けた、その状態で。
そして、冒頭。
ベル・クラネルが行ったのは、とるに足らない只の蹂躙行為だ。
アイズやティオナ、ティオネが武器無しとは言え苦戦していたモンスターを圧倒的に殺戮しただけだ。
誰も入らせる余地はない。
もし、その中へ入っていけば間違いなくベルの殺戮対象として抹殺されるからだ。
それほどにベルは滾っていたのだった。
「じゃあ、帰りましょうか」
故に、この戦いは呆気なく終わってしまった。
特筆することなど何もなく、ベル・クラネルが本来遥か格上のモンスターを単独で殺した、それだけのことだ。
「...そうだ。シルさんを探さないと」
ベルは本来の目的を思い出すと、大剣を背中に差し、残骸の上から降り、何処かを目指して走り出して行った。
残された少女達は、只彼が去っていく姿を呆然と見守るしかなかった。
結論から言えば、シル・フローヴァは生きていた。
それこそ、あの男が言っていた形とは真逆で、人の形をしていたし、いつものあざと可愛いシルはいた。
会ってみれば、逆に「探したんですよー! ぷんぷん!」と言われ、それを口に出して言う人は本当いるんだなとベルはある意味感心していた。
まあ、取り敢えず。
シルが生きていて良かったと、ベルは心からそう思っていた。
「どうだったかしら。あの子は?」
オラリオ市内、バベル最上階。
そこは美の女神フレイヤが座する、ある種の居城であった。
只、少しだけ違うのが、フレイヤの髪が少しだけ短くなっているところだ。
「はい。想像以上でした。まさか一回でも殺されるとは思ってもいませんでした」
それに答えたのは、いつの間にか現れていた2mを超す巨体を誇る猪人、オッタルであった。
彼はフレイヤ・ファミリアの首領にして、都市最強であるLv:7の冒険者である。
故に、オッタルの名を知らぬ者はこの町には存在しないし、二つ名である《
「ふふふ...あなたが殺されるなんて、あの小さな勇者様以来じゃないかしらねぇ」
そうフレイヤに言われ、オッタルが思い浮かべたのは、自身に唯一傷をつけたある男だ。
その男は、オッタルが知る限り最強格の冒険者と言えた。
「申し訳ございません、フレイヤ様。私はベル・クラネルという男を殺さなくてはいけなくなってしまいました。どうかお許しを」
そう言って、オッタルはフレイヤの足元に膝まずき、深く頭を下げた。
「いいわ。本来なら許さないことだけれども、それであの子の魂が更に輝くのなら私は構わないわ」
恍惚とした表情を浮かべ、フレイヤは笑っていた。
それに対しオッタルは石のように何も反応はしなかった。
「でも、そうね...オッタル。殺すのなら貴方も全力を出して殺しにいきなさい。そうすれば、あの子も_______」
それに応えて、全力で殺しにかかってくるだろうしねと、フレイヤはまるで悪魔のような表情でそう言った。
「承知致しました。しかし、あの男はまだ冒険者になったばかり。恐らくこれから私達の想像を遥かに越える勢いで強くなるでしょう。それこそ_______」
_______神すら殺す
第一章『死兎降誕』完
というわけで、一巻分はこれにて完結です。
短いですが、ここまで読んで頂き有り難うございました。
作者はまだまだ未熟でありますので、平にご容赦お願い致します。
クリスマスなんて無くなってしまえばいいのに...