生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
とても嬉しかったです(小並感)。
オラリオ市街メインストリートから外れた路地を行くと、そこにはスラムのような場所が続いている。
ゴミを漁る野良犬や俯いて座り込んだまま動かない人達など、見るからに荒んでいた。
世界で一番発展しているのはオラリオだと皆悉く言うが、実際にはこういう風な貧困も大きな問題になっている。
富裕層と貧困層の格差は神だけでなく人だって例外ではない。
「......500ヴァリスじゃの」
「どうして!?」
そんな路地裏の奥にひっそりとあるノームの経営する万屋で、一人の少女が老人へ食って掛かっていた。
「どうしても何も、これは
「でも、これであの人は、ウォーシャドーとキラーアントの群れを一瞬で倒したんですよ!? Lv:1のあの人が!?」
「あの人と言われても儂は知らんよ。そのあの人やらの技量が飛び抜けていただけじゃろう。まあ、Lv:1でそんな芸当出来るとは思えんがの」
レベルを詐称してたんじゃなかろうかと、ノームの翁はそう言った。
このノーム、ボケてしまったのかと、一瞬だけ少女____リリルカ・アーデは思ったが、この店に来たのはつい最近のことである。
その際には満足のいく査定をしっかりと行っていた。
そんな短いスパンで、いきなりボケてしまうものなのだろうか。
少なくとも、両者間できちんと会話が出来ている時点でその可能性は皆無となった。
「さて、どうする? お前さんに免じて買い取ってはやるぞ」
「......また来ます!」
リリルカは勢いよく扉を閉め、出ていった。
閉まった後もボロくなっていた扉が軋み、ギィギィと耳障りな音が響いた。
「しかし、あのナイフでウォーシャドーとキラーアントの群れを一瞬で倒した、かのう。一体どんなLv:1なのじゃ......」
ノームの翁は先程リリルカが言った人物のことを疑問に思っていた。
しかし、その思考は次の客が来たことにより中断され、ノームの翁は二度と考えることはなかった。
「......そんなわけない!」
リリルカはギュッとナイフの柄を握り締める。
確かにあの人_____ベル・クラネルは、Lv:1だと言った。
しかも10日程前になったばかりだと。
ノーム翁はレベルを詐称したと言ったが、リリルカにはベルがそれをする理由は無いと判断していた。
レベルの低いものが、高いと嘘を吐くのなら分かる。
虚無の栄光が欲しい故にだ。
しかし、リリルカは実際にそれで酷い目にあっている冒険者を見てきた。
更に言えばリリルカ自身も巻き込まれるという形で酷い目にあったのだ。
嘘は直ぐにバレるのである。
特にレベルに関してはギルドに登録されているので、調べようと思えばすぐにそれが嘘だと発覚する。
それらの点からリリルカはベルに嘘を吐く利点が無いと考えたのである。
「とにかく、別の店にも見てもらおう」
リリルカの知りうる店はあと複数店あったので、そこを訪ねようと早歩きで路地を歩いていく。
確かに見た目は何の変哲もないナイフではあるが、
故にリリルカはあのナイフに何か秘密があると思い盗ったのだが、結果はこれである。
「もし、これが只のナイフなら、あの人は何者なの......?」
それ故に到達したある考え。
そんな安物のナイフであれをやってのけたベルという冒険者は一体何者なのだろうか。
少なくとも
「取り合えず、早く売らないと......」
リリルカの予想では、ベルは既に気付いているはずだった。
恐らくベルは直前まで一緒にいたリリルカを探しているだろう。
一番疑いの深い人物は間違いなくリリルカだ。
もし遭遇したとしてもシラを切るつもりではいるが、不安要素はいち早く取り除きたいものだった。
「リューはいつもこんな所を通ってるんですか?」
「えぇ、近道ですので」
「でも、ここって危なくないですか......?」
「そうですね。たまに
「うん、世間一般的にはそれを危ないって言うんだけれど......」
すると、前からヒューマンとエルフの女性二人が買い物袋を持ちながら歩いてきた。
この路地裏を歩くには二人はあまりにも不釣り合いな存在だった。
リリルカは少し驚いていたが、フードを深く被り、ナイフを袖に忍ばせ、そのまま横を通り過ぎていく。
「......待ちなさい、そこの小人族
ビクッとリリルカは思わず立ち止まってしまった。
振り向けば、先のエルフがリリルカを無表情で見つめていた。
「今、袖にしまったナイフを見せて欲しい」
冷や汗がリリルカの全身を駆け巡った。
「リュー、どうしたの......?」
「いえ、そこの小人族
クラネル、その名前に該当する人物をリリルカは一人しか知らなかった。
「......勘違いじゃないですか。これは私のものですけど」
そう言って、リリルカは再度歩き出す。
この暗い路地裏で、しかもあの通り過ぎた一瞬でこのナイフを捉えるなんて一体どんな視力をしているんだと、リリルカは心の中で悪態を吐いた。
それに先のエルフがまさかベルの知り合いだとは思わなかった。
あの様子だとヒューマンの女性も同じく知り合いだろう。
こんなところで遭遇してしまうなんて何て不幸かと、リリルカは嘆いた。
しかし、危機は何とか乗り越えた。
後はさっさと此処を離れ、このナイフを売ってしまうだけだ。
リリルカはなるべくバレないように足を速めていく。
「______戯け」
飛んできたのは冷たく鋭利な、たったその一言。
しかし、リリルカの足を止めるには充分過ぎるものであった。
「私がクラネルさんのものを見間違えるはずがないだろう」
ナイフ一本に対し何を言っているんだこのエルフはと、リリルカは思わなくもなかったが、それどころではなかった。
右頬のすぐ横を何かが高速で通り過ぎていったのだ。
そして、後ろからは何かが爆散する音が聞こえる。
「動くな。撃ち抜くぞ」
もう撃ってますよね、等とは言えなかった。
目の前のエルフは明らかに剣呑な雰囲気を纏っている。
その体勢を見るからに、何かを投擲した後のようだ。
「ちょっと、リュー!? 林檎っていうか、食べ物を粗末にしたらミアお母さんに怒られますよ!」
「......それは困りますね」
ヒューマンの女性はそう言うが、下手をしていたらリリルカの顔は間違いなく後方へ飛んでいった林檎のようになってしまうところだったのだ。
心配すべきはそこではないと思ったが、全面的にリリルカに非があるので、ヒューマンの女性の言葉は否定できない。
「......っ!」
リリルカは二人のその会話の一瞬の隙を突き、走り出した。
全身全霊全力全開で走った。
そうしなければ、あのエルフに本気でやられてしまうと。
愉快な林檎爆散アートにはなりたくないのである。
「逃がすと思っているのか?」
瞬間、二個目の林檎が爆散した。
「いぎぃっ......!?」
エルフの放った林檎が、的確に背中を撃ち抜いたことにより、尋常ではない痛みがリリルカを襲っていた。
現にリリルカは路上をのたうち回っており、その痛みが何れ程のものかを物語っていた。
「......そのナイフ、見せて貰おうか」
ゆっくりとエルフは近付いてくる。
まるで死刑を下しに来た処刑人のようだ。
リリルカは何故こんな目にと、悪態を吐きそうになったが、そんなことよりもやるべきことがあった。
如何にこの状況を打破することであった。
「だから、食べ物を粗末にしちゃ駄目だってば!」
相も変わらず、後ろのヒューマンはリリルカのことを何とも思っていないようだった。
まあ、当たり前ではあるが。
取り合えず、リリルカは痛みを堪え立ち上がり、大きく息を吐いて指を指しながらこう叫んだ。
「あ! ベル・クラネル様!!」
その瞬間、目の前のエルフとヒューマンは後方へ凄い勢いで顔を向けていた。
ベル様効果凄すぎですと、内心リリルカは思っていたが、この時ばかりはそれに感謝であった。
先程よりも、かなり大きな隙が出来たため、リリルカは今度こそ逃走を図ることに成功した。
「今日の晩御飯は何にしようかなぁ......」
ベル・クラネルは鼻歌を歌いながら街を歩いていた。
時間帯が夕刻ということもあり、子供連れの母親が買い物籠を提げながら歩いているのを結構な頻度で見かける。
「魚介系か、いや肉系かな......」
現在ベルは、夕食のおかずについて思案中であり、更に言えば財布の中身とも相談中でもあった。
今までは一人暮らしだったため、料理を作る際も滅多に凝ることはなかったが、今はヘスティアと一緒に暮らしている。
自分一人なら適当なものでも良いが、誰か一緒となるとそんなわけにもいかず、きちんと考えなくてはならない。
まあ、あの女神様のことだからきっと何でも喜んで食べてくれるのだろうとはと思ってはいたが。
「すいません、このヤクーのカタ肉を0.3Kg下さい」
「あいよ。ちょいと待っとってねぇ」
どうやらベルの狙いは肉に定まったらしい。
肉屋の店主から茶色い紙に包まれた肉を受け取ると、ベルは持っていたバッグにそれを詰め込んだ。
「はい、お代です」
「まいどありぃ」
お金を渡し、ベルは軽く会釈をすると、次は足りない調味料かなと呟いた。
「ん? 何だあれ?」
ふと、少し騒がしいことに気付き、ベルはその方向を見る。
そこは路地裏へ続く細い道だった。
何故かは分からないが、そこから野良犬や野良猫が凄い勢いで駆けていったのだ。
まるで、何か恐ろしいものから逃げるかのように。
「ちょっと見てみるか......」
厄介事は好まないベルではあったが、珍しく興味を抱いてしまったので、買い物袋を提げながら、その場所に向かった。
「って、えーっと、リリルカさん?」
「ベル様!?」
路地裏を覗こうとすると、そこからどこか見覚えのある小柄な少女が走ってきたのだ。
最初その姿に違和感を覚えたベルであったが、眼鏡を軽くずらしたことによりその違和感をなるほどと理解した。
「やあ、さっきぶり。ところでどうしたの? 随分騒がしかったみたいだけど」
「え、えっとですね......」
ベルがそう問い掛けると、リリルカは目を泳がせながら口ごもってしまう。
どうしたのだろうかと、ベルが首を傾げていると、更に路地裏から出てくる者がいた。
「クラネルさん......!?」
「ちょっと、リュー速いってば......って、ベルさん!?」
「リューさんにシルさんもどうしたんですか......」
知り合いが一気に流れ込んできたベルは酷く困惑していた。
「クラネルさん、退いてください」
リューはベルのすぐ横にいたリリルカのフードを無理矢理剥いだ。
突然のことに驚くベルであったが、リューの行動はとにかく早かった。
露になる少しボサボサの茶髪と
「......すいません、人違いでした」
しかし、何故かリューはリリルカの顔を見てすぐに謝ると、フードを元に戻したのだった。
状況を理解できないベルは取り合えず把握はしようと彼女達に問い掛けた。
「あの、一体何があったんですか?」
「その前に一つ聞かせて頂きたいのですが、クラネルさんはナイフを持っていますか?」
質問を質問で返されてしまい、あれれと苦笑するもベルはそれに答えることにした。
「今は無いですね。丁度知り合いに預けている所なんですけど、それがどうかしました?」
「はい。実は先程、クラネルさんのナイフらしきものを持った
そして預けているとはと、リューは更に質問を重ねた。
「ナイフの調子がいまいちだったので、知り合いの鍛冶師に預けてるんですよ」
最近はダンジョンに潜る機会が増えましたからと、ベルはそう続けた。
「ベルさん、冒険者になったんですよね......」
シルが頬を膨らましてそう言った。
どうやら拗ねているようであった。
「冒険者なんて、危ない仕事に就いて。私とっても心配なんですよ」
少し上目遣いでそういうシルはやはりあざとい。
自身を一番可愛く魅せる方法を熟知している。
これは恐ろしいと、ベルは戦慄していた。
「まあ、でも。その分収入も増えましたし、ね?」
「もう、そういうことを言ってるんじゃないんです!」
収入が増えた分、《豊饒の女主人》に行ける機会も増える、そういう意味で言ったのだがどうやら違うらしい。
「まあ、多分リューさんの見間違いだと思いますよ」
「......分かりました。ありがとうございます」
そう言うとリューはリリルカを一瞥すると、そういうことですかと呟いて視線を戻した。
「あ、それよりも。良いんですか? 見たところお使いの最中みたいですけど」
ベルは二人の持つ買い物袋を指してそう言った。
「あ、そうでした。リュー、早く帰らないとミアお母さんに叱られちゃう」
「そうですね。いや、その前に林檎二つを買いに行かなければ......」
二人はそんな会話をした後に、ベルに挨拶をするとまた路地に戻ろうとした。
確か路地を通っていけば近道になるとはバイトの先輩から聞いたことはあったが、女性二人だけで歩かせるのは心配だった。
しかし、それは普通の場合であって、今この場にはリューという手練れがいるためその心配はない。
寧ろ襲った側が心配になるレベルだ。
「______あんまりおいたはしちゃだめよ。
「......っ!?」
去り際にリリルカはシルから耳打ちをされていた。
何を言ったのかは分からないが、表情から察するにあまり良いことではないようだ。
詮索はしないでおこうと、ベルは判断する。
「取り合えず、リリルカさん。大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい。少し背中が痛いくらいです」
リリルカはそう言うが、明らかに震えていたので、恐らく普通に痛いのだろう。
「......まあでも、リリルカさんもいけないんだよ。僕のナイフを盗っちゃうんだから」
「_______!?」
リリルカの表情は、類を見ないくらいの驚愕の色を浮かべていた。
「でも、これで分かったと思うけど。ね、
笑顔でそう言うベルにリリルカは、驚きで動けない。
そんなバレないように細心の注意を払ったのにと、思考するが、それを塗り潰すかのように、リリルカの頭は真っ白になり始めていた。
「売りに行ってみたんだよね? 確かこの路地裏を行くとノームの万屋があったはずだから」
バイトの時に何回か行ったことがあるからと、ベルは言う。
「......何を言ってるんですか? リリがベル様のナイフを持ってるわけがないじゃないですか」
リリルカは震えそうな声を必死に抑えながら何とか口に出した。
しかし、抑えているとは言え、微かに震えているのをベルは気付いていた。
「......ふぅん。まぁ、リリルカさんがそう言うのならそうなんだね。_______ごめんね、とても失礼なことを言って」
ベルは申し訳なさそうにそう言って頭を下げるが、リリルカにはその声が酷く冷たく聞こえた。
「あ、そうだ。リリルカさん。明日もダンジョンに潜るから、朝の9時に広場に集合ね。今度こそ、お金は払わせてもらうからね」
端から見たらベルは頼む側ではあるのだが、実際のところリリルカにはそれを断る術がなかった。
断ろうと思えば断ることも可能なのだろうが、微笑みを浮かべているベルから放たれている
拒むことは許されない、肯定のみが今のリリルカに許されている唯一の選択肢であった。
故にリリルカは首を縦に振るしかなかったのだ。
「またね、リリルカさん。明日ちゃんと来てよ。僕はまだ買い物があるから、寄り道しないで気を付けて帰ってね」
ベルはそう言うと、踵を返して歩き出した。
ヒューマンとしては普通の背丈の筈のベルが、この時リリルカには異常に大きく見えていた。
リリルカはどくどくと動悸が止まない。
_______一体何なんだ、あの人は。
リリルカの真っ白になりつつなる脳内では、ひたすらその言葉がリフレインしている。
恐怖や畏怖、そんなものを越えた感情がリリルカを支配していた。
「あ、そうそう」
何かを思い出したかのように、ベルは足を止めてリリルカの方へ振り向いた。
「_______次は無いから気をつけてね?」
次の瞬間、リリルカの下半身の筋肉は一気に弛緩し、失禁という形になってそれは現れていた。