生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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ガルパンはいいぞ


#19

「ソーマ・ファミリアについて?」

 ギルドの個人相談室にて、エイナ・チュールは首を傾げながら疑問符を浮かべていた。

「はい、どういうファミリアなのか少し気になりまして......」

 そう投げ掛けたのは、ベルであった。

 既に謎のミノタウロスの群れを一掃して帰ってきており、ロキ・ファミリアの三人やリリルカとは別れていた。

 あの後に更に下まで進む気にはなれず、というよりリリルカの方が限界そうだったため、切り上げることになったのである。

 そこで、今日の報酬金をリリルカに渡したのだが、すこし(・・・)色目を付けていたので、かなり驚いていた。

 今回の稼ぎの6割程である。

 ベル自身、少し言い過ぎたかもしれないと思っていた部分もあり、それのお詫びを含めての金額だった。

 流石に甘過ぎる(・・・・)とは思っていたが、これは根っ子に染み付いているものなので、治ることはないだろうと内心諦めていた。

 その証拠にベルのナイフはまだ戻ってきていない。

 報酬を貰ったリリルカは怪訝そうな、しかし大金を貰って嬉しそうな、そんな表情が入り交じった顔をしていた。

 ロキ・ファミリアの面々とは、ティオナとアイズには、またねと挨拶されたが、レフィーヤからは、さようならと、大分冷たいもので、同じエルフであるリューやエイナと比べると色々気難しいなとベルは思っていた。

 ちなみにレフィーヤはリリルカにはきちんと、また会いましょうと笑顔で挨拶していた。

 やはりベルは苦笑するしかなかった。

「......実はね、私も少し気になって調べてみたんだよね」

 すると、エイナは考える素振りを見せるとそう言って、棚から何かの資料を取り出し、ベルにも見えるようにそれを広げた。

「......酒、ですか?」

 そこに写っていたのは、ある酒についての情報だった。

「うん、《神酒(ソーマ)》っていうお酒。神と同じ名前を冠する、ね」

 エイナは少し含んだような、そんな言い方をした。

 神と同じ名前、つまりはそれに値するほどの美酒ということになるだろう。

「60000ヴァリスって......酒がですか?」

「それは私も思った......」

 節約を心掛けているベルからしてみれば、この金額ははっきり言って恐ろしいものでしかない。

 二月は余裕で暮らせる自信があると、ベルは思っていた。

「あれ、同じ名前ってことは......」

「......そう、このお酒はファミリアの主神であるソーマが作っているらしいの」

 随分とまあ自分が大好きな神様だという感想は、恐らく今は不適当なので口には出さなかったが、それを読み取ったのか、エイナは更に続ける。

「《神酒》はね、神ソーマが神の力(アルカナム)を使わずに技術のみで造り出した究極のお酒で、あまりの美味しさから、名前も畏敬を込めてこう呼ぶようになった......っていう説があるの」

 なるほどと、ベルは口に出す。

 自身が作った酒に自分の名前を付けるなどとは思ったが、こういうことかと納得していた。

 まあ、説とは言ってはいるが。

「でも、美味しいってどれだけなんでしょうね」

 まさか、止められなくなってしまうとかではないでしょうと、ベルは笑いながら言った。

 美味しいと言っても味覚は個人によって差が存在する。

 どれだけ美味しいと言われようとも、万人に受けるものなどは存在しないのだ。

「......それがね、強ち間違いじゃないかもしれないの」

 エイナは深刻そうな表情で言うと、また別の資料を取り出した。

「......換金所を利用した冒険者の記録(・・・・・・)なんだけど」

 そう小声で言って頁を捲り、お目当ての部分を見つけるとこちらに向きを変えてエイナは提示した。

「これは......」

 見てみると、どうやらファミリア毎で分けられているらしく、そこは件のソーマ・ファミリアの頁であった。

「......私がギルドに就職する前からも、常に換金所ではトラブルがあったみたい」

 そこにはこと細かく、どういうやり取りがあったのかが書かれており、暴言を吐かれたや、暴力を振るわれたなどの記録が残っていた。

「......実はギルドではこういうものとか(・・)でブラックリストとかを作ったりしてるんだけど」

 先程からエイナの声の音量はとても小さくなっており、これが本来なら公開してはいけない情報というのを理解できた。

 これが露見してしまえば、エイナは間違いなく危ない立場になってしまうし、懲戒免職だって有り得てしまうかもしれないのだ。

「......ソーマ・ファミリアの人達は何かこう、切羽詰まってるというか、追い込まれているというか、とにかく常により多くのお金を必要としているの」

 だから、査定額が望んだものではないとその職員に言い掛かりをつけて暴言を吐いたり、暴力を振るったりするんだとエイナは続けた。

「......もしかして、その《神酒》っていう酒を買うためにってことですかね」

「......そこまでは私も分からないな。でも、少なからずこのお酒が関わっていることは確かだと思う」

 エイナはそう言って、資料を閉じた。

 その動作はエイナが分かるのはここまでということを表していた。

「......ありがとうございます。でも、こんな危ない橋を渡るようなことはもう止めてくださいね」

 心配ですと、ベルは続けてエイナの手を両手で優しく握るように取った。

「ちょ、ちょっと、ベル君......」

 途端にエイナは顔を紅潮させるも、握られた手を振りほどこうとはしなかった。

「止めてくださいね? 僕、エイナさん以外に担当して貰うのは嫌ですから」

 ベルはしっかりとエイナを目を見詰めてそう言った。

 エイナ以外に担当して貰いたくないというのは間違いなくベルの本心であるし、何よりエイナに不幸が訪れるのを見たくなかったのだ。

「ベル君......」

 しっかりと見詰められたエイナは、ベルの目をぼーっと見返しながら、そう譫言のように呟いた。

「絶対に約束ですよ?」

 手を握る力をほんの少しだけ強めて、ベルはそう言った。

「うん......」

 エイナは自身の手を包んでいたベルの手を軽く握り返すと、汐らしく返事をする。

 柔らかな女性らしい掌がベルの手を包み込んだ。

「あ、それ、付けてるんですね」

 ふとベルは、長袖で隠れていたエイナの左腕に緑のスエードとチェーンで編み込まれたブレスレットを見た。

 前にベルがプレゼントした手作りのブレスレットである。

「うん、ベル君が作ってくれたものだし。ちゃんと大事にしてるからね」

 そう言って、ベルから貰ったブレスレットを愛おしそうに見るエイナ。

 本当に大事にしてくれているんだと、ベルは嬉しく思っていた。

「......あのね、ベル君」

 はい、とベルは返事をして、意識をエイナへ向けると、何故か顔を紅潮させ、目を泳がせながらもじもじしていた。

 ふと、手に断続的に続く柔らかな感触。

 ベルの手を、エイナが何度も何度も握ったりは離してを繰り返していたのだ。

 まるで、何かの不安を和らげるような、そんなものであるようにベルは思えた。

「えっと......その、ね......」

 割りと物事をはっきりと告げるエイナが、これ程までに詰まるのは珍しかった。

 余程、言いづらいことなのだろうかと、ベルは考えた。

「今日仕事終わっ_______」

「エイナー! 担当の人が待ってる_______あ"っ......」

 バンッと個室の扉を開けて、エイナを呼んだのはミイシャだった。

 しかし、その表情は優れず、真っ青になっていた。

 エイナもエイナでミイシャを見て固まってしまっていた。

「......あ、すいません。手握りっぱなしでしたね」

 ベルはそういえばと、言って握っていた手を離してしまう。

「_______ごめんね......! ごめんね......! 私、相変わらず空気の読めない馬鹿女で......!!」

 だから、あの時みたいにアイアンクローだけは止めてね!! と続けると、颯爽と姿を消すミイシャ。

 うわぁぁぁぁ!! というミイシャの叫びが、バタンッと勢いよく閉じられたドアの向こうから聞こえた。

「......相変わらずよく分からない人ですね。あ、エイナさん、呼んでるって言ってたみたいですし、そろそろ御暇(おいとま)しますね」

 そう言って、ベルはソファから立ち上がると、どうもありがとうございましたと礼をする。

「......うん......はははは」

 少し俯いて返事をすると何故か自棄にでもなったのかのように笑いだすエイナ。

 その哀愁すら漂うエイナの表情に、あの一瞬で何があったのかと思ったベルであったが、それは問うことすら阻まれてしまう。

 それほどまでに今のエイナは怖かった。

 纏っている雰囲気(オーラ)が。

「そ、それじゃあ、エイナさん、お疲れ様です。また明日もダンジョンに行くので、よろしくお願いしますね......」

 ベルはなるべく笑みを浮かべつつ、当たり障りのない口上を述べる。

 下手に刺激をすれば何が起こるか分かったものではないからだ。

「......またね、ベル君」

 力なくエイナはその言葉に返した。

 光彩のないその瞳で。

 ベルは知らぬ間に地雷を踏み抜いたかと考えるも、結局答えは出ず、取り合えず今は、ここから素直に退散しようという思考に落ち着き、そそくさとその部屋から退室した。

 

 

 

 

「うわぁ、本当に60000ヴァリスだ......」

 ベルは棚の上に並んでいる《神酒》を眺めながらそう呟いた。

 ちなみに取って見ないのは、落とすのが怖いからであった。

 現在、オラリオ市内にある道具屋(アイテムショップ)にベルはいた。

 正確には食品雑貨(グロサリー)のコーナーではあるが。

 名前を《リーテイル》という店で、多種多様な商品を取り扱っている。

 その中には各商業系ファミリアから輸入したアイテム、例えばエリクサーなども扱っており、冒険者からはかなりの評判だ。

「あ、これ......」

 ふと、取ったのは、かなり安い金額が書かれた札が付いている酒だ。

 ベルはこれを見て感じたのは第一に懐かしいという郷愁であった。

「お祖父ちゃんがよく飲んでたなぁ......」

 《マイホーム》というとてもとても安価な酒だ。

 知名度も全くと言っていいほど低い。

 味も安いだけに、それなりの味だ。

 しかし、ベルはこのドマイナーな安物の酒が一番好きだった。

「買ってこうかな......」

 ベルはそう言って、酒瓶に手を掛けようとした。

「......普段から酒は飲むのだな」

 すると、横から少し呆れたような声がする。

 振り向けば、そこには長身のエルフの女性がいた。

「......確か、アールヴさんですよね?」

 ベルは脳内からどうにか名前を捻り出し、確認した。

「あぁ、そう言えば、あの時はきちんと自己紹介をしていなかったな。私はロキ・ファミリア副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。君のことはよく聞いている(・・・・・・・)ぞ。クラネル」

 少し含んだような顔をしてリヴェリアはそう言った。

「ああ、ティオナですね。変なこと言ってませんか?」

 恐らくティオナ辺りだろうかと、ベルは軽い憶測を立ててみた。

 ロキ・ファミリアのあの三人で自身のことを話すのはティオナしかいないと、判断したからだ。

「そうだな。Lv:1で中層に匹敵するモンスターを圧倒したことが変なことではないのなら、きっとそうなのだろうな」

 筒抜けですねと、ベルは曖昧に笑った。

 まあ、あの時のことが自然とファミリア内に広まるのは可能性としてはかなり高い。

 更に言えば、ファミリア内の幹部クラスにはそういう報告などは行くのは恐らく当たり前であるはずだ

 故に、この時点で間違いなくロキ・ファミリアの幹部達はベルのことを知っていると判断出来る。

「......まあ、変な詮索はしないさ。あの子達が世話になったみたいだからな。礼を言わせて貰いたい」

 ありがとうと、リヴェリアは頭を下げた。

 エルフは色々な種族の中でも容姿はトップクラスに良い。

 リューやレフィーヤ、ハーフエルフであるエイナも共通して皆美人なのだ。

 今目の前にいるリヴェリアはハイエルフで、生まれも正しい王族だ。

 故に姿勢や雰囲気も、とても高貴に感じられ、ベルは酷く居心地の悪さを感じていた。

「いえいえ、気にしないで下さい。男として当然ですから。......あと、頭は上げてくださいね」

 案の上、ベルはリヴェリアの頭を上げさせた。

 ベルとしてはそちらの方が重要(・・・・・・・・)であった。

「だがな、レフィーヤの命を救ってくれたそうじゃないか。礼はしなくてはいけないだろう」

 リヴェリアは真面目な表情でそう言った。

 仲間の命を助けてくれた恩人に礼の一つをしないようでは、ロキ・ファミリアとしても個人としても傷がつくと、更に続けた。

「いや、しかし......」

「何でも言ってくれていい。私が出来ることなら応えよう」

 まかせろと、自信満々そうな顔で言うリヴェリアにベルは苦笑してしまう。

「女性が何でもするなんて言ったら駄目なんですよ?」

「ほう、クラネルは私に何か良からぬことでも言うのか?」

 少しにやにやした表情でリヴェリアはベルを見た。

「そうですね、場合によってはするかもしれませんよ? アールヴさん、綺麗ですし」

 そんな両者の会話。

 色気付くなと、リヴェリアにベルは叱られるが、その表情をよく見れば満更でもないようだった。

「......まあ、冗談はさておき、だ。流石に何もしないのは私も許せないのでな。何かないか?」

 やはり、話は流すことは出来なかったかと、ベルは心中で舌打ちをする。

 はっきり言って、礼など貰わなくてもベルは良いのだ。

 余計な貸し借りはしたくないというのが一番の理由だが。

「......そうですね」

 恐らく断ろうとしても、リヴェリアはそれを断ってくるだろう。

 最早、ベルにリヴェリアの申し出を断る術はなかった。

「......ソーマ・ファミリアの件について何かご存知ではありませんか?」

「......ソーマ・ファミリア? それを聞いてどうするつもりだ?」

 怪訝そうな表情で、リヴェリアはベルを見た。

「......変な詮索はしないんじゃないんでしたっけ?」

「ああ、だから答えなくていい。君が答える気なら言ってもいいがな。一応の確認だよ」

 最近、ソーマ・ファミリアの噂はよく耳にするからなと、リヴェリアは続けた。

 やはり、ソーマ・ファミリアはどうもきな臭い集団であることは、ベルの中で確定していた。

「......知り合いがソーマ・ファミリアの人に武器を盗まれましてね。まあ、安物だったから良かったんですけど、そこまでしなくてはいけない理由が個人的に気になりましてね」

 ベルは軽く溜め息を吐いてからそう言った。

 言わなくていいと言われてしまえば、言わないに越したことはないだろうが、ここで敢えて理由を言ってしまえば信用、とまではいかないが箔はつく。

 相手は最大最強を誇るロキ・ファミリアの副団長だ。

 この程度の余計な隠し事もする必要もないだろう。

 それにティオナ達との関係を見れば、ますますその必要はなくなった。

 少なくとも利点はあるはずだと、ベルは判断していた。

 まあ、ベルが言ったその理由は嘘ではあったのだが。

「......そうだったのか。だが、すまないな。私もソーマ・ファミリアについては、噂程度しか知らないんだ。恐らく私が言う情報も、君は既に知っている(・・・・・・・・・)ことだと思う」

 申し訳なさそうに言うリヴェリアに、ベルは逆に此方が申し訳ない気持ちになってしまった。

「いや、良いんですよ、別に。只の興味本意なだけですから」

 此方こそすいませんと、ベルは謝りを入れた。

 まあ、知っていたらラッキー程度で考えていたのだ、別段問題はない。

「_______しかし、だな。心当たりがある奴なら知っているぞ」

「......心当たり、ですか?」

 首を傾げ、疑問符を浮かべているとリヴェリアは片目を瞑ってベルを見た。

「ああ、そうだ。恐らく知っているはずだ。何せ無類の酒好きだからな......」

 リヴェリアは後半、少し呆れたような口調でそう言った。

 酒好き? とベルは更に首を傾げた。

「取り合えず、これを買っていくか......そうだ、君のそれも買っていこう」

 リヴェリアはそう言うと、棚から《神酒》と、ベルが取ろうとした酒《マイホーム》を手に取り、会計へと向かった。

「......あ、ありがとうございます?」

 ベルはいきなり過ぎて話に着いていけないと、既に歩き出しているリヴェリアを見ながら、取り合えず礼を述べていた。




うさぎさんチーム全員集合のフィルムゲットだぜ。













ちなみにベル君、非童貞です。

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