生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
リリルカ・アーデは冒険者が嫌いだ。
彼女は、ソーマ・ファミリアの冒険者夫婦から生まれた子供で、この世に生誕した瞬間から、このファミリアに加わることが決定されていたのだ。
両親は、年端もいかないリリルカに金を稼いでくるように何度も何度も言っていた。
無論、そんな彼女では満足に金を稼ぐことなど出来る筈もなく、待っていたのは暴力という名の虐待であった。
親らしいことを何一つせず、されたことと言えば、金の稼ぎ方を教わった程度だ。
そんな彼女はある日、その両親が死んだことを知った。
両親が金を求めていた理由は《神酒》であり、その金を稼ぐために、自分の身に合わない階層まで潜り、呆気なくモンスターに殺されたらしい。
特にリリルカは何も思うことはなく、それどころか、死んだのかと、只漠然とまるで他人事のように思えてしまっていた。
そして、身寄りを失ったリリルカは《神酒》を奪い合うファミリア内で孤立する。
誰からも気に留められることもなかった。
彼らの頭の中にあるのは《神酒》だけで、まだ小さかったリリルカは邪魔者でしかなかったのだ。
満足に金を稼ぐことが出来ないものなど、このファミリアの中で最も要らない存在であり、この瞬間からリリルカにとって酷く辛い時間の始まりでもあった。
それから、彼女はある機会に《神酒》を口にすることになる。
そして、彼女も《神酒》に飲まれてしまった。
《神酒》に飲まれた彼女は金を稼ごうと躍起になった。
しかし、味方は誰一人としておらず、彼女は自分なりの方法で稼ぐことにした。
が、それも早々に挫折することになってしまう。
彼女には冒険者としての適性がほぼ無かったのだ。
故に彼女は、冒険者ではなく、サポーターという職に就くことになった。
サポーターは冒険者と違って軽視されがちな存在だ。
リリルカは徹底的なまでに冒険者によって搾取された。
魔石をくすねたなどという言い掛かりを付けられ、挙げ句報酬は貰えない。
少し何か不手際があると暴力ばかり。
例え報酬が貰えたとしても、本当に少しだけであった。
そんな彼女は《神酒》からの
あの頃は楽しかったと、リリルカは素直に思えていた。
花屋を営む優しい老夫婦が、ボロボロだったリリルカを暖かく出迎えてくれたのだ。
目からは涙が溢れたのが、今でも覚えていた。
その後、2ヶ月程、平穏な日々は続いたが、それも呆気なく終わりを告げることとなったのだ。
お使いを頼まれ帰ると、最初に目に映ったのは無惨にも破壊された花屋と怪我を負っている老夫婦。
直ぐ様、リリルカは老夫婦の下へ駆け寄ったが、彼女を待っていたのは残酷な仕打ちだった。
_______お前のせいで。
あの時の老夫婦の顔は、楽しかった2ヶ月間と同じくらいによく覚えていた。
優しかった老夫婦が一変して、まるで塵を見るような蔑む目になっていたのは。
リリルカはまた、泣いてしまった。
結局、リリルカには何処にも居場所は無かったのだ。
ソーマ・ファミリアのサポーターとして、最底辺の人生を歩むことしか出来ない。
死にたい。
生きたい。
死にたい。
生きたい。
何度その相反する矛盾したものを願っただろうか。
死ね。
死ね。
死ね。
死ね。
そして、何度それを他の冒険者に対して願っただろうか。
あんな薄汚い連中さえ、居なければこんなことにならないで済んだのに。
ソーマ。
あの一柱の神さえ居なければ、あの
ソーマに故意はない。
只、酒造りにしか興味がない神だ。
あの杜撰なファミリア運営は、それの弊害で、オラリオでも
リリルカは従順な振りをして、他の冒険者に使われる都合の良い
リリルカに本当に優しくしてくれる人など誰一人としていなかった。
冒険者は最初から、あの老夫婦は最後には。
結局皆リリルカを見る目は変わらない。
塵を見るような、汚物を見るような、無機物を見るような、人として見てくれなかった。
あのレフィーヤという少女も、最終的にはきっと同じなのだろう。
「そして、ベル様も......」
リリルカはあの少年を思い出す。
最初見たときは優しそうな、頼りなさそうな、中性的な容姿を持つ少年だとリリルカは思った。
同時に、騙しやすそうな少年だとも思っていた。
しかし、その時は冒険者ではなかったので勧誘には失敗した。
二度目の出会いで、彼は冒険者になったと言った。
リリルカは自身を売り込み、サポーターとして買って貰えた。
ダンジョン内で見せた圧倒的な強さは本当にLv:1かと目を疑ったが、彼はそうだとしか言わなかった。
リリルカはその強さの秘密はあの見た目は何のへんてつもない、ナイフにあると確信していた。
そして、リリルカは彼のナイフを盗んだ。
これでおさらばと、そんな気持ちで万屋へ換金に向かったが、只のナイフだと言われ、途方に暮れた。
そこから、リリルカは失敗したのだと悟った。
彼に既に見抜かれていたのだ。
自身がナイフを盗んだことを。
以降、彼の表情は全て冷たく見えた。
当たり前だ。
自分の武器を盗まれたのだ、怒らない方がおかしい。
彼の威圧で思わず漏らしてしまったのも、誰も責めはしないだろう。
それほどまでにあの少年が恐ろしかったのだ。
しかし、あの少年はリリルカに何か暴力を振るうわけではなかった。
確かに、プライドを踏みにじるような罵倒のようなものを受けたが、リリルカにとって
そして、リリルカはサポーターとして無理矢理契約させられた。
またぼろ雑巾のように扱われるのか、リリルカは絶望したが、待っていたのは酷く真逆のものであった。
昼食もつけば、報酬もしっかりつく。
前者は美味しく、後者はかなり多目に。
全く以て、あの少年の意図が掴めない。
ベル・クラネルは何を考えているのか。
リリルカには、それが分からなかった。
「でも、それも終わりです......」
自室で、リリルカは薬品を調合しながら、そう呟いた。
そう、今日で全てが終わる。
この悲惨な人生に終わりを告げ、リリルカは新たな人生を歩めるのだ。
「空が、青いです......」
部屋の窓からふと、青空を見た。
嫌になるほどの快晴だ。
自身の心中とは真逆な程の清々しさだ。
きっと、今日ダンジョンから帰って来れれば、そんな気分を味わえる。
これからずっと。
だから、リリの為に_______。
リリルカ・アーデは冒険者が嫌いだ。
本当に、嫌いだ。
《
ダンジョン10階層以降に出現する
地中から映えた大木や岩石が、モンスターの武器として機能しており、それにより、モンスター達は普段よりも一癖も二癖も強化される。
基本的に冒険者達はその天然武器を破壊して、ダンジョンを攻略していくのである。
「鬱陶しい......」
『ブゴオォォォォォォ!!』
ベルは大剣を軽く横薙ぎに払うと、絶叫するオークの首を切断する。
『ブゴオォォォォォォ!!』
更に背後から、大木を引き抜いたオークがベルを撲殺しようと振りかぶってきた。
「ベル様!」
リリルカは思わず声をあげた。
彼女はベルから大分離れた場所で、ボウガンによる援護射撃をしていたが、腕前は中々のもので、着実にモンスター達へ攻撃を当てていた。
「......分かってるよ」
瞬間、左手で腰からギルド支給のナイフを引き抜くと、そのまま背後にいるオークへ突き刺す。
そのまま、オークは断末魔の悲鳴をあげながら倒れ伏した。
「次から次へと......」
ベルは右手の大剣で、今度は正面から襲ってくるオークの首を一閃した。
一刀多殺。
一振りで、数体のオークが斬り殺されている。
斬撃の衝撃波による、剣圧でベルは目の前のモンスター達を圧倒していた。
「流石に面倒だな......」
ベルはナイフを腰に戻すと、そのまま掛けている眼鏡を中指でクイッとあげた。
先程から既にオークを15体以上撃破しているが、一方にその猛威は収まらない。
「しっかし、きもいなぁ......」
ベルは眼前に迫ってくるオークの群れを見た。
茶色い肌に豚頭。
ずるずると剥けた古い体皮が腰の周りを覆っており、まるでボロ衣のスカートを履いてるようであった。
醜悪と言えるその容姿ははっきり言って、長い間見ていたくはないだろう。
「リリルカ! 生きてる?」
「はい! 大丈夫です!」
ベルは声をあげ、リリルカの生存確認を行う。
しっかりと返事が聞こえ、取り敢えずベルは安堵する。
見てみれば、オークと距離を取りながらボウガンで射撃していた。
オークの動きは愚鈍で、あまり速くはなく、リリルカでも十分逃げられるものだった。
まあ、ほとんどのオークは自分が請け負っていたので、リリルカは大丈夫だろうと、ベルは判断していたが。
「......取り合えず、失せろよ」
ベルは大剣を担ぎ、地面を蹴り上げると疾走を開始する。
そのままオークの群れの中へ大剣を突き立てて吶喊すると、まず突きで四体を同時に撃滅し、その後の振り払いで七体を斬滅した。
はっきり言って、ベルにとってこの程度のモンスターなど敵ではなかった。
例え、《
弱いのであるのなら、
「でも、流石におかしいよね、これ......」
ベルは単独でここまで来たことが何回かあった。
しかし、これ程の数のオークが出現したことは一度もなかった。
「何て言うか、作為的だな......」
あのミノタウロスの群れ程ではないが、きな臭い。
ここまでの数のモンスターが出るなど、誰かが故意にそう仕向けたとしか思えなかった。
「......リリルカ?」
ふと、リリルカがいた方を見ると、その姿が確認出来ないことに気づいた。
見渡してもどこにもいない。
まさか、モンスターにやられたのかと、一瞬思ったが、襲われたら流石に声をあげるだろう。
その可能性はすぐになくなった。
「......まあ、分かってるんだけどね」
ベルはそう呟くと、何か異臭がすることに気付いた。
「これか......」
臭いの原因である場所を見ると何かの大きな肉塊が転がっていた。
見れば、何かの薬品に浸けられているようで、肉の匂いとは別の臭いを感じた。
「おっと......」
眼前に、突如ボウガンの矢が飛んで来たのを摘まむようにしてキャッチする。
飛来してきた金属製の矢は、見る限り毒は塗っていないようだったが、人に向けて撃ってくるなどそれ以前の問題だ。
ベルは矢が飛んできた方向と角度を計算し、見上げた。
「......すいません、ベル様」
フードに隠れ、その表情はあまり見えない。
「お別れです。短い間でしたが、お世話になりました」
そう言って、リリルカはペコリとお辞儀をした。
「貴方は、
「......まるで、死に逝く人に手向けてる言葉みたいだね」
ベルはハハハと笑うと、リリルカはそれに対し、恐らく無表情でこう答えた。
「ええ、その通りです。
_______リリの為にここで死んで下さい」
「ふうん......」
放たれる言葉に思わずベルの声は低くなる。
「罵ってくれて構いません。憎んでくれて構いません。どうぞ、好きなだけ怨んで下さい」
リリルカは酷く平坦な声色でそう言うと、ベルに背中を向けようとした。
「そうだ、これをどうぞ」
リリルカは更に懐から何か取り出すと、ベルへ放り投げてくる。
見えたのはガラスの反射光。
瓶、そうベルは判断した。
「これは......」
パリンッというガラス瓶が割れる音が響くと、そこから、ピンク色の煙が噴き出してきた。
「これは、モンスターを
気付けば、既にベルの周りをオークの群れが包囲していた。
数は少なくとも40体以上はいるだろう。
イカれているとしか思えない状況だ。
「......では、ベル様。さようなら」
リリルカはそう言うと、今度こそ、その場から姿を消した。
間違いなく、今の状況は世間一般的に言う、嵌められたという事実が如実に表れていた。
常人なら、絶望の淵に落とされたようなものだ。
ベルは周囲を囲むオークの大群を見て、溜め息を吐いた。
「......まったく、本気だなぁ。リリルカも」
そう言って、右手で左手首を軽く握るベル。
_______今なら
眼前のオークへ向けて左腕を突き出すと、ベルはニヤリと笑う。
全く以て、都合が良いとベルは笑いを止められない。
「_______お前らには悪いけど、全員早速
ベルのその左腕からは、青白い魔力が溢れ出ていた。
作者的にリリ程の可愛い容姿をしている子が、あの男しか居ないファミリアで胸糞展開に恐らくなっていないのは、神酒によって欲の方面が金を稼ぐことへしか向かっていないというのが一つ。
ファミリア外の冒険者からは、魔法によって容姿を変えてどうにかしていたというのが、二つだと思っています。
これじゃないなら、男連中は最早不能としか......
次回、能力お披露目と鬼畜ベル、デュエル・スタンバイ!
あと、もうすぐ第二章も終わりです。