生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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式が欲しいんだ......


#25 エピローグ

 夢を見ていた。

 自分が殺される夢を。

 ある時は、首を絞められて、またある時は、心臓に剣を突き立てられ、そしてまたある時は、モンスターに喰い殺された。

 自分が陥れた冒険者に犯され、 嬲り殺しにされたこともあった。

 とてもとても苦しいものではあったが、同時に安心したのだ。

 自分のようが存在が死ぬには丁度良い末路だと。

 

 

______________寒い。

 

 

 次第に身体が冷たくなっていくのが分かった。

 この感覚だけはいつまでも経っても慣れない。

 毎日毎日、それを繰り返す。

 目が覚めると、身体が酷く震え、何時誰かに殺されてしまうのではないかという恐怖に追いたてられた。

 死の渇望と生の渇望。

 相反する二つのそれは、彼女の感情をぐちゃぐちゃに乱していた。

 

 

______________暖かい。

 

 

 ふと、全身に感じたのは何時もと違う真逆の感覚。

 先程まで、自分が陥れた冒険者に剣で切り刻まれ、冷たくなっていくはずだった彼女の身体は、その恐怖から遠ざかっていくように温度を取り戻していた。

 

 

______________明るい?

 

 橙色の光が彼女を照らした。

 こんなことは初めてであった。

 彼女は必死にその光に手を伸ばす。

 唯一この世界に現れた、彼女にとっての希望に。

 

 

______________あと、ちょっと。

 

 

 もう少しで、手が届く。

 そうすれば、もしかしたら救われるのかもしれない。

 いや、何かが変わるのかもしれない。

 そう、彼女は確信していた。

 いつも夢見るのは救えない程の絶望。

 こんなことは絶対に起こり得ない。

 故に、あと数Cで届く、そんな距離まで手を伸ばした、その時だった。

 

 

 "死"。

 

 

 突如、希望の光は反転し、彼女を襲ったのは圧倒的な"死"であった。

 今までの"死"が陳腐に感じてしまう程の。

 そんな"死"の光。

 

 

 ______________助け、て。

 

 

 そして、同時に彼女を襲ったのは今までに感じたことのない恐怖。

 呑まれれば、迎えてしまう絶対の"死"への。

 彼女の身体は、指先から徐々に死が侵食しており、既に半分程、呑み込まれていた。

 彼女は伸ばす手を止め、必死にもがいた。

 この絶対に逃れられない死(・・・・・・・・・・)から逃れるために。

 しかし、それも無駄な足掻きであり、彼女程度が抗えるものではない。

 "死"は着々と彼女の身体を呑み込み、蝕んでいく。

 

 

 そして、遂に彼女は"死"に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこはどこかの部屋の中であった。

 ベットの上で寝かされていたらしく、上に毛布が掛けられている。

「うっ......」

 腹部に感じる微かに鈍い痛み。

 しかし、痛みはほんの僅かであったため、あまり問題はなかった。

 それよりも、だ。

「こ、此処は......?」

 部屋を見渡すと、机や本棚や薬品の入った棚などが置かれているのが分かり、ここの主は何かの研究をしている人物なのかと予想出来た。

「......あ、起きたんだ」

 すると、ガチャリと部屋の扉が開く音がし、そこから犬人(シアンスロープ)の女性が顔を出した。

「......大丈夫? 具合悪くない?」

 あまり抑揚のない、眠たげな表情でそう聞いてくる女性。

 左腕は半袖、右腕は長袖という変わった上着を着ており、右手には更に手袋を嵌めており、まるで、右腕を隠すため(・・・・・・・)のような格好であった。

「こ、此処は......一体......? 貴方は......?」

 回らない頭をどうにか無理矢理起動させ、彼女______リリルカは言葉を絞り出した。

「......ここは、ミアハ・ファミリアのホームで、私の部屋。あと、私はナァーザ・エリスイス」

 そう言うと、女性______ナァーザは部屋を出ていってしまった。

 そんな彼女に、少しポカンとしてしまうリリルカではあったが、すぐに再起動する。

 それよりも今の状況だ。

 何故、自分は此処にいるのか、リリルカは必死に思い出そうとした。

「ああ、目を覚ましたんだ。良かった」

 またガチャリと、扉の開く音がして、そちらを見ると、先程の女性と一緒に白髪紅眼の眼鏡をかけた少年______ベルが入ってきた。

「あっ......」

 思い出した。

 自分がここに来る前に何があったのか。

 それを理解すると、身体がまた微かに震え始める。

「......最初、すごくびっくりした。いきなり気絶した女の子を抱えて来るから」

 ベットの近くに置いてあった椅子に二人は掛けると、そんな風にナァーザが切り出した。

「あははは、緊急でしたしね。それにうちに連れてくと少し面倒(・・・・)なんで」

 笑いながら、何の悪びれもなく言うベルに、ナァーザは少しムッとした表情になった。

 初めてナァーザと知り合った人には、あまり表情の変化を感じ取ることは出来ないかもしれないが、よく知る人からしてみれば、それは間違いなく不機嫌と言える表情だった。

「......ねぇ、ベル。全然、顔も出さないから心配してたのに、出したと思えば、女の子を寝かせるところがないかって。ねぇ、馬鹿なの? ふざけてるの?」

「......あれ、ナァーザさん。少し怒ってませんか?」

 ナァーザが割りとお怒りだということに気付いたベルは、少し焦りながら謝り始める。

 ベルはよく知っていた。

 彼の知り合いで一番怒らせると大変(・・)なのが、ナァーザであることを。

「......そうやって、謝れば許して貰えると思ってるのが腹立つ。ベルのお友達(・・・)は皆そうすれば許してくれるのかもしれないけど......」

 よっぽど優しい女の子達に囲まれているんだねと、ナァーザは恐ろしいまでに平坦な声で言ってくる。

 流石にこれは、彼女を初めて知ったリリルカでさえ、キレているというのが理解出来た。

「......あの、ナァーザさん?」

「......ミアハ様もベルも皆そう。目を離すと、すぐ女の子と仲良くなって。ミアハ様は、優しいからお店の回復薬(ポーション)とかタダ同然でばら蒔いちゃうし。ベルは前まではアルバイトの休憩中とか結構寄ってくれてたのに、急に来なくなったと思ったら冒険者になってるし。それなら何で私達のファミリアに入らないの? ミアハ様も私も大歓迎なのに、じゃが丸くんのお店のマスコットのファミリアって......本当何なの? 私のこと嫌いなのかな。二人とも...... 」

 今ここでは関係のないものも含め、溜まっていた鬱憤を晴らすように、毒を吐き出すナァーザ。

 目が死んでいた。

 いつも眠そうに半目な、彼女が今は見開いている。

 これは本格的に不味いと感じたベルは、打開策を出すべく高速で思考する。

「......あ、そうだ! ナァーザさん! 今度一緒に買い物に行きませんか! 話したいことたくさんありますし!」

 考えた案とは、買い物に誘うという彼の常套手段であった。

 これにより、悪くなったエイナの機嫌が治ったため、困ったらこれを言っていたのだ。

 まあ、人としてかなり最低の部類ではあったが。

 自覚はしていたが、形振り構っていられないのだった。

「イヤ」

 冷徹に真正面からばっさりと切り捨てられ、ベルは一瞬本気で倒れそうになった。

 しかし、そんなことをしている暇はない。

 一刻も早く、機嫌を直さないと命に支障がでる。

 主にミアハに。

「......取り敢えず、そこの子と話すことがあるんでしょ? 私のことは後でいい。私は空気の読める良い女だから」

 ナァーザは溜め息を吐くと、席から立ち上がり、扉の方へ歩いていくと、一瞬ベルの方を振り返って。

「......後で、ミアハ様と一緒にお説教だから。......絶対に今日は寝かせない」

 どうやら、ベルの運命は決まってしまったらしい。

 そして、ここでは全く関係のないミアハまで。

 思わず呻きそうになってしまったが、それをすれば更に説教が長くなってしまうので、何とか堪えた。

「本当、良い女ですね......」

 絞り出したのは、ナァーザのそれを肯定する、皮肉にも聞こえなくもない言葉だった。

 無論、ナァーザは既に部屋を出ていっており、ここにはベルとリリルカしかいない。

 リリルカは二人のやり取りを見て、目が点になっていた。

「......ああ、これは面倒なことになったなぁ。ミアハ様には謝っとかないと」

 ベルは頭の後ろを掻きながら、参ったなぁと声に出した。

「あー、ごめんね。変なところ見せちゃって」

 あははは、と笑うベルはリリルカのよく知る、いつものベルであった。

 ベルはいつもにこにこと笑っている。

 その笑顔の裏には何か、歪んだものが見え隠れしていて、リリルカにはその一端を見てしまったのだ。

 彼の本質の一部(・・・・・)を。

「さて、ここに来る前に何があったか、覚えてるかい?」

 そんなこと覚えているに決まっていると、リリルカは言いたくなった。

 あれほどの鮮烈な光景を叩き込まれたのだ。

 混乱こそあれど、忘れるわけがない。

「......あれは、本当に起きたことなんですよね? あいつらは______」

「うん、死んだよ。キラーアントにムシャムシャと、ね」 

 あっけらかんとした表情で、そう言うベルに、リリルカは少し怖くなってしまった。

 確かに彼らを捕食したのはキラーアントだが、そこまで持っていったのは間違いなくベルであったからだ。

「......抵抗は無かったんですか? いくらあいつらでも、相手は人間なんですよ?」 

 殺人と呼ばれるその行為は、この世界でも罪になる。

 しかし、それ以前に本能的に殺人という行為を人は皆忌避しているのだ。

 それを何の容赦も無く行うベルをリリルカは不思議に思っていたのだ。

「......抵抗は無かったか、ね。......うん、別に無かったよ。あの状況で、悪い奴らは明らかにあの連中だったし。それに女性に手をあげるような奴は殺されても良いって思ってるからね」

 少し考える素振りを見せて、ベルは笑顔でそう答えた。

「......そんなの、絶対におかしいです! 貴方は罪悪感ってものは無いんですか!? 確かにあいつらは、人間の屑です......! でも、それならリリだって同じで......! リリは悪い奴なんです......!」 

 リリルカは復讐をするために、何度も他の冒険者を陥れたことがあった。

 死の間際まで追い込んだことも、それこそ死に追いやったこともあった。

 ベルは言った。

 あの状況下で悪いのは屑連中であると。

 しかし、それは只あの場面ではという話であって、本質的にはリリルカも、あいつらと同類で屑なのだ。

 やっていることに大差は無い。

 只、理由に誤差があるだけだ。

 彼らは《神酒》を求めるが故に、リリルカはファミリアから解放されたいのと自身を陥れた冒険者に復讐をするが故に。

 しかし、どんな理由があれこそ、殺人はしてはいけない。

 至極当たり前のことであった。

「うーん、そうだね......確かに罪悪感っていうものはあるんだろう。君はしてはいけないことをしてきたんだろう。それこそ、僕がさっきやったみたいに殺人に近いことをやったのかもしれない。でもさ______」 

 ベルはそう言うと、一度句切ってから、リリルカの瞳をしっかりと覗き込んだ。

 

 

「そんなのどうでもいいんだよ。僕は」

 

 

「どうでも良いって......」

 思いもよらないベルの言葉にリリルカは呆然としていた。

「......それは君の、強いてはこの世界の倫理観の問題だ。人殺しがいけないのは確かに当たり前なんだろう。罪を犯せば罪悪感が生じてしまうのだろう。でもね、今の僕(・・・)には一切それがないんだ。こと殺人において(・・・・・・)はね」 

 何も感じないんだ、とベルはそう言うとリリルカの元へ近付くと、ギュッと抱き締めた。

「えっ......」 

「君は昔の僕に似ている(・・・・・・・・)んだ。僕も昔は君と同じように、罪を犯して、苦しんだことがあったんだ」

 ベルはまるで子供に絵本でも読み聞かせるように、語りかけていた。

 耳許で、囁くように。

「でも、ある時、殺人を犯した瞬間にそれが全部吹き飛んだんだ。何だ、こんなに簡単なことなのかって」

「......ぁ」 

 背中に腕を回され、抱き締められたリリルカの体躯は、今にも壊れそうな程に細かった。

「僕は屑だ。君やあの連中よりも、多くの人を殺してきてる。それに比べたら君は屑なんかじゃない。少なくとも、君はこの世界で生きるべき人間だ」

 そこはあの連中とは違うと思っている、ベルはそう言った。

「僕にとっての、殺人対象は、僕が死ぬべきだと思った奴だけなんだよ」

 僕みたいな屑にそこまで思われる奴はこの世界は存在しない方がいいだろうからね、そう続けると、抱擁を緩め、リリルカの顔を見詰めた。

「君は悪いことをしたと言ったよね? 確かに君は悪い(・・・・)。でも、世界も悪い(・・・・・)んだ」

 

 

_______只、間が悪かっただけなんだ。

 

 

 ベルの一言、それを聞いてリリルカは言葉を失っていた。

「君の生まれも、君を取り巻く環境も、君の選んだ選択も、君が望んだ未来。その全てが、たまたま噛み合わなかっただけなんだ」

 リリルカの歩んできた人生。

 それを考えれば、何一つ幸せという思い出はなかった。

 あったのは苦痛と絶望、憎しみと悲しみ、それらの負の概念ばかりだ。

 噛み合わなかった、自身の人生全てが果たしてそうだったのだろうかと、リリルカは思考する。

「僕も今まで噛み合わなかったそれが、殺人をすること(・・・・・・・)でたまたま噛み合っただけなんだよ。人生なんてそんなものだよ。悪いときはとことん悪いけど、良いときはとことん良いからね人生って。だから、あまり考えちゃ駄目なんだ。どんどん深みに嵌まって抜け出せなくなる。底無し沼みたいなものだよ。確かに今の君は絶望には立たされてはいるけれど、まだ落ちてはいない。つまりそれはまだ君に可能性があるってことなんだ」

 希望を掴み取るっていうね、とベルはそう言うと、リリルカの頭を優しく撫でた。

 人生など、所詮幸福と不幸の繰り返しを続けるだけのもので、リリルカは偶々、その不幸が長かっただけなのだ。

 幸福と不幸の大きさには差異はあれど、絶対にどちらかが欠けることなどはない。

「......君はとても大きな爆弾をたくさん抱えていたみたいだね。あの時、僕は君の為に、連中を殺すことしか出来なかったけど、良かったら聞かせてくれないかい? 君の歩んできた人生を」

「り、リリ、は......」

 すると、リリルカの目に涙が零れると、声も震え始める。

 リリルカはベルの胸元に顔を押し付け、腕をしっかりとベルの背中に回し、泣いていた。

 そんなリリルカに、ベルはよしよしと宥めることしか出来なかった。

「大丈夫。君はもう苦しむ必要なんて無いから......」

 もう一度ギュッと抱き締めながら、ベルはそう口に出した。

「うっ......ぐすっ......うわあぁぁぁぁん!!」

 遂には声をあげて泣き出してしまうリリルカを、泣き止むまで、ベルはずっと抱き締めていた。

 

 

 

 

 

「......どうして、ベル様は最初からずっと(・・・・・・・)リリに優しくしてくださるんですか?」

 リリルカは泣き止んだ後も、ベルの胸から離れずに抱き着いたままポツポツと自分の過去を話し始めた。 

 それに対し、ベルはそれを只、頷きながら聞いていた。

 そして、話し終わった後、またリリルカは泣いた。

 それを繰り返し、今に落ち着いた。

 リリルカがベルに抱き着いたままだったのは安心出来る、自分を守ってくれる、唯一の場所だと、そう認識し始めたからであった。

「どうして、ねぇ......」

 そう言って、考え込むと、ベルは徐に話し出しす。

「僕って、こう見えても人の好き嫌いが激しい方なんだよね」

「......意外ですね」

「うん。でも、それ以前に一緒に居て良い人かっていうのを先に決めるんだ。それからその中で好きか嫌いに分けてるんだよ」

 内緒だよ、ベルはリリルカへ笑いながらそう言った。

「一緒に居て良い人、ですか......?」

「うん、そう。この人なら一生付き合っていけるなって人。あぁ、安心して。君は一緒に居て良い人で、好きな人でもあるから」

「......」

 屈託の無い笑顔でそう言われ、リリルカは顔を真っ赤に染める。

 今までの人生で、自分を好きになってくれる人など一人としていなかったからだ。

 それ故に、正面から来る全開の好意に、リリルカは戸惑わざるを得なかった。

「あと、僕って。可愛い子が好きなんだよね。その点、君は凄く可愛いから、そこも魅力なのかな」

 ベルがそう言うと、リリルカは可愛いと言われたことにより更に顔を赤く摩るのだが、ここで一つ疑問が生じていた。

「も、もし......り、リリが、その、か、か可愛いくなかったら、どうしてたんですか......?」

「あ、まさか可愛くなかったら僕が君を殺してたんじゃないかって、そう思ってるんでしょ? 最初に言ったけど、まず一緒に居て良いっていう分類に分けられている時点で、君は大丈夫だよ」

 只、あの連中は当てはまらなかった、それだけなんだよ、ベルはそう続けた。

 リリルカは、ベルのそれが一体どのような分け方で行われているのか分からなかったが、自分がそちらの方に入っていたという事実が酷く嬉しく思っていたのと、安心したのがあった。

 彼に殺されるということは、少なくともまともな死に方をしないことと同義であったのだ。

「ところで、君は倒れる直前(・・・・・)のことを覚えてるかい?」

「はい? 覚えてますけど......ベル様があいつらに襲われていたのを助けてくれた(・・・・・・・・・・・・・・)んですよね?」

 リリルカはベルのその質問に、違和感を覚えたが、普通に覚えていると返答した。

「......なるほど。それじゃあ、あいつらのことは今どう思ってる?」

「......殺したいほど憎かったですけれど、いざ死んでしまうとこうも呆気ないものなんだとは思っています」

 リリルカは確かに冒険者、強いてはソーマ・ファミリアの連中が嫌いだ。

 しかし、目の前で死ぬところを目撃してしまえば、何とも言えない後味の悪さがあった。

 人は誰の死であろうと大なり小なりの拒否反応を示す。

 それは本能レベルでの反応であり、死という概念を好む生物はこの世界には存在しないからだ。

 まあ、ある特殊な輩(・・・・)を除けばの話ではあるが。

「......うん、なるほどね。ありがとう」

 それに対し、ベルは何かを納得したように礼を言うと、リリルカの頭を撫でた。

「それじゃあ、取り敢えず君のことだけど、僕の専属サポーターをやりなよ。何かあったら僕が守ってあげるし、僕も君みたいな優秀なサポーターが居てくれたら助かるしね」

 どうかなと、ベルは問う。

 リリルカは、どうして良いか分からないという表情をしていて、中々返事をしない。

「......あと。はい、これ。君にあげるよ」

 ベルは腰からナイフを抜き取ると、それをリリルカへ差し出した。

「それは......?」

「僕の使ってるナイフなんだけど。まあ、お守りみたいなものだよ」

「で、でも......!」

 良いからと、ベルは無理矢理リリルカに押し付けるようにして渡した。

 リリルカからしてみれば、半身とも言えるベルの武器を貰うことなど出来なかった(・・・・・

・・・・・・・・・・)のだ。

「これは僕とパーティを組んで欲しいっていうことが本気だっていう証明なんだ。僕とパーティを組んで欲しい。勿論、君だからこそ(・・・・・・)だよ」

 君だからこそ。

 つまりはリリルカが良いと思ってくれている。

 初めて自分を必要としてくれた、初めて自分が良いと言ってくれた、それだけで今のリリルカは歓喜にうち震えそうになった。

「......僕は、君が欲しいんだ」

 だから、僕のものになれ(・・・・・・・)、ベルがそう言うと、リリルカの瞳は酷く灰色に濁った(・・・・・・・)気がした。

「......はい。ベル様。リリは、貴方のものになります」

 リリルカはそう返事をして、再度ベルの胸元に顔を埋めると、まるでマーキングをするかのように身体をくっ付ける。

 ベルはありがとうと、笑顔で言うと、リリルカの包み込むようにして、抱擁した。

 

 

 

 

 

「ベル......君は多分、世界で一番最低な嘘つき男だよね」

「......随分と酷いことを言いますね、ナァーザさん」

 前もこんなことを言われたなと、ベルは思い返していた。

 リリルカがあの後、死んだように眠ってしまったので、部屋から出てきたのだった。

 すると、部屋を出て、すぐ横にナァーザが腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 まあ、最初から気付いてはいたのだが。

「あと、僕は嘘なんてついてませんよ」

 只、言っていないことが多いだけで。

 その一言に、ナァーザは深い溜め息を吐いた。

「......ベル、一回もあの子のこと、名前で呼ばなかった(・・・・・・・・・)ね? だから、私あの子の名前分からないんだよ......」

「え、そうでしたっけ? 気付かなかったなあ」

 にこにこと後頭部に手を当てて笑うベル。

 ナァーザはまた深く溜め息を吐く。

「でも、ナァーザさん。空気の読める良い女、ではなかったですかね? 盗み聞きとは大分趣味が悪いですよ」

「......空気の読める良い女は、いたいけな女の子が最低男の毒牙に掛かるのを見過ごすものなのかな? そっちの方が趣味が悪いと思う」

「その割りには、止めに入って来なかったですよね? 入ってくれば良かったのに」

「......あの子には悪いけど、あの状態のベルには近付きたくないから。だから、その分のアフターケアをしにね」

 そう言うナァーザの手には、何かの薬品が入った試験管が数本あった。

「......あ、そうだ。あれ、多分記憶が一部消えてます(・・・・・)ね。まあ、支障は無さそうなんで放っておいても大丈夫でしょうけど」

「......ふーん、そう。あんな風に洗脳まがいのこと出来たのはそういうことなのね。まあ、それには同情はしちゃうけど、別に義理立てする理由も無いし、起きたらさっさと連れてってね。あの子を此処に泊めるのは流石に許さないから」

 あと下で店番しておいて、そう言って、ナァーザはリリルカの寝る部屋に入っていった。

 扉の閉まる音が響くと、ベルは一息吐いて、歩き出した。

「結局、罵倒した意味があったのか......」

 リリルカが失禁した翌日のダンジョンで、ベルが放った言葉。

 あれはリリルカのプライドを傷付けるのと、敵意を持たせるためのものであり、そうすれば本心を聞けると思ったからだ。

 そして、案の上、罵倒の効果があったのかなかったのか、リリルカは容赦無くベルを殺そうとした。

 もし、最初から最後まで優しくしていれば、変な迷いが生まれてしまうからだ。

 しかし、いくら新しい力を試せたとは言え、オークの大群を相手にするのは少し面倒であり、リリルカに対し苛立ちを覚えた時もあった。

 殺してやろうと思った時もあった。

 しかし、その感情は一瞬で消え去った。

 ベルはリリルカが連中にしたあの行動を見ていたのだ。

 反逆による自己改革。

 それに至るには並大抵のことでは決して出来ない。

 しかし、リリルカはそれをやってのけた。

 面白いなと、ベルはあの一部始終を見ていたのだ。

 流石に、途中危なくなったので横槍は入れたが。

 もし、リリルカがあの3人をあの場で殺すことが出来ていたのなら、恐らくベルは本気で惚れていたかもしれない。

 ベルがリリルカを欲した理由はそれだ。

 何か面白いものを見せてくれそうだったからだ。

 そして、だからこそ惜しいなと、ベルは思っていた。

「都合の良いように記憶を無くしちゃってるのは頂けないけど、そこはまあ、及第点」

 徐々に治していけばいいか、ベルはそう呟くと、店のカウンターに出た。

 棚にはたくさんの試験管がところ狭しに並んでおり、緑や赤、青などのコントラストが意外と目を楽しませる。 

「......取り敢えず、後腐れの無いように(・・・・・・・・・)してあげないとね」

 カランカランと入り口の扉に付いている鈴が鳴る。 ベルは入り口へ向け、最高の笑顔を浮かべ、こう言った。

 

 

 

「いらっしゃいませ。《青の薬舗》へ。お探し物は何でいらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

第二章『少女落土(前)』完




はい、取り敢えず第二章は此れにて終わりです。
色々、言いたいことはあると思いますが、此れで第二章は終わry


ベルのステイタスは次回になるのかな。


それではまた次章で!

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