生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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#35 エピローグ

「結構、詰め込んだな......」

 ふうと一息吐くと、ベルは目の前にある割りとパンパンになった黒のバックパックを見る。

 邪魔にならないよう買った小さめのバックパックには回復薬(ポーション)精神回復薬(マジック・ポーション)二属性回復薬(デュアル・ポーション)、解毒薬等がこれでもかと入っていた。

 はっきり言うと、ベルにとってしてみればこんなに回復アイテムはいらないものであったのだが。

 

 

『中層へ向かうなら絶対に回復アイテムはたくさん持っていきなさい!』

 

 

 ピシッと人指し指を立てて言ったエイナの顔はしっかりと覚えている。

 ランクアップのお祝いで、二人でとあるカフェに食事に行った時だ。

 デニムシャツに淡茶色(フレンチベージュ)の長めのチュールスカートを身に纏い、腰にはメッシュベルトが巻かれ、手首にはプレゼントしたブレスレットを身に付けた彼女はスタイルの良さも合間って、カジュアルでありながらも大人っぽく見えた。

 いや、元より大人っぽい容姿をしているのだが、それを言うとエイナは少し不機嫌になるのだ。

 別に老けて見えるなど言ってはいないのだが、それを言った際にヘッドロックを掛けられたのは記憶に新しい。

 主張が激しくなくない双丘に顔面を強襲され、割りと天国(ヘブン)状態だったので、もう一回くらい言ってみようかとベルは画策している。

 その際、こらっと、怒っているような口振りではあったが、口調はかなり優しかったので問題は無いだろう。

 ちなみに、服装はきちんと毎回褒めるのがベルである。

 無論お世辞ではない、心からの言葉をかけた。

 それに対し、エイナはいつも通り顔を少し赤くしながら、にこりと微笑んでいた。

 僕のアドバイザーが可愛すぎる件という題名(タイトル)で書籍化するのも些かではない。

 

 

 閑話休題。

 

 

 それで、だ。

 食事をしながら会話に花を咲かせていたのだが、その時丁度ダンジョンの話になったのだ。

 今後の方針として、中層へ向かうとベルは言った。

 その瞬間、エイナの表情は一変し、案の定早すぎると勧告した。

 まあ、心配性のエイナのことだから当然の反応と言える。

 しかし、ベルとしては上層をたむろしているのは面白いものではなく、今まで行った中で最高の15階層の先へ向かってみたいと思っていたのだ。

 そこで、自身を含め三人でパーティを組むからと説得し、どうにかエイナからの許可(?)が下りた。

 まあ、それもほぼ形式上はものであるのだが。

 その中で更に一つ条件が下された。

 それは装備とアイテムをしっかりと整えることであった。

 そして、冒頭の大量の回復アイテムがその結果である。

 他にも装備品として《クニークルス》(刀身に青いラインが通った刃渡り25C程の近接戦闘用ナイフ。価格は52000ヴァリス。クーポン込み)や《火精霊の護布(サラマンダー・ウール)》(火耐性、防寒の機能を持ったローブ。価格は87000ヴァリス。クーポン込み)等を買うことになった。

 出費としては中々というかかなりのものではあったが、エイナやリリルカが驚異の値切り力を見せつけてくれたお陰でこれでも最小限に抑えられている。

 しかし、これ程のお金が掛かるのは、まあ仕方の無いだろう。

 冒険者になって約一ヶ月ちょっとの者が中層へ向かうと言っているのだ。

 担当アドバイザーからしてみれば気が気ではないはずだ。

 それに冒険者になったのだから、まともな装備品くらい装着したいものだった。

 流石にほぼ私服の軽装では些か格好がつかない。

 兎に角そういうわけで、ベルの装備は一応の完全装備(フルセット)状態となったのだった。

 

 

 

「_______さて、二人とも、準備は良い?」

 真っ青な晴天の下、バベルのダンジョン入り口にて、ベルとリリルカ、ヴェルフが装備の再確認を終えてそこにいた。

 三人三様の装備品に身を固め、万全といった様子である。

「はい! バッチリです!」

 リリルカはいつもの服の上から《火精霊の護布(サラマンダー・ウール)》を身に纏い、巨大なリュックサックを背負っている。

 左腕には《グリーン・サポータ》という緑玉石色(エメラルドカラー)のプロテクターが、手には《サポーター・グローブ》より強度の高い《ハイ・サポーター・グローブ》が装着されており、腰元には《リトル・バリスタ》という小人族(パルゥム)専用ボウガンが見えた。

「ああ、こっちも問題ない」

 ヴェルフの装備は《着流し》を纏うだけで、背中に巨大な黒い大剣を差しているだけである。

 しかし、彼の中でもっとも異色を放つのはその左腕である。

 鉄腕、そう呼べる金属の義手が装着されていたのだ。

「分かってるとは思うけど、これからダンジョン中層へ向かう。僕とリリルカは初見だから、もしもの時頼りになるのはヴェルフ、君だよ」

「おいおい、止めてくれよ。旦那に頼りにされちゃあ俺も本気で行かざるを得なくなるじゃねえか」

 照れたように言うヴェルフ、いや本当に照れている様子で鼻の下を人指し指で擦っていた。

「......まあ、ベル様にもしものことなんて無いでしょうけどね」

「それは同感だなあ! リリ助!」

「リリ助言うな!」

「ははははは!」

 豪快に笑うヴェルフに、リリルカはチッと舌打ちをする。

 どうやらこの二人、馬がというか、間が合わないらしい。

 まあ、それはリリルカの圧倒的一方通行ではあるのだが。

 お互いのファーストコンタクトは互いに、

 

 

『おお、随分可愛い奴じゃねえか。ミニマムガァル? もしかして旦那の趣味ってこんな感じなのか?』

 

『ぶち殺しますよ、ヒューマン!』

 

 

 などと、終始和やかではあったのだが。

 ちなみにヴェルフの質問に関してはイエスと即答したベル。

 瞬間、先程とは逆の意味で真っ赤になったリリルカ。

 まあ、ベルの好みが割りと広範囲(・・・・・・)なだけであるのだが。

「こら、喧嘩しないの。ヴェルフ、あんまりからかわないであげて。リリルカも一々突っかからないで」

 ベルは二人の間に仲裁に入った。

 喧嘩と呼べるものでもないが、長時間続けていると視線を集めかねない。

「......申し訳ありません、ベル様」

「ったく、旦那に怒られちまったじゃねえかよ。チビ助」

「誰のせいだと......! というかチビ助って何ですか!」

 どうやら、仲裁の効果は一瞬で終わってしまったようだ。

 直ぐにまた言い争い(リリルカが一方的に噛みついている)が始まり、ベルは軽く溜め息を吐く。

 面倒だなと、呟きかけた口は閉じて、ベルは手をパンと叩いた。

「......ほら、本当いい加減にしなよ。流石に僕も怒るよ(・・・)?」

 ベルがそう言った瞬間、リリルカはヴェルフを罵倒すべく開いていた口を閉じる。

 よく見れば少しばかりではあるが怯えているように見え、肩が震えている。

 ヴェルフはそんなリリルカの様子を訝しげに見詰めると、何か納得したように頷くとベルの方を見てにこりと笑う。

「へぇ、調教済み(・・・・)ってわけかい? 流石、旦那。やることなすこと想像を越えていきやがるぜ」

「調教って、何てこと言うんですか......」

 ベルは半目でヴェルフを睨んだ。

 まあ、ある意味(・・・・)調教済みというのに間違いはないが、それをこんなところで言われる身になって欲しい。

 勘違いされては堪らない。

「......調教、ですか。......テイム......ペット......愛玩動物......」

 ぶつぶつと何かを呟くリリルカは、何故か頬を赤らめている。

 それを見たヴェルフはこれまたニヤリと笑ってこう言った。

「何だ、リリ助の奴、満更でもないみたいじゃんか。流石、旦那」

「ヴェルフ、少し煩いよ。......ほらリリルカもいい加減戻って来なさい」

「あうっ」

 取り合えず、手刀を軽くではあるが、リリルカの頭部に降り下ろした。

 可愛らしい声で鳴いたので、もう一度叩いてみたいという願望がベルを襲ったがどうにか我慢する。

 ヴェルフの言っていたことに、本当になりかねない。

「ベル様ぁ、痛いです......」

 涙目で頭部を抑えながら、上目使いで訴えてくるリリルカ。

 そんな強く叩いたつもりはなかったのだが、もしかしたらステイタスが上昇したからかもしれない。

「ああ、ごめんね。リリルカ」

 リリルカの頭を優しく撫でる。

 さらさらとした髪の感触が癖になり、ベルは気が付くと必要以上に撫で回していた。

「ふにゃぁ......」

 昇天状態のリリルカの表情は非常に危ないものになっていた。

「......そうだ。旦那、あんたも人が悪くねぇか? 折角専属になったのに、武具を店で買うなんてよ」

 ヴェルフはベルとリリルカの状態を全く気にせずそう問い掛けてきた。

 単にベルだからそうなのだろうという、ヴェルフの判断である。

 ベルだったら女をこんな風にしてしまってもおかしくないというものだ。

「......既に最高の一振りは貰ってますから。それに、その状態(・・・・)のヴェルフに頼むのも引けますしね」

 リリルカを撫で回しながら、ベルはヴェルフの左腕______義手に視線を促す。

「......ああ、これか? そんなの気にすんなよ。腕の一本義手になったところで、剣が鍛てないわけでもないし。精度の方ももうほぼ(・・)完全に元通りだ」

 ヴェルフは左腕を上げ、開閉を繰り返す。

 微かではあるが、独特な金属の擦れる音が聞こえた。

「確かに俺は旦那に最高の武器を造った。でもな、防具の方(・・・・)はまだだろ? 俺は旦那の専属鍛冶師(スミス)だ。旦那が言うのなら、俺はどんな武器、防具だって造ってみせる。そこらの武具じゃ旦那には不釣り合いだ」

 器が違う(

・・・・)、そう続けるヴェルフの表情は先程のリリルカをからかっている時とうって変わって、真面目なものだった。

「で、だ。俺が旦那に求めるのは只一つ。金でもなければ栄誉でもない。旦那の歩むその道の先(・・・・・・・・・)を俺に見せて欲しい。その為なら、腕の一本や二本屁でもねぇ」

 そう言うヴェルフのその目は痛い程にベルを貫いていた。

 熱い何かが滾っているようにも見えた。

 それ程までにヴェルフはベルに期待(・・)をしているのだろう。

「......そっか。______なら勝手に着いてくればいいよ。僕は僕の決めた道を進むから(・・・・・・・・・・・・・)

 期待に添えられるかは分からないけどね、そう言うとベルは笑った。

「______ああ、地獄の底だろうが、何だろうが着いてってやるさ」

 ヴェルフはその言葉に頷き、満面の笑みを浮かべ応えた。

 

 

 

 ここに真に、ベルとヴェルフの間には契約(テスタメント)が成された。

 

 

 

 それはヴェルフが、これからベルが進むであろう修羅の道を共に歩むということを表している。

 ベルがそれを許したのは、ヴェルフの技量が埒外の領域に踏み込んでいたからだ。

 あの一振りを造り出すヴェルフの力を。

 しかし、それはヴェルフも同じで、既に領域外に立っているであろうベルの器を見て、判断したのだ。

 彼は何れ、人間を越えた存在(・・・・・・・・)になるということを。

 ヴェルフも何故かは分からない。

 只、彼の直感がそう告げたのだ。

 故に彼は鍛つと決めた。

 ベルに為だけに。

「さて、と。......リリルカ」

「......ひゃ、ひゃい!」

 ベルは撫でられて昇天状態に陥っている彼女の額に、手を軽く突くことで覚醒させた。

 目が醒めた彼女は混乱していたようだが、ベルはそれを無視する。

「_______それじゃあ、早く行こうか。ダンジョンの中層へ」

「ああ、行こうぜ旦那」

「は、はい! 精一杯頑張ります!」

 三人の足音はバラバラで

はあるものの、目的は一つとして、只ダンジョンを突き進む。

 その歩みには些かの迷い無し。

 先導者の掲げる(カリスマ)に続く二人の従者。

 二人の道は先導者に託されている。

 故に迷いなどあるはずがないのだ。

 目指すは中層。

 その先に待ち受けるものは、何なのか。

  神か悪魔か怪物か。

 

 

 

 それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

第三章『魔眷隷属』完




これで第三章は終わりです!
駆け足ですが!

いやぁ、まさかここまで書き続けていられるなんて思ってもみませんでしたね!
通算UA900000突破、お気に入り数8000件突破、感想600件突破。
これも読者の皆様のお陰です。
誠にありがとうございます。


これからも拙作をよろしくお願いいたします!

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