生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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お気に入り数が思った以上に増えてびっくりしています。
なるべく面白い作品が書けるよう頑張りますが、どうかよろしくお願いいたします。


#1

「あー大変だった...」

 ダンジョン入り口の前で肩で息をしながら、ベル・クラネルは近くの柱の影に移動して座り込んだ。

「何だったんだろう...あの人...」

 ベルは先程、五階層で出会った美少女、アイズ・ヴァレンシュタインを思い出していた。

 彼女からの詰問から解放されたのは、ベルがある行動を取ったからだった。

「"バイトに遅れてしまうから"...咄嗟に嘘をついたのは悪かったよなぁ...」

 しかもかなり強引だったなと、少し後悔もしていた。

 あの時の彼女の表情は、無表情ながらも残念そうにしているのは分かったし、何より、掴んできた彼女の腕を振り払ってしまったのは、それもそれで罪悪感だった。

 しかし、それよりもだ。

「あれ、見られちゃったなぁ...」

 他人にあれを見られてしまった。

 誰にもバレないようにして生きてきたのに、まさかこんなことでバレてしまうなんてと、ベルはひどく落ち込んでいた。

「...でも完全にバレたわけじゃないし、うん、大丈夫だよね」

 アイズ・ヴァレンシュタインという人物に会わなければ。

 溜め息をつきながら、左目を抑えた。

「取り敢えず、バイトも無いし...どうしようかなぁ」

 ベルがダンジョンに潜り込むときは、アルバイトが一日休みの時だけだった。

アルバイトがある日にはそもそもダンジョンには行かないし、半日休みの時など中途半端な休みの時もやはり行かない。

 潜る際には一日中潜り込み、モンスターと戦い、魔石を集め、そして帰ってくる。

 ベルのダンジョンに行く日はいつもそんな感じだった。

「取り敢えず、換金に行こう...」

 寄りかかっていた柱からゆっくりと立ち上がり、換金所へと足を進める。

 ひたすらに疲れた。

 それが今日のダンジョン探索の感想だった。

 

 

 

 

 

「2500ヴァリス...想像してたより少し多かったな」

 早速、魔石を換金してもらうと、予想していた金額よりも少しだけ多く、ベルはラッキーと心の中で呟いた。

「後は、このミノタウロスの角の処遇だなぁ...」

 その手にはドロップしたミノタウロスの角が握られていた。

「武器も防具もあんまり興味がないからなぁ...」

 ふと、腰に差している短剣に目を向ける。

 ベルにとって武器は軽くて振りやすければいいし、防具も重たいものや、ゴツいのも邪魔にしかならないし、軽くて防御性に優れるものは、まず高いので手が出せないし、そもそもお金をかける気にもなれない。

 しかし、殊更、刃物に関しては一切興味が無いというわけではない。

________短剣、ナイフ。

 この場合は包丁等も含まれるか。

 ベルは昔から、そういう小型の刃物に関しては何故か反応してしまう。

 と言っても、反応してしまうのは、彼の何か(・・)に触れたごく一部のものだけだが。

 この短剣も、ただの安物だが、手に馴染むからという理由だけで選んだ_______筈だが、実際の所、それすら分からない。 その何か(・・)に触れたのかもしれない。

「まあ、これも換金すればいいか」

 結局の所、ベルはこのミノタウロスの角を換金することに決定したらしい。

自分が持っているよりも冒険者の武器や防具に加工された方が、角にも冒険者の為にもなるだろう。

 取り敢えず、この素材を高めで買い取ってくれそうな店を探すことにした。

 折角売るのだから、こちらにもその分の見返りが欲しいものだ。

 お金はあって困るものでもない。

「でも、当てがないな...」

 ベルはオラリオに来て半月程経過しているが、こちらに来てしたことと言えば、アルバイトとダンジョンをループしているだけだ。

 ダンジョンも、冒険者のように本格的なものではないので、あまり刺激もない。

 まあ、今日のことは無しにしても。

 とにかく、ベルが行く店は極々普通の店だ。

 食料品を買ったり、服を買ったり、そういうものだった。

 故にそういう店の当てがないのである。

「あれ...? ベルくん?」

 考え込んでいると、ベルの後方から声をかけられた。

「あ、エイナさん」

 そちらを振り向けば、眼鏡をかけたハーフエルフの美女がいた。

 名前はエイナ・チュール。

 ギルドの受付嬢兼冒険者アドバイザーを仕事にしている。

 アルバイトで、よくギルドに行くので、そこから始まった関係だ。

 こうやって時折話す程度だったで、特に甘酸っぱい展開があったというわけではないが、美女と知り合いになれただけでも幸運と言えるだろう。

 ちなみに彼女にはダンジョンに潜っていることは言っていない。

 何故ならとても世話好きかつ心配性な人で、冒険者でもない彼がダンジョンに行っているなんて知ったら卒倒しかねないからだ。

「あ、って酷いなぁ。こんにちは、でしょ?」

 エイナは少しムスッとした表情を浮かべると、メッとベルの額を指で軽く突いた。

「...こんにちは、エイナさん」

 改めて言い直すと、エイナは「はい、こんにちは」と言って笑顔を浮かべる。

「でも、珍しいですね。エイナさんの私服姿」

 いつもギルドの受付で見る彼女は制服を着ているため、私服を見るのは新鮮、というより初めてだった。

「私だって、休日はこうやって外出してるんだよ」

「仕事が趣味の人に言われても____痛っ...」

 またもや額を指で突かれる。

 彼女の顔を見れば、少しだけ怒っているようだった。

 流石に失礼過ぎたかと、ベルはすぐに謝罪体勢に入った。

「すみません、エイナさん。お詫びにじゃが丸くんでも奢りますよ?」

 ちょうど収入も入った所だしと、余計なことは言わないでおく。

「そうやって、物で釣ろうとするところは減点だけど、まあ良いでしょう」

 何故か嬉しそうにしているエイナだったが、ベルにその真意は掴めない。

 まあ、じゃが丸くん程度ならいいかとか考えていると、エイナに声をかけられる。

「あと、じゃが丸くんじゃなくて、クレープね」

 とても良い笑顔でそう告げるエイナ。

 取り敢えず思ったのは、クレープっていくらくらいなんだろうということだった。

 

 

 

 

 

「うん、美味しい」

「じゃが丸くんも美味しいですよ」

 売店が立ち並ぶ所から離れて、噴水のある広場。

 そこの近くのベンチで軽食を取っていた。

 ベルがエイナに買ったクレープの値段は150ヴァリス、対してじゃが丸くんは30ヴァリス。

 価格差、五倍である。

 しかし、彼は祖父に基本的に女性には優しくしろと教え込まれた為、お金が減ったことに関しては何も気にしていない。

 寧ろ、これで機嫌が直るのなら安上がりだろう。

 ベルはそう考えた。

 まあ、アイズ・ヴァレンシュタインのことは置いておいて。

「そういえば今日はヘスティア様いなかったね」

「...そういえばそうですね」

 じゃが丸くんのお店には、高い確率で黒髪ツインテールの僕っ子ロリ巨乳な神様がアルバイトしている。

 頑張り屋で、買い物に来た人にとても可愛がられている店のマスコットみたいな存在だ。

 ベルは神様なのに働いていてすごいなと素直に尊敬していた。

「あ、ベルくん。一口食べる?」

 すると、エイナは自身の食べていたクレープをこちらに差し出してくる。

「え、えっと...少し恥ずかしいと言いますか...」

 改めて言うが、ここは広場だ。

 必然的に、人もたくさん集まっている。

 故に、この中で目立つことをすれば、視線が集中してしまうわけで。

 現に男性陣の嫉妬の視線がベルに集中していた。

「もう、そんなの気にしないの」

 エイナはクレープをベルの口元に運ぶと少しだけ押し付けてくる。

 こうなってしまえば最早食べることしか選択肢にしかなく、ベルはパクリと一口クレープをかじった。

「美味しいよね?」

「えぇ、とても美味しいです」

 食べさせてもらったというシチュエーションのことだが。

「あ、口にクリームついてるよ」

 すると、エイナはベルの口元についていたクリームを指で取る。

「エイナさんが押しつけたからでしょう?」

「女の子のせいにしちゃいけないんだよ?」

 そう言うと、エイナはそのクリームの着いた指を口にくわえてしまった。

「......♪」

 女性って、恐ろしい...

 ベルはつくづくそう思った。

 というか何だろうか、この異常な恥ずかしさは。

 周りの視線もかなり鋭いものになっており、間違いなく串刺しになっている自身の身体を想像したらベルは寒気がした。

 こうなったら、じゃが丸くんで仕返しだ、そう思った矢先に、ベルはじゃが丸くんを完食していたことに気付いた。

 仕返しはまた今度になりそうだと、ベルは取り敢えず心を落ち着かせた。

 その後、適当な会話をしつつも、時間が経過していく。

「あ、そうだ。エイナさん。一つ聞いていいですか?」

「うん? どうしたの?」

 クレープの袋を折り畳みながら、そう応えた。

「モンスターの素材を高値で買ってくれる所とか知りませんかね」

「モンスターの素材って、まさかダンジョンに行ってきたの!?」

 何気なく切り出したのだが、エイナはやはり反応してしまう。

「違います違います! バイト先で貰ったんですよ」

 考えておいた嘘を撒く。

心苦しいが、面倒なことにはなりたくない。

「...本当?」

「本当です」

「それなら良いんだけど...」

 あまり納得していないように見えるが、エイナは取り敢えずは呑み込んでくれたようだ。

 本当に心配性な人だと、ベルは思ったが、それが彼女の美点でもあるのだろうと、考えた。

 彼の祖父曰く、『女は肯定することから始まり、肯定することに終わる』らしい。

「そうだねぇ...ヘファイストス・ファミリアか、ゴブニュ・ファミリアのお店なんてどうかな?」

 エイナはうーん、と考えると、ピンと指を立ててそう言った。

「ヘファイストス・ファミリアに、ゴブニュ・ファミリア、ですか?」

 ベルはあまり武器や防具の店に詳しくはないが、その二つのファミリアくらいは知っていた。

 というより、最初にこの街に来て、武器を買おうとしたとき、ベルは両者に行ってみたのだ。

 しかし、かなりの値段で(0が二つ三つ多かった)、諦めて結局別の店で買ったという経緯があったりする。

 つまり、お金のない彼にとっては縁の無い場所なのだ。

「うん。どちらも鍛冶系のファミリアとしては最高峰のファミリアで、かなりの冒険者が利用しているね」

「なるほど。...確かに沢山人が居たもんな」

 ベルは最後の方、最早消え入るように呟いた。

 初めて行った際に、どちらも冒険者でごった返していたのは記憶に新しい。

「まあ、どっちも結構値が張っちゃうんだけど、その分、質としては文句なしの武器や防具が揃うからね」

 内心、それはもう既に知っていますとは言えなかったが、相槌を打つ。

 下手なことを言うと、冒険者でも無いのに、どうして行ったのかと、聞かれて面倒になりかねない。

 まあ、それくらいでバレるとはベルも思ってはいなかったが、念には念を入れてだ。

「あ、でもね。どちらもちゃんと安いところがあるから、冒険初心者の人でも大丈夫なんだよ」

 そう付け足すエイナ。

 なるほど、今度は少し良い情報が聞けたかもしれないとベルは思った。

 今度、短剣やナイフを見に行ってみようかと、少しわくわくさせて。

「ありがとうございます。じゃあ、そのどちらかに行ってみますね」

「えっと、良いの? どちらかに絞らなくて」

 アドバイザーとしては、きちんと面倒を見たいというのがあるのだろうか、そう聞いてくる。

「ええ、色々見て回りたいですしね」

 ベルはそう言うと、ベンチから立ち上がると、ぐっと伸びをする。

「あ、それなら私も一緒に付いて行こうか______」

 

 

「あー!! エイナ!」

 

 

 と、その時。

 横から声がかかった。

 呼ばれたのはベルではなく、エイナの方であったが。

「み、ミィシャ...!」

「やっほー! 何やってるの、こんなとこ_____っ!?」

 ミィシャと呼ばれた結構可愛い女性____恐らくヒューマンだと思われる____はベルの方に視線を向けると固まってしまった。

「えっと...どうしたんでしょうか?」

 恐る恐るベルが声をかける。

「.........イナに」

「へっ?」

 顔を下へ向けている為表情は見えなかったが、プルプルと震わせているのでもしかしたら怒らせたかもしれないと、ベルは思った。

 やはり女性の扱いはとても難しいのか、そんなことを考えていると。

 

 

「エイナに春がきたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ミノタウロスの咆哮も何のその。

 ミィシャのとてつもない叫びがその場に木霊した。

「えっと...」

「ちょ、ちょっと! み、ミィシャ!! 何意味分からないこと言ってるの!?」

 ベルの言葉をかき消すように、顔を赤くしたエイナが声をあげた。

「ふっふっふー。いやーあの仕事一筋のエイナにも、遂にねー。しかも見たところ年下で、可愛い系が好みだったのかー」

 ニヤニヤしながらミィシャはベルとエイナを交互に見ている。

「ち、違くて! これはたまたま会って......それで......」

 顔が真っ赤なエイナは消え入りそうな声で何かを伝えようとしていたが、その言葉は届かない。

「ねぇねぇ、君。名前何て言うの?」

「あ、ベル・クラネルと言います」

 突然、声をかけられたベルは少しビックリしつつもそう答えた。

「ほうほう、君が噂のベル・クラネルくんか! って、えええ!! マジ?...マジなの!?」

「どう噂になっているか分からないですけど、そのベル・クラネルだと思いますよ」

 同じ名前なんていないだろうし。

 いや、それよりもだ。

 このミィシャの反応は何なのか?

 うるさ___騒が___賑やかな人だとベルの第一印象が決まったところだが、ミィシャが何を言っているのかよく分からない。

「ていうか! エイナ、ガチなやつ___ムグッ!?」

 すると、何かを言いかけたミィシャの顔面が握り潰される。

 エイナのアイアンクローによって。

「ミィシャ...」

「痛い痛い痛い!!」

 底冷えするかのようなエイナの声と、ミィシャの悲鳴がその場に響く。

 既に周りに居た人達は、場の空気を察知して退避していた。

 素晴らしいな、オラリオ市民。

「...ごめんね。ベルくん。私、この子に用が出来ちゃって。また今度一緒に出掛けましょう」

「えっ、あ、はい」

 エイナから放たれる暗黒オーラに威圧され、返事がおかしくなってしまうベル。

 何だろうか。

 今日はやけに女性が怖い。

 ベルの女性に対しての認識が変わりかけていた。

「さあ、行きましょうか。ミィシャ...」

「痛い、痛いよ! ごめん! 謝るから、謝るから! 顔を握りながら、引きずらないで~!」

 ミィシャは、暗黒微笑を浮かべるエイナに引きずられながら、自身の悲鳴をBGMにして、ドナドナされていく。

「...何だったんだろう?」

 ベルは何も理解出来ないでいた。

 嵐のように掻き回しては、嵐のように去っていく。

 全くもって意味が分からなかった。

「まあ、取り敢えず。ヘファイストス・ファミリアから行ってみるか...」

 ベルは先程エイナに教えてもらった通りに、この街に来て二度目になる、ヘファイストス・ファミリアに行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと! アイズっ! 少し待ってってば!」

 

「何か歩きのはずなのに、滅茶苦茶速いんだけど! 私達疲れてるんだけど!」

 

「...ベルとは、どこに行けば会えるんだろう?」

 

 

 その頃のアイズ・ヴァレンシュタインは、仲間のアマゾネスの姉妹とその他大勢のメンバーを振り回しながら、ダンジョンから帰投していた。

 

 


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