生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「と、言っても。じゃが丸くん一個じゃ、足りないな...」
既にお昼過ぎ、ベルが食べたのは、じゃが丸くん一個だけ。
健全な男子としては、全くもってエネルギー源として足りない。
もっとたくさん食べたいのである。
「本当なら作るところなんだけど...」
ベルは貧乏だ。
きちんとお金は節制している。
故に、なるべく安く済ませるために食事は自炊で、殆ど家で取る。
先程みたいな場合を除いてだが。
「ま、我慢すればいいか」
一食くらいなら取らなくても大丈夫だろうし、それにこの角を換金してからでも良いだろう。
きっと良い値段になるはずだ。
そうすれば、今晩は外食してもいいかもしれない。
少しベルの期待は膨らんだ。
「しかし、大きいな...」
歩きながら、ベルは空を見上げた。
最初から向かう場所は見えていた。
ダンジョンの真上にそびえ立っているギルド保有の超高層施設。
50階立てであり、見上げる首が少し痛い。
「......!?」
瞬間、ベルの背筋に寒気が発した。
この恐ろしい感覚は何なのだろうか。
思わず、腰に差していた短剣を抜きかける程に。
すると、先程と同じく、突然その感覚は消えた。
スッと軽くなった感覚。 先程までは、まるで巨大な岩の塊を背負っているようだったのに、今はまるでない。
「...取り敢えず、行こう」
早くその場から離れたかった。
ベルは早歩きで、バベルの中へ入っていった。
「やっぱり、人多いなぁ」
ベルは入ってすぐ、エレベーターを利用し、目的の場所に直行した。
ヘファイストス・ファミリアの店が立ち並ぶ階層だ。
「確か四階分はヘファイストス・ファミリアの店だけなんだよね」
流石、大規模ファミリア。
複数階層を独占しているのはそれ相応の力があるからだろう。
「そう言えば、ヘファイストス様って、どんな神様なんだろう?」
ベルは筋骨隆々で髭を生やした鋭い眼光のお爺さんを想像した。
「滅茶苦茶強そうだ...」
検討違いなことを考えつつも、店のある通りを歩いていく。
「やっぱり、すごい値段だなぁ...」
改めてベルはそう思った。
ヘファイストスと刻まれた数々の武器や防具。
どれも0が多すぎる。
「うわぁ...」
ベルが思わずそう声をあげてしまったのは、ある武器を見たからだった。
「これが、神造兵装...」
この通りにある店の中でも、一際格の違う店があった。
その店にあるのは、鍛冶神ヘファイストスが直々に造り出した、正しく"神の武装"と言えるものだ。
値段も数える気になれない程だ。
「すごいな...」
ベルは昔からある特技を持っていた。
それは、武器の鑑定だった。
ベルは見ただけで、その武器の価値や性能をとても大雑把にだが、理解出来る。
例えば、すごい切れ味が良いとか、これはすごい人物が作ったとか、そんな漠然としたものだが。
見たところ値段も相応のものになっているようだ。
かと言って、手が出せる代物ではないが。
「...でも」
ベルの
確かにすごいとは思うが、心惹かれるわけではなかった。
「...せめて、このナイフくらい違和感を感じないのが良いんだけど」
ベルは自身の持つナイフに触れた。
別段このナイフは鑑定して、良い切れ味だとか、頑丈だとか、そういう理由で選んだのではなく、ただ安かったというのと、手に馴染んだという理由で選んだのものだ。
恐らく根っ子から貧乏症なのだろう。
安物の方が安心して、使えるというのもあるのかもしれない。
身の丈にあった武器だからこそ、違和感を感じずに使える、そうベルは思っていた。
着ている防具___最早、ただの服だが、これも安物だ。
違和感は感じない、つまりそういうことなんだろう。
「...ここにある武器じゃ満足しないのかしら?」
すると、そう言いながら店内から女性が出てくる。
ベルが目を向けた先に居たのは、右目に黒い眼帯を着けた赤髪の美女いや、この人物こそが______
「ヘファイストス様...」
「あれ、私の顔を知っているのね」
ヘファイストスは驚いたようにそう言った。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど...」
一目で彼女がヘファイストスだと分かったのは、彼の能力の産物のお陰だ。
昔から、彼には
まあ、女性だったとは思ってもいなかったことなので、驚いてしまったのだ。
「へぇ...まあ、いいけど。それより、さっきの質問なんだけど...」
ヘファイストスは、適当に流すと、ジッとベルを見つめた。
「...ああ、違いますよ。ただ僕の手じゃ届かないものばかりだったので。こういう武器も持ってはみたいんですけどね」
ハハハと笑いながらベルは嘘をついた。
神の造り出した武器に満足出来ないなど、逆にどういう武器なら満足出来るのかという話になってしまう。
それはあまりにも失礼だからだ。
「流れるように嘘をつけるのね、君は」
少しムッとしたようにヘファイストスは睨んできた。
「へっ...?」
「...知らないみたいね。神に人のつく嘘は通じないのよ」
ヘファイストスはそう言うと、徐に近くにあった剣を掴み、差し出してくる。
「あの...これは?」
「ちょっと、振ってみなさい。一応鍛冶の神様やってるからね。悔しいのよ」
ヘファイストスはニヤリと笑って、こちらを見る。
「はぁ...まあ、いいですけど...」
ベルはそう言うと、ヘファイストスから剣を受けとる。
刃渡り60c程の剣で、刀身にはヒエログリフが刻まれていた。
「......ふっ! ......はっ!」
なるほど、これは素晴らしい剣だ、ベルは確信した。
軽く振っただけだが、これは一握りの高位冒険者が使うような代物で、自身のような、冒険者でもない者が使う武器ではない。
見た瞬間に相当の業物だと直感したが、それでも、これだと感じはしなかった。
「次はこっち」
すると、ヘファイストスは今度はナイフを差し出してくる。
これも同じく最上の大業物だ。
その後も次々と武器を試させられたベル。
十本目の剣を振り終えた時に、徐にヘファイストスは告げた。
「...やっぱり。君って見たところ獲物は短剣やナイフをみたいだけれど、剣や刀も使えるでしょう?」
顎に手を当てながら、ヘファイストスはそう言った。
「...えぇ、まあ。でも僕はナイフや短剣の方が好きなので」
「"弱くなる"のに?」
そう言われた瞬間に、ベルの動きは止まる。
「...図星みたいね。まあ、君が何を思ってそんなことしてるかは私は知らないけど、何れ死ぬよ?」
何れ死ぬ。
そんな事、当たり前のことだ。
人は生きていれば、何処かのタイミングで絶対に死ぬ。
それは神すら覆せない決定事項だ。
"死は決まっている"のだ。
「...そうですね。でもそんなの当たり前ですよ。僕達はあなたみたいな
"武器の良し悪しはベルにとって関係のない"ことだ。
故に
「ふうん。随分な考えをお持ちようで...でもね、私達鍛冶師はね、そうさせないためにいるのよ? 寿命とか、そういうのを除いても、死なせないためにいるの」
だから、そう続けると、ベルの額を小突いて、こう言った。
「
そう言って、微笑を浮かべるヘファイストスは、とても綺麗だったとベルは素直に思った。
そして、それと同時に彼女に対して、罪悪感が生じた。
「...そうですね。すみません。あなたの気持ちを考えていませんでした」
意図を掴めていなかった。
彼女は
親が
「いや、いいよ。謝らなくて。多分君が言いたいことと、私が言いたいことで
片手をヒラヒラと振ると、ヘファイストスはそう言い放った。
「...すみません」
「だから、謝らなくていいって...」
お節介が過ぎたかしら、とヘファイストスは小さな声で呟いた。
「そうだ。君、ここに来たってことは、何か用があるんだろ?」
ヘファイストスにそう言われ、ベルはここに来た目的を思い出した。
「実はこれを買い取って欲しいと思いまして...」
腰に巻いているポーチから、ミノタウロスの角を出し、ヘファイストスに見せた。
「へぇ、ミノタウロスの角ねぇ。まあ、分かってはいたけど、見た目に反して結構強いのね」
角を受け取ると、感心したようにそう言った。
「...それって暗に、貶されてますよね!?」
地味に傷付く、ベルは少し凹んだ。
というより、男は弱そうとか、見た目に反してとか、そういう風に言われるのはかなりキツイものがあるのだ。
特に女性にそれを言われるのは。
「あ、そうだ。君の名前、聞いてなかった」
しかし、ヘファイストスはそれを無視して、そう言った。
酷い、とベルは思ったが、神は理不尽であり、気分屋であるということを思いだし我慢した。
「ベル・クラネルと言います」
「私はヘファイストス。知ってるとは思うけど、ここを仕切っている者よ」
よろしくと両者は握手を交わした。
鍛冶師である彼女の手はとても柔らかく女性らしい手で、鍛冶をしている手とは感じないと、ベルは思った。
「そうね。12000ヴァリスで買い取るけど? もしくはこれで武器や防具を造ってもいいわよ」
勿論、料金は発生するけどと釘を刺される。
「いえ、今回は買い取りでお願いします」
「了解。ちょっと待っててね」
するとヘファイストスは店の中へ入っていった。
恐らく換金の準備をするのだろう。
「でも、話しやすい神様で良かったなぁ」
想像していたのとは、真逆で、とても美人だったのは嬉しい誤算だった。
やはり、美少女や美人は男にとって、とても嬉しいものであると再確認した。
中々に良い出会いをした。
ベル・クラネルはとても満足していた。
「何で、ヘファイストス様が直々に対応してるんだ?」
「あの小僧何者だよ?」
「高位冒険者には見えねぇけど...」
周りでは少しだけ騒ぎになっていたようだったが、ベルは知らない。