生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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修羅場なんて書けないよぉ......
&
早く話しを進めたいよぉ......


#46

 ロキ・ファミリアのキャンプ地。

 そこでは、明日の出発へ向けての準備がせっせと行われていた。

 率先して行っているのは新人を主とした所謂下っ端の団員で、こういう雑用をやるのはどこの組織も皆、新入りがやるのが常である。

 その忙しい喧騒の中、明らかに色の違う場所(・・・・)があった。

「しかし、《迷宮の楽園》って本当綺麗なところですよね」

「......」

「初めて来ましたけど、凄くびっくりしましたもん」

「......」

「あと、ダンジョンなのにモンスターがいないっていうのにも驚きましたよ」

「......」

「お店も物価が凄いですよね。あそこで買い物してたら、貯金がなくなっちゃいますよね」

「......」

「ロキ・ファミリアの方々にはお世話になっちゃいましたし。しかも、泊めてくれただけでなく、ご飯までご馳走になっちゃって」

「......」

「いやあ、本当に初めてのことばかりで良い経験になりましたよ」

「......」

「あ、そうそう。あっちにここの階層を一望出来るところがあるんですよ」

 ころころと世間話をするのはベルである。

 彼はとても楽しそうに話している。

 新しいことを体験したら、無償に人に話したくなるのは当然のことと言えるかもしれない。

 一時間程前、甲高い絶叫と共に、《迷宮の楽園》入り口からすごい勢いで現れたある一行。

 その絶叫は最近よく聞く、同居人にそっくりであったため、ベルは食事中ではあったものの、抜け出した。

 実際は、あの状況から解放されたいという理由が九割程ではあったのだが。

 そして、案の定。

 そこにいたのは、自分がよく知る同居人_______の他にも知っている面子がたくさんいた。

 というよりも、大半は知っている面子であった。

 そこにベルの後を追いやってきたリリルカとティオナ。

 それに加えてティオネやアイズ、レフィーヤが更にやってきた。

 前者はベルについてきたというのが理由であるだろうが、後者は単純な興味だろう。

 レフィーヤはアイズが行くからと嫌々ついてきたらしく、滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたが。

「それでですね_______」

『......』

 身振り手振りを交えながら、周りにいる六人の女性(・・・・・)に話しかけているベルであったが、一つおかしなことがあった。

 分かると思うが、ベル以外の面子が皆、沈黙しているのだ。

 彼を除いても、六人も人数は居るのに、その誰もが一切ものを喋らない。

 一触即発、臨戦態勢、見敵必殺(?)、そんな言葉が浮かんでくる光景だ。

 

 

 

「何あれ。何であそこ、あんなにも禍々しいの?」

 

 

 

 その光景を遠目で見ている誰かが言った。

 歪んでいる。

 明らかにあの空間だけ、尋常ならざるものと化している。

 モンスターの巣窟と、文字通りのこのダンジョンで、その住人たちよりも恐ろしいというのは一体何なのだろうか。

 あれは直視していいものではない。

 身体にも悪い。

 精神的にも悪い。

「......あんな中で、何故《光を掲げる者》は、あんなに平然としているのか。肝が据わっているのにも程があるだろう......」

「いや、もしくは只の大馬鹿者なのかもしれな______」

 

 

 

 瞬間、男性冒険者の頬を何かが掠めた。

 

 

 

「_______いと思ったが、肝が座ってるんだろうな! 大分! うん! 絶対そうだ!」

 この冒険者はLv:3であり、もう少しでLv:4になるという程の力を持っているのだが、それでも反応出来ない速度での小石の投擲。

 一体、誰が投げたのか。

 候補としては、アマゾネスかエルフ、ヒューマン、犬人(シアンスロープ)の誰かだと思われるが、あの修羅達の中なら誰だとしても、ありえる気がしてならない。

 先程まであんなにベルにお熱だった女性陣もすっかりあの空気に呑まれ、萎縮してしまっている。

 触らぬ神に祟り無しとは極東のある国の言葉ではあるが、正しくその通りだろう。

 まあ、この六人の中には本当に女神がいるのではあるが。

 ちなみに、フィンを含めた幹部達は早々にこの場を去っている。

 揉め事の香りがしたからである。

 大半は苦笑しつつドン引きの退散であったが、一部のものは思うところがある引きであった。

 アイズは興味津々にこの修羅場を観察していたが、目に毒と、レフィーヤに連れていかれていた。

 ベートはクソうぜぇと言いながら、そのまま何処かへ。

 ティオネは一人だけ笑顔で親指を立てて、頑張りなさいと妹へ激励を送っていた。

 例え周りの邪魔者達をぶち殺してでも奪いなさいと、最高の追伸をつけてだ。

「頑張れー!! リリ助ー!! 負けんじゃねえぞ!!」

 そんな中、ヴェルフは酒盛りをしながら、小人族(パルゥム)の少女へ応援を飛ばしていた。

 無論、この応援の最中、ヴェルフの元へは高速で大量の小石が飛来していたのだが、全てを回避もしくは弾いていたために全くの無傷であったが。

 女性陣から舌打ちが聞こえた。

「でも、どうして四人がいるんですか? というかヘスティア様。神様って確かダンジョンに入るの駄目じゃありませんでしたっけ」

「うっ......それは......」

 痛いところを突かれたのか、今まで沈黙していたヘスティアはベルから目を反らしていた。

 額には汗が見える。

「......怪物進呈(パス・パレード)されたって聞いたから」

 沈黙していたナァーザがそう言うと、絶対零度の視線を後方にいる人物達へ向けた。

 そこにはタケミカヅチ・ファミリアの三人、桜花、命、千草がいた。

 三人は気まずそうな表情を浮かべていて、ベルを見ていた。

 ベルはへえと、一瞬だけそちらに目を向けると笑顔で軽く手を振った。

 手を振られた三人は困惑と言った表情で固まってしまっていたが。

 その後、すぐに視線をナァーザに戻したが、その笑顔は一切消えていた。

「......クラネルさん、ご無事で何よりです。安心しました」

「リ......ええ、まあ。無事も何も、別に危険だとも思ってませんでしたしね」

 一人だけ、フードと口許を隠している女性が居り、ベルは口にしかけたその名前を言うのを止めた。

 顔を隠しているのには理由があるのだろうと推測したからである。

 彼女、リュー・リオンは何かを問題を抱えている。

 それを紐解くのは今ではない。

「......その様子を見る限り、怪我はないようですが。一応......大丈夫ですか?」

 アスフィはかけている眼鏡を弄りながら、別に心配などしてないという体を装っているが、明らかにその表情は真逆のものであった。

「ええ、怪我なんて負ってませんよ。全く心配性ですね、アスフィは」

 にこにこ笑いながらそう言うベルに、アスフィは違います! と強めの口調で言い切った。

 その頬は赤く染まっており、図星を突かれたことを証明していた。

 可愛いなぁと思わず口に出した瞬間に、周りから殺気が飛んできた。

 勿論、ベルは無視していたが。

「ねぇ、ベル君。この女た......この人達は誰なのかな?」

 すると、ティオナは閉じていた口を開いた。

 不自然なくらいに笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。

 どうしたのだろうか、別に女性の知り合いがいたところで問題ではないだろうにと、ベルは分かっていて(・・・・・・)そんなことを考えていた。

 というか、自分の交友関係にはあまり口を出さないで欲しいなと。

「ああ、そうですね。彼女達は僕の......友達で_______」

 なるべく言葉は選んだつもりだ。

 いや、それしか言い様がなかった。

 勿論、人によって(・・・・・)は不快感を得るだろうというのは理解していたが、まさかここまでとは。

 ナァーザは弓を構えると劇薬《レギア》が塗布された矢を、アスフィは指の間に挟んだ四本の銀筒(ぎんとう)を、リューは《アルヴス・ルミナ》という聖木の刀をベルの喉元へ突きつけていた。

 次にそんな単語を宣ったらと、そう訴えている気がした。

「ベル君!? 君達は何をしているんだ!」

 彼女達のいきなりの蛮行に、ヘスティアは驚きを隠せないでいた。

 自分の唯一のファミリア団員が命の危機に瀕しているのだから止めずにはいられなかった。

「......気持ちは分かるのでリリは何も言えません」

 そして、リリルカは不機嫌そうな表情でプイッと顔を背けている。

 リリルカからしてみれば、ベルの言うことは絶対であり、彼が言うことは正しいことになる。

 しかし、それでもその括りにされるのは女性としては思うところあった。

 乙女の気持ちというのはこの世の何よりも複雑怪奇であるのだ。

「ふーん。そうなんだ。......ていうか、ベル君にそんなの向けるなんてさ_______ふざけてるの?」

 瞬間、ティオナからとてつもない殺気がベルへ武器を向けた三人へ、叩きつけられる。

 明らかにそれは脅しのものではなく、殺すぞという意思表示であった。

「......は? 何、君は? さっきからずっと気になってたんだけど_______ああ、《大切断》か。ぽっと出の空気の読めないアマゾネスはどこかへ行ってくれるかな」

 ナァーザの目は完全に据わっており、ティオナを害虫程度にしか思っていないだろう。

 向ける視線は同じく殺気に溢れていた。

「そうですね。貴女には全く関係のない話です。引っ込んでいてください。私はベルに話があるんです。貴女に用はありません」

 アスフィの言葉は鋭く冷たく、 もし質量を持っているのならばティオナを串刺しにしていることだろう。

 今、この面子の中で一番、ベルの言葉にキレていたのは間違いなく彼女であり、そういう言葉(・・・・・・)で片付けられるのは例え冗談でも嫌であったのだ。

「......私は只、納得がいかなかったからです。悪いですが(・・・・・・)、邪魔です、《大切断》」

 リューはベルのその言葉を聞いて何故か自分が怒っているということを理解したのだが、何故なのかは分からないでいた。

 友達というのは悪いことではない。

 だが、ベルにそれを言われるのはどうにも癪に障ったのだ。

 故にリューは今、目の前にいるティオナを邪魔者だと判断していた。

「......ぽっと出、引っ込んでろ、邪魔、ねー。あー......本当、そういうのうっざいなー」

 顔を俯かせ、ボソボソと何か呟くティオナ。

 よく見れば肩が震えていた。

「......あー。えっと。皆さん......?」

 どうしてヘスティアがダンジョンに入れているのか甚だ疑問であったのだが、目の前では何故か(・・・)友人の女性達がキレている。

 今、彼女達がキレている理由よりもヘスティアが此処に来た理由を知りたいベルはかなり面倒そうにこの場を静観していた。

 しかし、それはすぐに解消されることになる。

 

 

 

「まあまあ、君達も少し落ち着きなよ」

 

 

 

 如何にも軽薄そうな男の声が木霊する。

 この状況下で、ここに入っていけるなど、余程の強者か豪胆なもののどちらかだろう。

 ベルですら、もし他人事なら絶対に入りたくない状況だ。

 それなのに入っていけるこの男は誰なのだろうか。

「......社長?」

「やあ、ベル。無事で何よりだ。しかし、相も変わらず、全く君は、本当にもうあれだねぇ」

 天界のトリックスター、ヘルメス。

 ベルの元アルバイト先である運送屋《タラリア》の社長であり、ヘルメス・ファミリアの主神である神格だ。

「ヘルメス......」

「ヘルメス様?」

 ヘスティアとアスフィは、此処に来た瞬間に姿を消していたヘルメスを見ると、驚いた表情をしていた。

「さて、君達。こんなところで無益な争いなんて下らないと思わないかい? そんなことよりももっと有益なことをしようじゃないか」

 ヘルメスは両手を左右へ広げるようにして、彼女達を見渡した。

 彼の動作一つ一つが、神に対して敬意を払うべきにも関わらず、彼女達は鬱陶しいと、そう感じてしまっている。

 ヘスティアとアスフィは普通にうざいなと顔に出していたが。

「......ああ、社長が関わってるならなんか納得ですね」

「ははははっ。ベルは僕を何だと思ってるんだい?」

「ええ、勿論、尊敬してますよ?」

「棒読み、ありがとう。まあ、ベルの言う通りで、概ね(・・)その通りだけども、ね」

 ヘルメスはそう言って、ヘスティアの方を見た。

 何やら意味深な視線を向けている。

 向けられたヘスティアは、目を反らしていた。

「......ヘスティア様?」

「......あー! ううん! 何でもないから! ちょっと、ボクもダンジョンに行ってみたいなぁって思っただけだから!」

 へたれたなと、ナァーザはジト目をヘスティアへと向けた。

 確かにあの言葉を本人の前で言うのは恥ずかしいものがあるだろうが、その誤魔かし方はどうかと思う。

「いや、それは流石に自由過ぎませんかね......」

 案の定、ベルは引いていた。

 神様なのだからその辺は守らないと駄目なのではと。

 それを聞いたヘスティアは心中、泣きそうになっており、本当のことを言えない自分が嫌になっていた。

「まあ、いいさ。それよりも、だ! 皆もここまで来るのに疲れたろ? 大分飛ばしてきたから、汗も掻いたろうし」

 だからとヘルメスは続け、この場にいる女性陣を見渡すと、にっこり笑った。

「実は此処には隠れた穴場の温泉があるんだよ」

 瞬間、女性陣の目はキラリといや、ギラリと光った気がした。

 温泉。

 というよりかは、身体を綺麗に出来る入浴施設というのは女性にとってかなり魅力的なものと言えるのではないだろうか。

 ダンジョンに遠征に行くと何日か風呂に入ることが出来なくなってしまうことは多々ある。

 それ故に、体臭などを気にする女性冒険者は香水などを常備するのは嗜みとも言えるようになってきていた。

 冒険者としての格が高ければ高い程、それに比例して高価な香水を持つようになり、香りだけでその冒険者がどれ程のレベルなのか分かってしまうものもいるらしい。

 ピンキリではあるが、家を買えたり、一等級武装よりも高価なものも存在し、ある種女性の憧れにもなっていた。

 ここにいる女性冒険者は勿論、全員が香水を所持しており、サポーターであるリリルカもかなり安価なものではあるが同じく所持していた。

 そこには、例え貧乏であろうとも少しでも切り詰めて香水だけは確保するというリリルカの涙ぐましい女性としての意地があった。

 最近ではベルという異性も現れ、尚且つその努力は研ぎ澄まされている。

 しかし、だ。

 それでも、目の前に入浴出来る環境があるのなら、それに越したことはないだろう。

 それにそのような乙女の事情を知られたくない相手もいるわけで。

 まあ、一つあるのは、ヘルメスが用意したというところに多少、いやかなり心配があるのではあるが。

 乙女達の心は既に決まっていた。

「さあ、どうか_______」

 

 

『行く(行きます)っ!!』

 

 

「_______なって、聞く必要もないみいだね。よし、じゃあ案内するから準備したら教えてね」

 温泉という誘惑にはやはり勝つことが出来なかった乙女達はすぐに入浴具の準備に足を運ばせる。

 瞬きした瞬間には、既にこの場にはいなかった。

 先程までの殺伐としたオーラはどこへ言ったのだろうか。

 まあ、女の子だから仕方ないよねとベルは心中を察していた。

「ん? どうした? こっちを見て。......もしかして、僕に惚れたかい?」

 あぁ、なんて僕は罪作りなんだろうと、陶酔しきった様子で自身を掻き抱き、言うヘルメス。

 かなりうざいものであったし、本音キモくもあった。

 しかし、神に対して流石にそれは言うことは出来なかったベルは心の中に留めて置くとした。

「......社長ほど、善意という言葉をそのまま信用出来ない神はいないなあと思いまして。あと、別に惚れてませんから。僕は女性が好きなので、取り合えず性別を変えてから出直して来い」

「あれ? 最後口調変わってない? まあ、別にいいけどね! というか、性別変えたら良いって、本当に見境ないよね......」

「見境ないはともかくとして、別に良いとは言ってないですけどね」

「そこは否定しないのかい......」

「まあ、否定できませんから」

 ベルは天井(そら)を仰ぎ見る。

 広がるのは偽りの空。

 《偽天(そら)》である。

 偽物とは言え、地上の空と何ら変わりはない。

 見上げた理由などは特にない(・・・・)が、ふと見上げてしまっていた。

 その先には《偽天》の中央、つまりは巨大なクリスタルが天井から生えている場所がある。

 夜間に貯めた魔力を光として放つそれは直視するだけでもかなり眩しいものであった。

「......あーあ。嫌だ嫌だ。ベルがそんな顔するときって大抵悪いことしか起きないんだよね」

「それも否定はできませんが、今回は社長が原因なんじゃありませんか?」

「へぇ、何でそうなるのさ......?」

「勘ですよ、勘。......まあ、余計なことはあまりしない方が良いですよ、ヘルメス(・・・・)。アスフィを悲しませることはしたくないですから」

 ベルの瞳に光彩はなかった。

 そこには明確な殺意が現れており、手を出せば容赦なく殺す、そう訴えていた。

「怖いねぇ、ベル。神に対してそれを言ってのけるのは君くらいだろうね。......安心しなよ。今回、僕は君に手を出していないから。というか出せない(・・・・)からね。保証するよ」

「......保証するなんて言われても、信用できると思ってるんですか?」

「それじゃあ、君のところの神、ヘスティアに誓うよ」

 ベルはその名前を出され、一瞬詰まると、大きく息を吐いた。

「......別にヘスティア様に誓っても意味は無いと思うんですけど」

「いやいや、意味はあるよ。何たって君が一番信用している神だろう?」

 それを言われてしまえば、ベルは何も言うことは出来なかった。

 実際、ヘルメスの言う通りであり、彼女に誓われてしまえば、信用せざるを得ない。

 ただし、そう誓った上で嘘を吐けば、どうなってしまうかは言わずもがなである。

「あー、もういいですよ。分かりました。信じますから。......何か、やりづらいなぁ」

「ありがとう、信用してくれて。そうだベルもどうだい、温泉。あそこには男湯もあるからね。何なら、混浴でも良いんじゃないか? 彼女達なら歓迎しそうだけど」

「それは多分ウィリディスさんに殺されますけど。......男湯の方なら行きますよ」

 ティオナのことだから、レフィーヤ達も誘うだろうという安易な予想ではあるが、間違いなく彼女達も来るだろう。

 風呂とはそれほどに魅力的なものであるからだ。

「了解。一名様ご案内、だね」

 ベルの言葉に、ヘルメスは満面の笑みを浮かべ頷いた。

 まあ、この後どうなるかなど、ベルには完全に予想がついていたので、少し億劫だとまた溜め息を吐くことになった。

 

 

 

 

 

「へ、へへ変態!!!」

「あーあ、やっぱりこうなったかー」

 そして、案の定。

 ベルはヘルメスの策略に引っ掛かってしまい、女湯のど真ん中にいた。

 入り口までは別だったのだ。

 いざ、脱衣スペースを抜けてみれば、柵などはなく、あるのはただ一つの広い温泉と肌色の美しき華々であった。

「あ、アイズさん! わ、私の後ろに隠れてください!! あの男の不埒な目線に汚される前に!」

「......?」

 そう言って、レフィーヤはきょとんとしているアイズを自身の後ろに隠すと、威嚇するようにしてベルを睨み付けた。

 さながら、子供を守る親猫のようだ。

「あのときの模擬戦で少しは見直したと思ったら、やっぱりですか! この変態、ド変態っ!」

 レフィーヤは混乱する頭の中で、ベルへ罵倒を続けている。

 まだ湯に浸かってもいないのに、その顔は真っ赤であった。

 いや、それよりも生まれたままの姿を晒していることはいいのかと、ベルは疑問に思っていた。

 無論、目は既に反らしてはいるのだが、手遅れであり、レフィーヤの裸体が完全に脳裏に焼き付いてしまっている。

 いくらタオルで、隠してはいようとも、それほどきちんと隠しているわけでもなく(女性しかいないだろうという油断だろうか?)、更にベルとの不意の遭遇により、驚いたのだろう、タオルは床に落ちていた。

 不可抗力にも程があるが、こうなった場合、確実に悪いのは男性であるので、その怒りは重んじて受け止める所存であるベルであった。

「べ、べべべべベルくんっっっ!??!? 駄目だよ! いくら君とは言え、こんなところでっ!?」

 呂律が回らず、何かを宣っているのはヘスティアである。

 風呂場だからだろう、いつもはツインテールに結っている髪も下ろし、大人びて見えた。

 そして、そのトランジェスターグラマーと言える、破壊力抜群の凶器(バスト)

 直で見るのは初めてではなかったが、やはり凄かった。

 というか、凄い以外の感想が出てこなかったベルであった。

「ベル様!? ここは女湯のはずでは!?」

 リリルカはタオルで下半身を隠しているとは言え、裸体のベルとの遭遇に、顔を真っ赤にさせている。

 両手で顔を覆ってはいるが、その隙間からはちらちらと視線が流れていた。

 スタイルに関しては、実は小人族(パルゥム)の中では良く、それなりに胸も大きいリリルカ。

 ベルの視線もすっかりそちらに流れている。

「......いや、確かに男湯の入り口から入ったから、元から混浴なんじゃないかなって。あ、多分というか、絶対社長の仕業だと思うよ」

「......ヘルメス様。後で半殺_____」

 レフィーヤやリリルカとは違い、冷静な様子のアスフィは、タオルで最低限隠されてはいるものの、ちらちらと肌色の何かが見えてしまっている。

 何やら後半物騒なことを言ったような気がするアスフィであった。

「......何、見てるんですか」

 タオルを伸ばし、精一杯その肢体を隠すアスフィ。

 その表情は少し赤くなっていた。

 一体、その布の向こうを何度見たかも分からない程に熟知している(・・・・・・)ベルは目を瞑っても、容易に想像することが出来る。

 標準装備は並みではあるが、冒険者であるが故にその肉体は引き締まっており、肌も白百合の如く白く、綺麗である。

 眼鏡も外しており、ギャップを感じ、なおのこと新鮮に感じる。

「うわぁ! ベル君凄い鍛えてるんだね!」

 ほぼ全裸のベルにテンションが振りきれそうになっていたティオナであったが、その鍛え上げた肉体を見て、さらにテンションが上がっているのか、上腕二頭筋や大胸筋、腹筋の辺りを触り出している。

「......ティオナ。すごいくすぐったいんですけど」

「え......こんなに硬い。男の人の、私、初めて......」

 何故か顔を赤らめ驚いているティオナは、大胸筋の辺りを触っている。

 念入りにぺたぺたと。  ちなみに勿論、彼女は全裸である。

 アマゾネス故の奔放さだろうか。

 某所はかなり控えめではあるものの、引き締まった褐色の肉体が温泉の湯気で濡れ、酷く艶かしかった。

「へぇ、本当ねぇ。やっぱり凄い鍛えてるのね。どんなトレーニングしてるのかしら」

 今度は姉の方、つまりはティオネがベルの肉体に触れ始めた。

 そして、勿論。

 彼女も全裸である。

 妹とは対照的なグラマラスなそのスタイルは圧巻である。

 この場で彼女に勝つことが出来るのはヘスティアしかいないだろう。

 ヘスティアのもそうであったが、目に入ってしまったら見てしまう他ないだろう。

「あれ? ナァーザさんと、リュ_______あの女性は?」

 そう言えばと、ベルは辺りを見回すが、二人の様子が見当たらなかった。

 その途中、ばっちりと女性陣の裸体を再記憶するのは忘れていないところ流石ベルである。

「......二人なら水浴びに行きましたよ。まあ、事情が事情(・・・・・)ですし仕方ないですが、残念そうにしていました......色々な意味で」

「あぁ、なるほど」

 何故か微妙な表情を浮かべるアスフィの言葉に納得したベル。

 ナァーザに関しては、左腕(・・)のことがあるから仕方がない。

 あまり人に見せたいものでもないだろうし。

 リューに関しては、ここに来る際に顔を隠していたことを考えると、何か大きな事情があるのだろう。

 それでも自分を心配してここまで来てくれたことには感服する他ない。

 あとで、誰も来させないよう、二人のためにこの温泉をセッティングしてあげようと誓うベルであった。

 その辺に関してはヘルメスを使えばどうとでもなる算段なので問題はない。

「あと、あの二方も見当たりませんね。あの大きな男の人もそういえば居ませんでしたし」

 ベルが言ったのは、タケミカヅチ・ファミリアの三人のことである。

 やたら、自分を見る目がびくついていて、若干鬱陶しいと感じ始めたくらいには、気になっており

「やるべきことをやってないから、入るわけにはいかないとのことでした......まあ、カシマさんに関してはそれで正解でしたね」

 アスフィから溢れ出る黒いオーラに思わず後退るベル。

 もし、彼女達の裸体をベル以外の男、例えばカシマ_______桜花が見た場合、温泉が鮮血で染まることとなっただろう。

 主にティオナやアスフィの手によって。

「......まあ、温泉から上がったら彼らの話、一応聞いて上げてください。ここまで頑張って着いてきましたし」

 反省しているようですとアスフィは続けた。

 全く以て一体何のことかベルには分からなかったが、取り合えず分かりましたと頷いておいた。

 女性との会話(トーク)は肯定で始まり、肯定で終わる、そう祖父から教わっている。

 ちなみに他にも、話に関心を持つことも重要である。

 あと、褒めるのも忘れてはいけない。

 『そうなんだ』、『興味ある』、『凄いね』。

 これを軸に会話を回せば何も問題はない。

 彼の祖父の尊い教えであった。

「と・い・う・か!!! 貴方は何時までここに居る気ですか!?」

 何時までもしれっとここに残っているベルに、遂にレフィーヤの堪忍袋の緒が切れたらしい。

 いや既にキレてはいたが。

 全裸で怒る女の子とはなんとも言えない。

「あーそういえばそうですね。じゃあ、僕一旦上がりますね」

「えー! 一緒に入れば良いじゃん! ねー?」

 ティオナはベルの反応を聞くと、やはりそう提案し、周りに意見を伺った。

 いつの間にか、ある程度は仲良くなってはいるのだろうか。

「別に私は構わないわよ?」

「私も、別に......というか、今さら裸くらいでは」

「......どうしたの? レフィーヤ? 」

「り、リリも大丈夫ですっ! ......ベル様の裸」

「一緒にお風呂くらい家族なら普通だし、ボクは別に ......たまに一緒に入ってるし」

 全員、強心臓というか。

 女性としては、かなり豪快な精神をお持ちらしい。

 ここが開放的な空間だからだろうか。

「何で、私がおかしいみたいになってるんですか!? というか、今、聞き捨てならない発言が聞こえた気がしたんですけど!!」

 ああ、これは面倒くさくなってきたなと、ベルは思い始めた。

 余計な言及をされて、これ以上レフィーヤに何か言われるとまた先のような暗黒空間になりかねない。

 故に勿体無くはあるが、選択肢は一つである。

「いえ、上がりますよ。皆さんで楽しんで下さい。僕はまた今度入りますから」

 ベルはそう言って、踵を返すと、入り口へと足を進めていく。

 後ろからは残念そうにする声が聞こえてくる。

 まあ、嫌がる人がいるというのに、無理に入ることもない。

 その方がお互いのためにもなるだろう。

「......あ、そうそう。一つだけ」

 これだけは言っておきたかったと、ベルは振り向いた。

 無論、眼前に広がるのは肌色の華々。

 その行動に女性陣は全員、首を傾げている。

「実は先程からあそこの木の上に社長いますよ」

「ちょっ!? ベルっ!? 裏切っ_______」

「貴方はいつもいつも......! お仕置きです!!」

 アスフィの手から放たれたのは、どこに隠し持っていたのか、一本の銀針(ぎんしん)

 それは真っ直ぐにヘルメスの首元へと向かい、突き刺さる。

「_______たなガフッ......」

 ドサリと音を立てて、茂みへと落下するヘルメス。

 まるで、南国の島国に自生する熱帯植物の果実のようである。

 結構な高い位置からの落下であり、見たところ受け身も取れていないようなので、割りと洒落になっていないかもしれないが、まあ、ヘルメスなら大丈夫だろう。

「裏切ってませんよ。......ていうか、何を打ったんですか?」

「中層程度のモンスターであれば、瞬時に眠らせられる麻酔です。下層のモンスターも一部であれば、可能です」

「いや、それは人というか神というか......とにかく相手に向けるものじゃ......」

 アスフィの言葉にベルだけではなく、他の面子も戦慄を覚えていた。

 それほどの劇薬を打ち込んだというのだろうか。

 いくら神とは言え、地上に降りたことにより、ほぼ人間と同スペックにまで力は落ちている。

 そんな状態では、流石に危ないのではないか。

「安心してください。これでもかなり希釈していますので。これくらいした方が良い薬になるでしょう」

 アスフィのその目からは苦労が滲み出ている気がした。

 あのヘルメスに、ついているのだ。

 その苦労は並みではないだろう。

 リヴェリア辺りと仲良くなれそうだと、そんなことをベルは思っていた。

「じゃあ、僕は社長の回収行ってきます。あ、ゆっくりしてって下さいね」

 今度こそ、ベルは温泉を後にする。

 全く以て、予想通りの展開になってしまったが、かなり目の保養になったので、まあ良いだろう。

 ベルはそんなことを考えながら、更衣室にて衣服を着ている。

 

 

 

「きゃああぁぁぁぁぁ!!!?!」

 

 

 

「......あ、やっと気付いたみたいだ」

 ふと、風呂場の方から甲高いエルフの悲鳴が木霊している。

 どうやら、漸く嫌いな男の前で全裸を晒していたことに気付いたのだろう。

 いや、遅すぎにもほどがあると思ったが、もしあの場に居たのなら、ビンタの一ついや、三つくらい飛んできてもおかしくはない。

 ホッとするベルであったが、次に会ったときのことを考えると少し鬱になっていた。

 まあ、レフィーヤ以外は全然気にしている様子もないので、その辺りは心配ないだろうが。

 取り合えず、魔法の一つは飛んできてもおかしくないので、構えておくことにしようと誓ったベルであった。

「さて、と。社長は_______あれ? 社長?」

 ヘルメスが撃墜した場所に来てみると、そこには誰の影も見当たらない。

 まるで、最初から何もいなかったかのように。

「......まあ、別にいいか。二人を探してみようかなぁ」

 ヘルメス回収を早速忘れて、ナァーザとリューを探してみようかと思案するベル。

「......流石に見つけるのは至難過ぎるな」

 水浴びをしているから、水辺の側にいるというのは確かだろうが、些か候補がありすぎる。

 18階層は広い。

 一日では到底回り切ることは不可能だ。

 別に、ナァーザとリューを見つけたからどうするというわけではない。

 ただ、その二人以外には遭っているので何となくである。

 まあ、ナァーザはともかくとして、リューは裸を見た瞬間に首を狙って来そうだと、ベルは想像していた。

「......取り合えず、キャンプに戻ろう。暑いし」

 温泉という湿度も温度も高いところにいたために、体内の水分は入っていないのにも関わらず、割りと持ってかれていた。

 その為、少し喉が乾いたのであの美味しいフルーツジュースを頂こうと、そんなことを考えながら、ベルは来た道を戻り始める。

 恐らく頼み込めば、彼女達(朝食時に絡んできた女性冒険者達)は喜んでくれるだろうと、そんな魂胆だ。

 結局、予想通り喜んで彼女達はフルーツジュースをくれたのだが、何人もの女性冒険者が殺到し、尋常ではない量になってしまい、地獄を見るはめになるのだが、それを見ていたヴェルフが見かねたのか、助けに来たりしていた。

 さらに言えば、そこにラウルというやけにベルへ親しげに話しかけてくる男性冒険者も助太刀に入り、胃袋の決壊は免れた。

 

 

 

 そして、色々あり現在。

 ベルにとって、予想外の心的負荷(・・・・)が襲いかかることになる。

 

 

 

 ベルの前_______正確には、ヴェルフとリリルカを含めた三人の目の前には、土下座を決める女性冒険者(・・・・・・・・・・・・)と悲痛な面持ちでその後ろに立つ男女の冒険者がいた。

 

 

 

_______ああ、止めてくれ。

 

 

 

 ベルは最悪だと、そう心の中で呟いた。




お久しぶりです。
EXTELLAやゲーガイル、FGOをやっていて遅くなりました。
アルテラが可愛いのと、ゲームとOVAのいろはすが可愛いくて、どうにかなりそうでした。
あと、兄貴は無事スキルマ出来たので満足です。



と、まあこんなことはどうでもいいのです。



なんと、拙作『生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。』ですが、今日で一周年を迎えていました。

ふと、日付を見たら一年前の今日、これを投稿したことに驚きました。
ここまで書いてこれたのは皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。

これからも、遅筆ではありますが、拙作をよろしくお願いいたします。

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