生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
本年もよろしくお願いいたします。
「本当に申し訳ありませんでしたっ......!!」
天幕の中、響くのは少女の精一杯の謝罪の声。
正座し、床に額を擦り付ける所謂、土下座を彼女_______ヤマト・命は先程からずっと行っていた。
まあ、極東の最大謝罪体勢を知るわけでもなく、ただそれに困惑するばかりであったが。
しかし、そこから伝わる圧倒的謝意は何事の追従も許さぬ程のものであり、事情を知らないものが見ても、ああこの人は申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろうなと分かる、というのが客観的に見た彼らの
「......判断はベル様にお任せします」
リリルカは、少し複雑そうな表情を浮かべそう言うと、ベルの方を見た。
特に被害があったというわけでもなく、ただモンスターの群れを押し付けられただけだ。
しかもそれらのモンスターの群れも、ベルにより無傷で全滅させられた。
つまりは、被害を被ったものはこの場に誰一人いないことを証明していた。
「てかよ、女にここまで頭下げさせておいてお前は黙り込んでるだけかよ」
おい、そこのお前だよとヴェルフは命の後ろに立っている男女の片割れである男、カシマ・桜花を睨み付けた。
実際、ヴェルフが今、一番気に入らないのはこの桜花であった。
どうして、
「お前だろう、あの判断を下したのは」
「ああ、その通りだ。俺があの判断を下した。だが、あの時の判断を俺は間違えていたとは思わない」
格上であるヴェルフの睨みに、桜花は臆すことなく、しっかりと見据え、言い切った。
その目からは、ある種の信念というものが見受けられた。
仲間を
それを聞いたヴェルフは
その言い方は明らかに誤解を招く上、そもそも彼らは
口に出すべきことはきちんと明確に表しておかなければいけない。
それに自身の立場が低い状態で、その態度を取るのも悪手であり、普通であれば怒りを表してもおかしくない。
色々と、彼らには欠けている。
「......なあ、旦那。どうするよ? 」
最早、呆れて言葉も出ないといった様子で、ヴェルフはベルへと視線を移した。
「......はぁ。まあ、取り合えず、頭は上げてください。えっと、ヤマトさん?」
ベルは溜め息を吐きつつ、今も尚土下座を敢行する命の頭を上げさせようと声をかける。
目線をなるべく彼女に合わせるべく、ベルは片膝を着いている体勢だ。
「女性がそんな謝り方をするべきじゃないですよ。ほら、顔を上げて」
「し、しかし......っ!」
それでも尚、命はひたすらに床へ頭を擦り付けている。
「いや、ですから_______」
「納得がいきません! 私達がしたのは他者を死へと追い込む行為! それをどうして、罰をも与えられず、納得出来ましょうか......!」
話が進まないと思いつつも、素晴らしい程の正義感を持っているなと、内心ベルは驚いていた。
ヤマト・命は間違いなく正義感の塊である。
弱きを助け、強きを挫く。
彼女の芯はそれに尽きた。
常に善の行いを良しとする正真正銘の善人である。
故に怪物進呈の際も、一番それを躊躇っていたのは彼女であった。
確かに仲間は大事であり、助けられたことを後悔しているわけではない。
むしろ、良かったことと言うべきだ。
しかし、それとこれとは別の話である。
仲間を助け、見ず知らずの他人を犠牲にしていい理由はどこにもない。
「命......」
その様子を見た桜花は、
ここまで団長と団員の行動が真逆なものも端から見たら、逆に面白いとまで感じてしまう。
彼らの心中がどうであるかは知らないが、考え方の違いなんだろう。
まあ、団長の考えを読めずに、いきなり土下座をかますのはどうかとも思ってはいたし、その団長を肯定するわけでもないが。
ベルはその様子を見て、もう一度大きな溜め息を吐く。
「_______えっと、ヒタチさん? お怪我はもう大丈夫ですか? 心配していたんですよ」
「......っ! は、はい......その、
突然、話し掛けられた少女、ヒタチ・千草はおどおどとしつつも、一言そう返すと、
もし、あの時ベル達があそこにいなければ間違いなく千草はここにはいなかっただろう。
今でも千草はそれを考えると、背筋がゾッとしてしまうのを抑えられなかった。
すると、その様子を見たベルは少しだけ目を丸くして驚いた表情を浮かべ、笑みを浮かべる。
「はい、どういたしまして。でも、気にしないでください。あれは仕方がないことですから」
「仕方が、ない......?」
ベルが今、見据えているのは
千草はベルの吸い込まれそうな深紅の瞳から目を反らせないでいた。
「勝てない相手がいるのは当然です。それに対し逃げるのも当然で、生きたいと思うのも当然で、策を講じるのも当然でしょう。ですから、仕方がないと言ったんです」
「っ! クラネルさん! それは!!」
遂に顔を上げた命はベルのことを見上げて、反論しようとする。
しかし、ベルの瞳に彼女は写っていない。
「僕はこう思っています。
千草はそれを聞いて、心臓がバクバクと大きく鼓動するのを覚えた。
無論、それは悪い意味である。
その言葉の意味は否応なしにも理解出来てしまう。
しかし、それを理解してしまったら。
「_______
その言葉に、タケミカヅチ・ファミリアの三人は言葉を失う。
それと同時に何も言い返せないことにも気付いた。
「......っ!」
そして、千草はベルから目を反らしてしまう。
いや、反らさずを得なかった。
圧倒的強者からの言葉に、何も言い返すことが出来ず、あのまま彼の瞳を見ていれば、確実に泣いてしまうと。
それだけは絶対に避けなければならない。
そのような不様な姿を晒すわけにはいかなかった。
「だから、僕が欲しかったのは謝罪ではなく、先程ヒタチさんが言ってくれたありがとうの言葉なんです。......あ、もう結構ですよ。これ以降に言われても言わせたみたいですし、それに感謝の言葉は心から言ってもらわないと意味がないですし」
そう言い切ったベルの表情は酷く冷たいものに見えた。
ヴェルフが見ても、恐ろしい程に冷え切っており、それを向けられたらと思うと考えたくもない程だった。
「さて、これ以上何か言いたいことはありますか? 僕としてはもう結構なんですが、ヒタチさんに免じてあと一回くらいは受け付けますよ」
ありませんよね、そう見回すように言うと、彼らが何も言ってこないのを感じ、パッと表情に笑みを灯した。
「_______さて、じゃあこの件はこれで終わりですね。さて、と。温泉でも行こうかな。さっきは入れなかったし。あ、ヴェルフはどうですか?」
「......おう。俺は後で入るわ。場所だけ教えてくれればありがたい」
「了解。リリルカはどうする?」
「そうですね。リリはさっき入りましたので、どうぞベル様はごゆっくりと」
そうと、ベルは言うと温泉に入る支度をして、さっさと天幕を出て行ってしまった。
残ったのはただ一つ静寂である。
「......まあ、とにかく。旦那の言った通りだ。お前ら少しは
リリ助行くぞと、ヴェルフはリリルカへ声を掛けると、ベルへ続くように天幕の外へ出ようとする。
「行き過ぎた謝罪は不愉快になるし、まず
ヴェルフは入り口付近で、立ち止まると振り返りこう言った。
「特にお前だよ、
彼から告げられる言葉。
それは容赦なく桜花の心を抉りつける。
それは間違いなく確信を突いたものであり、桜花は何も言えず、その場に固まってしまう。
「何れ、お前の大切なものを目の前で失う形になっても文句が言えなくなる」
_______
その場に残ったのは失意の中、全く動けないでいるタケミカヅチ・ファミリアの三人だけであった。
リヴィラの街、上空50M。
空の"光"を構成する魔力を産み出す結晶。
その魔力結晶が不自然に発光を繰り返している。
まるで、何かをここに誘導しているかのようであった。
ここより遠い世界、それは
それは
"触媒"と。
そう呼ばれていた。
『■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!』
_______そして、巨神がこの
最早、この大地、何も残りはしない。