生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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#49

『■■■■■■■■ォォォォォォッ!!!?』

 距離にして約200M(・・・・・)ではあるが、この赤灰の巨人は端の岩壁まで吹き飛んだ。

 今まで、どんな攻撃も無力化してきたその鋼鉄の皮膚に、初めて亀裂が入り、そして巨人は"痛み"を覚えた。

 巨人の絶叫が、この『迷宮の楽園』に波紋となって広がる。

 本来、それは破壊の衝撃波となってこの『迷宮の楽園』を襲うはずであったが、リヴェリアの発動した結界により、それも被害は最小限に抑えられていた。

「馬鹿者!! いくら被害は抑えているとは言え、少しは周りを考えろ!!」

「ガハハハハッ!! すまん、すまん! 久方振りに少しは全力を出せそうな相手だったからな! 許せ!」

 豪快に笑いながら謝るも、全く悪びれもしてない様子に見えるガレスは、戦斧を肩に構え、倒れ悶える巨人に突っ込んでいった。

「......大馬鹿者が」

 リヴェリアは、頭を抑えながら溜め息を大きく吐く。

 最近、頭を悩ませることが増えてきたというのに、これ以上は止めてくれと、叫びたくなってしまっていた。

 そう言えば頭痛止めを切らしていたことに気付いたリヴェリアは、帰ったら《青の薬舗》に頭痛止めを買いに行こうと決心していた。

「......あの様子だと、相当鬱憤が溜まっていたようだな」

 リヴェリアがそう判断出来たのは、普段からガレスが本気を出せていないということを知っていたというのもあったが、見ただけでそれがわかる程の判断材料があったからでもある。

 彼の構える武器、それは普段遠征やダンジョンに潜る際に使用する《グランド・アックス》ではなく、全く別のものであった。

 《ミョルニル》。

 全長2M程の巨大な戦槌斧である。

 第一等級武装であり、リヴェリアの持つ《マグナ・アルヴス》と同格(・・)の武器でもある

この戦斧は、両刃形で片側には斧、もう片側には槌の特性を持っており、状況に応じて使い分けることが可能になっている。

 そして、この武器の最も特筆した点がもう一つある。

「がははははははは!!!! 消し飛ぶがいい!! 哀しき巨神よ!」

 高笑いを上げながらガレスは数十M程跳躍し、《ミョルニル》を振り上げた。

 

 

 

「『高き雷神の鉄槌(トール・ハンマー)』!!!!」

 

 

 轟ッッッ!!!!!!

 

 

 

 雷が落ちた。

 そう感じさせる程の凄まじい衝撃波と閃光、轟音が、《迷宮の楽園》に響き渡る。

 先の巨人の《覇音咆哮(ルドラ)》を遥かに上回る三重の衝撃は、痛覚、視覚、聴覚の三感を容赦なく襲った。

『■■■■■■■ォォォォォォッッッッッッ!!!???!!?』

 巨人は更なる絶叫を上げ、大地に沈む。

「砕け散れぇい!!!!」

 その一撃を放った瞬間に、ガレスの全身は雷に包まれていた。

 ガレスは、そのまま叩き付けた戦槌斧を更に押し込むように力を込め、再度攻撃を放つ。

 

 

 

 直後、天上から雷が降り注いだ。

 

 

 

『______________ッッ!?』

 そして、雷撃は巨人の咆哮を上回る轟音を立てて、落ちた。

 閃光と衝撃波も先の比にならず、近くにいれば、余波で確実に死ぬ程のものである。

 それはまるで、神の怒りを示すような破壊の雷であった。

「......《雷纏大壮》。己が肉体に雷を身に纏う、攻防一体の魔力の鎧。そして、それに耐え、雷を内包し発露することが可能(・・・・・・・・・・・・・・・・)な《ミョルニル》。あれの一撃を喰らえば例え神であろうと只では済まない......ガレスめ、何に影響されたか知らないが、貴様はここを消し炭にしたいのか?」

 咄嗟に彼女は、《ヴィア・シルヘイム》の結界防壁に硬度強化の魔法、強力な対音、対閃光防御の魔法を更に上乗せしていた。

 流石にリヴェリアと言えど、この攻撃の余波を防ぐには手を込めなければいけない。

 もし、この時にリヴェリアが強化の魔法をかけていなければ、今頃リヴェリアは目と耳を失っていたところだった。

 そして、それは周囲の者達も同じであった。

 リヴェリアとガレス、巨人の距離は約200Mあるが、それでも安全距離とは言い難い。

 もし、ガレスの全力戦闘に巻き込まれるのなら、少なくとも最低でもその十倍以上は離れなければ、命の保証は出来ない。

 それ程までに、彼の怪力と雷霆は強力無比であった。

「巨神とは言え、少しやり過ぎたか......? 」

 ガレスの足元。

 そこには巨神だったものが転がっており、彼の放った一撃の威力を物語っていた。

 上半身が跡形もなく消滅し、下半身も既にほぼ炭化している。

 それに合わせ、彼の立っている大地も抉られ、約50Mの巨大なクレーターが現れており、正に天災に匹敵する破壊の一撃であったことを証明していた。

「所詮はこの程度か......ぬ?」

 足元に感じた違和感を感じたその瞬間、炭化したはずの下半身から白い細腕が生えてきた。

 それは一気に先の豪腕と呼べるまでの太さに筋肉は膨れ上がり、ガレスを握り潰そうと挟み込むように襲いかかってきたのだ。

「ガハハハハッ!! やはりそうではなくてなぁ!! 戦いというやつは!!!」

 クレーターを越えるよう大きく後方に跳躍し、その挟撃を回避すると、着地を決め、直ぐ様《ミョルニル》を構えるガレス。

 既に再度の雷纏(・・・・・)を完了している。

 それが辺りに放電され、草木や岩、大地を消失させており、彼がその場に立っているだけで、影響を与えていた。

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!』

 超速再生。

 巨人の肉体の再構成も完了していた。

 体皮は純白になり(・・・・・・・・)その体躯も更に巨大化している(・・・・・・・・・・・・・・)

「本性を現したか! 巨神_______いや、お前は!!」

 ガレスは踏み込み、雷速で巨人の元へ向かい、一撃を放つ。

 踏み込みの瞬間、地面は陥没し、砕け散り、雷の加速により、彼の通った所は焼け焦げていた。

「死ぬがいい!『高き雷神の鉄槌』!!!!」

 再度、彼の放つ轟雷の一撃は、巨人目掛けて炸裂した。

 ガレスの今の速度は雷光に匹敵している。

 その上、巨人とガレスの距離も数十Mしかなく、直撃は免れない。

 

 

 

『______________ァァァァァ!!!』

 

 

 

 都合、三度の雷撃の直撃を浴びた巨人。

 本来であれば、一撃で終わるはずのその攻撃を三度も喰らえば、塵一つ残さずに消滅するのは必然の結果であった。

「何......?」

 確かに、ガレスの鉄槌は巨人の前頭部に直撃していた。

 そして、今度は跡形もなく完全に消滅するはずであった。

 

 

 

 しかし、そこにあったのは、全くの無傷である巨人の姿であった。

 

 

 

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 新生した新たなる巨人から放たれる『覇音咆哮』は、ガレスを容易く吹き飛ばした。

 高々モンスターの放つ咆哮程度では、怯みすらしないガレスがである。

 それは、『覇音咆哮』も例外ではない。

 所詮は咆哮、叫んでいるだけだ。

 例え、その咆哮が物理的衝撃となって、破壊を生み出そうとも、ガレスにとってその程度は破壊でも何でない。

 正面から相殺、もしくは叩き潰せばいいだけのことだ。

 そんなガレスが。

 幾ら、攻撃を防がれた驚きで隙が生まれようとも、その程度では彼を上回ることは出来ないそんな存在が、今正面から吹き飛ばされたのだ。

 そして。

「......っ!! 《我等が偉大なる神王よ! 万物万象絶対不可侵の聖域を我等に与えたまえ!》」

 リヴェリアは即座に、《シア・ヴィルヘイム》を超広域防御結界として、この結界内(・・・・・)に急速展開した。

 それは、その領域内にいる全ての生命、物体に適応され、本来消滅、もしくは吹き飛ばされるはずであった冒険者達や森、湖、岩壁、草、大地、動物、モンスター(・・・・・)、存在する全てを護り通した。

 そのお陰で、大地は砕け、草木は吹き荒れ、岩壁には亀裂が入る、そんな程度で済んでいた。

 もし、判断が一歩遅れていれば今頃この結界内は完全に消失し、下の階層への巨大な通過穴と化していたであろう。

 それ程までの威力を持つ破壊の咆哮であった。

「......っ、全く馬鹿げた威力をしている。......おい! ガレス! 生きているか!? 返事をしろ!」

 リヴェリアは額に汗を流しながら、ガレスが吹き飛んでいったであろう岩壁を見た。

 超至近距離で、《覇音咆哮》の直撃を浴びたのだ。

 本来なら生きているはずはない。

「......ガハハハハッ!!!!! 全く以て血気盛んな奴じゃのう。鼓膜が破れると思ったわ!!」

 数百Mは吹き飛ばされ、そのまま岩壁に直撃したガレスではあったが、普通に生きていた。

 彼は笑い声を上げながら、覆い被さってきた崩れた岩石をのけていた。

 様子を見る限り、どうやら無傷のようである。

「貴様はやはり馬鹿なのか。何も考えずに突っ込むなど、馬鹿としか言いようがないぞ!」

「うるさいわい!! 馬鹿馬鹿言うでないわ!! 儂も少しは自覚はしているわ! ボケい!」

 転移魔法の駆使により、ガレスの元へ向かったリヴェリアは、開口早々罵倒から始めた。

 まあ、未知の敵に対して真正面から突っ込んでやられればそう言われても仕方がないだろう。

 ガレス自身、流石にそれは理解出来ているみたいで はあったが。

「いや、そんなことよりだ。おい、お前。あれと戦って分かったか? あれは......」

「......ああ、あれはただの巨人(ゴライアス)でもなければ巨神(タイタス)などでもない。《巨獣》の因子を植え付けられた《因子の獣》。強大なる星の獣の眷属_______《隷獣(スクラヴォス)》に違いない」

 眼前では、巨人いや隷獣が悲鳴を上げている。

 全身を掻き毟るように暴れている。

 身体がまだこの世界に適応出来ていない(・・・・・・・・・・・・・・・)のだろう。

 皮膚がまるで罅割れのようになると、ぱらぱらと砕け落ちていく。

 痛みでそれ以外のことを考えられないようだ。

「やはりか......となると......ああ、これは想像以上に厄介なことになりそうだ。ガレス。お前は先の攻撃で、ゴライアスは(・・・・・・)倒したよな?」

「ああ、勿論。一番最初の一撃で、既に奴は死んでおる。......まあ、思っている通りじゃよ」

 

 

 

______________今の奴は、《巨獣》の因子そのもの(・・・・)というべき存在じゃ。

 

 

 

 続くガレスの言葉に、リヴェリアは痛そうに頭を抑えている。

「......なあ、ガレス。実はもう一ついや、二つ悪い報せがあるのだ」

「......なんじゃ?」

「......奴には《神性防御》の加護がある。それもかなり上位のものだ。見たところでは、一級冒険者の攻撃を無力化する程のもの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だろう。それに《巨獣》の因子という特性上、魔法もあまり効果を望めんだろう」

「......ああ、それに加えて《巨獣》の再生能力も加えたら完璧じゃな」

 非常に不味い状況。

 そうとしか言うことができない。

 隷獣の戦闘能力は咆哮だけでこの被害を出す時点で言わずもがな。

 そこに高位冒険者からの攻撃を無力化する体皮と、魔法攻撃に至っては天上の実力の持ち主の放つものでさえも効果があまり望めず、そして例え倒してもすぐに再生するその生命力。

 最早、モンスターという括りには収まらない正真正銘の怪物であった。

「やろうと思えば、儂らであれを倒し切ることは可能じゃろう。じゃが......」

「......ああ。色々問題がある。まず私は無理だぞ。流石にあれを完全に消滅させるには攻撃に専念せねばならん。その間、ここの護りは崩れてしまうがな」

 リヴェリアがそれを行う場合、今彼女が行っている結界の維持作業を止めなければならなくなってしまう。

 もし、そうなればこの階層の護りは完全に崩れてしまうことになる。

 あの隷獣の咆哮でここは滅びかけた。

 それならば、あの眷獣を消し飛ばす程の威力の魔法を彼女が行使したらどうなるか。

 間違いなく、この階層にいる生命は消失してしまい、《迷宮の楽園》も無くなることになるだろう。

「儂も、流石に全力で(・・・)殴らねばあれは無理じゃな、あれは」

「ダメだ。流石にお前の全力を防げる程の結界は無理だ。ここでは(・・・・)時間が掛かり過ぎる」

 ガレスの提案を即座に却下するリヴェリア。

 それを実現するのは今の状況ではとても現実的ではない、そう続けた。

「......ここがせめて地上であれば_______いやそれは(・・・)ますます駄目じゃな」

「ああ、寧ろダンジョン内に現れてくれている今の状況が幸いしている部分もあるのだ」

 状況は最悪と言っていい。

 あれを倒し切る手段は、この階層ごと消し飛ばすしかない。

 しかし、ここにはたくさんの冒険者達がいる。

 この状況による混乱で、避難活動もままならない。

 そんな状況で、それを行えば数百を越える冒険者達が命を落とすことになる。

 それだけは絶対に避けなくてはいけなかった。

「......待て、フィンはどうした? あやつならあれを完全に倒し切ることが出来るのではないか。周りに被害を出さずに」

「......フィンなら、今_______」

 

 

 

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 

 

 

 遂に隷獣はこの世界に適応し、形を成した。

 頭部には二本の捻れた角が生え、体勢は四脚歩行になり、左右前脚が肥大し、巨大なブレード状の刃が伸びている。

 尻尾も生え、その先端はとても鋭利になっており、家数件を貫ける程だ。

「《存在証明》が終わったようだな! どうする? 今ならあれを完全に消滅させられるぞ!」

「ええい、待て! フィン達がここに来るまで時間を稼げ! 今の状況を省みてそれが最善解だ!」

 隷獣は真っ直ぐに、ガレスとリヴェリアがいる此方へと向かってくる。

 その疾走は周囲に甚大な被害を及ぼしているが、今はそれは問題ではない。

「分かった! お主は下がれ! 儂が抑える!」

 そして、直後に眷獣とガレスは接敵した。

 隷獣の突撃に、ガレスは己が肉体のみで対抗する。

 その双角を掴み、拮抗するように前へと踏み込むと、その豪腕で以て押し返す。

「ガレス! 力を貸す!」

 リヴェリアは《マグナ・アルヴス》をガレスへ向け、強化の魔法をかけた。

 純粋な筋力強化の魔法であり、リヴェリア程の技量の持ち主であれば対象の筋力を倍以上に引き上げることが可能。

 そして、ガレスという最強クラスの力を持つインファイターがその恩恵を受ければ、どうなるのか。

 答えは簡単である。

「ぬぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉ!!!!」

 身長が2M近いガレス。

 その二十倍以上の体躯を誇る隷獣が地響きの様な音を立て後退し始めた。

 今のガレスの腕力は人の領域を越えている。

 彼の持つ発展アビリティに"怪力"というものがある。

 効果は至って単純で、"力"のアビリティを一時的に増幅させるというものだ。

 しかし、ガレスのそのアビリティは格が違う。

 ランクにしてAランクという破格の値で、現在オラリオで発展アビリティのランクがそれに達しているのは、ごく僅かな冒険者のみ(・・・・・・・・・)である。

 その効果は増幅させるというレベルではない。

 一次元、跳ね上げるのだ。

 今のガレスは、そのアビリティ、"怪力"とリヴェリアの強化魔法により、人智を越えた怪物の領域に達している。

 現在、人界に誰も彼の筋力を越える者は存在しない。

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 隷獣は力で押し切れないと理解すると、尾を蠢動させ、鞭のようにしならせながらその鋭利な刃をガレスへ突き立てる。

 音速を越え放たれるその刃鞭は、空気を叩き炸裂しようとする。

「......全く、手癖いや、尾癖? というのか? おいたが過ぎるぞ。哀れなる獣よ」

 ガレスに到達する寸前に、深緑の盾が現れ阻害した。

 それはリヴェリアの発動した防御魔法。

 いや、ただ純粋な魔力を盾の形に成型しただけのものであり、防御魔法と呼べる代物でもない。

 しかし、それでもリヴェリアは隷獣の刃鞭程度あれば問題なく防ぐことが出来た。

「ぬぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!」

 ガレスの豪腕には太い血管が浮き出ており、彼がどれ程力を振り絞っているかが理解出来た。

 そのまま、隷獣の双角を捻るように持ち上げ、そして_______

 

 

 

 隷獣は天と地を逆転させ、大地へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「おーい、お前ら大丈夫か?」

 倒壊したリヴィラの町。

 既に町の原型を止めておらず、残るのはその残骸のみである。

 その町だったものの中央、以前は広場があったそこに四人の冒険者が倒れていた。

「随分とまあ、ボロボロになってるけどよ。気合い足りねえんじゃねえの?」

「......う、っせえぞ。糞猿。ちょっと黙ってろ、ボケが......!」

 やけに小馬鹿にするような物言いをするのはヴェルフ・クロッゾで、それに噛みついたのはベート・ローガである。

 ただし、ベートはヴェルフの言う通り傷を負っていた。

 全身に目立つ赤い打撲痕がそれを表している。

「......ベートと同じってのは癪に障るけどっ、何もしてないあんたに、言われたくなんかないんだけど」

 それに嫌そうに同意したのはティオネ・ヒリュテである。

 彼女は近くの瓦礫に背中を預け、肩で息をしていた。

 同じく全身にかなりの傷が見えた。

(ひで)えな。俺だって頑張って雑魚処理したり、周りの奴ら避難させてたんだぜ? ......まあ、避難させてたのは主にリリ助なんだが」

 あまりショックを受けてなさそうな表情で言うヴェルフ。

 言葉通り、先程までヴェルフは、突如現れ始めた上層モンスターの群れを叩いていたのだ。

 ゴブリンやキラーアント、ウォーシャドー、トロールなど類を稀に見ないモンスターの大量出現に、ヴェルフだけでなくロキ・ファミリアの冒険者達やこの階層に駐留していた冒険者達の活躍によって殲滅が行われていたのだが、ヴェルフは途中で抜け出してきたのだ。

「いや、まあ何。雑魚処理はぶっちゃけ俺が居なくとも余裕そうだったからな。それならお前らの様子を見に行った方が良いと思ってな」

「......赤髪の人。多分、さっきからずっとそこに居たよね」

 アイズ・ヴァレンシュタインは剣を突き立て、片膝をつきながら、ちらと建物だったものの影を指した。

 彼女レベルの気配察知能力があったからこそ、戦闘中に気がつけたのかもしれない。

「......《赤色の剣造者(ウルカヌス)》。まさか、ずっと、見てただけなの?」

 仰向けになって倒れている少女、ティオナ・ヒリュテは息を荒げながらヴェルフを睨むように見つめた。

 当たり前だろう。

 戦闘に加勢もせず、自分達がやられていくところを見ていたなど、趣味が悪いにも程がある。

「違う違う。俺もちゃんと別でやることやってた(・・・・・・・・・・・)し。お前らも分かるだろうが。あれには勝てないって。本能的危機察知って奴だよ。分かるかよ? なあ」

 そう言ってヴェルフが指し示したのは、突如方向転換し、リヴェリア達のいる方へ向かった巨人だ。

 いや、既に巨人とは思えない姿に変異を遂げていたが。

「咆哮の一つで地形を変えるような化け物んだ。(あね)さんの結界が無かったら今頃俺ら全員あの世に行ってたぞ」

 ヴェルフの言葉を四人は否定出来ず、何も言わない。

 何かを飲み込むようにして目を逸らすだけだ。

「ああいう化け物退治は英雄に任せるってのが王道だろう? なら、あの人達に任せよう(・・・・・・・・・)ぜ。俺らじゃ絶対に無理(・・・・・)だ」

 絶対。

 そう言い切るヴェルフに彼らは苛立ちを隠せない。

 間違いなく彼らは一線を張る冒険者達で、実力も最上位と言えるもの達だ。

 そんな彼らが手も足も出なかった謎のモンスター。

 痛いところを突かれれば誰だってそんな反応をしてしまうだろう。

「......おい、糞猿。誰も負けただなんて、言ってねえだうが」

 そして、案の定。

 彼に真っ先に異を唱えたのはベートであった。

 犬猿の仲と呼べる両者ではあるが、ベートとヴェルフは互いに実力が拮抗している正真正銘の強者達でもあった

 そしてヴェルフは、あのベートが実力を認めざる得ない数少ない男だ。

 そんな男が、戦わずして勝てないなどと言えばそれはベートの琴線に引っ掛かってしまう。

「いや、負けてんだよ。そうやって意地張るのは良いがよ、流石に状況を読め。お前、死にかけて助けられたのが分からねえのか? お前が咆哮中の巨人に飛び込んだ時、姐さんが結界を_______」

「うるせぇよ!!!」

 ベートは怒りで以て立ち上がると、ヴェルフ目掛けて拳を放った。

_______しかし。

 

 

 

「大馬鹿野郎」

 

 

 

 次の瞬間、ベートは10M程後方へ吹き飛ばされ、瓦礫の山に飛び込んでいた。

 それはベートの拳が到達する前に、ヴェルフのカウンターが彼の顔面に直撃していたからである。

「ったく......思わず手が出ちまったな。おい、お宅のワンちゃんの躾はどうなっているんですかねえ、全く」

 完全に気絶しているベートに呆れた視線を送るヴェルフ。

 本来ならば簡単にベートを気絶させることは出来ないのではあるが、流石に満身創痍の身だとこうも簡単に行く。

 あの戦闘狂いなベートも傷と疲労には勝てないらしい。

 彼ははぁと一回深く息を吐くと頭を抑えながら口を回した。

「ともかくだ。さっさと安全圏内に出るぞ。流石に戦闘の余波に巻き込まれるのは御免だろう。おーい、姉御ー。そろそろ来てるだろー? カモーン」

「......ねえ、君。死にたいの?」

 すると、森の方から不機嫌そうな表情をして現れたのは、ナァーザ・エリスィスであった。

 どうやら、彼女とここで合流する予定だったようだ。

「......ふーん。まあ、頑張った方なんじゃない。はい、取り合えず、回復薬(ポーション)。あ、後で代金は請求させて貰うから。ロキ・ファミリア宛で」

「商売根性逞しいわね。......ロキ宛で良いわよ。直接ね、直接」

「まいどありー」

 ティオネは呆れたような表情を浮かべ、ナァーザから回復薬を受け取ると一気に飲み干した。

 ナァーザはティオナとアイズにも同じく回復薬を差し出して、二人は同じくそれを飲み干していた。

 共通しているのはとても、苦そうな顔をしていることである。

 速攻性効能特化型回復薬であるが故の代償であった。

「......あれ? もう一人居なかったっけ?」

「ああ、あいつならあっちで寝てるよ」

 親指でベートの居る場所を指すと、ナァーザは間延びした声で了解と言ってそちらに駆け寄っていき、回復薬を_______ベートの口に突っ込んでいた。

 容赦なく、刺すように。

「さて、姉御の薬も効いたことだろうし、ずらかるぞ。ほら立て立て」

「......ちょっと待ちなさい。副団長達を置いて、そんなの無理に決まって_______」

「お前もあの駄犬と同じ馬鹿なこと言うつもりか?」

 ティオネの言葉により、ヴェルフの表情に殺気が灯る。

「自分の命を最優先しろってのはあの人(・・・)からの命令だろ? 《怒蛇(ヨルムガンド)》、それがどういうことか分かってるのか?」

 あの人、その単語が出た瞬間に、ティオネは黙りこくり、ティオナとアイズも何も言えない。

 ヴェルフの指すあの人がファミリアにとってどれ程の存在なのか。

 それは言うに及ばずであった。

「よーし、分かったみたいだな。キレたあの人なんざ見たくねえだろう? ......まあ、そんなんじゃキレるわけもないんだけどよ」

 ほら、行くぞとヴェルフは無理矢理回復薬を飲まされていたベートの元へ行くと、肩に担ぎ上げて歩き出した。

「......この狼人(ウェアウルフ)からは直接代金を請求する。手にヨダレ付いたから」

 かなり嫌そうな表情で言うナァーザは、持っていたハンカチで手を拭きながら、ヴェルフに続く。

 彼女の仕事は既に終了しており(・・・・・・・・)、後は無事に地上へと帰還するだけであった。

「待って! ベル君は!? 《赤色の剣造者》、ベル君はどうしたの!?」

 ティオナはヴェルフの側に自身の想い人である彼の姿が無いことに気付いた。

 温泉に入って以降、彼の姿を一度も見ておらず、気になるのは当然であった。

「あ? 旦那? 今、準備してる(・・・・・)らしいからな。それにあの人も付き合ってるらしいぜ」

「準備って、何の......?」

 アイズの質問に、ヴェルフはどうということもないようにこう言った。

 

 

 

「あの怪物を殺す準備だよ」

 

 

 

 

 

 

 北東の高台。

 そこはリヴェリア達が立っていた場所だ。

 そこに二人の影があった。

 一人は黄金の小人(パルゥム)

 そして、もう一人は_______

 

 

 

「......さあ、少年。あの哀れなる獣に相応しい絶望を、君が叩き込む時だ」

 

 

 

 その一撃で、()の獣に絶対なる絶望を叩き込めと。

 そして、その少年はそれに対し、こう(・・)応えた。

 

 

 

「_______目覚めろ、『血脈』。漸く君に相応しい舞台が整ったよ」


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