生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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第五章 シンの嚇醒 Sinner of Fatal Emotions.
#51 プロローグ


「まさか! ありえん! ダンジョンに《因子の獣》が出現したというのか!?」

 ある男神の叫びが響く。

 オラリオでは緊急の神会が開かれており、そこには一部を覗き、ほぼ全ての神々が集結していた。

 その神々の中で叫びを上げた男神かれの眼球と手足は酷く震え、それ・・が何れ程の脅威で恐怖の存在なのかが分かるだろう。

 その証拠に加え周囲にいる他の神達も同様の反応をしていた。

「そもそもだ! 《巨獣(ベヒーモス)》も《巨蛇(リヴァイアサン)》も《死竜(クロウ・クルワッハ)》も確かに1万5000年前に我々で_____」

「だが、現実問題、ここに現れてしまっているのだろう! まだ《因子の獣》なら良い! 問題なのはそれこそ奴ら自体(・・・・)が現れてしまうことの方が!」

「止めてよ! もうそんなの思い出したくもないのよ! いやぁぁぁぁ!!」

 神会は既に地獄絵図。

 神々は皆怯え、発狂しかけていた。

 いや発狂しているものもいた。

 

「_____黙れ。喚くな。ど阿呆どもが」

 

 ドスの効いたその一言で、神会は一瞬で鎮まり反った。

 赤髪の狐目の女神、ロキである。

 彼女はテーブルを人差し指でひたすら叩いていた。

 怒り、という感情をここにいる全員が感じ取っていた。

「ろ、ロキ......だが、な! あの怪物共だぞ! 我らに反するあの_____」

「ロキの言うとおりよ、落ち着きなさい。貴方達。みっともないわよ」

 その隣に同じく怒りの感情を抑えきれてない赤髪独眼の女神、ヘファイストスが彼等を睨んでいた。

「うちのもんらが殺された。13人や。ヘファイストスのとこも入れたら23人。他に怪我人も何人も。なあ、ほんとなんでやろうなぁ!」

 ロキは思い切りテーブルへ拳を叩きつけた。

 そう彼女は自分自身へ怒っていた。

 自分達の不始末で、子供達に被害が及んだことに。

 それはヘファイストスも同じで拳を握り締めていた。

「《勇者》、《九魔姫》、《重傑》、《光を掲げる者(ルキフェル)》の四人があの場は納めたようやけど。あの子らでこの被害は_____」

 余りに多すぎると、ロキは続けた。

 オラリオの頂点と呼ばれる実力者達で、かつ不意打ちに近い出現で、彼らが本気を出しきれていないとしてもだ。

 この被害はあり得ないものだった。

「ま、待ってくれ。《光を掲げる者》と言ったか? 彼はレベル2だろう!? 他の三人とは実力が違い過ぎる彼もあれ・・を止めたメンバーの一人なのか?」

「正確には止めを刺したのは彼よ。隷獣を完全消滅させ、戦いを終わらせたのは」

 ヘファイストスはそう付け足した。

 その一言に更に神会はざわついた。

 レベルが意味をなさないなどあり得ないことだからだ。

「《光を掲げる者》はうちらにとってはある種の希望の星や。うちの三人や他んとこのレベル7以上(・・・・・・)の子らと既に同格と言ってもええ。それに最近は彼らに近い冒険者も出ていないっていう現実を考えると、今後の前線を行くのはあの子で間違いない」

 ロキの言葉は事実であり、オラリオのトップに近い冒険者はここ何十年も現れていない。

 それこそアイズ・ヴァレンシュタインが最もそれに近い存在だった。

「やから、ここで言っておくわ。あの化物に対抗するための戦力を増やすのが今最優先でうちらが行うべきことや」

 各種ファミリアの訓練の質をあげること、ランクアップを積極的に行っていくこと、各ファミリア同士の連携の強化、彼の化物に関する情報共有の四点だ。

 ここから先ファミリア同士で争うことはなるべく避けていきたいのだ。

「そして、《光を掲げる者》ベル・クラネルに関しては手を出すな。これは絶対や」

「何故だ? そもそも彼は貴様のファミリアではないだろう? それこそ、今ここにはいないがヘスティアが言うのなら分かるが」

 髭の生えた老神がロキへ言葉を投げ掛ける。

 他の神々も同様のようであった。

「そのヘスティアが今居ないから言ってるのよ。彼は希望の星であると同時に、まだわからないところもある。下手に手を出して何かあったら(・・・・・・)それこそ不味いでしょうが」

 ヘファイストスは、そんなことを宣う神へそう言った。

 少なくともヘファイストスには今言ったこと以外にも意図はある。

 ベル・クラネルを個人的に下賎な輩から守りたいと言うのが一番であった。

 決してそれは面には出さないが。

「だ、だがなぁ......」

「それともあの子に何かするつもりなのかしら。貴方達は?」

 ヘファイストスの一言に他の神々は沈黙する。

 勧誘でも行おうとしていたのだろう。

 ベルには少なくとも身内のファミリア・・・・・・・・に所属してもらいたいのがヘファイストスとロキの共通意見である。

 少なくともロキは身内という表現に納得は余りしないだろうが。

「とりあえず、話はこれで終わりや。やらなきゃいけないことが仰山ある。それはここにいるあんたらも一緒やろ?」

 ロキはそう言って席から立つと、他の神々に目もくれず部屋から出ていった。

 ヘファイストスもそれに続いて出ていくと、この場を完全な沈黙が支配していた。

 誰も時間停止をしているかの如く、固まっている。

 彼らがこの場から動き出せるのは当分先のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全面が白の壁に包まれた部屋。ベッドが一つ、椅子が一つの限りなく簡素な作りの部屋には二人の影があった。

「......」

 真白のベッドには白髪の少年が酸素供給用マスクを付け寝ていた。

 その寝顔はとても穏やかで、このまま息を引き取ってもおかしくはない程に起きる気配はない。

 勿論、胸部の上下する動き、酸素供給用マスクが点滅するように曇るのを繰り返しているのを見れば生きていることに間違いはないようではある。それを生きていると言えればの話(・・・・・・・・・・・・・・・)ではあるが。

「......ベルくん」

 ベッドの傍の椅子に腰掛ける黒髪ツインテールの女神は少年______ベルの名前を呆然とした表情で呼ぶ。

 その目元は泣き腫らした後なのか、紅く染まっていた。

 彼女は彼がここへ運ばれてから毎日通っていた。

 ここはオラリオ中央病院と呼ばれる都市最大の医療施設の中の一室であった。

 オラリオは冒険者が多い。その為、戦闘による怪我人や毒や呪詛による疾病等、病院を利用するものも自然と多くなってくる。

 そんな都市の中でも最も設備が整っているのがこのオラリオ中央病院であり、医療系ファミリアの最大手であるアスクレピオス・ファミリアがここの運営を行っている。

「......お願いだよぉ。早く目を覚ましておくれ。ぼく、寂しくて死んじゃいそうだよぉ」

 消え入りそうに弱った声でヘスティアはベルにかかっている布団を握り締め、そう言った。

 枯れたと思っていたラピスラズリの瞳からまた涙が溢れ、横にある机の上の花瓶の花が散った。

「......」

 しかし、その言葉に彼は答えてくれることはなかった。涙を堪えようとはするが、結局は堪えることはできず、ヘスティアの悲しみ呻きがただただ響くのみであった。

 

 

 

 そう、ベル・クラネルが《迷宮の楽園》である怪物を殺し、そこで倒れ、ここに運ばれてから今日で2週間が経過しようとしていた。

 

 

 

 彼は怪物へ絶対の一撃を放った直後に気を失い、多数の怪我人と共に至急地上のここまで搬送されたのだ。

 その際、ベルの深い関係者である者達______主に女性陣の反応は言うに及ばずだろう。

 一つ言えるとすれば、皆絶望と悲しみに染まった顔をし、涙を流していたことだ。

「______失礼致します。って、ヘスティア様......? やっぱりまだいらっしゃったんですね......?」

 トントンとノックする音と共にドアが開かれると、髪をポニーテールに纏めたエルフの少女が入ってきた。

 呆れたような、心配しているような入り交じった感情が交差している顔をしながら、彼女______レフィーヤ・ウィリディスは軽く溜め息を吐いた。

「......れ、レフィーヤくん。放っておいてくれ。ぼ、ボクはベルくんの側に居たいんだよ」

「あのですね。あと30分で面会は終了の時間なんです。色々無理を言っている状態(・・・・・・・・・・・・)で、病院にも彼にも負担はかけたくないですよね?」

 外は既に日が沈みかけている。

 ヘスティアは毎日、面会が始まる時間の最初から最後までベルのもとに居ようとしていた。

 もし何も言わなければ飲まず食わずで24時間ここに居るだろう、そんなレベルだ。

 病院側も肉体的な健康面に特に異常が無いのと多方面からの要請当の理由に、これほど長時間の見舞いを許している部分があったがそれでも限度はある。

 故にレフィーヤが毎日ヘスティアのストッパーとしてここへ来ていたのだ。

「それに、健康面で言ったら寧ろヘスティア様の方が心配です。毎日ここに来て、今日だって何も食べていないでいないですよね?」

「......何も食べたくないんだよ。ベルくんがこんな大変な時に」

 ヘスティアの表情は酷く沈み、無気力状態のようになっていた。言うなればこの地上世界唯一の家族である彼が、目を覚まさずに病院で寝ているのだ。

 その悲しみは計り知れないだろう。

 もしレフィーヤも憧れの人であるアイズ・ヴァレンシュタインが同じ状態になったらどうなるかは分からなかった。

「......気持ちは分かりますが、それで彼が喜ぶとお思いですか? 少なくとも彼はそういうことで喜ぶような人とは思えません」

 少なくともベル・クラネルという人間はお人好しな性格で、特に女性に対して優しい。

 苦しんでいる表情など見たくもないはずで、今の状態のヘスティアを見ればあの手この手で止めに来るはずだ。

「......でも」

「でもではありません。ヘスティア様、貴方は早く何か食事を摂って身体を休めて下さい。でないとヘスティア様が倒れてしまいます」

 無理矢理レフィーヤはヘスティアを立たせると、外にいた彼女の部下であるエルフの女性数人に預け、連れていってもらった。

 最初はかなり抵抗された、冒険者の筋力と力を失った神では力の差は歴然であり、更に言えば2週間も経過すればヘスティア自身その気力すらなくなっており、すんなりと行くようになった。彼女達には《豊穣の女主人》へ、ヘスティアを連行してもらってそこで食事を摂らせている。

 どちらが看病されているのかという感じであるが、ヘスティアの様子は尋常ではなく、あのまま放置すれば消えていなくなりそうであった。

「......早く起きて下さい。貴方が起きないせいで、みんな調子が狂っているんです」

 私もこんなことをさせられていて、と消え入る声でレフィーヤは呟いた。

 勿論、ここにいるのは彼女の本意ではない。ある人物からの絶対の命令であるが故のものだ。

 そうでなければこんなところ来るわけがない______のだが。

「寝顔は可愛いのに......いつもの軽薄な態度はどうしたんですか? いつまでもそんな様子だと私まで______」

 調子が狂ってくる、それは彼女自身絶対認めないであろうが、その表情に現れていた。

 ベル・クラネルが目を覚まさないということが周囲に与えている影響が何れ程のものなのか。

 少なくとも、レフィーヤの知る限り、彼の関係者である面々だけの話だけではなくなってきており、彼女の大切な人達にもそれが現れていた。

 

 

 

 

 そして、その影響は既にこのオラリオ全土へと波及し、この世界に更なる変革をもたらそうとしていた。




3年もお待たせして申し訳ございません。
色々な事情がありまして、漸く帰ってこれました。
これからも細々と執筆させて頂きますので、拙作をよろしくお願いいたします。

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