生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「......私がヘスティア・ファミリアに、ですか?」
これは《迷宮の楽園》の一件から一週間が経ち、
ロキ・ファミリアのホームである《黄昏の館》、その団長室にて。
突然呼び出されたレフィーヤ・ウィリディスは、疑問符を浮かべながらそう言った。
「うん、そうだよ。正確にはクラネル君の看護というより警備と、ヘスティア神の様子見かな」
執務机に座るフィン・ディムナは両手を組みながら両肘をつけながらそう告げた。
その顔には少しではあるが疲労が見える。
あの件の後、ロキとギルドへの報告を纏め、亡くなってしまった冒険者の家族への連絡と弔慰金の準備等を行うなど様々なことを行っていた。
いくらロキ・ファミリアにいる総務担当や経理担当が居るとは言え、この非常事態に率先してフィンが指示を行わなくてはならず、多少てんてこ舞いであったようだ。
当分その忙しさが続くと思えば、流石我らが団長だとレフィーヤは尊敬していた。
「どうして、私がベル・クラネルの為にそんなことをしなくちゃいけないんですか!」
だが、それとこれとは別であり、思わずレフィーヤは叫んでいた。
ベル・クラネルはレフィーヤが今最も嫌う人物の一人である。
いくら《迷宮の楽園》の件があるとは言え、レフィーヤは
彼はアイズの周りを飛ぶ害虫であるからだ。
「まあ、落ち着け。レフィーヤ。ベルは言うなれば、
腕を組んで、その会話を見守っていたリヴェリア・リヨス・アールヴはレフィーヤを宥めるようにそう言った。
彼女はエルフとしても魔導師としても最も尊敬している人物であり、オラリオ最強の魔導師として頂点に君臨するロキ・ファミリアの副団長である。
フィンに続いてリヴェリアにまで出てこられると勢いが削られた。
「ここできちんと借りは返さなくては、ファミリアとしての権威にも関わってくる。それは勿論わかっているな?」
ロキ・ファミリアはオラリオ最高峰のファミリアであるのは周知の事実だ。
故に少しの悪評でさえ、オラリオ全土にすぐに広がってしまう。
特に多数の冒険者と《迷宮の楽園》を守った英雄へ借りを返さないとなれば、どうなるかは言わずもがなだった。
「で、ですが! なんで私が!? 私じゃなくても他に良い人だって! それこそティオナさ_____あっ」
ここでレフィーヤは自身が失言をしてしまったということに気づき口を塞いだ。
アイズ・ヴァレンシュタインとティオネ・ヒリュテ、ベート・ローガの3人はあの戦いの後、自身への不甲斐なさに打ちひしがれ、以降ダンジョンに再度潜り修行に励んでいた。
ただその中でティオナ・ヒリュテという少女は少々事情が違っていた。
彼女はあの戦いの後、ベルが目を覚まさないという事実を知ると、自身の怪我も省みずに病院へ走り出したのだ。
しかし、病室で本当に目を覚まさないベルを見るとその場で崩れ落ち、泣いたのだった。
あの天衣無縫、天真爛漫のティオナが涙を見せるということは非常に珍しい。
それ程までにティオナはベルを愛していたのだ。
その後ティオナは何かを決意したような表情になると、涙を抑え立ち上がり病室から出ていった。
そして、一週間経過した今でもホームへ戻ってきていない。
ティオナが今どこで何をしているかは誰にも分からなかった。
実力を考えてもフィンを始めとした首脳陣はそこまで心配はしていないようだったが、それでも今のダンジョンは何が起こるか分からない。
皆、心配はしていた。
しかし、それと同時にフィンが問題ないと言っているということがティオナの安全性を示していることでもあったのだった。
「彼女の事情は関係ないよ。レフィーヤ、僕は君が一番この役割に相応しく、合っていると思っている。期待してるんだよ」
フィンの言葉はこのロキ・ファミリアにおいて最も重いものである。
その言葉は絶対とも言える。
団長としての彼の言葉は誰にも覆すことはできない。
それは例え神だとしてもだ。
「私も同意件だ。これは他でもないレフィーヤに頼みたいのだ。他の者では駄目なんだよ」
そして副団長であるリヴェリアも重ねてその言葉を放つ。
ファミリアの2トップにそんなことを言われ、レフィーヤの劣勢具合は既に崖の淵であった。
「それにこの任務をしっかりこなしてくれた暁には、ご褒美も用意してあるんだ」
「......ご褒美、ですか?」
ご褒美という一言にレフィーヤの眉はピクと動いた。
「あ、表情が変わったね。リヴェリア頼むよ」
笑みを浮かべているフィンにリヴェリアはまったくと溜め息を吐いた。
「君への魔法訓練だが、私が一対一で教えようと思っている」
「ほ、本当ですか!?」
リヴェリアの提案は、レフィーヤにとって破格のものであった。
というよりだ、リヴェリアはオラリオ最強の魔導師であり、それは同時に世界最強を意味している。
故に彼女に魔法の教えを乞うものが後を絶たない。
しかし、リヴェリアはそれを断っているのだ。
理由としては切りがないというのと、リヴェリア自身が副団長としての公務で忙しいというのがある。
時間さえあればファミリアの団員達に教導するのであるが、個人にのみ教えるということはない。
そんな中のこの提案である。
「ああ、本当だ。約束しよう」
これは願っても無い機会であるとレフィーヤは確信した。
レフィーヤにとって、
「決まったみたいだね。レフィーヤ、ロキ・ファミリア団長として君へ命令する。ベル・クラネル並びにヘスティア神のことを頼むよ。良いね?」
フィンのその言葉にレフィーヤは大きく頷き、了解の返事をした。
__________頼むよ、ベル・クラネル。
そして、邪悪とも言える呟きはレフィーヤには聞こえることはなかった。
「ほら、全然進んでねぇじゃねえか」
オラリオ中央区の飲食街。
近くにはギルドがあり冒険者等、中々に栄えている通りだ。
そのとある飲食店のテーブル席に二人の影があった。
「......食べたくないです」
小人の少女がそう赤髪の偉丈夫へ返すと、男は食べていた硬い安物のステーキをナイフとフォークで強引に切り分け、食らい咀嚼しながら喋り出した。
「これ、硬っ......お前なぁ、折角奢ってやってるのによ」
文句を言いつつも噛み締め、ほらと少女の前にあるステーキを指差した。
「......頼んでませんし。ヴェルフさんもしつこいですね。あと食べながら喋らないでください」
汚いですと目の前の男性、ヴェルフ・クロッゾへそう言った。
「あーあ。そういうことを言うんだなぁ、リリ助。全く、冷たい奴だぜ」
リリ助と呼ばれた少女、リリルカ・アーデはまた始まったと呆れた表情をしている。
このやり取りは既に一週間続いているからだ。
「あのなぁ。お前に何かあったら旦那に面目立たないだろ? ガリガリに痩せられても困るわけだ」
最後の一口を食べ切ると、30点だなこれはと漏らした。
一体何点中の何点なのかは知らないが、表情等見れば察することができた。
「おーい。リリ助?」
「......ヴェルフさんはベル様のこと心配ではないのですか?」
ポツリとリリルカは俯きながらそう言った。
よく見れば、膝に置かれた両手が震えていた。
「心配って......どうしてだよ?」
「どうして、じゃないでしょう! もう一週間も目が覚めてないのですよ! おかしいじゃないですか!?」
店内にリリルカの絶叫に近い声が響いた。
客達の視線がリリルカとヴェルフの席に集まる。
「あんな得体の知れない怪物を一瞬で倒した代償が何れ程のものなのか! リリは恐ろしいんです! もしかしたら一生目が覚めないかもしれないと思うと!」
今のリリルカにとってベルは心の拠り所であり、全てである。
その彼がもし一生目を覚まさないとなれば、リリルカはこの世界にいる意味がなくなってしまう。
そのリリルカへ、
「おいおい、リリ助。落ち着けよ、店ん中だぞ」
「落ち着けるわけないでしょ!」
最早リリルカには周囲の目が見えていない。
軽く
「......あぁ、ったくよぉ。
カウンターにいる店員へ申し訳なさそうにそう言うと、ヴェルフは大きくため息を吐く。
机の上に勘定を起き、立ち上がると、ステーキが無駄になっちまったなとヴェルフは呟いた。
そのまま強引にリリルカの腕を掴んで外へ連れていく。
周囲は痴話喧嘩と思ったのか、すぐに二人がいたことを忘れたのかのように普段の食事に戻っていった。
「おーい、リリ助。お前飯食いそびれてんじゃねーか。ったく、じゃが丸くんで良いよな? あのステーキな、実は大して美味くもなかったし食わなくて正解だったぞ」
「......離してくださいっ!」
店の前、掴まれていたヴェルフの手を無理矢理離すと、掴まれていた腕を擦りながら睨む。
「おいおい、そんな怒るなって。悪かったよ。つーか、お前マジで落ち着けって。ちょっとヤバイぞ本当に」
ヴェルフは謝りつつも、リリルカの状態に軽く引いていた。
いくらなんでもここまでベルに依存しているとは思っていなかった。
「何なんですか、本当に......人の気も知れないで!迷惑なんですよ! うざったいんです!」
リリルカの口は止まらない。
自身を制御出来ておらず、ヴェルフを罵る。
更に言えば道のど真ん中でこんな大騒ぎをしていればまた自然と注目を集めてしまうのも必然であった。
「あー......だから悪かったって、マジで。頼むから喚かないでくれって_____」
「うるさい!うるさい! この《
止まらくなったリリルカから放たれた一つの言葉。
それは言うまでもなく差別用語であり、公共の場で言うような言葉ではなく、何人かの人は大騒ぎではなくその言葉に驚いていた。
「そんな人の心に無神経に入ってきて! そんなだから周りから離れていかれるんですよ! 一族も衰退していくんです! 」
「あー、うん......わかったわ、もう黙れよ、お前。流石に言い過ぎだ」
「元はと言えば無理矢理連れ出したあなたが悪いんでしょう! リリは悪くない! 武器だって、ベル様以外に作っていなかったのも、自分に言い訳していただけですよね!? 本当はまともな武器作れないん_____」
「......良いから黙れよ、な? それ以上続けるならマジでぶっ殺すぞお前」
殺気とともに放たれた言葉にリリルカは固まってしまった。
レベル差と経験差、体格や顔も相まってリリルカにとっては恐怖の対象でしかない。
ただ、それ程までにヴェルフをキレさせてしまった事実があるのも事実であった。
「あんな
眼光鋭い形相でリリルカを睨み付け、そう吐き捨てると彼女の首根っこを掴んだ。
怒りというより失望であろうか。
あのベル・クラネルが側に置いているのだから何かあるのかと思えば、ヴェルフ・クロッゾの実力も見謝り、あろうことかあの糞野郎共と一緒にされては許せるはずがない。
例えベルが何かを認めていたとしてもだ。
絶対に曲げられないものがヴェルフにはある。
「あと、大体な! 旦那があれしきのことで一生目が覚めないわけないだろ!? お前は旦那を全く信頼していない!」
そして、絶対に許せないことがもう一つ。
「旦那はな! 最強なんだよ! 無敵なんだよ! お前みたいな常人の頭じゃ理解が追い付かないくらいにあの人はすげえんだよ!」
そして、ヴェルフの口も止まらない。
完全にぶちギレていた。
「お前の短い物差しで旦那を計るんじゃねえよ! 馬鹿野郎!! お前は信じて旦那の帰りを待てば良い! お前に今できるのはそれだけだろ、このカスが!」
ヴェルフも口調が大分荒れている。
それ程までに頭に来ているということではあるが、おおよそ女性に使う言葉遣いではない。
言いたいことを言い切ったヴェルフはその場に唾を吐き捨てると、呆然としているリリルカを残してその場を去っていった。
残ったのはざわつく観衆と尻餅をついたリリルカだけであった。
「......全然怖くないですし、ベル様の方が怖いです」
リリルカが最初に絞り出したのはそんな言葉であった。
ベルの方が、ベルがいたら、そんなことが彼女の頭の中をループする。
彼女の頭の中にはベルしかない。
ヴェルフへの暴言などは欠片も残っていない。
ただ、ベルを信頼していないという言葉だけがリリルカの心を貫き、脳裏に残っていた。
「......そんなの分かってますよ」
リリルカは腰に装備しているベルから短刀に触れる。
それは彼女が最も大切にしているものであった。
実際彼女がヴェルフの言ったことを理解しているのか、それは彼女しか分からないことではあるが、少なくとも今のリリルカにはベルの言葉以外、真に通じるものはないのだろう。
「......ベル様ぁ。リリはどうすれば」
その小さな嘆きは観衆の声に掻き消され、彼女の姿は雑踏に消えていった。
大変申し訳ございません、編集前のを投稿していたみたいで、一度削除致しました。
重ねて申し訳ございません。
今後ともよろしくお願いいたします。