生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。   作:キャラメルマキアート

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特殊回


#53 死兎再臨 Rebirth of Death Rabbit.

 オラリオのとある地区の賃貸アパルトメント。

 1LDKで中も綺麗と中々に良い物件で、家主である人物の勤務先も徒歩10分程という距離だ。

 その分かなり家賃は高いのだが、彼女の給料も相応なものだった。

 だが、今日は平日であり本来仕事の日であった。

 家主である彼女、エイナ・チュールはここ数日間家に引きこもっていた。

「......だから言ったのに」

 彼女はベッドの上で体育座りをして、俯いていた。

 何の気力も起きないというのが見てとれた。

 譫言(うわごと)のように呟く日々。

「どうして、起きてくれないのよ。私のこと見てくれてるって言ってたじゃない......」

 思い返すは甘い彼の言葉だ。

 彼女の脳裏には今まで行ってきた彼とのやり取りが蘇ってきていた。

「会いたいよ、ベル君。私は世界で一番貴方のことが好きなのに......」

 どうしてこんなに無力なのだろうか。

 アドバイザーという仕事柄、冒険者の力には直接なることが出来ず、その帰りをひたすら待つのみだ。

 いつも彼は呑気に帰ってきていたのに。

 あの日、彼は死んだように眠った姿で帰って来た。

 あの時の感覚をエイナは忘れることが出来ないでいた。

 この世で一番大切な人が居なくなるかもという絶望を。

 もうあれから二週間以上目が覚めていない。

 医者が言うには命に別状はない、後は彼次第と。

「早く起きて欲しいよ。ベル君」

 彼女は仕事も集中出来ない程に精神がやられてしまっており、同僚が見かねて有給を取らせたのだった。

 たまに仲の良い彼女の同僚が来ては、ご飯を食べたり等してはいるが、改善する余地はなかった。

 それでも最初よりは幾分マシになったのではあるが。

 彼女はベルの見舞いにも最初の一回以降行けていない。

 もし目が覚めなかったら、そのまま消えてしまったら、それらを考えるだけでエイナは恐怖に震えていた。

「何処にも行かないって言ったのに......」

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 心の中で反芻するその言葉。

 エイナはそう思い込むようにして、自身の心を守っていた。

 もし、冒険者になるのをきちんと止めていれば等考えれば考えるほどに、エイナの心は蝕まれていく。

 誰も悪くはないが、同時に何かを悪いと思わないと耐えられないのだ。

 エイナの罪悪感や後悔などマイナスの感情が渦巻き続けている。

 

 

 その時だった。

 

 

 ドンドンドンッとドアを勢いよくノックする音が響いた。

 その音にエイナは酷く驚いた。

 ミイシャだろうか、そう考えつつ、エイナはドアの方まで歩いていった。

 休み始めたときと比べれば足は軽くはなかったが、それでもまだ重たい挙動だ。

 最初は誰かが訪ねて来ても出なかったが、ミイシャが大家さんに言ってエイナが心配だということを伝え、無理矢理開けてもらったそうで、流石にそこまで心配をかけるのもあれだったので、誰かが来たら出るようにはなったのだ。

「ミイシャだ」

 ドアの覗き穴から外の様子を確認すると案の定、ミイシャであった。

 何やらソワソワしている様子だ。

 どうしたのだろうという感情と同時に安心したエイナは鍵を解錠し、ドアを開けた。

「ミイシャ、どうし_____」

 

 

「エイナ!! ベル・クラネル君の目が覚めたって!!」

 

 

 

 

 

 虚空の幻界。

 均一の宇宙

 天元の幽世。

 無限の時空。

 

 全能の極地、至限の四界、その全てを内包した歪曲空間に彼ら(・・)はいた。

 

 

「ねぇ、君は今楽しいかい?」

 

 楽しい? お前は何を言っているんだ。

 

「そのままの意味だよ。ずっと楽しいなんてことはないだろうけど、オラリオに来て、色んな人達に会って、色んな経験をして、どこかで楽しいって思ったことあるでしょ?」

 

......意味が分からないな。俺に何かが楽しいなんて感情、あるわけないだろ。

 

「嘘だよそれは。だって君はとても楽しそうだったよ。あの黒いコートを着てた人と戦った時や、褐色の女の子と戦った時。君は少なくとも楽しいという感情が湧いていたはずだよ」

 

......さっきから何が言いたいんだよ。はっきり言えよ。

 

「そんなにカッカしないの。僕が言いたいのはね、君に人生をもっと楽しんで貰いたいってことだよ」

 

 それとこれと、さっきの話と何が繋がってるんだよ。

 

「君にはもっともっと正直に生きて人生を楽しんで欲しいんだ。何の負い目も考えずにね」

 

......黙れよ。

 

「君は何も悪くない。僕が弱かった、それだけなんだよ」

 

 黙れよ。

 

「楽しかったんだよね。殺し合うのが」

 

 黙れって。

 

「それで良いんだよ。君はその天性の殺人願望を、もっと解放して良いんだ」

 

 止めてくれ。

 

「僕自身こんなこと言うのは想像もしてなかったけど。でも殺すべきものは殺すべきだと、今ならそう思える」

 

 そんなことをお前の口から聞きたくない。

 

「大丈夫。君はまだ頑張れるし、まだ戦えるし、まだ殺せるじゃないか。この世界は死に値する存在が山程いるよ」

 

 俺は、俺はどうなんだ? 俺は死に値しないってことなのか?

 

「君は死に値しない。いや、それ程の価値をまだ君は見出だせていないんだよ。君が死ぬのはこの世全ての悪(・・・・・・・)を殺してからだよ」

 

 ふざけてるな、本当に。

 

「ふざけてないよ。僕は大真面目だよ。全て本当のことさ。君には幸せになって貰いたいし、それこそ不幸にもなって貰いたい。二律背反ってやつかな?」

 

......わかった、わかったよ。俺どうにか頑張るよ。

 

「うん、それで良いんだ。君のやるべきことをきちんと行うんだ。そうすれば君も正しく死ぬことが出来る」

 

......ああ、そうだな。

 

「......そろそろ時間だね。君も何時までもこんなところに居ちゃ駄目だよ」

 

 わかってるよ、さっさと行くさ。

 

「さあ、いってらっしゃい。僕の愛しのベル・クラネル(・・・・・・・)

 

 ああ、行ってくるよ。

 

 

 

__________Vell Cranel.

 

 

 

 


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