生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 作:キャラメルマキアート
「いやー安かったー」
パンや野菜、果物が入った茶色い紙袋を抱えながら、メインストリートを、ベルは歩いていた。
今日はベルがよく足を運ぶ店で、週に一度ある特売の日であった。
最近は、ミノタウロスの角の売却だったり、バイト代で手当てが入ったりで、お金に余裕が出来ていた。
しかし、基本的には節制を心掛けているベルにとって安い店というのはとても重要で、尚且つ特売日ともなれば、行かないわけにはいかなかった。
「これって...」
帰路の途中で、街中の至るところに貼ってあるポスターを見て、ベルはそう呟いた。
「
思わず立ち止まり、ポスターの詳細を覗き込んだ。
「闘技場でモンスターの公開
昨日まで、バイトを週6で入れていた(16時間労働)ベル。
労働基準法、何それ? そんなものはありません、である。
その配達の際に怪物祭のポスターを至るところで見たので、存在は一応知っていた。
しかし、あまりに忙しく、きちんと内容を確認していなかったため、明日であることを知らなかったのであった。
「うーん、行ってみようかなぁ」
一応、今週はバイトを全て休みにはしているため、特にスケジュールの点では問題なかった。
自分が休んでいる間、同僚が働いているのを想像すると、それだけで勝ち組な気がしてくる、ベルはそんなことを考えていた。
途中、顔見知りの人に会ったりして、挨拶をしていたベル。
よく配達に向かう店の人達や、普通の家の人達。
挨拶を交わすと、持ってけと色々なものをくれた。
例えば、食べ物だったり、花だったりポーションだったりと。
何であれ、何かを貰えるというのは、条件反射的に嬉しくなってしまうのであった。
そして、出会った人数が三十を越えたところで、ベルは、掛けていた眼鏡に触れながら少しだけ口角を上げて笑ってしまった。
「...ちゃんと見えるってこういうことなのか」
ベルは誰にも聞こえない声でそう呟くと、人々の雑踏の中へ消えていった。
某工房内にて。
「ヘファイストス~」
「あーもう、鬱陶しいからまとわりつかないでくれる?」
ヘファイストスは、溜め息を吐きながら、腰にまとわりついてくるツインテールの少女の頭を犇々と突く。
「だって~。ボクのファミリアに誰も入ってくれないんだよ~」
「ヘスティア...そんなの私の知ったことじゃないんだけど...」
ヘスティアと呼ばれた少女、いや女神は、目に涙を浮かべながら、腰に抱きつく力を強めた。
その結果、彼女の身長に合わぬ豊満な双丘が押し潰される。
所謂、トランジスタグラマーという奴である。
恐らく抱きついている相手が男であったら一撃で吹き飛んでいたであろう。
何がとは言わないが。
しかし、ヘファイストスは女であるため、反応はせず、寧ろ嫌そうな顔をしていた。
「ねぇ、誰かボクの所で冒険者になってくれそうな人知らないかな...」
「そんなの知らな______あ、いたかも...」
ヘファイストスは知らないと言い掛けて、一つ心当たりがあることに気付いた。
「それは本当かい!? ヘファイストス!」
その反応を見て、ヘスティアは目をきらきらと輝かせて、ガバッとヘファイストスの顔を見上げた。
「最近、知り合った子なんだけど、今あんたと同じでアルバイト生活送ってるって言ってたし。それに腕っぷしもある感じだったから、ちょうど良いんじゃないかしら」
それを聞いて、本当かい!?とさらに顔をきらきらさせるヘスティア。
「性格的にも、まぁ、問題は無いと思うし...」
そう言って、ヘファイストスは眼帯に覆われている右目を軽く抑えていた。
「...どうしたんだい?」
「...いや、何でもないわよ。そうだ、あと、本人が了承してくれるとは限らないから、そこは私に言われても困るからね」
ヘファイストスは一瞬頭に過った少年とのあのやり取りを思い出したものの、すぐにそれは掻き消された。
未だにあの時、少年に言われたことを忘れられないでいたヘファイストスであった。
眼帯を付けていれば、何かの病気だと勘違いしてしまう者もいるかもしれないが、少年は何か違かった。
"魔性"という言葉が彼の少年には当てはまった。
ヘファイストスはあの妖しげな雰囲気に魅せられてしまっていたのだった。
しかし、それ以降少年からそういう変な感覚を感じることはなかったが。
その少年から眼鏡を付けて、「イメチェンしてみたんですけど、似合いますか?」と、笑顔で言われたとき不覚にもときめいていたヘファイストスだが、これは誰にも聞こえない話さないと決めたことであった。
というより、あんな笑顔を浮かべる少年が、危険な人物であるわけがないと思っていた。
いや、そう信じたいだけかもしれないが。
とにかく、ヘファイストスは、あの雰囲気の彼のことを何故か気に入っていたのだった。
「分かってるよ、それくらい! ねぇ、ところで。その子はどんな人なんだい?」
「そうねぇ...一言で言うと、不思議な子なんだけど...さっきも言った通り性格的には問題ないから安心しなさい」
「答えになってないじゃないか~!」
ヘスティアはぶーぶー膨れているが、ヘファイストスからしてみれば、そう答えることしか出来なかったのだ。
飄々としているだとか、達観しているだとか、子どもっぽいだとか、無自覚に口説いてくるとか、言うだけなら簡単なのだ。
しかし、零細通り越して、ファミリアとして成立していないのがヘスティアの状況だ。
性格を話して、もしヘスティアがそれだけで、彼のことを嫌ってしまえば、一つチャンスが失われてしまうのだ。
嫌うことなどは絶対にありえないとは思うが、一応の保険だ。
それに会ってしまえば嫌でも、ヘスティアは自身の状況を省みて誘わなくてはいけなくなるだろう。
ヘファイストスもヘファイストスで、ヘスティアのことを心配してのことだった。
いつまで経ってもファミリアを形成せず、ヘファイストスが面倒を見てきたのだが、流石に自立しろと、追い出したのは記憶に新しいことであった。
そんなヘスティアのファミリアに入ってくれる冒険者も、変な輩が入っては困るし、だからと言って文句ばかりは言ってられない。
そこで、あの少年だ。
彼なら、まだ会って間もないが悪い人ではないのは分かっているし、ヘスティアとの関係も上手くやれるだろう、そう思っての選択であった。
まあ、ファミリアに入ってくれる保証など、どこにもないのだが。
「取り合えず、あの子なら大丈夫よ。それに性格なんて
ムムムッとヘスティアは頬を膨らませて唸るも、すぐに口内から空気が排出された。
「分かったよ。ヘファイストスを信じるよ」
「そうそう、私を信じなさい」
そうヘファイストスはおざなりに答えた。
しかし、それは二人の信頼関係だからこそ出来るものであった。
故にヘスティアはヘファイストスのことを信頼しているし、ヘファイストも、こと金銭面を除けばヘスティアのことをとても信頼しているのである。
「じゃあ、早速その子のスカウトに行ってくるよ!」
「あ、ちょっと!」
「待ってろよ~ボクのファミリア第一号君~!」
物凄いスピードでヘファイストスのもとを後にするヘスティア。
「はぁ...名前も特徴も聞かないでどうやって探すつもりなんだろう、あの子は...」
思わず深い溜め息をついてしまう。
まだまだ彼女の面倒を見なくてはいけないのか、そう思ってしまうヘファイストスであった。
「ベル、ごめんなさい...」
そして、この場にいない件の少年へ、一言謝るのであった。
「すごいな...」
当日、街はとても活気に溢れており、いつも以上に人々の歓声も大きくなっていた。
風船を手に持った子ども達が駆け抜けていく。
恋人達が仲睦まじく腕を組んで歩いていく。
祭りにはしゃぐ我が子を愛おしげに見詰めながらも、両親はその子を追いかけていく。
オラリオに何十年も住んでいるであろう老夫婦が、ゆっくりと街の風景を眺めていた。
今のオラリオには、多種多様の人々の姿が一挙に現れていた。
「取り合えず、適当にお洒落はしてきたけど...」
まだあまり掛け慣れていない眼鏡を弄りながらベルはそう言った。
誰と行くわけでもないのだが、もし知り合いに会った際にダサい格好をしていたら、笑われてしまうだろう。
特に女性に対しては、気を遣っているベルだ。
彼の祖父曰く、"服装にも気を遣わなきゃ今の女は振り向いてくれない"らしい。
今のところ、ベルはそこまで、女性と付き合いたいだとかは考えてはいないが、服装に気を遣うというのは納得出来たため、常日頃気を付けていたのだった。
「...確か、闘技場でイベントが見られるんだよね」
宣伝ポスターには、闘技場でモンスターの公開
結構大々的に書いていたので、目玉イベントなのだろう。
「あ、ベル坊にゃ」
ふと後方から声を掛けられる。
「...だから、その呼び名は止めてくださいって言ってるんですけどね、アーニャさん」
相も変わらず、その呼び方で読んでくる
「そんなことはどうでもいいにゃ。それより、シルとリューを見なかったかにゃ?」
「いや、見てないですけど。どうかしたんですか?」
どうでもいいと言ったことに対して、少し問い詰めたい所ではあったが、取り合えず後回しにすることにした。
「________て、わけにゃ」
「なるほど...」
話を聞くに、シルは今日は調度休みらしく、それで怪物祭を見に行こうとしていたらしい。そこで、アーニャと他数名がお土産をに頼み、それをシルも了承したのだが、肝心の財布を忘れてしまったらしい。
そこでリューがシルを探しに行ったらしく、そのリューも捜索中ということだ。
「全く、お金が無かったら折角の祭りも楽しめないのにゃ」
「...でも、お土産が欲しかったからですよね。財布持ってきたの」
「当たり前にゃ。でなかったらこうやって持ってこないにゃ」
当然のような顔で言うアーニャ。
やはり、いつもの彼女であった。
「...取り合えず了解しました。会ったら、探してたって言っておきます」
「頼むにゃ。ベル坊なら安心して任せられるにゃ」
それはありがとうございますと、ベルが適当にお礼を言うと、アーニャは早々に走って消えていった。
一体どれだけお土産が欲しいのだろうか。
いや、きっとシルが楽しめるように探しているのも理由なのだろう。
そう信じたいベルであった。
「...探すか」
ベルはそう呟くと、シルとリューを探すミッションに取り掛かることにしたのだった。
某時間帯闘技場の地下。
そこには大広間があり、幾つもの檻が置かれている。
檻の中には、今日
時折その中から、地鳴りのような声と檻が軋む音、鎖のジャラジャラとした耳障りな音が響いており、その空間は酷く不気味であった。
しかし、そんな空間に不釣り合いな存在がいた。
この世の美をかき集め、詰め込んでも尚足りない、美の極致、天界の女神。
名をフレイヤと言うその神は檻に閉じ込められているモンスター達を愛おしげに見ていた。
「ふふっ...
いや、彼女が愛おしげに見ていたのは目の前のモンスターではなく、脳裏に映る誰かであった。
そもそも眼中になどなかったのだ。
「でも、先ずは小手調べ。これくらいの相手、簡単に圧勝するところを私に見せてちょうだい」
そう言って、フレイヤは鍵を取りだし、檻に付いてある鍵穴に差し込み、扉を解錠した。
『グオォォォォォォ!!』
一気に自由の身となったモンスター達は、凄まじい咆哮をあげながら、地下部から解放されていく。
「ふふふふふっ...喜んでくれるかしら、
この世の誰もが見惚れるような笑みを浮かべるフレイヤ。
その後ろでは、解き放たれたモンスター達が地上へ向けて大行進しており、まさに
「あぁ...また、私にあの姿を見せてちょうだい。私を震わせてちょうだい。愛しい愛しいあなたを抱き締めさせてちょうだい。私はあなたを愛している。例え、あなたが死のうともどこまでも追い掛けて、その魂を抱いてあげる。もし、あなたが私を殺すというのなら、喜んで死んであげる。あなたが望むなら、私は私の全てをあなたにあげたっていい。だから、お願い...私を________
________失望させないでちょうだい」
「ちゃんと、ヘファイストスに聞けばよかったよ...」
トボトボとごった返す東のメインストリートを歩くのはヘスティアであった。
その顔には少し疲労が見えていた。
後悔しているのは勿論、件の冒険者候補の特徴を聞き忘れたことである。
「こうなったら自棄食いだい...! へい、おじさん! そのクレープ二つ下さい!」
勢いよくクレープを2つ頼むヘスティアを、その店の店員は少し悲しそうな目で見ていた。
周りにはカップルがたくさんいるのに、一人で歩いて、しかもクレープを二つ頼むというのは、何というか別の意味で自棄になっているように見えたからだ。
「はむっ...はむっ...! どうしてこうなるんだい...!」
ヘスティアはお金を店員に渡すと、クレープを二刀流にして、自身のイライラをぶつけるように食べ始める。
まあ、自業自得といえば自業自得であったが。
「あ、ヘスティア様」
「ムグッ...ひひは(きみは)」
ヘスティアが後ろを振り向くと、そこには割りとじゃが丸くんの店にくる白髪紅眼の少年がいた。
「飲み込んでから喋りましょう。はしたないですよ」
少年が少し笑いながらそう言うと、ヘスティアは顔を赤くして急いでクレープを飲み込んだ。
「笑うなんて失礼じゃないか」
「ごめんなさい。いや、余りにも無心でクレープ食べてたものですから、つい...」
未だに笑い続ける少年に、ヘスティアはムッとしつつ、ジト目を向けた。
一頻り笑うと、ベルは改めてヘスティアに謝って、場所を移すことにした。
「そういえば、まだ僕の方がちゃんと自己紹介してませんでしたね」
「そういえばそうだね」
場所は移って、メインストリートから少し外れた、公園。
今日が祭りなだけあって、いつもなら結構いる
人も、かなり疎らになっていた。
「僕の名前はベル・クラネルと言います」
「ボクはヘスティア。これでも神様なんだよ!」
エッヘンとドヤ顔をかますヘスティアに、ベルはまた吹き出しかけたが、どうにか我慢することが出来た。
流石にまた笑ってしまったら、本気で怒ってしまうかもしれない。
まあ、そんなことは無いとは思うが。
「ところでヘスティア様は何をあんなに不機嫌そうだったんですか?」
「うっ...それは...」
何故か、黙り込んでしまうヘスティアにベルはクエスチョンマークを浮かべた。
「...言いづらいなら、聞きはしませんけど。イライラは溜め込むと身体に毒ですから気をつけてくださいね」
「う、うん...分かってるよ...」
普通に心配されてしまい、ヘスティアは泣きそうであった。
人探しをしているのに、その人物の特徴を聞かなかったがために、見つけられず、今の状況に至ったなどとは言えなかった。
ヘスティアの神としてのなけなしのプライドが、彼女を追い込んでいたのだった。
「あ、そうだ。今、人探ししてるんですけど、この辺で鈍色の髪をしたヒューマンの女性と金髪のエルフの女性を見掛けたりとかしてませんか?」
「...うーん、特に見掛けてはいないけど」
顎に手を当てて、思案するも、今日それに該当する人物には会っていないとヘスティアは言う。
「そうですか...ありがとうございます。助かりました」
「いや、こっちこそ、見掛けていたら良かったんだけど」
そう言うと、ヘスティアは閃いたと、頭上にランプを光らせた。
「そうだ、ボクも君の人探しを手伝ってあげるよ!」
「いやいや、悪いですって。ヘスティア様も用事があったりするんでしょう?」
その用事も先程、続行不可能だと判断してしまったため、現在彼女は暇であったのだ。
「気にすることはないよ。こうやって人助けするのも
純粋に尊敬の眼差しを向けるベルに、ヘスティアは罪悪感でいっぱいだった。
本当はやることがないから、この持て余している時間を消費したいだけなんて。
「それじゃあ、行こうか! ベル君! あ、このクレープ、一つ君にあげよう!」
「えっと...ありがとうございます」
間接キス云々は気にしないベルであったが、ヘスティアも気にしていないのを見て、遠慮なく頂くことにした。
________甘い。
それはクレープ自体のことなのか、それとも美少女の食べ掛けを食べたことなのか。
取り敢えず、ベルは、今日は良いことがありそうだと心を踊らせるのだった。