冬が終わり、始まりの季節、春のとある月のきれいな夜。
海鳴市のとある住宅地。
その一軒の何の変哲もない家の屋根に、二人の少女が佇んでいた。
一人は何処にでもいそうな普通の少女だった。
彼女の名前は、高町 なのは。
今年、私立聖祥大付属小学校の三年生になった普通の少女と言うのが大半の認識だ。
もう片方の少女。彼女はなのはとは比べ物にならない位、普通では無かった。
銀の髪に白い肌、翡翠色の目で月を見上げていた。
その外見と相まって、月を見上げる姿は幻想的な雰囲気だったが、彼女は外見からは想像もつかない存在感を放ちながら、なのはに訊ねた。
「なのは。いくつだ?」
「21個」
「ふむ。大分魔術師として成長したな。妾も誇らしいぞ」
少女はやや独特な口調でなのはを褒める。
「うん。でもほとんどは見失ったよ?」
「ふむ。で? いま現状いくつ把握している?」
「えっと……………四……うんん。五個」
「ならばよし。早速回収するぞ」
「え? でもアルちゃん、落ちてきた物がどんなモノだか分からないんだよ?」
アルと呼ばれた少女は、にやりと笑みを浮かべながら、
「この街に魔力を秘めた物が落ちた。しかしこの街に魔力を帯びた物体を操れる者などおらん。つまりこの一件は妾たちの領分よ。どこぞの馬の骨が巻き込まれんうちに我らが集めねばな」
アルのやや自己中心的な理論に、なのはは自然と苦笑した。
出会って一年と少ししか経たないが、彼女の性格は理解している。
口では身勝手にふるまっているが、内心は危険かもしれないモノを安易に放置できないのだ。
確かになのはも放置するつもりはない。ただでさえこの海鳴は怪異に日夜脅かされている。
更にそこに21個の魔力を秘めた危険物かもしれない落下物。見過ごすわけにはいかない。
「うん。それじゃあ早速回収しようね。マギウス・スタイル!」
瞬間、アルの体が光を放つと同時に無数の本のページへと変わる。
ページは、なのはを護るかのようになのはの体を包み込む。
なのはの体に変化が起こる。
なのはのどこにでもありそうな普段着が、喪服に似た漆黒のドレスに変わり、両サイドの縛っていた髪がほどけ一気に伸び銀色に染まり、瞳は真紅に染まる。
そこにいるのは平凡な小学三年生では無い。外道の知識を操る魔術師にして、最強の魔導書〝アル・アジフ〟と契約した、高町 なのはの魔術師・マスター・オブ・ネクロノミコンとしての姿なのだ。
なのはは魔力を背中に集中させると、背中からページが溢れ一つの形となる。
現れた形は翼。蝙蝠の翅にも似た翼をはばたかせ、なのはは一気に夜空に舞いあがった。
傍らには妖精のように縮んだアルが浮遊している。
彼女アル・アジフは人間ではない。
彼女はアブドゥル・アルハザードが執筆した魔導書、ネクロノミコンのオリジナル「アル・アジフ」の精霊だ。
なのはにとってはアルが人間では無く、魔導書の精霊だと言う事は特に関係ない。なのはにとってアルは、パートナーであり、魔術の師であり、家族でもあるかけがえのない存在なのだ。
そんなアルと共に、海鳴の空を翔けるなのはには、これから向かう場所にどんな脅威があっても負ける気がしなかった。
なのはと小さなアルが、辿り着いたのは公園内にある林の中だった。
そこには濃密な魔力を放つ、菱型の青い宝石があわく光を放っていた。
「…………これだよね?」
「うむ、そのようだな。しかし妙な感じがする。術式が見た事がない物のようだな。…………どうやらこの宝石は魔術の道具ではないようだな」
小さなアルは宝石を見つめながら、自身の感想を漏らす。
その感想を聞きながらなのははふと思いついた事を聞く。
「ねぇ、アルちゃん。この宝石なら、銀鍵守護神機関の〝獅子の心臓〟の代用品に使えないのかな?」
「……………………おそらく可能ではあるだろうが、これ一つでは到底足りん。すべて集めたとしても、おそらく一時的な代用にはなるだろうが、我らが振るう魔を断つ剣の本来の力を発揮させたいのであればこれでは足りんだろう」
アルの分析を聞き、なのはは落胆したように肩を落とした。
「まぁ、だからと言って、これに使い道が無いと決めつけるのは、時期尚早だぞ。我らはまだこの宝石について詳しい事を把握しておらぬ。解析すれば意外に使える代物やもしれん」
「うん。そうだね、アルちゃん。じゃあ早速力を制御するね。強制契約《アクセス》」
なのはの詞と同時に、魔導書のページで出来た翼が青い宝石を包み込む。
「我、魔導書・アル・アジフの契約者、マスター・オブ・ネクロノミコン・高町なのはの名において、汝が力を我がものとする。汝が力を、我に捧げよ」
なのはの呪文詠唱により、翼から複雑怪奇な文字が宝石を包み込み、宝石の力を制御下におく。
さらに複数の制御魔術を施すと、先程まで魔力を放っていた宝石は、その魔力を封じられ、もはやただの宝石とかした。
「…………えっと、どうだった?」
「ふむ。及第点だの」
なのはの宝石を封印した魔術を、アルはそう評価した。
「えッ!? 私としては合格点だと思ったのに!?」
「もう少し、術式に無駄が無ければ合格点をやれたがな」
腕を組みながら偉そうになのはを採点したアルではあったが、内心ではなのはの成長に驚いていた。
たかが一年と少し魔術の修行であれだけの式を組めたのだ、なのはの年齢を加味すれば、十分すぎる成果ではあるが、あまり褒めすぎるのもまた毒になる為、今回はあえて厳しく評価しただけだ。
正直長い年月を無数の契約者と共に過ごした魔導書・アル・アジフから見ても、なのはの才能は飛びぬけていた。
才能と言う一点においては、なのはは前の契約者と同レベル。年齢を考えればある意味では〝彼〟さえも凌駕しうる。
もっとも今の話は才能の一点に関した話だ。〝彼〟と比べればなのははまだまだ原石に過ぎず、これからの鍛錬次第で良くも悪くもなる。
アルはそう考えながら、なのはの明日以降の魔術授業をやや変更しようと決意し、なのはの意識を次の事に向かわせる。
「ではなのは次の宝石のもとに向かうぞ。今夜中に補足した宝石全てを回収するのだ」
それを聞いたなのはは、
「…………にゃはははは。やっぱり今夜も徹夜だね」
やや肩を落としながら、なのはとアルは海鳴の空へと舞い上がっていった。
なのはとアルが立ち去った後、一人の少年がなのは達が封印を行った現場に現れた。
「………………おかしいな。確かにジュエルシードの反応が合った筈なのに……」
少年は手に持つ赤い宝石を掲げながら周囲を改めて捜索するが、目的の物は発見できず、手がかりの欠片さえ発見できなかった。
少年は不審に思ったが、直ぐに意識を次の候補に向ける。
(こんな所でのんびりしてちゃいけない。僕の所為で魔法文化のないこの世界に災厄の種がばらまかれたんだ!)
少年は決意を新たに、動き出すが、結局その全てが空回りに終わる事を少年は知らない。
この数日後少年は出会う事になる。魔法文化のない筈のこの世界に生きる魔術師の少女と………………