災害には必ず前兆がある。
それは科学的なものから理由がよくわからないもの、果ては迷信と幅広く存在する。
科学的なものとは気象衛星や地震観測システムによるデータなどがそれにあたり、理由がよくわからないものというのは、地震の前には井戸の水が枯れるだの犬がよく吠えるだのといったものが該当し、迷信とは神様を馬鹿にすると雷が落ちるなどというのがそれだ。
そう、災害には必ず何かしらの前兆がある。それだけは間違いない。
であるならば、僕にとっての災害に何の前兆も無かったのは、「それ」があまりにも現実離れしていたからだろうか。
仮に、嫌な予感とか虫のしらせとかいった前兆のようなものが「それ」が起きる前日にあったとする。僕は「それ」を回避すること、もしくは被害を軽減することが出来ただろうか。
その仮定は無意味である。何故ならば、「それ」は回避など出来ないし、被害の軽減などしようもないからだ。何より、その仮定が実際にあったとして、誰が「それ」が起きることにその前兆のようなものを結びつけられようか。
話を戻そう。
そして、実際「それ」は突然起きた。気が付くのに時間は大して必要なかった。厳密に言うと当時の僕が気付いたのは「それ」の一部分だけで、「それ」そのものに気付いたわけではない。さらに言えば、僕は「それ」に気付いただけで、理解はしていなかった。理解出来なかった。理解することを、体が、頭が拒んでいた。
昨日は3月14日で、今日は4月7日。それも、去年の4月7日。
僕が卒業してまもない高校、総武高校の入学式当日だった。
正直に言えば、初めは興奮した。
やり直せると思ったからだ。
お世辞にも映画やドラマで言うところの「青春」を過ごせなかった僕は、挽回のチャンスが与えられたと思い狂喜乱舞した。そして、僕はこのチャンスを最大限に生かすことにした。
結果として。
僕は映画やドラマで言うところの「青春」を過ごすことに成功した。友達が増え、彼女も出来、もともと容姿が良かったこともあって、学年でのカースト最上位にまで上り詰めた。
最高の気分だった。もう死んでもいいとさえ思えた。
卒業式では、積み上げてきたものを失う悲しさと悔しさがこみ上げ、泣いた。始めて泣いた。
でも、その日の夜はどこかスッキリとした気分で寝ることが出来た。
次の日の朝は、「また」4月7日だった。僕はこの現象が「ループ」と呼ばれるものではないのかと推測した。僕は前出来なかったことをやれるチャンスだと張り切り、心のどこかで生まれた「嫌な予感」に目を向けなかった。
そうして時は流れ、また高校生活が終わった。
だが、どうやら流れたのは僕の時だけだったようで。
世界はまた、運命のあの日に戻っていた。
3回目ともなると、僕も嫌な予感に目を向けざるを得なかった。
『このループは、いつか終わるものなのだろうか』
『下手をすれば、この現象は永遠に続くのでは?』
そんな恐ろしい考えが頭を過ったからには、「またやり直せる」ことを手放しで喜ぶ気にもなれず、僕はおよそ1年間のほとんどを暗い気持ちで過ごした。
4回目では何か抜け道がないかと駆けずり回った。
5回目ではあらゆることを全力でやり、この事態を忘れようとした。
6回目では4回目と同じように過ごした。
7回目では勉強に熱を入れて、数学で学年1位を獲得した。
8回目では学校で情報屋として名を馳せた。
9回目では初めて生徒会に入り、副会長としての仕事を全うした。
そして、10回目。僕は絶望した。
部屋から出ず、見えもしないものに怯え、ただひたすら本を読んで過ごした。
あの最初の「4月7日」から、23年が経った頃。
僕に、最初の限界が訪れた。
僕という人格はついに壊れてしまい、僕は狂った。
狂ったように笑い、狂ったように暴れ、狂ったように泣いた。
今思えば、狂ったように泣けたことが「まだ本当に狂ってはいない」ということを示していたのかもしれない。
そして、沢山の人々と出会い、
沢山の人と関係を持ち、
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し、
恐ろしく長い時間が経った。
それなのに、世界の時間は同じところをぐるぐると回り続けていた。
もう、涙は残っていなかった。
諦めることなど遠い昔に止めていた。
絶望するだけの望みも無かった。
壊れるものなど残っていなかった。
彼は、この青春を抜け出そうとするのを止めることにした。
だから僕は、この青春を終わらせることにした。
括弧が多すぎる・・・見にくいかな・・・・