坂本龍馬とシャーマンとスピリット・オブ・ファイア 作:いいな博霊
「よっ」
曖昧だった私の意識は、その一言に引き上げられた。
まるで「偶然に知人を見かけて声をかけたような気軽さ」を感じる。
しかし、誰の声なのかは分からず、その声に聞き覚えもなかった。
目覚めてみれば、目の前に男性が座っている。
辺りを見回せば、どこまでも真っ白だった。
これほどに真っ白ならば説明の必要はない。
マンガの効果線も書かれず、トーンすら貼られていなかった。
面倒だからと言って、一本の線も引かないのは如何かと思ふ。
シンプルな図形を背景に描く程度でも、格好はつくものだ。
こんなに真っ白な描写となれば、手抜きと言われても仕方ない。
ところで、目の前に座っている男性は誰なのだろう。
男性としても髪は長く、前髪は胸の辺りまで、後髪は腰まで伸びていた。
とても長い黒髪は「いいなぁ」と思うものの、冷静に考えると手入れは面倒そうだ。
男性は笑顔で優しそうに見えるけれど、性格の捻れている私は逆に不信感を抱く。
こういう計算された綺麗な笑顔を見せる奴に限って、心の中は真っ黒に違いない。
「疑われるなんて心外だな。おまえは消え去る定めにあった。それを覆して、引っ張りあげてやったんだ」
消える。私が消える。
そういえば私は死んだのではなかったか。
いいや、思い出した。たしかに私は死んでいる。
トラックに跳ねられた訳でも、殺人鬼に殺された訳でもない。
そこから先に進みたくならず、明日を永遠へ遠ざけるために、自殺したのだった。
死んだとすれば、この空間は天国か地獄か。
「引っ張りあげられた」という事は、どちらでもないのか。
私は改めて、目の前に座る男性を見る。
その声に覚えはないけれど、見覚えはあった。
二次元から飛び出して来たようなデザインの、それはハオ様だった。
ハオ様は、マンガである『シャーマンキング』のプリンセスだ。
ラスボスと言っても良いけれど、やはりプリンセスに相応しいと思ふ。
シャーマンとして一人前の証である"オーバーソウル"を修得した主人公の巫力は270だった。
それに対してハオ様の巫力は125万で、その頃の主人公の4630倍だ。
おまけに持霊は「霊を食べて霊力を増やす」という特性を持つスピリット・オブ・ファイアだった。
「いいや、僕はハオじゃない。おまえの望む姿に見えているだけさ」
「様を付けなさいよ、デコ野郎。ハオじゃなくてハオ様でしょー!!」
ハオ様の姿形に過ぎない分際で、呼び捨てとは厚かましい。
ハオ様ではなく別のキャラならば「ハオ」と呼んでも不自然ではなかった。
たとえばシャーマンキングの主人公が「ハオ」と言っても、それは当然のことだ。
しかし、その姿でハオ様を呼び捨てにするなんて「馬鹿にしている」としか思えない。
なによりもハオ様の姿で偽物なんて許せなかった。ハオ様に似ているほどムカムカする。
「ハハハ、そんなにカリカリするなよ。それより、これからの話を聞かせてやる」
「ハオ様の姿で誘惑して、エッチな事をするつもりでしょう! エロ同人みたいに!」
「そんな詰まらない用事じゃないさ。まずは僕の正体を教えよう」
「どうせ神様なんでしょう。不幸な事故で死んだ魂を憐れんで転生させてあげる的な!」
「間違っちゃいないさ。僕は転生を司る神だ。もっとも、おまえは不幸な事故じゃなくて自殺だったろ」
「不幸な私を憐れんでチートな能力を授け、異世界へ転生させてくれるって訳ね!」
「旧神と違って、僕は新しい神だ。無条件で力を与える事は出来ないな」
「やっぱり私の体が目的なのね! このケダモノ!」
「いいや、僕が欲しいものは体じゃない。僕の力を増すために必要な魂だ」
「魂を集めて力を増すなんて、神は神でも邪神でしょー! やだー!」
「嫌なら良いさ、消してやる。おまえの代わりなんて、いくらでも居るからな」
「どうぞどうぞ。私は消されたって困らないよ! 自殺だったしー」
「ふーん、それは残念だな。シャーマンキングの世界に転生する事だって出来るのにな」
「ごめんなさい! 生のハオ様に会いたいです! 神様の話を聞かせてください!」
「良いだろう。おまえの役目は魂を集めて、僕に捧げることだ」
「私を引き上げたように、神様自身で集めた方が早いんじゃないですか?」
「勝手に魂を狩るなんて、大神の怒りを買うに決まってるだろ」
「それって見つかったら危ないじゃないですかー!?」
「だから僕自身じゃなくて、おまえらを使うんだ。当たり前だろ」
「やっぱり邪神だー! しかも他に手下が居るっぽい! この外道!」
「おまえらにもメリットのある話だ。転生できる上に、捧げた魂の量に応じて報酬も与える」
「ヤクザでブラックな仕事の予感! 危険手当は出ますか!?」
「出ない。だけど報酬は破格だ。おまえの好きなハオ様もサーヴァントにできるぞ」
「はい! どこまでも付いていきます、MyGOD!」
「よし。ならば、おまえに能力を与える」
ハオ様もとい神様の背後に、赤い巨人が現れた。
もっとも、人と言ふには奇怪な形で、化け物と言った方が早い。
頭部から左右に伸びた2本の長い角と、炎のように揺らぐ体を目に映した。
『シャーマンキング』を知る者ならば「スピリット・オブ・ファイア」と言えば分かるか。
単なる火の精霊ではなく、"あらゆる魂が還る場所"から抽出された魂の集合体だ。
「こいつに魂を食わせれば、一生を終えた際にポイントへ換算する。そのポイントを報酬と交換できる訳だ」
「おおおー、素晴らしいじゃないですかー! これぞスピリット・オブ・ファイア!」
「とは言っても、このままでは霊だから、物体に干渉する事はできない」
「ダメじゃないですかー!? 物体に干渉できるオーバーソウルなんて出来ませんよ!?」
物体に魂を込める事で、霊も干渉できるよふになる。
それは一人前のシャーマンである証と言われる、オーバーソウルといふ技術だ。
霊によって相応しい物体は異なり、
このスピリット・オブ・ファイアは空気を媒介としてオーバーソウルされていた。
ただし空気は確たる形を持たないので拡散しやすく、私のような常人を用いても無理に違いない。
「ならば麻倉葉王の書いた"超・占事略決"も付けてやる」
「ありがてぇー! ありがてぇー! しっかりと務めさせていただきます!」
ハオ様の前世の前世を麻倉葉王といふ。
"超・占事略決"は多様な技術の記された書物だ。
即死術や蘇生術、それに鬼を使役する術も記されている事だろふ。
糸で縫い合わせられた古い本が空中に現れ、私の中へ沈み込む。
すると"超・占事略決"の内容を思い出せるよふになった。
「この方法を使えば勉強なんてする必要はないじゃないですかー!?」
「報酬は破格と言っただろう。僕のためじゃなくても良いから、張り切って魂を集めてくれよ」
「もちろんです、神様! ハオ様と会うために頑張ります!」
「じゃあ、行ってきな。おまえが死んだら、また会おう」
神様の姿が遠くなっていく。
私は何処かへ飛ばされていた。
見る間に小さくなって、神様は見えなくなる。
スピリット・オブ・ファイアも火の玉になって、私の中に収まった。
どこまでも白い空間を私は飛んで、いつの間にか意識はなくなっていた。
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そうして私が生まれたのは日本の高知県、今でいふ土佐だ。
豪商である才谷屋から分家して、卿土の身分を得た坂本家に生まれた。
父親は坂本常八朗、母親は坂本幸、その次女である栄といふ。
江戸時代の末期である幕末で活躍する志士、坂本龍馬の家だ。
シャーマンキングと関係のない時代に生まれたのは嫌がらせに違いない。
転生した最初の問題として、霊が見えなかった。
神様に貰った物は"スピリット・オブ・ファイア"と"超・占事略決"だ。
……なるほど、たしかに霊視能力は含まれていなかった。
ハオ様のような心を読む能力も無いしー、あの邪神は死ねば良いと思ふ。
おかげで10年ほど時間をかけて"超・占事略決"を元に勉強して、やっと霊視能力を得た。
オーバーソウルを修得したのは、さらに10年後だ。
もう20歳である。ちなみに10年前に、5番目の子で次男の坂本龍馬が生まれた。
当然の事ではあるものの、ハオ様のような桁違いの巫力を私は持っていない。
転生した影響で、大きかったスピリット・オブ・ファイアも幼児のように縮んでいた。
これまで浮遊していた霊を食べさせていたけれど、私の身長にすら追い付いていない。
これではハオ様と会う以前に、再び転生するポイントすら稼げない。
と言うのも、邪神の言っていたポイントと交換できる"報酬のリスト"を確認できるからだ。
『シャーマンキング』という分類の中に、私の目標である"麻倉葉王"の項目や、
取得済みである"スピリット・オブ・ファイア"や"超・占事略決"の項目もあった。
そのリストの最初に、"転生"や"世界"や"時間"や"性別"の項目もある。
つまり転生すら無料ではなく、集めた魂を換算したポイントで交換しなければならない。
その証拠として私の現在のポイントは、およそ-111万ポイントだ。
プラスではなくマイナスだ。このまま邪神の下へ戻ったら利子で、さらに増えるに違いない。
その内訳は"転生"に1万ポイント、"超・占事略決"に10万ポイント、
"スピリット·オブ·ファイア"に100万ポイントとなっていた。
ちなみに普通の霊で1ポイント、ちょっと強い霊は10ポイントになる。
おそらく神霊を食えば100や1000と言わず、1万から10万ほど稼げるだろふ。
ただし、そこら辺に神霊は居ない上に、今の状態で挑んでも返り討ちに違いない。
私の住んでいる場所の周辺は、すでに霊を食い尽くしているため稼ぎは悪かった。
オーバーソウルを修得したので、そろそろ土佐から出ても良いだろふ。
しかし無断で出奔するのは重罪だ。その罪は家族に及ぶ。
武家ではないのならば兎も角、坂本家は卿土の身分だった。
その上に女の身で申請して、土佐を出国する許可が下りるはずもない。
出国許可証である通行手形がないと、宿に泊まる事すらできなかった。
たしか坂本龍馬が出奔する際は、次女の栄……つまり私が自害するのだったか。
「ねぇやー、"すぴりっつ・おぶ・ふぁいあ"と遊ばせてやー」
「オーバーソウルを練習するついでだからね! いいよ!」
そういえば10歳年下の坂本龍馬は、霊視能力を持っている。
オーバーソウルを私が操作して、10歳の龍馬と遊ばせていた。
このオーバーソウルを行わないと、霊は物体に干渉できない。
私のオーバーソウルの強度では、透過しないまま刀を防ぐと危ないかも知れない。
ハオ様だったらミサイルを撃ち込まれても無傷で済ませる事だろふ。
なぜ坂本龍馬は霊視能力を持っているのか。
『シャーマンキング』のハオ様と主人公のように双子な訳じゃない。
坂本龍馬が霊視能力を持つのは、私の影響ではないはずだ。
今よりも幼い頃から龍馬は、霊を目に映している。
モグモグと霊を食べるスピリット・オブ・ファイアを見て、よく泣いていた。
龍馬は泣き虫と呼ばれるけれど、仕方ないと思ふ。
霊を認識できない人間と、見えている世界が異なっていた。
三女の乙女よりも私を慕っているのは、龍馬と私の共通認識によるものだ。
まあ、男勝りの乙女が、歳の近い龍馬に厳しいといふ理由もある。
長男もとい兄の子である春猪の方が、龍馬と親しいのではないか。
「姉さん、また龍馬に変な遊びを教えていますね」
「ごきげんよう、乙女! 龍馬も楽しそうで何よりね!」
三女の乙女はジトーと私を見る。
スピリット・オブ・ファイアの後ろに龍馬は隠れた。
そんな龍馬を捕まえようとするけれど、乙女は見えない壁に行き当たる。
乙女は霊が見えないから、どうして前に進めないのか分からなかった。
しかし、今日に始まった話ではないので、外側通路の縁側に座る私へ目を向ける。
「姉さん、"おかしな術を使ってはいけない"とお父上に注意されているでしょう」
「乙女こそ! "女は力を見せてはいけない"とお母上に注意されているでしょー!」
次女の私と三女の乙女は見ての通り、龍馬を中心として対立する事がある。
母である坂本幸の体調が悪いので、その代わりと成れるように張り切っているようだ。
もっとも龍馬の3歳上に過ぎない乙女の力なんて、大した加勢にならない。
だから目に見えて分かる龍馬の教育へ、乙女は必要以上に力を入れていた。
とは言っても目に見えて分かるのは龍馬の成長ではなく、死ぬほど疲れ切った龍馬の姿だ。
もしかすると史実よりも、龍馬と乙女の関係は変わっているのかも知れない。
だからと言って、龍馬よりも乙女を優先する理由はなかった。
龍馬はシャーマンの素質があり、乙女にシャーマンの素質はない。
霊視能力のある龍馬を優先するのは当然の事だろふ。
私にとって三女の乙女は、世界の有り様を知らない無知な子供に過ぎなかった。