坂本龍馬とシャーマンとスピリット・オブ・ファイア 作:いいな博霊
以前から体調の悪かった母である坂本幸は、併発した病によって命を落とした。
霊による病ならば兎も角、ウイルスや細菌による病気は如何しようもない。
神様から貰った"超・占事略決"に蘇生術は記されているけれど、私の巫力では力不足だ。
もしも十分な巫力を持っていれば、いい実験になった事だろう。
土佐は土葬を主流としているため、坂本幸の遺体は木桶に封入されて埋められた。
私にできる事と言えば、坂本幸の霊魂を留める事だ。
父である坂本長兵衛の用意している位牌と別に、大きい木牌を木材から削り出しておいた。
坂本幸の遺品から髪をとくクシを無断で取り、木牌の中へ納める。
あとは坂本幸の霊魂を位牌の中へ定着させれば、母を持ち運べるようになる。
ちなみに父の呼び名が"常八朗"から"長兵衛"へ変わっているのは改称したからだ。
この頃の人々は遺体に思い入れない。
死んだ後の遺体は物であって、遺骨を保存する習慣もなかった。
だから遺骨や遺髪よりも、遺品であるクシを使った方が魂を留めやすい。
オーバーソウルと異なる点は、シャーマンの思い入れに左右されない事だろう。
たとえば私が母親をオーバーソウルする場合は、やはり遺骨を最適な媒介と考える。
「ねぇや、なんで"すぴりっと・おぶ・ふぁいあ"は触れるのに、母上は触れんが?」
「スピリット・オブ・ファイアは、私がオーバーソウルをしているからだよ!」
「ぼくらぁーも"おーばーそうる"をしたいがや」
「じゃあ、まずは憑依合体から始めてみようか!」
人の霊魂である母親ならば憑依させても安全だろう。
もしもスピリット・オブ・ファイアだったら瞬く間に魂を侵される。
私だってスピリット・オブ・ファイアと憑依合体するなんて、危険な事は行っていない。
憑依合体は単なる憑依ではなく、シャーマンと霊の意思を合わせる技術だ。
オーバーソウルはシャーマンの主導で、憑依合体は霊の主導となる。
そんな訳で坂本龍馬は、シャーマンの修行を始めた。
そこで気付いたけれど龍馬は、私よりもシャーマンに向いている。
よく考えると私は、霊視の才能すらなかったのだから当然の事か。
持霊が身の丈に合った人間霊である事も、龍馬の成長に役立っているようだ。
ずっとスピリット・オブ・ファイアだった私は、すごく無駄な事をしていたのではないか。
しばらく後に父は再婚し、また改称して坂本八平となる。
まさか前妻である坂本幸が、すぐ近くにいるとは思わない。
坂本幸の悪霊化を期待していたけれど、その兆しは現れなかった。
悪霊化すれば一時的に100ポイントまで跳ね上がるから、ちょっと残念に思ふ。
恨めしい様子で父の枕元に立つ事もなく、龍馬を含む5人の子供たちを見守っていた。
新しい母親となった坂本伊与の旧姓は川島で、下田屋に嫁いでいた。
その母親の嫁ぎ先だった下田屋へ、龍馬と共に遊びに行く事もある。
龍馬と共に庭でシャーマンの練習を行っても、うるさく言ふ人ではなかった。
霊視能力のない人から見れば、変な儀式を行っているよふにしか見えないだろふ。
ただし、坂本伊与を怒らせると、食事を抜かれて正座させられる事もある。
坂本伊与は長刀もとい薙刀の、優れた使い手だった。
三女の乙女のよふに勝ち気な性格だけれど、アレと違って体は小さい。
私と龍馬の2人でいると突っかかって来る乙女を、うまく退けてくれる。
時間の空いたときは得意な薙刀を見せて、龍馬の関心を引いていた。
その姿に憧れたのか龍馬は、下級武士である卿土の日根野道場へ通い始める。
龍馬は14歳で、私は24歳だ。
新しい事を始めてみたい年頃なのだろふ。
私と言えば近頃は、縁談を持ち込まれて困る。
結婚すれば1つの場所に縛られる事になるだろふ。
私としては各地を回って、もっと効率よく魂を集めたい。
江戸へ出る予定の龍馬に付いて行こふか。
どちらにしても1回は結婚しなければ、話は収まらない様子だ。
なので縁談を受け、適当な相手に嫁いだ。
祝ってくれる家族に悪いと思うけれど、結婚相手を呪殺する。
結婚相手の霊魂をモグモグすると、子供も出来ないまま坂本家へ戻った。
「かわいそうにね。いい縁談だったのに、こんな事になって……」
「お相手は私に、とても良くしてくれました!」
後妻である坂本伊与は私に同情している。
話を聞くと現在の母も、最初の結婚相手を早くに亡くしているらしい。
三女の乙女は私を疑っている様子だけれど、それは間違っていない。
常識的に考えて、しばらく私に縁談は来ないだろう。
代わりとして20歳近くになった乙女へ、縁談は持ち込まれるようになった。
龍馬は成長して、とても身長を伸ばした。
昔は小さかったのに、今の私は見上げる。
と言うか、周りと比べても頭2つ分ほど龍馬は大きい。
三女の乙女も縦に加えて、子豚のように横へ太くなっていた。
そういふ私は普通の身長だから、遺伝ではないと思ふ。
龍馬の通っている道場へ行ってみる。
すると母親と異なる見知らぬ霊を、龍馬は側に置いていた。
この辺りの霊は一掃しているから、新しく死んだ霊なのだろふ。
話を聞いてみると、武芸に通じている老人と言っていた。
その老人と憑依合体を行って、龍馬は優れた動きを見せる。
まあ、坂本龍馬はシャーマンだ。
霊の力を借りたとしても、それは龍馬の力に違いない。
おかげで龍馬は元服した頃、"小栗流和兵法事目録"を授けられた。
日根野道場の日根野弁治は、早熟した龍馬を「秀才ノ人」と称える。
スピリット・オブ・ファイアに執着する私よりも、坂本龍馬はシャーマンらしい。
それで調子に乗ったと言うか、自信を持ったと言ふか。
目録を得た龍馬は15歳にして、江戸へ行く剣術修行を願い出た。
日根野道場に留まっていた老人の霊も、江戸へ連れて行くようだ。
すっかり情で引き付けられて、龍馬の持ち霊と化している。
最も問題だった憑依合体の維持時間も、ずいぶんと延びたよふだ。
これを良い機会と思った私は、江戸行きの同行を願い出る。
しかし、家族の同行による剣術修行は龍馬ですら嫌がった。
一人暮らしを始めてみたい年頃なのだろふ。
私は残念に思いつつ、旅立つ龍馬を見送った。
それから間もなく江戸に着いた龍馬から、私宛に手紙が届く。
「十五日朝、江戸二入ル。悪鬼集イテ助力ヲ乞うハむ」
話し言葉と書き言葉は異なるので、こんな文章になる。
短く言えば「江戸は悪霊がいっぱい! 助けて!」という事だ。
江戸へ着いた当日に救援を求めるほど、危機は迫っているのだろふ。
これを幸いとして私は、江戸へ行くことを家族に訴えた。
私の不思議な術を家族は知っているものの、江戸へ行かせる事は納得しない。
そうしている内に龍馬と、借宿の主人から2通目が届いた。
「志延て北辰一刀流の千葉定吉の門へ入り候へども、悪鬼騒ぎやりて止おへす事を為セす」
「坂本龍馬居するも、宿打破れたり致し候。曰く事情迂闊何も不知トソ」
北辰一刀流・千葉定吉の道場へ、龍馬は入門したらしい。
千葉定吉の道場は、兄である千葉周作の運営する玄武館の分室だ。
身分差別に気を配り、下級武士と上級武士の通う道場は異なっている。
まあ、それは良いとして短く言うと「悪霊騒ぎで修行どころじゃないよ!」と、
「坂本龍馬を泊めてるけど宿を壊して「俺のせいじゃぬぇ!」って言ってるよ!」だ。
ハハッ、ワロス。
霊の仕業と言っても、借宿の主人に信じて貰えなかったと見える。
宿から追い出される恐れもある不名誉な状況に、家族は頭を痛めた。
ついに私は江戸へ行く許可を家族から得て、通行手形の発行を申し上げる。
武家の女が通行手形を得るのは難しいけれど、坂本家の土佐に対する献金の実績に物を言わせた。
龍馬から一月遅れて、私は江戸へ向かう。
さすがに女の一人旅は許されず、溝淵広之丞を同行として付けられた。
この溝淵広之丞は、江戸と土佐を何回も往復しているベテランだ。
政府の高官ですら陸路を行く時代なので、船による海路は使えない。
道中で霊を拾い食いしつつ、北東に位置する江戸へ向かって東海道を歩いた。
そうして訪れた江戸は悪霊の巣と化していた。
遠くから見た時点で乱れを察し、「こりゃやべえ」と言える状態だ。
悪感情の集合体である鬼の自然発生を考えても不思議ではない。
と言うか、現在1万近い霊力を有するMy火霊の存在によって活性化していた。
ちなみに『シャーマンキング』で例えるならば霊力1万は、人造天使の下級クラスに近い。
とにかく龍馬の借宿へ私は急ぐ。
江戸の通りを歩くと、小鬼の視線に追われた。
風は乱れ吹き、屋根瓦はカタカタと揺れ、土埃は渦を巻いている。
小鬼が物体に干渉する力を得ているに違いない。
この異常な現象に江戸の人々は「今日は風が強いねえ」なんて言っていた。
そういふ問題じゃねーよ。
借宿に着いたものの、龍馬は外出していた。
手紙にあった品川町の剣術道場と見当を付けて行く。
道場の近くに来ると、人の倒れている姿が見えたものの無視する。
そふして道場へ上がると、道着で身を包んだ人々の倒れている姿があった。
窓から差し込む光に頼る薄暗い道場に、半透明の鬼が立っている。
『目を喰ろうてやろうか』『舌を喰ろうてやろうか』
『頭を喰ろうてやろうか』『腹を喰ろうてやろうか』
私の目と鬼の目が合う。
鬼の強さを見取り、素晴らしいと思った。
悪霊で100ポイント程度ならば、この鬼は1000ポイントを望める。
数ある町の1つに過ぎない土佐と違って、ここは衰退と絶望に取り憑かれた都だ。
人々の呪いによって力を増した魂を食わせて、ポイントを稼げる良い狩り場だった。
「今日は御馳走だよ! スピリット・オブ・ファイア!」
転生時の赤ちゃんサイズから、今は小学生サイズまで成長している。
スピリット・オブ・ファイアは鬼の顔に飛び付き、火を発した。
ジュウウウウと激しい炎が噴き上がり、鬼の上半身を焼き尽くす。
間もなく勝負は着いて、鬼はスピリット・オブ・ファイアの食事となった。
まだまだ食い物はあるため、私はスピリット・オブ・ファイアを連れて外へ出る。
「みんなー、起きろー!」
「火事だー!」
「早く火を消せー!」
「水を持ってこい!」
後ろから聞こえた声は遠退く。
坂本龍馬や同行者(溝淵広之丞)の事は、すっかり忘れていた。
江戸を駆け回って、手当たり次第に小鬼を食べ回る。
怯えて逃げようとしていた小鬼も、捕まえて口に放り込んだ。
これまでに補食した分を超えるほどに効率は良く、驚くほどの勢いでポイントは増える。
テンション上がってきたァー!
今の私は無敵だ。誰にも負ける気はしない。
人目も気にせず、スピリット・オブ・ファイアと共に飛び回った。
騒がしく音を立てて、1つの場所へ小鬼を追い込む。
すると小鬼が共食いを始めて鬼へ、その鬼も共食いを始めて大鬼となった。
もはや大鬼は平屋に入らない大きさだ。
もっとも霊は物体を透過するので、建物も障害とならない。
その長い腕は商店を破壊して、辺りに瓦礫を撒き散らした。
木製ではなく土蔵造りの頑丈な商店だったと言うのに、破壊するとは大した力だ。
私は遠慮なく火炎放射を行って、背景ごと大鬼を炎上させた。
昼になった頃、小鬼は散り散りとなった。
人の食事は朝と夕に取るものなので昼食はない。
屋根から見下ろすと、霊の見当たらない空白域を確認できる。
何日も経てば、周辺から入り込んだ霊によって元通りになるだろふ。
この程度で全滅するほど、江戸に巣食う悪霊は少なくない。
一休みして、龍馬へ会いに来た事を思い出す。
ずいぶんと駆け回ったけれど、剣術道場は何処にあったものか。
道に迷って右往左往していると、袴(はかま)を着た役人を見つけた。
役人は道を教えてくれるほど親切ではないので声はかけない。
しかし、私の姿を見ると、なぜか役人は道を遮った。
「火付け盗賊改方、名無権兵衛様御組同心、七氏権現である」
「お役人様、私に何の御用でしょうか?」
「その方に火付けの嫌疑がかかっている。最寄りの番所まで大人しく付いて参られよ」
この役人は武士ではない。
上司である武士に雇われた町人だ。
もっとも素人ではなく、訓練は受けているだろふ。
問題は火付けもとい放火の疑いか。
記憶にないと言えばウソになる。
役人から目を逸らして辺りを見回す。
すると、他の町人に様子を探られていた。
遠くを見れば、あっちこっちから煙が立ち昇っている。
スピリット・オブ・ファイアによって燃え広がった事は明らかだ。
オーバーソウルの本体は人に見えないけれど、生み出した火は現象として残る。
火付けの罰は火刑だ。
私は武家の女なので罪は重くなる。
武家の女は武芸を修める事を求められる。
それは武士が軍人で、武家は軍人の家系だからだ。
死刑である事は変わらなくても、斬首の上に晒し首だろう。
変化の術を使えれば何とかなった。
しかし、私の持霊は火を操る事しかできない。
坂本龍馬のように多様な霊を扱う事はできない。
私は1つの物事に執着する。
問題は解決する方法は、燃やす事だけだった。
「行くよ! スピリット・オブ・ファイア!」
役人は炎に包まれる。
その体は悲鳴を上げて転げ回った。
死んで抜け出た魂を、スピリット・オブ・ファイアに食べさせる。
炎によって苦しみ死んだ影響か、それは10ポイントとなって加算された。
まあ、悪霊のポイントにすら及ばず、鬼から得るポイントに比べれば小さな物だ。
そろそろ巫力を心配したい。
役人から身を隠して回復するべきだろう
スピリット・オブ・ファイアの維持に巫力は使わない。
しかし、巫力を用いて火を生み出していたから減っている。
ハオ様のような桁違いの巫力を持っている訳じゃないから限界はあった。
「ねぇや!」
聞き覚えのある声に振り返る。
すると剣術道場の道着を着たままの龍馬がいた。
さきほど役人を焼き殺したから、辺りに人の姿はない。
龍馬が来てくれたから、探す手間は省けた。
"超・占事略決"の情報を元に作った"御守り袋"を投げ渡す
「霊から見え難くなる御守りだよ! 劣化するから開けないでね!」
効果と時間は反比例する。
龍馬に渡した物は、弱いけれど1年ほど持つ御守りだ。
例えるならば燃焼ではなく、酸化するようにジワジワと反応する。
今は先を急ぐけれど、次に会ったら作り方を教えよう。
もっとも火付けとなった私の、弟である坂本龍馬が生きていればの話だ。