厨二なボーダー隊員   作:龍流

100 / 132
シングル・コンバット

 緊急脱出の際に感じる、独特な浮遊感。これからも先も、この感覚に慣れることはないだろう、と早乙女は思った。

 

「すみませんっ……落とされました!」

「後悔はあと!」

 

 強気で勝ち気なオペレーターは、切り替えも早い。紗矢は振り向きさえせずに激を飛ばし、早乙女もそれに応じてすぐに立ち上がった。

 

「サポート……入ります」

「お願い。丙くんの方を見てくれると助かるわ」

「はい」

 

 

『早乙女』

 

 

 しかし。平淡な龍神の声に、早乙女は切り替えたはずの体が強張るのを自覚した。

 それは、龍神に自分のミスを責められる、だとか。最初の離脱を咎められる、だとか。そういう理由ではなく、

 

『気にするな。ランク戦には運も絡む。こういう事態も起こり得る』

「……はい」

 

 龍神が自分のミスを責めるようなことをせず、最初の離脱を咎めることも絶対にない、と。分かっているからこそ。

 早乙女は、この試合でチームのために何の役目も果たせなかったことを恥じていた。

 

『無駄じゃないぞ』

 

 まるで心の内を見透かしたかのような言葉に、はっとする。

 

『早乙女。撃破された時の状況を詳しく教えろ』

 

 

◇◆◇◆

 

 

「な、ななな、なんとぉ!?」

 

 観客席の喧騒をかき消す勢いで、武富桜子の驚愕の声が響き渡る。

 

「転送開始からわずか数分! 合流前の隙を突き、香取隊長が最初の得点をもぎ取った! なんという早業! なんという電光石火! これは開幕早々、如月隊が苦しい展開だぁ!」

「鮮やかな手並みでしたね」

「開戦序盤、浮いているところを狙ったな」

 

 興奮冷めやらぬ実況を抑える形で、古寺と風間が補足する。

 

「香取は近接戦メインの万能手だ。接近してペースを掴めば、その攻撃力はA級にも匹敵する」

「これは流石と言うべきでしょうか! シーズン二季連続上位グループキープの実力は伊達ではないぞ香取隊!」

 

 くい、と。古寺がメガネを上げた。

 

「試合開始直後、合流前というのは単独で仕事をしにくい狙撃手や銃手にとって最も警戒すべき時間帯です。対して、香取隊長は風間さんが言ったように単独で点を獲ることに長けており、機動力も高い近距離万能手。マップを仕掛けた側の利点を活かしましたね」

「香取の初期配置がよかったのも大きいがな」

「運も実力の内、と言ったところでしょうか?」

「否定はしないが……運も織り込んだ上で、何を考え、どう行動するか。そう言った方が正しいだろう」

 

 桜子の合いの手にも、風間はぶれない。

 

「なるほど! さて、香取隊長が早速得点をあげましたが、まだ開戦序盤。他の隊員の位置を見てみましょう!」

「如月隊の丙、それに影浦隊の北添の位置が悪いな。ステージの両端だ。北添はあまり足が早くないから、合流には少し時間がかかるはず。これは、接敵を避けて安全なルートで合流しようとしている丙も同様だ」

 

 

 

 

 

「えっほえっほ……ひー、ゾエさん日頃の行い、いいはずなのに、こりゃついてない〜」

『さっさとカゲと合流しろ! ダッシュすれば少しは痩せるだろ!』

「いやいや、光ちゃん。トリオン体だとダイエットにはならないから」

『うるせー!』

 

 

 

 

「となると、他の隊員の動きが気になるところです。如月隊長は自慢の機動力で、果敢にもモール内へと突入する動き。これは影浦隊長も同様か!」

「狭い場所での斬り合いなら、影浦に分がある。性格と戦術の嗜好的に言っても、このままモールに突っ込んで仕掛ける形になるな」

 

 影浦はそのサイドエフェクトもさることながら、固有技術であるスコーピオンの連結刃……『マンティス』も強さの理由である。『感情受信体質』のサイドエフェクトには不意打ちが通用しないため、影浦の回避能力がシチュエーションに左右されることはほとんどない。しかし、射撃戦がメインになる広い場所で戦うよりも、狭いエリアでの局所の方が、影浦の攻撃力はより明確に発揮される。

 

「早々の緊急脱出を見て、それぞれのチームも作戦をある程度見直すはずだが……このままいけば、主戦場になるのは香取隊の思惑通り、ショッピングモール内になるだろう」

「モール内に初期転送されたのは4人。香取隊長がモール内に最も近く、グラスホッパーで一気に侵入した形です。こういった高低差が大きいステージでは、やはりグラスホッパーを持っているのが有利に働きますね」

「そうだな。如月隊は最初から甲田と早乙女が転送されていた。うまくいけば、数の有利で他のチームを押せたが、その数の有利が早々に崩された形だ。武富が言った通り、如月はモールに向かう動き。このまま、甲田と合流して香取に早乙女をやられた『借り』を返しに行くつもりらしい」

「香取隊長も、モール内から出るつもりないようですね。で、あるならば……」

「ああ」

 

 古寺の言わんとする内容を引き継いで、風間は頷いた。

 

「あとは、王子隊がこの駆け引きにのるかどうか、だな」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 戦闘開始から、僅か2分。緊急脱出の光を見た、王子一影の判断は早かった。

 

「樫尾、ショッピングモールの中から離脱だ。外で合流しよう」

 

 王子隊の中では、モール内に転送されたのは樫尾のみ。その時点で樫尾をモール内に残しておくか、かなり微妙だったが、早々の緊急脱出を見たことで王子の判断は完全に固まった。

 

『いいんですか?』

「うん、いいよ。わざわざそこでの戦闘に付き合う必要はない。今、そっちに向かっているレーダー反応が見えるでしょ? 1人はカゲくん、もう1人はたっつー。今の得点はカトリーヌによるものだからね」

『その根拠は?』

 

 通信に割って入る形で、蔵内が問う。

 

「単独での得点能力が高い、カトリーヌと一騎打ちは分が悪いからね。加えて言えば、緊急脱出の光が見えたあと、モール内のレーダー反応が消えてる。1人じゃカトリーヌに落とされる危険が高いって判断したに違いない。正しい思考だ」

 

 樫尾もすでに自己の判断でバッグワームを着ているため、モール内のレーダー反応はすでに一つ。香取のみだ。4人もの隊員が一箇所に集まっているというのに、ショッピングモールの内部は完全に隠れ合いの様相を呈していた。

 

「香取隊の動き出しが早すぎる。予め『使うマップ』を入念にシミュレーションしてる動きだよこれは」

『なるほど』

「バッグワームで隠れたのは、如月隊の……こだっくかへいほーだろうね。たっつーなら、1人でもカトリーヌを潰しに行くだろうし」

 

 どちらにせよ、王子隊としては人数が多い如月隊が最初に減ってくれたのは有り難い。

 

『しかし、我々も合流してモール内で戦う、というのはダメなのですか? 単独ならともかく組んで戦えば不利ではないでしょう。まだ、狙撃手の居場所も分かっていませんし……』

「うーん……それでもいいけど、香取隊の土俵に乗るのは、あまりおもしろくないかな」

 

 あくまでも予測、と言ったモール内での得点を香取によるものと断定した上で、王子は語る。

 

「ショッピングモールでの戦闘は、もともとカトリーヌ達が想定していた形だろうし、狭い場所だと影浦隊が厄介だ。逆に、開けた場所で撃ち合うならうちの火力が有利に働く」

 

 懸念事項は樫尾が言った通り、影浦隊の狙撃手、絵馬ユズルの居場所が分からないことだが……そもそも、開戦後数分で狙撃手の位置が割れるなど、普通はあり得ないことなので、それに関しては言っても仕方がない。

 

「そこでかくれんぼしていても意味はないし、外に出て選択肢を増やしていこう。幸い、こちらもフリーだからね。もう少しでモールの前に着くし、蔵内とも合流できる」

『そうだな』

『了解しました。では、このまま合流します』

「うん。そうしよう。羽矢さん、樫尾に外に出る最短ルートを送ってあげて」

『了解』

 

 一通りの指示を出し終わった王子は、レーダーを再確認する。

 モール外では光る反応は四つ。予想が正しければ、影浦、龍神、蔵内、そして自分だ。最初はバッグワームを着ている人数の方が少なかったが、緊急脱出の光が見えてから、急に減った。

 

(たっつーは着てないだろうから、追加で消えたのはミューラーとジャクソンか。少し気になる動きだ)

 

 そんなことを考えていたせいだろうか。

 奇しくも、王子の求めていた解答はすぐに得られた。大通りに立ち並ぶビル、無機質に並ぶ窓から、唐突に光が漏れた。

 反射的に、前面にシールドを展開する。

 

「おっと……噂をすれば、だね」

 

 香取隊の若村だ。

 

「こちら王子。ジャクソンを発見。交戦に移るよ。悪いけど蔵内、先に樫尾を迎えに行ってくれるかい?」

『それは構わないが、1人で大丈夫か?』

「問題ないよ。すぐに終わらせる」

 

 立て続けに降り注ぐ銃撃を、ビルの影に滑り込んでかわしながら王子は応えた。

 ビルの窓からの奇襲。高低差を使った、上からの銃撃。基本に忠実な、よく言えば教科書通りの動きだ。しかし、それ故に読みやすいのもまた事実。

 侮るつもりはないが、若村単体を王子は脅威とは思っていない。

 

「こちらも、香取隊から点をもらうとしよう」

 

 障害物をうまく利用しながら、王子は若村への距離を詰めていく。狙いは悪くないかったが、最初の奇襲で仕留めきれなかったのは、明らかなマイナスだ。そもそも、王子は距離のある撃ち合いを、こなせないわけではない。

 

「ハウンド」

 

 解き放った弾丸を見て、若村の表情が明らかに歪む。追尾弾は彼が陣取っていたビルの壁面を叩き、窓ガラスを粉々に撃ち抜いた。これ以上はまずい、と判断したのか若村が身を翻す。

 

「逃さないよ、ジャクソン」

 

 王子隊は全員が『走れる』チームだ。隊長である王子も、当然例外ではない。

 逃げる背中を追いかける。最初の奇襲から完全に立場が裏返り、仕掛けた側である若村が、明らかに狩られる側になった形。

 

(これは、落とせるね)

 

 しかし。再び、追尾弾を放とうとしたその時。

 逃げる背中が、唐突に消えた。

 

「カメレオンか!」

 

 周囲の風景に溶け込み、姿を消す隠密トリガー『カメレオン』。相手にするのは少々厄介だが、王子のやることに変わりはない。

 追尾弾を、視線誘導からトリオン探知誘導に切り替える。王子隊が全員所持しているこの弾丸は、カメレオンに対しても有効に作用する。

 

「ハウンド!」

 

 カメレオンの弱点。使用中は、他のトリガーは使えない。そして、姿が見えなくてもトリオン反応で、ある程度の位置は分かる。

 これで落とせる。そう判断した王子の確信は、またもや覆された。

 放った追尾弾が、またしても建築物に着弾するに留まったからだ。

 

(……また建物の中へ?)

 

 見えない姿を追って、ビルの中へ入る。階段を駆け上がる音を追って、二階へ。しかし、飛び込んだ部屋の中に若村はいない。咄嗟にレーダーを確認すると、直近にあったはずのその反応がいつの間にか消えている。

 開いた窓から下を見れば、カメレオンを解き、バッグワームを再び着た若村がいた。

 

「よく逃げる……」

 

 追尾弾をトリオン探知誘導から再び視線誘導に切替え、逃げる背中に撃ち込む。窓から飛び降りながら、王子は堪らず舌を鳴らした。

 カメレオンとバッグワームを併用する隠密連携は、香取隊の基本戦術の一つだが、高低差のある入り組んだビル群でそれをやられるとこうもやりづらいのは、流石に予想外だった。追いかけるだけでも、一苦労だ。

 

「けど、いつまで保つかな?」

 

 足には自信がある。距離は少しずつ詰まっていた。このまま追いかければ、必ず捕まえられる。

 それにしても若村の逃げ方は妙だった。ショッピングモールに対して真っ直ぐに逃げるのではなく、斜めに向かっている。奇襲に失敗し、香取のフォローを求めるなら真っ直ぐにモールに向かって良さそうなものだが……

 そこまで考えて。

 王子は、自分が迂闊を踏んだことに気がついた。

 

『王子くん!』

 

 羽矢の警告は、少し遅かった。

 モールに直進していたはずの、もう一つの光点。それが、こちらに『釣られて』寄ってきている。

 

「……しまった」

 

 瞬間、頭上から襲いかかってきた『伸びるスコーピオン』を王子は弧月とスコーピオンの二刀をもって捌ききる。

 ハッ、と。人を小馬鹿にするように息を吐く音が、間近で聞こえた。

 

「なんだァ? 龍神の野郎かと思ったら、オメーかよ……王子」

 

 声の主は路上に停められていた車の上に勢いよく着地する。その衝撃は凄まじく、黒のブーツに踏みしめられた車体は大きく歪んだ。

 

「……やあ」

 

 このランク戦で最も出会いたくなかった相手に、王子はにこやかに語りかける。

 

「悪いね、たっつーじゃなくて」

「まったくだ。が、会っちまったもんは仕方ねぇ……とりあえず、準備運動付き合えよ」

「僕はたっつーの前座かい? それは傷つくな」

 

 完全に、のせられた。

 軽口を叩きながらも、王子の胸中は穏やかではなかった。

 若村の目的は奇襲ではなく、最初から王子を誘導して影浦にぶつけること。間近で戦闘が始まれば、間違いなく影浦が噛み付いてくるだろう、と。そう見越した上での陽動だった。

 

 己の分を弁えた、いい『釣り』だ。

 

 おそらく、このステージ設定もカメレオンとバッグワームを併用して逃走しやすくするために計算されたもの。移動する敵にちょっかいをかけ、適当に食い合わせ、その間に主戦場となるモール内でエースの香取が得点を稼ぐ。

 大まかな狙いは、読めてきた。今までの香取隊には、なかった戦術だ。

 

 王子は確信する。これは、香取葉子が立てた作戦ではない。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

『華さん、うまくいきました』

「了解。すぐにそこから離脱して頂戴」

『はい』

「ポイントを指定するから、すぐに向かって。雄太もそろそろ到着するわ」

『今んところは順調ですね』

「油断しないで」

 

 作戦室で、香取隊の戦略を一手に担う彼女……染井華は、冷静に盤面を見下ろしていた。

 

「ここまでは予定通り……問題はここからよ」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

『そっちは大丈夫、葉子?』

 

 幼馴染の声はいつもと変わらず冷静だ。

 香取はその声音にほんの少し安心感を覚えながらも、油断なく周囲を見回した。

 

「問題なし。ていうか、レーダー反応全部消えたわ。全員、バッグワーム着て隠れたんでしょ。めんどくさい」

 

 このステージは、人によっては『クソマップ』認定されることでも有名だ。横に狭く、縦に広いため、バッグワームを着て隠れ合いになると、敵が中々見つけられない。結果、炸裂弾などで『焼き出し』をかけない限り、膠着状態が続くことになる。

 

「どうすんの? アタシ、メテオラとか持ってきてないんだけど?」

「問題ない。そろそろ来るはずよ」

 

 何が問題ないのか。

 誰がくるのか。

 その理由と人物を聞く必要はなかった。

 注視していたレーダー上。唐突にポップアップした赤いレーダー反応を見て、反射的に香取はグラスホッパーを起こした。

 瞬間、踏み込みの瞬間まで立っていた場所を斬撃が走り抜け、立ち並んでいたテナントの壁面が両断されて崩壊する。

 

 

 

 

「見つけたぞ」

 

 

 

 翻る白い外套。鈍く光る黒の刃。久方ぶりに見るその笑みに、抑え込んでいた闘争心が刺激される。

 

「うちの部下を落とした礼はさせてもらう。勝負だ……香取」

 

 

 如月龍神のその言葉には、応じず。

 香取は見事に読みを当ててみせた幼馴染……否、チームの参謀に、言った。

 

「馬鹿が釣れたわ」




ネタバレにならない範囲で三行で語るワールドトリガー


・ののさん!!!!
・イコさん気ぃ散るわ!!笑
・ののさん!!!
・ののさん!!!!!!




祝!100話達成!いつも応援してくださるみなさんのおかげで、ここまで来れました。本当にありがとうございます。
記念というわけではありませんが、Twitter始めました。大体ワートリのこと呟いてるのでよろしくお願いします〜

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。