厨二なボーダー隊員   作:龍流

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ミッシング・エース

 如月龍神の香取葉子への評価は、簡潔にまとめれば『惜しい』の一言に尽きる。

 認めよう。香取には才能があった。トリオン体の操作、トリガーの扱いに関しては、センスの塊と言っても過言ではない。ただ、端的に言ってしまえば彼女には『向上心』というものが不足しているように思えた。

 攻撃手で伸び悩めば、銃手に転向し、銃手で伸び悩めば万能手に転向する。ふらふらと地に足のつかない訓練をしている様子は、龍神からしてみればどうにも受け入れがたいものであった。しかも、自主的に訓練を重ねている時間も少ない。必要最低限の鍛錬と模擬戦。それでも、攻撃手と銃手でマスターランクにあっさりと上がり、B級上位グループでエースを張り続けてきたのは、やはり彼女の才能と言う他ない。

 

 天才。香取葉子という人間を表現するのに、この言葉は決して大袈裟ではないと、龍神は思っていた。

 

 そして、今。それが間違いではなかったことを、身をもって知る。

 

「旋空……」

 

 龍神が仕掛ける形となった遭遇戦。遠すぎず近すぎず、『旋空弧月』が届く間合いは、龍神の得意とする距離である。しかし、それは香取もわかっているのか。弧月を打ちこむ構えに対し、通常弾を撃ちこんで牽制する。シールドでそれを防いだ龍神は、薄く舌を鳴らした。

 判断が早い。接近が速い。挙動の一つ一つが疾い。射撃で気勢を削ぎ、近接戦に持ち込む。機動力に長けた近接万能手でなければ、できない戦い方だ。

 拳銃を持ったままの右手が、無造作に振るわれる。手首の下側から首を削ぐように形成されたスコーピオンを、龍神もスコーピオンで防御した。ならば、と繰り出された左手の短剣も弧月で捌く。

 香取は決して、龍神と切り結ぼうとはしなかった。性別の違いによる体格差から、力押しは無理だと理解しているのだろう。香取の剣戟は常に付かず離れず。スコーピオンが最も威力を発揮する、ヒットアンドアウェイを堅実に守っている。

 

(以前よりも……剣筋から『粗さ』が消えている)

 

 純粋に『剣』として手にもって使うだけではなく。手首や肘、時には足からスコーピオンを伸ばす、型にはまらないトリッキーなブレードの扱いは、迅や風間のようなタイプよりも、どちらかといえば遊真や影浦のスタイルに近い。

 だが、型にはまらないが故に大雑把であった攻撃の筋が、薄く鋭く研ぎ澄まされている、と龍神は思った。

 

「……やるようになった!」

「は? 上から目線、キモいんだけど」

 

 時間にすれば、10秒にも満たない僅かな時間。しかしその僅かな時間に、数え切れないほどの刃の応酬を重ねた龍神と香取は、同時に判断する。

 

 埒が明かない。

 

「天舞」

「グラスホッパー」

 

 キン、と。龍神と香取の手のひらに、薄い光が輝いたのは同時。そして、足元に浮かんだ薄緑色の反射板を踏み込むのも、また同時だった。

 屋内であるが故に天井に向かっては飛べず。横に跳んで距離を稼ぐつもりだった龍神の挙動に、しかし香取はぴったりとついてくる。

 

「良い機動だ」

「逃さないから」

 

 グラスホッパーによって得た加速はそのままに、さらに空中でブレードを交え。そのままガラス張りを突き破って、テナントの中に侵入した龍神は体を床に転がした。

 タン、と。置いてある商品を足蹴に、勢いをつけた香取が龍神の顔面を踏み抜く。当然のようにスコーピオンを伴ったその爪先を身をよじって避け、ロールした勢いのまま振り上げた弧月を、しかし香取も分かっていたかのように回避する。反撃、突き出したスコーピオンが、はじめて龍神の腕をうっすらと削った。

 

「……本当に、よくやる!」

「ふん」

 

 絶え間なく剣戟を重ねながら、それでも香取にはあのいけ好かない師匠の教えを思い出す余裕があった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「如月への対策を、教えておく」

「……対策?」

 

 いじめか拷問か何かではないかと思うような、長い長い修行……もとい、個人レッスンにもようやく慣れてきた頃。

 三輪秀次から告げられたその名前に、香取はあからさまな嫌悪感を示した。

 訓練の合間の、休憩中である。いつも愛用している『人をダメにするソファー』に疲労が満ちた全身を預けていた香取は、頭だけ三輪に向けた。

 

 

「……あのさ」

「なんだ?」

「アタシ、これでもそこそこ成長した自信あるんだけど」

「そうか」

 

 そこは「よくがんばったな」とか「ああ、大したものだ」とか、口だけでもいいからそういう褒め言葉を口にしておけよ、と思いつつ。

 

「個人への対策とか、そういうのって必要なわけ? しかも、村上先輩とか弓場さんみたいな人ならともかく、ピンポイントにあの馬鹿への対策とか必要なわけ?」

「その驕りがお前が今まで『伸び悩んできた』理由だと、何度も言ったはずだが」

 

 カッチーン。

 すぐにでもスコーピオンで首を落としてやりたかったが、そこはなんとか堪える。

 

「はいはい。悪かったわね。どうせアタシは調子にムラがあるなんちゃってエースよ」

「なんだ、わかってるじゃないか」

 

 ……自虐の皮肉くらい汲み取って返せよ。その邪魔な前髪カットしてやろうか。

 香取は怒りを自省できている己を、忍耐力がついたと自分自身で褒めちぎりたかった。

 

「しかし、そうだな……なら、聞き方を変えよう。お前は、如月が嫌いじゃないのか?」

「……そりゃ、たしかにキライだけど」

 

 かっこつけてるし、えらそうだし、技名とか叫んでて馬鹿みたいだし、えらそうだし、馬鹿だし。香取は基本的に龍神が嫌いだった。理由はこのようにいくらでも挙げられるが、もっと端的に言えば「生理的に無理」だった。

 

「そうか。俺も大嫌いだ」

「……はぁ? そう」

 

 三輪の言いたいことがよくわからない。

 

「嫌いな相手には負けたくないだろう?」

「そりゃあ……」

「認めたくないが……あの馬鹿は強い。この前の大規模侵攻で経験を積んで、また腕を上げた。そもそも奴は、お前が燻っている間にも、着実に鍛錬を積み上げてきた」

「……」

 

 本当に、いちいち一言多い。

 

「あの馬鹿は、上位まで上がってくるぞ」

 

 けれど、今度は流石に、彼が言わんとすることが理解できた。

 ポッと出の厨二馬鹿に負け、上位グループの座から転げ落ちる自分達。そんな想像を少ししただけで、厨二馬鹿のドヤ顔が思い浮かび、香取は腸が煮えくり返りそうになった。負けるのは、もういやだ。大規模侵攻の……『あの時』のような思いをするのは、もうたくさんだ。

 

「……わかった。それで? 具体的に対策ってなにするわけ?」

「お前は自主的に他人の記録を観ようとしない。だから俺がモニターの前に縛りつけてでも、最低限、必要な記録と情報を頭に叩き込んでやる」

 

 それはまた、なんというか。

 

「……めんどくさ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「如月の強みは『旋空』を用いた遠隔斬撃だ」

 

 観客席。

 荒船隊や柿崎隊、鈴鳴第一といったB級の正隊員だけでなく、そこにはちらほらとA級隊員の姿も混じっている。今回は解説席に自分達のチームメイトが呼ばれていることも手伝って、オペレーターの月見蓮を除いた全員が一列に並んで観戦していた。

 

 三輪隊である。

 

「生駒さんのように秀でた一芸にまでは至っていなくとも……ヤツの『旋空』の取り扱いには、目を見張るものがある」

 

 淡々と語られる三輪秀次の『如月龍神評』を、隣に座る米屋陽介は笑って肯定する。

 

「ま、そうだろーなー。オレも龍神とやりあう時は、なるべく『旋空弧月』の間合いは外すようにするし」

「如月の『旋空』は、お前達から見てもそこまでの驚異なのか?」

 

 疑問の声を上げたのは、米屋のさらに隣に座る奈良坂だ。狙撃手からしてみれば、攻撃手が使う『旋空弧月』の強みはいまいち実感しにくい。

 

「そりゃあ、なぁ? 秀次」

「間合いを瞬間的に拡張する『旋空』は、使い手によってその威力が大きく変わる……例えば、太刀川さんに斬られ続ければ『旋空』の強さは嫌でも実感するだろうな」

「太刀川さんに斬られたことのない攻撃手なんていねーしな!」

 

 嫌なものを思いだしたように三輪は顔を伏せ、米屋はけらけらと笑う。

 もちろん奈良坂も、A級ランク戦で太刀川と戦ったことはある。太刀川の二刀流から放たれる『旋空弧月』は確かに化け物だ。なるほどな、と納得する。

 

「加えて言えば、ヤツは攻撃手として『間合い』の調整が抜群にうまい」

「間合いの調整?」

「ああ、それはなんとなくわかるなー」

 

 普段から飽きるほど龍神と個人戦を行っている米屋が、大きく頷く。

 攻撃手と射手、銃手を比べれば分かるように、戦闘において攻撃の射程は、この上なく重要な要素だ。ブレードと弾丸、という明確な武器の違いがあればそれは顕著に表れるし……それだけでなく、ブレード対ブレード、剣と剣の対決においても、使い手によっては『射程』の違いが浮き彫りになる。

 

「オレと緑川は大体戦績とんとんなんだけど、龍神との勝率比較したら、オレの方が明らかに上なんだよな〜」

「それはお前が、自分の得意な間合いで戦っているからだろう。逆に、緑川はまだそれができていない」

「そうだな〜」

「なるほど。陽介の『槍』が攻撃手からしてみればやりにくい……というのは、俺でもなんとなく理解できる」

 

 奈良坂の言葉に、米屋がニッと笑う。

 例えば、米屋の『幻踊弧月』。例えば、影浦の『マンティス』。例えば、生駒の『生駒旋空』……普通とは違う間合いを持つブレードの使い手は、ボーダー内に数多く存在する。

 弧月を使う攻撃手の殆どはトリガーセットに『旋空』を入れているが、しかし『旋空弧月』を多用する隊員はそこまで多くない。ブレードの伸びる範囲と時間。銃を使うのとはまるで違う、斬撃の感覚。そういった要素を理解し、体に覚え込ませてはじめて『旋空弧月』は攻撃の選択肢の一つ……本来届かないはずの間合いの外から斬撃を届かせる『武器』になり得る。

 

「如月は『旋空弧月』が自分の強みだと理解している」

「そりゃ、あいつの必殺技だからな」

「……必殺技かどうかは知らんが、通常のブレードよりも『伸びる間合い』を、積極的に利用してくる。これは、太刀川さんも同様だ」

 

 極論になるが、と。そう前置きした上で、三輪は語る。

 

「もしも仮に『旋空』がなければ、太刀川さんはあそこまで強くない」

「いやそりゃ暴論だろ……旋空なしでもあの人はめちゃくちゃ強えって」

「だから、極論になるが、と言ったはずだ」

 

 三輪が言いたいことは、極めてシンプルだ。誰もが無意識に行っているようで、できていないこと。一流の実力を持った人間が、常に意識して行っていること。

 

 己の長所を、最大限に生かす。

 

 自分自身の武器。明確な『強み』を押し付けにいくことができる技巧。それがあってはじめて、特有の『強み』は確固たる『強さ』に変わる。

 

「グラスホッパーやテレポーターを使った高機動。積極的に動き回り、自分に有利な間合いで、得意な攻撃を叩き込む……それが、如月の強さ、ということか」

「そうだ。だからラウンド2で、荒船さんは拳銃を使って『旋空』の間合いを埋め、如月の機動を削いだ」

「なーるほど。つまり秀次も、香取ちゃんに『旋空』の間合いを外して、徹底的に狭い場所で貼り付け、って。そう教えたわけだ」

「ああ、そうだ」

「ふーん」

 

 モニターの中で、香取は龍神に対して攻撃の手を緩めることなく、凄まじい猛攻を加え続けている。

 

「龍神の『旋空弧月』が巧いのは間違いねぇ。秀次の狙いはよくわかった。でもなぁ……それでも、アイツの強さはそれだけじゃねぇだろ」

 

 攻勢に出ていた香取が、はじめて。龍神から鋭いカウンターをもらい、頬が切れる。

 ちっ、と。あからさまな舌打ちを漏らしているのが、画面越しでもよく分かった。

 

 

「龍神はべつに、超接近戦が弱いわけじゃない」

 

 

 弧月とスコーピオン。異なる二種類のトリガーを使いこなす龍神は、その特性を最大に生かして、むしろ近距離の削り合いも大歓迎とばかりに受けて立つ。

 

「トリガーの自由な発想と組み合わせ。そこから繰り出されるバカみたいな一手。意外性も、アイツの持ち味だぜ?」

「ああ。それも知っている」

「んん?」

 

 そりゃどういう意味だ?と。

 米屋が聞き返す前に、戦況が動いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 今シーズンの香取は、これまでと何かが違う。

 そう判断した龍神に、もはや迷いはなかった。敵チームのエースは、早い段階で落とせた方が良いに決まっている。影浦や王子の動きも気になるところだった。

 しかし、狭い場所での斬り合いでは、ほぼ互角……否、やや香取が有利。確実に仕留めるためには、やはり『旋空』が欲しい。

 ならば、どうする?

 簡単だ。強引に、無理矢理に。距離を稼いでしまえばいい。

 背後に回した龍神の手のひらが、薄緑色に光る。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 そのワンアクションは、実況席の注目を集めた。

 

「このタイミングでグラスホッパー!?」

「香取に『当てる』気だな」

 

 桜子が叫び、風間が頷く。

 本来は自身の跳躍のために用いる機動戦用トリガー。それを相手に押し付け、不意を突こうとする龍神の機転に、古寺が唸る。

 

「うまい!」

「……いや」

 

 これまでの香取に対しては、それは有効な選択だったかもしれない。

 しかし、と。風間は、目を細めた。

 今日の彼女は、

 

「悪手だな、これは」

 

 相手を、よく見ている。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ――もしも、天才が努力したら?

 

 そんな仮定をはじめて口にしたのは、一体どこの誰なのか。誰でもいいが、随分無責任なことを言ってくれたものだ、と香取葉子は思う。

 

 天才。それは誰が決めるのか?

 努力。それは誰が認めるのか?

 

 基準は人それぞれだ。ここまでの能力を持った人間が天才。ここまでの時間を費やせば努力、と。明確なラインがあるのであれば、定めてみればいい。そんなことは、絶対にできやしない。

 香取葉子は、自分が天才だと信じている。しかし同時に、自分より『上の人間』がボーダーには数え切れないほどいることを知っている。

 

 だから、

 

 ――もしも、天才が努力したら?

 

 そんな仮定に意味はなく、今ここに至るまでの過程にも、香取は価値を感じない。評価してもらおうとも思わない。

 

 欲しいのは、結果だ。

 

 予め、知っていた。予習をした。対策を考えた。その上で、それを実行した。

 

 この結果は、ただ、それだけのことだ。

 

「なっ……!?」

 

 相手が展開したグラスホッパーを踏み込み、完璧に体勢をコントロールして跳躍する。前提条件からして馬鹿馬鹿しいそんな芸当を、しかし香取は当然のようにこなしてみせる。

 ぶっつけ本番、ではなく。

 事前に練習し、イメージを重ね、訓練していたからできた動き。

 

(……()()()())

 

 おもしろい、と香取葉子は思った。

 驚愕に染まる龍神の表情を見て、自然と口元が綻ぶ。無論、龍神も驚いたままではいなかった。踏まれた、としても香取が距離を取ったことに変わりはない。不意を突けなかったとしても、一手早く『旋空』を打ち込めばそれで勝てる、と。

 

 そんな思考、そんな挙動をしている時点で、一手遅い。

 

 空中。足場も何もない状態、グラスホッパーで跳躍したまま、香取は()()を射ち放った。

 

 ()()は、龍神のシールドを貫通する。

 ()()は、龍神が咄嗟に掲げた右腕に食いつき、漆黒の『鉛』を縫い付ける。

 

 攻撃手の間合いで渡り合う身のこなし。

 動きながら当てる射撃の腕。

 

 高いレベルで習熟した、いくつもの要素が合わさることで。

 射撃専用オプション『鉛弾(レッドバレット)』は、強力な武器となる。

 

 

 ――――蛇の教えが、龍を喰らう。


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