厨二なボーダー隊員   作:龍流

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えげつない台風がきてるので、みなさんお気をつけください


ロンリー・リーフ

 影浦雅人の王子一彰への評価は、大雑把にまとめてしまえば『めんどくさい』の一言に尽きる。

 その場のノリと影浦の気分によって動く影浦隊とは違い、王子は常に作戦を練り、戦略をまとめた上でランク戦に臨むタイプだ。あの弓場琢磨の元で戦略眼を磨いていただけあって、その作戦立案能力と冷静な判断力は、B級上位グループに通用するものである。

 そして、さらに厄介なことに。

 

「ハウンド」

 

 戦略面でチームの『頭』を張る彼は、単独戦闘も涼しい顔でこなす。

 影浦の『マンティス』がギリギリ届くか……という距離に入った瞬間。王子の手から曲射弾道で放たれた『追尾弾』が、影浦に喰らいついた。結果、たとえ『来るとわかっている』攻撃でも、シールドを使わざるを得なくなってしまう。

 スコーピオンを連結させて使用する『マンティス』は両攻撃だ。その性質上、どうしても攻撃の瞬間は無防備な状態になる。そして、そもそも防御を強要されては、使うことができない。

 

「ちっ……!」

 

 広げたシールド。止まった機動。その一瞬の隙を見逃さず、一気に踏み込んだ王子の弧月が半透明のシールドを叩き割る。上半身を大きく振って斬撃を避けた影浦は、捻った体の勢いを活かし、右手のスコーピオンを端正に整った顔面に打ち込んだ。

 ガギン、と。今度は王子が顔面に集中展開したシールドに、大きな亀裂がはしる。変わらない表情のまま、王子は一言。

 

「危ないじゃないか」

「あん? 頭きっちり守ってんじゃねーか」

 

 なら、腹にぶち込むか。

 即座に左手からスコーピオンを振ろうとした影浦は、しかし右半身を刺すような『ひりつく感覚』を察知し、思い留まった。王子が振り上げた弧月を一瞥し、二ィ……と、笑みを漏らす。

 

 

「見え見えだぜ。バカが」

 

 

 次の瞬間。

 王子の右腕から突き出されたスコーピオンを、影浦は自身の右手のスコーピオンでがっちりと咥え込んだ。

 王子は頭部にシールドを展開したまま。つまり、あからさまに弧月の攻撃を匂わせる予備動作はブラフ。切れ味をゼロにした弧月を囮に使うこの戦法を、影浦はよく知っている。

 

「龍神の猿真似で、俺を落とせると思ってんのか?」

「珍しいね。ちゃんと記録見たんだ」

「あぁ。荒船や鋼の負けっぷりなら、たっぷり見たぜ」

「勤勉だね。頭が下がるよ」

「言ってろ!」

 

 獰猛に吠えながら両手のスコーピオンを閃かせる影浦。対して、王子はバックステップであっさりと後退。勢いのある斬撃をあしらいつつ、トリオン体の内部通話チャンネルを開いた。

 

「(蔵内、どうだい?)」

『もうつく。大丈夫か?』

「(引き気味にやりあってるから、平気だよ。けど、なるべく早く来てくれるとうれしいかな?)」

 

 客観的に状況を述べながら、しかし王子は若干の弱音を含んだ呟きを返した。攻撃手個人としてはボーダー最高峰の攻撃力を有する影浦の相手をずっと続けるというのは、中々に負担が大きい。

 

『問題ない。もう『射程内』だ』

『王子くん。もっと下がって』

 

 瞬間、複数に分かれた弾丸の雨が、王子と影浦の頭上に飛来する。通常よりも少々多めに分割されたそれらの弾丸は、周囲に着弾すると同時に爆発。ビルの壁面や道路のコンクリートを派手に破砕し、瓦礫と粉塵を巻き上げた。

 

「助かるよ。蔵内、羽矢さん」

 

 涼しい表情で呟く王子とは裏腹に、爆発から逃れるために下がった影浦は苦々しい顔で呻く。

 

「サラマンダー……!」

『オイ! 大丈夫か、カゲ!』

 

 焦る光の声を聞きながら、影浦はシールドを張った。

 いくら影浦が攻撃を察知できるサイドエフェクトを有していても、無差別に撃ち込まれる絨毯爆撃には対処せざるを得ない。

 

「けっ。こんな大雑把な狙いでばら撒かれた弾、ゾエの適当メテオラと変わんねーよ」

『この流れでゾエさんディスるのひどくない?』

「いいからオメーは、早くこっち来い」

 

 とはいえ、これは本当に『おもしろくない流れ』だ。今、向き合うこの男は、それなりの実力を備えているくせに……

 

 

「では、悪いねカゲくん。失礼するよ」

 

 

 あっさりと『逃げ』の一手も打てる。

 首元に手を当てた王子は『バッグワーム』を展開し、影浦に背を向けた。もちろん、影浦は王子をそのまま逃がしてやるつもりなど、毛頭なかった。

 

 しかし、

 

「てめぇ王子! 待ちやが……」

 

 追いすがる影浦の怒声を、追尾炸裂弾の第二射がかき消した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 この弾丸は、相手を殺せない。

 いけすかない師匠から、香取は『鉛弾(レッドバレット)』についてまずそう教わった。

 

「殺せない?」

「鉛弾を当てられる状況は、イコールで『普通の弾』も当てられる状況だ、ということだ」

 

 鉛弾に殺傷能力はない。極論ではあるが、『鉛弾』を何十発撃ち込もうと、相手を殺すことはできない。それは『鉛弾』がトリオン体の殺傷を目的とした弾丸ではないからだ。

 

「そりゃそうでしょ。これを当てても、重い石くっつけるだけなんだし」

「わかっているなら、あえてこの弾丸を使う意味を考えろ」

 

 腰の後ろのホルスターから拳銃を抜いた三輪は、人体を模したターゲットに向けて無造作に発砲した。会話の片手間に撃ったとは思えない、流れるような動作。着弾と同時に、黒い『錘』がターゲットの中心に縫い付けられる。

 

「香取。このトリガーの長所はなんだ?」

「……シールドを貫通して、防御を無視して攻撃できること。1発当てれば、相手の機動力を大きく削げるところ……とか?」

「概ね正解だ。なら、短所は?」

「…………オプションっていう制約上、撃つ時に両攻撃になるから、防御が甘くなる?」

「そうだ。だが、それだけでは足りない。弾速の低下。そしてなにより、この弾丸は『トリオンの消費が大きい』ということを、常に頭にいれておけ。ある程度の取り扱いを覚えたら、どうせお前は調子にのって『鉛弾』を考えなしに撃ちこむだろうからな」

「はぁ? 勝手に決めつけないでくれる!?」

「お前はそういうやつだ。この短い期間でも、それがよくわかった」

 

 ぐぬぬ、と押し黙る香取を気にもせず、三輪はまたターゲットに向かって『鉛弾』を発砲した。さっきとは違う場所に、鉛弾が着弾する。

 

「これは扱いの難しいオプショントリガーだ。近づかなければ当てられないほどに、弾速は落ちる。当てても、それで相手を倒せるわけじゃない。お前くらいのトリオン量では、乱発したらすぐにガス欠になる」

 

 だから考えろ、と三輪は言った。

 

「どこで使うか。誰を標的にするか。標的のどこに当てるか。当てたあと、どう詰めるか。『鉛弾(レッドバレット)』を使うことに満足するな。この弾丸を使うなら、常に思考を回せ」

 

 あまり認めたくはなかったが、三輪の指導は実に的確だった。

 通常の弾丸から『鉛弾』に切り替えるタイミング。相手への距離の詰め方。ポジションによって、有効な着弾場所はどこか……射手の腕に当てても、武器を持たない関係上効果は薄い。とりあえず脚に当てれば機動力は殺せるし、走れることを強みにしている相手には特に有効に働く……といった細かい内容にまで踏み込んだ指導を、三輪は香取に叩きこんだ。

 考えることが増えた。戦闘の際、思考にリソースを割くようになった。自身の戦い方も、スタイルはそのままに根本的に見直した。

 

「そもそも『鉛弾』を使うなら、今のセットからトリガーを抜く必要がある」

 

 それまでの香取の戦闘スタイルは、スコーピオンに拳銃を添えた中~近距離の格闘戦だった。メインとサブにスコーピオン。通常弾と追尾弾の拳銃もそれぞれメインとサブに搭載し、機動戦用のグラスホッパーを加えてシールドとバッグワームの基本装備を入れれば、それだけでスロットは埋まってしまう。

 新しいトリガーを加えるために、まず何かを削る必要があった。

 

「それなら大丈夫。今のセットから抜くやつは、もう決めてあるから」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 トン、と。

 龍神のグラスホッパーにはじき飛ばされ……否、自ら踏み込んで、テナントの外へと飛び出した香取は、しなやかな猫のように着地を決めた。

 店の中。腕を抱える龍神の表情までは見えなかったが、その目論見を崩してやったことが実に小気味良かった。隠していた『戦法』が、きっちり刺さった。その場の判断や直感だけでなく、予め準備した敵を倒すための『組み立て』が、かっちりとハマった。その快感に、軽く身震いする。

 

 楽しい。これは、くせになるかもしれない。

 

 だが、油断はしない。『鉛弾』だけで敵を倒すことはできない、と師匠には飽きるほど言われてきた。まずは『当てるまで』。そして、肝心なのは『当てたあと』である。

 動きを鈍らせた。抵抗する手段を奪った。ならば、あとは狩るのみ。

 自身のフィールドである狭い店内。その中へ踏み込み、龍神にトドメを刺すべく拳銃とスコーピオンを構えた香取は、

 

 

「……ちっ!」

 

 

 己の側面に、シールドを張った。

 金属質な音が立て続けに響き、受け止めた『通常弾』がはじけとぶ。

 

「おいおいマジかぁ……今のタイミング、完璧だったでしょ」

 

 なるほど、と香取は思った。

 龍神の狙いの真意を理解する。グラスホッパーを当てて自分をテナントの外へ押し出そうとしたのは、単純に『旋空』の射程を稼ぐため、というだけではなく……味方の伏兵を連携させて、香取を『獲らせる』ためだったらしい。

 横合い。バッグワームを解除した甲田照輝は、奇襲の失敗を悟り、即座に両攻撃の態勢に入った。

 

「尻尾巻いて逃げたかと思った」

「さっきまではそうだったっすよ、香取先輩……ハウンド!」

 

 軽口の応酬を飲み込むように殺到する追尾弾。広げたシールドで防いでも良かったが、香取はあえてそれをしなかった。

 グラスホッパーを踏み込み、己の体を対峙する弾丸のように跳ねさせる。追尾弾の追跡を逃れる鋭角の機動。加えて、グラスホッパーによって得た速力を殺さず、足をかけた支柱を踏み台にすることによって、さらにもう一段。香取は、グラスホッパーに頼らない跳躍を軽業のようにこなしてみせた。

 一瞬で、追尾弾の誘導半径内に踏み込む芸当。すれ違う瞬間、光刃が交差する。

 

「ぐっ……」

「そっか。アンタ、ブレードも使うんだっけ」

 

 振ったスコーピオンの感触が堅い。着地と同時に片足を踏みしめ、急停止した香取は嘯いた。

 甲田のスコーピオンは大きく欠け、香取のスコーピオンは艶やかな刃を保っている。それがそのまま、実力の差だ。

 

(やろうと思えば、このままコイツはここで落とせる)

 

 が、

 

「そううまくはいかないか」

 

 大きく身を屈めた香取の頭上を、斬撃が走り抜けた。テナントの壁面も、ショーウインドウも全て等しく並行に両断され、商品の残骸とガラス片が舞い散らばった。

 店の中から、旋空弧月。

 ある程度の位置を把握し、香取は龍神を冷静に睨み据えた。

 

(あの新顔をアタシに獲られないために、援護か……右腕は潰してあるし、2対1でも捌けるか?)

 

 ただ移動するだけならともかく、腕に100キロを超える錘を抱えたまま、高速戦闘を行うのはいくらグラスホッパーを持っていても絶対に不可能だ。ましてや、近接戦の選択肢は片腕がない時点で、大幅に潰される。

 龍神の選択肢は、二つ。

 腕を残すか。腕を落とすか。

 龍神は弧月だけでなく、スコーピオンも持っている。たとえ手首を失っても、スコーピオンは切断面から『生やす』ことで、使用可能だ。故に、龍神なら迷わず右腕を切り落とすだろう、と。香取はそう思っていた。

 だが、崩れる壁の先。ちらりと見えた龍神の腕には、まだ黒い『錘』が張り付いたままであり……そして、弧月を握る左手とその表情が一瞬強張るのを、香取は見逃さなかった。

 

(迷った)

 

 チャンスだ。

 理性がそう判断する前に、体が動いた。

 三度、グラスホッパーを起動し、香取は再びテナントの中へと突っ込んだ。

 

「なっ……!?」

 

 間抜けな甲田の声と弾丸を置き去りにして、先ほどの旋空で半壊した店内に舞い戻る。射手との撃ち合いを避けて射線を切り、さらに動きが鈍くなった標的へ接近して、徹底的に援護という選択肢を潰す。香取の判断と選択は、極めて合理的だった。

 立ち止まったままの龍神に対し、スコーピオンの二刀を振りかぶる。背後には、分厚い壁。張り付いた『錘』で、龍神の機動は削がれている。物理的回避は、もはや不可能。

 

 

 そして、不可能だからこそ。

 龍神の姿は、その場から忽然とかき消えた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 固唾を飲んで両者の攻防を見守っていた観客席の、空気が変わる。

 

「消えた……!」

「テレポーターだ!」

 

 

 試作オプショントリガー『テレポーター』。扱いの難しいそれを用いて、龍神は香取の追撃を土壇場で回避した。

 ざわり、と。驚愕の声が全体に広がる。

 

 

 ただ一人、

 

 

 

 

「来たな、馬鹿が」

 

 

 

 

 三輪秀次を除いて。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 三輪から強引につけさせられた知識の中で、香取が最も役に立つと思ったのは『他の隊員のトリガーセット』のデータだった。

 如月龍神のトリガーセットは、香取と同じく全てのスロットを埋めたフル装備。弧月とスコーピオンの同時運用だけでも充分過ぎるほどに特徴的だが、もう一点。そのトリガーセットには珍しいポイントがあった。

 龍神は正隊員の攻撃手としては珍しく『テレポーター』を装備している。言葉少なに、要点をぼかして語っていたが、三輪は龍神と戦った際、鉛弾を撃ち込み動きを止めたと思いこんだところを『テレポーター』による瞬間移動でやられたらしい。

 結論から言えば。

 鉛弾によって動きを制限され、追いつめられた龍神が『テレポーター』を使ってくるのは、完全に香取の予想の範囲内であった。

 

(テレポーターの移動先は)

 

 方向も、狙いも。

 

(視線の先、数十メートル!)

 

 全て、読めている。

 約15メートル程度。ぎりぎり『旋空』が届くか、という短距離ワープ。転移する方向を看破した香取は、龍神が消えた瞬間にグラスホッパーを踏みしめ、強引にも程がある切り返しを行った。

 一瞬で消えた龍神を、まるで見えているかのように猛追する機動。僅か数秒のその駆け引きに、誰もが息を飲んだ。

 

 

「…………ふっ」

 

 

 ただ一人、

 

 

 

「やるな」

 

 

 

 如月龍神を、除いて。

 

(どう、して?)

 

 直後、香取の思考に割り込んだのは、驚愕という名の空白だった。

 有り得ない。そんなはずはない。視界に入った、視覚によって得たその情報を理解することを、脳が拒絶する。けれども、それは間違いなく事実だった。

 

 

 

 ――――剥がされた。

 

 

 

 龍神の、右腕。

 そこに在るはずの『錘』が、あまりにもあっさりと。腕から剥がれて、地面へと落下する。腕をただのデッドウェイトに仕立てあげていた『錘』が落ち、龍神の右腕の自由が復活した。

 しまった。そう後悔するには、香取はグラスホッパーを深く踏み込み過ぎていた。

 近接戦において、片腕の有無は勝敗を大きく左右する。腕が落ちていれば、当然ブレードを振るえないそちら側から攻める。それは『攻める側』として、当然の思考だ。

 

 だが、攻守が入れ替わった。

 

 一閃。鋭い踏み込みと共に抜き放たれた光刃が、香取の腹部に突き刺さる。

 

「ぐっ……うぅ!?」

 

 次いで襲い来る弧月の斬撃を、スコーピオンで受ける。刃に亀裂がはしる。数回の打ち合いで使い物にならなくなったブレードをあっさりと捨て、香取は退がった。それはこの試合を開始してからはじめての、明確な『後退』だった。

 しかし、その退路を甲田が塞ぐ。そもそも、身軽に戻った龍神から、そう簡単に逃げ切れるわけがない。

 離脱を諦め、立ち止まった香取はスコーピオンを構える代わりに腹部の傷を抑えながら、口を開いた。

 

「やってくれんじゃん……どういう『カラクリ』よ、それ?」

「カラクリ、か。そんなに大したものじゃない」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「スコーピオンだな」

「スコーピオン、ですか!?」

「ああ。如月は着弾の瞬間にスコーピオンを腕に展開した……いや、纏ったというべきか。ただ腕で『鉛弾』を受けたわけじゃない。腕と『鉛弾』の間にスコーピオンを挟んで、接触を防ぐクッションにした。そして、香取の接近に合わせ、スコーピオンを放棄して『剥がした』というわけだ」

 

 ヒートアップする場内とは真逆に、どこまでも冷えた声で、風間は龍神の『カラクリ』を解説した。

 

「なるほど……『鉛弾』には攻撃力がありません。腕に纏ったスコーピオンでも、とにかくトリオンが物質化した何かを挟めば『鉛弾』は防御できます。しかし、まさかそれを咄嗟の判断でやってのけるとは……」

 

 冷や汗が止まらず、メガネを押し上げる古寺。自分の部隊の隊長がよく使うトリガーだからこそ、衝撃が大きいのか。

 風間は、古寺の発言を一点だけ訂正した。

 

「咄嗟の判断ではないだろう」

「え?」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「違和感があった」

 

 傷ひとつない、健在な右腕を見せびらかすようにスコーピオンを振るって、一言。聞いてもいないのに、龍神は淡々とその『仕掛け』の正体を開示した。

 

「早乙女を落とした時、お前は『追尾弾(ハウンド)』を使わなかった。姿を消す『カメレオン』に対して、最も有効な弾丸であるにも関わらず、だ」

 

 猟犬の名が示す通り、標的を追跡する性質を持つ『追尾弾(ハウンド)』。その性能の本質は、弾丸の『誘導』である。使い勝手が良く、多くの隊員に好まれるこの弾丸には、2種類の誘導方法があり、それが『誘導弾』とも呼ばれる由縁になっている。

 使用者の視線に合わせて誘導がかかる『視線誘導』。そして、探知したトリオンを自動で追う『トリオン探知誘導』。

 姿は隠せてもトリオン反応までは隠せない『カメレオン』に対して、追尾弾は数少ない明確な解答と成り得る。カメレオンを使用した早乙女に対して、通常弾でガラスを砕き、足音を聞くことで居場所を感知する……そんな回りくどい方法を使ったことを聞き、香取のトリガーセットを把握している龍神は当然のように違和感を覚えた。

 

「考えられる可能性は、そう多くない。単純に『追尾弾』を使うのを忘れたか……それとも、今回の戦闘に追尾弾を持ち込んでいないか。この二択だ」

「……前者だとは思わなかったわけ?」

「思わないな。お前が、そんな初歩的なミスをするわけがない」

 

 あまりにも余計な信用だ。

 そりゃどうも、と。香取は誰にも聞こえない小さな声で吐き捨てた。

 

「なぜ、追尾弾を持っていないか? 簡単なことだ。『新しいトリガー』を入れるために、お前はトリガーのスロットを空ける必要があった」

 

 動きを止めた香取に対し、少しずつ詰めよりながら、龍神は言葉を続ける。背後では、抜け目なく甲田も配置についていた。

 やはり、逃げられない。

 

 

「早乙女の話を聞いた時点で、確信した。お前は必ず『新しいトリガー』を使ってくる。だから、それを常に頭の片隅に置いて、意識して立ち回った」

 

 

 ぎり、と。香取は音が聞こえそうなほどに、強く歯を噛み締めた。

 それだけで。

 たったそれだけで、コイツは『鉛弾(レッドバレット)』に対応したのか?

 

スコーピオンの手甲(これ)は、元々三輪の鉛弾への対抗策として考えていたものだ。以前、鉛弾(それ)には散々世話になったからな……対策を講じるのは当然だろう?」

 

 驕りも慢心もない。嫌味なほど涼しい顔で、龍神は言う。

 

「…………」

 

 やっぱりか、と。香取は思った。

 

 今さら、努力を重ねたところで。

 

 結局、自分が成長したからといって、相手に追いつけるわけではない。相手も自分と同じように努力していれば、その差は中々縮まらない。届かないし、追いつけない。追いつきたい相手が、自分よりずっと前から努力を重ねてきたのなら、なおさらだ。

 香取葉子は知っている。認めたくなくても、如月龍神には『積み重ねてきた厚み』があることを。

 

「おそらく、三輪から習ったのだろうが……悪いな」

 

 龍神の弧月が光る。甲田の傍らに、トリオンキューブが浮かぶ。

 ふっと、心の底から息が漏れた。こればかりは、もう仕方がないと、諦めがつく。認めてしまう。

 

 結局、アタシは――――

 

 

 

「俺を、付け焼き刃で倒せると思うな」

 

 

 

 ――――自分だけでは、勝てないのだ。

 

「っ……隊長!」

「……む」

 

 空間を、旋空弧月が走り抜けた。

 それは『龍神の旋空弧月』ではない。香取を援護する『旋空弧月』だ。

 死角から唐突に放たれた斬撃を飛びのいてかわし、それでも甲田は待機させていた弾丸を全て香取に向けて撃ち放った。が、それらの弾丸は全てシールドに阻まれる。

 香取のシールド、だけではない。何重にも展開されたそれは、駆けつけたチームメイトが香取を守るために広げたものだった。

 

「お待たせ、ヨーコちゃん。大丈夫?」

「お前、作戦聞いてなかったのかよ? やられかけてるじゃねぇか。ったく……!」

 

 片方は、へらへらと。

 もう片方は、毒を吐きながら。

 三浦雄太と若村麓郎が、バッグワームを解除して並び立つ。

 

「……ちょっと遅くない?」

「あぁん? お前が思ってたより粘れなかっただけだろうが!」

「まあまあ、とりあえず合流できたんだし、喧嘩しなくても……」

 

 香取が文句を言い、若村が反論し、三浦が間に入って宥める。いつも通りのやりとり。けれど、その『いつも通り』に、ヒートアップしていた感情がクールダウンしていくのを、香取は自覚した。

 

「隊長……あっち、揃っちゃいましたよ」

「マップの選択権はあちらだからな。仕方あるまい」

 

 言いながら、龍神が孤月を構え直す。3対2。人数では逆転した。しかし、対峙する龍神の表情には、まだ余裕があった。

 それは例えるなら……『自分達が主役だと確信している』ような。そんな表情だ。努力に裏打ちされた自信に満ち、その努力と自信を成果として発揮することを信じて疑わない。事実、成果として発揮してきた。『主人公』みたいなやつ。

 

 

 

 大嫌いだ。

 

 

 

「……如月っ!」

 

 

 だから、香取葉子は叫ぶ。

 大嫌いでも、憧れて。憧れても、認めたくなくて。ないまぜになった感情の中で、たった一つ。それでも、取り出せる事実があった。

 胸を張り、声を大にして、宣言する。

 

 

 

「ぶッ潰してやる……!」

 

 

 

 主役は、一人でいい。

 

 

 

 

「……おもしろい。受けてたとう」

 

 

 一人でダメなら、チーム全員で。

 あの、不敵な笑みを引き剥がす。




ちなみに観客席で「来たな、馬鹿が」とかドヤ顔決めてた三輪はカトリーヌ以上に歯をギシギシさせて猛烈に悔しがってます

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