厨二なボーダー隊員   作:龍流

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シルバー・バレット

 香取隊と対峙する龍神の指示は簡潔だった。

 

「甲田、援護しろ。香取は俺が獲る」

「りょーかいっす」

 

 その言葉には、自分なら問題なく香取葉子を倒せる……という自信が多分に含まれており。トリオン体の内部通話ではなく、香取達に聞こえる声でそれを言ったことが、龍神の意図を明らかに示していた。

 

 

 挑発。

 

 

「(のるなよ、ヨーコ)」

 

 短機関銃に近い形状の銃型トリガーを油断なく構える若村は、すぐに釘を刺した。

 

「(人数じゃこっちが勝ってんだ。手堅くいくぞ)」

「(……わかってるわよ。言われるまでもないっての。それより、えらそうに指図しないでくれる?)」

「(なんだと?)」

「(まあまあ、2人とも)」

 

 若村の言葉に反駁しながら、香取はダミーとして装備していた左腰のホルスターをかき消した。見た目だけでも誤魔化すために一応装備していたものだが、トリガー構成を見破られた今となっては、もう意味がない。

 香取と龍神の視線が交差する。交わす言葉はない。奇妙なほど静かな、一瞬の間。

 

「…………旋空」

 

 先に動いたのは、龍神だった。

 

 

「七式・浦菊」

 

 

 横薙ぎ。大振りの一閃。香取は上に、若村と三浦は身を屈めることで唸るブレードをかわす。跳び上がった香取は、そのままグラスホッパーを起動し、叫んだ。

 

「麓郎!」

「ああ!」

 

 連射性能では射手のそれを大きく上回る、若村の銃撃が龍神に突き刺さる。前面に広げたシールド。そこに通常弾を合わせても、精々シールドを端から削るだけだが、香取にはシールドを貫く『鉛弾(レッドバレット)』がある。故に、グラスホッパーによる突撃、接近、照準。鉛弾(レッドバレット)を効率よく叩きこむために、三輪から吸収した一連の動作を、香取は初の実戦で簡単にこなしてみせた。

 援護射撃でシールドを展開させ、その上から防御無効の鉛弾で叩く。急ごしらえとは思えないその連携に、ほう、と。龍神は感嘆の声を漏らした。

 

「甲田」

 

 漏らすだけの、余裕があった。

 接近する香取を横合いから刺したのは、速度重視の通常弾。甲田が放ったそれを香取もまたシールドで受けたが、先ほどの焼き回しのような一連の攻防に、表情が大きく歪む。

 

「鬱陶しい……」

「どうも」

 

 涼しい顔でそう返してくるあたり、部下までうざったらしくなっている。香取は唾を吐きかけたくなった。

 

「楯を貫く漆黒の弾丸。たしかに脅威だ」

 

 接近してきた香取に対し、援護の射線を被せるように。龍神はぐっと体を寄せる。

 

「が、両攻撃(フルアタック)でなければ、こわくないな」

「っ……!」

 

 タンッ、と。爪先が地面を踏みしめる音が同時に鳴った。

 龍神は踏み込んで弧月を振るうため。香取は空中に身を躍らせるため。斜めに振り下ろされた袈裟斬りを、香取は跳びながら身をよじって避け、上下反転。龍神のガラ空きの首筋に、スコーピオンを叩き込んだ。が、その狙いを完璧に読んでいたのか。後ろ手に回されたスコーピオンが、光刃の斬撃を阻む。

 空中。踏ん張りの効かない鍔迫り合いに、香取は付き合わない。即座に身を引いて離脱。若村の射線を通すために、間合いを離して、

 

 

「逃がさん」

 

 

 離れることが、できない。

 先ほどまでとは、逆。離れようとする香取に、龍神はぴったりと追い縋った。龍神を狙おうと照準した若村の指が、引き金を引く前に止まる。

 俺の獲物だ。逃がすものか、と。弧月とスコーピオンの二刀が、雄弁に物語る。

 

「ちっ……狙えねぇ!」

 

 若村の援護は射線が通らない。

 通信回線が開き、香取隊のブレインである、華の指示がとぶ。

 

『麓郎くんは、甲田くんを抑えて。雄太、お願い』

「うん!」

 

 中距離援護がだめならば、と。攻撃手の三浦が踏み込むのは当然だった。

 香取を狙う龍神の弧月を、割って入った三浦の弧月が受け止める。三浦は両手で、龍神は片手で弧月を振るう。膂力の差は歴然であり、その一瞬。絶え間なく続いていた龍神の連撃が止まった。

 

「ヨーコちゃん!」

「そのまま」

 

 張り付いてくるなら、望むところ。近接連携で仕留めるだけだ。

 三度目の正直。龍神の背後から、香取はスコーピオンで斬りかかった。一振りは、やはりスコーピオンで止められる。しかし、弧月は三浦が止めている。もう一振りを防ぐ手段は、龍神にはない。

 

 そんなことは、単身で近接を仕掛けた本人が最もよくわかっている。

 

 くん、と。身を引くと同時。龍神は左手の弧月を手離した。

 

「っ!?」

 

 がくん、と。大きく力をかけていた三浦の体勢が揺らぎ、龍神の左手が物理的に空く。

 そのまま身をよじり、振り返り、一閃……ではなく、一撃。

 

「あ、ぐっ……!?」

 

 二の太刀のスコーピオンが届く前に。龍神の右ストレートが、香取の顔面を捉えた。

 トリオンを伴わない攻撃に、ダメージはない。されど、強化された身体能力から打ち込まれる拳は、軽い香取の身体をいとも簡単に打ち崩した。

 普通なら考えもつかない、たとえ思いついても絶対に行わない、奇抜な反撃。それもまた、如月龍神の『強み』である。

 

「このっ!」

 

 らしくない言葉を吐き捨てながら、三浦が弧月を振るう。だが、当たらない。身を沈み込ませて斬撃をあしらった龍神は、地面に落ちる寸前の弧月を今度は右手ですくいあげた。

 逆手に掴んだそれを無造作に、背後へと。

 漆黒の刃が、三浦の腹に突き刺さる。急所ではない。しかし、貫通した刃の隙間から、うっすらとトリオンの煙が漏れ出た。

 

 

 雄太が、獲られる。

 

 

 冗談ではない。させてなるものか。龍神が三浦の腹を裂き斬るのは、なんとしてでも止める。

 組み付くような勢いで龍神に斬りかかった香取は、しかし気がついた。龍神が、スコーピオンを出していないことに。

 

 

 弧月は、主トリガー。副トリガーが、空いている。

 

 

 色濃い笑みと、突き刺した弧月を三浦の腹に残して。龍神の姿がその場から一瞬で消え失せる。香取と三浦だけをその場に残して、射線が通る。

 

「ナイスです、隊長」

 

 完璧なタイミングで、甲田の放った弾丸が2人を襲った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ここで、またしても『テレポーター』です! 香取隊長と三浦隊員に、アステロイドが突き刺さる!」

 

 ギリギリのタイミングで、三浦のシールドが間に合っていた。自分よりも香取を守るために展開されたシールドは、甲田の通常弾をよく捌いていたが、それでも全て受けきることはできなかった。

 

「三浦隊員! 自分よりも香取隊長を守ることを優先したか? シールドがなんとか間に合い、香取隊長は無事! ですが、三浦隊員が数発被弾しています!」

「腹と脚に数発浴びているな。致命傷ではないが、機動力を確実に削っている。悪くない狙いだ」

 

 もっとも甲田はここで香取を落としたかっただろうが……最低限は香取隊を削ったな、と。風間は一瞬の攻防を簡潔にそうまとめた。

 甲田の側に移動した龍神も、落とせなかったことに落胆の表情はなく。落ち着いた様子で弧月を再生成している。

 

「人数では負けていますが、如月隊長、縦横無尽! 弧月とスコーピオンを織り交ぜ、近接戦で香取隊を攪乱しています」

「如月隊長は、香取隊の狙いを理解した上で立ち回っていますね。旋空を打ったあと、若村隊員の射線に香取隊長が入るように張りついている。射程と人数の不利をよく理解した動きです」

 

 古寺の解説に、桜子はふむふむと頷いた。

 

「香取隊長は一騎打ちで如月隊長と渡り合っていました。そこに全員が揃えば、如月隊長を落とせると思うのですが……」

「そうだな。如月と正面から斬りあって生き残れる隊員は、そう多くない。マスタークラス未満の攻撃手なら、ここまでの攻防で三回は死んでいるだろう」

 

 龍神と香取に対する風間の評価は率直だった。しかし、観客席から疑問の声は聞こえてこない。事実、龍神が前回のラウンドでNo.4攻撃手を打ち破っていることに加え、香取も現在進行形でその龍神と真正面から激突しているからだ。2人の実力を疑う者は、この会場にはいなかった。

 だからこそ、人数では負けている如月隊が優位に立っていることに疑問が浮かぶ。

 

「香取隊が如月を攻めきれていないのは、香取隊の連携の密度が甘いからだ。というよりも、如月が香取隊にやりたい連携をやらせていないと言った方が正しい。この状況を生んでいるのは、如月と香取の意識の差だ」

「意識の差、ですか?」

 

 オウム返しに、桜子が聞き返す。

 

「そもそも、如月と香取の戦闘スタイルは比較的似通っている」

 

 攻撃手と万能手という違いはあれど、両者ともに機動戦用のグラスホッパー持ちであることに加え、空中戦も難なくこなす。トリガーの切り替えも素早く、単独での得点能力も高い。

 2人の共通点をつらつらと並べ立て、その上で風間は「だが」と言葉を繋げた。

 

「たとえ戦闘スタイルが似通っていても、それを『どう使うか』で戦況は大きく変わってくる。味方と連携するなら、尚更だ」

「スタイルを使う?」

 

 独特な風間の言い回しに、桜子は首を傾げるばかり。頭の上に疑問符が浮かぶ。苦笑した古寺が、風間から解説を引き取る形で手を挙げた。

 

「風間さん。補足して構いませんか?」

「ああ、助かる」

「ありがとうございます。では、香取隊長の戦闘スタイルを整理しましょうか」

 

 モニターの中では、苦々しい表情の香取が三浦の腹から弧月を引き抜いている。少なくない量のトリオンが血のように漏れ出ているが、すぐに緊急脱出するほどではない。また距離を取っての睨み合いが続く。しばらく戦況は動かないだろう。

 焦らず、古寺はゆっくりと解説を始めた。

 

「香取隊長の強みは、素早い身のこなしとトリガーのスピーディな使い分け。特に、接近戦ならスコーピオンを、中距離なら拳銃を……それぞれマスタークラスで習熟している武器を、相手に対して両攻撃(フルアタック)で押しつけていけるのが、最も強い点です。今回は、拳銃を一丁のみにして『鉛弾(レッドバレット)』を持ち込んでいるようですが……」

「『鉛弾(レッドバレット)』を採用した香取は、中距離の両攻撃という選択肢を捨てて、近距離での選択肢を増やした。どちらかといえば、香取はブレードでの得点率の方が高い。しかも、今回のステージを見るに、香取隊の狙いは最初から屋内戦だ。近接に寄ったトリガー構成の見直しは、作戦に合わせてよく練られていると言えるだろう」

「だったら……」

 

 香取隊が有利になるはずでは?と。至極当然の疑問を桜子が言う前に、古寺は応えた。

 

「でも、如月隊長はそれに対応しました」

「……それは、あの『スコーピオンの手甲』で『鉛弾(レッドバレット)』に対応した、という意味ですか?」

「厳密に言えば、少し違う。如月は最も有効に働くはずの『鉛弾(レッドバレット)』の初弾を捌くことで、香取に対して、明確な圧力(プレッシャー)を植え付けた」

「ええ。『鉛弾(レッドバレット)』に対応されるかもしれない、という意識ですね」

 

 そこでようやく、古寺は風間の言わんとする『スタイルの使い方』について、明確な解答を示した。

 

 

 

 

 

「如月隊長は、香取隊長が『鉛弾(レッドバレット)』を使ってから、常に()()()()()()います。自分からは攻撃を仕掛けていません」

 

「あ……」

 

 たしかに、と。桜子はようやく納得がいった。

 旋空、スコーピオン、グラスホッパー、テレポーター。普段はメインとサブの様々なトリガーを組み合わせ、自分から攻めかかっているはずの龍神が、今回に限っては受けに回っている。

 そして、自分から受けに回ることで、状況を有利にコントロールしていた。

 

「『攻撃手の片手が空いていたら、仕掛けを警戒するべき』。基本中の基本とも言えることだ」

「そして、その基本中の基本とも言える意識のせいで、香取隊長は攻めあぐねています。先ほどはまさしく、テレポーターがうまく刺さりましたからね」

「瞬間のトリガーの切り替えと組み合わせ。距離に応じた攻撃の選択。如月と香取の強みは似通っているが、香取はその強みを活かそうとして、前がかりになりすぎている。接近して『鉛弾(レッドバレット)』を当てようとすれば、射線が被って援護が機能せず。近接連携で仕留めようとすれば、うまくあしらわれて固まったところを射撃に狙われる。悪循環だな」

「しかも、如月隊長は普段多用しているグラスホッパーの使用を、意図的に抑えています。そのおかげで、甲田隊員が攻撃と連携を合わせやすくなっているようです」

「な、なるほど……!」

 

 人数の不利を覆す龍神の立ち回りに、桜子は感心した。何も考えていないようで、あの厨二の先輩は頭がよく回るのだ。

 

「では……このままいけば、如月隊が有利、と?」

「それはどうだろうな」

 

 腕を組み、風間はじっとモニターを見据えた。

 ダメージを受けた香取隊が中層階から吹き抜けを使って飛び降りる形で移動し、龍神と甲田もそれを追う。戦闘の舞台は、吹き抜けの中央。1階のエントランスに移行した。

 

「……まずい位置だな」

「ええ、まずい位置ですね。そろそろ、配置につくでしょうし」

 

 何のことです?と桜子が問う前に。

 戦況が動いた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「(江渡上、丙はどうだ?)」

『もうショッピングモールの中に入ったわ。数分もあれば合流できる』

「(よし)」

 

 対峙する香取に気づかれぬように、龍神は心の中で頷いた。いきなり早乙女を落とされ、出鼻を挫かれたが状況はそう悪くない。早乙女の脱落は、決して無駄ではなかった。龍神が香取の鉛弾(レッドバレット)に対応できたのは、追尾弾を持っていない、という事前情報があったからである。それがなければ、落とされていたのは早乙女ではなく龍神だったかもしれない。

 中層階から香取隊を追う形で、龍神達は1階に降りてきた。3人まとまっていると中々殺しきれないが、三浦の足は削ってある。このまま離脱を許す気はないし、足が削れた三浦を見捨てて、離脱する気は香取達にもないだろう。

 残る懸念は、未だに影も形もない王子隊と影浦隊だ。横槍が入る前に、こちらも1点取り返しておきたい。

 

「(……甲田)」

「(わかってます、隊長)」

 

 口では、香取は俺が獲る、と言ったが。

 べつに、龍神が香取を獲らなければならない理由はないし、必ずしも香取を狙わなければならない理由もない。

 得点は変わらない。誰でも1点。まずは、落としやすい敵から、だ。

 開けた中央エントランス。龍神としては『旋空』を振りやすいこの間合いの方が有り難い。若村と香取の放つ通常弾を甲田のシールドに任せ、旋空弧月を打ち放つ。舌打ちと共に、香取が再びの接近。それを迎撃、

 

「参式」

 

 するためでは、なく。

 香取の背後を、龍神は剣先で狙い撃つ。

 

「姫萩」

 

 左手一本。自分狙いか、と身構える香取の真横を刃閃が駆け抜け、若村のシールドを打ち砕いた。

 

「ぐっ……!?」

 

 シールドを砕いた。しかし、砕いただけである。獲るには、もう一手足りない。だから、残りの一手。詰めは委ねた。

 通常弾のキューブをその場に残し、甲田が上に跳ねる。グラスホッパー。置き弾を配置し、鋭角の機動で死角を取る、加古望直伝の動きだ。追尾弾の両攻撃(フルアタック)が、満を持して牙を剥く。

 

 

(落とせる)

 

 

 龍神は確信した。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「エントランスの中央は、絵馬の射程内だ」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 そして、甲田の頭部が、撃ち貫かれて爆ぜた。

 

「……っ!?」

「狙撃ッ……!?」

 

 ショッピングモールの中。強引な壁抜きや床抜きでなければ、射線が通るわけがない。そんな油断を嘲笑うかのように降り注いだそれは、()()()()()()()だった。

 

 屋上。ガラス張りの、吹き抜けの上。

 

「まずは、1点」

 

 透明な足元から丸見えの標的に向けて。

 絵馬ユズルは、アイビスの第二射を放つ。




・モール内に初期転送されたのは4人
・モールに最も近かったのは香取。
・早乙女(1)と甲田(2)が初期転送組。
・王子からモールを出るように指示を受ける樫尾(3)。

と、めんどくさい叙述トリックみたいなことしてユズルの存在を隠していたわけですが、まぁ、こういうことができるのも小説のおもしろさかなって思うのです。

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