厨二なボーダー隊員   作:龍流

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大変お待たせしました。
更新サボってる間に何かすごい重大発表がありました。



【祝!ワートリ新シーズンアニメ決定!!】



いやっふうううぅぅぅぅ!!!
生きててよかったぁぁぁぁぁああ!!
ありがとうワールドトリガー!ありがとう葦原先生!!弓場ちゃんの「帯島ァ!」が聞けるぜ!カトリーヌが喋って動くぜカトリーヌ!!

もぎゃぁぁああああああ!!(歓喜)

ふぅ……カトリーヌの声は佐倉綾音さんとか安済知佳さんとかどうでしょう(気が早い)


カメレオン・ミラージュ

 おもしろい隊員が入ってきたという、その噂を耳にしたのはいつだったか。

 米屋や荒船、影浦など、正隊員の中でも上位に入る攻撃手達と、個人戦を繰り返しているルーキーがいる、と。顔ぶれの豪華さから、尾ひれがついた話だと最初は疑っていたが、当人達に確認すれば、それは紛れもない事実であり。

 そして、王子一彰が直接確認しに行くよりも早く、彼の尊敬する『一騎打ち(タイマン)』好きな『元隊長』が、そのルーキーを味見しに行くのは当然だった。

 

「おもしれェヤツだったぜ」

 

 弓場琢磨は言った。

 

「センスがある。度胸もいい。性格にはちと難があるかもしれねェが、やりあったあとには、自分からきちんと挨拶しにきやがった。なかなかシャッキリしてやがる」

 

 ただ、と彼は言葉を繋げて、

 

「一番気に入って、一番気に入らなかったのは……『目』だな」

 

 気にいった。しかし、気に入らなかった。

 矛盾する物言いだと思ったが、王子と違って彼はどちらかと言えば感覚を重視することもあった。勘が鋭い、と言ってもいい。

 

「何かを決めたら、貫き通す。覚悟を決めたら曲がらねェ……いや、曲がり方を知らねェ目だった」

 

 王子一彰は実感する。

 

(弓場さんの勘は……ほんとによく当たるよね)

 

 追い詰めたと思っていた。

 限界だと決めつけていた。

 否、決して侮っていたわけではない。荒船の奇襲を捌ききる対応力。村上を新たなトリガーの組み合わせで打ち破る発想力。その実力を王子は深く理解し、高く評価し、だからこそ、こうして万全のシチュエーションで倒す準備を整えてきた。

 

「旋空、参式」

 

 しかし、これは、

 

「姫萩」

 

 なかなかどうして、想定外だ

 一息に。踏み込みを伴って突き出された弧月の切っ先が、シールドを貫いて砕く。事前に動きと攻撃の癖を入念に入れていなければ、既に3回は死んでいただろう。

 

「(ログで見たよりも鋭いな)」

 

 内部通話で、蔵内が漏らす。

 

「(というよりも、実際に鋭くなっているのかもね)」

 

 追い詰めた時の方が、彼はこわい。そう評したのは犬飼だったか。

 王子達が逃げる龍神の背を追いかける構図は、さながら獲物を追う狩りのようだったが……仕留めきれない。チェックメイトを宣言したことを後悔したくなるな、と王子は内心で自嘲した。鬼はこちらだというのに、思い出したように繰り出される反撃には明確な殺気が宿っていて、欠片の油断も許されない。

 

(ん……ここは)

 

 吹き抜けのある中央ほどではないが、少し開けたエリアに出た。

 広い場所で、挟まれて撃たれることを嫌ったのだろう。それまで逃走の一手を取っていた背中が、ブレーキでもかけたように止まった。コートの裾を翻し、すかさず接近。黒い刀身が、無造作に振り下ろされる。重い一閃を受け止めながら、王子はそれでも薄い笑みだけは崩さぬように努めた。

 鬼ごっこがひと段落したところで、口を開く。

 

「また腕をあげたね、たっつー。嬉しいよ」

「なら、大人しく獲られてくれ」

「それはできないな」

 

 会話を振ることで、相手の注意を削ごう……という意図は同じだったのか。返答を待たずに振るわれたスコーピオンに、王子もスコーピオンで応じる。片手で保持した弧月は切り結び、抑えつけ合いながら、出し入れ自由のスコーピオンを用いて、張り付くように密着した状態で刃を交え、互いの身を削り合う。

 援護には、角度と距離が必要だ。角度がなければ射線が通らず、距離がなければ味方を巻き込んでしまう。龍神と王子の、横合い。追尾弾をばらまきながら走り抜けるように回り込んだ蔵内が、右手の照準を龍神に向けた。まるで糸のように数珠繋ぎになった追尾弾が、順次起動。獲物へ牙を突きたてんと、一斉に吠え猛る。

 同時に剣戟の圧力を一瞬強め、王子は即座に身を引いた。追いすがろうとする龍神だったが、その鼻先を速度重視に調律された通常弾が掠め、動きを止められる。

 

「ナイスだ。蔵内」

 

 走れる射手である蔵内の強みを活かした、角度をつけた『置き追尾弾』による一人時間差。そして、距離を取る離脱する王子への適確な援護。シールドを張って堪えることはできるだろう。しかし、2人に挟まれてしまった以上、足を止めることはそのまま削り殺されることを意味する。そして、龍神が退避できる方向は限られていた。

 

(横合いから追尾弾の集弾。距離を取られて、ぼくと蔵内に挟まれるのをたっつーは嫌うはず)

 

 故に、次の一手は、

 

「天舞」

 

 グラスホッパーによる、縦起動の回避。

 

(読み通りだね)

 

 捉えた。

 

 真上へと跳躍した龍神を迎え入れるように。蔵内の動きに合わせ、後ろ手に放っておいた王子の追尾弾が曲射弾道で襲いかかる。龍神のグラスホッパーを読んだ上での、視線誘導弾。その狙いとタイミングは正しく完璧だった。

 が、龍神は頭から喰い破ろうとする猟犬の群れに、目もくれなかった。向ける必要が、なかったからだ。

 

「……へぇ」

 

 直上。龍神の跳躍方向に展開されたシールドによって、追尾弾が止められる。

 

(グラスホッパーで跳ぶ前に……あらかじめシールドを! やるね)

 

 王子は目を見開いた。

 シールドの展開可能距離は約25メートル。ある程度、自分から離れた場所に広げることができる以上……『グラスホッパーで回避機動をする方向に、前もってシールドを張る』ことは、たしかに可能だろう。

 だが、咄嗟の判断にしては、あまりにも機転が効きすぎている。この場所に出た時点で、王子が龍神の動きを読んで、この『殺し方』を組み立てたように。龍神も王子の思考を読み取り、この『対応』を瞬時に組み立てた。そういうことか。

 体を浮かせた状態、空中からの『旋空』を龍神は難なくこなす。しかし、極限に集中した瞳はこちらを見ていない。

 

「蔵内! そっちだ!」

「……地縛」

 

 地面ごと抉り抜く、一閃。

 蔵内の右肩が、一撃で舐めとるように破断される。壊れた水道管の如く、トリオンのシャワーが噴き出した。

 

「ちっ……」

 

 仕留められる。そう思ったが故の、油断。ほんの僅かな逆転の糸口を、如月龍神は決して見逃さない。

 

「まだ、浅いか」

 

 着地しつつそう嘯く口を黙らせるべく、王子は追尾弾を撒きながら前へ出る。蔵内は射手だ。腕や脚を落とされても、戦闘にそこまでの支障はない。が、手痛いダメージであることは間違いなく、失ったトリオンは大きい。

 

「すまん。避けきれなかった」

「いや、今のはぼくも迂闊だったよ」

 

 手負いの獣には気をつけろ、という言葉の意味を王子は深く実感した。しかも悪いことに、目の前の獣はチームとしては満身創痍の重傷だが、本人はほぼ無傷ときている。

 

「やっぱりすごいね。たっつー」

 

 とはいえ、

 

「でも……足を止めてくれて、ありがとう」

「……っ」

 

 これはこれで、悪くない展開だ。

 蔵内の腕一本。決して安い代償ではないが、餌がなければ獲物は釣れない。

 

 そう。

 

 

 ――――獣は、もう一匹いる。

 

 

 側面に広がるテナントが、派手に爆破された。龍神の表情がまたあからさまに歪み、王子は自分の表情が緩くほぐれるのを自覚した。

 

「やあ、待ちかねたよ」

「さっきは尻尾巻いて逃げたくせに、今度は待ってやがったのか?」

 

 崩れた壁面から、殺意と苛立ちの乗った声が顔を出す。

 狩人の武器は、剣や弓だけではない。凶暴で獰猛な相手を正攻法で仕留めきれないなら、別の方法を考えればいい。

 

 

 例えば……獣同士で喰い合わせる、とか。

 

 

「だが……龍神を足止めしたことは褒めてやるぜ」

 

 一切の躊躇なく、

 

「さあ、続きだ」

 

 影浦雅人が、求めた獲物に野獣の如く躍りかかる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「如月が完全に捕まったな」

 

 戦況を冷静に見降ろしながら、風間蒼也は冷たく言い切った。

 

「そうですね。王子隊と影浦隊。両チームに捕捉された以上、如月隊長の離脱はほぼ不可能になったと言っていいでしょう」

「なるほど……しかし、如月隊長は鋭い反撃で蔵内隊員にダメージを与えています。手負いの蔵内隊員に狙いが集まるかもしれませんし、誰かを落とせばここを突破できるのでは?」

「無理だな」

 

 桜子の意見を、風間はあっさり切って捨てた。

 

「他のチームであれば、今後の展開や戦況のバランスを考えて王子隊に狙いを変えたかもしれないが……エースを軸に、北添と絵馬がサポート。好き勝手に暴れ回らせるのが影浦隊のスタイルだ。影浦が一貫して如月狙いである以上、それは揺るがない」

「王子隊長も、そういった影浦隊の特色を理解した上で、包囲を敷いている節がありますからね」

「で、ですが……丙隊員が合流すれば、立て直しも図れるのでは?」

 

 桜子の言う通り、龍神達が交戦しているポイントに、バッグワームを展開した丙が近づきつつある。このままいけば、1分も経たずに合流できるほどの距離だ。

 

 だが、風間の意見はあくまでも否定的だった。

 

「この状況に丙を放り込んで何になる? 甲田や早乙女が生きていれば、撃ち合いが選択肢に加わっただろう。だが、あいつは防御寄りの攻撃手。しかも、これまでの記録では旋空も使っていない。エスクードで多少は粘れるだろうが、射撃の的を増やすだけだ」

 

 辛辣だが、正確な分析である。

 

「如月隊の強みは、4人編成の前、中衛の層の厚さ。そして、頭数の多さを活かしたフレキシブルな運用にあります。ROUND2の高低差を使った両防御のような奇抜な戦術はもちろん、ROUND3では早乙女隊員を単独で動かして、雨取隊員を獲っています。これは、如月隊長本人の戦術観だけでなく、オペレーターの江渡上さんによる適確な指示が大きいでしょう」

「が、読み合いでは王子が一枚も二枚も上手だ。出鼻を香取隊にくじかれ、その後の展開も全て王子に読まれて掌の上。チームの強みを活かせていないのだから、この状況も当然といえる」

「はい。これは東さんからの受け売りですが……『戦術で勝負するときは、敵の戦術レベルを計算に入れる』。如月隊は、その意識が甘かったと言えるでしょう」

「……なるほど」

 

 風間と古寺の解説を聞きながら。桜子は釈然としない気持ちだった。実況席に座る者として一つのチームに肩入れしてはいけないのはわかっている。けれど、まるで龍神の敗北が決まったような風間と古寺の解説に、桜子は堪らず反論したくなった。

 武富桜子は、べつに如月龍神が好きなわけではない。いつも格好つけているし、態度は偉そうだし、ランク戦の音声データを聞き逃したら「たのもぅ!」と太刀川と一緒に押し入ってくるし、黒トリガー争奪戦の時は、オペレーターまで頼んできた。まったく、いい迷惑である。

 でも、差し入れはこまめだし、実況データの整理は手伝ってくれるし、海老名隊の訓練には付き合ってくれるし、桜子が考案したランク戦実況のシステムを「素晴らしい! 素晴らしいな! 実況者がいれば、俺の活躍がより多くの隊員に派手に伝わる……ふっ。最高だ」と、褒めてくれたりもしたわけで。

 

 なんだかんだ、武富桜子は如月龍神のことが嫌いなわけではないのだ。

 

(まったく……なぁにやってるんですか……龍神先輩)

 

 だから、

 

(絶体絶命のピンチ……でも、それを切りぬけるのが、先輩でしょう)

 

 B級に所属する隊員の多くが知らない……今は隣に座る風間との激闘を、思い返しながら、

 

(わたしに……実況させてください。先輩の大逆転を)

 

 実況席の主は、呟きを胸の内に秘め、その時を静かに待つ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 乱戦だ。

 自分以外は、全て敵。注意を削がれる。目の前の相手に集中できない、常に思考の何割かを、目の前の相手とは違う敵に割かなければならない。

 トリオン体で息が切れることはない。しかし龍神は、息が切れるような思いだった。

 

 影浦は違う。

 

 王子の横槍を、蔵内の射撃を。全て目に見えているように避けながら、龍神に鋭い斬撃を打ち込み続ける。事実、見えないが見えている。影浦には、王子と蔵内の狙いが手に取るようにわかるはずだ。『感情受信体質』。影浦雅人のサイドエフェクトは、こうした乱戦で最も威力を発揮する。

 個人戦ばかり繰り返してきた龍神が、改めて実感する影浦の強みだった。

 

「くっ……」

「オイ、どうした龍神!? もうバテたか!? がっかりさせんなよ……こっからだろうが!」

 

 王子、蔵内、北添。さらに、まだ撃ってきていないユズル。確実に完成しつつある包囲網と、目に見えてわかるようになってきた龍神の疲弊に、王子は内心でほくそ笑む。

 

(いい感じに削れてきたね……もう一押しかな)

 

 乱戦で不利なのは『内側』である。

 どんな達人でも、自身の周囲全てを警戒することは難しい。それが唯一できるのが、龍神と共に『内側』に喜々として飛び込み、斬り合っている影浦だ。

 先ほどの王子と蔵内による包囲など、まだ序の口。包囲を一切気にしない相手と、包囲の中で全力で切り結ぶ。龍神の負担は、もはや数分前の攻防の比ではない。援軍として期待できるのは、丙のみ。

 

(そろそろヘイホーが来てもいいはずだけど……何の動きもないってことは、ここに投入しても無駄だって判断したのかな?)

 

 風間や古寺と同様の思考で、丙がここに援軍としてやってくるリスク、その可能性を視野に入れながら、王子はちらりとレーダーに目をやる。新しい反応はない。

 龍神は、取り囲まれながらも最初と同じ方向への離脱を狙う姿勢。モールの外に出て仕切り直したいようだ。あるいは、出た先に丙を待たせているのか。とはいえ、どちらにせよ外に出してやる気はない。

 

 で、あれば。残りの不確定要素は……

 

「ん、来たね」

 

 龍神が離脱を狙っている方向。ちょうど、逃走経路から回り込むような形で。逃げ道を塞ぐために、下から上がってきたのだろう。

 

「……なるほど。こういう感じね」

 

 香取、若村、三浦。香取隊のメンバーが、王子の組み立てた包囲網に参戦する。

 挨拶代わりといわんばかりに接近し、香取が振るってきたスコーピオンを王子は弧月で押し留めた。

 

「やあ、カトリーヌ。待ちわびたよ」

「べつにアンタのために来たわけじゃないけど……」

 

 あっさりと身を引きながら、

 

「ま、あのバカを潰せるなら協力してあげるわ」

 

 そのまま追いすがるようなことはせず、香取は離脱。若村と三浦も散開し、龍神を完全に囲い込む動きを取る。

 ありがとう、カトリーヌ、と。王子は口には出さずに呟いた。

 

「(蔵内。香取隊が来たよ。あっちも狙いはたっつーだけど、横からやられないように注意するんだ)」

「(ああ。心得ている)」

 

 王子、蔵内による追尾弾。

 北添の高火力による射撃と、張りついて刻んでくる影浦。

 さらに、香取、若村、三浦が外側を固める。

 総勢、7名による完全包囲。

 龍神のトリオン量は平均をやや上回るが、数値にすれば『7』。二宮や出水のように、シールドの強度に明らかな差が生まれる数値ではない。張ったそばからシールドは砕け、影浦のスコーピオンによる裂傷が、徐々に深いものになっていく。

 もはや、逃れる術はない。

 

 今度こそ……チェックメイトだ。

 

「っ……天舞!」

 

 苦し紛れに、斜めへの跳躍。天井ギリギリまで、龍神は跳んだ。

 しかし、それは悪手だ。グラスホッパーを持たない影浦から逃れることはできても、射程持ちには意味がない。背後で待ち構えるのは、北添の突撃銃と王子の追尾弾。正面には、両攻撃の態勢を整えた蔵内。

 

 獲った。

 

 影浦が、北添が、王子が、蔵内が、確信する。

 しかし、香取葉子は、見た。

 

 いけ好かない馬鹿の口角が、三日月を描くように釣り上がるのを。

 

 シールドでは挟み込む射撃を防御しきれない。グラスホッパーの連続展開による回避は間に合わない。

 ならば、如月龍神が信じるものは、唯一つ。

 

「今だ」

 

 仲間である。

 瞬間、空中で無防備な龍神を守ったのは、シールドではなく一枚の分厚い壁。天井から出現した『エスクード』だった。

 

「エスクードっ……!?」

「マジぃ!?」

 

 王子と北添の驚愕が、重なる。

 咄嗟に、王子は周囲を見回した。視界の中に『エスクードを使う隊員』の姿は、どこにもない。

 

 ならば、どこから?

 

『丙くんのトリオン反応確認……でもこれは』

「上の階から……サーヤか!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……ワンパターンで申し訳ないのだけれど」

 

 丙の位置、龍神の跳躍とタイミング、レーダー反応の高低差を合わせた、3階から2階天井へのエスクード展開。

 

「地形利用と意外性の反撃は、ウチの強みなのよ」

 

 奇策を一手、通した。けれど江渡上紗矢は笑わない。いつものように、勝ち誇らない。勝ち誇れない。

 行動と作戦を、王子一彰に完璧に看破された。弱気な指針を、見抜かれた。作戦の一端を担うオペレーターとして、これ以上の敗北はないからだ。

 だが、悔しがるのも、反省も後回し。今、戦っている仲間がいる。勝ちの目が薄くても、点を獲ろうと必死に足掻いている。

 ならば、全力のサポートで。点を獲らせるのがオペレーターの務めだ。

 

 なにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を勝手につけてくれた、あの策士には、一杯食わせてやらねば気が済まない。

 

「やっちゃえ、如月くん」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 シールドを遥かに上回る硬度を誇る壁トリガーが、王子と北添の弾丸を受け止めきった。そして、身動きが取れないはずの空中で、物質化したトリオンは龍神にとってこれ以上ない『足場』となる。

 天井から垂直に下りた足場を、天井と平行に踏み込んで。見下ろす先には、手負いの獲物が一匹。

 

「参式……『改』」

 

 弧月を握るは、左手一本。

 エスクードの壁面を踏み込むと同時、さらに速力を得るためのグラスホッパーを展開。

 通常の『旋空』の射程を踏み越え、唸る剣閃が、

 

 

「『穿空虚月』」

 

 

 蔵内の胸に食い抜き、貫き、風穴を空ける。

 

 

『トリオン供給機関、破損。緊急脱出』

 

 

 絶体絶命の窮地。

 それを覆す、鮮やかな反撃による得点。

 

 

『ここで……っ! きた! 如月隊長が、まさかの一撃! 自慢の旋空で、蔵内隊員の胸を貫いた!』

 

 

 全ての観客の目が龍神に向き、注目し、空気が味方する。

 

 反撃の狼煙が、上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那。

 彼女達は、動き出す。

 

 

『今よ。ビーコン起動。『偽装隠密(ダミーステルス)開始(スタート)

 

 

 ようやくだ。

 待ったかいが、あった。

 ニィ、と。口元を歪め、香取は叫んだ。

 

「麓郎! 雄太!」

 

 隊長に呼びかけに呼応して、2人が動き出す。

 

「ああ! カメレオン!」

「カメレオン、起動!」

 

 得点の喜びは束の間。

 着地した龍神は、消えた香取隊の2人を見て次の行動を躊躇った。

 

(ここでカメレオン……仕掛けてくるか)

 

 蔵内が落ち、戦力の均衡が崩れたタイミング。たしかに、状況を動かすには最良の瞬間だ。しかし、焦る必要はない。カメレオンとバッグワームを併用して追い込む『半隠密(ハーフステルス)』は、香取隊の基本戦術パターンの一つ。龍神はその動きを、記録で繰り返し見ている。

 それに、カメレオンは厄介なトリガーだが、レーダーさえ確認すればある程度の位置は……

 

『如月くん! 香取隊のトリオン反応が!』

 

 視界に表示されたレーダー情報。それを見て、龍神は目を疑った。

 自分を取り囲むように、複数のレーダー反応が乱立していたからだ。

 

「これは……!」

 

 脳裏に可能性として浮かんだのは、一つのオプショントリガー。

 ダミービーコン。

 龍神は周囲を見回した。が、視界の中に浮遊するビーコンの端末は影も形もなかった。

 

(どうなって……?)

『くるわよ!』

 

 くる、と言われても。襲ってくる方向がわからない。カメレオンのステルス迷彩を解き、顔を出した瞬間を狙うしかない。

 龍神は覚悟を決めた。

 今、必要なのは、思考ではない。反射。そして、勘だ。

 

「……そこか」

 

 接近した三浦雄太がカメレオンを解除するのと、龍神が振り返ったのは、奇しくも同時だった。

 大上段から、斜めに振り下ろされる三浦の弧月。それを受け止める、龍神の黒い弧月。瞬間の攻防を見守る誰もが、防御の成功を確信する。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「と、思うじゃん?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 ()()()()()()()

 構えた弧月の防御をすり抜け、幻のように。その一閃は、龍神の左腕を見事に斬り落とした。

 

 

「……幻踊弧月」

 

 

 B級ランク戦……公式に記録される戦いにおいて、はじめて。

 三浦雄太の一撃が、如月龍神から弧月を握る左腕を、奪い取った瞬間だった。




※『半隠密』は、原作では『はんおんみつ』というルビが振られています。『ハーフステルス』は龍神が勝手に名付けただけです。

『偽装隠密』の詳細はまた見て次回、ということで

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