厨二なボーダー隊員   作:龍流

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嬉しいことに挿絵を頂いたので、紹介させて頂きます
まずはトピアリーさんから。TS三輪のイラストを頂戴しました。アイエエエエ!?TS三輪!?TS三輪なんで!?ってショックを引き起こしました。セーラー服とマフラーがかわいいですね


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そして朽木さんからは、江渡上紗矢の挿絵を頂きました!甘口ポン酢さんのSDキャラを参照して書いてくださったらしく、イメージ通りの美人さんになっています。素晴らしすぎて佐鳥が土下座しました。ありがとうございます!


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こうして見るとボーダーのタイトスカートのエロさを再認識しますね。やはり胸はない(断言


ステルス・ダミー

 時は遡って、ランク戦前。

 香取が三輪に師事するきっかけとなった、とある『事件』から、数日後。

 

「『幻踊』の使い方を教えてほしい、だぁ?」

「うん。そうなんだ」

 

 後輩女子を大人げなくしばき倒す自分達の隊長の姿を見よう、と。軽い見学の気分で香取隊の作戦室を訪れた米屋は、しかし思いがけない人物から相談を持ち掛けられた。

 三浦雄太。「まあまあ」が口癖の香取隊攻撃手であり、香取隊に必要不可欠なバランサーである。

 

「どうして急に?」

「それは……普段から『幻踊』をセットして使っているのって、米屋くんくらいだから……おれに、ちゃんとした使い方を教えて欲しいんだ」

「ふーん……なるほどねぇ」

 

 たしかに訓練室では、今日も元気に三輪にハチの巣……もとい、黒い錘の巣にされている香取の姿が見える。すでに涙目で、ちょっと泣きそうだ。

 もっと優しくしてやれよ秀次。米屋はそんな風にぼんやりと考えて呆れてしまったが、どうやら三浦にはそれが『宙を仰いで悩んでいる』ように映ったらしい。今度はぐっと頭を下げて、さらに重ねて言ってきた。

 

「米屋くん、お願いします! 三輪くんみたいに、おれの師匠になってください」

「ちょ……おいおい、やめてくれよ! 同級生に頭下げられても困るっての。ほら、あげてあげて」

「でも……二宮さんも出水くんに合成弾を習う時、頭を下げたっていうし……」

「あー、なんかそうらしいな、うん」

 

 そういえばそんな話をあの弾バカから聞いた気がする。聞いた気がするが、しかし米屋はべつに人に頭を下げてほしいわけではないし、例の弾バカのように「二宮さんに頭を下げてもらったの、すごくね!?」と自慢するほど、図太い神経を持ち合わせているわけでもない。

 

 そして、なにより、

 

「でも、わりぃ。オレ、師匠とかやる気ねーから」

 

 そもそもの話、米屋は師匠なんてものをやる気がない。だから、軽卒に頭を下げられても困るのだ。

 

「ど、どうして?」

「いや、だってオレ、人に教えるのとか向いてねーし。あと、その時間あったら自分の個人戦に使いたいし」

 

 冷たいようだが、これが現実。利己的なようだが、これが正直な答えだった。

 それに、三浦にこれを言うのは少し厳しいかもしれないが、慌てて「どうして?」と聞き返してきた時点で。その考えの内は割れている。

 

「頭下げときゃ、絶対引き受けてくれるって思ったか?」

 

 ぎくり、と。三浦が固まった。

 

「あ……そ、それは」

「やめとけよ。自分の頭は軽く扱うもんじゃないだろ。それに、二宮さんはもっといろいろ考えてから、出水のヤツに頭下げてたと思うぜ?」

「…………」

 

 言い過ぎたかぁ……

 自分の口下手さ、というか口の迂闊さにうんざりしつつも、このまま黙っているわけにはいかなかったので。米屋は言葉を続けた。

 

「龍神はおれとよくバトってるから『幻踊』の特性をよく把握してる。一時期は、トリガーセットに入れてたこともあるくらいだ」

「……え?」

 

 きょとん、とした三浦に向けて、さらに淡々と言う。

 

「だから、そのまま『幻踊』を使っても通じねーと思うぜ。『幻踊』の奇襲を確実に通すためには……その前に、何か策が必要だろな」

 

 相手の意表を突く一撃を決めるために。自身と味方の作戦と技術を、ブラフとして重ねる。米屋が好む戦術である。

 

「そ、その策って……?」

「そこまでは知らねー。オレ、頭良くないし。自分で考えてくれ」

 

 けどまぁ、と。

 

「オレは個人ランク戦が趣味だから。純粋に相手してくれるってんなら、大歓迎だぜ? 同じ『幻踊』使いとバトるとか、けっこうワクワクするだろ?」

「……うん! お願いします!」

「……だから、敬語いらねーって」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「しっかしまさか、こんなにしっかり決めてくるとは思わなかったけどなぁ」

 

 観客席で、三浦の一閃を見た米屋は、思わずそうこぼした。

 

「やはり、三浦の『幻踊』はお前の仕込みか? 陽介」

「べつにオレが仕込んだわけじゃねーよ。三浦は元々、幻踊を使ってた。しかも、オレの槍とノーマルの弧月だと、微妙に幻躍の使用感も変わる。つーか、それを言うならおまえの方が香取ちゃんにガッツリ仕込んでるだろ秀次?」

「ふん……」

 

 鼻を鳴らして顔を背けるあたり、三輪にも自覚はあるらしい。根が素直ではないので、決して肯定はしないだろうが。

 

「にしても、龍神がランク戦で腕取られたのはこれがはじめてだな」

 

 奇しくも、親友の敵に塩を送ってしまった形だが、米屋はそれを微塵も後悔していない。龍神がそれを咎めるような性格ではないことはよく知っているし、むしろおもしろい、と。あの馬鹿は不敵に笑うはずだ。

 だから、どちらを応援するとか。どちらの味方をするとか。そんなつまらないことで、米屋陽介は悩まない。ただ、龍神にも三浦にも、純粋に期待する。

 

「さて……これからどうするよ? 龍神」

 

 おもしろい勝負を、見せてくれることを。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 斬られた。チームランク戦で、はじめて。腕を奪われた。

 決して、侮っていたわけではない。三浦が数少ない『幻踊』の使い手であることを、龍神は知っていた。知っていたにも関わらず、対応しきれなかった。カメレオンとダミービーコンによる二重の攪乱で『幻踊』の使用タイミングを、完璧に通された。

 それは三浦個人の技量と判断によるもの……だけでなく。チームとしての香取隊の強さだった。

 

『如月くんっ……!?』

「やって、くれたな」

 

 とはいえ龍神も、腕を奪われてそのまま黙っている気はない。即座にスコーピオンで斬り返し、反撃を狙う。が、三浦は必要以上に踏み込まず、再びカメレオンを起動。隠密行動に移って、姿を消した。

 

(なに……?)

 

「なるほど。狙いは影浦隊か」

 

 風間が実況席で呟いたのと同時。香取葉子が、グラスホッパーを強く踏み込んだ。三浦が『抑えている』龍神には目もくれず、狙いは一点。影浦雅人だ。

 性懲りもなく突っ込んでくる香取を見て、影浦は舌打ちを鳴らす。

 

 ――――仕掛けてきやがった。

 

 突撃と同時、足首を狙った銃撃。普通なら咄嗟の対応が難しいその攻撃を、影浦はサイドエフェクトによって完璧に感知できる。香取の感情は鋭く大きく、馬鹿のように分かりやすかった。

 

「ダダ漏れだぜ、バカが」

 

 ブレードならば、スコーピオンで受け止めていただろう。しかし、香取の感情が刺さったのは足首。故に影浦は、余裕をもって足首を中心にシールドを張った。

 そして、香取葉子の弾丸はシールドを貫通する。

 

「あァ!?」

 

 鉛弾。影浦隊にはまだ見せていなかった切り札を、香取は勝負所できっちりと射し込んだ。

 

(三輪の弾丸!? ……拳銃が一丁しかねぇのはそういうことかよ、くそったれ!)

 

 動きを止められた影浦は、スコーピオンを構えた。来るなら来い、と。警戒を一気に釣り上げた影浦の横を、香取は無視して通り抜けた。

 前衛の動きを止めた機動型万能手が、次に狙うのは……

 

「ゾエ! そっちいくぞ!」

 

 足の遅い、援護役だ。

 

「うえ、マジ?」

 

 北添の反応は、決して遅くなかった。瞬時に銃口を向け、高火力の通常弾が火を噴く。しかし、それを掻い潜る香取の接近は、より的確で素早かった。やはりすれ違うように北添の真横を駆け抜け、急所を守るシールドの上から『鉛弾』を叩き込む。影浦よりも多く着弾したそれは、首筋に一発、胴体に三発。

 

「うわ……ちょっと待って、おもっ……!?」

「ゾエ! 香取を近づけんな!」

「ひーっ! しんどいってほんと!」

 

 泣き言を叫びながらも繰り出される射撃の狙いは正確であり、香取もシールドを張らずにはいられなかった。猛烈な弾幕に、香取の接近が止まる。応じる拳銃の射撃も、シールドを張ったままではただの通常弾であり、北添も余裕を持って防御する。

 そう、余裕が生まれてしまった。

 拳銃を構え、シールドを張り、北添を落とす決定打を繰り出せないその状況で、けれど香取は宣言する。

 

「……2点目」

 

 足を止めた。防御を張らせた。注意を向けさせた。香取のお膳立てはあまりにも完璧で、それに合わせるタイミングも、また完璧だった。

 一呼吸、一斉射。ダミービーコンに紛れ、カメレオンを解除した若村の銃撃が、北添の頭部に突き刺さる。

 

『伝達脳、破損』

 

 若村麓郎は、銃手として北添尋に劣っている。

 トリオンに基づく火力も、射撃の精度も、立ち回りの練度も。およそ考えられるすべてにおいて、個人として若村は負けている。

 

「ナイスだ、ヨーコ」

 

 けれど。

 だからといって、負けが決まっているわけではない。

 それがチーム戦だ。

 

「ごめーんカゲ。ゾエさん先落ち……」

 

『緊急脱出』

 

 香取隊、2得点目。影浦隊に先んじて、またもやリードを奪い返した。

 

「ちっ……やりやがったな」

 

 北添を捕ったことで必然、人数と得点に余裕が生まれた香取隊が、場の主導権を握る形になる。精神的に余裕が生まれ、注意が引かれ、足が止まる。

 故に。

 たとえ味方が落ちたとしても。攻撃特化チームである影浦隊は、そのチャンスを見逃さない。

 

「っ……しまった」

 

 天井を貫通して飛来した、一発の弾丸。壁抜きすら可能とするアイビスが、三浦雄太の右脚を撃ち抜いた。

 

『ちょっと逸れた。カゲさん!』

「わぁーってるよ!」

 

 鉛弾で動きが鈍っているとはいえ、得点への貪欲さは変わらず。ついでに北添の仇を取るべく、影浦が三浦にトドメを刺しに行く。

 メンバーの全員が前衛の如月隊は言うまでもなく。繰り返しになるが、攻撃特化チームと称される影浦隊も、香取の突出した攻撃力と機動力を戦術の軸に据える香取隊も。この戦場で鎬を削る部隊は、その全てが攻撃的で前のめりな戦術を好む。

 

「いただくよ。ミューラー」

 

 もちろん、それは『機動力を活かし、弱いところから狩っていく』王子隊も、例外ではない。他のチームに得点で一歩先を行かれている中、目の前に転がってきたチャンスに、王子一彰が動かないわけがなかった。

 背後からの急襲。三浦は背中に回した弧月で王子の斬撃を受けたが、間に合わない。すっと伸ばされた右手が三浦の頭を鷲掴みにし。三浦の額を、スコーピオンの光刃が突き破って飛び出した。

 

「ヨーコちゃん、ごめ……」

 

 

『伝達脳、破損。緊急脱出』

 

 

 強襲に次ぐ奇襲。一瞬の攻防に次ぐ、瞬間の駆け引き。

 横から弱った獲物を奪う形で、王子隊がはじめての得点を得た。香取隊を除く3チームの得点が、横一列に並ぶ。

 

「チッ……勝手にぶんどりやがった」

 

 しかし、機動力をうりにする王子は、その得点に満足することなく、そのままフロアを走り抜けた。

 

「っ……王子先輩が逃げるぞ!」

 

 絶妙なバランスで保たれていた戦場のバランスが、大きく崩れる。単純な頭数が減り……より厳密に言えば、北添と蔵内というそれぞれのチームのメイン火力が消えたことで、この場からの離脱が容易になった。

 

「追うわよ」

 

 階段を駆け上がる王子の背中を、香取と若村が追う。片腕を失った龍神も、臆することなくそれに続く。まずい、と思ったのは影浦だ。

 鉛弾を撃ち込まれ、機動力を削がれたこの状況。他のチームが次に狙う目標は明確だ。

 

「江渡上!」

『うん、わかった』

 

「華!」

『……もう少し待って』

 

「羽矢さん?」

『射角特定。もう済んでるわ』

 

 奇しくも、というよりは、やはりというべきか。龍神が、香取が、王子が。オペレーターに求めた情報は同じものだった。

 

 

「「「狙撃手の予想位置を!」」」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「い、一気にいろいろ起こりましたが……! 現在の得点は、ご覧の通りです!」

 

 動揺を隠しきれない声で、それでも実況としての役目を果たすべく。桜子は現在の得点表をモニターに大きく表示した。

 香取隊、2得点。三浦が脱落。

 影浦隊、1得点。北添が脱落。

 王子隊、1得点。蔵内が脱落。

 如月隊、1得点。早乙女と甲田が脱落。

 

「やはり、気になるのは香取隊が新たに使用したダミービーコンですが……」

「それについては、隠密戦闘のスペシャリストがここにいるので、解説をお願いしましょう」

 

 古寺がそう振ると、風間は軽く頷いた。

 

「見ればわかるが、あれは『ダミービーコン』と『カメレオン』の合わせ技だ」

「合わせ技、ですか?」

「ああ。カメレオンの弱点は、主に二つ。追尾弾によるトリオン探知誘導。そして、レーダーで大まかな位置を把握されることだ」

 

 風間は表情こそ変えなかったが、香取隊のカメレオンの運用にいたく感心していた。

 

「香取隊は、事前に散布した『ダミービーコン』の中にカメレオン状態で紛れることで、レーダー反応を偽装。居場所の特定を困難にした」

「しかし、香取隊の周囲にダミービーコンは見当たりませんが……?」

「香取隊がダミーを撒いたのは、この階じゃない。一つ下の階だ」

「え?」

 

 今回のランク戦でも、繰り返し強調されている要素。

 ボーダーのレーダーは、反応の高低差までは割り出せない。近距離でダミービーコンを散布したところで、視界の中のビーコンは気休め程度の攪乱にしかならない。が、戦闘を行う場所の直下。一つ下の階にビーコンを散布すれば。そして、カメレオンと併用すれば。

 戦闘エリア内で、レーダー反応を完全に覆い隠す、完璧な隠密戦闘が可能になる。

 

「如月を追っている時、香取隊は下の階から上がって、回り込んできただろう? 三浦と若村がダミービーコンを置いたのはその時だな」

「では、香取隊はこの形を最初から考えて……」

「おそらくそうだろう。機動力を削いで相手をその場に釘付けにする『鉛弾』と、自分達に有利な戦場を作るダミービーコンの組み合わせは、戦術的にもよく噛み合う」

「はい。香取隊長は、影浦隊長に優先して『鉛弾』を撃ち込みに行ったのも上手かったですね。サイドエフェクトのせいで、影浦隊長に致命傷を与えるのは難しい。でも、初見の『鉛弾』なら話は別です。これで、機動力を削がれた影浦隊長を『浮いた駒』にしたわけですから」

「たしかに……追う足がない影浦隊長を置き去りにして、どのチームも戦場を離脱しました。これは、絵馬隊員を狙う動きでしょうか?」

 

 互いに追いかけ、小競り合いをしながら、上層階へ上がる動き。しかし、これに関しては香取隊よりもむしろ、王子隊の方が一歩先を行っている、と風間は思った。

 

「短距離での機動力勝負なら、香取も王子には決して引けを取らない。だが、これは王子の方が早いな」

「そうですね」

「あの……お二人とも、それはどういう?」

「簡単な話だ。戦術的に仕掛けているのは香取隊だが、王子隊の方がよく裏を読んでいる」

 

 心理的に一歩。

 戦術的に二歩。

 そして、戦況の予測と先読みにおいて、王子一彰は他のチームの三歩先を行っている。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『羽矢さんからデータはもらったかい? 樫尾?』

「はい! 絵馬くんを見つけました!」

 

 分かれて行動する、言われた時は王子の指示を疑問に思ったが。それがこうして今の状況に繋がっているのだから、自分のチームの戦術観は流石と言う他ない。

 狙撃手を探す、という王子の指示を樫尾は忠実に守っていた。

 

『よし。ここでもう1点獲って、香取隊に追いつこうか』

「了解!」

 

 バッグワームを解除。弧月を抜き放ち、樫尾は追尾弾の照準をユズルに向けた。

 ターゲットとなったユズルも、バッグワームを脱いでアイビスを構える。

 

「カゲさん……あとはよろしく」

 

 追尾弾とグラスホッパーを持っている樫尾相手に、逃げ切りは難しい。覚悟を決めたユズルは、しかしアイビスの引き金を引かなかった。というよりも、引けなかった。

 突然出現した『壁』に、視界を覆われたからだ。

 

「エスクード……?」

 

 まるで自分をカバーするかのような防御壁の出現。振り返れば、走り込んでくる白いコートの影が見えた。

 乱戦の最中、フリーだったのはユズルと樫尾だけではない。

 

「なんとか間に合った……わりぃけど、得点はやらねえ。ついでに、リーダーの仇も取らせてもらうぜ」

「如月隊! 邪魔をするな!」

「……人気者は辛いな」

 

 呆れたように呟いて、ユズルは走りだした。そして、樫尾と丙。二つの獲物のどちらに照準を合わせるか、冷静に算段を巡らせ始めた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 試合を観戦できるのは、本部だけではない。

 ボーダー玉狛支部、リビング。小南桐絵はお茶を入れたマグカップをお盆に載せながら「そういえば」と、部屋の中を見回した。

 

「修たちはいないの?」

「この試合は解説も聞きたいからって、本部に行ってますよ。風間さんが解説なので、レイジさんもそのまま観ていくって言ってました」

「ふーん……それにしても、苦戦してるわねあのバカ」

「まあ、相手が上位グループっすからね。集中狙いされてますし、仕方ないところも……」

「ずるいぞ! どうしてたつみのチームばかりを狙うのだ! 卑怯だぞ!」

「……ある、と思いますよ?」

 

 画面の前で怒りを露わにしている陽太郎をさり気なく抱えてどかしつつ、烏丸はいつも通りのクールな表情でそう言った。

 如月隊は下位から一気に上がってきた新進気鋭のルーキーチーム。これまでの戦いではランク戦初参戦とは思えない戦いぶりをみせつけていたが、当然のことながらチーム戦の経験値は絶対的に不足している。C級から上がったばかりの3人はもちろん、龍神も個人戦の積み重ねは厚くても、逆に言えば個人戦しかしてきていない。

 が、お子様である陽太郎にそんな事情が理解できるわけもなく。

 

「ずるい! ひきょうだぞ! これでは、たつみが不利ではないか!」

「不利じゃないよ。これも立派な戦術だ。今日の試合……とくに香取ちゃんたちは、作戦をよく練ってきている。これなら、どのチームに勝ちの目が転んでもおかしくはない」

「相変わらず自分だけ知ったかぶりね。迅、アンタどこまで『視えてる』わけ?」

 

 どん、と。お茶を入れたカップを小南は少し強めに置いた。波紋の広がるその中身を、迅悠一は苦笑混じりに口に含む。

 

「さて、どうかな。でも、龍神たちが勝つ可能性はまだゼロじゃないよ」

「おお!」

「嬉しそうだけど、わかってるのか陽太郎? 龍神のチームが勝つってことは、メガネくんたちの戦いがこれから先厳しくなるってことだぞ」

「む……う、うーん。それは、そうなのだが……」

「あまり陽太郎をいじめるなよ、迅。そりゃ、修達のことを考えれば龍神達を応援するのはちょっとばかし問題があるかもしれない。けど、今日はこの前みたいに直接戦ってるわけじゃないんだ。応援したくなるのが人情ってもんだろ。なあ、陽太郎?」

「う、うむ! その通りだ!」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべていた迅を、林藤が窘める。迅は参りました、と言いたげに両手を挙げた。

 

「ボスの言う通りよ。まったく、性格悪いんだから」

「悪かったって。陽太郎がかわいいもんだから、ついからかいたくなっちゃうんだよ」

「な!?」

「まあ、それはわかるっすね」

「と、とりまるまで~!」

 

 陽太郎はじたばたと反論したが、烏丸の腕の中でしっかりホールドアップされているので、まったく説得力がない。やれやれ、と息を吐いた小南は、林藤、迅、烏丸、陽太郎、そして自分の分と湯気をたてるカップを置いて……最後に、もう1人の分を机にそっとのせた。

 

 本来は、ここにいるはずのない。『捕虜』のために用意したマグカップを。

 

「はい。これアンタの分よ」

「……ああ」

 

 陽太郎の隣。ソファーの中央からやや右寄りに腰かけた彼は、フードを目深に被り、しかしその中から食い入るようにモニターの画面を見詰めていた。

 

「ねえ、なんか言うことないわけ?」

「……なんだ?」

「いや、なんだじゃなくて。お茶淹れてあげたんだから、何か言うことあるでしょ」

「オレは今、試合を見るのに忙しい」

「そういうことを聞いてるんじゃないっての!」

 

 ぶっちん、と。

 小南がキレたが烏丸は陽太郎を押さえつけるので、忙しい。仕方ないので、迅が止めに入る。

 

「まあまあ。ヒュースは試合を集中して観てるんだよ」

「だからって! なんか! 言うことが! あるでしょ!」

 

 迅の言う通り、フードを目深に被った捕虜……アフトクラトルのヒュースは、周囲から見ればまるで画面に穴が空くのではないか、というほどに画面を凝視していた。その様子は真剣そのものであり、彼が先刻まで陽太郎や小南と「玄界の文化を体験する」という名目でプレイしていた名作テレビゲーム『ボンバーマン』の対戦に匹敵する真剣さだった。

 

「ふむ……ヒュースはたしか、たつみと『しゅくめい』や『いんねん』や『うんめい』や『さだめ』をもつライバルだったな」

 

 烏丸に抱えられながら、うんうん、と陽太郎が頷く。関係性がやたら多い。

 

「ちょっと。陽太郎に変な単語教えたの誰?」

「如月先輩しかしないでしょ」

 

「はっはっは。えらいぞ陽太郎。難しい言葉をいっぱい覚えたな」

「笑いごとじゃないわよボス!」

 

 わいわいがやがや。ヒュースの周囲は騒がしかったが、しかしそんな喧騒は観戦の集中を妨げる理由にはならなかった。

 

「なにをやっている……『黒刀使い』」

 画面の中で戦っているのは、自分を倒した男だ。

 不本意ながらも、ライバルと認め。いつの日か雪辱を晴らすために、再戦を誓った男だ。

 

「オレを倒した貴様は……こんなものでなかったはずだ」

 

 そんなライバルの現状に。ぎり、と。ヒュースはただ歯ぎしりする。

 

「なあ、ヒュース」

「……うるさいぞ。さっきも言ったはずだ。オレは今、試合を観るのに忙しい」

「いや、おまえが龍神の応援で忙しいのはわかるんだけどさ」

「勘違いするな。オレはあのバカを応援しているわけじゃない。ただ、ヤツの戦いを客観的に分析しているだけだ」

「いや、それはまあどっちでもいいんだけど」

 

 いつも通りのふにゃふにゃとした、掴みどころのない笑みを浮かべる迅は、けれどはっきりとよく通る声で言った。

 

「おれと、賭けをしないか?」

「……なに?」

「この試合。どのチームが勝つのか、賭けよう。おまえが勝ったら、なんでもいうこと聞いてやる」

「ちょ!? 迅!」

「いいかな、ボス?」

「おもしろそうだし、いいんじゃないか?」

「ボスまで!?」

 

 表情こそ崩さなかったが。ヒュースも内心の気持ちは、騒ぎ立てる小南と同じだった。目の前に座る男の、意図が読めない。

 

「……なにが狙いだ?」

「なにが狙いだとは心外だな~。まるでおれがなにか企んでるみたいじゃん」

「ヒュース、気をつけた方がいいわよ。コイツの趣味『暗躍』だから」

「ひどいな小南……この実力派エリートを腹黒みたいに……」

「まあ、そうっすね」

「おいおい京介もか……?」

 

 先輩として悲しいなぁ、などと嘯きながら、迅はカップをテーブルに置いて、隅に片付けられているゲーム機を指差した。

 

「そんなに警戒しなくてもいい。おまえがさっきまでやってたゲームと同じだよ。ただのお遊びだ」

 

 ただのお遊び。ただのゲーム。さっきまでと、同じ。そう言われて思い返すのは当然、先ほどまでプレイしていたゲームの内容だった。

 置かれる爆弾。火がつく導火線。爆発に巻き込まれれば、一巻の終わり。

 一瞬、ヒュースは迷った。迷った、が。

 

「……いいだろう」

 

 結局。その申し出に、のることにした。

 

「おっけー。じゃあ、どのチームに賭ける?」

 

 ニヤニヤとした、まるで何もかもわかっているような笑みが気に入らない。故に、ヒュースは即答した。

 

「オレは――――」

 

 それが、未来の行方を左右する。とある爆弾に繋がる回答とは知らずに。


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