厨二なボーダー隊員   作:龍流

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ノー・チェンジ

 変化を望んでいない人間を変えようとするのは難しい。

 染井華の持論である。

 変化を望まないということは、その現状にある程度満足しているということ。ある程度満足できる現状があるのなら、それは本人にとって比較的安定した状態だと言える。程度に個人差はあるかもしれないが……幸せだ、と。言い換えてもいいだろう。

 幸せで、安定している。多くの人間が追い求める満ち足りた人生の理想形。安っぽい実用書や勢いだけしかない実業家は声高に『変化すること』を主張するが、華は必ずしもそれが正しいとは思っていなかった。変化しないことが、その人にとって幸せである場合もある。変わらない安心は、幸福だ。華自身、失って初めて、その幸福を強く理解させられた。だから、それが大切なものであると、はっきり断言できる。

 さて。

 香取葉子は、基本的に嫌なことは避ける人間だ。

 元々、要領がいいので大抵のことは人並み以上にこなすことができる。しかし、それ以上の努力や工夫を求められるようになると、途端に逃げ出してしまう傾向にあった。とはいえ、華はそんな葉子の態度を責めたことはない。ずっと家が隣だった幼馴染の性格を、華は誰よりも深く把握し、理解している自信があったからだ。葉子には好きなように得意なことをやらせた方が伸びると信じていたし、その実力はいくらかむらがあったものの、ボーダーのB級でエースを張るには充分過ぎるほどだった。

 だから、大規模侵攻のあと。本部の廊下で、葉子が三輪秀次の足にしがみついているのを見た時、華は自分が夢でもみているのかと目を疑った。

 

「離せっ! 離せ香取! お前、自分が何をしているのかわかっているのか!?」

「わかってるに決まってんでしょ? アンタこそ、アタシに何させてるかわかってるんでしょうね?」

 

 葉子は自分勝手だ。

 

「ふざけるな! お前が勝手に俺の足にしがみついているだけだろう!?」

「はぁ? ふざけてこんなことするわけないでしょ? バカじゃないの?」

 

 葉子は口が悪い。

 

「馬鹿はお前だ!」

「アタシは弟子にしてくれって頼んでるだけでしょうが!」

 

 そして、葉子はプライドが高い……はずなのに。

 男子の脚に、女子が両手でしがみついてわめき散らしている。それは、どこをどう切り取ってもひどい絵面であったが。何をどう解釈しても「葉子が三輪に弟子入りを頼んでいる」ようにしか聞こえなかった。

 

「断る!」

「断るな!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒いでいた葉子は、そこでようやく立ち竦む華に気がついた。

 

「あ、華! ちょっと説得手伝って! この陰険前髪に、アタシ弟子入りするから!」

「ちっ……染井! お前のチームの隊長だろう!? コイツを引き剝がすのを手伝え!」

 

 華は、どちらの言葉にも頷かなかった。それこそ馬鹿のようにその場に突っ立って、葉子と三輪のやりとりを眺めていた。

 結局、偶然この場を通りかかった米屋陽介が、爆笑しながら2人の間に入るまでこの問答は延々と続き。とうとう人目を憚らず「もぎゃああああああ」と泣き出した葉子に三輪が根負けする形で、弟子入りが正式に決定した。

 その結果、葉子の弟子入りに伴って香取隊は自然に三輪隊の作戦室に出入りすることが多くなり、雄太は米屋と模擬戦に勤しみ、麓郎は奈良坂や古寺と戦術について意見を交換するようになった。必然、華も三輪隊のオペレーターである月見蓮に教えを乞う機会が増えた。

 

「不満そうね?」

「……そんなことはありません」

 

 月見蓮は鋭い女性だった。

 

「ううん。私に教わることじゃなくて……葉子ちゃんについてよ」

「……べつに。葉子が自分から変わろうとしているなら、それはとてもいい事だと思いますから。わたしがとやかく言う権利はありません。それに、三輪隊のみなさんにはこうして指導の時間を頂いて感謝しています」

「本当に? そう思ってる?」

「どういう意味でしょうか?」

 

 月見の持って回ったような言い回しに、苛立たなかったと言えばウソになる。しかし、機器操作や戦術観などに関する彼女の知識は確かなものであったし、時間を取って指導してくれる三輪隊の面々には、言った通り本当に感謝していた。言葉に噓偽りを混ぜ込んだつもりはない。

 それでも、ボーダー屈指のベテランオペレーターは意味深な笑みを浮かべていた。

 

「顔に書いてあるわ。『不満』だって」

「……すいません、無愛想なもので」

「不満だけじゃないわね。どちらかと言えば『不安』と言った方が正しいかも」

「仰っている意味がよくわかりません」

 

 じゃあ、はっきり言いましょうか、と。月見は表情から笑顔を消した。

 

「葉子ちゃんが変わるのがこわいの?」

 

 華は、その問いに答えられなかった。

 足らなかった自覚を、意図的に手元から放り投げていた感情を、掬い取られて突きつけられた気がした。

 華は、香取葉子のことを一から十まで把握し、理解している。理解しているはずだった。

 何を好むのか。何が嫌いなのか。どんなことでへそを曲げるのか。何を言えば頷いてくれるのか、知っている。知っているはずだった。

 なのに、自分から変わろうとする葉子を見て、分からなくなってしまった。

 

「今日は、ここまでにしましょうか」

 

 机の上に広げた資料をまとめて。月見は立ち上がる。

 

「前に進むことを躊躇っている人に、新しい知識を教えるのは無駄だもの」

 

 唇を噛んで、下を向く。

 

「一度、葉子ちゃんとよく話し合ってみたらどうかしら?」

 

 上辺だけでも取り繕って、返事をする余裕すらなかった。

 変化を望んでいない人間を変えようとするのは難しい。

 それが、染井華の持論だった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 攻撃手2人に、挟まれる。普通の狙撃手なら、生存を諦めてもおかしくないこの状況。

 しかし、絵馬ユズルの中には、どうやってもう1点を獲るか。その思考しかなかった。どうせ、落ちるのは分かっている。ならば、最後に得点をあげて残る影浦を楽にすべきだ。

 そして、欲を言えば。どちらのチームに『獲られるか』。そこまで考えて動きたい。

 

『ユズル!』

「わかってる」

 

 そして、アイビスを構えるユズルを見て、樫尾と丙の思考は同じだった。

 自分達の隊長を待つか。それとも待たずに仕掛けるか。

 相手がユズルだけなら、迷う必要はなかっただろう。が、丙の参戦によって状況は三つ巴に変化した。ユズルを狙う隙に、もう1人にやられてしまったら? あるいは、ユズルを放置してやりあっている間に、逃げられてしまったら? 

 この一手を間違えることは、イコールで敗北に直結する。

 

(くっ……どうする?)

(隊長を待つか?)

 

 結論から言えば、到着は王子隊の方が早かった。

 

「お待たせ。カシオ」

 

 涼やかな声と共に二倍に増えた追尾弾。丙はぎょっとした。

 樫尾とは別方向。階段を駆け上がって現れた王子が、樫尾の射撃に合わせて弾丸をばら撒く。

 

「隊長!」

「(ヘイホーに火力を集中。挟み込んで、近接で獲るよ)」

 

 強かに内部通話で指示を出しつつ、王子は丙に対して一気に詰めにかかった。影浦は足を潰されている以上、すぐに上っては来られない。故に、ユズルは後回しでいい。落とすなら、まずは丙からだ。

 

『レーダー反応、直下警戒』

 

 その判断の正しさは、皮肉にもすぐに証明された。

 

「羽矢さん? 香取隊のダミービーコンなら……」

『違う。如月くんよ』

「っ!」

 

 すぐさま、王子はその場から跳躍した。直後、立て続けに二連続で。王子が踏みしめていた真下の床を、剣閃がはしった。ナイフで寸断されたバターのように床が切れ落ち、崩落の影から白いコートが飛び出してくる。

 

「大胆なショートカットだ。恐れ入るよ」

 

 旋空弧月で王子にとっての床を……自分にとっての天井をぶち抜き、階段を使わずに上層階に降り立った龍神は、着地と同時に王子の皮肉を笑った。

 

「爪先くらいは削れていると思ったが……そううまくはいかないか」

 

 呟きが終わる前に、再び旋空が起動。王子の鼻先をブレードが掠める。

 

「ちっ……カシオ! ハウンドだ! たっつーを近づかせるな!」

「了解!」

「ふっ……丙! エスクードだ。俺を守れ」

「りょーかい!」

 

 距離を取っての射撃戦では、王子隊が圧倒的に有利。王子が旋空の射程外からの攻撃を選択するのは当然であり、龍神もそんなことは重々承知している。故に、撃ち合いに付き合う気は最初からない。

 数枚のエスクードが龍神の前に出現し、降りかかる追尾弾を遮った。エスクードの間を縫うようにして、駆ける龍神のターゲットは最初から決まっている。

 

『如月くん! 王子隊相手に正面対決は不利だってわかってる!?』

「(分かっているさ。絵馬を獲って離脱。香取隊を巻き込んで仕切り直しだ)」

「(合点承知! 回り込むっす!)」

 

 人数は同じでも、今の如月隊には甲田や早乙女といった『射程持ち』がもういない。丙のエスクードで防御は誤魔化しが効くが、受けに回ってじり貧になるのは明白。ならば、獲れる点だけさっさと頂いてしまい、階下の香取隊を巻き込んで乱戦にした方がこちらの勝率は上がる。

 最初に樫尾からカバーするために丙が張ったエスクード。その影から、ユズルはまだ出て来ていない。龍神は弧月を構えた。

 

(階段方向には王子さんが。吹き抜けから飛び降りて逃げようにも、そちらには丙が回り込んでいる)

 

 旋空の射程に入ってしまえば、エスクードごと横薙ぎに斬れる。そんなことは、ユズルもわかっているはずだ。生き残るためには……あるいは、1点でも最後の得点をあげるためには、エスクードの影から出るしかない。案の定、濃紺の外套がエスクードで隠された右側の死角から飛び出した。

 半ば反射で龍神が旋空弧月を振るったのと、

 

「っ! そっちじゃないっす!」

 

 丙の叫び声は。全くの同時だった。

 切り裂いた旋空弧月の、その手応えのなさに龍神は目を見開く。

 

(バッグワームだけか……!? やってくれる!)

 

 濃紺の外套が、旋空弧月の刃に晒されて空中で散る。

 しまった、と。

 思った時には、ユズルは逆方向。エスクードの左側から飛び出していた。腹に響く重い音と共に、アイビスが火を吹く。その狙いは龍神ではなく、離脱方向に回り込んでいた丙だった。

 

「やべっ……!?」

 

 見える距離。狙われるという判断、防御という行動は間に合った。が、展開したシールドはあっさりと喰い破られ、丙の右太腿はその一発でいとも簡単に消し飛んだ。

 

「……やっぱ、走りながらじゃダメか」

 

 ぼやきながらも、ユズルは既に思考を切り替えていた。

 刺し違えてでも1点を獲る、という決意から、これなら逃げ切れる、という直感へ。

 アイビスの銃床で落下防止のガラスを叩き割り、吹き抜けを使ってそのまま階下へ落下する。龍神の旋空も、王子隊の追尾弾も、真下へのエスケープには追い縋れない。

 

(よし、逃げ切れる)

 

 そんな確信を、

 

 

「3点目」

 

 

 香取葉子のスコーピオンが、背後から突き刺した。

 

「……うわ。そっちか」

 

 このショッピングモールという構造物は、縦方向への移動がひどく不便だ。階段を使うプロセスを省力してショートカットするためには、龍神のように天井を破壊するか。吹き抜けをグラスホッパーなどで一気に上がる必要がある。当然、吹き抜けの移動には狙撃手によるスナイプという危険が伴うわけだが……全員の位置が割れている今なら、吹き抜けはグラスホッパー持ちにとって最も素早く安全な縦の移動経路に成り得る。

 今回、唯一の狙撃手であったことを、ユズルは失念していた。これは迂闊だった、と嘆息する。この状況、最も追加点を渡したくないのは香取隊だったが……

 

「ごめん、カゲさん」

 

 あとは、任せるしかないだろう。

 

 

『トリオン供給器官破損、緊急脱出』

 

 

 影浦への謝罪をその場に残して、ユズルが緊急脱出する。再度グラスホッパーを踏み込み、主戦場へと舞い戻った香取は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。

 脚を失った丙。苦々しい表情の龍神。トリオンキューブを展開する王子と樫尾。4人の敵を、エスクードの上から睥睨する。

 

「……あと、2点くらいか。貰うわ」

 

 それは、自分が狩る側だという言外の主張だった。

 あくまでも強気な発言に苦笑して、王子はちらりとレーダーを見る。

 

(階下の反応は数え切れない、というほどではないけど……)

 

 ダミービーコンのトリオンが尽きるまで、まだもう少し時間がかかる。既にカメレオンとダミービーコンで『偽装隠密(ダミーステルス)』に入っているであろう若村を、レーダーで見分けるのは至難の業だ。このシチュエーションは、正しく香取隊にとって理想形と言えた。

 

(カトリーヌは、カゲくんが下から上がってくる前に、なんとか得点を稼ぎたいはず……)

 

 片足を失った丙をフォローしながら、龍神がエスクードの裏に退避する。あれから狙って獲ってしまうのが一番早いだろうが、それは香取隊も同じだろう。

 香取は基本的に、その日のコンディションよって、調子が変わるタイプ。そして、今日の彼女は明らかにこれまでとは違う。王子の目から見ても、絶好調だ。

 

(片足に鉛弾を抱えているとはいえ、カゲくんはまだまだ健在……上がって来られると厄介なのはこちらも同じだ。ここはやはり、カトリーヌにたっつーを削ってもらいたいところだね)

 

 仕掛けているのはあちらだとしても、主導権はこちらが握る。

 香取葉子を見上げて、王子一彰は微笑んだ。

 王子一彰を見下ろして、香取葉子は笑わない。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ここで絵馬隊員が緊急脱出! 如月隊と王子隊から逃げ切ろうとしていた絵馬隊員を、香取隊長が見事にかっさらった!」

「待ち伏せ……にしては、少々出来過ぎな展開ですね」

「そうだな。待ち伏せしていたわけではなく、香取は最短ルートを行っただけだろう」

 

 染井華の戦術観、判断能力はボーダーのオペレーターの中でもかなり優秀な部類に入る。が、彼女は『並列処理』の能力があまり高くない。王子隊、如月隊のオペレーターは先んじてユズルの居場所を観測したが、ダミービーコンの操作なども相まって、香取隊は一歩出遅れた。逆に言えば、出遅れることを最初から認めていた。

 

「絵馬が狙撃手として機能していないなら、中央の吹き抜けを使うのは移動経路として最短だ」

 

 自分自身の能力を割り切った良い判断である。この試合、香取の変化ばかりが目につくが……変わっているのは香取だけではない、と。風間は感じた。

 

「そろそろ、佳境だな」

 

 この試合の決着が迫っていた。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 気が付けば、そこは暗い闇の中だった。

 染井華は、懸命に目を凝らして闇の中を見回した。

 身体が動かない。空気も澱んでいて、少し息苦しい。いや、落ち着け。とりあえずまだ、手は動く。顔に手を当てて、眼鏡が無事であることを確認する。暗闇に目を慣らしていくと、ここが自分の部屋……否、『部屋だった』ことを、ようやく認識した。そして、こうなる前のことを思い出す。

 自分は、2階のこの部屋で勉強していた。突然、強い振動を感じ、咄嗟に机の下に隠れた。そうしてそのまま、気を失っていたのだろう。段々と、周囲の光量に目が慣れてきた。部屋の中はほとんど崩れているようだったが、机の前のスペースはまだなんとか空いている。華はゆっくりと、机の下から這い出た。上をよく見てみると、少しだけ光が差している。崩落が怖かったが、屋根そのものがぺしゃんこになっている分、瓦礫の合間を縫って脱出するのは容易だった。

 外に出た。埃っぽい籠った空気から解放され、大きく息を吸い込む。それで、少し落ち着いた。落ち着いて、冷静に、自分足元を見ることができた。

 知っているはずの我が家の外観は、見る影もなく。華の家は、全壊していた。わずかに原型を留めているのは2階の一部だけで、自分が幸運だったことを嫌でも認識させられた。周囲を見渡すと、他のどの家も似たような状況で、人の影はない。皮肉にも見渡しがよくなったおかげで、遠くの市街で暴れる『何か』の集団が、はっきりと見えた。まるで怪獣のような『何か』の正体が何なのか、華はわからなかった。父親がそうした娯楽映画を嫌っていたので、怪獣という定義もよくわからない。ただ、街を跋扈しているあれらが現実であることは疑いようがなかったし、あれらが再びこちらに来る前に、ここを離れた方がいいのも明らかだった。

 

 

 ────お母さんとお父さんは、多分死んだ。

 

 

 この家の崩落状況。1階にいた両親の生存は絶望的だ。万が一、生きていたとしても、間違いなく重傷。周囲に人がいない以上、助けを借りることは困難。救急車を呼べるかもあやしいこの状況では、搬送の見込みすらない。まだ息があっても、助けられない。

 隣の家を見る。華の家と似たような有様だったが、それは2階の部屋に関しても同様だった。つまり、崩れていてもまだ原型を留めていて。中の人間は、生きている可能性がある。

 

「葉子……」

 

 それは選択だった。

 助かる見込みのない両親を、それでも掘り返すか。

 まだ可能性のある幼馴染の命を救うか。

 何秒、その場で悩んだだろうか。何秒、両親と葉子を天秤に賭けただろうか。

 

「……」

 

 華は、葉子の家の瓦礫に手をかけた。年季の入った木造家屋の、その残骸を一つ一つ、取り除いていく。自分の腕で持ち上げるには、あまりに重い塊に、歯を食い縛る。

 木のささくれが、指を裂く。痛い。でも関係ない。硬い材木を、一心不乱に掘り起こす。痛い。でも気にしていられない。

 爪が剝がれる。指先が血で溢れる。赤く染まった皮膚の元の色が分からなくなる。

 痛みは、気にならなかった。ただ、不安だった。

 華は、両親ではなく葉子を選んだ。けれど、葉子も瓦礫の下敷きになっていたら? 手遅れなほどの、大怪我を負っていたら?

 この選択が、無意味だったら?

 

 こわい。指の痛みよりも、それがこわい。

 

 爪を立てて、削って、掘り返して、持ち上げて。

 

「……葉子! 葉子!」

 

 暗い闇の中に。

 幼なじみの顔が見えた時、華は心から安堵した。

 

「ちょっと待って。今、どかすから」

 

 良かった。

 

「つかまって。立てる?」

 

 ──わたしの選択が。

 お父さんとお母さんを捨てて選んだ選択が、無駄にならなくて本当に良かった。

 

「大丈夫」

 

 そう。大丈夫だ。

 

「大丈夫だから」

 

 大丈夫だと。不安そうな葉子に言い聞かせる。

 

 

 お父さんとお母さんは、死んだ。

 

 

 でも、葉子は助かった。助けることができた。

 選んだから、救うことができた。だから、大丈夫だ。

 この日、染井華は助けるものを、自分で選んだ。だから、選んだ責任は自分で負わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、香取葉子は選ばれた。

 選ばれて、救われた。

 聞いてはいけないのかもしれない、と不安になった。無神経かもしれない、と心配になった。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 

「……なんで、家族じゃなくてアタシを助けたの?」

「……うちの屋根より、葉子の家の屋根のほうが軽そうに見えたから……」

 

 合理的な答えだった。

 けれど、答えるまでに間があった。幼なじみだから、そんなことはすぐにわかった。

 

「助かる可能性が高いほうを選んだだけ。葉子が気にすることじゃないよ」

 

 華は、いつもしっかり物事を考えている。だから大抵の場合、いつも華の言うことは正しい。

 助かる可能性が高い方を選んだ。

 葉子が気にすることじゃない。

 

 その言葉はしっかりと筋道が通っていて、やはり正しかった。

 

 華は、県外の学校には行かずに三門の中学に進むことになった。学校が落ち着いたら、ボーダーに入るためだという。

 

「アタシもいっしょにやる」

 

 おもしろそうだ、と葉子は思った。

 

「言っておくけど、やるからには一番目指すよ。わたしは」

「余裕でしょ。アタシ、天才だし」

 

 華に助けられたから、ではない。

 口に出して言った通り、本当におもしろそうだと感じたのだ。

 助けられた責任とか。隣に一緒にいるためだとか。そういう理由では断じてない。

 

 

「アタシらが組めば楽勝だわ」

 

 

 自分がやりたいと思ったから、やることにした。それだけだ。

 

 華は、昔は背中に届くまで伸ばしていた髪をばっさりと切って、邪魔にならないショートヘアで整えるようになった。

 だから、というわけではないけれど。

 葉子は、今までより少しだけ。髪を伸ばすことにした。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 葉子が三輪の弟子になってから、数日後。

 月見に、葉子と話すように言われた次の日。華は、葉子と共に河川敷を歩いていた。

 今日もこれから、本部に行く。本部に行くということは、三輪隊に会うということで。昨日から何の進展もなかったと知れば、やはり月見は自分に指導をしてくれないだろう。憂鬱な気分になりながら、華は河を挟んで右手にあるボーダー本部を見た。

 

「……」

 

 やはり、自分からは言い出しにくい。そもそも、この胸の中のもやもやとした感情を、上手く言い表せる自信がなかった。

 葉子は、前を歩いている。

 あの頃よりも、髪が伸びたな、と。何故か、今さらになってそんなことが気になった。

 

「ねえ、華」

「なに?」

「最近、なんか悩んでる?」

「……べつに」

 

 まさか、葉子の方からそんなことを聞いてくるとは思わず。折角のチャンスを、華は冷たい返事であしらってしまった。

 

「うそ。絶対なんか悩んでるでしょ。ちょっと調子悪そうだし」

「……葉子は、最近がんばってるから。だから、わたしが調子悪そうに見えるんじゃない?」

「ふーん。アタシ、がんばってるように見える?」

「見えるよ」

 

 即答してしまった。

 

「大規模侵攻の後から。葉子、少し無理してるみたい。どうして、そんなにがんばるの?」

 

 言葉が出ずに悩んでいたはずなのに、気がつけばすらすらと口が動いて、問いを投げていた。

 

「じゃあ、逆に聞くけど」

 

 前を歩いていた背中が止まる。

 

「華は、がんばらないの?」

 

 少し、外側にはねている髪が靡いて、振り返る。

 

 

 

 

「やるからには、一番目指すんじゃなかったの?」

 

 

 

 

 その目は、愚直なほど真っ直ぐに、華を見ていた。




思うがままに葉子ちゃんと華さん書いてたら一万5000超えたので分割、次のお話は早めにお出しできると思います。多分、きっと、メイビー。

ワートリとは別のお話になりますが、短編の企画に二つほど参加しておりました。
一つは呪術杯。呪術廻戦で『猿の言葉に、聞く耳持たぬ』という作品です。夏油大好きなので、夏油メインの短編書きました。呪術のアニメ化楽しみですね。

もう一つは第二回リンドウ杯。「世界が滅ぶ24時間前」というテーマで、「転生したけど、この世界が滅ぶまであと24時間」というお話を書きました。地味に初オリジナルでしたが、こちらもご好評頂いて優勝できました。読んでもらえるとうれしいです。

そんなわけで最近短編ばっか書いてたので、今後はもう少し更新頻度上がる……はずです! 上がらなかったら佐鳥が土下座します
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