厨二なボーダー隊員   作:龍流

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厨二と『副作用』

 熊谷友子と如月龍神の付き合いは長い。

 龍神が実用性の疑わしい、変な技を思いつく度に熊谷は模擬戦の相手をさせられたし、そうでなくてもバトルジャンキーの気がある龍神と、これまで何度も斬り合ってきた。同年代の男女が『斬り合う』というのもおかしな話だが、実際に2人の関係を例えるならそう言うしかないのだから仕方がない。

 ボーダーを部活に例えるとしたら。それは部活で言う自主練仲間のようなものだ。ただ、龍神はどんなくだらない技を考えても……それをかっこよく繰り出すことに全力で心血を注いでいるのはともかくとして……熊谷との模擬戦で手を抜くことはなかった。熊谷も、そんな龍神の研鑽を好ましく思っているからこそ、頻繫に相手をしていた。

 茜が、チームを抜けるかもしれない。

 熊谷がそれを龍神に話したのは、決して同情してほしかったからではない。

 破天荒で、考えなしなようでいて、それでいて思慮深いところもある龍神ならあるいは、もしかしたら何かいい解決案を出してくれるかもしれない、と。そんな淡い期待があった。龍神の善意に、どこか甘えようとしている自分がいたかもしれないことを、熊谷は決して否定できない。

 けれど。

 けれど。

 こんな形で、あからさまに手を抜いてほしかったわけじゃない。

 

「どういうことよ、如月……」

 

 怒鳴りはしない。ただ静かな怒りを滲ませて、熊谷友子は如月龍神に問いかけた。

 弓場は目を閉じたまま、黙って腕を組み、帯島は対峙する龍神と熊谷をおろおろと交互に見やっている。那須や茜は一歩退いた位置にいて、それは甲田達も同様だった。

 

「くま……いや、違う。アレは……」

「……何が違うっていうの?」

 

 熊谷は言う。

 龍神を正面から見据えて。

 

「あたしの首を落とせたのに、途中で弧月を止めた。そんなの、あんたがあからさまに()()()()()()()()()()()()

「……だが」

「直前までの弓場さんとの戦いでは本気を出してたくせに……なに? 模擬戦だからって負けてあげようって手加減してくれたわけ?」

「違う。俺は」

「熊谷、如月ィ。それくらいにしとけ」

 

 言い争いになる前に、目を開いた弓場が仲裁に入る。

 

「俺ァ、これから先のランク戦に向けて何か得るもんがあるかもしれねェと思って、この模擬戦に参加した。が、本気で戦わねェヤツがいるなら、これ以上参加する意味がない。場を設けてくれた東さんのメンツを潰すことにもなる」

「弓場さん……」

「今日はここでお開きだ。たしかに、俺から見ても……如月が熊谷を仕留められたのに、途中でブレードを止めたように見えた。それは間違いねェ」

 

 弓場の指摘に、龍神は押し黙る。が、弓場の鋭い視線はそのまま熊谷の方を向いた。

 

「だがな、熊谷ィ。龍神の様子は、模擬戦前にお前と話してから、明らかにちとおかしかった。まァ、付き合いの長い俺くらいにしかわからねェだろうが」

「……それ、は」

「他のチーム事情にまで踏み込む気はねェし、俺達には踏み込む権利もねェ。ただ、俺から言えるのは一つだけだ。ランク戦に、深い私情を持ち込むな」

 

 そこまで言い切って、弓場は背を向けた。

 

「東さんには、俺から言っておく。行くぞ、帯島ァ」

「……ッス!」

 

 弓場隊の3人が去って行くのを見て、那須が熊谷の肩に手を置いた。

 

「くまちゃん、私達も行きましょう」

「……うん」

 

 顔を伏せたままの熊谷に代わりに茜が付き添い、那須が龍神達の方に駆け寄った。

 

「如月くん、今日はごめんなさい」

「……いや、謝るのは俺の方だ。俺はくまに……」

「それは私じゃなくて、今度くまちゃんに直接言ってあげて。如月くんもくまちゃんも、今は落ち着くために時間が必要だと思うから」

「……すまない」

「ううん。大丈夫」

 

 那須隊の面々を見送って、万が一にも吐き出す溜息を聞かれない距離まで離れてから、龍神は大きく息を吐いた。いろいろと言いたいことはある。言い訳を並べ立てようと思えば、それこそいくらでも出てきそうだ。ただ、簡潔に事実だけを言うのであれば。

 

 龍神は、何が起きたのか、わからなかった。

 

 目前に立つ熊谷友子の首を、切って落としたはずだった。

 腕を動かしたつもりだった。躊躇いなどなかった。ただ淡々と、殺したつもりだった。

 それなのに、

 

「……」

 

 熊谷を、斬れなかった。

 どういうことだ、と聞きたいのは龍神の方だった。たしかに斬ったつもりだったのだ。だが、実際は体が動かなかった。その理由が、龍神にもわからなかった。

 どうして、こうなってしまったのか。

 自分でも、その理由を説明することができない。

 チームの現状に同情して、手を抜かれた。熊谷はきっとそう思っているだろう。龍神は、弧月のブレードが熊谷に届く直前に刃を止めた。その事実だけを抜き出して考えてみれば、熊谷が怒るのは当然と言えた。

 龍神だって、同じことをされたら怒る。

 

「隊長、大丈夫ですか?」

「あれですよ。なんかこう……隊長も疲れてるんですよ!」

「そうそう。熊谷の姐さんだって、きっと隊長の気持ちをわかってくれるっすよ!」

 

 きっと、わかってくれる。

 甲田達3人の中で、最も熊谷と深い付き合いをしている丙は、そう言った。

 

「ばっか! 丙、お前そんな、隊長がわざと手を抜いたみたいな言い方っ……」

「いや、オレだって隊長を責めてるわけじゃねぇよ! でも、あれは誰がどう見たって……」

 

 わかってくれる、ということは。わかってもらわなければならないような、その行動の理由を汲み取ってもらわなければいけないようなことを、龍神がしてしまった、ということだ。

 そのまま口論になりそうな勢いの3人を手で制して、龍神は言った。

 

「すまん。先に作戦室に戻っていてくれ」

『如月くん、大丈夫?』

「ああ。大丈夫だ。一旦切るぞ」

 

 紗矢にも先ほどの件については詳しく聞かれるだろうし、きちんと話さなければならないだろう。しかし那須が言ってくれたように、今は自分の頭を冷やす時間が必要だと思った。トリガーをオフにして、龍神はトリオン体から生身に戻った。

 

「お、いたいた~」

 

 と、出口に向かおうとした龍神を引き留めるように。場の空気にあまりにもそぐわない、能天気な声が響く。

 

「……迅さん?」

「よう、龍神。珍しくへこんでるな」

「……べつに、へこんでないが」

 

 ぼりぼり、と。

 いつものようにぼんち揚げを頬張りながら実力派エリート、迅悠一は現れた。

 

「いやいや、さっきの見てたよ。あれは、揉めても仕方がない」

「……少し、放っておいてくれ。俺は……」

「悪いけど、そういうわけにもいかないんだ」

 

 手に持ったぼんち揚げの袋を甲田に押しつけて、迅は言った。

 

「一緒にきてくれ、龍神。城戸さんが呼んでる」

 

 

 

 

 

 

「で、あなた達はそのまま如月くんを見送った、と」

 

 さも呆れた、と言いたげに、紗矢は甲田達を見た。

 

「だ、だって相手はあの実力派エリートっすよ」

「如月くんの様子がおかしかったのなら、まず作戦室まで引きずってきて話を聞くのが筋でしょう」

「でも何か話あるみたいでしたし……」

「こっちが優先よ」

「ぼんち揚げもらっちゃいましたし……」

「買収に負けるな」

 

 まったく、と紗矢は小さくなっている甲田達を睨み据えながら、紅茶を口に含んだ。

 まあ、正直に言えば甲田達の気持ちは分からなくもない。普段とは違う龍神の様子に戸惑い、突然現れた実力派エリートに気圧されてしまうのもわかる。だがそれにも増して、龍神の様子がおかしかった、というのが紗矢は気がかりだった。

 如月龍神は、基本的に迷うことがない人間だ。

 思ったことはそのまま口にするし、自分の気持ちを相手に伝えることを躊躇わない。それでいて、紗矢と小南の仲を取り持ってくれた時のように、相手が心の奥底に抱えているものを、尊重し、大切にしてくれる。救いようのない馬鹿であることは否定しようがないが、少なくとも紗矢はそういった龍神の人柄が嫌いではなかった。

 如月龍神は、基本的に揺らぐことがない人間だ。

 だが、あの模擬戦が終わったあとの龍神の声は、明らかに普段とは違った。

 

「……わたしはオペレーターだから。任務の時も、ランク戦の時も、あなた達の声をずっと聞いているから、だから声音の変化には敏感なつもりよ」

「え、そうなんすか?」

「丙くんは都合の悪いことがあると語尾が上擦るし」

「え、マジ?」

「早乙女くんは落ち着かない時ほど早口になるし」

「あ、あはは……」

「甲田くんは雨取さんと話す時、声のトーンが一段高くなるし」

「「それはそう」」

「余計なお世話なんだが!?」

 

 叫ぶ甲田を横目で見ながら、紗矢は言った。

 

「でも、如月くんの声って、基本的に揺れないのよ。いつも一定。そのまま」

 

 そう。

 大規模侵攻の時も。

 ランク戦の時も。

 村上と対峙して、一騎打ちを躊躇った時でさえ。

 はじめて会った時からずっと、如月龍神の声色には一本の芯が通っていた。ぶれることがなかった。

 

 でも、

 

 ──ああ。大丈夫だ。

 

 はじめて、芯の部分が揺れる音を聞いた。

 大丈夫、と。

 強がりを多分に滲ませたその一言は、明らかに無理をしていて。それは、無茶をすることは日常茶飯事でも、無理をすることは絶対にない龍神が、はじめて紗矢に見せた弱みだった。

 決して認めたくないが、江渡上紗矢は如月龍神に感謝している。

 だから、

 

「……普段から『俺には悩みなどない』みたいにニヤニヤ笑ってかっこつけて構えているあの馬鹿が……珍しくへこんでるいい機会なのに……話くらいなら聞いてあげるのに……なんでここに連れてこないわけ!?」

「いや、俺達にキレられても困るっすよ!?」

「紗矢先輩も素直じゃないというかなんというか……」

「まぁまぁ」

 

 と、ヒートアップしかけた室内の空気に釘を刺すように、来訪者を知らせるインターフォンが鳴った。

 

「誰よ!? こんな時に!」

「ちーっす。江渡上ちゃん。龍神いる?」

「熊谷ちゃんにキレられてしょげてる龍神を見に来たぜ」

「……米屋くん? それに、出水くんも」

 

 ひょっこりと顔を出したのは、三輪隊攻撃手、米屋陽介。そして、太刀川隊射手の出水公平。A級隊員の中でも、龍神と同学年、同じクラスということもあって、特に仲が良い2人である。紗矢も龍神を通じて何度か会っており、顔馴染みになっている。

 

「いやぁ、東さん主催で模擬戦やるっていうから慌ててラウンジ行ってみたら、ちょうど那須隊とすれ違ってな」

「大まかに事情を聞いたからこうしてわざわざ足を運んでやったわけ……なんだけど、いねぇな龍神。どこいった?」

 

 特に許可も取らず無遠慮に作戦室に入り、きょろきょろと室内を見回す2人。紗矢は頭に手をやりながら、深く息を吐いた。

 

「……わざわざご足労いただいたところ申し訳ないけれど、如月くんは今留守なの」

「え、マジ?」

「おい早乙女。お前ら一緒じゃなかったのかよ?」

「出水先輩。それが、模擬戦が終わってからしばらくは他のチームの人達と一緒にいたんですけど……迅さんが途中で隊長を連れて行っちゃって」

「迅さん? なんでそこで急に迅さんが出てくるんだよ」

 

 出水が素っ頓狂な声をあげる。

 

「それはこっちが聞きたいわよ」

「お得意の未来視でなんか視えたんじゃねーの? 迅さん、こっそりスコーピオン教えたり、龍神には結構甘いとこあるからな~」

「でも、相談に乗るにしたって別に作戦室で話聞けばよくないか? お前ら、龍神と迅さんがどこに行ったか聞いてないのか?」

「あ、それは迅さんが言ってたんす。なんか、城戸司令のとこに行くって」

 

 その名前が出た瞬間に、出水と米屋は顔を見合わせた。加えて言うなら、出水の表情がやや強張ったのを、紗矢は見逃さなかった。

 

「……なに? 2人とも、如月くんが城戸司令に呼び出されるようなことに、何か心当たりがあるの?」

「あー、いや。そういうわけじゃねーけど」

「ただ、すげぇめずらしいと思ってさ」

「珍しい?」

「ああ。だってそうだろ」

 

 米屋は頭の後ろに手をやりながら、何の気なしに言った。

 

「だってオレ、城戸司令と龍神が話してるとこ、()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 そういえば、直接話すのははじめてかもしれない、と龍神は思った。

 

「実力派エリート、入りまーす。如月隊員を連れてきました~」

「……失礼します」

 

 ボーダー司令、城戸正宗は腕を組んで待っていた。

 

「御苦労。かけて、楽にしたまえ」

 

 龍神は言われた通り、腰掛けた。司令室の椅子は思っていたより固く、落ち着かない気持ちになる。

 

「さて、如月隊員。自分が呼ばれた理由に、心当たりはあるかね?」

「……いいえ。まったく」

 

 落ち着かないとはいえ、気圧されるつもりない。

 城戸の高圧的な物言いに屈せず、龍神は毅然と返した。

 

「黒トリガー争奪戦の件についてなら、自分は忍田本部長を通じてすでに処分を受けている。本部でチームを組む、というペナルティに関しても、支部間のパワーバランスを気にするそちらの意向に沿っているはずでは?」

「おいおい龍神……」

 

 迅が横からとりなそうとするのを、城戸は手で制した。

 

「構わん。率直な物言いはむしろ好ましい」

「だ、そうだぞ。迅さん?」

 

 肩を竦める迅は、それ以上何も言わなかった。

 一呼吸分、間を置いて城戸が言葉を紡ぐ。

 

「黒トリガー争奪戦の際のきみの行動は、大きな問題だったが、こちらとしても過ぎたことをいつまでも蒸し返すつもりはない。大規模侵攻での働きは実に見事だった」

「自分にできることをしただけだ」

「……自分にできることをしただけ、か。なるほど」

 

 話すのははじめてとはいえ、基地の中や式典の席などで、見かける機会がなかったわけではない。三輪の一件もあって、城戸派の考えそのものに対しては龍神は懐疑的だったが、それも特に城戸本人への悪感情に繋がっていたわけではない。

 が、その「なるほど」という呟きに、龍神は何故か猛烈な不快感を覚えた。

 

 

 

「きみは相変わらずだな」

 

 

 

 まるで、自分の知らない何かを見据えているような、瞳。

 何かがおかしい、と龍神は感じた。

 相変わらずだな、と。まるで普段から自分と言葉を交わしていたかのような口ぶりで、

 

「如月隊員」

 

 混乱する思考に、静かな一言が差し込まれる。

 

「重ねて言うが、大規模侵攻でのきみの働きは、実に見事だった。だが、疑問には思わなかったかね?」

「……何を?」

「なぜ、本部所属である自分に、玉狛支部の専用トリガーである『ガイスト』の使用許可が下りたのか」

「……それは、迅さんが本部に掛け合って」

「迅が本部にガイストの使用許可を交渉し、それがなぜ受諾されたのか。その理由までは考えが及ばなかったのか、と聞いている」

「……言いたいことがあるなら、はっきり仰っていただきたい」

「ならば、わかりやすく言おうか」

 

 続けて、

 

 

 

「龍神の使()()()に関しては、本部と玉狛支部。双方の意思が合致していたっていうことだよ」

 

 

 

 声を発したのは、迅だった。

 

「……迅さん?」

「いやまぁ、どっちかって言えば、おれと城戸さんの意思ががっちりはまってた、って言うべきだけど」

「迅」

「べつにいいでしょ、城戸さん。ほんとのことなんだし。城戸さんが言ってもおれが言っても変わらないよ」

 

 自分の『使い方』と。そう迅は言った。その声音に、普段の温かさはない。

 意味が、わからなかった。

 

「龍神はさ。自分のことをどう思ってる?」

「自分のこと?」

「他人のために一生懸命になれるのは、お前のすごいいいところだけど。自分自身のことは、どう考えてる?」

「何を……意味のわからないことを」

「意味がわからない、か。意味はあったんだよ」

 

 立ち上がった迅は、城戸の方へと歩いていく。

 

「そう。意味があったから、おれは龍神をボーダーに入れた。龍神がいることで、最悪の未来が少しでもいい方向に動くことを期待したから」

 

 見られている。

 城戸に。迅に。自分が見られている。

 肌が粟立つようだった。

 

「さっきの勝負、見てたけど……ていうか、龍神がそうなることもおれには()()()()けど。だからもう、隠しとくのは限界だと思ったんだよね」

「……何を?」

「自分の身体。思った通りに動かなかったでしょ?」

 

 聞かない方がいいと思った。

 それを聞いてしまった瞬間に、世界が変わってしまうような気がしたから。

 

 だが、運命は止まらない。

 未来は、前に向かって進み続ける。

 停滞は許されない。

 

 

 

 

 

「『超過自己暗示(ちょうかじこあんじ)』」

 

 

 

 

 告げられる。

 

 

 

「それが……()()()()()()()()()()()()()()、きみのサイドエフェクトだ」

 

 

 

 これは、三雲修の物語ではない。

 これは、空閑遊真の物語ではない。

 これは、雨取千佳の物語ではない。

 ましてや、迅悠一の物語であるはずがない。

 

 

 これは、如月龍神という一人のボーダー隊員の物語。

 やがてその意味に気付く物語だ。




The next chapter『厨二なボーダー隊員』
episode1『如月 龍神①』

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