厨二なボーダー隊員   作:龍流

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『CHANGE THE NEW WORLD』

 如月龍神は、困惑していた。

 

 体が軽い。

 まるで、自分の体ではないように、自分の体が動く。

 頭の中が限りなく透明で、思考はどこまでも滑らかだった。

 考えた通りに、イメージした通りに、腕が、脚が、全身が動作する。

 

 これほど気持ちがいいこともない。

 龍神は困惑していたが……同時に、歓喜もしていた。

 

 鳶飛魚躍(えんぴぎょやく)

 鳥が空の中で羽ばたくように。魚が水の中で踊るように。

 まるで自分に、最初からその能力が備わっていたかのように。

 

 弧月を握る。

 弧月を振る。

 弧月で斬る。

 

 たったそれだけの動作が、最適化されているのを感じた。

 

 イメージする。

 道路の右側。コンクリートの壁に向かって跳躍。ブーツの裏で壁の側面を掴み、さらにそれを地面のように踏み込み、懐に飛び込む。

 

 できる。

 

「……っ!」

 

 龍神は跳んだ。

 道路の右側。コンクリートの壁に向かって跳躍し、ブーツの裏で壁の側面を掴み、さらにそれを地面のように踏み込んで、太刀川の懐へ飛び込む。

 

 できた。

 

 相手を殺すための挙動を、イメージを。

 龍神はいとも簡単に形にした。

 

 だが、

 

「曲芸だな」

 

 それでも斬られる。届かない。

 胴体を返す弧月で両断され、龍神は地面に倒れ伏した。

 

『き、如月、ダウン……』

「おいおい、どうした。もっとギア上げてこい。まだやれるだろ?」

「……はい。もちろんです」

 

 龍神は踊る。

 イメージと修正を、繰り返す。

 

 鍔迫り合いで負けた。

 トリオン体のパワーに、個人差はない。ならば、剣への力の伝え方が悪いのか? 

 全身をブレードに連動させ、太刀川に向けて叩きつける。しかし、今度は振り抜いた弧月をいなされ、首を撥ねられた。

 

 差し込みで負けた。

 トリオン体のスピードに、個人差はない。ならば、ブレードを振るうタイミングさえ合わせれば、必ずあの首を獲り返せる。

 太刀川の攻撃パターンを読み切り、完璧なタイミングでカウンターを差し込んだ。しかし、今度はそれを受け止められ、また真正面から斬り伏せられる。

 

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 

 太刀川に『勝つ自分』をイメージする。

 

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 

 太刀川に『勝てる自分』をイメージする

 

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 負ける。

 修正する。

 

 だめだ。

 

 太刀川に『勝つことができる自分』が、どうしてもイメージできない。

 身体は思い通りに動く。イメージした動きを、イメージしたままに現実にできる。

 それなのに。ただ、一つだけ。

 太刀川慶を斬る、というイメージだけが、現実にできない。

 

 何だ? 

 何が足りない? 

 何を注ぎ足せば、何を足せば、何を補えば……この気持ちを、現実にできる? 

 

『ちょっとちょっと太刀川さん〜! 一体、何本連続でやるつもり? それくらいにしといた方がいいんじゃない?』

「あ? そんなにやったか?」

『もう50本連続ですよ!? そのまま続けたら龍神が潰れちゃいますって!』

「あー、そうだな。今日はこんなもんにしとくか。如月! ちょっと休憩すんぞ!」

「いや……俺は、まだ」

「これ以上続けると国近と出水がうるさそうなんだよ。いいから、ほら。あがるぞ」

 

 踵を返した師匠の背中を、龍神は見詰める。

 どうすればいい? 

 どうすれば、勝てる? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太刀川慶は歓喜していた。

 龍神の能力は、この短時間で凄まじい成長を遂げている。サイドエフェクトの影響であることは明らかだ。

 

(いいな……最高だ)

 

 まだ入隊してそこまで日が経ったわけではない。にも関わらず、これだけの成長を見せてくれた愛弟子の姿に、師匠として喜ばない方が噓になる。

 

「太刀川さん! 俺と……俺と、もう一度戦ってください!」

「あ? さっきちょっと休憩って言っただろ。いいから休んどけよ」

「俺は平気です! まだまだやれます!」

「龍神くん、ちょっと落ち着いて……」

 

 止めに入る国近を押し退けて、龍神は強引に前に出た。

 

「それとも……俺に負けるのがこわいんですか?」

「……あぁ?」

 

 喉から、剣呑な声が漏れ出たのを自覚する。

 今、コイツは何と言った? 

 俺が負ける、と。そう言ったのか? 

 太刀川は、拳を握り締めてこちらを睨む弟子を、鼻で笑った。

 

「そんなわけないだろ。俺はお前よりも強い」

 

 成長はしている。驚異的なスピードで。

 だが、それはあくまでも成長しているだけだ。たった数日で、太刀川と同じレベルまで辿り着けるわけがない。

 

「……なら」

「ん?」

「それなら、証明してくれればいいだろう! 今すぐに! 何度でもっ!」

 

 太刀川は、目を見張った。

 龍神が、あろうことか作戦室の中で弧月を抜き放ち、その切っ先を太刀川の喉元に、寸分違わず向けたからだ。

 

「龍神っ!?」

「た、太刀川さん!」

 

 出水と国近の声は、もはや悲鳴に近かった。

 技術向上のため、隊員同士の模擬戦は個人単位でも広く推奨しているボーダーだが……しかし、私闘目的でのトリガーの使用は固く禁じられている。

 龍神の行動は、明確な隊務規定違反だった。

 

「……おい、如月。いい加減にしろよ。お前、なにやってるのかわかってんのか?」

「よく理解している」

「だったら、さっさとこの弧月下ろせ」

「できない」

「なに?」

「俺は……俺は『太刀川さんより強いんだ』。それを証明するためなら、隊務規定違反になっても構わない」

 

 龍神の言動には、明らかに平時とは異なる『熱』が籠もっていた。

 

(サイドエフェクトの影響か……? だとしても、こんな)

 

「俺は……俺は『太刀川慶を倒す男』だ! だから俺は……俺はっ!」

 

 声音が上擦った、その気配。

 剣先が揺らいだ、その一瞬。

 刹那にも満たない僅かな隙を、太刀川は見逃さなかった。

 

「ふざけんな」

 

 弧月を起動し、鞘を手元へ。

 その行動に気がついた龍神が弧月を突き出すのと同時、太刀川は上体を大きく落とした。必然、切っ先はこめかみを掠めるようにして空を切り、太刀川の抜刀の準備が、その数瞬で完了する。

 

 一閃。

 

 上体を反らしたまま、抜き放たれたブレードの刃は、正しく龍神の胴体に食い込み、切り裂き、両断した。

 

「なっ……」

 

 龍神の表情が、ひび割れる。比喩表現ではなく、物理的に。トリオンの消失を伴って、戦闘体が強制解除される。

 独特な破裂音を伴って、トリオンの煙が作戦室の中に充満した。

 

「太刀川さん! 大丈夫ですか!?」

「出水。国近と唯我の側にいろ。俺はこの馬鹿を締め上げる」

 

 やれやれ、と。弧月を鞘へ収めながら、太刀川は深く息を吐いた。

 

 やってしまった。

 

 やむを得ない事情があったとはいえ、龍神を止めるために太刀川もトリガーを使ったのは変わりない。少なくともただでは済まないだろうし、相応の処罰は覚悟しなければならないだろう。

 とはいえ『強化自己暗示』とかいうサイドエフェクトに、胡散臭いリスクがあるのは、馬鹿弟子の今の言動を見ても明らかだ。原因がはっきりすれば、先に弧月を抜いた龍神の処分も、少しは軽くなるのではないか、と。そこまで思考を巡らせて、

 

「『まだ、だ』」

「あ?」

 

 端的に言ってしまえば。

 太刀川は、油断していた。

 トリオン体さえ無力化してしまえば、如月龍神は太刀川慶に勝つことを諦めるだろう、と。

 勝手に、そう思い込んでいた。

 トリオンの煙が完全に晴れる前に、煙の中から伸びる腕が、太刀川の首を掴んだ。

 

「如月っ……!?」

「まだ、終わっていないぞ。俺は『負けていない』。負けてないんだ……」

 

 あろうことか、生身のままで。自分に向かってきた龍神に、太刀川は絶句した。

 相手は生身だ。収めた弧月は、もう抜けない。組み伏せて、止めるしかない。

 だが、なんだこれは? 

 

「くそっ……どうなってやがる」

 

 どうして、トリオン体の自分が、生身のコイツに首を掴まれて、抵抗できない? 

 ありえない。トリオン体の身体能力は、生身とは比較にすらならない。腕に力を込めれば瓦礫を難なく持ち上げ、足に力を入れて跳べば、建物の二階にすら難なく届く。

 しかし、紛れもない事実として。生身の龍神の右腕は、太刀川の首を締め上げて。太刀川は、それを振りほどくことができなかった。

 ぎちぎち、と。嫌な音が聞こえる。それは、首を締められている太刀川の体からではなく、限界を超えた力を引き出している龍神の体から聞こえた。

 自分ならできる。そんな思い込みが、肉体に限界以上の駆動を強いて、筋肉に悲鳴をあげさせている。

 

「如月……やめろ」

「足りないんだ……」

「足り、ない?」

 

 太刀川は、見た。

 

 

 

「勝ちたいという気持ちが……俺には足りない。だから……!」

 

 

 

 太刀川は、見た。

 憧れと執着と、嫉妬と。

 数え切れない感情がないまぜになった、その瞳の奥を。

 

「このっ……バカ野郎が!」

 

 全力だった。

 握りしめた拳を、持てる力で腹へと叩き込んで……それでようやく、龍神の体から力が抜け落ちた。

 

「……はぁ、はぁ」

「た、太刀川さん」

「太刀川さん、大丈夫!?」

「な、なんなんですかこの男は! 前々から野蛮だとは思っていたが、急に暴れ出して!? 頭がおかしいんじゃないんですか!?」

 

 長髪を振り乱して、唯我が叫ぶ。

 作戦室内でのトリガーの使用。そして、他の隊員への暴力行動。客観的に見て、龍神の行動は頭がおかしい……意味がわからないものだった。

 

「……」

 

 だからこそ、実際に対峙していた、太刀川だけがわかる。理解できる。

 如月龍神が、本気で自分を『倒そう』としていたことが。

 

「出水。この馬鹿をベッドに運べ。国近は城戸さん……いや、忍田さんに連絡繋げ。唯我、ドアの鍵しめろ。忍田さんが来るまで、この部屋に誰も入れるな」

「……了解」

「わかった」

「は、はいっ!」

 

 指示を出して、太刀川は椅子に深く腰掛けた。

 まずは忍田に連絡を取る。そして、事情を全て話す。龍神の処分は確定だろうが、この際仕方ない。とにかく、あの『強化自己暗示』とかいう胡散臭いサイドエフェクトの効果を、きちんと調べて、それから──

 

 ──それから、どうなる? 

 

 せっかく、こんなにも強い弟子ができたのに……こんなにもおもしろい力を持った弟子が現れたのに……それを、みすみす手放すのか? 

 

 自分の中に浮かんだ恐ろしい思考を、太刀川は頭の中から振り払った。

 

「あ、ちょっと……今は立ち入り禁止……って、あなたは!?」

 

 唐突に、ドアが開く音が響いた。

 あいつは、鍵をかけるという簡単な仕事すらできないのか。明らかに気圧されている唯我の声に舌打ちを漏らし、太刀川は苛立って顔を上げた。

 

「おい、入ってくんな! 取り込み中だ! あとにしてくれ……」

「やあやあ、どうも。太刀川さん」

 

 張り上げた声が、尻すぼみに空気に溶けて消える。

 唯我がドアをロックする前に踏み入ったのだろう。実力派エリート、迅悠一は荒れた室内を見回し、出水が抱えた龍神を舐めるように見て、一言。呟いた。

 

「うーん。やっぱりこうなったか」

「……あ?」

 

 まるで、全てが視えていたかのような、その言葉に。

 

 ──太刀川さん! 明日の防衛任務、ちょっと代わってよ! 

 ──おもしろい子を助けたでしょ? 

 ──そいつのこと、きっと太刀川さんは気に入ると思うよ

 

 いや、きっと正しく、全てを視通し、わかっていたのであろう迅の言葉に。

 瞬間、太刀川の中で何かがキレた。

 

 

 

「迅っ!」

 

 

 

 トリオン体のままだった太刀川は、迷わず迅の胸倉を掴む。掴んで、押し上げる。

 

「お前……お前ぇ! 知っていたな!? 如月のサイドエフェクトのことを! サイドエフェクトの影響で、如月がこうなることも! おかしくなることもっ! 全部視えていたなっ!?」

「うん」

 

 あまりにも、あっさりと。

 表情を変えないまま、迅はそれを肯定する。

 

「どうして止めなかった!?」

「それはこっちのセリフだよ」

「なんだと……!?」

「太刀川さん、止められたでしょ」

 

 未来だけ、ではない。

 まるで、自分の心の内まで見透かしたような指摘に、太刀川は今度こそ固まった。

 

「おかしいって思ったよね? 普段と様子が違ったこともわかったはずだ。今、この子のことをボーダーで一番よく知っているのは……師匠の太刀川さんなんだから」

「それ、は……」

「ヒートアップする前に、模擬戦をやめればよかった。サイドエフェクトの存在がわかった時点で、その詳細を確認するべきだった。暴走する前に、止めればよかった。そう思わない?」

「……違う。俺は」

「違わないでしょ」

 

 胸倉を掴んだ腕を、逆に掴み返される。

 

「太刀川さんは、この子がこうなる前に止めることができたんだ。実際に、太刀川さんがそうする未来も視えた。でも、そうはならなかった。太刀川さんは、その未来を選ばなかった。理由は自分でわかってるよね?」

 

 強い相手と、戦いたい。退屈を吹き飛ばしてくれる……自分を倒してくれるような、強い相手が欲しかった。

 だから。

 目前に立つ、魅力的な獲物に惹かれて、その異常性に酔い、気がつけば戦いを楽しんでいた。

 その事実を、太刀川は否定できない。

 

 

 

「……お前が、止めてくれれば」

 

 

 

 言い訳を、絞り出す。

 

「弟子の責任は師匠が取りなよ」

 

 正論を、突き返される。

 

 太刀川は、ようやく気がついた。

 この腹の中から湧き上がってくる怒りは、迅に向けられたものではなかった。迅に向けていいものではなかった。

 

 俺だ。

 

 吐き出しそうになる、この後悔の渦は。

 強い相手と、戦いたい。そんなエゴを優先して、弟子の危険を無視した、自分自身への怒りだった。

 

「そんな顔しないで。大丈夫。如月龍神は、ボーダーをやめない。やめることにもならない」

「……本当か?」

 

 縋るように、問う。

 

「もちろん。おれのサイドエフェクトがそう言ってるよ」

 

 国近に歩み寄って、迅は言った。

 

「国近ちゃん、忍田さんには連絡しないで。この件の報告は、城戸さんにして」

「え、でも……?」

 

 こちらを気遣うように見てくる国近に、太刀川は首を振った。

 

「……迅の言う通りにしろ。城戸さんに連絡を」

「……わかった」

 

 うんうん、と。にこやかに頷いた迅は、次に出水と唯我を手招きした。

 

「出水と唯我は、この子を今からおれが言う部屋に運んで。準備はできているから。可能性は低いけど、途中で目を覚ますかもしれないんで、トリオン体に換装するのを忘れずに」

 

 それから、と。迅は出水の肩に手をのせた。

 

「多分、出水はこれからいろいろ大変だと思うけど、がんばって」

「……迅さんの言う『大変』ってのが、何を指すのかよくわかんないし……何が視えてるのかも知らないっすけど」

 

 含みのある一言に、出水は目を細めて。しかし、肩に置かれた手をはらった。

 

「それは余計なお世話です。こいつ、俺の友達なんで」

「……そっか」

「はい。……おらっ! 唯我、そっち持て! このバカを運ぶぞ!」

「ひぃ!? ちょ、ちょっと待ってください! ぼくには、さっきから何が何だか理解できなくて……」

「お前は何も理解する必要はないんだよ! いいからさっさと運べ!」

「ひどい! 知る権利が失われている!」

 

 龍神を抱えて出ていく出水と唯我を見送って、太刀川はふっと息を吐いた。

 

「……で、どうすんだ?」

「あのサイドエフェクトを、封印する」

「封印? どうやって」

「簡単だよ」

 

 本当に何でもないように、迅は言った。

 

「記憶封印措置を使う」

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「話はわかった。責任はこちらで持とう」

 

「ありがとうございます。城戸さん」

 

「しかし、それで本当にサイドエフェクトの影響をカットできるのかね?」

 

「強化自己暗示……いや、超過自己暗示の肝は、サイドエフェクトの存在を自覚することにあります。太刀川さんと戦った時みたいに、自分で限界を超えようとしなければ、暴走することはありません」

 

「なるほど。それで、記憶封印措置か」

 

「はい。記憶封印措置で、サイドエフェクト発見の記憶と……太刀川さんに弟子入りした、という事実。それらを、まとめて消します。できるよね、雷蔵さん?」

 

「そりゃできるけど……こういうのは、鬼怒田さんにお願いしてほしいなぁ」

 

「それはしょうがない。鬼怒田さん、出張でいないんだから」

 

「この件は、忍田くんをはじめとした上層部の面々……鬼怒田開発室長にも秘匿する。それでいいんだな、迅」

 

「はい。そうした方がいいです。まあ、鬼怒田さんはどこかのタイミングで知ることにはなると思いますけど」

 

「秘密の共有かぁ……気が滅入るなあ」

 

「そう言わないでよ、雷蔵さん。このサイドエフェクトについては、太刀川隊、おれ、城戸さん。あとは、雷蔵さんだけの秘密ってことで」

 

「太刀川隊のメンバーは、秘密を守れるのか?」

 

「大丈夫ですよ。事情を知っている出水は、学校でもこの子と仲がいい。ボーダー以外でも生活をフォローする人間は必要でしょう」

 

「なるほど」

 

「……迅。本当に、サイドエフェクトの記憶を消しただけで、こいつは普通の生活を過ごせるのか?」

 

「太刀川さんも心配性だね。でも、正しい心配だ。たしかに記憶封印措置をしても、超過自己暗示っていうサイドエフェクトが消えるわけじゃない。だから、ちゃんと対策は打つよ」

 

「対策?」

 

「超過自己暗示がコントロールできなくなったのは、自分の限界を超えた挙動を行おうとしたからだ。逆に言えば、常識の範囲内で考えられる限界値を超えなければ、能力は暴走しない。むしろ、無意識に基礎的な能力を向上させる分には、かなり有効に働く」

 

「……もっとわかりやすく言え」

 

 

 

「記憶封印措置と並行して『自分は太刀川慶には勝てない』っていう擦り込みをする」

 

 

 

「は?」

 

「……ああ、そっか。よく考えたね。サイドエフェクトを暴走させないために、サイドエフェクトを活かすのか」

 

「おい。それってどういう……」

 

「お前が……彼の制御装置になる、ということだ。太刀川」

 

「城戸さん、正解。ボーダーで一番強い攻撃手の太刀川さんには、絶対に勝てない。そういう暗示をかけておけば、このサイドエフェクトが暴走することはない。『太刀川さんよりも自分は弱い』って思い込みがあれば、太刀川さん以上の能力は発揮できなくなるでしょ?」

 

「より強い相手に勝たなきゃいけない状況とか。必要に迫られない限りは、太刀川の存在が強さのストッパーとして働くってわけだな。いいリミッターだ」

 

「……こいつは、俺より弱くなる。それは確定ってことか」

 

「……ごめんね。太刀川さん」

 

「今さら謝んな。気持ち悪い」

 

「つらいでしょ」

 

「……いいさ。それで、バカ弟子(コイツ)が救われるなら」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 目覚めると、やけに体が痛かった。

 まるで全身が筋肉痛であるかのように、鈍い痛みに満ちている。

 

「……ん」

 

 如月龍神は、ベッドから起き上がった。

 いつの間に、自分はここに寝かされていたのだろうか?

 体の調子だけでなく、頭の中も霞がかったようにはっきりしない。記憶がどこか曖昧で、思考がうまく回らなかった。

 

「……ここは」

「お、起きた起きた」

 

 ばりぼり、と。

 ベッドのすぐそばの椅子に座り、ぼんち揚を頬張っているのは、知らない男だった。

 

「あなたは?」

「やあやあ、はじめまして。如月龍神くん。おれは、実力派エリートの迅悠一」

「実力派エリート?」

「自分がどうしてここに運ばれたか、覚えてる?」

「……俺は」

 

 おぼろげな記憶を手繰り寄せる。

 

「たしか、サイドエフェクトの検査を受けて」

「うん。そうそう」

「……そうだ! 俺のサイドエフェクトは!?」

「ああ。残念ながら、きみにはサイドエフェクトの発現は認められなかった」

 

 簡潔に結果を伝えられ、龍神はがっくりと肩を落とした。そして、落とした肩をぽんぽんと叩かれる。

 

「まあまあ。そんなに気落ちしないで。ぼんち揚食べる?」

「いただこう」

 

 寝起きに食べていいものなのか疑問だったが、勧められるままに、龍神はぼんち揚をつまんだ。

 

「残念だったね。せっかく検査を受けたのに」

「迅さん、だったか? たしかにサイドエフェクトがないのは残念だったが……しかし、問題はない」

 

 サイドエフェクトがあろうとなかろうと。

 

「そんなものがなくても、俺はあの男を……太刀川慶を倒してみせるっ!」

 

 力強く宣言すると、今度は迅の肩が少し揺れた。

 

「……太刀川さんは強いよ?」

「ふっ……そんなことは百も承知だ! だが、弟子入りの願いを取り付く島もなく断り、嘲笑ったあの男を、俺は頂点から引きずり降ろさなければならない!」

「……そっか。やる気だね」

「無論だ!」

「きみは強くなるよ。間違いない」

「そう言ってくれるのは嬉しいが……しかし、なぜそうも言い切れる?」

「言い切れるさ。おれには未来が視えるんだ」

 

 もう一度。迅は言った。

 

「きみは強くなる。おれのサイドエフェクトが、そう言ってるよ」

 

 

 

 

 

 この日。

 迅悠一は、一人の少年の世界を変えた。

 後戻りはできない。

 いくら未来が視えようと、関係ない。

 時間とは常に、前に進んでいくものだからだ。




次回『如月龍神VS太刀川慶』

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