今回の登場人物
『最上秀一』
ボッチ
『如月龍神』
厨二
『三輪秀次』
兄
『太刀川慶』
餅
厨二病患者は、大抵の場合コミュニケーション能力が低い。それは、厨二病を発症している大抵の人間が、己の価値観を他人に押し付けているからに他ならない。そういう意味では、生粋の厨二病患者でありながら無駄に高いコミュニケーション能力を誇る如月龍神が、彼をみつけてしまったのは不幸な偶然と言えた。
「……む」
ボーダー本部、ランク戦ラウンジ。今日の相手を探して特に当てもなくふらふらと歩き回っていた龍神の視界に入ったのは、もはやボーダー内でその名を知らない者などいない、1人の隊員だった。
最上秀一。
入隊当初から恵まれたセンスと特殊なサイドエフェクトで、メキメキと実力を伸ばしているスーパールーキー。正隊員の間でも、話題になることが少なくない有名人である。彼に関する噂は、枚挙に暇がない。
曰わく、近界民を恨む、バリバリの城戸派。
曰わく、他者に興味が無く、彼の瞳に映るのは復讐対象である敵だけ。
曰わく、その瞳に映り込んだ近界民が、彼の手から逃れたことはない。
なんか瞳関連の噂が被っている気がするが、それはともかく。
如月龍神は、うらやましかった。
固有の特殊能力である『サイドエフェクト』を持ち、周りの隊員からは一目も二目も置かれ。かっこいい噂を囁かれながら、遠巻きに眺められ、注目され、ヒソヒソと噂される彼の立ち位置は、龍神の厨二的センスをくすぐる非常においしいものであった。
なので。
「失礼する。最上秀一だな?」
思い立ったら即行動。興味があったら即接触する行動力を持つ龍神は、足取り早く彼に近づき、一方的に声をかけにいった。
「――!?」
さて。
今さら説明するまでもないが、彼……最上秀一のコミュニケーション能力はクソ雑魚である。その雑魚っぷりは、太刀川隊のお荷物銃手に匹敵するレベル。名誉毀損でもなんでもなく、それが間違いのない事実だった。彼がボーダーでボッチなのは、その生い立ちや高い実力に起因するところももちろんあるが、基本的に自分自身のせいなのである。弁護士を呼ぶ必要は全くない。
「ふっ……きみの噂は俺も聞き及んでいる」
なんでも知っているようなドヤ顔で笑みを浮かべながら、突然ぬるりと接近してきた厨二病男子。
生粋のボッチである彼にとっては、厳しすぎる難敵であった。
「希少なサイドエフェクトと高い実力……成る程、確かにその胸の奥底に秘めた目的を果たすために、このボーダーという組織はうってつけの場所だろう」
ほら。なんか語り出した。
「だが……不躾であることを承知で、あえて言わせてもらおう。最上秀一。きみは本当に、このままでいいのか?」
しかもなんか、疑問提起された。
彼の困惑は止まらず、厨二の語りも止まらない。
「きみのその瞳は、復讐の炎に囚われていると噂で聞いていた。そして、今日。誰とも関わりを持とうとしないきみの態度と、その表情を直接この目で確かめて、俺の中の疑念は確信に変わった」
ちがいます。それボッチなだけです。
ツッコむだけなら簡単だが、彼はそれができないからこそボッチのコミュ障なのであった。それでもなんとか、ボッチのコミュ障なりに否定の言葉を捻りだそうとしたが、口を開けようとした矢先に手で制される。厨二は、したり顔で言った。
「皆まで言うな。口に出さずとも、分かる」
なんか、勝手に分かられた。
「言葉とは、人の心を代弁する、人のみが持つ知恵の結晶。相手に気持ちを伝えることは、刃にも薬にも成り得る。その危うい二面性こそが、言葉が持つ厄介な本質だ。コミュニケーションという行為の中で、言葉にしなければ分からないことは、数え切れないほどある。しかし同時に、だからこそ……時に言葉は、本当の心を覆い隠してしまう。そう、まるで輝く月に影を被せる流れ雲のように」
これくらい滑らかに初対面の人と喋れればなぁ……と、彼は思った。
「故に」
ふっと。龍神の表情が深く沈む。
「きみの心の奥底に至るまで膨れ上がったその闇……この俺の刃で推し量らせてもらおう」
片手を大きく掲げ、掌を突き出した龍神は、いつの間にか手にしていた『それ』を彼に突きつけた。
あ、そういう流れなんだ、と彼は思った。
「その様子を見るに、きみもちょうど今日の相手を探していたんだろう? だが、きみが胸に抱く闘志の炎は、この場にいる隊員達が受け止めるには少々熱すぎる」
妙にかっこいいポーズを決めながら、
「その復讐の炎。この俺が飲み込んでみせ……」
「秀一から離れろ如月ぃいいいいいいい!」
「……よ、ぅうううぼぁあああああああ!?」
彼にじりじりと迫っていた龍神の横っ腹に、情け容赦の欠片もない強烈な飛び膝蹴りが直撃した。
腰をくの字に曲げながら、吹き飛ばされる厨二。
唖然としてそれをみる彼。
そして、華麗に着地を決める三輪秀次。
――フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キック。
三輪秀次が、主にすがりついてくる三雲修をしばき倒すために使用している固有格闘技術『弧月キック』。それを、弟に寄り付こうとしている質の悪い厨二野郎をぶっとばすために発展させたのが、この『フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キック』である。特にトリオンなどの特殊なエネルギーを用いていない三輪の純粋な脚力と、弟分への熱い思いやりが力となり、如月龍神を軽く吹き飛ばす程度の威力を誇る。なお、弧月は一切使用しない。
「無事か!? 秀一! そこの馬鹿に何もされていないか!?」
肩をひっつかんでそう問うてくる三輪に対して、彼は首をぶんぶんと横に振った。彼はむしろ、もろに蹴りをくらって吹っ飛んだ厨二の方が心配だった。
「……なに? 如月は大丈夫か、だと? あの馬鹿がこの程度でどうにかなるわけがないだろう」
言いながら、三輪は自分が蹴り飛ばした厨二に目をやる。
――――床にうずくまったまま、厨二は動かなかった。
◇◆◇◆
十数分が経過した後。
フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キックにて沈んだ龍神の復帰には、多大なる時間を要した。トリガーを起動する前に喰らったのが、やはり不味かった。声にならない呻き声を上げながら、下手人である三輪秀次に抗議の視線を送っていた。
そんな彼を最上秀一が介抱し、椅子へと座らせる。近くの席が空いていたのが幸いだった。……もっとも。秀一が無意識に周囲との距離を空け、龍神が勢いよく場を捻じ曲げ、三輪が壁を作り上げたからだが。
そして暫く間が空き、ようやく龍神が話せるレベルまで回復した。
秀一に一言礼を言うと、三輪を強く見据えて当然ながら抗議する。
「何をする三輪」
元々三輪と龍神の仲は良くない。というよりも、三輪のほうが龍神を一方的に嫌っている。
故に顔を合わせればどうなるかは、火を見るよりも明らかなわけだが……
「黙れ殺すぞ」
「殺意高すぎないか……?」
どうも今回の三輪は余裕が無いらしい。いつにも増して龍神に対する態度が辛辣だ。
その横では無表情で成り行きを見守る秀一。実際は言い争う先輩たちに内心オロオロしてフリーズしているだけである。流石としか言いようがないボッチ力。正しくキング・オブ・ボッチと言えよう。
対して、ボッチとは程遠い存在であるこの男は、やれやれと頭を振ると呆れたように言った。
「三輪、過保護も程々にした方が良いぞ。弟分を可愛がるのも良いが、あまり過干渉すぎると鬱陶しいだけだ。あとさっき蹴った事は謝れ」
「貴様に関わると妙な病気が移されると米屋や出水から聞いている。その前に根元を断ち切るのは当然の事だ。あと絶対に謝らん」
「……」
「……」
お互いに一歩も退かず、二対の眼光が相手へと突き刺さる。
龍神はともかく、三輪の醸し出す雰囲気がまたかなり刺々しい。弧月キックで腹部に大ダメージを受けた龍神も最初は若干……否、それなり以上にイラっと来ていたが、自分よりも苛立っている相手を見ると一周回って冷静になるのが不思議なところである。
弟分である秀一に龍神が近づいた事に苛立っているにしては、怒気を撒き散らしすぎというか。
龍神の中で疑問の方が徐々に大きくなる中、三輪は視線を龍神から秀一へと向ける。当然、蚊帳の外にいたボッチはビクついたが、偽装がうまくいっているので気づかれない。
「お前も、何故乗り気だったんだ最上。以前にも、この男とは関わるなと忠告した筈だが……?」
「本人の前でよく言えるな、そんな事」
あまりにもあんまりな言いように、思わず口出しする龍神。
しかし龍神もまた、三輪の言葉を聞いて不思議に思う。先ほどは自分の情熱の赴くままに彼にトリガーを突き付けたが、もし噂通りの存在なら、一瞥されることなく無視されていただろう。秀一ともっとも近い存在である三輪がそうなのだから、龍神の前評判を聞いていたのなら猶更だ。
三輪の厳しい視線と龍神の好奇心にあふれた視線が秀一に集中する。
それに対して秀一は瞠目する。答えあぐねているようで、三輪の機嫌は悪くなる一方だ。
……実際は、ただ単にハイブリット厨二攻撃手の勢いに流されただけなのだが。
つまり初めから三輪や龍神を納得させる答えなどもっておらず、かと言って場に流されただけですと正直に言える度胸もない。
嫌な沈黙が場を支配する。しかし、それは唐突に破られた。
遠巻きに眺めていたギャラリーがざわっと騒ぎ立つと同時に、トリオン兵も逃げ出すこの異空間に一人の男が現れた。
「なんだ、珍しい組み合わせだな」
「……なっ!? き、貴様は──」
「──太刀川慶!!!」
「いや、そんな大声出さなくても分かるだろう、てか『さん』を付けろバカ」
条件反射で噛みつくのは、もはやお約束。いつも通りとも言える反応に対して、太刀川は特にリアクションを返すこともなく、ただ面倒そうに片手を振った。実際、間違いなくめんどくさかった。
三輪や秀一と相手をしていた際は、厨二らしく余裕を持った態度で接していた龍神だが、太刀川に対しては譲れないものが色々とある。自分に正直と言うべきだろうか。厨二、という意味では常に自分に正直である龍神は、宿命のライバルの登場を嬉しさ半分、忌々しさ半分という彼女になる前のめんどくさい距離感の女子のようなテンションで迎え入れた。要するに、かなりめんどくさい。
「貴様、此処に何をしに来た……まさか、俺の後を尾けてっ!?」
「なんでそーなるんだよ。俺が用があるのは最上だ」
その言葉に三輪があからさまに表情を歪め、秀一はドギマギしつつ静観する。
「この前は結局逃げられたからな。だから今日はその埋め合わせだ」
「ふざけるな太刀川慶! さきにこいつを見出したのはこの俺だ! お前は大学のレポートでも書いていろ」
「残念だったな如月。俺は既に今週分の大学の課題は諏訪さんと堤と蓮と……あと何人かの力を借りて、余裕をもって終わらせてんだ。今日の俺は風間さんを呼ばれようが、忍田さんに呼び出されようが、何もこわくない」
「なにぃ……太刀川の分際で! お前は帰って餅でも焼いて食ってろ! 最上と戦うのはこの俺だ!」
「おい如月。誰がお前とこいつを戦わせると言った。太刀川さんも、今日は帰ってください。ウチの作戦室にきな粉がありますから」
「お? なんだなんだ? このバカはともかく、三輪も機嫌が悪いな」
太刀川が加わったことにより、場がさらに混沌と化す。
受け身だった龍神が攻め側に回ったのが原因だろうか。もうどうしようもないな、と秀一が半ば諦めていると……
「ん~この際だ。元々そのつもりは無かったし、バカが居るのも気に食わないが……それなら、二対二でランク戦するってのはどうだ?」
「は?」
「組み合わせは俺と三輪。んでバカと最上な」
「な!?」
その場に居た全員が素っ頓狂な声を上げる。
しかし、太刀川は反論の隙を与えないために、まず三輪へと耳打ちした。
「お前が、あのバカと最上を引き合わせたくない事は分かっている」
「だったら……!」
「でもあのバカを諦めさせるのは正直無理だぞ? だったら、お前がさっさとあのバカを倒してしまえ」
そうすれば、最小限の接触で事が済むだろう。そう続けると、思わず三輪は押し黙った。
本来なら、自分が秀一と組んで龍神をボコボコにする方が溜飲が下がるだろう。しかし、それだと当初の龍神の目的通りになってしまう。
ならば、太刀川の言う通りに動けば……。
「……わかりました」
「おっ、流石に話が分かるな。しっかりとあのバカの相手をしてくれよ? 俺はべつにあのバカとやり合いたいわけじゃない。俺が斬り合いたいのは最上となんだからな」
「……」
そして、ちゃっかり自分の目的を達成させる為に事を運ばせていた。その手腕に三輪は、やはりこの人は苦手だ、と思った。
三輪の説得は終了した。次は龍神だ。
「おい太刀川! 何を考えているんだ貴様! 俺が先に最上とやると決めたんだぞ。彼の復讐の炎をこの手で──」
「わかってないな、如月」
「……なに?」
「一緒に戦ってこそ、わかることもあるだろ? それに、最上と組めば……もしかしたら万が一にも、俺に勝てるかもしれないぞ?」
「──ふっ。安い挑発だな。しかし、ここはノッてやろう。今日こそ貴様を俺の『弧月・黒刃』の錆に変えてやる」
本来なら、太刀川と真っ向から一対一で斬り結び、そして勝利する事に拘る龍神だが……。
その当の本人から挑発されてしまい、やる気が爆発的に上がる。タッグマッチだと本当に分かっているのだろうか。多分わかってない。秀一は不安だった。
「さて、決まりだな。最上も良いか?」
「……」
「じゃあ、行くぞお前ら」
事が上手く進んだ太刀川は、三輪たちにそう伝えると先頭に立ってランク戦室へと向かう。
その後を龍神が騒がしく付いていき、三輪は無言で続く。
そして、終始無言だった秀一は……。
「……」
腹の虫を鳴らせながら、食堂へと続く通路を名残惜しそうに見て。
しかし、先輩たちを待たせる方が怖いため、早歩きで彼らの後を追った。
◇◆◇◆
「さて、ランク戦の前に改めて自己紹介しよう。
俺の名は天に浮かぶ月の如く、この世の闇を照らし出し、龍と神すら斬る男だ」
太刀川関係となると自制が利かない龍神だが、他人への気遣いができる男。それが如月龍神である。
そんなわけで、なりゆきでチームを組むことになった秀一とまずは交流を図っていた。……だいぶ個性的な交流の入り方だが。
龍? 天? と処理が追い付かず固まる秀一に、龍神は特段気にすることなく差し出していた手を下ろした。噂通り、抜身の刀のような男だ、と。
「さて、最上。太刀川に乗せられ、当初望んでいた形とは大分違うものになったが……この戦いでお前の心の奥底にある闇、確かめさせて貰おう」
またなんか語り出した。
「三輪の相手をお前に任せ、俺が太刀川を斬るというのも悪くないが……それだと互いにいつも通りだ」
しかし、その語り出した内容は意外なものだった。
てっきり、太刀川との斬り合いを求めるものだと思っていたからだ。
目の前の男に詳しくない秀一でも察せる程に、龍神の太刀川への執念は深い。ゆえに疑問に思い、その考えが視線となって龍神へと刺さる。
それに気づいた龍神が、何でもないかのように答えた。
「……いや、なに。お互い、大変だと思っただけだ」
普段の三輪の態度と先ほどの光景を見れば、おのずと想像できる。三輪と秀一が普段どのように過ごしているのか。そして、秀一がどう思っているのか。
そして、それと同時に先ほどの自分とかつての記憶を思い浮かべる。
関係も、経緯も、立場も。何一つ違うし、もしかしたら理解し切れていない事もあるだろう。
しかし、憧れている相手がこうして自分たちの前に立ち塞がっているのだ。
秀一がどういう意味だと問いかけると、龍神は何でもないと首を振る、そして──。
「奴らの鼻を明かしてやるのも一興だと思ってな」
これからの戦いが楽しみで楽しみで仕方ないと言わんばかりに、良い笑顔を浮かべていた。
◇◆◇◆
互いに互いを嫌いあっている龍神と三輪だが、それは決して両者が正反対だから、というわけではなく。意外にも似通った部分があるからでもある。
己の鍛錬を常に怠らず、新しいトリガーや戦術を取り込むことに貪欲。そして、いざ戦闘となれば、
「如月ぃ!」
「ふっ……くるか、三輪」
先陣を切って、相手へと斬りこんでいく。
ステージは市街地A。何の変哲もない住宅街の中心で、非日常という要素を凝縮した戦闘音が鳴り渡る。戦闘の口火を切ったのは、やはり龍神と三輪だった。三輪の通常弾が龍神の機動を正確に捉え、しかしそれらは的確にシールドで阻まれて、互いにブレードが届く距離で遠慮も容赦もなく削りあう。
「いくぞっ! 最上、援護は任せる! フォーメーション『ツヴァイウィング』だ!」
秀一は焦った。援護は任せる、とそれっぽいことを言ってはいるが。龍神の意味不明な自己紹介にミーティングの時間の大半を割いてしまったために、大まかな作戦を決めただけで、実際はノープランである。そもそも、フォーメーション『ツヴァイウィング』とか、彼は一言も聞いていない。ボッチ、マジ片翼の鳥。
「っ……!」
一方で、三輪秀次は静かに、しかし確実に動揺していた。
この短時間で、援護を任せるというだけの信頼関係を築き。あろうことか複数の戦術的フォーメーションを名称指定で指示するだけの作戦の練り具合。あの男が外面だけ人当たりがよく、他人を自分のペースに巻き込むクソ厨二であることは理解していたが、まさかここまでとは。かわいい弟分が厨二の毒牙にかかろうとしている。そんなことを許していいだろうか? 否、許していいわけがない。
「太刀川さん! この馬鹿はっ!」
「おう。任せた。俺は最上だ」
向かってくるコワイ顔の兄貴分。とても楽しそうなNo.1攻撃手。これがこわくないわけがない。秀一は恐怖した。
しかし、彼にとって幸いだったのは。太刀川と三輪が共に格闘戦をメインに据えた装備であり……彼の方が射程の上では一手先のアドバンテージを持っていたことだ。トリオンキューブを生成、最近では彼にとって一つの代名詞染みてきたその弾丸を一斉に撃ち放つ。
「はっ……いつものバイパーか」
「……鬱陶しい!」
が、相手は共にA級の化け物。太刀川は弧月で弾丸を斬り裂くという芸当を。三輪はその熟達したシールド展開技術で全ての弾丸を受け止めた。牽制にすらなっていない。
「最上!」
正直泣きそうになっている彼の耳に、厨二の声が響く。
「今だっ! 『双天旋空』を!」
……なんて?
「なっ……双天旋空だとっ……!?」
龍神の勝手な命名に、三輪が勝手に驚愕する。
最上秀一のサイドエフェクトは『体感速度操作』である。べつに思考が高速化するわけではないが、しかしそれはそれとして、彼の脳は厨二の独特な言語センスを理解するためにフル回転を開始した。
そうてん……今までの龍神の言葉の好みから察するに、そうは『双』。てんは『天』。双天……最初に龍神が口走ったフォーメーション『ツヴァイウィング』と似たような響きだ。きっと、翼とか好きなのだろう。ついでに『二』とか『双』とかそういう感じの単語を入れることによって、協力して戦おう、という意思を多分に表現してくれている気がした。
秀一がこの結論に至るまでに要した時間は、コンマ1.7秒。恐るべき思考力である。
故に、彼が導き出した結論は──
「……」
──なんかよくわからないけど『旋空』って言ってるからとりあえず旋空打っておこう、だった。
トリオンの光が収束し、彼が弧月を振るうと同時、その刀身が大きく伸びる。ただの旋空弧月ではない。ボーダー隊員の中でも使い手が極めて少ない『生駒旋空』と呼ばれる特殊技術。常識をはるかに上回るリーチが、牙を剥く。
横薙ぎの一閃。それは三輪と斬りあっている龍神をも巻き込んでしまう軌道だったが、不敵な笑みだけをその場に残し、龍神の姿がかき消える。テレポーター。物理法則を無視した瞬間移動を可能にするオプショントリガーである。
「しまっ……!?」
それでも、迫りくるブレードに対して防御という選択肢を取ることができたのは、三輪だからこそだった。弟分が最近習得したと聞き及んでいた『旋空』。その痛烈な一撃を受け止め、しかし勢いまでは殺しきれずに体がはじきとばされる。
当然、テレポーターで上空へと跳んだ龍神は、眼下の無防備な獲物に弧月の切っ先を向けた。
「パーフェクトだ。最上」
だが、しかし、
「なんでてめーが偉そうなんだ、この馬鹿」
攻撃手ランキング1位の男が、そんな味方の隙を突かせることを、みすみす許すわけがない。
グラスホッパーによる跳躍。そして抜刀。奇しくも龍神が得意とする攻撃パターンとほぼ同じ流れを踏み。最強の斬撃が閃いた。
「旋空弧月」
生駒旋空のように規格外の射程を誇るわけではない……けれど、ボーダーの中で最も多くの隊員達を狩ってきた旋空弧月が、龍神に襲いかかる。
「ちっ……!」
舌打ちを鳴らしながらも、誰よりもその斬撃の威力を知っている龍神は決して深追いせず。起動したグラスホッパーを踏み込み、旋空の射程圏内から脱した。
片膝をつく三輪の傍らに、太刀川が着地する。
「おー、三輪。大丈夫か?」
「……フォローありがとうございます。助かりました」
「ああ、それは気にすんな。けど、意識は切り替えた方がいいかもな」
自然体で弧月の峰を肩に置きながらも、しかし太刀川はゆったりとした口調で釘を刺した。
「油断はするなよ。どうやら俺達が思っていた以上にあの2人……『相性』がいいらしい」
その一言は。
三輪の精神の最も深い部分に絶大なダメージを与える爆弾だった。
「っ……はい。わかりました」
爆弾は当然、爆発するもの。爆発すれば、火が灯る。
「……太刀川さん。全力であの2人を叩き潰しましょう」
否、燃え上がる。
三輪の中で、何かが切り替わる。それは、彼のポテンシャルを最大限以上に発揮させる……『嫉妬』という名の、どす黒い炎だった。
「おう。せっかくのタッグなんだ。楽しまないとな」
そして、太刀川はブレーキが効かない感情のアクセルをベタ踏みしていることに、まったく気がつく気配がなかった。
「ふっ……いい援護だったぞ、最上。太刀川のフォローが早かったのは、俺の誤算だった。三輪を仕留めきれなくてすまない」
龍神の謝罪に、秀一はふるふると首を振った。
ノリと勢いでフォーメーションと援護を指示してきたのは龍神だが、彼もまたノリと勢いで援護を行ったので似たようなものである。むしろ、覚えたての『生駒旋空』が龍神に当たらなくて本当によかったと思う。
「しかしどうやら……俺とお前の相性は、思っていた以上にいいらしい」
思っていた以上にとか言うわりには「いや、しかしそれも当然だな」と言わんばかりに胸を張りつつ、龍神は言葉を続ける。
「最上。俺がお前に、最初に言ったこと……覚えているか?」
正直、最初からべらべら喋りまくられたせいで全く覚えていない。
「俺は言ったな? お前のその復讐の炎を、この俺が飲み込んでみせる、と」
それ言ってたの最後の方な気がする。
「だが……光あるところに闇があるように、闇は光に呑まれるだけの存在ではない。いや、むしろ……正しき闇の力。それを振るう術を、俺は学ぶべきなのかもしれない」
飲み込んだり学んだり、本当に忙しい人だな、と彼は思った。
「さて、では作戦を変えよう。基本的に、俺が前衛を張って攪乱に専念して崩していく。最上には援護とトドメを任せたい。旋空でも変化弾でも、遠慮なく撃ちこんでくれ」
大丈夫?と彼が聞くと、龍神はまた笑った。
「最上。共に背中を預け合う以上……俺達は『
なんか、違う漢字を当てて読んでいる気がするのは、きっと気のせいではない。
「よし……いくぞ、相棒」
ほんとにいけるかな?と彼は思った。
ただの番外編……と、思うじゃん?
そんなわけで、以前から交流のあった『勘違い系エリート秀一!!』の作者様からお話を頂き、コラボ回をやらせてもらいました。今回のお話だけでも、自分が書いたパートと秀一の作者様に書いて頂いたパートに分かれているので、そのあたりの違いも楽しんでもらえれば幸いです。それにしてもこのボッチ書いてて楽しいな!
また、秀一の作者様は、今回私が「匿名投稿やめましょうよー!」と、東さんの脚にすがりつく小荒井並みにすがりついた結果、匿名解除して仮面を取ってくださいました。やったぜ。この前完結したワンパンマンのあれとか、ワンピースのあれとかも書いているすげー作者様なので、興味がある方はぜひ活動報告を覗いてみてください。おもしろい話が読めると思います