厨二なボーダー隊員   作:龍流

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今回のお話を読む前に厨二と生意気オペレーターあたりを読み返して頂けると「ニヤリ」とできるかもしれません
それにしても、アニメ三期スタートでウキウキワックワクしてたら開幕3秒でOPに殺された人がたくさんいそうですね


『如月 龍神②』

 時間は、三雲修が会議室に踏み込む十数分前まで遡る。

 

「わしは納得しておらんぞ、城戸司令!」

 

 怒号と共に、叩きつけられた手によってテーブルが揺れる。声の主は、開発室長の鬼怒田である。

 

「いくら迅の予知があるとは言っても、一方的に除隊処分を突きつけるなど! しかも、わしらの意見を聞かずに、処遇を決めるなど、言語道断!」

「だからこうして、今意見を仰いでいる」

 

 素知らぬ顔で城戸は答えたが、鬼怒田の表情はますます荒ぶるだけだった。

 

「ならば、はっきりと言わせてもらおう! わしは如月龍神の除隊処分に断固抗議する! 如月は先の大規模侵攻でも特級戦功をあげた貴重な戦力! 迅の予知一つで戦力から外すには、あまりにも惜しい!」

「ずいぶんと、彼に肩入れするんですねぇ。鬼怒田開発室長」

「なに?」

 

 横槍を入れたのは、城戸ではなく根付だった。

 

「あまり、こういったことを面と向かって言いたくはありませんがね。如月くんへの擁護に、個人的な感情が混じっているんじゃありませんか?」

「ふざけるな! わしは私情など挟んでおらん! 客観的に見ても如月は」

「客観的に、ねぇ。それは少々無理がありますよ。事実、あなた方は如月隊員の所有するサイドエフェクトに関して、意図的に隠蔽していたわけですから」

「……っ」

 

 如月龍神のサイドエフェクトの詳細を把握していたのは、当事者である太刀川隊の面々、迅と城戸。記憶封印措置に携わった、エンジニアの寺島雷蔵。そして、その上司である鬼怒田だけである。

 

「ただのB級隊員ならいざ知らず、サイドエフェクトを持つ隊員の情報が共有されていなかった、というのは大きな問題ですよ。我々にとっては、まさに寝耳に水だ。そうでしょう、城戸司令?」

「如月隊員のサイドエフェクトに関しては、特殊な事情があった。今後の彼のボーダーにおける活動を鑑みて、私と鬼怒田開発室長で彼の経過を観察していた」

「それは無理があるだろう、城戸さん。特別な配慮が必要なサイドエフェクトだったのなら、尚更情報を共有して対策を考えるべきではなかったのか? ここに書かれていることが事実なら、如月のサイドエフェクトはかなり危険で特別なものであるように思える。事情があったから隠されていたことを納得しろ……というのは、さすがに筋が通らない」

「そう。忍田本部長の言う通りですよ、ええ」

 

 超過自己暗示に関する一連のデータが記されたファイルを叩いて、忍田が城戸の説明責任の不足を指摘する。根付も、それに追従した。

 タバコの煙をくゆらせながら、めずらしい構図だな、と唐沢は思った。普段の会議では意見を主導する立場にある城戸が、責任を問われる形。それも、鬼怒田は龍神の除隊処分を止めたい一心から感情的に反対し、根付は龍神のサイドエフェクトの情報が共有されていなかったことを追求する、という本来は城戸派の両名から不審と反感を抱かれている形だ。もちろん、忍田も腕を組んだまま、非常に厳しい表情で城戸を見据えている。

 はてさて、これはどちらについて何を言ったものか、と。唐沢が口を開く前に、それまで昼行灯を決め込んでいたもう1人が動いた。

 

「いやぁ、しかしこれは仕方ないでしょう」

 

 林藤である。

 

「サイドエフェクトの性質を見る限り、たしかにかなりデリケートな問題だ。少人数で事を処理して、内々に様子を見たかった、っていう城戸さんの気持ちは理解できるよ」

「おやおや。これはめずらしいですねぇ。つまり林藤支部長は、城戸司令の判断を支持する、と?」

「そりゃま、根付さんや忍田本部長が怒る気持ちもわかりますけどね。1人の隊員を守る、という観点から見れば、城戸さんの判断は正しかったんじゃないの?」

「そんなことを言って、あなたも迅くんからサイドエフェクトの件を聞かされていたんじゃないんですか? 事実、如月隊員は玉狛支部の面々とずいぶん仲がよかったようですし」

「いやいや、ワタクシはなにも聞かされていませんよ。たしかに龍神はちょくちょく玉狛支部に来てたけど、サイドエフェクトを持っているなんてはじめて聞いた」

 

 何も言わずに口をつぐんだままの迅をちらりと見て、林藤は笑う。

 

「むしろ、龍神がサイドエフェクトを持っていた、となると。黒トリガー争奪戦のゴタゴタの時に、そっちがしれっと出した交換条件……『如月龍神を本部所属のB級隊員としてチームランク戦に組み込む』っていうアレが、どうにも胡散臭く思えてくるんだけど、そのあたりはみなさん、どう考えます?」

 

 それは、ただでさえ緊張した空気の中に放り込まれた爆弾に等しかった。

 今日に限っては林藤の側ではなく、城戸の側に控えている迅に、視線が集中する。

 根付の声が、あからさまに上擦った。

 

「それはつまり、城戸司令と迅くんが、あの争奪戦の時から裏で共謀していた、ということかね!?」

「共謀、とまではいきませんけどね。ただ、玉狛支部としては遊真の入隊と引き換えに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。城戸さんと迅が揃って龍神のサイドエフェクトのことを把握していたとしたら、この取引の意味合いもかなり変わってくる。疑心暗鬼にもなるでしょ?」

 

 メガネのレンズの奥から覗く瞳の色は、いつもと変わらない。

 

「なあ、迅。そこんところ、どうなんだ?」

「さあね。ボスの想像通りじゃない?」

 

 唐沢は会話に入ることを諦めて2本目のタバコに火を点けた。

 これは思いもよらない展開だ。まさか玉狛支部の中でまで、揉めることになるとは予想できなかった。とはいえ、サイドエフェクトを持つ隊員の戦力的な重要性はかなり大きい。林藤の指摘は、至極真っ当なものだと言えた。

 

「えぇい! 派閥間の争いなど、今はどうでもいいわいっ!」

 

 が、それら一切の会話の駆け引きを無視して、再び声を張り上げたのはやはり鬼怒田だった。

 

「如月の今後の処遇をどうするか! それを決めるのが先決のはずじゃろう!」

「それに関しては、除隊が適切な判断でしょうねえ」

「なっ!?」

「ま、俺も根付さんと同じで除隊に一票かな」

「ぬぅ……忍田本部長!」

「……そうだな。対応に問題こそあれど、城戸さんの判断そのものは間違っていないと私も考える」

 

 最後に鬼怒田に視線を向けられて、唐沢は肩を竦めてみせた。

 

「ぐっ……お主ら揃いも揃って、そんなに迅の予知が大事か!?」

「大事か大事ではないか、の問題ではない。我々はこれまでも、迅のサイドエフェクトから得られる情報を起点に、いくつもの危機を回避してきた。今回も、そうしているに過ぎない」

「ふざけるなっ!」

 

 これまでで、最も強く。鬼怒田の中で、何かがキレた。

 

「便利に使えるだけ使い倒して、用無しになったからといって一方的に捨てるのか!? 除隊処分を突きつけて、それで終わりなのか!? わしは、ヤツが努力してきたことを知っておる! トリガーの改良に尽力してきたことを知っておる! 精神論や同情ではない! 上に立つ者として、如月がこのボーダーという組織で何を積み上げてきたか! この場にいる誰よりも! 正しく評価しておるつもりだ!」

 

 口を挟もうとした根付も、さすがにその剣幕に押されて黙り込む。

 

「何度でも言うぞ! わしは如月の除隊にッ」

「鬼怒田開発室長」

 

 怒りに満ちた声は、人を萎縮させる。

 紡がれる言葉に勢いが伴い、あたかもそれが正しいものであるかのように錯覚させる。

 

 

 

「あなたは()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 だが、そんな熱に満ちた怒りを正気に戻すのは、同じ怒声ではなく、静かで冷たい一声だ。

 

「それ、は……」

「私の意見を、先にはっきりと述べておこう」

 

 どんな怒りに晒されても、どのような糾弾を浴びようとも、

 

「私は、如月龍神を死なせる気はない」

 

 城戸正宗は、決して揺るがない。

 

「彼の除隊に関しては、こちらからも最大限の配慮をするつもりだ。彼と一番接する機会が多かったのが、鬼怒田開発室長であることも理解している」

「……」

「よく気遣ってやってほしい。それは、私にはできない。あなたにしかできないことだ」

 

 それまでの勢いがまるで嘘のように、鬼怒田はぐったりと背を椅子に預けた。

 まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、扉が開く。

 

「……失礼します」

「来たか」

 

 龍神を除く、如月隊のメンバーである。

 オペレーターの隊服に身を包み、先頭を歩く紗矢の表情は、どこか暗かった。それは、彼女の後ろに続く甲田達も同様だった。

 

「ご苦労。まずは謝罪をさせてほしい。昨日はこちらの都合で、待機を命じてすまなかった」

「……いえ」

「きみたちの今後の処遇に関する件が正式にまとまったので、先にそれを伝える。まず、如月隊は解散。それに伴い、今後は甲田隊員を隊長として、甲田隊としてチーム登録を行う」

 

 紗矢達には事前に、龍神の除隊に関連して、行わなければならない事務処理が簡潔にまとめられたものを渡してある。

 

「隊の解散に関する書類は持ってきたかね?」

「はい。こちらに」

「結構」

 

 紗矢から受け取ったレターケースを一旦手元に置き、城戸は続けて語りかける。

 

「事情が事情だ。甲田隊の今後に関しては、こちらからも最大限の便宜を図る。まず、今期のチームランク戦に関しては、参加しなくても構わない。以前も伝えた通りだ。中核となる隊員を欠いた状態で、ランク戦を戦い抜くのは厳しいだろう。この場合、ランクは現在のB級8位で固定とし、次のシーズンに持ち越す形になる」

 

 その間に、戦力を整えるために新たな隊員を迎え入れるか。それとも現在のメンバーでチームとしての戦術や方針を固めるか。それはきみたちの自由だ、と城戸は付け加えた。

 

「防衛任務については、担当のローテーションを一時的に減らした上で、徐々に戻していく形になる」

「きみたちも、今ではボーダーの貴重な戦力だ。如月のことがあって辛いかもしれないが、遊ばせておくことはできない」

 

 と、これは忍田が補足した。

 

「何か、質問はあるかね?」

「……では、隊を代表して、私から」

 

 紗矢が、一歩前に出る。城戸と向き合い、声を発しようとした、その瞬間。

 

「失礼します」

 

 またもや扉が開く。全員の視線が集中する。

 何かに期待するように、紗矢は長い黒髪を振り乱して背後を見た。

 だが、入ってきたのは彼ではなく、彼女がよく知る後輩だった。

 

「三雲、くん……?」

「玉狛支部の、三雲修です。如月隊員の除隊処分について、お話があります」

 

 

 

 

 

 アウェイだな、と修は思った。

 以前の記者会見の一件で、よく勘違いされるようになったが、修は元々、人前に出て多くを語るようなタイプではない。自分で、そういったことが得意だと思ったこともない。

 ただ、やるべきこと、やらなければならないことだから、それを行うだけだ。

 

「即刻、退室したまえ。三雲隊員。きみは部外者だ。この話に立ち入る権利はない」

「如月隊長から、サイドエフェクトについて聞きました。ぼくは今回の一件について、事情を把握しています」

「……っ」

 

 最初にしくじってしまえば、叩き出されてそれで終わりだ。

 だからこそ、まずは先手を取る。

 

「付け加えて言えば、如月隊長から代理としてこの場に来ることを依頼されました。これについては、林藤支部長にも連絡を通してあります」

「それは本当か? 林藤」

「うん? ありゃま、ほんとだ。連絡きてましたね。こりゃ失敬。みてませんでしたよ」

 

 林藤は携帯端末を取り出して確認すると、城戸を拝むように手を合わせた。

 

「……いいだろう。要件を簡潔に述べろ」

「如月隊長の除隊処分を、撤回してください」

「それは不可能だ」

 

 間髪入れずに、城戸は返した。

 

「彼の除隊は、すでに決定している。今さら覆すことなどできない」

「どうしても、ですか?」

「どうしても、だ」

「わかりました」

 

 ならば仕方ない。もとより、城戸が折れないのは想定内だ。それを了承した上で、断ち切る準備をしてきた。

 前に進み出た修は、城戸の前にビジネスケースを置いた。中から、分厚い紙の束を取り出す。

 

「それなら、こちらにも考えがあります」

「これは?」

「如月隊長の除隊処分に反対する署名です」

「なっ!?」

 

 身を乗り出したのは、城戸ではなく根付だった。

 持てるだけの束を引っ掴み、メディア対策室長としてその文面に過不足がないことを最初に確認し、次にその人数の多さに、根付は目を剥いた。

 

「影浦隊、荒船隊、弓場隊、那須隊……短い時間に、これだけの数の署名を集めたというのかね!?」

「嵐山隊や柿崎隊。東の名前まであるな。やれやれ」

 

 沢村から受け取って目を通した忍田も、思わず呻く。

 

「主要なB級以上の隊員の名前は、ほとんど集まっているはずです」

「……彼の処分については、まだ何も発表していないはずだが?」

「はい。ですので、ぼくの方からみなさんに伝えて、協力を仰ぎました」

 

 淡々とした声音で、修はただ事実を述べる。

 城戸は表情を歪めながら、署名の束を捲った。

 

「……香取隊、二宮隊。風間隊に、三輪隊。A級までも、か」

「おいおい。俺たちのところにはそんなもん回ってきてねぇんだけど、どうなってんの?」

「失礼ですが、太刀川隊のみなさんや迅さんは、こちらで除外させてもらいました。伝えても、名前を書いていただくことはできないと思ったので」

 

 素知らぬ顔でとんでもないことを言う修に、太刀川が口笛を吹く。隣に立つ出水も、苦笑いを浮かべた。

 

「やるじゃん、メガネくん」

「すいません、出水先輩」

 

 続けて、修はタブレット端末を城戸の前に置いた。

 

「それだけでは足りない可能性も考慮して、県外に遠征に出ている隊員の方からも、電子サインをいただきました」

「はあ!? 草壁隊と片桐隊からも!?」

「はい。緑川を通じて連絡を」

 

 修がちらりと見せた画面には、草壁早紀や一条雪丸、ミカエル・クローニンといった県外スカウト組の名前がずらりと並び、そこには『うちの勧誘を蹴っておいて、説明もなしにボーダーをやめることは許さない』『まだレイガスト対決をしていないのでやめてもらっては困る』『ガイストのデータをフィードバックしたいので、せめて自分が戻るまでは彼の処分を延期してほしい』と、好き勝手な文面が並んでいた。

 

「それから、こちらも」

 

 タブレットの画面が、動画の再生に切り替わる。

 

「署名だけでなく、直接意見を言いたい、という隊員も多かったので」

 

『あー、テステス。テステス』『イコさん、テストはいらんですよ』『え? これもう本番始まっとるん? ミスったわ』『はよ喋ってください。メガネくんもあとつかえとるんですから』『タツミ、ヤメルノ、ハンタイ』『いやなんでカタコトやねん!』

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ちょっと再生する順番を間違えた。

 

「署名だけでなく、直接意見を言いたい、という隊員も多かったので」

 

 今のをなかったことにするなんて、随分と肝が太くなったなこのメガネくんは……と、唐沢は冷や汗を流した。

 

『城戸司令の決定を疑うわけではありませんが、説明は必要であると考えます』『加古隊は反対するわ』『嵐山隊は、如月くんの除隊処分に抗議します』『あー、影浦隊も同じく』『勝ち逃げされるのはおもしろくないし、いきなりやめるってなに? 横暴じゃない? ムカつく』『海老名隊は、如月隊長の除隊処分に説明を求めます!』『彼をいきなりやめさせるのはよくないね』『タツミ、ヤメルノ、ホントウニハンタイ』『処分の検討をお願いします!』『隊員への説明責任はあると思いますね。これは王子隊の総意です』

 

 A級部隊からB級下位に至るまで。

 龍神と交流があった、ボーダーに所属するほとんどの隊員が、味方をしてくれていた。

 それは、城戸たちが論じる未来ではなく。龍神がこれまでボーダーという組織で積み重ねてきた、過去が形になったものだった。

 それを携えて、武器として、修は城戸と向かい合う。

 

「これでもまだ、如月隊長の除隊処分は撤回できませんか?」

「感動的だな。彼が好かれていたことがよくわかる」

 

 城戸が、ポツリと呟いた。

 

 

 

「で、それがどうした?」

 

 

 

 そして、切って捨てる。

 

「その署名の束に価値がない、とは言わない。この短期間でそれだけの数を集めたきみの熱意もわかる。しかし、こちらが撥ね退けてしまえば、それで終わりだ。決定を覆すには足りない」

「その場合は、如月隊長の処分について、そちらも相応の説明を求められるはずです」

 

 しかし、修は退かない。

 もう処分してしまった、という事実と、これから処分を行う、という決定には、大きな隔たりがある。

 これだけの反対署名を集めたにも関わらず、龍神の処分を強行した場合、当然ボーダー上層部はそれについて詳しい説明を求められるだろう。

 記憶封印措置を実施し、サイドエフェクトについても秘匿していた。その事実が、白日の下に晒されることになる。

 それは、隊員達から上層部に向けられる信頼の瓦解に等しい。

 

「み、三雲くん! キミは我々を脅すつもりかね!?」

「そうは言ってません。ただ、もう一度話し合いの機会を設けてほしいだけです」

「もう遅い」

 

 城戸は署名の束を押し退けて、紗矢から受け取ったレターケースを手に取った。

 

「すでにこちらは、如月隊の解散手続きに入っている。今さら処分を覆したところで、彼が戻るチームはもうない」

 

 言いながら、レターケースを開いて。

 城戸の表情が、あからさまに強張った。

 そこに収められていたのは、隊の解散手続きに関する書類でも、甲田隊の発足に関する書類でもなく……4人分の『除隊願』だったからだ。

 

「……どういうことか、説明してもらおうか。江渡上隊員」

「どうもこうも……クソもありません。城戸司令」

 

 ばさり、と。

 黒髪を振り乱して、江渡上紗矢は三雲修の隣に並び立つ。

 

「そちらで勝手にお話を進めて、そちらから勝手に書類を渡されたので、一応受け取ってはおきましたが……わたし達は最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……だから、彼がやめるならボーダーを去る、と?」

「ええ、やめてやりますよ」

 

 信じられない、という面持ちの城戸に向かって声を発したのは、後ろにいた3人だ。

 

「俺たちは、隊長と一緒にA級になるって決めたもんで」

「リーダーの言う通り。隊長を見捨てるようなことをするなら、やめた方が100倍マシです」

「いつかやってみたいとは思ってたけど……まさかこんなに早く『やめさせていただきます!』ってやることになるとは、思ってなかったけどなぁ」

 

 甲田が、早乙女が、丙が、不敵に笑う。

 

「あと単純に、甲田隊はダサいから死んでもごめんだわ」

「ちょっと紗矢先輩!?」

「ダメですよ姐さん!? せっかくキマってたのにリーダー泣いちゃいそうですよ!」

「な、泣いてねぇし……」

 

 そんな茶番には反応せず。

 表情をより一層険しくして、城戸は吐き捨てた。

 

「……江渡上隊員」

「なんでしょう?」

「きみはもう少し、賢い判断ができると思っていたが」

「……そうですね」

 

 軽く頷いてから、紗矢は一歩前に出た。さらに一歩。またもう一歩。

 

「え」

「ちょっと……」

「おいおい」

 

 トリオン体の身体能力は、生身の肉体よりも向上する。戦闘体ほどではないとはいえ、それはオペレーターのトリオン体も例外ではない。

 足を広げにくいタイトスカートの、オペレーターの制服のまま、会議室の机の上に飛び乗る……なんて。そんな芸当は、間違いなく生身の紗矢にはできないことだった。

 しかし、できてしまう。だから、やってしまう。根付や鬼怒田の前を踏み歩いて、腕を組む城戸を、さらに上から見下ろして宣言する。

 

「わたし、馬鹿になっちゃったんだと思います。彼に毒されたので」

「……そのようだな」

 

 4人分の除隊願を手に取って、城戸は少女を見上げる。

 

「きみたちが自分たちの首を差し出したところで、何かが変わるわけではない。きっと後悔するだろう」

「結構です。彼がやめるというのなら、わたしたちもボーダーを去ります」

 

 城戸たちも、きっと龍神のことを想っている。

 だが、その想い方には、大きな隔たりがある。

 彼らが未来のために、龍神の過去の一切を切り捨てるというのなら、自分だけは彼の過去を否定しない。否定させない。否定させて、たまるものか。

 

 

「如月隊を、舐めないでください」

 

 

 それが、彼から貰ったこれまでに、報いるということだから。

 

「……ならば、仕方あるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼をする」

 

 自信に満ち溢れた、その声を。

 

「またせたな」

 

 いや、無駄な自信に満ち溢れたその声を聞くのが、随分ひさしぶりであるように、紗矢は感じた。

 修が、あきれたように息を吐く。

 

「……遅いですよ」

「すまんな。思っていたより手間取った」

「時間かけすぎです」

「で、こちらの首尾はどうだ?」

「やっぱり、署名だけじゃダメみたいですね」

「なにぃ……? これ、めちゃくちゃ絆の力っぽい感じで良いと思ったのに、ダメなのか?」

「ダメみたいですね」

「ふむ。ならば仕方あるまい。プランCで行こう」

「いや、最初からAかBしかないです」

 

 馬鹿で阿呆なそのやりとりを聞いて。

 太刀川が、どこか嬉しそうに笑う。

 

「遅かったな」

「ふっ……主役は遅れて登場するものだ」

 

 白いコートを靡かせて、彼は悠然と歩を進める。

 

「おい、江渡上」

 

 最大の信頼を寄せている、自分のチームの生意気オペレーターに向けて、如月龍神は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンツみえそうだぞ」


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