戦術とは、選択である。連続する選択の答えが戦術の行き着く先である以上、その答えは明確に定まっている方が良い。
チーム戦における戦術の定石は『自分達の得意分野に持ち込む』か『自分達の土俵に上げる』か。つまるところ『自分達の必勝パターンに誘い込む』ことができれば、その時点でチームとしての勝利が見えてくる。
「市街地C、ねえ。ちょいと意外だったな。選ぶなら、もうちょい凝ったマップを選んでくると思ってた」
太刀川隊作戦室にて。
対戦相手が選んだそのマップを見ながら、太刀川は顎の髭をさすっていた。
「そうですか? 荒船さんを活かすつもりなら、全然ありのマップだと思いますけど」
めずらしく思案顔の隊長の顔を覗き込んで、出水が言う。
「最初から距離を取って、狙撃戦をするつもりなら、狙撃手をもう一枚加えた編成にした方がいいだろ。ウチに狙撃手はいないしな」
「近づかれても大丈夫ってことで、荒船さんにしたんじゃないですか? 荒船さんなら唯我に近づかれても単独で返り討ちにできるし……」
「ちょっと出水先輩!? なんですかその言い草は!? そもそもボクの実力はチーム戦でこそ発揮されるのであって、単独での戦闘は」
「ごちゃごちゃうるせえ」
またギャーギャーとわめきだした唯我の喉笛をヘッドロックで抑えた出水は、本日の助っ人にも意見を仰ぐことにした。
「お前はどう思うよ、京介」
「そうっすね」
意見を求められたもさもさしたイケメン、烏丸京介は表示されているマップに視線を落とした。イケメンは考え込む横顔もイケメンである。
「まあ、たしかに。如月先輩が選んだにしては、ちょっと地味なマップだとは思います。でもまぁ……仕方ないんじゃないですかね」
「仕方ない?」
「だって、相手は急造チームでしょ」
繰り返しになるが。
チーム戦における戦術の定石は『自分達の得意分野に持ち込む』か『自分達の土俵に上げる』か。つまるところ『自分達の必勝パターンに誘い込む』ことができれば、その時点でチームとしての勝ちが見えてくる。
「昨日の今日じゃ、チーム単位の戦術なんて練れないんじゃないっすか?」
しかし、今回の如月隊に自分達の必勝パターンというものは存在しない。
龍神が強いと思う駒を……太刀川隊に対抗できると思った駒を、片っ端からかき集めたのが今の如月隊だからだ。
風間隊のような、カメレオンを併用した近接連携。
草壁隊や王子隊のような、チーム単位での機動戦。
そういったチーム単位での戦術が、急造チームである如月隊には存在しない。
「かき集めたメンバーの力が、少しでも活きるマップにしたってことか?」
「はい。これで市街地Dのショッピングモールとかだと、そもそも荒船さんの強みが死にますし」
「……ふむ」
そういった意味では、如月隊に与えられたステージ選択権は、数少ない『自分達の土俵に上げる』ことができる要素だと言えた。
「太刀川さん、そろそろ時間だよ」
「ん、じゃあ行くか。出水と唯我はいつも通り。烏丸は昔を思い出してがんばれ」
「了解です」
「ふん! まあ、このボクがいる現在の太刀川隊にそんな貧乏人を加えて、果たして連携が崩れないかどうか、少し心配ではありますが……」
「そういや京介。お前、玉狛では何も言わずにこっち来たのか? さっきから、なんか解説席で小南がぎゃーぎゃー騒いでっけど」
「はい。今回、太刀川隊に参加したのはおれの独断です。多分、小南先輩はそもそも何も知らないだけだと思います」
「何も知らないヤツを解説に呼んじゃダメだろ……」
「ボクを挟みながらボクを無視して会話をしないでいただきたい!」
人権侵害を訴える唯我の発言を一切無視しつつ、烏丸は「それに……」と、言葉を続ける。
「修たちは龍神先輩に味方してたみたいっすけど……今回の俺は、
「……それは、太刀川さんに呼ばれたからか?」
「もちろん、それもありますけど……普通に考えていやでしょ。自分と一緒にがんばった先輩が死ぬのは」
そういやコイツは大規模侵攻で、あのバカと肩並べて戦ってたな、と。太刀川は今さらながらに思い出した。
「そういう未来が確定してるなら、変えたいって思うのは当たり前です」
烏丸の言葉に。
太刀川も出水も国近も、普段なら絶対に反発するはずの唯我までもが頷いて。
「うし。じゃあ、勝つぞ」
太刀川の静かな宣誓を合図に、転送が開始された。
◇◆◇◆
転送完了。
家屋の屋根の上に降り立った太刀川は、周囲の景色を見回した。
「国近」
「ほいほーい。転送と同時にバッグワームで消えたのが2人。1人は間違いなく荒船さんだとして」
もう1人はあのバカか、と。太刀川は頭の中でアタリをつけた。
序盤から荒船だけがバッグワームで姿を消してしまうと「自分が狙撃手です」と声高に叫んでいるようなもの。龍神がバッグワームで姿を消したのは、レーダーから姿を消した2人の内、どちらが狙撃手か悟らせないためだろう。B級ランク戦で得た経験は、きちんと生きているらしい。
とはいえ、だからどうしたというわけでもないが。
「出水、合流だ。烏丸は荒船を見つけて獲りに行け。唯我は死なないようにがんばれ」
『了解です』
『オーケーです。荒船さんを探すなら、まず上を目指さなきゃですね』
『太刀川さん、なんですかその適当な指示は!? ボクは!? ボクの役割は!?』
唯我に何か言ってやろうと思ったが、しかしそんな余裕はないことを、太刀川はすぐに悟った。
既に、ボーダーが誇るNo.1射手が、行動を開始していたからだ。
「おいおい。初手から派手だな」
開幕、速攻。
見上げた空に打ち上げられ、降りかかるのは誘導弾の雨。着弾する爆撃の嵐から逃れるために、太刀川はシールドを頭上に展開して走り出した。
『二宮隊長! 初手から合成弾による絨毯爆撃! サラマンダーの雨が、太刀川隊に襲いかかるッ!』
『うっわ……最初っから派手ね』
『太刀川隊には狙撃手がいませんからね。狙撃で不意打ちを食らう心配がないので、他の隊員のフォローなしでも合成弾を遠慮なく使える。これは大きいですよ』
『しかし、これで二宮の位置は太刀川隊に完全に割れたな』
マップに目をやりながら、風間がそれを指摘する。
東が簡潔に言及した通り、太刀川隊には狙撃手がいない。合成弾は射手にとって切り札にも成り得る強力な攻撃手段だが、メインとサブのトリガーを併用する関係上、シールドもバッグワームも使えない丸裸の状態を強いられる。二宮が合成弾を使う際も、通常のランク戦であれば犬飼か辻がカバーに入るのが定石だった。
三つ巴、四つ巴の戦いではなく、相手が単独のチームであるからこそ、今回の二宮はあえてその定石を崩している。加えて言えば、二宮の初期転送位置が射線が通りやすい高台であったことも、この作戦にプラスに働いていた。
「こちら
龍神が作戦開始前に決めてきたコールサインを生真面目に使いながら、二宮は表情をぴくりとも動かさず、合成弾をネリネリする。
二宮匡貴は天然である。バッグワームを羽織ればナチュラルに襟を立て、ランク戦中でも雪が降れば素知らぬ顔で黙々と雪だるまを作成するタイプの天然である。
『
「ああ、そのつもりだ」
本人は絶対に認めないが、元から存在そのものがボケているような厨二とは、わりと相性がよかったりした。もちろん、本人は絶対に認めないが。
この会話おもしろいからめちゃくちゃ録音したいな……と2人をオペレートする氷見亜季は思った。
「氷見。マップと敵の情報を擦り合わせろ」
『現状、レーダーで見えている範囲で一番高い場所を取っているのは二宮さんです。爆撃の初弾のあと、東側の1人がレーダーから消えました。トリオン探知頼りのサラマンダーに狙われるのを嫌ったのかも』
この会話めちゃくちゃ録音したいな……などと思いながらも、優秀なオペレーターである氷見亜季はマップから予想される分析をすでに終えていた。二宮の転送位置はマップの中でも高台の東寄り。陣取って射撃を続ければ、圧力を加え続けることができる位置だ。
当然、太刀川隊がそれを黙って見過ごすわけがない。自分でもレーダーを見ながら二宮は呆れを多分に含んだ息を吐いた。
「下からまっすぐ上がってくるのが太刀川だな。わかりやすいヤツだ」
「マーキングします。唯我くんの位置がまだ掴めていませんけど」
「どうでもいい。おそらく、爆撃のあとに消えたのが烏丸だ。そちらを最大限に警戒しろ。レーダー上の太刀川の位置は、リアルタイムで如月に共有してやれ」
「了解……下方から射撃、来ます!」
「見えてる」
言いながら、二宮はまるで建物の隙間を縫うように文字通り
「……ふん」
それらすべてのサラマンダーは、地上から迎撃するように撃ち上がった誘導弾によって、一発残らず叩き落された。
合成弾を誘導弾で迎撃する。文字にしてしまえば簡素だが、一瞬で繰り広げられたとは思えないハイレベルな射撃の応酬に、観客からどよめきが上がる。
『……二宮さんのサラマンダー、全部落とされたわね』
『落とされるのを承知で撃った節もあるな。これで唯我以外は、太刀川隊の誰がどこにいるのか、大まかに掴めたことになる』
『そうですね。しかし、これはおもしろい展開になってきました』
B級ランク戦では、二宮と遭遇した場合の対処法は大まかに二つ。逃げに徹して時間稼ぎをするか、捨て身覚悟で相討ちを狙うか。しかし結局のところ、前者はやられてしまうのが前提の行動であり、後者を選択したとしても、それができるのは特殊なサイドエフェクトを持つ影浦や、近距離での瞬間火力に秀でた弓場のような、攻撃力に秀でた隊員だけ。そんな影浦や弓場でも、大抵の場合、やはり相討ちは避けられない。
一度対峙してしまえば、死は確実。理不尽なステージギミックのような暴力を盤上で振るうのが、チーム戦における二宮匡貴という駒である。
だが、そんな射手の王を止められる人間が、ボーダーにはたった1人だけ存在する。
「……メテオラ+バイパー」
呟きを伴って、彼の手元で練られるキューブの合成スピードは、決して遅いわけではない二宮のそれと比較しても、
「トマホーク」
圧倒的に、早い。
そして、発射された弾丸は蛇が斜面を這い上がるように、住宅街という障害物をまったく意に介さず駆け上がる。横合いに着弾し、爆発したそれらの攻撃に、二宮は表情を歪めた。
『おおーっと! ここで出水隊員のトマホークが炸裂! 合成弾には合成弾ということか!? ボーダーを代表するトップ射手同士の、激しい射撃戦が幕を開けた!』
『二宮と正面から撃ち合えるのは、出水しかいませんからね。点取り屋の二宮とサポーターの出水は、そのスタイルこそ真逆ですが、このマッチアップは事実上のトップ射手対決と言っても差し支えないでしょう……二宮隊がA級にいた頃を思い出します』
東に太鼓判を押された出水公平は、建造物の向こう側にいる二宮を見上げながら、トリオンキューブを展開する手を緩めない。その表情には、好戦的な笑みが満ち満ちていた。
『出水。俺が上に上がるまで、二宮を抑えろ』
「もうやってますよ、太刀川さん。二宮さんと撃ち合うのひさびさなんで、ちょっと楽しくなってきました」
『あんまりはしゃいでやられないようにね、出水くん』
「了解了解。あ、ゆうさん。二宮さんがいるあたりの建物の立体図、もっと詳しくちょうだい。バイパーの弾道、もっと細かく引きたいんで」
『ほいほーい』
『倒さなくても、俺が上がるまで抑えとけばそれでいいぞ』
「いやぁ……それは無理ですよ太刀川さん」
お返し、とばかりに。雨のように降ってきたハウンドを防御しながら、出水は言う。
「二宮さんも、わりと気合入ってるみたいなんで……これはもう倒す気でいかないと」
気合いが入ってるのはこっちも同じだな、と。二宮が陣取る高台に向けて道を登る太刀川は思った。
記憶封印措置を施したあとの龍神を、太刀川以上に、誰よりも近くで見てきたのは、他ならぬ出水だ。ボーダーだけではなく、太刀川の知らない学校でも、出水はずっと龍神の隣にいた。
だからきっと。龍神を殺したくない、という気持ちは。そういう未来を変えたい、という気持ちは。太刀川以上に、出水の方が強いのかもしれない。
『太刀川さん』
「お、来たな」
ちょうど、住宅街の間を繋ぐ大通りの間。住宅街の団地の境目で、襲いかかってきたのは曲がる斬撃だった。
余裕をもって左の弧月を引き抜いた太刀川は、しなる光刃をはじいて返す。
「……そっちから来たか、カゲ」
「わりぃが、ここから上には行かせねーぞ」
だらりと両腕を下げて、構えを取らないまま、影浦雅人はNo.1攻撃手と対峙する。
「とりあえず二宮を獲りに行きたいんだ。そこ、どいてくれるか?」
「聞けねー相談だ。あんたにぶった斬られるあの王様気取りを見れるのはおもしれーが、今日ばっかりは味方なんでな」
「そりゃ仕方ないな」
やれやれ、と。息を吐くように太刀川は弧月を振るう。しかし、影浦には当たらない。まるで見えているかのように斬撃を避けられ、伸縮自在の光刃により、切り返される。
太刀川は、影浦との一騎打ちで負ける気は毛頭ない。しかし太刀川もまた、感情受信体質のサイドエフェクトによって、影浦に決定打を与えられない。時間稼ぎ、という意味ではこれほど適したマッチアップもなかった。
(……荒船の狙撃があるか? にしては、影浦が微妙に張り付いてくるな)
内心で回す思考とは違う言葉を、太刀川は表に出す。
「しかし意外だな。俺はてっきり、あの馬鹿が真っ先に突っ込んでくると思ったんだが」
影浦雅人のスコーピオンの射程は、連結して用いるマンティスがある分、通常のスコーピオンの使い手よりも長い。
故に、斬撃の応酬の合間。距離感を探り合い、テンポを整える僅かな空白。そこで言葉を放り投げた太刀川は、微かな違和感の正体に気がつかない。
「あ? なに言ってやがる」
なぜ、いつも攻め気に満ちているはずの影浦が、スローなテンポで太刀川の足止めに徹しているのか。付かず離れず、絶妙な間合いを保っているのか。
「龍神の狙いは、最初からアンタ一人に決まってるだろーが」
太刀川慶は、気づかない。
背後を取った如月龍神が、すでに弧月の柄に手をかけていることに。
太刀川慶は、気づけない。
バッグワームを羽織ったまま、レーダーから姿を消している如月龍神に。
なによりも、
「旋空
それは、とある隊員が生み出した、異端の技巧。
それは、通常の旋空の射程を大きく上回る、あまりにも長大な斬撃。
ボーダーの中でたった1人、生駒達人のみが可能にした、旋空弧月の到達点。
自分にはできないと思っていた。彼だけのものだと思っていた。そんな下らない思い込みを今、捨て去った少年は、
「──
その唯一無二に、手をかけた。
◇◆◇◆
「アカーン! パクられてもうた!」
観客席で、生駒達人が絶叫した。